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橋本 忍コミュの生きる

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生きる 1952・東宝
生きる検索http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E9%BB%92%E6%BE%A4%E6%98%8E%E3%80%81%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=

製作:本木荘二郎
監督:黒澤 明
脚本:黒澤 明
    橋本 忍
    小国英雄
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄

出演:志村 喬
    小田切みき
    金子信雄
    関 京子
    浦辺粂子
    菅井きん
    丹阿弥谷津子
    田中春男
    千秋 実
    左 ト全
    藤原釜足
    中村伸郎
    渡辺 篤
    木村 功
    加東大介
    宮口精二
    伊藤雄之助

物語

一枚のレントゲン写真がある。その写真には末期の胃がんの病状が写されていた。

渡辺勘治(志村喬)は市役所の市民課長を務める53歳の男だ。書類の山に囲まれ、判子を押すだけの毎日だ。それが30年も続いている。最近、胃の調子が悪く、時々薬を飲む。時計が気になる。顔色も冴えない。

主婦のグループが市民課に陳情にやって来た。近所に汚水溜めがあるため子供が病気になる、何とかできないものか、例えば公園を作るとか・・・というものだ。
渡辺は顔も上げずに答える。「土木課」
彼女たちの訴えは、土木課から始まって、公園課、水道課、衛生課、予防課、防疫課、下水課、道路課、都市計画部、区画整理課と、あちこちにたらい回しにされ、結局どこも真剣に取り合おうとせず、主婦たちは憤慨して帰っていく。
しかし、市民課の窓口には、はっきりとこう書いてある。
ここは、市民の皆様と市役所を直接に結びつける窓口です。
市政に対する皆様の不平、不満、注文、希望、
なんでも遠慮なくお申し出ください。
渡辺をはじめ、そんなことは誰も意に介しない。役所では面倒なことはなにもしないのが得策なのである。

渡辺が病院へレントゲン写真の診断結果を聞きに行く。聞くのが恐ろしい。だが、自分の体は自分が一番良く解る。渡辺は既に自分が胃がんであると確信しているのだ。それも末期の。だから、医師(清水将夫)がとりすまして、「・・・胃潰瘍ですな、少し症状が進みすぎてますが・・・」と言うと、「おっしゃって下さい、イ、胃がんだとおっしゃって下さい・・・」と、食って掛かるのだ。
医師は渡辺が帰った後、若いインターン(木村功)に聞く。
「もし、君がね、あの人のようにもう4ヶ月しか命がないとしたら、いったいどんなことをする?」

絶望に打ちひしがれた渡辺は、家に帰った。妻に先立たれ、仏壇の遺影を見つめる。一人息子の光男(金子信雄)は嫁との会話に終始し父親を無視している。渡辺は自分の病気を打ち明けようと思うがきっかけが掴めない。
渡辺は一人、布団の中でむせび泣くのだった。

翌日、渡辺は預金を下ろし、町をさ迷い歩く。市役所の同僚達は無断欠勤する渡辺をいぶかった。何しろ、渡辺はあと1ヶ月で30年間無欠勤の表彰ものだったからだ。
ある酒場で渡辺はある小説家(伊藤雄之助)と出会い、自分が末期の胃がんだと告白した。
「・・・しかし、胃がんとわかっていて、酒を飲むなんて、まるで自殺・・・」小説家が言うと、
「ところが・・・死ねません・・・ひと思いに死んでやれ・・・そう思っても・・・とても・・・死ねない・・・しかし・・・時々は、胃がんのことも・・・いやなことも・・・忘れますし・・・」渡辺はしどろもどろに答える。
小説家は一人で感動し、余命幾ばくも無いこの男の最後の快楽を味合わせようと歓楽街の案内役を買って出るのだった。
パチンコ屋の喧騒、キャバレーの女たち、バー、ダンスホール、ストリップ劇場・・・。「エクセ、ホモ、この人を見よさ。この人は胃がんという十字架を背負ったキリストだ。」小説家は息巻く。渡辺にとって、いまだかって来た事のない場所ばかりだ。これが生きるということなのか。しかし、何故か空しい。
キャバレーのピアニストの伴奏に合わせ、渡辺が覚えているたった一つの歌、「ゴンドラの唄」を口ずさむ。
♪いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に・・・♪渡辺が一点を見つめ歌う、その目から涙が伝い落ちる。

朝帰りの渡辺が憔悴して帰宅しようと歩いているところで、若い女子職員の小田切とよ(小田切みき)に出合った。市役所に退職願いを出したいので課長の判が必要だというのだ。家に連れ帰り、用紙に判を押してやる。渡辺はとよの靴下に穴があいているのを見て、再び二人で出かける。
息子夫婦はそんな様子を見て、父親が女遊びをしているのだと勘違いするのである。

とよに靴下を買ってやった渡辺は喫茶店に誘った。とよは市役所の連中に“あだ名”を付けていた。 “なまこ”「・・・?」「あの人よ、ぬるぬるしていてつかみ所がないでしょ」「なるほど」 “ドブ板”「・・・?」「365日、じめじめ」「あいつだな」思わず、渡辺も笑う。 “蝿取り紙”「あっちにベタベタ、こっちにベタベタ」「ハハハッ」
「課長さんにも付けてあるのよ」「ほう・・・?」「・・・ミ・イ・ラ」 ・・・渡辺は納得した。自分は長い間、生ける屍だったのだから。
その後、パチンコ屋、スケートリンク、遊園地でとよと過ごす渡辺。とよの屈託の無い若さにすっかり魅了されるのだった。

