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橋本 忍コミュの砂の器

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砂の器
製作=松竹=橋本プロ 
1974.10.19 渋谷パンテオン/新宿ミラノ座/松竹セントラル劇場
143分 フジカラー シネマスコープ

砂の器コミュニティhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=2681
加藤嘉コミュニティhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=194727
野村芳太郎コミュニティhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=150144

解説
迷官入りと思われた殺人事件を捜査する二人の刑事の執念と、暗い過去を背負う為に殺人を犯してしまう天才音楽家の宿命を描くサスペンス映画。原作は松本清張の同名小説。脚本は「日本沈没」の橋本忍と「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」の山田洋次、監督は「東京ド真ン中」の野村芳太郎、撮影も同作の川又昂がそれぞれ担当。

あらすじ


六月二十四日早朝、国鉄蒲田操車場構内に扼殺死体が発見された。被害者の年齢は五十〜六十歳だが、その身許が分らず、捜査は難航をきわめた。警視庁の今西栄太郎刑事と、西蒲田署の吉村正刑事らの必死の聞き込みによって、前夜、蒲田駅前のバーで被害者と酒を飲んでいた若い男が重要参考人として浮かび上った。そしてバーのホステスたちの証言で、二人の間に強い東北なまりで交わされていた“カメダ"という言葉に注目された。カメダ……人の姓の連想から東北各県より六十四名の亀田姓が洗い出されたが、その該当者はなかった。しかし、今西は「秋田県・亀田」という土地名を洗い、吉村とともに亀田に飛ぶが、手がかりは発見できなかった。その帰途、二人は列車の中で音楽家の和賀英良に逢った。和賀は公演旅行の帰りらしく、優れた才能を秘めたその風貌が印象的だった。八月四日、西蒲田署の捜査本部は解散、以後は警視庁の継続捜査に移った。その夜、中央線塩山付近で夜行列車から一人の女が白い紙吹雪を窓外に散らしていた。その女、高木理恵子を「紙吹雪の女」と題し旅の紀行文として紹介した新聞記事が、迷宮入りで苛だっていた吉村の触角にふれた。窓外に散らしていたのは、紙なのか?布切れではなかったか?早速吉村は、銀座のクラブに理恵子を訪ね、その事を尋ねるが、彼女は席をはずしたまま現われなかった。だが、その店に和賀英良が客として現われた。和賀英良。和賀は音楽界で最も期待されている現代音楽家で、現在「宿命」という大交響楽の創作に取り組んでいる。そしてマスコミでは、前大蔵大臣の令嬢田所佐知子との結婚が噂されている。八月九日。被害者の息子が警視庁に現われた。だが被害者三木謙一の住所は、捜査陣の予測とはまるで方角違いの岡山県江見町で、被害者の知人にも付近の土地にもカメダは存在しない。しかしそれも今西の執念が事態を変えた。彼は調査により島根県の出雲地方に、東北弁との類似が見られ、その地方に「亀嵩」(カメダケ)なる地名を発見したのだ。なまった出雲弁ではこれが「カメダ」に聞こえる。そして三木謙一はかつて、そこで二十年間、巡査生活をしていたのだ……。今西は勇躍、亀嵩へ飛んだ。そして三木と親友だった桐原老人の記憶から何かを聞きだそうとした。一方、吉村は山梨県塩山付近の線路添いを猟犬のように這い廻って、ついに“紙吹雪"を発見した。それは紙切れではなく布切れで、被害者と同じ血液反応があった。その頃、とある粗末なアパートに理恵子と愛人の和賀がいた。妊娠した彼女は、子供を生ませて欲しいと哀願するが、和賀は冷たく拒否するのだった。和賀は今、佐知子との結婚によって、上流社会へ一歩を踏み出す貴重な時期だったのだ。一方、今西は被害者が犯人と会う前の足跡を調査しているうちに、妙に心にひっかかる事があった。それは三木が伊勢の映画館へ二日続けて行っており、その直後に帰宅予定を変更して急に東京へ出かけているのだ。そして、その映画館を訪ねた今西は重大なヒントを得た……。本庁に戻った今西に、亀嵩の桐原老人から三木の在職中の出来事を詳細に綴った報告書が届いていた。その中で特に目を引いたのは、三木があわれな乞食の父子を世話し、親を病院に入れた後、引き取った子をわが子のように養育していた、という事だった。その乞食、本浦千代吉の本籍地・石川県江沼郡大畑村へ、そして一転、和賀英良の本籍地・大阪市浪速区恵比寿町へ、今西は駆けめぐる。今や、彼の頭には、石川県の片田舎を追われ、流浪の旅の末、山陰亀嵩で三木巡査に育てられ、昭和十九年に失踪した本浦秀夫と、大阪の恵比寿町の和賀自転車店の小僧で、戦災死した店主夫婦の戸籍を、戦後の混乱期に創り直し、和賀英良を名乗り成人した、天才音楽家のプロフィルが、鮮やかにダブル・イメージとして焼きついていた。理恵子が路上で流産し、手当てが遅れて死亡した。そして、和賀を尾行していた吉村は理恵子のアパートをつきとめ、彼女こそ“紙吹雪の女"であることを確認した。今や、事件のネガとポジは完全に重なり合った。伊勢参拝を終えた三木謙一は、同地の映画館にあった写真で思いがけず発見した本浦秀夫=和賀英良に逢うべく上京したが、和賀にとって三木は、自分の生いたちと、父との関係を知っている忌わしい人物だったのである。和賀英良に逮捕状が請求された。彼の全人生を叩きつけた大交響曲「宿命」が、日本音楽界の注目の中に、巨大なホールを満員にしての発表の、丁度その日だった。


製作 ................  橋本忍 佐藤正之 三嶋与四治
製作補 ................  杉崎重美
企画 ................  川鍋兼男
監督 ................  野村芳太郎
監督助手 ................  熊谷勲
脚本 ................  橋本忍 山田洋次
原作 ................  松本清張
撮影 ................  川又昂
音楽監督 ................  芥川也寸志
作曲・ピアノ演奏 ................  菅野光亮
指揮 ................  熊谷弘
演奏 特別出演 ................  東京交響楽団
美術 ................  森田郷平
装置 ................  若林六郎
装飾 ................  磯崎昇
録音 ................  山本忠彦
調音 ................  吉田庄太郎
効果 ................  福島幸雄
照明 ................  小林松太郎
編集 ................  太田和夫
衣裳 ................  松竹衣裳株式会社
進行 ................  長嶋勇治
製作主任 ................  吉岡博史
製作協力 ................  シナノ企画 俳優座映画放送株式会社
 
配役    
今西栄太郎 ................  丹波哲郎
和賀英良 ................  加藤剛
吉村弘 ................  森田健作
高木理恵子 ................  島田陽子
田所佐知子 ................  山口果林
本浦千代吉 ................  加藤嘉
本浦秀夫 ................  春日和秀
桐原小十郎 ................  笠智衆
クラブ・ボヌールの女給明子 ................  夏純子
三木影吉 ................  松山省二
捜査一課長 ................  内藤武敏
扇屋の女中澄江 ................  春川ますみ
捜査一係長 ................  稲葉義男
昔の三木の同僚安本 ................  花沢徳衛
恵比須町のみ屋の主人 ................  殿山泰司
国語研究所所員桑原 ................  信欣三
三森署署長 ................  松本克平
巡査 ................  浜村純
新聞記者松崎 ................  穂積隆信
岩城署署長 ................  山谷初男
鑑識課技師 ................  ふじたあさや
山下・お妙 ................  菅井きん
若葉荘の小母さん ................  野村昭子
亀嵩の三木の妻 ................  今井和子
バー・ロンの女給A ................  猪俣光世
バー・ロンの女給B ................  高瀬ゆり
バー・ロンのバーテン ................  別所立木
西蒲田署の刑事筒井 ................  後藤陽吉
岩城署刑事 ................  森三平太
朝日屋の主人 ................  今橋恒
三森署のジープの警官 ................  加藤健一
世田谷の外科医 ................  櫻片達雄
扇屋の主人 ................  瀬良明
世田谷の巡査 ................  久保晶
浪花区役所の女事務員 ................  吉田純子
恵比須町の警官 ................  中本維年
浪花区役所係員 ................  松田明
西蒲田署署長 ................  西島悌四郎
西蒲田署刑事課長 ................  土田桂司
西蒲田署刑事B ................  丹古母鬼馬二
西蒲田署刑事C ................  高橋寛
西蒲田署刑事D ................  渡辺紀行
西蒲田署刑事E ................  山崎満
西蒲田署刑事F ................  北山信
西蒲田署刑事G ................  千賀拓夫
西蒲田署刑事H ................  浦信太郎
和賀の友人 ................  菊地勇一
警視庁刑事A ................  今井健太郎
警視庁刑事B ................  山本幸栄
警視庁刑事C ................  小森英明
世田谷の外科医の奥さん ................  村山記代
亀嵩の農家の主婦 ................  水木涼子
慈光園の係員 ................  戸川美子
田所重喜 ................  佐分利信
三木謙一 ................  緒形拳
ひかり座の支配人 ................  渥美清
  田畑孝 松波喬介 原田君事 大杉雄二 三島新太郎 伊東辰夫 中川秀人 沖秀一 高木信夫 加島潤 坂田多恵子 東谷弓子

