芸術的とも形容できるドライビングテクニックで数々のレジェンドを記録に、そして人々の記憶に刻み続けてきたガンさんこと黒澤元治。
御年69歳だが現役レーサーであり(この方に限ってライセンスどうこうなんて関係ない!)、凄いとしか言えない天性のドラテクは現在に至るまで衰える事を知らず未だに健在!
車を体の一部として、車と一体化して操っているかのようなガンさんの魂の走りにシビレている人も多いのでは!?あのアグレッシブな幅寄せもステキ
そんなガンさん好きな人の為のコミュニティーです。
コミュニティーが存在しなかったので作ってみました!
なお、新しいトピックの作成等自由です!
メンバーの皆さんと共に盛り上げていければと存じますのでよろしくお願いします!!
<<黒澤 元治(くろさわ もとはる)>>
1940年8月6日生まれ、茨城県日立市出身、自動車評論家。
資格を持ったプロレーサーとしては1960年代から1970年代に掛けて活躍した。通称、ガンさん。
1960年代、オートバイのレーサーから当時盛り上がりつつあった4輪レースの世界に移籍。日産自動車と契約し、最高峰の追浜ワークスのワークスドライバーに。
歴戦の中で数々のエピソードを作るが、やはりなんと言っても高橋国光らと共にハコスカのスカイラインGT-Rで打ち立てた50連勝はいまだ伝説。個人としても1969年と1973年の日本グランプリに、日産R382、マーチ722/BMWで優勝した。
その後富士グランドチャンピオンレースでも活躍したが、1974年に富士スピードウェイで起きた大惨事(当時使われていた30度バンクにおいての多重クラッシュ事故で、ドライバーが2人死亡した)の原因を作った1人になってしまい、このレース後にJAFにライセンスを返上し、現役を去ることとなる。
現役引退後は、ブリヂストンのスポーツタイヤの開発テスターとして従事した。同社が1980年代にポルシェに正式採用されるなどして今日の世界ブランドとして認知された裏側には氏の貢献なくしては語れない。
また、同時に現在の活動であるモータージャーナリスト活動も始める。友人である作家・五木寛之の薦めだったという。その理論的かつ的確な表現は、それまで曖昧模糊とした表現が横行していた試乗記などに一石を投じた。「ステアリング・インフォメーション」などという言葉は氏が語り出したものである。
既に還暦は過ぎているもののビデオマガジンでも見せるその走りは、一緒に出演する現役トップドライバー以上の腕で、マシンコントロールの正確さはいまだ衰えがない。そのマシンコントロールが難しいといわれる日本最高峰のスポーツカーであるホンダ・NSXのオーナー向けのドライビング技術向上のための講習会、NSXオーナーズ・ミーティングの特別講師を1991年の開設以来担当し続けている。
息子の黒澤琢弥、黒澤治樹、黒澤翼もレーシングドライバーである。
以上: ほとんど『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照&引用
※あくまでウィキ情報なので、間違ってる情報や追加したい情報等あったら、こっそりと管理人までご教示願います
ごめんなさい、以下宣伝です
↓管理人がやってる他のコミュです↓
1965〜66年型初代フォードマスタングのコミュです
コミュニティー名:VintageMustangs1964(1/2)〜1966
http://
是非覗いてやってください!