渡辺はとよの新たな職場へも押しかけた。迷惑そうな顔でとよは、「今度だけよ」と言いながら付き合った。お茶を飲みながら、「何故、わたしのところへ来るのよ」とよは、言った。「・・・その・・・君と話していると・・・その・・・」
渡辺は、自分が胃がんであることを話した。とよはウサギの人形を出した。テーブルの上をカタカタと動き回る。「今、こんなものを作っているの。結構楽しいのよ。日本中の子供と仲良くなったような気がするわ。・・・課長さんも何か、作ってみたら?」 
「・・・もう・・・遅い・・・」渡辺はじっと人形を見つめている。そして、何かに取り憑かれたような表情になり、鬼気迫る笑いを浮かべ、とよをニッと見た。とよ、ヒッとのけぞる。

渡辺は何日ぶりかで出勤した。そして、すぐさま先日主婦達が陳情に来た例の汚水溜めのある土地の視察に出かけたのだ。
雨が降りだしぬかるんだ土地だった。主婦の一人(菅井きん)が傘を差し伸べる。渡辺は確信した。やる気さえあれば、この場所を公園にできると・・・。

渡辺はそれから5ヵ月後に死んだ。渡辺は雪の降る中、出来上がったばかりの公園で死んでいたのだ。
渡辺の家で通夜が営まれた。市役所の同僚、部下、上司が集まった。
渡辺は凍死した、いや、自殺したのだ、いや、実は胃がんだった、しかし彼はそれを知らなかった、いや、知っていてその上で公園を作ったんだ。話は紛糾する。
助役(中村伸郎)は、「あの公園を作ったのは渡辺君という人がいるが、違うね、そりゃ、彼が色々苦労したのは知ってるがね」と、いかにも自分が公園作りの一番の功労者だと言わんばかりの発言をすると、皆は納得するように頷く。
ただ一人、木村(日守新一)だけは、渡辺の尽力がなければ、あの公園は絶対出来なかったのだと、渡辺を弁護した。

公園作りの陳情に来た主婦達が連れ立ってやって来た。渡辺の遺影に焼香すると、すすり泣く。渡辺の働きに心から感謝し、その死が信じられないのである。

部下の大野(藤原釜足)は、渡辺の後について、様々な課を歩き回った。水道課、公園課、助役室・・・そして、ある日、地元のヤクザにからまれる一幕さえあったのだ。
大野「・・・課長は腹が立たないんですか・・・こんなに踏みつけにされて・・・」
渡辺「いや・・・私は・・・人を憎んでなんかいられない・・・私には・・・そんな暇はない」
渡辺は粘り強かった。断られても断られても何度も粘り強く説いた。
助役などは渡辺の話をまともに取り上げなかった筆頭の人物なのである。大野は当然、そのことは知り尽くしているが、役人の悲しいさがであろう、助役に頭が上がらないのだ。

警察官が来た。あの公園で渡辺の帽子を拾ったといい、届けに来たのだ。そして言った。昨夜、公園で渡辺を見たと。雪の降る中、渡辺はブランコを揺すりながらなにやら歌を歌っていたというのだ。渡辺はほのぼのと笑みを浮かべていた。

♪いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に 
熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを 
いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 あせぬ間に
心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび来ぬものを♪

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映画館主から

黒澤明が人間の生と死の問題に真っ向から取り組んだ話題作。
主人公の市民課の課長が自分の死期を悟った時、初めて“生きる”とは何かを掴んでいく物語です。彼の場合は30年間の生ける屍のような人生に終止符を打ち、公園を作るという行動を通して“生きた”のです。

ドストエフスキーのさまざまな小説の場合と似て、人間の死という孤高の姿を鋭く描いて感動を呼びます。それは、とよの「課長さんも何か作ってみたら?」という一言から始まったのです。

映画の構成は巧みです。中盤で渡辺の通夜の場面となり、渡辺の公園作りの奔走は通夜の席に集まった人たちの回想場面として描かれています。
黒澤映画の常として、シナリオは複数の作家、今回は橋本忍、小国英雄、それに黒澤です。

歓楽街を案内するファウストのメフィストフェレスのような小説家を伊藤雄之助が飄々と演じて怪演です。
志村喬の代表作でもありましょう。演技が少し神経質すぎたきらいはありますが、末期の胃がんになった人間でなければ真相はわからないでしょう。その志村も黒澤の次の作品「七人の侍」(’54年)で、侍のリーダー勘兵衛となって鮮やかに蘇えります。

本作は、「悪い奴ほど良く眠る」(’60年)同様、黒澤の官僚批判映画にもなっている点が興味深いところです。

さて、私も志村の演じた渡辺課長の53歳を越えてしまいました。私にとって“生きる”とはどういうことなのか。家族の為に、誰かの為に、あるいは自分の為に何をなすべきか、どう“生きる”か。なかなか結論の出ない難問であります。

コメント(3)

【生きる】

------●● 今週の映画「生きる」●●-------
今まで洋画ばっかりだったので、今回は邦画です。黒澤明の名作「生きる」です。

定年近い公務員の課長である渡辺は、毎日書類にはんこを押している
だけの単調な、つまらない仕事を30年間も続けていた。
そんなある日、自分が胃ガンであることを知り本当に「生きる」ことに
気づく。。というお話です。