コメント(12)

砂の器 
1974・松竹・橋本プロ

物語

事件発生は昭和46年6月24日早朝。国鉄蒲田操車場構内で轢死体が発見される。推定年齢60〜65歳の男性でO型、死後推定時間3〜4時間。生体反応がないことから殺害されてから列車に轢かれたものらしい。

死体からアルコールが検出されたため、被害者は前夜誰かと酒を飲んだ可能性があった。捜査員が蒲田周辺の酒場を聞き込みするうちに、それらしい二人組みの情報を得た。中年の男と白いポロシャツを着た若い男だったようだ。バーのホステスによると、「カメダ」ということばを何回か聞いたという。「カメダはどうだ」とか、「カメダは変らないか」という会話だ。それも東北訛りのズーズー弁だった。

人の名前のように聞こえるが、警視庁の今西栄太郎(丹波哲郎)は土地の名前ではないかと直感した。今西は蒲田署の吉村刑事(森田健作)と組んで青森県羽後亀田に飛んだ。亀田という名前はあったものの、そこでは何の手がかりも得られなかった。
空手での帰途の東北線の食堂車。今西と吉村がビールを飲んでいると、近くの席に迎えられた青年がいた。彼は今売り出し中の若手作曲家、和賀英良(加藤剛)だった。

ある新聞に何気なく目を通していた吉村は、「紙吹雪の女」という題名のコラムに目が止まった。コラムの記事は、中央線の塩山付近で窓から紙吹雪のように白いものを撒いていた女を描いたものだった。白い紙吹雪にピンと感ずるものがあった。
吉村は記事を書いた記者に電話を入れた。するとその記者は、記事を書いた後、偶然その女にあるバーであったという。そこのホステスだったのである。
吉村はさっそくそのバーへ聞き込みに行った。高木理恵子(島田陽子)は吉村に応対したが、人違いだと一蹴した。だが、何故か理恵子はバーから姿を消した。

和歌山県警から連絡があり、一人の若者が被害者の確認にやって来た。死体をひと目見て若者は泣き崩れた。「父に間違いありません・・・」
被害者は三木謙一(緒形拳)といい、お伊勢参りに行くといって出かけたまま帰らないので捜索願いを出したのだった。三木謙一はかって20年もの間、島根県で巡査をやっていたという息子の話から、今西は島根県の地図で「カメダ」の名前を探した。あった!「亀嵩」という片田舎だ。「カメダカ」 「カメダケ」??
大学の言語学の教授に会い、今西は決定的な情報を得た。出雲地方の音韻は東北のズーズー弁と良く似ており、「カメダカ」も「カメダケ」もズーズー弁では「カメダ」に聞こえるというのだ。

今西は山陰の「亀嵩」に飛んだ。長老の桐原老人(笠智衆)は、若き日の三木謙一を良く覚えていた。三木巡査は人の面倒を良くみる人情深い男で、人助けの話はきりが無いほどあるという。正義感の強い人物で人の恨みを買うようなことは絶対にないと、桐原老人は確信を持って語ったのだ。

その頃、吉村は、猟犬のように中央線の塩山付近の線路に這いつくばっていた。そして見つけたのだ。「紙吹雪の女」が撒いた白い破片を数枚。それは紙ではなく、布だった。しかも幾つかから、わずかに赤黒い染みが確認できた。

一方、和賀英良は愛人高木理恵子から子供ができたと聞かされショックを受けていた。「絶対に産んではならん」 「・・・私、一人で育てます」 「絶対に駄目だ!」
和賀英良は元大蔵大臣、田所重喜(佐分利信)の娘、佐知子(山口果林)と婚約しており、田所の後押しで、和賀の作曲発表コンサートの準備が着々と進行しつつあった。

塩山付近で吉村が発見した布からO型の血液反応が出た。「良くやった」今西は吉村を誉めた。すぐさま、「紙吹雪の女」高木理恵子の捜索が開始された。
しかし高木理恵子は流産し、出血多量で死んでしまう。
今西は二日間の休暇を取り、三木謙一の行った伊勢へ向かった。三木の泊まった宿で、三木が二日続けて映画館へ行ったという情報を得た。同じ映画を二日も見たのか?その直後、三木は予定にない東京へ向かったのだ。三木は何かを見たのだ。
映画館ひかり座の支配人(渥美清)はあれこれ映画の解説をしたが、今西は映画館の壁に掛かった写真に注目した。元大蔵大臣、田所重喜の写真だが、片隅に見覚えのある顔があった。若き作曲家、和賀英良だった。

今西は、山陰の亀嵩の桐原老人からの手紙を受け取った。それには、三木巡査が行き倒れ寸前の親子を救った話が書いてあった。

らい病の父親、本浦千代吉(加藤嘉)と幼い息子、秀夫(春日和秀)が巡礼の旅を続けていた。当時、らい病は不治の病と信じられ、各地で石を投げられ、追われるように亀嵩を通りかかったのだが、三木巡査は見かねた。千代吉を国立療養所へ送った後、秀夫を自分の子として育てたのだった。
しかし、間も無く秀夫は家出したというのだ。

今西は和賀英良の戸籍調査で大阪へ飛ぶ。昭和20年、自転車屋だった和賀の両親は空襲で死んでいた。そして、和賀は実子ではなく、奉公人だったのだ。空襲で戸籍簿は焼け、戸籍は戦後、本人の申し立てで作られていたのである。

「和賀英良に対し逮捕状を請求いたします」 捜査会議で今西は言った。
三木が伊勢のひかり座で壁に掛かった写真の中の和賀英良に本浦秀夫の面影を発見し、急ぎ東京へ向かった。
「そして、三木は和賀英良を探し出し会った。三木は和賀に父親と会うことを強く勧めたに違いありません。和賀は自分の過去を消した男です」
捜査会議がざわめいた。「千代吉は生きているのか!」

今西はらい病棟の本浦千代吉と会ってきたのだ。今西は千代吉に和賀英良の写真を見せた。じっと見入っていた千代吉は咽喉から声を絞り出した。
「うううううう、そんな人、知らねえ、うううう」
しかし、押収した三木との文通では、何度も息子に会いたいと書いているのだ。そして、三木の手紙には、必ず息子さんはどこかで立派に成長しているに違いないと、繰返し繰返し書かれているのだった。

和賀英良の新作「宿命」の発表コンサートが華やかに行われていた。ピアノを弾く和賀英良。彼を取り巻くオーケストラ。満場の客が聞き入った。
和賀の胸の中を去来するものは何であろう。
父と巡礼を続けた北陸の厳しい寒さか、それとも・・・・・。大恩ある三木巡査の殺害場面か・・・・。

逮捕状を携えた今西と吉村は、「宿命」の荘厳な曲の鳴り響く楽屋裏で人間の宿命の業を感じ取っていた。
映画館主から

原作者松本清張をして「小説を越えた」と言わしめた傑作推理サスペンスです。
脚本家橋本忍と当時助監督だった山田洋次との共同でシナリオ化するも、ロケに金がかかる上、内容が暗すぎるということでオクラ入りとなり、映画化にこぎつけるまでに14年もかかったのだそうです。

私も原作を読みましたが、シナリオは映画向きに大きくドラマ構成が変更されており、特にラストのコンサート場面と幼い日々の巡礼場面が同時進行するクライマックスは圧巻と言わざるをえません。
芥川也寸志の音楽も厳粛な響きで相当な力作です。

清張のドラマの裏側には「らい病」(ハンセン氏病)への差別と偏見に対する警鐘があったことは当然です。わが国ではつい最近までハンセン氏病への隔離政策が取られていたのです。そして、ハンセン氏病の患者を宿泊拒否するホテルが告発されるなど、差別問題はいまだに根深い問題です。

刑事役の丹波哲郎が好演。今は政治家の森田健作も若い。

監督は松本清張ものを得意とする野村芳太郎。’61年の「ゼロの焦点」(久我美子主演)も恐らく原作より映画のほうが勝っていたような気がします。この時も脚本は橋本忍と山田洋次、音楽は芥川也寸志でした。

参考文献:「戦後日本映画」 発行:?マルハン
今回は現在放映中のTVリメイク版が話題となっている推理映画をご紹介します。
1974年、144分、松竹
製作;橋本 忍、佐藤正之、三嶋与四治、
監督;野村芳太郎、 脚本;橋本 忍、山田洋次、 原作;松本清張( 新潮文庫 )、
撮影;川又 昂、 美術;森田郷平、 音楽監督;芥川也寸志、 作曲;菅野光亮

