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意味不明小説(ショートショート)コミュの恋するピエロ

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 オーギーこと、オーガスタ・マクライエンは、猛獣使いになりたかった。彼は体が大きく、力も人一倍に強かったが、周りの多くの人間からは、のろまな奴だと思われていた。というのも、オーギーは大きな体に似合わず、話し声はとても小さく、口から出ようとしている言葉は、頭を見せたかと思うと、すぐに引っ込んで、元いた口の中に戻ってしまう。聞いている人間は、いつまでたっても、オーギーがぼそぼそ呟いているのを眺めるしかないので、ついには我慢ができず、「もういいから。お前は黙って言われた通りにすることだ」と、笑われるのが常だった。そのためオーギーは、頭の中で思っていることの半分も口にすることが出きないまま、「へえ」とか「ほう」とか、相槌を打つしかなかった。

 そんなオーギーにも、ひとつだけ取り柄があった。それは、動物と仲良くなることだ。獰猛で知られている番犬も、オーギーにはすぐに尻尾を振ったし、どんな馬丁でもお手上げだったじゃじゃ馬を、オーギーはやすやすと手懐けた。ある時、オーギーが敷き藁のうえで昼寝をしていると、放し飼いにされた羊たちが集まってきて、オーギーを包む天然の毛布となっていた。肝心の見張りをつとめるはずのボーダー・コリーは、オーギーの股ぐらで丸くなって寝ていたし、小屋から抜け出しためんどりが、彼の胸元で卵を産むというおまけまで付いてきた。

 オーギーは、農場で働いていた。三代続く、古くて、大きな農場で、農場主は羽振りは良かったが、意地の悪い男だった。豊作の年でも、小作人たちに行き渡るのは、ほんのわずかな小麦だけで、不作の年であれば、その分きっちり小麦を減らされた。そんな中でもオーギーは、少しだけ多めに小麦をもらっていた。だがそれは、オーギーの体が大きいからでも、普通の男なら一抱えがやっとの巻藁を、両肩に二つずつ乗せることができたからでもなかった。農場主は、女房と別れており、今では犬を可愛がることだけが生きがいで、その愛情は別れた女房に捧げたよりも深かった。そのうえ、女房は一人だけだったが、犬は八匹もいた。農場主は、八匹の犬に干した肉や、吹かした芋、搾りたてのミルクを与えた。八匹のうちの一匹は体が弱く、水曜日の朝になると、街まで行って医者に診せていた。医者から出る薬は、小作人がひと月はやっていけるほど高額だった。小作人たちは面白くなくて、農場主の目の届かないところで、八匹の犬をいじめたり、時には足蹴にしていた。そんなわけで、八匹の犬は小作人たちを見ると、おびえて逃げ回ったり、吠えて噛みつこうとするばかりだった。だが、オーギーにだけはよく懐いて、オーギーもまた、よく可愛がった。農場主は、「犬たちの面倒をみてくれたから」と、オーギーにだけ、余計に小麦をくれるのだった。

 ある日、農場主が一週間ほど、どうしても屋敷を空けないといけないというので、八匹の犬の世話をするよう、オーギーに言い渡された。もちろん、農作業を休むことは許されなかった。作物は成長を止めてはくれないし、雑草や害虫が屋敷を空けることなどないからだ。だが、オーギーには、大きな体があったし、なにより犬が可愛かったので、ちっとも苦にはならなかった。農場主がいないのをいいことに、小作人たちは、いつも以上に八匹の犬をいじめようとした。オーギーは、農作業をしながらも、いつでも八匹の犬のことを気にかけていたので、八匹の犬のうち、一匹でも見当たらなくなると、「チッチッチ」と舌を鳴らして、犬を自分のもとに呼ぶようにしていた。こうして二日間は、なにごともなく過ごしていられたが、三日目の、水曜日の朝にそれは起こった。オーギーが、体の弱い一匹を、街の医者に診せに行っているあいだ、小作人たちが、残りの七匹に当たり散らしたのだ。オーギーが街から帰ってくると、残りの七匹は、オーギーに駆け寄ってきた。オーギーは、駆け寄ってくるうちの一匹だけが、片方の前足を庇うようにしているのに、気が付いた。オーギーがその足に手をやると、犬は怯えたような目で、鳴き声をあげた。犬は骨折していた。オーギーは、もういちど街の医者に、今度は骨折した一匹を抱えて、診せに行かなければならなくなった。農場主が戻ってきて、そのことを知ると、オーギーを散々痛めつけたうえで、農場から追い出してしまった。オーギーが出ていくとき、八匹の犬は、そのうしろ姿をじっと見守っていた。中でも骨折をした一匹は、農場主からどやされるまで、そこから離れようとはしなかった。

