フレッド・アステア
Fred Astaire
フレドリック・オースタリッツ・ジュニア
俳優、製作者、作曲家
1899年5月10日アメリカ、ネブラスカ州 オマハ出身
1987年6月22日没
代表作:
トップ・ハット(35)
踊らん哉(37)
イースター・パレード(48)
バンド・ワゴン(53)
オーストリア移民でビール工場を経営していた両親のもとに生まれる。
ダンス教室に通う1歳年上の姉アデールの付き添いで訪れたことがきっかけでダンスを習い始め、5歳の時には姉と一緒に初舞台を踏んだ。
15年にはサイレント映画の大スター、メアリー・ピックフォードに見出されて、彼女が主演する「こうろぎのファンチョン」に飛び入り参加して映画デビューを果たす。
RKOの「空中レヴュー時代(33)」に脇役として出演。
製作者と監督が決めたダンス・パートナー、ジンジャー・ロジャースとコンビを組んでダンス・ナンバー「ザ・カリオカ」で息の合った素晴しいダンスを披露。
この映画の成功によって人気に火がつき、二人は主演スターに昇格。翌34年にはアステア主演の舞台を映画化した初主演作「コンチネンタル」が公開されて大ヒットを記録した。
アステアとロジャースはハリウッド史上最高のダンス・コンビと謳われ、
ロバータ(35)、
トップ・ハット(35)、
艦隊を追って(36)、
有頂天時代(36)、
踊らん哉(37)、
気儘時代(38)、
などの唄と踊りが満載のダンス・ミュージカルが相次いで公開された。
しかし、39年の「カッスル夫妻」を最後にコンビを解消。
ロジャースと別れたアステアはスタジオを転々としながら、エレノア・パウエル共演の
踊るニューヨーク(40)
リタ・ヘイワースの相手役を務めた
踊る結婚式(41)
晴れて今宵は(42)
ゴルフ仲間のビング・クロスビーと組んだ
スイング・ホテル(42)
ブルー・スカイ(46)
ジーン・ケリーとの唯一の共演作
ジーグフェルド・フォーリーズ(46)
等に出演。
ダンサーとしての限界を感じたアステアは46年に引退を宣言。
引退後はダンス教室の運営や競走馬の育成に力を入れていたが、48年に怪我をしたケリーのピンチヒッターとして「イースター・パレード」で映画界に復帰し、ジュディ・ガーランドの相手役を見事に務めた。
この映画の成功によって出演依頼が相次ぎ、ロジャースとの10本目にして最後の共演作
ブロードウェイのバークレー夫妻(49)
シド・チャリシーと共演した
バンド・ワゴン(53)
等に出演。
足ながおじさん(55)のリハーサル中に、21年連れ添った最愛の妻フィリスを癌で失うが、悲しみから逃れるために映画出演を続け、オードリー・ヘプバーンとの共演作
パリの恋人(57)
チャリシーとの再共演を果たした
絹の靴下(57)
等で、年齢を感じさせないダンスで観客を魅了した。
74年にはMGMミュージカルの集大作「ザッツ・エンターテインメント」の司会者の一人を務め、2年後に公開された「ザッツ・エンターテインメント Part2」では、ケリーと二人で歌と踊りを盛り込みながらMGMミュージカルの名シーンを紹介。
74年に公開されたパニック映画「タワーリング・インフェルノ」では老詐欺師に扮し、哀愁漂う好演技を披露してアカデミー助演男優賞にノミネートされた。
80年には45歳年下のロビン・スミスと再婚、翌81年に公開されたミステリー「ゴースト・ストーリー」が最後の出演作となった。
50年にはアカデミー特別賞、81年にはアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)の生涯功績賞を受賞。自伝「Steps in Time」も出版している。
紹介作品
コンチネンタル(34)
トップ・ハット(35)
踊らん哉(37)
スイング・ホテル(42)
ブルー・スカイ(46)
イースター・パレード(48)
ブロードウェイのバークレー夫妻(49)
恋愛準決勝戦(51)
バンド・ワゴン(53)
パリの恋人(57)
渚にて(59)
タップダンスの神として、その名を残すアステアのコミニュティで、いろいろな思いを語り合いましょう!