 6月のある日の未明、国鉄の蒲田操車場で初老の男の死体が発見される。顔を石で滅多打ち
にされた死体は、れき死体に見せかけるためか始発電車の最後部車両の下に置かれていた。
 朝には早速、所轄の蒲田西署に合同捜査本部が置かれ刑事たちが聞き込みに周辺に散って行く。
 成果は直ぐにあった。事件当夜、現場近くのバーに被害者と加害者と思われる二人連れが立ち
寄っていたのである。しかし得た情報は、被害者が東北弁であったことと二人の会話の中でかわ
されていた"カメダ"という、人名とも地名とも判然としない言葉だけであった。
 事件の手掛かりを求めて、警視庁捜査一課のベテラン・今西警部補(丹波哲郎)と蒲田西署の
若手・吉村刑事(森田健作)は秋田県の「羽後亀田」に向かうが、何の収穫も得られず帰京する。
 その後何の進展もないまま捜査本部も解散となり、事件は警視庁の継続捜査となるのであるが、
行方不明になった父親ではないかと尋ねて来た息子により、被害者は島根で元巡査であった三木謙一
(緒形 拳)と確認される。被害者の身元が判明したことから、元の捜査員たちが再び召集されて
復活した捜査本部は活気付くのであった。しかし、"カメダ"は依然として謎であった。
 地道な捜査により今西刑事は、新進作曲家の和賀英良(加藤 剛)に目を着けるのであるが・・・・。
 今西が迫る事件の裏側には、あまりにも哀しい「宿命」の旋律が流れていたのであった・・・・。

 原作は昭和35年〜36年に読売新聞夕刊に連載して刊行されたもので、野村芳太郎は脚本を
橋本忍に依頼した。橋本を師事していた山田洋次との共同で完成された脚本を手に野村監督は、
松竹の大プロデューサー・城戸四郎に映画化の企画を持ちこんだが、城戸は、ロケが多く予算が
かかり過ぎる、話が暗く興行的に不安である、とりわけハンセン氏病に強い難色を示し反対した。
 野村監督と橋本忍は、その後も脚本に推敲を重ねて城戸に迫ったが企画は通らなかった。二人は
昭和49年に橋本プロダクションを設立し、構想から14年を経てやっと映画化を成し遂げた。
 原作を大幅に変えた橋本忍と山田洋次の優れた脚本と野村芳太郎監督の重厚な演出の冴えは出色
なものです。特に、失意の父子が巡礼姿で日本の四季の中を流転する叙情豊かな、かつ悲惨なシーン
は名手・川又昂の撮影もあって実に見事な、日本映画で屈指の名場面であります。
 出演者では、その父親役の加藤嘉の切実な名演技と人間性が滲み出た緒形拳が大変宜しい。
 丹波哲郎は力演ですがチョット臭いのが難点、難役の加藤剛は演技が少々硬いのが難点です。
 ラストまで観客の目を惹きつけて離さない日本推理映画の傑作を皆様是非お楽しみ下さい。
砂の器

うーん、泣けますねえ。

古い映画なので陳腐な感じもあるんですけど、

古さをおぎなってあまりあるパワーっていうんですか、

そういうスケールのでかさがあります。

ラスト近く、

演奏会の映像、放浪する親子の映像、捜査会議の映像がカットバックされるところは、

気持ちが盛り上がってきますね。

その高まりが最高潮になるのが、丹波哲郎が加藤嘉に尋ねるシーン。
この写真の男に見覚えがありませんか?と確信をもって迫る丹波。

写真を見た加藤は、グベェボゲブビバァババアババババァ〜とむせびながら、
し、知らん、こんな男は知らん!と言い切る。
うーんパワフル。

ここがすごく気持ちが高まって泣きそうになったんですけど、
実は泣いてない。

というのも、一気にこのくだりを見せてくれたらうるっときたと思うんですけど、

丹波が尋ねる、加藤が応える、この間に捜査会議のシーンが挟み込まれているので、

一瞬冷静になってしまったんですね。

おしいなあ。ここは一気に見たい。

まあでもいいですよ。

お話というより映像がいい映画かな。

丹波に加藤剛に嘉に森田健作。みんな濃い〜。

自然な演技という名の退屈な演技がもてはやされる現代ドラマにはない凄みっていうやつですか、

とにかく押しが強い、見てるこっちに迫ってくる演技で見てて楽しいんですね。

子役の顔もそうですけど、パワフルで圧倒するものがある。

顔ですな。顔。役者は顔だ。

原作は松本清張の「砂の器」

2004年にSMAPの中居くん主演でドラマにもなって話題だったから、

そのとき読んだんですけど。

いまひとつぴんとこなかったですね。小説のほうは。

そもそも松本清張の小説は面白いのか?っていうのがあるんですけど。

よく映像化されるんですけどねえ。

映像化する素材としてはうってつけだが、

小説そのものは、時代背景を加味しなければ面白くないっていうタイプかな。

うろ覚えだが、小説の和賀はクラシックの音楽家ではなく、前衛現代音楽家で電子音楽をやってるんじゃなかったっけ。

それで殺人音波を使って証人を消したり、ちょっとこれどうなの?的な話だったような。

読んだとき、これがあの砂の器?とちょっと意外に思ったもんな。

中居くんの「砂の器」は見てないけど、

設定を現代に置き換えてやっているっていうのは知ってる。

ハンセン氏病のことはでてこないんでしょうな。

昔の砂の器は、親の病気や社会からの差別、生い立ちなどが逃れられない宿命として描かれていたが、

現代では何が宿命として描かれるのだろうか?
みんなのレビュー
【コメント】
暗いね。主人公の都合で殺される恩人を思うととても主人公に共感が持てない。救いがないね。【たつのり】5点(03/10/08 01:55)

加藤さんの演技に脱帽。もうたまらなくなって泣きました。丹波さんと森田さんの刑事役ってのはほんと今では貴重。【マチルダ】9点(03/09/28 18:01)

終演にむけて緻密に糸を織りなしていくような映画でした。スケールの大きな映画です。好き嫌いのあまりない映画だと思います。【やまプー】7点(03/09/02 00:44)

四季折々を絡め、情感豊に描いたサスペンス映画の名作!! 差別と偏見、親子愛等もしっかりと描かれており、単なる推理ものに終らせておらず、邦画史上屈指の感動的作品に仕上がっている。 巡査役の緒方拳。父親役の加藤嘉。この二人の迫真の演技が秀逸かつ印象的で、作品を大きく盛り上げていた。また芥川也寸志の音楽効果も抜群で、見る者の涙腺を弛める。雪が吹きすさぶ中、ハンセン氏病の父と子の巡礼。差別の中で強まる愛と堅い絆…。そんな場面に涙ボロボロ。《ネタバレ! ! 》ただ、あの少年が大人になり、いくら地位と名誉の為といっても、恩人の元巡査を殺すという設定には釈然としないものが…。【六甲やまねこ】9点(03/08/16 13:27)

この映画を見た年の夏に島根県の亀嵩に行ったなぁ・・・減点する要素なし、という意味で10点。【masamune】10点(03/08/15 12:32)

素直に泣ける映画です。【パキサン】9点(03/08/08 23:57)

どうしてこういう名作は、最近の日本映画には無いんでしょうね。芥川の音楽が傑作なんだろうなあ。方言の謎の解読過程といい、丹波のおじさんが核心に近づく演出といい、松本清張原作を、見事に橋本脚本が再現していると思います。ラストのオーケストラシーンと重ねての加藤嘉親子の道行きのシーンは何度観ても感動します。【オオカミ】8点(03/08/07 08:54)

親に薦められて見たけど、良かった。名作!!【m.t-18】7点(03/07/09 22:25)

昔、泣ける映画という、ふれこみに反発しながら、一人で観た。人目が無かったから、思い切り号泣した。だが、細かいところは忘れてしまったな。もう一度観てみようと思う。歳月は人を変えるというが、まだ、泣けるだろうか。【すぎさ】9点(03/07/09 17:18)

昔、泣ける映画という、ふれこみに反発しながら、一人で観た。人目が無かったから、思い切り号泣した。だが、細かいところは忘れてしまったな。もう一度観てみようと思う。歳月は人を変えるというが、まだ、泣けるだろうか。【すぎさ】9点(03/07/09 16:05)

公開当時、ハンセン氏病の知識もないほんのガキンチョだった私ですが、画面から受ける圧倒的な迫力と、胸苦しいほどの哀しさに涙しました。子供のくせに加藤嘉さんの大ファンになったのもこの映画を見て以来。生き続けることは、もしかしたら死ぬことよりも苦しいのかもしれない、でも生きているというだけで尊いということが、理屈ではなく感覚として迫ってきたんだと思います。【Rei】9点(03/07/08 21:22)

いわゆる「原作もの」だが 脚本がシンプルに洗練されていて よい出来だと思った やはり映画の基礎である脚本に徹頭徹尾こだわるべきだ 日本映画の復興のためにも若い映像作家はこのような映画をもっと研究し見習って欲しい【ねぎ坊主】10点(03/06/23 10:33)