 オーギーは、ずだ袋を背負って、川を下って歩いた。とくに行くあてもなかったが、川を下ればいつか人の集まるところに出るだろうし、のどが乾けば水が飲めると思ったからだ。ずだ袋の中には豆の缶詰が五つ入っていて、初めのうちは、それを一日に一つずづ食べて過ごした。缶詰がなくなると、魚を捕まえようと思ったが、上手くいかず、仕方なく葦をかみながら、空腹を紛らわせた。何度も川の水を飲んだので、腹を下した。オーギーは、ずだ袋を枕にして、樫の木の下で寝ころんだ。そのまま夜を迎え、星を見つめた。やがて眠気に襲われたが、遠くでコヨーテが鳴くような声がして、オーギーは、「ああ、火を起こさなきゃならない」と、考えながらも、いつの間にか眠っていた。目を覚ますと、オーギーのずだ袋は、大きな黒い毛皮に変わっていた。毛皮は暖かく、肌触りが良かったので、オーギーは両手を広げて抱きついた。毛皮に顔を埋めながら、オーギーは、八匹の犬を思い出していた。すると毛皮が、オーギーの鼻の頭を舐めた。オーギーが驚いて、目を開けると、毛皮が生きていることに気が付いた。「きっと、その辺の野良犬に違いない」オーギーは、そう思ってから、もう一度毛皮に抱きついた。毛皮がまた、オーギーの鼻を舐めた。そうしているうちに、オーギーも毛皮も、眠ってしまった。

 こめかみの辺りを突かれているような気がして、オーギーは、目を覚ました。目を開けると、カイゼル髭の男が、オーギーの顔を覗き込んでいた。
 カイゼル髭の男が言った。
「おまえ、ここでなにしてる?」
「えっと、そのお」
 オーギーの言葉が、引っ込んだ。
「なにをしてると聞いてるんだ」
「だから、そのお」
「おまえ、自分が抱えてるのが、なにか知ってるのか?」
「あん?これは」
「おい、いいか。それはな、熊だぞ」
「ええ?」
「熊だ。うちから逃げ出したんだ」
「うちって?」
「サーカスだよ。大騒ぎになるところだったが、おまえが見つけてくれて良かったようだ」
 オーギーは、まだ抱き合っていた熊を眺めた。熊は気持ちよさそうに眠っている。
「おまえ、行くところはあるのか?」カイゼル髭の男が言った。それから、オーギーの言葉を待たずに、「ないなら俺のサーカスに来い。下働きとして、使ってやる。日にパン二つをやろう」と続けた。

 カイゼル髭の男は、自分がサーカスの団長であることを告げると、オーギーに熊を馬車に乗せるよう命じた。オーギーは、立ち上がって、熊の頭を撫でた。熊は目を覚まし、そのままオーギーの後を追って、馬車までついてきた。馬車の幌には、鉄格子が付いていた。団長が顎で指したので、オーギーは熊と一緒に幌の中に入った。後ろから、鉄格子に鍵を掛ける音が聞こえた。団長は、「ふん、よく懐いているな」と言った。

 オーギーは、熊と並んで座って、鉄格子から見える景色を見ていた。熊はオーギーにもたれかかると、しばらくしてから寝息を立て始めた。オーギーは、この先どうなってしまうのだろうと思いながらも、他にすることもないので、目を閉じた。お尻の下で、車輪が揺れるのを感じながら、「ああ、おらのずだ袋」と目を開けたが、「日にパン二つかぁ」とすぐまた閉じた。熊の毛並みが、暖かくて、心地よかった。

 サーカスに入ってから、オーギーは、よく働いた。薪割り、水汲み、皿洗い、サーカスには限りないほど仕事があったが、オーギーは、文句ひとつ言わず働いた。テントの張替えで、杭を打つ時も、オーギーは、槌を一振りするだけで良かったし、テントの支柱を一人で引っこ抜いたときは、団員たちを大いに驚かせた。なかでも、猛獣たちとの付き合い方は、目を見張るものがあった。川で出会った熊とは、すでに兄弟のように仲が良かったし、ゾウやライオン、ニシキヘビに至るまで、オーギーによく懐いた。そこで、小屋の掃除や餌やりまで、すべてオーギーに任されることとなった。

