阿頼耶識(あらやしき、(skt.) aalaya-vijJaana
आलयविज्ञान)は、サンスクリット aalaya आलयの
音写と vijJaana विज्ञानの意訳「識」との合成語。
旧訳では「阿梨耶識(ありやしき)」。また「蔵識」
(藏識)と訳す。
唯識により立てられた心の深層部分の教義である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の八識のうち第8に数え、人間存在の根本にある識である。aalayaの語義は、住居・場所の意であって、その場に一切諸法を生ずる種子を内蔵しているから「蔵識」と訳される。この点から「一切種子識」とも称する。
法相宗にては心は阿頼耶識までの八識とする。天台宗では1つ加えて九識、真言宗ではさらに1つ加えて十識とする。
はたらき
阿頼耶識は、蔵している種子から対象世界の諸法(現行(げんぎょう)法)を生じ、その諸法はまた阿頼耶識に印象(熏習(くんじゅう))を与えて種子を形成し、刹那に生滅しつつ持続(相続)する。
この識は個人存在の中心として多様な機能を具えているが、その機能に応じて他にもさまざまな名称で呼ばれる。過去の業の果報(異熟(いじゅく))として生じた点からは異熟識と呼ばれ、他の諸識の生ずる基である点からは根本識と呼ばれ、身心の機官を維持する点からは阿陀那識(aadaana-vijJaana、執持識)と呼ばれる。
この阿頼耶識つまりエイトセンシズ目覚め
生きて冥界に辿り着く事が星矢達の課題に
シャカが沙羅双樹の元でアテナに託した血文字の句は
これ