私は放浪するシーンがメインの後半より前半の捜査のシーンが断然好きです。特に東北弁の「かめだ」の謎が分かる所とか見事です。後半はやはり加藤嘉の「そんな人、知らねぇ」に尽きます。【まりん】9点(03/06/09 01:17)

出だしから物語に引き込まれ、そのまま最後まで観ることができました。特に、「宿命」の調べに乗せて繰り広げられる親子の放浪の場面からは目が釘付け状態でした。加藤嘉のすがるような目と「そんな人、知らねぇ!」のシーンには絶句です・・・。脚本や他の配役もさることながら、ここまで衝撃を受けたのは加藤嘉の演技によるところも大きいかもしれません。【こまちっこ】10点(03/05/06 18:44)

ネタバレ:子供は親を選べない、という科白に尽きます。原作よりだいぶ簡潔にしてあるようですが、十分よくできています。ただ血のついたハンカチをちぎって車窓から捨てたりしますかネ。偶然の積み重ねで事件が解決するのはあまり好きではありません。勿論映画が悪い訳ではありません。【Otolaryngologist】10点(03/04/27 22:29)

私は見終わった後、ものすごく切ない気持ちで深く落ち込んでしまいました。あまりにも悲しい話に涙も出ないほどでした。前半は丹波さん演じるベテラン刑事と森田さん演じる若手刑事が、ひとつ謎を解いてはまた別の謎にぶつかり、そうして少しずつお互いの謎を解くうちに次第に事件の真相がうっすらと表れはじめ、見ている私はどんどん映画に引き込まれていきました。壮大な音楽にのせて描かれる後半になり、ある男の壮絶な過去が少しずつ明らかにされ、どんな理由があろうとも人が人を殺してはいけないと知りつつも、事件のおおよその真相を語りながら涙ぐむ丹波さんの演技にものすごく心が痛みました。後半はとにかく見ているのが苦しくなり、見終わったあとは大きなため息がひとつ出ました。【はがっち】9点(03/04/22 00:18)

傑作と思います。それぞれの気持ちがなんとなく理解でき、それだけにやり切れない悲しい気持ちになります。父が見ながら号泣してた。【たーしゃ】9点(03/04/02 22:47)

邦画としては何十年たった今でも屈指の名作。貧しい親子の放浪の旅を美しい日本の四季とバックの音楽で見せるところ、ハンセン氏病の父が子供のことを「知らない!」と叫ぶところは涙なしには見られない。加藤嘉、一世一代の名演技を見せた。美しい風景をとらえたカメラ、親子の絆をテーマにした脚本、盛り上がる音楽、そしてこの加藤嘉に感動させられた。【キリコ】10点(03/03/28 20:49)

丹波哲郎と森田健作の組み合わせというのは、映画史上に残る珍妙な刑事コンビではないか?それから、原作よりも映画はかなり落ちると思う。「壮大で退屈」という点では、「八つ墓村」とおっつかつ。どちらも野村芳太郎監督である。もう一点。TBSは放映時に、丹波哲郎による犯人の動機説明部分、「癩病」というセリフを音声カットした。この作品の根本部分だろうが。音声で流せないというなら、視聴率目当てで放映してはいけない。作品への侮辱だ。【happy1】3点(03/03/17 14:14)

映像と音楽と演出に感動しっぱなしです。が、ここでみなさんのレビューを読んだら考え方が変わりました。殺人の動機が「差別」だと思い込んでたんです、、、今ごろ判りました「宿命」の意味。きっと私は殺される側だなぁ。【のーまん】10点(03/03/15 03:50)

DVDで最近見ました。映像の美しさに感激。付録映像でロケハンの苦労が語られていましたが、この時代の機材でここまで、と驚きました。スタッフ、役者共に一級で、細部までこだわった作りは日本映画の誇りだと感じました。完璧ではないけれども、この水準の映画をもっともっと見たいと感じました。【モリブンド】9点(03/03/09 00:01)

日本映画史に燦然と輝く傑作「飢餓海峡」に通ずる、まさに日本の戦後史の一段面を描いた力作。邦画としてはまだ珍しいイベント大作として製作され、公開当時大ヒットを記録した。松本清張の原作とは違い、映画はいわゆる推理ドラマとしてではなく、人間ドラマに焦点をあてた事で我々の感動を呼んだ。これは、橋本忍・山田洋次の脚本と脚色の功績であり、さらに当時、脂の乗り切った野村芳太郎監督の力技ともいえる演出が冴えわっていた事も、大きく貢献したようだ。特筆すべきは、幼いときの犯人と父親との二人が辿る遍路の道行きを、四季の変化の中で捉えたシーン。主人公の心情とその哀切感を鮮やかに描き切った、日本映画屈指の名場面となっている。ただ、俳優たちの何故か過剰な演技がやたら気になったものだった。【ドラえもん】8点(03/02/12 01:04)

DVDで見ましたが。こんな程度では泣けません。ラストの30分の評価が高いようですが、日本の四季の風景のイメージ映像に過ぎない。千代吉は36歳で村を出ているのですが、加藤嘉があれで36歳というのはちょっと興ざめ。親子というより祖父と孫です。昭和30年代生まれとしては、バックに流れる風景がなつかしく、そんな細部にばかり目が行く映画でした。(例えば後ろを走る特急電車が今はない「あまぎ」号だったりとか)【akiray】6点(03/02/09 17:05)

これはすごい とおもった。【せんいち】10点(03/02/09 04:56)

監督の演出が、観客を泣かそう泣かそうとしているのが気になるが、それでも泣かされてしまいますね。下で「へちょちょ星人」さんがおっしゃるとおり、加藤嘉の素晴らしさに尽きます。【るーす】8点(03/02/07 21:15)

面白い日本映画を見るのが好きです。これは名作。当たり前だけど役者が役者な映画ですね。【venom】9点(03/01/15 03:45)

 確かに清張の原作より素晴らしい(本人も認めてるし)。ここまでの傑作となりえたのは、原作でチョロッとしか書かれてない「父子の乞食遍路」をクライマックスに据えた橋本忍の脚本の上手さがあればこそ。イヤ、野村芳太郎監督の演出が(カットバックしまくりで)手堅いのも主たる要因だとは思うけど。加藤剛や丹波哲郎、森田健作に島田陽子は別にどうということもないが、緒形拳と加藤嘉の迫力には脱帽!ビジュアル系の若いニーチャンやネーチャンだけ出しても、脇を締める個性的なバイプレーヤーを欠けば、名画の域には容易に達しないコトが如実に証明されていると思う。原作を凌駕した希有な作品に敬意を表して…9点!(−1点の理由?泣かせようってのが見え見えなんで)【へちょちょ星人】9点(03/01/04 06:29)

作曲家が逮捕されるラスト、親子の過酷な過去がよみがえり、音楽が感動を呼んだ。本当にすばらしい映画。【四次元大介】10点(02/12/29 11:03)

原作も良かったけど、映画はそれ以上です。俳優の表情一つでここまで伝わるものが違うのかと驚きました。内容的には不条理でもないのに、痛すぎる人間の性というものを痛烈に伝える内容となっている。【恥部@研】9点(02/12/25 18:21)

素晴らしいの一言につきます。原作を読んでからここのレビューを見て、ビデオを借りて来ました。原作を超えてますね。親子二人の旅シーンでは本当にぼろ泣きでした。どんな状態であれ、少年にとって父との生活は何にも変えがたいものだったのでしょう。しかし、駐在所から家出したときの少年の涙は、「よくしてくれたのに申し訳ない」という気持ちからだったようにも思えます。怨恨殺人というよりは、病気に対する間違った社会通念を根底にした「どうしようもない犯罪」のような気がしました。【いかみみ】10点(02/11/30 10:11)

私がこの映画を始めて見たのは同じ清張原作「鬼畜」との2本立でした。もう強烈すぎて一緒に見た友人とは今だ日本映画史上最高傑作と確信しています。【キャンディ−ズ】9点(02/11/19 01:27)

確かにボロ泣き出来るんですが、逮捕状は“和賀”名義でいい気が・・・。【サラダパック】8点(02/09/17 14:45)

名作だとは思うのですが、ご都合主義的な部分や演出のあざとい部分が少し気になりました。でも、良い映画です。風景や音楽も美しい。【鏡に萌え萌え】8点(02/06/18 03:40)

 音楽を効果的に使用している映画は好きなので、とても良い作品なのですがストーリーに無理があるのが気になりました。またいつか機会があればもう一度見たいと思います、本当は7.5点ですが四捨五入で。【ミスタープリンセス】8点(02/05/18 01:36)