皆さんは自分が余命いくばくもないと知ったらどうしますか?
まず、びっくりしてショックを受けますよね。僕は3年前にちょっと入院したことが
あるのですが、入院の宣告でさえ血の気がひいてしまいました。。。
この映画の主人公も、家の中で電気もつけずに座っていましたね。
その後、唯一の肉親である一人息子のことを回想するシーンがあります。
自分の半生よりも息子との思い出を思い返す。それほど、息子のために頑張ったという
気持ちが大きかったのでしょう。そして今、唯一頼りたかったのでしょう。
「みつお、みつお」と息子の名前を呼ぶ声は本当に痛々しい。

キューブラ・ロスというアメリカの精神分析医は、渡辺のような
死にゆく患者の心理を研究しました。彼女によると、死が逃れられないと知った
患者はいくつかの段階を経て死を受容する段階に至るそうです。
まず最初に、ショックを受けた後、その死に対する衝撃を和らげるため
患者は「そんなはずはない!」と、死を否認します。
次に「なんで私が死ななくてはいけないんだ!」と周囲の人に怒りとして
死のショックを発散します。次に、手術や痛みに耐えたり、人のために何かをする
などのよい行いをすることで、神や周囲の人から報酬を得ようと取り引きしようと
します。これだけ頑張ったのだから治るだろうといった心理です。
次にようやく死に対する悲しみに向き合う抑うつの段階に至ります。
その後、自己の死に対して怒りも抑うつもない受容の段階に達します。
もちろんすべての臨死患者が受容の段階に達するわけではなく、
その前の段階で周囲の人の理解や、気持ちを受け止めることが必要です。

でも、家の中では息子夫婦からじゃま者扱い。自分がもうすぐ死ぬことを話すこともできません。
そこで、渡辺は飲み屋で出会った男と歓楽街にくりだして遊びます。
しかし、この渡辺という男はある意味、今まで死んだも同然の単調な毎日を暮らしていた
男です。そのため死の悲しみより、死を前にして「このままでは死ねない!」という気持ちが
強かったのだろうと思います。。
そして、渡辺はたらい回しにされていた公園建設の事業にまさに命を懸けて取り組みます。
そして、渡辺は本当に人生を生き始めます。彼にとって、死を受容するには何かを成し遂げないと
できなかったのでしょう。30年間、机に縛られて単調な人生、息子だけの人生では
納得がいかなかったのでしょうね。いや、もしかしたらこの公園建設をやろうと思った時点で
死を受け入れたのかもしれません。
最後に公園で「恋せよ乙女」の歌を歌って死んでいったのは、成し遂げた充実感と生きることの
すばらしさを感じた満足感でいっぱいだったのでしょう。

本当に生きるとは、ただ食って寝るだけでなく、自己実現の過程であるのです。
自己実現という言葉はユングが最初に使った言葉ですが、要は自分の可能性を実現すること。
常に成長して何かを成し遂げるのが、人間が「生きる」ということなのでしょう。

しかし、「死を覚悟するからこそ本当に生きることができる」とは、人生の皮肉ですね。

〜今週の映画情報〜
「生きる」1952
監督: 黒沢明
脚本: 黒澤明 橋本忍 小国英雄
出演: 志村喬  伊藤雄之助 小田切みき
ベルリン国際映画祭(ドイツ上院陪審賞) 1954

------●●今週の心理学キーワード●● -------
対象喪失
 肉親や親友の死や愛着を持っていたものなどをなくすことを言う。
 実際に外部の人や物をなくす、外的喪失と、自分の死の予期や親友の裏切り
 といった心の中での、内的喪失がある。対処喪失を乗り越えるには喪の仕事
 (モーニング・ワーク)を行う必要がある。
悲哀の心理過程
 「否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」の段階を経る。
  受容の段階に至るには、周囲の人の理解や、気持ちを受け止めてあげることが必要。
自己実現
 ・自己を維持し、成熟を目指しながら、より大きな自己規制と自立と自治へと至る
  無意識的な人に固有な過程。(ロジャーズ)
 ・あらゆる絆から自由になった人間の無力感と不安定さを、個人の確立への近代の努力を
  逆行させずに克服するもの(フロム)
 ・各個人に独自な成長の源である「真の自己」の成長過程(ホーナイ)

------●●私的映画採点●● -------
モノクロで古い作品ですが、生きるとは何か?を問う名作ですね。
志村喬の死に直面した演技は素晴らしい。「七人の侍」とは全く違う役ですが、
あの目とか、動き方とか、しゃべり方とか、役作りがすごいですね。
でも、ボソボソしゃべるのでセリフがちょっと聞き取りにくい・・・
★★★★☆ 4点
生きる
ここに幾人かの人が鎖につながれているのを想像しよう。みな死刑を宣告されている。そのなかの何人かが毎日他の人たちの目の前で殺されていく。残った者は、自分たちの運命もその仲間たちと同じであることを悟り、悲しみと絶望とのうちに互いに顔を見合わせながら、自分の番がくるのを待っている。これが人間の状態を描いた図なのである。

─パスカル(『パンセ』)


人生は短い、あまりにも短い…

100歳を生きて、あのきんさん・ぎんさんが、過去を振り返って「ほんとアッという間だったわ」とおっしゃったのは、まこと嘘偽りない実感だったにちがいない。きっと誰でも実感するだろうが、10代から20代になったときよりも、20代から30代になったときの方がはるかに時間の経過が短く感じられ、歳を取るにつれてその短さは急ピッチで加速されていく。自分が老いるのはまだずっと先の話だと安心しているうちは知らぬが仏、こうして今も目には見えねど、私たちは確実に日ごと年老いていく。いや、日ごと死につつあると言うべきか。映画『リトル・ブッダ』のなかで今も心に留めているセリフがある。無常とは何か?


