梅原 克彦(うめはら かつひこ、1954年3月29日 - )
日本の官僚、政治家。
2005年(平成17年)から2009年(平成21年)まで、仙台市長(第32期)を務めた。
1966年(昭和41年) - 東北大学教育学部附属小学校(現宮城教育大学附属小学校)卒業
1969年(昭和44年) - 宮城教育大学附属中学校卒業
1972年(昭和47年) - 宮城県仙台第一高等学校卒業
1978年(昭和53年) - 東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省
1996年(平成8年) - 海外貿易開発協会アジア・太平洋地域代表兼バンコク事務所長
1999年(平成11年) - 通商産業省通商政策局地域協力課長
2001年(平成13年) - 経済産業省通商政策局地域協力課長
2002年(平成14年) - 在アメリカ合衆国日本大使館公使
2004年(平成16年) - 経済産業省通商政策局通商交渉官
2005年(平成17年) - 経済産業省を退官。自民党と公明党の支持で仙台市長選挙に立候補し、初当選[28]
2009年(平成21年) - 8月21日をもって仙台市長を退任
人物
仙台市支倉町に生まれた。梅原の両親は共に臨床医であり、東北大学医学部内科に所属していた。梅原自身は仙台第一高等学校を経て、東京大学法学部を卒業、通商産業省(当時)に入省した。
大学入学前年の1972年(昭和47年)に日中国交正常化が実現、その影響を受けた梅原は学生時代、第二外国語として中国語を学んだ。教材は共産党の指導文書であり、マルクス・レーニン主義や文化大革命に関する読書も多かったが、梅原には現在でも中国人の友人との交流があるという。また、中国については官僚時代、APECやASEAN+3などにおいて、厳しい外交交渉を行った経験を持つ。また、北朝鮮による日本人拉致問題について、通産省時代から、その解決に取り組んでいた。
私生活では、かねてより「劇団四季」のファンであったことを明かしている。
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