この映画には「悲しい」、「泣けた」というコメントが多いですが、私は一滴の涙もこぼれませんでした。代わりにこみ上げてきたのは主人公の元巡査に対する「激しい怒り」に対する「激しい共感」でした。それは私の特殊な生い立ちのせいでしょう。この映画で思い出したのは私自身の幼少時、貧困と暴力の家を夜中にそっと抜け出して母と二人で海に向かって歌を歌った思い出でした。周囲が辛いほど親子の絆は固く、何にも変えがたいものです。巡査が「善意」で行った事は当時の時点で病気に対する社会通念と子供の将来を考慮した場合、この親子以外の人々が客観的(=傍観者的)に合意する「良識」であり、「最善の判断」だったのかもしれません。しかしこの親子にはこの親子にしかわからない、この親子だけのかけがえのない世界(絆)があるのです。この親子にとってそれこそが全て(特に世間の人々の「良識」)にはるかに超越する「宿命的な」価値なのです。この映画は「善意」の人の「良識」がいかに残酷にかけがえの無い親子の絆を切り裂くかということを暴いた映画でした。テーマである「宿命」はハンセン病そのものではなく、むしろ苦境にある親子の絆の「宿命的強さ」を当時の「良識」がそれを残酷に切り裂く様を描くことで却って浮かび上がらせたものだと思います。最後に元巡査が「会ってやってくれ」といいますが、安易にその言葉を口にすることに激しい怒りを感じます。歳月が取り戻せますか?父といた時の自分に戻れますか?切り離された時点で全ての家族、人間に対する信頼を失ってしまったのですから。この主人公の場合、音楽だけが父と共にいた子供の自分に戻る唯一の手段だったのでしょう。私と主人公が違うのはただ、「私なら殺さないでしょう」、「二度と元巡査には会わないでしょう」そして「最後に一度だけ(変わってしまった自分を隠しつつ)無言のまま父親を抱擁しよう」と思うであろうことだけです。【もこたりん】10点(02/05/10 01:59)

多少ネタばれになります。美しい映像と役者の演技は素晴らしかった。ただ、たとえ知られたくない自分の秘密を知るものが居るとして、脅迫された訳でもなく、無害な人間を簡単に殺せるだろうか?映画としての構成は良くできているが、推理物としてはどうだろう。皆さんほどの評価はできない。【しんえもん】7点(02/04/06 11:01)

日本映画屈指の感動作。昭和49年に劇場公開された時、今は亡き祖母に連れられて見に行った際、子供心乍らも波のように押し寄せる音楽、映像美、哀愁の連続にこれは本当に素晴らしい映画だと胸に焼き付けられた記憶がある。それ以来日本映画の良し悪しはこの映画を基準に判断してきた感がある。その後のリバイバル上映、ビデオ、DVDと正に生涯忘れ得ぬ感動を与え続けてくれる作品である。【砂の器に超感動。】9点(02/04/05 23:54)

作曲家(加藤剛)の悲しすぎる過去が描かれるラストはすばらしいの一言ですね。犯罪に至るまでの経緯に30分以上も使うなんておそらくハリウッド映画では考えられないでしょうね。非常に丁寧に描かれていて、とても感慨深いものがあります。昔の日本映画は真面目に作られていたのですね。今の日本映画の制作者に見て欲しいものです。【k・Y】9点(02/04/03 19:52)

日本の季節そのものを画面に出して感動を誘うのは反則。映画は季節感で勝負。【GTR】1点(02/03/24 21:51)

清張ファンとして一言。原作よりいい。日本映画の名作だ。【一言】10点(02/03/07 15:15)

途中まで「普通のサスペンスだなぁ・・・」と思いながら見ていたんですが、「宿命」の演奏と同時にシーンを挿入する辺りから、唸るしかなくなるほどに圧倒されました。既出すぎですが「そんな人知らねえ!」に涙。【うどん屋】8点(02/02/27 16:47)

英良が駐在(緒方拳)の元から何故逃げ出したか、については私は英良は駐在のことを憎む気持ちがあったからではないかと思っています。父親との旅は貧しく辛かったとは思いますがそれ以上に父親とは離れたくはなかったと思う。だから理由はどうあれ別れさせられた駐在の元にはいられなかったんじゃあないかなあ・・・。【さゆり】10点(02/02/19 14:35)

ハンセン氏病という病により差別を受けた親子の宿命、それは感動というよりは息苦しい程の悲哀でいっぱいでした。ただ何故、英良が駐在(緒方拳)の元から逃げ出したのかがよく解らなかったのですが...丹波哲郎の生き生きとした演技、森田健作の向こう見ずなところ、そしてあの「あばれはっちゃく」の子役といい、十分過ぎるほどのハマリ役で物語を引っ張ってくれました。親子二人が海辺を歩くカットはとても印象的でした。【さかQ】8点(02/02/10 18:15)

《ネタバレ》何回でも見たくなります。日本映画では一番好きな映画です。しかし、原作は映画に比べるとあまりいただけないですね。「原作を超えた映画」にした最大のポイントは、千代吉がまだ生きている設定に変えたことにあると思います。これによって、犯行の動機がガラリと変わりました。原作では犯人に同情する余地がないのですが、映画では、悲しい宿命を背負った親子の、二人にしかわからない悲しい物語が広がりました。「彼は音楽の中でしか、父親と会うことができない」ということとなったわけです。「そ、そんな人、知らねえ!」 涙、涙。【Qtaro】10点(02/01/15 01:05)

一生心に残る名作。推理劇としても、人生のドラマとしても秀逸。ラストのお遍路シーンは涙の堰が無くなりました。自然あふれる景観の良い田舎の道を歩くとあのメロディを口ずさんでしまいます。病に関しての描き方は考える面もあると思いますが。【プーヤンのジャンプ傘】10点(01/09/29 10:06)

内容は親と子の「宿命」に絞られて展開されていた.原作の小説では刑事の捜査を中心に被疑者を追い詰める情景が頭に浮かんだ.題目の「砂の器」という名前は見る者に幾つかの思考の選択肢を与えているように思う.【喜多二等兵】9点(01/09/10 16:34)

高校の時、映画のポスターが貼ってあり、気になってました。大学の時、寮のテレビで見て、涙を友人から隠すのに大変だった想い出があります。僕自身も似たような環境(生い立ち)で育ってきたため、後半の回想シーンの時はいつも自分とオーバーラップさせてしまいます。思い切ってビデオソフトを買って見ようとしたその翌日にいきなり自分の父が亡くなりました。それから半年以上、「砂の器」を観ることができませんでした。あまりにも強烈な思いでだったんです。それにしても子役の春田君の演技は凄かった。そして加藤嘉の演技、丹波哲郎は最後の方はもう、本当に涙が出てきたそうですね(演技でなくて)。そしてなにより細かいのが緒方拳とその奥さん役の人の演技です。亀嵩から千代吉を送致するシーンで、子役の秀夫が駐在所に入って千代吉をじっと見ているとき、涙をこらえている三木巡査の奥さんの顔が頭にしっかりと残っています。そして亀嵩駅のプラットホームでの緒方拳の涙を隠そうとして帽子のひさしを下ろしたときの表情、最高です。そして僕個人として一番涙がドバーっと出たのが、ラスト近くのところ・・・画面左に演奏会の様子を映しながら、右に白髪になった三木(緒方拳)が「秀夫、何でそんだらこと言うだらか、たった一人の親、それもあげな思いをしてきた親と子だよ・・わしにゃ、わからん・・・こい秀夫、首に縄つけてでも連れて行く・・」と叫ぶところが映る。このシーンは凄い!世界中で唯一、本浦千代吉を支えてきた善人の鏡の三木さんが、苦労に苦労を重ね、差別の恐ろしさを身をもって知っている秀夫に命がけで訴えているからだ。この時バックに流れるテーマ曲が初めてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のように変化する。この音楽と映像のガップリヨッツが胸を締め付ける。とにかく「七人の侍」とともに戦後日本映画の最高傑作であるこの「砂の器」がなぜ人気があるか、海外版にもなっているか、みんなで考えていきたい。【高原太】10点(01/09/07 18:38)

CSで観た「白い巨塔」の加藤嘉は、こんな大根はいないと思ったが、この映画の彼には胸がしめつけられる。旅の場面、取調の場面は何度観てもこみ上げてくるものがある。【KS】10点(01/09/01 13:53)

《ネタバレ?》とっても泣けた作品でしたが、物語の暗さが作品自体の質を落としています。後半は文句なし、凄すぎ。何つっても加藤嘉がいい。丹波哲郎刑事が犯人について問い詰めてって加藤嘉が叫ぶ「そんな人、知らねえ!」と。はっきりいって鬼気迫ってて演技とは思えなかった。日本映画では1、2を争う傑作である。【ます】9点(01/08/01 20:18)

何らかの通過儀礼として、日本人は一度は観るべき映画。日本の四季の美しさ。人間の業の深さ。許されざるベき差別。生きることの悲しさと尊さ。そして、人間の"宿命"。最近のニュースにも関連するテーマだったので、久し振りに観ましたが、回を重ねるごとに映画の素晴らしさに号泣させられ、自分の人生の節目、節目で違った感動があります。小泉首相も観てるはずヨ。成人式なんか止めて、二十歳になったら、このビデオ配ろうよ。「日本人版バンジー・ジャンプ」として。でも、ラストのテロップは嘘だったから、訂正すべき。【バガボンド】10点(01/06/28 05:21)