あと100年も経てば、私たちは誰も生きていない。無常とはそういうもの──


たかだかあと数十年しか生きられはしまい。たかだかあと数十回しか誕生日はやってこない。真実きんさん・ぎんさんの言うとおり、光陰矢の如く人生はアッという間に過ぎていってしまう。蝉の一生を見て短いと思ったりもするが、さりとて人間も蝉も、寿命にさして大差があるわけでなし。むろん、すべての人間が長生きできるという保証もない。7-80歳まで生きる者もいれば、4-50歳で死ぬ者もいる。いや明日死ぬかもしれぬ。いつ自分が死ぬのか、いつまで生きられるのか皆目見当もつかないが、誰も死を免れることだけはできない。ガンやエイズといった難病に直面している人たちは否が応でもそれを自覚せずにいられないが、必ずしもそれは彼らだけの問題でなく、私(たち)自身の切実な問題でもあるのだ。

黒澤明監督の映画に『生きる』(1952年)という作品がある。数ある黒澤映画のなかでも最高傑作と賞され、これまで私は何千本と映画を見てきたかしれないが、そのなかでもとりわけて生涯のベスト3に入る、絶対見逃してはならない映画といっていい。かのスティーブン・スピルバーグ監督も、黒澤映画のなかでこの『生きる』が一番のお気に入りだとか。

映画『生きる』の主人公である市役所の市民課長・渡辺勘治(志村 喬扮する)は、30年間皆勤してきたほど仕事真面目な人間だったが、ある日不意に、自分が胃ガンで余命いくばくもないことを知らされる。これまで30年間いったいこの私は何をしてきたのか、ただムダに過ごしてきただけだったのではないか──落胆、絶望、彷徨しながら、やがて彼は「生きる」ことの本当の意味を見つけ出していく。

死に直面してはじめて「生きる」ことを決意する渡辺勘治の情熱といおうか執念は、凄まじくもある。30年間を“すっかり死んでいた”彼が、「いや…遅くはない…ただやる気になれば…わしにもできる…」と悲愴な覚悟で決意し、死ぬ間際になってやっと「生きがい」をつかみとったことは彼にとって救いであるばかりでなく、同時にこの私自身も救われる思いであった。その『生きる』が、今日アメリカで、エイズとともに生きる人たちの間でも共感を呼び、評判なのだという。

そう言えば、ついこの間(1994年5月29日)エイズで亡くなった平田 豊氏が生前こんなことを語っていた。


あるとき、病院の個室でテレビを見ていたんだ。ぼんやり見ていたら、新宿東口の辺りが映ったんですよ。人がごった返しているところ。そのとき、ふっと思ったことがあった。ああ、こうやって歩いている人も、いつかみんな死ぬんだなと。そうしたら、急に気が楽になった。エイズにかかれば99%死ぬ。だけど、人は100%死ぬんだと。そうしたら、何も怖いことはないじゃないか。体を病んでも、心まで病む必要はない。そう思った。

(『AERA』1992年11月10日号)


みなさん ありがとう 最後までとても楽しかったです
いろんな人に迷惑かけてしまいましたが お先にいきます
それじゃあ グッバイ


そう辞世の歌を詠んで彼は旅立っていってしまった。しかし遅かれ早かれ、いずれこの私(たち)も旅立たねばならない時が訪れる。以前見たテレビ番組『関口宏のびっくりトーク・ハトがでますよ!』のなかの1コマ、ゲストとして出演していた上岡龍太郎氏が平田 豊氏とまるで同じような発言をしていたので、併せてここに採録しておこう。


関口  自分としてはやっぱり死を考えることが多くなった?

上岡  ええ、すごく多いですね。で、ひとつね、考えついたんですが、心配しなくても、人間の死亡率は 100%なんですよね。この事実に気がついたら楽なんですよ。

関口  ぼくも昔そう思いましたよ。死って怖いものね。死考えて寝られなくなっちゃったりなんかした子どもの頃あるけれど、でも死ぬことに失敗した人っていないなあ。

上岡  ええ、だから例えばガンにかかった人だけが死ぬ、あるいはエイズウイルスが体のなかに入った人だけが亡くなってしまうのなら、悔しくてツラくてイヤだけど、大丈夫なんです。ガンにならなくても死ぬんですから、みんな。自分の人生が決められたら、その間を充実して生きるのが、1番いいんやないですか。長い短いの問題やないと思うんですよね。そしたら、ぼくら今ダラダラ生きてますけど、ひょっとしたらみんな、明日死んでも何にもおかしくないし、あと30年生きたって誰もおかしくないですよね。ただ何年か分からんから、みんな無意味な時間過ごしたりしてるでしょ。いっぺん死と対面したらいいんですよ。死ぬってことわかったら、どう生きよう、と思います。ってことは、どう死のう、と思ったらいいんです。


