人には人の乳酸菌
蒼井優
だから効く
と思う人。
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乳酸菌(にゅうさんきん)は、発酵によって乳酸を産生する細菌の総称で、ヨーグルト、乳酸菌飲料、漬け物などの発酵食品の製造に利用される。また、一部の乳酸菌はヒトの腸などの消化管(腸内細菌)や女性の膣内に常在しているが、病原性はほとんどなく、むしろ他の病原微生物から生体を守り、恒常性維持に役立っていると考えられている。このことから、プロバイオティクスとしての乳酸菌製剤や健康食品、プレバイオティクスと呼ばれる乳酸菌の消化管での増殖を特異的に促す製剤や食品なども開発されており、健康増進を目的とした利用も行われている。
乳酸菌という名称は、細菌の生物学的な分類上の特定の菌種を指すものではなく、その性状に対して名付けられたものである。発酵によって糖類から多量の乳酸を産生し、かつ、悪臭の原因になるような腐敗物質を作らないものが、一般に乳酸菌と呼ばれる。乳酸菌は、その発酵の様式から、乳酸のみを最終産物として作り出すホモ乳酸菌と、アルコールや酢酸など乳酸以外のものを同時に産生するヘテロ乳酸菌に分類される。また、その細菌の形状から、球状の乳酸球菌(にゅうさんきゅうきん)と桿状の乳酸桿菌(-かんきん)に分類されることもある。ただし、これらはいずれも便宜的な分類名である。
一般に、乳酸菌と呼ばれて利用されることが多い代表的な細菌には、以下の5属が挙げられる。いずれも発酵によって多量の乳酸を産生するだけでなく、比較的低いpH条件下でよく増殖する。これらの菌にとって乳酸は発酵の最終産物であると同時に、それを作り出して環境を酸性に変えることで他の微生物の繁殖を抑え、自分自身の増殖に有利に導く役割を持つと考えられている。
乳酸菌は、さまざまな発酵食品の製造に用いられてきた。主なものとしては、ヨーグルトや乳酸飲料などの発酵乳製品、キムチや浅漬け、ピクルス、ザワークラウトなどの発酵植物製品、鮒寿司などのなれ寿司などが挙げられる。乳酸菌による発酵は、これらの食品に酸味を主体とした味や香りの変化を与えるとともに、乳酸によって食品のpHが酸性側に偏ることで、腐敗や食中毒の原因になる他の微生物の繁殖を抑えて食品の長期保存を可能にしている。
一方、他の発酵食品の製造過程において、乳酸菌が雑菌として混入することが問題になることもある。ラクトバシラス属のL. fructivorans、L. hilgardii、L. paracasei、L. rhamnosusなど、アルコールに強い乳酸菌は、酒類の醸造、発酵中に混入・増殖すると、異臭・酸味を生じて酒の商品価値を失わせてしまう。
日本酒醸造の現場ではこれを火落ちまたは腐造と言い、これらの菌は『火落ち菌』として造り酒屋たちから恐れられている。また火落ちにより混入した乳酸菌によって醸造後に腐敗することを防止するため、醸造した酒を70℃前後の温度で処理してこれらの菌を殺菌する、「火入れ」と呼ばれる低温殺菌法が経験的に編み出され、江戸時代頃から行われている。
ワインにおいても同様に保存中に乳酸菌発酵によって異臭や酸味を生じることがあり、その原因を究明しようとしたルイ・パスツールの研究によって、食物が腐敗するメカニズムが解明され、またパスツリゼーションと呼ばれる低温殺菌法の発明につながった。
乳酸菌のうち、特にラクトバシラス属とビフィドバクテリウム属は、ヒトの消化管内や女性の膣内に常在し、常在細菌叢(じょうざいさいきんそう)の一部としての役割を担っている。ほとんどの場合これらの乳酸菌が直接ヒトの病気の原因になることはなく、むしろ生体にとって有益になるバリヤーとして機能していると考えられており、乳酸菌は「善玉菌」と表現される場合もある。ただし、極めて稀な例だが、乳酸菌血症などの感染症の原因になる例も報告されているほか、齲歯の発生にも関与している可能性が示唆されている。
健康なヒトの腸内にはたくさんの種類の微生物が生息しており、ほぼすべての人の腸内からは、ラクトバシラス属やビフィドバクテリウム属の乳酸菌が検出される。これらの乳酸菌は、俗に言う「腸内の善玉菌」の一種として捉えられる場合が多く、腸内常在細菌叢(腸内フローラ)において、これらの細菌の割合を増やすことが健康増進の役に立つという仮説が立てられている。ただしその有効性については、意義があるとする実験結果と関連が認められないとする結果がそれぞれ複数得られており、はっきりとした回答が出ていないのが現状である。
乳酸菌が腸内の善玉菌であるという仮説は、ロシアの科学者であるイリヤ・メチニコフの発案だとされる。メチニコフはブルガリアに長寿者が多い理由が、その食習慣によるものだと考え、ブルガリアで広く食べられていたヨーグルトに着目した。その効果を説明するための仮説として、疾患の原因は腸内細菌が作り出す腐敗物質によるものだとする自家中毒説を提唱し、腸内細菌がヨーグルトに含まれる乳酸菌に置き換わることで疾患の発生が抑えられて長寿になるという仮説を立てた。メチニコフはノーベル賞受賞者であり、それがこの説が広まる上で有利に働いたとも言われるが、受賞理由は細胞性免疫の発見によるものであり、本件と直接の関連はない。
このような考えから、腸内常在細菌叢のバランスを改善することを目的とした製品が開発された。このうち、乳酸菌などの細菌を生きたまま含むもののことをプロバイオティクス、それ自体は生菌を含まないが、善玉菌と言われる菌が特異的に利用するオリゴ糖などの栄養源を含むもののことをプレバイオティクスと呼ぶ。これらは製剤、あるいは健康食品として販売、利用されている。
ただし、プロバイオティクスなどの乳酸菌応用技術については、メチニコフ以降の研究結果からその有効性が疑問視されているものもある。メチニコフが見出したヨーグルトをはじめ、初期に開発されたほとんどのプロバイオティクス製品については、その後の研究から摂取してもほとんどの乳酸菌が胃で死滅してしまい、腸に到達しないことが明らかになった。また同時に、医学の進展によってさまざまな疾患の発生原因が明らかにされる過程で、自家中毒が必ずしも疾患の主因ではなくむしろ無関係な場合も多いことが明らかになっている。
しかし、このような背景を踏まえてもなお、これらの乳酸菌製品の利用はむしろ積極的に行われている。製剤技術や新しい乳酸菌株の開発によって、生きたままの菌を腸に到達させることが可能になったが、最近の研究では、生きて腸に届いた乳酸菌は、腸内に住み着き増殖することはなく、加熱死菌体も疾病予防効果などを有することが報告されている。 また、メチニコフの自家中毒説こそ大部分否定されたものの、腸内細菌叢が生体において重要な役割を担っているということには変わりがなく、大腸に至っては、そもそも腸内細菌の活動による発酵産物である酪酸などの短鎖脂肪酸を主たるエネルギー源として活動している。そのため、下痢など一部の消化器症状の改善を目的とした乳酸菌製剤の利用が行われている。またプロバイオティクス・プレバイオティクスが、花粉症に代表されるアレルギー体質の改善に有効であるという報告もあり、その検証も進められている。
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