子供の頃からじいちゃんばあちゃんに言い聞かされていた。「砂の器」と「ゴッドファーザー」はいい映画であると。高校生の頃の夏休み、「砂の器」と「点と線」を2晩で読み明かした。映画に出会うのはその何年もあとのことになるが、松本清張のすごさを初めて知った2作品であった。時代を経て、見劣りしない(敢えていえば映像のハード的技術くらい)。ホントの「誠実さ」がある。きわめて人間的な弱さから来る「動機」がある。探偵小説に芸術性を見いだすとき、読み手の「動機」に関しての感動が必ずある。いくらうまいトリックを考えたってそこに人間が感じられなければただのパズル。【阿佐ヶ谷】8点(01/06/25 03:27)

美しく心に沁みる日本の自然と風景。その大きなカメラワークの中にポツンと小さく、そして明らかとなっていく私達の不正と残酷さ。人間の良心と宿命との相克。一体何が正しいのか、何故この様な運命に私達は見舞われるのか。目利き耳聡で飲み込みの速いことを密かに自負している己を嘲笑するメッセージ性。素直に観る値打ち有。【Russianblue】9点(01/06/23 19:13)

《ちょっとだけネタバレ》 刑事物のサスペンスという枠を超えた悲惨な人間ドラマが、長いラストにありました。頂点を極めた若い人気作曲家(加藤剛)の指揮する曲「宿命」とオーバーラップさせた悲しく苦しい過去の回想シーンは圧巻で、胸に響きました。父親役の加藤嘉の滲み出る哀れさは絶品です☆(号泣) 人間の情念を重厚感をもって描き上げた大作でした。【Mrs.Soze.】9点(01/06/15 00:44)


【点数情報】
Review人数 54人
平均点数 8.6点
木次線・亀嵩(砂の器/松本清張)

砂の器/松本清張
「砂の器」は松本清張の原作だが、映画の「砂の器」(松竹・橋本プロ制作)は原作を超える素晴らしい作品であった。この映画は1975年の公開で、脚本は橋本忍と山田洋次の合作、監督は野村芳太郎、音楽は芥川也寸志というような、松竹映画と橋本プロの総力を結集した力作だった。
鉄道ファンの眼から見ると、映画の舞台となった島根県の超ローカル線である木次(きすき)線を大型蒸気機関車・D51が走っていたり、刑事役の丹波哲郎と森田健作を乗せた「急行・鳥海」は客車の設定なのに、車内の雰囲気が電車に変わったりするのが気になったが、今見直しても優れた作品だと思う。

さて、「砂の器」の舞台となった亀嵩(かめだけ)駅は、駅長(駅の管理を任されている人?)が自らソバを打つことでも有名で、クルマで立ち寄る人が多い。
また、現在はこの写真の車両ではなく新型のディーゼルカーに変わっている。
砂の器ロケ地めぐり
http://kazekobo.cool.ne.jp/cinema/suna.htm
砂の器
松本清張原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督という日本映画の70年代大作映画の中でも傑作にして、松竹映画の金字塔とも言える作品が、松竹110周年を記念して、デジタルリマスター版として東劇にて再公開された「砂の器」。
(以後多少ネタバレがありますが、これ、名作過ぎるからこれぐらいは許容範囲では)

昭和46年。蒲田駅操車場にて起きた殺人事件。被害者は身元不明、容疑者もわからない。唯一の手がかりは、事件前、バーで被害者と容疑者と思わしき人物が話していた東北弁で「カメダ」という言葉だけ。
警視庁の今西刑事と西蒲田署の吉村刑事はその手がかりを追って、秋田県亀田へ。しかしそこで空振りに終わった手がかりだったが、思わぬ形で事件は発展していく。そして、ついに突き止めた容疑者と、その人物が抱えた人生の「宿命」の幕が今開けるのだった。

実は……劇場でこの名作「砂の器」を観るのは今回が初めて。あとはビデオとかテレビ放映の時とかでね。

ビックリしたのは、日本映画史上に名を残すこの映画の脚本、構成が今まで思い描いていたのと違うんだよね。
タイトル後、いきなり羽後亀田駅に丹波さんと森田健作が降り立つところから始まるのね。今まで、蒲田駅の現場検証から始まるんだと思ってた。
そして「東北弁のカメダ」という手がかりが島根の亀嵩にたどり着くまでで1時間。次の30分で、容疑者が和賀英良に結びつくまで。そして最後の1時間をかけて、「宿命」の演奏会と70年代大作日本映画名物の丹波さんの大演説(笑)、ということになっているのね。

しかも今回観て感動していたポイントが、実はこちら側の思い入れではないか?と思いましたよ。
つまり、この映画は丹波さん演じる今西刑事の視点で物語は進むんですが、それ以外の和賀英良のドラマ部分は、実は和賀が何を考えているのか(情婦の島田陽子や、婚約者などとのやりとり)突き放して描いているのです。
あの有名なお遍路のシーンは、今西刑事が「私は想像するしかありません」といって展開するのであって、和賀がこのシーンを回想しながら「宿命」を演奏しているのかどうか、実は不明なのです。
ではなぜ、あのシーンをそう思うのか。今西の捜査結果説明→お遍路親子のシーン→和賀英良の演奏シーン、というつながりになっており、実は今西の想像とも、和賀の回想ともどちらとも取れるようになっているのです。

もしこれは犯人の回想ではないのだとしたとき、「砂の器」という作品が「過去を背負って止むに止まれぬ殺人を犯してしまった男の悲劇」から、「過去を捨てて、栄光をつかむためには手段を選ばない男のピカレスクロマン」という解釈も可能だし、そう思うと情婦の島田陽子を捨てるのも別の意味が見えてきそうですね。

そのところがどうなのか、今度原作と脚本を読み比べてみようっと。

ところで、映画での事件設定が昭和46年の夏に設定されているのですが、どうやら、あの長い合同捜査会議は、私の生まれた直後ぐらいに行われたことになるんですね。なんとなく感慨深いなあ。
もう一ついうと、この終戦後四半世紀たった時代が、ギリギリ戦前戦後の悲劇ともいうべきこの物語が成立する頃だったかもしれない。

先日もSMAPの中居君主演で「砂の器」を連続テレビドラマ化していたけれど、たしかにかなりの意欲作ではあったけど、やはり時代が現代という時点で無理がありすぎましたね。あと、「砂の器」だと思っていたら、クライマックスで「八つ墓村」になったのには、ビックリしたっけ。

というわけで、先日のドラマ版しか観たことがない人は、是非ご覧ください。「スター・ウォーズ」と同じ2時間20分をすごすなら……ねえ。
スクリーンのなかの医事法
第2幕「砂の器」
前田 和彦(九州保健福祉大学)

 第2幕は『砂の器』である。言わずと知れた松本清張の傑作推理小説を原作として映画化したものだ。巡礼の身で流浪の旅を続ける親子と地方の心優しい実直すぎる巡査の交流が,「宿命」の果ての悲しい結末に至る物語である。
 戦前の貧しき日本,病のため村を後にしなければならなかった父(加藤嘉)と幼い息子の秀夫(春日和秀)は,苦しい巡礼の旅で疲れ果て,ある村に行き倒れのようにたどり着く。そこで出会った三木巡査(緒形拳)は,2人の身の上を案じ追い払うこともなく保護した。そして父の病と子の将来を考え,別離を勧めるのだった……。時は過ぎ,戦後の復興も遠くなるころ,1人の男が国鉄蒲田駅構内で遺体で発見された。それは年老いた三木の変わり果てた姿であった。この殺人事件を担当したのは2人の刑事,今西(丹波哲朗)と吉村(森田健作)である。2人は捜査中,三木が殺される前夜に会っていたのは,新進の作曲家で指揮者の和賀(加藤剛)であることを突き止めた。そして和賀こそが,成長した秀夫の姿であったのだ。「宿命」と名付けられた劇中音楽(音楽監督:芥川也寸志)の壮大な演奏とともに物語の後半は綴られていく。
 この悲しい物語の発端は,ハンセン病への差別と偏見である。戦前においては特効薬もなく不治の病であった。しかも症状が顔や手足に強く出ることや感染へのおそれが,人々の差別や偏見を一層強いものとしていた。そのような時代でも三木は彼らに手をさしのべたのである。本作の公開当時は,「らい予防法」も存在していた。本作の鳴らした社会や行政への警鐘にもかかわらず,法の廃止にさえ20年以上の時間が流れたのだ。そして現在でも,この病への差別や偏見,元患者への対応がすべて解決したとは言えない。本作は,医療にかかわる者はもちろん,すべての人が自らの目と心でもう一度見直すべき作品である。