この人生で何よりかけがえのない大切なもの、この私にとってそれは〈時間〉である。限られた時間であればこそ、渡辺勘治のような、30年間を“ムダ生き”する人生だけは送りたくないものだ。そしてその限られた時間のなかでの、人や自然との〈一期一会〉の出会いもまたかけがえのないもの。この人生でいったい人はどれほどの出会いができるというのだろう。ほんのわずかな出会いだからこそ、もう2度と出会うことはないかもしれないからこそ、ひとつひとつの貴重な出会いを、いとおしみたい。


【1994/09 江原・記】
(追記)生前、平田 豊氏がこよなく愛し、たびたび聴いていたというHenry Kaiser & David Lindleyの名曲『 Hana(すべての人の心に花を)」はすでに廃盤となってしまったが、私はこのCDをやっと探しあて、ときおり聴いている。この曲を聴くたび私は、まだ一度もお会いしたことのない平田 豊氏のことを、ふと思い出す。

【関連記事】
名作映画:ベスト100に「生きる」など4邦画 米誌選出
米誌タイムは22日、同誌が選んだ「ベスト映画100本」を発表した。黒沢明監督の「生きる」(1952年)など、日本映画4本が含まれており、「生きる」は50年代の最高傑作に選ばれた。ベスト映画100本は23日発売の同誌最新号で一部が紹介される。100本に順位は付けられていない。
ほかにベスト100本に入った邦画は小津安二郎監督の「東京物語」(53年)と溝口健二監督の「雨月物語」(同)、黒沢監督の「用心棒」(61年)。
洋画では「カサブランカ」(42年)「アラビアのロレンス」(62年)「ゴッドファーザー」(72年)「シンドラーのリスト」(93年)「ロード・オブ・ザ・リング」(2001年)などが入選した。
年代ごとの最高傑作としては「メトロポリス」(20年代)「孔雀夫人」(30年代)「市民ケーン」(40年代)「生きる」(50年代)「仮面 ペルソナ」(60年代)「チャイナタウン」(70年代)「デカローグ」(80年代)「パルプ・フィクション」(90年代)「トーク・トゥ・ハー」(2000年代)が選ばれた。(ニューヨーク共同)(毎日新聞 2005/05/23)
みんなのレビュー

【コメント】
作品云々よりも、こういう映画の企画が通り、製作上映されて、なおかつお客が入ってちゃんと評価されていたという、自分が生まれる前の日本映画界に乾杯。【柿木坂 護】7点(03/09/28 14:46)

今となっては有名すぎる映画であり、私は実際に見る前にだいたいのストーリーを知っていたので、あまり楽しめなかったのが個人的に残念。【北海道日本ハム優勝】7点(03/09/27 19:35)

最高によかった!生きるためにはそうとうの覚悟が必要なのだろう。自分自身にも時間なんてないことを悟らされた。志村喬がとんねるずのノリさんに見えた。【マイアミバイス】10点(03/09/12 13:43)

この作品は,黒澤映画の最高傑作だと思います.人は何のために生まれ,何を遺すのか? 人生に対して少しでも真摯に向き合ったことのある人間なら,誰でも避けて通れない問題でしょう.黒澤監督は,主人公が悩み,苦しみ,あがき,見いだし,尽くし,そして成し遂げるまでの心の動きを実に丹念に描いています.志村喬も,見事な演技でした.クライマックスのブランコのシーンでは,涙が溢れて止まりませんでした.何かを成し遂げた達成感をかみしめるときって,人はあんな風に静かなたたずまいを見せるものじゃないでしょうか.【LB catfish】10点(03/09/07 00:37)

初めて観た黒澤映画。第一印象は「何言ってるか分からねぇ!トロイ」だった。あーあ長いな〜とか思って観てたけど、物語が進むにつれてだんだん引き込まれていった。泣いたとまでは言わないけど、この映画が良い映画であることは分かった。【かんたーた】7点(03/09/02 09:17)

かつて、リバイバルではありますが映画館で見て感動したのですが、ビデオを借りてきて、あまりのテンポののろさに、こけちゃいました。私たちの生活リズムがあまりに速くなってしまっていることに、むしろ問題があるんでしょうかねえ・・うーむ・・。【おばちゃん】7点(03/08/23 23:33)

主人公を演じる志村喬の独特で鬼気迫る演技がすべてに尽きるでしょう。しかも、これほど奥が深く密度の濃いい作品はそうは無い。巨匠の練り上げられた脚本に見事なまでの演出。さらに、この当時の文化、風俗、慣習等もしっかりと描き込んでいる。まさに見れば見るほど味があり、新たな発見があるという典型的な黒澤映画。 やはり、主人公が児童公園で“ゴンドラの唄”を歌うブランコのシーンが圧巻。それはミイラなんかではなく、“生きた”人間としての“大往生”そのもの。このシーン、個人的には大人の“おとぎ話”と受け取りたいですね。【六甲やまねこ】9点(03/08/23 23:26)

手放しで名作とは言えない気もします。ただ味わい深い作品であることは確かでしょう。志村喬演じる主人公と小田切みきとの、やや不倫っぽい関係も面白かったけど、やはりストーリーの展開として、いい人に祭り上げられる悲劇がラストにじんわりと効いてきますね。有名なブランコのシーンを、葬式の場面で想起します。ただ、肩すかしを食った気分になるのも事実です。【オオカミ】7点(03/08/07 08:18)

