「法隆寺は焼けてけっこう。
自分が法隆寺になればよいのです。」
これを拡張すると。
A:「エッフェル塔見に行きたいな」
B:「俺が、エッフェル塔だ」
A:「万里の長城、行ってみたい」
B:「俺が、万里の長城だ」
などの、支離滅裂な会話が楽しめます。
冒頭の暴論、岡本太郎の言葉。
なんじゃそら。
自分が法隆寺、って。
いくらなんでも法隆寺には、なれんやろ。
寺だぞ、寺。
と、初めて読んだ時にブッたまげたものですが。
みんなで法隆寺になりましょう。
っていうか、結局、世の中法隆寺じゃん、全部。
法 隆 寺 で 遊 ぼ う ぜ !
---
原文:
法隆寺は焼けてけっこう。
自分が法隆寺になればよいのです。
失われたものが大きいなら、ならばこそ、それを十分に穴埋めすることはもちろん、その悔いと空虚を逆の力に作用させて、それよりもっとすぐれたものを作る。そう決意すれば、何でもない。
(中略)
むかしの夢に寄りかかったり、くよくよすることは、現在を侮蔑し、おのれを貧困化することにしかならない。
(岡本太郎「歓喜」/ 二玄社 より)
困ったときには