■ 今の日本の法制度なら
 さて,巡礼親子の父が冒されていた病はハンセン病である。明治時代以前から「らい」,「ドスマケ」と呼ばれ,病とは別の言われなき差別(ノルウェーの医師ハンセンが病原菌を発見し伝染病〈感染症〉とわかるまで遺伝すると思われていた)にも患者たちは苦しんだのである。ハンセン病はらい菌(ミコバクテリュウム)の感染により皮膚と末梢神経が好んで冒される慢性特異性炎症性疾患であり,重症化すると視覚障害,手足や顔の変形などの後遺症が出る。現在では新薬により治療可能で新たな患者もわが国ではほとんど見かけない。もちろん,差別や偏見にさらされる必要など何もない。
 1996年「らい予防法」は,多くの問題を残したまま廃止された。それは療養所に残された患者たち,すでに社会に戻っている元患者を含めて,すべての関係者に対し,行政や社会が真っ直ぐに延びる道を引くことなく制度だけを廃止したことである。その後,熊本地裁をはじめ全国で元患者たちが裁判を起こしたことはご存じのことだろう。そして2001年「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が成立した。元患者に対する具体的な補償の法規である。今後,巡礼親子と三木のような悲しい結末はもう起こらないかもしれない。
 しかし,元患者の過去の苦しみや流れた時間が消え去るわけではない。本作はこの苦しみを「宿命」をモチーフに表した。まさしく胸に迫るテーマであった。ただし,われわれができることは,もう二度と「宿命」とは呼ばせず,差別や偏見のない社会にしていくことだろう。

■ 筆者の独り言
 書いている自分も胸が重苦しくなったので,出演者に話題を移そう。主演の二人,丹波哲朗と森田健作は,どちらも緻密な演技より大きく演じるほうが向いている。それでは本作は全編大味になっていたかというと,緒形拳と加藤嘉が脇をしっかりと引き締めている。緒形拳の演技力には定評があるが,本作では決して出過ぎず誠実で優しい男を演じている。彼の存在が悲しく悲惨な物語を温かな人の心を感じさせる作品にしているといっても過言ではないだろう。そして特筆すべきが加藤嘉演じる巡礼親子の父である。病に苦悩する姿,悲惨な運命に打ちひしがれる表情,一転して息子を愛しむ瞳,出番が多くなくとも物語のイメージを左右するほどの演技であった。彼の姿に涙する人は数多くいるはずである。
 本作は当時,数々の賞に輝いた。しかし,今の時代に生きる人々こそが,その価値を見出すべきではないだろうか。
★「砂の器」、はたして名作なのか!?★


いつもながら、ネタばればれなのでご注意!

邦画史上、感動大作としては、
最高峰の一つと言って良いこの作品を、
「名作と呼んで良いのか悪いのか?」なんて、
果たして偉そうに提起して良いものか、
さすがにちょっと恐れ多い気もするんだけど、
まぁ、思うままに書いちゃおうっと(笑)。

実は昨日初めて、“デジタルリマスター版”を拝見。
そのあまりの絵の美しさに、息を飲み圧倒され、
夕日に染まる海岸で少年が“砂の器”を作り、
板の上に置いていくシルエット映像と、それに被さる、
あのテーマ曲、そしてタイトルを見せられただけで、
沸々として涙が湧き起こり、
もう、止めようがなかったであります。
何と、映画開始2.3分で早くも泣かされるとは!
カゴメの映画観賞歴でも初めての事でありまする。



もちろんイントロだけではなく、後半の例のシークエンス、
まさに邦画史に激震を起こしたと言っても過言ではない、
あの名シーンでも、感動の嵐に襲われ、
それこそ、涙なみだで目が痛くなるような、
激しい情動に揺り動かされる羽目となるわけですが、
どうも、サスペンスとしてこの映画を観てしまうと、
いささか、と言うよりかなり、辻褄が合わぬというか、
どうもすっきりしない事が随所に見えて来るわけでして。

例えば、被害者の元警官と主人公の会話から浮かんでくる、
「カメダ」なる謎の語句。
最初、人の名前か地名と推理し、更にこの上、
被害者の訛りが「東北弁」と思われるところから、
山形の亀田という土地に行って捜査を開始する。
んが、これはまったくの見当違いで、
犯人とは、全然繋がらなぬ無駄骨に過ぎない事が解る。
(大体、地名・人名以外にも、法人名だって充分考えられる)
もっとも帰りの列車の中で、和賀英良(加藤剛)と、
刑事達(丹波&森田)が邂逅するシーンがあり、
それとなく伏線らしさを暗示してるんだが、
やっぱり良く考えてみると、さほどの意味合いがないようだ。
ここのところはもっと、全体の尺も考えて、
別の処理の仕方があったのではないか?


そもそも、この前半のシークエンス、
刑事達による執念の捜査劇を焦点にし構成されているが、
どうも手狭で、せせこましい感がしてならない。
偶然、吉村刑事(森田健作)が読んでいた新聞に、
「列車の窓から、紙切れを飛ばす女性」の記事を発見し、
もしやこれは、殺害時に着ていた犯人のシャツを、
証拠隠滅の意図で、細かく切り裂いて捨てていたのでは、
と推理するくだりは、やはりどうも、
かな〜り無理のある、こじ付けに見えてしまう。
観客に、「なるほど、そう推理するのももっともだ」
と思わせるような、
プロットの説得力に欠けているのだ。

出雲地方に、“亀嵩”という地名を発見して、
「これぞ、カメダの正体に違いなしっ」
と、確信に及ぶところも、
カゴメが見るに、ちぃっと性急に感じられる。
大体、“カメ”が頭に付く地名は、
“カメダカ”以外にもありそうだ(ま、私も検証はしてないが)。
もっとも、殺された三木巡査(緒方拳)が、
ここで長く勤務していた事実が明らかになり、
確証を得るのだから、
「まぁ、さすが刑事は勘が鋭いなぁぁ」と、いうことにして、
ぎりぎりセーフなんだけれどもね(苦笑)・・・。

それとどうも良く解らん所が一つ。
三木元巡査が訪れた伊勢の映画館で、
丹波演じる今西刑事が、事務所の入り口上に掲げられた、
有力政治家の記念写真に一緒に写っている和賀を見て、
三木はこの和賀を見て東京に行く気になった
と、察する訳だけど、
普通、そこまで確信を持てるものだろうか?
この時点では、和賀と秀雄とを結ぶ線は、
はっきりしていないはず。
それとも、その前に、
謎の女(島田陽子)と和賀との繋がりが、
判明していたからのことなのか?
どーも、その辺が釈然としない。
あまりに僥倖に僥倖が重なり過ぎていて、
真実味が薄い。
また、いくら練達の刑事と言えど、勘が良過ぎて、
これではイタコか、一級の霊能力者レベルである。

カゴメは実は、「砂と器」の原作は読んでいないのだが、
もしこの原作も斯くの如しとなると、
必ずしも映画のせいとばかりも言えないのかもしれない。
しかしなぁ〜、
後半の、親子の放浪シークエンスが、
あまりにも良い出来なので(その点は疑いなし)、
お粗末な前半の謎解き部分が、
どうにも興ざめなのだ。

さて、ここまで話して行くと、当然、
「和賀が、大恩人の三木を殺さざる得なかった理由が、
明確にされていないのは、欠陥にならんの?」
と反問されそうである。



でもカゴメは、鼻っからそれについては、
物足りないと感じた事がないであります。
得てしてこの手の感動作品を観ると、なんとかして、
登場人物の行動を善意に解釈してやろう、
という気になるもんだけど、
わらしは、この和賀英良(本名は本浦秀雄)を
まったく善人とは思えないし、
はっきし言って只の悪党でしょ?
確かに、そうなった理由は充分理解出来る。
何年もの間、病に苦しむ父親を支え、
行く先々で蔑視と拒絶に会い、
生きるのに必死の日々を過ごして来た彼が、
恩人の生死も我が身の幸福と野望の達成に、
どう障害になるのか、計算の上でしか斟酌できない、
愛人の悲惨な死にも動じない、
そんな冷血な人物になってしまった経緯は解る。
更に突っ込んで言うと、親父さんとの、あの哀しい彷徨も、
結局のところは感動的な楽曲を創造する為の、
恣意的な動機付けにしかなってないように感じる。
父親との再会を拒否するのも、敢えてその、
モチベーションを減じさせない為の、
冷徹冷厳な意図のなせるものだったのではないのか?
こう考えると、
それを(殺人の動機)作中で露骨に解明してしまうのは、
折角の感動を目減りさせてしまうことになるだろう。

だからね、あれで良いのです(笑)。

和賀を演じていた加藤剛自身、撮影中は始終、
「何であんな良い人を殺す事になったのか?
理解出来ない…解らない」と、言っていたそうで。
これは重大な発言ですよん。
普通なら、監督、俳優、脚本家も交えて、
そこまで充分掘り下げ、人物解釈・設定していて当然。
でも、この発言を見ても、明らかにやってない。

