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2009年01月27日18:30

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納得せずとも妥協する責任

「ご理解とご協力をお願いします」というアナウンスに対してはいつも「理解はできるだろうけど協力するとは限らないよ」と思ってます。それでも、協力するか否かについて決定しなければなりません。今日の日記はそんなことについてです。

さて、議会であろうと夫婦喧嘩であろうと、誰もが賛成するようなテーマあるいは誰もが反対するようなテーマは議論に至りません。逆説的に、議論に至ったテーマには賛成すべき正当な理由も反対すべき正当な理由もたいてい存在するってことです。
まずは双方の理由を互いに理解することが大事です。ここで、理解とは必ずしも納得や支持や妥協や協力を意味しません。よって、「理解したけど納得できない」がありえるのは当たり前のことです。
結論に至るためには、お互いに納得できなくとも妥協しなければならないこともあります。だから、「理解できないと言い続けること」や「納得できないからまったく妥協しない」は、議論を長引かせるだけのワガママです。どんなに説明されたところであるいは説明されればされるほど納得できなくなることなんて世の中にはいくらでもあるのです。
責任ある者たちは、議論を無為に長引かせるようなワガママを繰り返すべきではありません。そんなことやって許されるのは責任ない者たちだけです。

# 「夫婦喧嘩の仲裁にそこまで理屈を求める?」というツッコミはあらかじめ却下♪

…こんなこと書いていても、無責任な人やゴネる人は後を絶たないのが現実です。それでも少しずつ啓蒙していくしかありません。だから、ゴネ得を狙う人に対して無条件に屈してはならないと思ってます。ゲーム理論的に言えば、「一方的に妥協しても議論が決裂しても同じ状況」なら絶対に屈してはなりません。そうすることによって、相手を「ゴネるよりも妥協した方がマシな状況」に追い込むことが出来ます。< 興味ある人は「合理的な豚」「瀬戸際戦略」で検索するのが宜しいかと。
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