 サーカスの花形である猛獣使いは、団長が務めていた。団長の鞭さばきは見事なもので、一振りするごとに、ライオンでも熊でも、思うように歩かせることができた。その日も、演目の最後を飾る、ライオンの火の輪くぐりの時間がやってきた。団長はいつものように、鞭を振ってみせたが、どういうわけだか、ライオンはいっこうに動こうとしない。団長は、怒鳴り声をあげながら、鞭をライオンに向かって振り下ろした。オーギーは、ショーの間はいつでも隅っこで見ているだけなのだが、自分でも気付かないうちに、ステージに飛び出していた。オーギーの姿を現すと、ライオンは重たい腰をあげた。団長は、オーギーにとも、ライオンにとも、見分けがつかないくらい、鞭を振り下ろした。オーギーが驚いて左右に走ると、ライオンもその後から左右に走った。団員が鞭を振り下ろすたび、オーギーとライオンはダンスを踊るように走り回った。そうするうちに、オーギーが蹴つまづいて倒れると、ライオンは跳ね上がって、オーギーを飛び越え、その勢いのまま火の輪をくぐった。観客は、笑い転げたのち、大歓声をあげていた。

 その日の夜、オーギーは団長に呼び出された。
「どういうつもりだ、オーギー」
「えっと、そのお」
「お前にステージに上がっていいと、誰が言った」
「いや、誰も」
「答えろ。誰かが上がっていいと言ったのか?」
「言ってね」
「いいか、客の前に出る以上、俺たちは金をとって見られるんだ」
「はい」
「下働きのお前に、その準備ができていたのか?」
「えっと、それは」
「どっちなんだ。できていたのか、いないのか」
「できてね」
「これだから、素人は困るんだ」
「すんません」
「よし、服を脱げ」
「ええ?」
「脱げと言ったんだ。聞こえなかったのか?」
 オーギーは、言われた通りにした。
「よし、袖を通せ」
「ええ?」
「いちいち聞き返すな」
 オーギーは、脱いだ服を着ようとした。
「バカ、そっちじゃない。これだ」
 団長は、脇に置いてあった衣装を取り出し、「衣装部に、急いで作らせた。明日からお前は、新しいピエロだ」と言った。

 だぶだぶの大きな釣りズボンに、袖の短い燕尾服、白塗りの顔に、緑色のおかっぱのカツラをかぶり、その上にひと際小さな山高帽、これがオーギーの正装となった。兄弟分の熊と一緒になって舞台に立つと、それだけで客は沸いた。熊がオーギーの白塗りメイクが取れるほど、頬を舐めていたからだ。そのうちに、団長がやってきて、鞭を一振り。オーギーは大玉を持ってきて、熊はそれに上手に乗る。大玉に乗ったまま、熊はオーギーの方にやってくる。オーギーが逃げ出すと、熊はますます追ってくる。大玉とぶつかって、オーギーはその場で倒れこむ。熊は大玉から降りると、今度はオーギーの上に乗った。団長の鞭。オーギーは熊を肩にかついで、ステージを回りだした。客席は、沸きにわいた。

 ピエロとして人気が出てかららも、オーギーの毎日は変わらなかった。薪割り、水汲み、皿洗い、日にパン二つ。オーギーにとっては、ピエロとしての仕事も、サーカスの雑用の一つにすぎず、いくらお客が沸こうとも、それは変わらなかった。そんなことよりも、日にパン二つをもらえることのほうが大切で、じっさいにそれはかなっていたことなので、もうそれだけで十分だった。プリシラと、会うまでは。

 プリシラは、新しい踊り子としてやってきた。と、いうよりも、声が出せないので、サーカスでやっていくには、踊るしかなかった。あまり目立った顔立ちではないが、プリシラの踊る姿は美しかった。だが、声が出せないというその理由だけで、一座のなかでは一段低い位置に置かれた。だからサーカスの雑用を任されていた。掃除、洗濯、皿洗い。みなが食事を終えて自分のテントにもどっていったあと、オーギーとプリシラは、薄明りのなか皿を洗った。昼間の騒々しさが噓のように静かだった。二人は黙って皿を洗った。静寂が、右耳からはいって、左に抜けた。遠くから、熊のいびきが聞こえた。オーギーが一声あげると、熊はいびきで返事をして、それからまた、静かになった。オーギーとプリシラは、笑った。それは、もしかしたら、二人にとって、サーカスにきてからはじめての笑い、だったのかもしれない。