ここに、この映画の指し示すテーマの、限界があるわけで。

カゴメは、この映画、
感動大作としては古今の邦画の中でも、
一・二を争う、出色の出来と思うに吝かじゃないけど、
(そりゃもう、誰もが太鼓判押してますもんね)
刑事物推理物のサスペンスとして考えたら、
名作と呼ぶのは手控えたいと思っちゃうんすよ。

とはいえ観る度に、加藤嘉さんの、
「おらぁ、し、しらねぇぇぇぇぇぇーっ」
で、必ず号泣、なんだけどね(笑)…。
砂の器
監督:野村芳太郎 脚本:橋本忍 山田洋次 製作:橋本忍、佐藤正之、三嶋与四治 原作:松本清張 撮影:川又昂 音楽監督:芥川也寸志 美術:森田郷平 照明:小林松太郎  製作協力:シナノ企画
丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、春日和秀、笠智衆、夏純子、松山省二 、内藤武敏、稲葉義男、春川ますみ、花沢徳衛、殿山泰司、濱村淳、穂積隆信、菅井きん、佐分利信、緒形拳、渥美清
 今日、ご紹介するのは高槻松竹セントラルで「白い巨塔」と二本立てで公開された「砂の器」。4月18日の日曜日に見に行ってきました。混んでるやろうなぁという予感はありましたが、行ってみると一つのスクリーンでやる予定が二つのスクリーンでやってて両方とも朝一番で満員になってて補助席が出るほどの盛況でした。二本とも椅子に座ってじっくり楽しみましたが、あわせて5時間を補助席で見るのはめちゃくちゃしんどかったやろうね。お年寄りも多かったですが、若いお客さんも多くて老若男女が入り乱れておりました。ドラマの効果も大きいんでしょうが、二本ともややリバイバルでよく上映される作品で人気も高い。私も「白い巨塔」は昨年に見てますし、「砂の器」もリバイバル上映の定番になっています。一昔前、松竹は何かというと「砂の器」をしょうもない映画と抱き合わせで上映したりしています。言わば、松竹のキラーコンテンツやね。

 監督は親父の代から松竹の監督、ミスター松竹こと職人、野村芳太郎。脚本は橋本忍、山田洋次。撮影は川又昴、音楽は芥川也寸志という顔ぶれ。松竹を代表するスタッフですね。製作は橋本忍が作った個人会社の橋本プロダクション。橋本忍という人は「羅生門」「私は貝になりたい」「切腹」「白い巨塔」「日本沈没」「八墓村」と様々な大作を手がけた(但し、共同脚本も多い)当時の日本映画界を代表する名脚本家ですが、彼の才能は脚本よりもむしろプロデューサー的な能力にあったと思えます。

 橋本プロダクションは「砂の器」「八甲田山」という大ヒット作を生み出しますが、超カルト大作「幻の湖」の大失敗により、日本映画界から姿を消します。橋本忍も86年の「旅路 村でいちばんの首吊りの木」を最後に10年以上も沈黙を守っています。東北の方の映画祭にゲストとして出られたこともあるそうですが、表舞台には一切出てこない。失礼な話ですが、もう亡くなったと思ってました。「幻の湖」DVD化にもコメントなし。

 「砂の器」は橋本プロダクションの第一回作品でした。曰く、構想14年。脚本自体は「砂の器」が新聞小説として連載されていたときに書かれたものでした。脚本化された段階ではまだ連載が終わってなかった。橋本忍は山田洋次と相談して原作になかった親子の旅路の部分を膨らませるという工夫でたった3週間で脚本を書き上げてしまいました。が、脚本を見た松竹の城戸四郎会長がらい病などの題材のヘビーさを心配して製作の中止を決定。脚本はお蔵入りしてしまったのです。それから何年もたって、橋本忍が自分で好きなように撮れるなって手がけたのがこれだったのです。執念といやあ、執念ですが、何も十年以上も前のお蔵入り企画を持ってこなくても。。と思う。

 「砂の器」に関しては最近やってたドラマは見てませんが田中邦衛と佐藤浩市でやったのを見てましたし、断片的にどういう映画かは知ってました。ただ実際に見たのはこれがはじめて。確かによくできてるし、名作だと思う。ただ、ややあざとい感じがする。テロップでほとんどの状況を説明してしまう乱暴なやり方も脚本が練れてない証拠だと思うし、穴もやや多い。が、それは終わってからじっくり考えて出てくることで見ていたときには私もやはり何度も胸が熱くなった。それはやはり後半の旅のシーンが大きいと思う。犯人である和賀の幼い頃の回想シーンである。村を追われた父親と共に山陰を西に向かう親子の二人旅。セリフはなく、音楽と旅をする二人だけで映画は進むのである。

 橋本忍はこの後半のヒントは人形浄瑠璃にある、と語っていました。(樋口尚文「70年代日本の超大作映画」)人形浄瑠璃とは、浄瑠璃語り(太夫)が独特の節回しで浄瑠璃を語る。その浄瑠璃に寄り添うように三味線が弾かれ、その心情を絵に表すように人形が動くのだ。「砂の器」に当てはめると、三味線は和賀が弾く「宿命」で、浄瑠璃語りは捜査会議の席上で捜査結果について思い入れたっぷりに語る、丹波哲郎演じる刑事、そしてセリフを一言も発することなく、旅を続ける親子は人形なのです。今度のテレビドラマでもわかったことですが、病気の差別を扱うというのは映画会社も嫌がるし、原作も暗くてとても映像化に向いているとは言い難い。そういう題材を見事に泣かせの技術を駆使して名作にしてしまう。橋本忍という人の発想はやはりすごかったのだ。

 緒形拳、加藤剛、渥美清、笠智衆、丹波哲郎と出演陣を見ると豪華ですし、後半のコンサートシーンを見ると大変、お金がかかっている映画に見えます。が、実際のところはどうだろうか。前半の調査は出ずっぱりなのは丹波哲郎一人だし、(主役であるはずの加藤剛は映画全体を通して半分も出ていない!)後半も加藤嘉しか出ていない。豪華キャストも丹波が旅先で会う人々で出番も短いしね。渥美清は伊勢の映画館主人、笠智衆は殺された男の旧友、同じような感じで菅井きん、殿山泰司が出ています。佐分利信、島田陽子、森田健作も登場が少ない。何より緒形拳の登場シーンが実に少ない。各地の景色を写すのには骨は折れたでしょうが、少人数のスタッフでいけますしね。その分、コンサートシーンで目一杯お金を使った。

 私は後半よりも前半の丹波があちこち訪ね歩くシーンの方が好き。とにかく気になったら現地に飛んでいく。そしてしつこいほどの聞き込み。クソ真面目と言ってもいい地味なやり方で事件の謎解きをしていく。ここらへんがテンポがよくて、面白い。ともすれば、後半にばかり評価が集まってしまうが前半の謎解きの部分は大変軽やかでいい。何分でも時代の作品ではあるとは思う。が、村を追われて、誰にも省みられることなく、旅を続けるというのはどれほどつらかったか、考えるにぞっとする。それがこの映画が時代を超えて人の心をうち続けているということなのだろう。
映画「砂の器」ーシネマ・コンサート2018ー

巨大スクリーンでの映画全編上映×組曲『宿命』を含むフルオーケストラによる全曲生演奏るんるん

【出演】指揮者/竹本泰蔵 演奏/日本センチュリー交響楽団 ピアノ/近藤嘉宏

「砂の器」1974年/松竹・橋本プロ/カラー
第一部:紙吹雪の女 / 第二部:宿命
監督:野村芳太郎 原作:松本清張 脚本:橋本忍、山田洋次 撮影:川又昂 音楽:芥川也寸志
出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、緒形拳、佐分利信、渥美清

4/28(土)開場16:00/開演17:00

国際障害者交流センター ビッグアイ 多目的ホール
(堺市・泉ヶ丘駅下車すぐ)
7500円
電話072-232-0220

映画「砂の器」ーシネマ・コンサート2019ー

巨大スクリーンでの映画全編上映×組曲『宿命』を含むフルオーケストラによる全曲生演奏♪

【出演】指揮者/竹本泰蔵 ピアノ/近藤嘉宏

「砂の器」1974年/松竹・橋本プロ/カラー/143分
第一部:紙吹雪の女 / 第二部:宿命
監督:野村芳太郎 原作:松本清張 脚本:橋本忍、山田洋次 撮影:川又昂 音楽:芥川也寸志
出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、緒形拳、佐分利信、渥美清

4/29(月・祝)開場15:00/開演16:00
全席指定 S席9800円/A席7800円

大阪公演 演奏/日本センチュリー交響楽団

フェスティバルホール
電話キョードー0570-200-888


4/30(火・休)開場16:30/開演17:00
全席指定9800円

東京公演 演奏:東京交響楽団

Bunkamuraオーチャードホール
電話ディスクガレージ050-5533-0888

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