志村喬さんの鬼気迫る演技が印象的でした。最後に歌った歌がとても印象に残ってます。あれって、誰が作詞作曲して歌い手さんは誰だったのか知りたいです。レス求む(;´Д`)【風太郎】7点(03/08/03 00:42)

お葬式で個人を偲び誰しも涙するのでしょうが、それだけでは説教臭いお涙頂戴映画になってしまうが、観ている人間の心の中を見透かしたようなラストの痛烈なシニカルさが完璧な作品にしている。人のために何かをして生きろと云っているのではなく、自分自身のために生きろということでしょうか。【木戸満】10点(03/07/28 11:49)

死を宣告されてやっとやりたいことが見つかるなんて悲しすぎると思った。一体人生とはなんなんだろうか・・・。【キノスケ】9点(03/07/17 11:19)

映画には、大きく分けて「静」と「動」の二つのタイプがあると思うが、この映画は、『東京物語』とならんで、前者の邦画最高峰だと思う。「静」の映画を楽しむほうが「動」の映画を楽しむよりも難しいわけで、それなりの人生経験や教養が必要なのは間違いない。”説教臭い”映画が嫌いな人は観ない方がいい。(『千と千尋の神隠し』で、後半の電車のシーンが好きな人はこれも感動すると思う。)黒澤明は、「動」の映画(『七人の侍』など)だけではなく、映画の両方の側面をバランスよく身につけている監督であると実感させられる。【アレックス】10点(03/07/15 23:09)

素晴らしいです。文句なしに満点。【beppo】10点(03/07/15 01:18)

だんだん重くなってきて見にくい映画だと思いました。白黒に慣れていないっていうのもあるだろうけど、見ていて疲れました。なんと言っても黒沢監督だし、歴史的にはすごい作品なんだろうけど、高評価のわりにはそうでも無いという感想の方が強かったです。テーマは良いので、もう少しテンポ良く描いてほしかったです。【しゃぼんだま】5点(03/07/11 18:43)

恥ずかしながら、初めて黒澤作品を見た。感動した。完成したばかりの公園でブランコに乗って歌を歌っていたというはなしなど、泣いてしまった。結局誰のために「生きる」のか、何のために「生きる」のかというと、それは自分のためであって、まわりがどのように評価しようとも、関係ない。実際、あれだけ今後を誓った役所の同僚も結局役所を変えることはできない。それと「生」の充実は別のものである。ちなみに、日本の映画は一つたりと満足の行くものはないと思っていたが、考えを改めた。【てんつく】10点(03/07/09 03:37)

コメディだという指摘は鋭い。でもそのあまりに重いテーマと問い掛けに打ちのめされる。【ひろみつ】9点(03/06/28 01:57)

何度も観たし、今後もまた観たくなるであろう作品。登場人物の絶妙なる性格描写。善と悪、静と動、暗と明、静寂と騒音、対比の全てが見事なコントラストで描かれている。【すぎさ】9点(03/06/10 23:17)

志村喬、素晴らしい。【VF-154】8点(03/06/04 19:12)

「羅生門」で自家薬篭中のものとした回想形式を最大限に利用した脚本の構成はたしかに見事。見事なんだけど、小役人批判になっちゃってるでしょ、後半。中村伸郎やなんかが出てきたとたん、志村喬の存在感が薄らいじゃう。通夜の席に悪達者の役者たちをずらっと並べてしまったのがマチガイだったと思う。そのせいでテーマが横滑りしちゃってるんですよね。ヒューマニズム云々なら「赤ひげ」のほうが上。四点はキツイかなーとは思うけど、過大評価されすぎてると思うんで、ま、こんなもんかな、と。【じゅんのすけ】4点(03/06/02 13:03)

戦後7年目に、すでにこのような平和が訪れていた日本。その内側にある一国民の人生を相当の皮肉を込めて描ききっている。しかしその皮肉の意図が強すぎるのか、登場人物の振る舞いやせりふがかなりデフォルメされ、明らかに素直にうなずけない、リアルさからは程遠いものとなっていると思う。主人公の息子夫婦にしても同僚にしても、主人公の奇行に何かを察することを作者の意図で抑えられている感がある。当時の人間がそんなに鈍感であったとは思えない。「七人の侍」では十分に人間のリアルを描ききっていたと思えただけに、リアルな当時の日本を誇張した人間ドラマでうまく表現したと捉えればいいのだろうか。世界の黒沢がやったことなので綿密な計算の上でのことと。。しかし人間ドラマのリアリティーとして評価するなら小津作品のほうが格段にいいな、と感じます。時代を超えて共感できる人間の普遍があると思います。「七人の侍」があまりに凄まじい出来だったためか、私には少し物足りなさが感じられた映画でした。【てっつん】7点(03/05/30 10:56)

演技力、ストーリともいい内容でした。志村さんよかったです。【IXY Xt】9点(03/05/04 18:42)

病院での胃がんだときずくあたりなど、コメディー映画である。【まさるす12】8点(03/04/29 06:57)

本当に考えさせられる映画でした。特に最後の部分に何かをやり遂げることはそんなに簡単なことではないという作者のメッセージがこめられているようでとてもよかったです。また、出演者の演技にも感服しました。【弥ン】10点(03/03/27 10:41)

