萩の寺は新西国三十三ケ所霊場第12番札所・西国七福神霊場第1番札所・大阪みどりの百選に指定される、奈良時代(735年)から続くお寺です
奈良の大仏を作った行基菩薩(668〜749)により創建され、御本尊として行基作の薬師如来像・聖徳太子(伝)作の十一面観音像・重文(旧国宝)で毘首羯磨作の釈迦如来像の3体を安置しています。
萩の寺の歴史は、豊崎(今の大阪の中津あたり)で行基菩薩が日本(関西?)初の火葬
を行ったことから始まります。
火葬した死者の霊を慰めるため、行基は自ら薬師如来像を彫り、お堂を建て、中にまつりました。そして当時淀川水系に群生していた萩を供養花として植えました。それを見ていた民衆たちはみんなで供養のため萩を増やしていきました。
そのたくさんの萩の花に囲まれた薬師堂はいつしか「萩の寺」と呼ばれるようになりました
江戸時代初期に仏日山吉祥林東光院と名付けられたこの薬師堂萩の寺は、阪急電車
の敷設とともに別院のあった地に本院を移転します。それが現在の豊中にある東光院萩の寺です。
現在の境内には、豊臣秀吉が勧請した道了大権現や小野篁作あごなし地蔵、田中康寛作毘沙門天王など珍しい仏さまもおまつりされています。
今でも境内には萩が多くあって、古来からの名称「大阪の萩の寺」として、みんなに親しまれています。