タチアナ・ニコラーエワ(ロシア語: Татьяна Пeтрoвнa Николаева タチヤーナ・ピェトローヴナ・ニカラーイェヴァ, ラテン文字転写例:Tatiana Petrovna Nikolayeva, 1924年5月4日 ブリャンスク州ベジツァ - 1993年11月13日)はソ連のピアニスト・音楽教師。
3歳からピアノを始める。モスクワ音楽院に入学してアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルとエフゲニー・ゴルベフに師事。1948年にモスクワ音楽院ピアノ科卒業。1959年にモスクワ音楽院の講師となり、1965年に教授となった。
1950年に、バッハ没後200周年記念のライプツィヒ・ピアノ・コンクールにて優勝。当地に出席していたショスタコーヴィチと、生涯にわたる親交を結んだ。ショスタコーヴィチはニコラーエワのバッハ演奏に触発されて《24の前奏曲とフーガ》を作曲し、これをニコラーエワに献呈した。
生涯に50点以上の録音を残し、とりわけバッハの鍵盤楽曲で著名であったが、西欧で有名になったのは後半生においてからであった。ソ連崩壊後に、求められるまま欧米各地で演奏旅行を行なった。イギリスで制作された、ショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》3度目の全曲録音は、1991年度グラモフォン賞器楽曲部門に輝いた。それから2年後の秋、サンフランシスコで同作品の演奏会を行なった直後に急逝した。
作曲家として、ピアノ入門者や児童むけの教材となりうる平易な小品を残したほか、以下のような大作もある。
ピアノ協奏曲 ロ長調 作品10(作曲者自身の演奏とキリル・コンドラシンの指揮により1951年に録音され、1958年には楽譜が出版された。)
ピアノ、フルート、ヴィオラのための三重奏曲 Op.18(BISレーベルに音源あり)
弦楽四重奏曲
ピアノのための前奏曲
ウィキペディアより