 最初見たときには泣きました。 20年後、テレビで見た時は5回目でした。演出がちょっとあざとく感じたけど、やはりしんみりしました。傑作です。【kan】9点(03/03/24 17:47)

泣きます。ビデオだと志村喬がボソボソ何を呟いているのか聞こえないのが残念。【クー】9点(03/03/23 08:13)

何かの映画紹介で見てあらすじは知ってたのですが、いい意味で裏切られました。お葬式のシーンのラスト近く、主人公の同僚達が、主人公の遺志を継ぐぞ、みたいなことをいって盛り上がってるのを観て「おいおいこんな終わりかたかよー、世界のクロサワとかいってたいしたことないじゃん(ごめんなさい!)」と思っていたのですが・・・あのラスト!ラストシーンではピカイチです。どうも「世界のクロサワ」というキャッチフレーズに怖気づいて今までクロサワ映画を敬遠してたのですがこの映画はすごく「まっとう」な映画だなーと思いました。それにしてもお役所ってむかしからあんなだったんですねー。【ぐるぐる】9点(03/02/17 16:38)

50年も昔の作品とは思えないほどよく完成された作品。志村喬の演技がすばらしいです。ちなみに私も一公務員として考えることは多かった。内容的には主人公の死後に語られる部分は間延びした印象を受けたのでその部分をカットし、残りわずかの命で頑張る姿を詳細に描いた方が良かったかな。ということでこの評価です。【斬 鉄剣】7点(03/02/12 17:03)

人間は「死」を目前にしないと真剣に生きないのだろうか。そのときには時すでに遅し・・でもこの志村喬演じる課長はその短い時間の中で、初めて真剣に人生を生きてそして死んだ。死を目前にして事を成し遂げ満足そうにブランコに乗って「命短かしー」と口ずさむ。短くても充実した時を生きることの尊さを描き、多くの人たちに生きる意味を問いかける名作。志村さんは存在するだけで演技できる数少ない名優です。【キリコ】9点(03/02/07 21:19)

これは、議員、官僚、全国各地のお役人方に研修か何かで定期的に見せるべきだと思います。少しはお役所仕事を恥ずかしいと思うようになるんじゃないでしょうか?(ならね〜か?)当然、全国の善良な市民も見なければいけない作品でしょう。【クロマス】9点(03/01/26 16:07)

すみません(>_<)若いのかもしれないんですがテンポ遅すぎて間延びしてしまいました。官僚機構をironicに表現していましたが現代でもあんま変わってないんだなあと苦笑してしまいました。待合室である患者が渡辺さんに「食べ物は消化に悪いもの以外はなんでも食べていいといわれたらあと3ヶ月だ」と言った後の志村喬の表情はおもしろかったです。しかし映画全体が単調なムードで進みいまいちなじめませんでした。【たな】5点(03/01/23 01:44)

私的には『七人の侍』よりこちらの方が楽しめました。娯楽アクション映画は世界のクロサワとは言えやはり時間が経つと辛い物が出てくるのは避けられないと思うのですが、『生きる』のようなドラマだとプロットがメインですので、鑑賞価値も永遠不滅でしょう。(『七人の侍』も興味深く見る事はできたのですが、どうしても古典として見てしまいます。)【Hermeneus】10点(03/01/14 13:15)

邦画のなかでは構成、描写がかなり優れていると感じる。テーマもややたいそうだが心に残るものが得られた。志村喬のはまり具合がいい。ヒロイン・小田切みきもキャラクターがよい。【ケララの狸】8点(02/12/19 09:58)

志村さんの演技が絶妙で、感激しました。【ふく】10点(02/12/16 03:53)

人間の「生」というものがどれほどのものなのか、どういうことなのか、映画からひしひしと伝わってきます。人生観というものを考えさせられる凄い映画だと思います。【恥部@研】9点(02/12/05 17:20)

ラストシーンの何とも言えない「苦味」までもが、絶妙。で、完璧。【aksweet】10点(02/12/01 19:12)

黒澤作品の中では1番好きかもしれない。恐らく心の琴線に触れたのだろう、今でも余韻が残っているのだから・・・。【眼力王】10点(02/10/21 23:51)

年々評価が変わっていく(自分の人生経験に応じて)映画ってあるけど、これはその一つかな。たぶん、何十年かしてから見たら、もっともっと良さが分かると思う。【mic550】7点(02/10/20 20:09)

普段の何気ない生活の中に、たくさんの美や感動が溢れている事を教えてもらいました。仕事の帰路、綺麗な夕日にいつもみとれてしまいます。【カエル】10点(02/10/13 18:01)

初めて観た黒澤明の「静」の映画。「七人の侍」を観てからなので、志村喬の演技の幅の広さにビックリ。死を目前にしたさえない男の悲哀と希望、は良かった。泣き所も満載。ただ、テンポが現代の映画からしてみればかなり遅い。かといって淡々とした映画でもないので、ちょっともどかしい。そこだけが自分には大きなマイナス点。【どらいぶしゅーと】7点(02/08/20 22:47)

自分には痛すぎる内容で涙が止まらなかった。「生きる」。タイトルがまた泣かせる。自分じゃない誰かの為に生き抜くってのも、いいもんだね。【さくら】10点(02/07/27 23:33)

この作品見終わった後、とりあえず近くの公園行ってブランコに乗った。で、小声で歌った。俺生きてんだなぁって思った。【qt】10点(02/06/08 01:09)