 オーギーは、もともと無口だが、プリシラといるときは、ますます無口になった。それはプリシラが、とってもおしゃべりだったからだ。声は出せないものの、踊り子のプリシラは身振りや手ぶりだけでも、色んなことを話すことができたし、表情はころころと目まぐるしく変わった。例え、少しばかり意味が分からなくとも、そんなプリシラを見ているだけで、オーギーは大いに楽しんだ。あるとき、身振りや表情だけでは、どうしても伝わらないことがあって、プリシラは地面に字を書いた。ところが、オーギーは字が読めなかった。そこでプリシラは、オーギーに字を教えてあげることにした。プリシラが物をゆびさし、オーギーが声に出す。するとプリシラは、地面に字を書き、オーギーはそれを真似た。テントの中にいるときは、プリシラは、オーギーの手のひらに字を書いた。プリシラの手は冷たく、あかぎれだらけだった。けれども、とても温かく、すべすべしている。と、オーギーは感じた。

 プリシラが、新聞を手にしてやってきた。開いたページの左端に、オーギーの写真が載っていた。すごいじゃない、オーギー。プリシラは、オーギーを称えた。オーギーは、もじもじと、気恥ずかしそうにしているだけだった。プリシラは、少し考えてから、猛獣使いにおなりなさいよ、と地面に書いた。そうしたら、パンがもっともらえる。プリシラは、にっこり笑った。猛獣使いになることは、じつはオーギーにとっても、前からの望みであった。客席が沸こうとも、鞭におびえているのは、辛かった。みんなの憧れである、猛獣使いになってみたい。だから、オーギーは言った。
「ピエロんままで、いい。そんで、日にパン二つで、いい」
 オーギーは、プリシラの手を握った。プリシラは、その手を握りかえした。
「あなたが好き」
 プリシラは、オーギーの手のひらに、そう書いた。

 その日もサーカスは大盛況だった。空中ブランコを終えたカサベテス兄弟に、満員の客席から、拍手が鳴りやまなかった。いよいよ最後の大舞台、猛獣使いの団長による、火の輪くぐりが始まった。檻にはいったライオンが、荷車に乗ってやってきた。団長が、鞭を一振り。ピエロのオーギーが、その場で飛び跳ねた。客席が、笑った。オーギーは、客席に礼をしてから、檻に近づき、錠前をあけた。そして、扉を開こうとした手を止めた。オーギーは、ライオンが片方の前足をあげて、庇うようにしているのに、気が付いた。オーギーは、振り返って言った。
「ショーは、できね」
「なんだって?」団長は言った。
「今日は、できね。こいつん足が」
 オーギーの足元に、団長の鞭がとんだ。
「もういい。お前はひっこめ」
「だけんど」
 再び、鞭がとんだ。今度は、足元ではなく、オーギーめがけて。オーギーは、檻をかばうように、とっさに背を向けた。オーギーの、袖の短い燕尾服が、二つに裂けた。団長は、むき出しになったオーギーの背中に、鞭をふるう。オーギーは、声も上げずに、じっと堪えた。笑い声のあがっていた客席が、じょじょにざわつき始めた。プリシラが、袖から飛び出した。鞭を振りあげる団長の腕に、プリシラはしがみついた。
「ええい、離さんか!」
 団長はプリシラを払いのけた。振りかえったその目は、血走っていた。膝をつき、怯えるプリシラに向かって、鞭を振りあげた。
 そのとき、オーギーがほえた。
 一瞬の静寂ののち、サーカスにいた動物たち、熊、ゾウ、キリン、ニシキヘビ、猿にオウムまで、いっせに騒ぎはじめた。サーカスの外にいた野良犬は、そろって遠吠えをあげた。テントの上空には、カラスの大群が押しよせた。そして、足を痛めたライオンが、檻から飛び出した。

 警官隊が駆けつけとき、テントの中は半狂乱だった。ライオン、熊、ゾウ、そして、オーギーが、団長のことを追い回し、団長は鞭をめったやたらに振っていた。最前列にいたスコット巡査は、とっさに拳銃をかまえたが、どこに狙いをさだめていいか、わからなかった。子供の泣き声が聞こえ、スコット巡査は、ほとんど反射的に引鉄をひいた。オーギーが、倒れた。テントの中が、静まった。
 プリシラが、オーギーにかけよって、手を握った。オーギーは、なにかしゃべろうとしたが、もうできなかった。そこでオーギーは、プリシラの手のひらに、字を書いた。

 け、が、な、い、か。

 「ええ、だいじょうぶよ。ありがとう」プリシラは、涙をこらえて手を握っただけだったが、オーギーは、たしかにその声をきいた。そうして、笑顔になってから、目を閉じた。


(終)

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