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改革派元官僚「古賀茂明」

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コミュ内全体

詳細 2021年12月25日 19:06更新

既得権益と戦う元官僚の「古賀茂明」さんコミュを作りました。

こがしげあき
古賀茂明

略歴
1980年 3月 東大法学部第一類卒業
1980年 5月 通商産業省入省
1994年 6月 通商産業省産業政策局総務課産業組織政策室長
1996年 7月 通商産業省産業政策局産業組織課長
1996年 7月 経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局規制制度改革課長
1999年 7月 通商産業省産業政策局取引信用課長
2001年 1月 経済産業省商務情報政策局取引信用課長
2002年 7月 経済産業省産業技術環境局技術振興課長
2002年 11月 内閣府産業再生機構設立準備室参事官
2003年 5月 株式会社産業再生機構執行役員
2004年 6月 経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長

通産省や後継の経産省では大臣官房会計課法令審査委員、経済産業政策局経済産業政策課長を歴任するなど本流エリートコースを歩んでいた。しかし、経済産業政策課長時代に杉山秀二事務次官と産業構造審議会の部会新設をめぐり対立。若手官僚とともに事務次官室に乗り込み、財務省管轄の税制改革を経産省が扱うことは危険だと主張し部会新設に反対する杉山事務次官と数時間にわたり議論し、部会新設の同意を無理矢理得たことを契機に傍流に外される。次官室乗り込み事件1年後の2005年(平成17年)に外局の中小企業庁部長、その後中小企業基盤整備機構出向となった。

2005年 9月 経済産業省中小企業庁経営支援部長
2006年 9月 独立行政法人中小企業基盤整備機構理事
2007年 8月 独立行政法人産業技術総合研究所理事に就任

2006年(平成18年)には大腸癌の手術を受け抗がん剤の投与を受けるようになる。この年、公務員改革に力を入れていた渡辺喜美行政改革担当内閣府特命担当大臣から、大臣補佐官の就任の要請を受けたが、癌による体調悪化から辞退し、代わりに9年後輩の同僚である原英史を紹介し、原が大臣補佐官に就任した。

2007年(平成19年)には茨城県つくば市にある独立行政法人の産業技術総合研究所に飛ばされた。元経産官僚の岸博幸によると、この人事はがん治療で体調不良中の古賀をつくばに飛ばすという懲罰的な意味合いをもっているという。
しかし、渡辺大臣が福田康夫首相の反対を押しきる形で
2008年(平成20年)に霞ヶ関に復帰させ、内閣官房に設置された国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に就任。当時の渡辺喜美行政改革担当相の下で、「年功序列人事の廃止」「天下り規制の強化」「事務次官廃止」など急進的な公務員制度改革に取り組んだ。

その後、就任した仙谷由人行政刷新大臣は、当初は公務員改革への意欲をみせ古賀を補佐官に就かせ行政改革を続けさせるつもりでいたものの、そのような人事は財務省が認めないとの古川元久内閣府副大臣や松井孝治内閣官房副長官ら官僚出身議員からの進言を受け断念。2009年(平成21年)12月、唐突に国家公務員制度改革推進本部の幹部全員が解任され、古賀も内閣事務官の任を解かれ、経済産業省に戻ったが、それ以降は仮置きの部署である「経済産業省大臣官房付」に長期間留め置かれる異例の人事措置が取られる。この間、数度にわたりマスコミを通じて政府の公務員制度改革案を批判し、広く名を知られるようになった。

2009年(平成21年)12月 - 経済産業省大臣官房付
2011年9月26日、退職した。同日朝、同省の安達健祐・事務次官から
退職の辞令を受け取った。
2011年(平成23年)12月 - 大阪府特別顧問、大阪市特別顧問、
大阪府市統合本部特別顧問





書物「日本中枢の破壊」他
 バッド(下向き矢印)(動画の説明)
http://www.choujintairiku.com/koga110613.html

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開設日
2011年6月17日

3879日間運営

カテゴリ
学問、研究
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