ガキの頃家族で「影武者」を見たとき、おやじが「黒澤もこんなもんしか撮れなくなっちゃって」みたいな事を言ってたのがとても不思議に感じたものですが(俺的には興奮するほど面白かったので)、「生きる」をみて納得しました。「こいつはすげえや」と思ったね。椿三十郎と用心棒も同じ人間が撮ってるんだから信じられん。黒澤は天才でした。また、作品の質はともかく晩年までその情熱とバイタリティを映画に対して傾け続けた姿勢にも尊敬を覚えます。すごい男がいたもんだ。【Qtaro】10点(02/05/17 20:43)

まさに対位法の映画。実に勉強になった。病院からでていく渡辺に車の慌ただしさ。辞表をだした女性との会話と学生の楽しそうな会話。葬式で泣く女性達と部下。対位法があちこちにあります。それによって映像的に、そして内容的に豊かな映画になるのでしょう。行政に対する意味合いも含まれています。死ぬことを意識し、理解することにより、精一杯生きられるのです。あの曲も印象的でしたが、夕日をみて「美しい」の言葉もよかったです。【あろえりーな】9点(02/04/19 19:17)

同じ世代を生きる自分は、息子と父の関係、定年へのカウントダウンの中で最後の力を仕事に振り向けられるかを問いつめられ、正に生きるとは何か、黒沢作品第一の名画です。【おんたけ】10点(02/04/13 22:04)

志村喬の演技が忘れられません。「みつお〜、みつお〜」という呼びかけが入る回想シーンが、哀しすぎます。【マーチェンカ】8点(02/03/25 17:53)

まぁ〜俺的には 生まれてきたからには 何かを成し遂げ 何かを残したい 生きていた証に 黒澤監督 志村さんご冥福を祈るとともに感謝いたします。【東京JAP】8点(02/03/19 00:41)

ブランコのシーン直前、警官の「あんまり、嬉しそうだったので」の瞬間、ぐっと。【バーティゴ】9点(02/02/24 20:29)

前半は志村さんの演技がユーモラスで思わずくすくす。歌を歌いながら泣いているシーンも、私は笑ってしまいました。ぼそぼそ話す聞こえにくいかすれ声が良いです。後半、きらきら光る雪が降る公園でい〜のち〜み〜じか〜しを歌うところはすごくジーンと来てしまいました。個人的に、喫茶店でオモチャのうさぎがかたかた走るところとそれをもって階段を下りていく渡辺課長が好きです。お葬式の後、同僚がまた元通りに仕事をたらいまわしにしていくのは、現実的かつ苦笑するところなのだろうが、私はちょっとショック。個人的にここでも千秋実さんが良いです。【舞花】9点(02/02/14 16:44)

初めて観たのは中学生の頃でしたが、観終わった瞬間、人生観が変わった気がしました。コドモが出来たら絶対観せたい作品です!・・・コドモ以前に、まだ結婚もしていませんけど・・・【クラウディア】10点(02/02/11 01:20)

命短し恋せよ乙女〜。感動して泣きじゃくりです、見た後数日間この歌が頭から離れませんでした。志村喬がブランコでたたずむシーンとか、葬式で同僚が語り合う所とか・・・。いつの時代でも女ってやつは・・・。ちょっと志村さんのセルフが聞き取りにくいか。【マゴリア】9点(01/12/23 03:06)

傑作が多い黒澤映画の中でも最高傑作と謳われる名作。初老の男が死を宣告され自分が生きていたと言う証を探し始める。現代でも蔓延る怠慢な役人体質、官僚批判を織り交ぜた展開が秀逸。文句なく満点です。【支配人】10点(01/08/19 09:38)

なかなか出会わない素晴らしい作品。「ハッピーバースデイ」があんなに名曲だったとは。主人公がまさに生きるすべを見付ける、喫茶店でのパーティーとのからみ演出大好きです。あんな脚本書ける天才と同じ国に生まれた事に感謝。【プーヤンのジャンプ傘】10点(01/08/17 02:09)

七人の侍とか用心棒とかしか黒澤映画を見たことの無い人は必ず見るべし。歌っちゃお”いーのちーみじいかしー”【すめ】9点(01/05/15 00:50)

志村喬の演技が凄い。個人的に、彼は僕の泣きつぼです。【ユウケイ】10点(01/05/13 21:51)

人間、「死ぬ」ことを自覚したとき、初めて「生きる」ということを見直すということがある。これぞ、ヒューマニティーの真髄ではないか。【ぶんばぐん】10点(01/02/12 05:16)

なんか思っていた映画ではなかった。【出木松博士】5点(01/02/08 14:18)

主人公の渡辺課長を演じる志村喬の存在があってこそ成立しえたような、日本映画史に燦然と輝き続ける名作。死を目前にして何かに取り憑かれたような表情やそのセリフの発声法など、おそらく彼にしかできないであろう独特のものである。小雪の舞う夜、完成したばかりの公園のブランコで「ゴンドラの唄」を幸せそうな表情で口ずさむシーンは、死を意識することで平凡で無気力な人生を送ってきた男が、最後に“今”を精一杯生きた証としての満足感をも表現して、終生忘れえぬ感動をもたらしてくれた。【ドラえもん】10点(01/01/14 17:59)


【点数情報】
Review人数 60人
平均点数 8.7点

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