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ハンター・S・トンプソン

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詳細 2023年5月5日 16:06更新

◆本名:Hunter Stockton Thompson
◆生年月日:1937年 7月18日
◆昇天日:2005年 2月25日(2月20日)
コロラド州ウッディクリークにて。享年67才
http://www.youtube.com/embed/a4rpt2KzQEQ

「ハンター・S・トンプソンのコミュニティ」

暫定立上(準備中ですが・・・)

http://www.hunterthompsonfilms.com/
このサイトは充実してますね〜

Youtubeじゃ観れない30分の貴重な映像、これぞ!!!

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カチンコ【Profile】

1937年:7月18日に男3兄弟の長男としてケンタッキー州ルイヴィルに生まれる。
1956年:フロリダ州空軍に入隊。基地のスポーツ紙記者として活動しながら、複数の地方新聞へも寄稿。
1958年:空軍を解雇され、ニューヨークに移住。コロンビア大学に通いながら、雑誌Timeでアルバイトを始める。F・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイに憧れ、独学で勉強。
1960年:プエルトリコに移住し、地元スポーツ紙の記者として活動。
また、初の小説“Prince Jellyfish”と“The Rum Diary”を執筆、これらを複数の出版社に提出する。(“The Rum Diary”はハンターが有名になった後、98年に出版)
1963年:サンディと結婚。翌年息子フアンが生まれる。
1965年:雑誌The Nationの編集者より、伝説的ギャング集団ヘルズ・エンジェルスについての執筆案があり、一年間彼らと生活を共にする。
1966年:「ヘルズ・エンジェルズ 地獄の天使たち 異様で恐ろしいサガ」を出版。
印税を巡りヘルズ・エンジェルスとの仲は急速に悪化するが、取材対象の中に単身飛び込みレポートする全く新しいジャーナリズムの形を世に知らしめ、大きな反響を呼ぶ。すぐにThe New York TimesやEsquireなどのメジャー紙からも注目され、執筆依頼が急増。ゴンゾー・ジャーナリズムが確立。
1968年:出版社ランダムハウスより“アメリカン・ドリームの死”についての執筆依頼があり、本格的に政治の世界に足を踏み入れる。シカゴでの民主党全国大会にて、若者たちのデモに加わりベトナム反戦を訴え、警官に激しい暴行を受ける。このことで権力に強い嫌悪を示し、アメリカン・ドリームに絶望する。
1970年:アメリカン・ドリームを復活させるため行動を起こしたハンターは、コロラド州のアスペン郡保安官に立候補。ペヨーテ(サボテンの一種)を握る拳のシンボルマークを掲げ、銃やドラッグの個人所有合法化について訴える。雑誌Rolling Stoneに自らの想いを執筆するなどして若者を中心に関心を集めるも、あえなく落選。
1971年:オートバイレースの取材という名目で、友人の弁護士オスカーとラスベガスへ向かうが、実際はドラッグ漬けのハチャメチャな旅であった。同年、Rolling Stone誌よりラルフ・ステッドマンのイラストと共にこの放浪記録を発表したハンターは、喝采を浴び一躍ジャーナリズム界のスーパースターとして世に躍り出る。その翌号からは人気ジャーナリストととして、“Fear and Loathing in Las Vegas”の連載を持つようになる。
1972年:72年の大統領選挙を取材中、政治に熱中したハンターは当時ベトナムからの米軍撤退と捕虜の返還を訴えていたジョージ・マクガバン上院議員を強く支持。マクガバンのライバルであったリチャード・ニクソンやエドマンド・マスキーなどをこき下ろす。民主党内のマクガバンの最大のライバルとされたマスキーについては、彼がイボガイン(幻覚剤の一種)中毒であると主張し民衆を惑わせ、その結果マクガバンが民主党の指名を勝ち取った。(最終的にはニクソンに敗北。)マクガバンが民主党指名を得るまでの運動については、“Fear and Loathing on the Campaign Trail '72”として発表。この時期がハンターの全盛期と言われている。
1974年:ジョージア大学にて当時ジョージア州知事だったジミー・カーターの演説に感銘を受けたハンターは彼についての記事を書く。しかし、この頃から徐々に、かつてのゴンゾ―・ジャーナリズムの勢いは失われ始め、私生活では酒に溺れていく。
1979年:自らの半生や政治についてを書いたエッセイ集“The Great Shark Hunt”を発表。
1980年:サンディと離婚。
1983年:ラルフ・ステッドマンや彼の家族も同行させ行ったハワイ休暇中の出来事を綴ったThe Curse of Lono を出版。
1988年:サンフランシスコの地元新聞The San Francisco Examinerに連載していたコラムをまとめた“Generations of Swine”を出版。
1990年:“Songs of the Doomed”を出版。
1995年:クリントン元大統領当選選挙について書いた“Better than Sex”を出版。
1998年:“Fear and Loathing in Las Vegas”(邦題:「ラスベガスをやっつけろ」)がテリー・ギリアム監督によって映画化。
1998年:60年に執筆していて、プエルトリコで活動するフリージャーナリストを主人公にした小説“The Rum Diary”の出版が決定。(2011年には、ジョニー・デップ主演で映画化予定。)
2000年:“Screwjack and Other Stories ”を出版。
2003年:長期にわたってハンターのアシスタントを務めていたアニタと再婚。
2005年:2月20日 拳銃自殺より死去。

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