ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > その他 > 腐った みかん の詰め合わせ > トピック一覧 > 憲法論議

腐った みかん の詰め合わせコミュの憲法論議

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体


[mixi] mixi 政治かわら版 | 憲法論議

https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=88691259&comm_id=6339993&page=all



コメント

[2] S(さだ)
2019年02月23日 15:23

当時もっとも先進的と称された大日本帝国憲法。

先進的過ぎて、当時の列強諸国は日本はトルコのようにすぐに憲法を停止してしまうに違い無いと嘲り嘲笑したらしい。

しかし、実際には1930年ぐらいまでは確実に機能して、日本を立憲君主制の近代国家にのし上げるグランドストラトジー(骨組み)であった。


何故、当時の日本は明治創業以来先人が築き上げた素晴らしい憲法を自ら手放したのか?

解せない

イイネ!
1






[3] ハサミ職人
2019年02月23日 17:13
>>[2] S(さだ)さん

ご期待通りのコメントをしましょう。

『陥憲法だったから戦争への道を突き進んだ。』

そんな基本的人権の謳われない憲法に比べれば、今の憲法の方が遥かに国民を平和で安心した生活が送れるのですよ。

只、自衛隊に関する内容に会見の必要性は感じますが
主文を明治憲法に戻す愚公を許してはいけません。

イイネ!
1




[4] S(さだ)
2019年02月23日 18:26
>>[3] ハサミ職人さん

【『陥憲法だったから戦争への道を突き進んだ。』】
↓ ↓ ↓

根拠をお願いします。


ちなみに、当時『大東亜共栄圏』や『総力戦体制』や『統制経済』や『大陸進出』を声高にさけんでいた連中が『憲法な破壊者、左翼』と呼ばれていた。

一方、それらの政策を批判していた連中が『護憲派・右翼』と呼ばれていた。


帝国憲法の理念からするのと『国家主義、軍国主義』はありえないわけですな。

そして、『満州百万の英霊の犠牲の前にして憲法など知ったでは無い』といったノリでやっていたから戦争の道へと突き進んだわけですな。

帝国憲法を遵守していれば、バカな戦争をせずに済んだわけ。



【そんな基本的人権の謳われない憲法に比べれば、今の憲法の方が 遥かに国民を平和で安心した生活が送れるのですよ。】

↓ ↓ ↓

帝国憲法に於いて人権は『臣民の権利』として代賛されている。

と言うか、人権が明記されていない憲法では国際社会の一員になれませんよ。



【只、自衛隊に関する内容に会見の必要性は感じますが 主文を明治憲法に戻す愚公を許してはいけません。】

↓ ↓ ↓

愚行とは思わないが戻さんでもいいんじゃない。ただ賢明なる明治の元勲の知恵を拝借するために帝国憲法を参考にすればいいんじゃないかな〜

あと、なんで『明治憲法』って呼ぶのですか?
明治憲法なんて存在したことはありませんよ。

きちんとした正式名称で読んだら?





[5] S(さだ)
2019年02月24日 10:31

大日本帝国憲法第65条
予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ

いわゆる『予算の先議権』は議会が握っていた。



当時の世界で議会に予算の先議権を認めていた憲法は大英帝国憲法とベルギー憲法とプロイセン憲法だけ。

しかも実際に機能していたのは日本のみ。







[6] ひまわり
2019年02月24日 11:50
>>[4] S(さだ)さん

先生お聞きしたいんです(^^)/

第二次世界大戦の日本の戦争責任つて誰にありますか?


天皇陛下?総理大臣?暴走した軍部?マスコミ新聞社?国民?

誰の責任なんでしょうか?

私は学生時代勉強して来なかったので解りません(TOT)
宜しかったら教えて下さいm(__)m







[8] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 12:14
>>[2] S(さだ)さん


1920年代の 首相が 暗殺された 背景に その 要因は もとめられるのではないのですか 、、






[9] S(さだ)
2019年02月24日 12:34

>>[6] ひまわりさん
敗戦の責任と言うならば、一応開戦を閣議決定した内閣の首座たる東條となるんでしょうがね。

戦争責任という本来なら存在しない罪名を、敢えて列挙するならば、

一番は世論を煽り倒した朝日新聞を筆頭とするメディア、文化人、言論人。

次に国民

次に政治家(国民に選ばれていない官僚政治家、お貴族政治家)

次に軍部
の順番だと思います。

あと昭和天皇は満州事変・支那事変・三国同盟・対米開戦も大反対でしたから。




しかし、一番の原因は経済の舵取りに失敗したから。

経済が低迷して失業者が溢れて社会が不安定化して、人々が政党政治家議会政治に失望して、軍人やお貴族政治家に傾倒していって、

国家主義全体主義台頭を許し、先の大戦に至ってしまった。


イイネ!
1






[10] S(さだ)
2019年02月24日 12:48
>>[8] ちちん、ぷい、ぷい、さん

原敬の暗殺ですか?
どうなんでしょうな〜?





[11] ひまわり
2019年02月24日 12:51
>>[9] S(さだ)さん

凄いですね(´・ω・`)
その知識尊敬します。

たまにSさんになら抱かれても良いと思います(´・ω・`)

  のぶりんは絶対に嫌だけど( ・ั﹏・ั)

  当時の総理大臣の東條英機って国民の選挙で選ばれたんですか?

当時の選挙権は一部の男性のみでしたっけ?
 無知ですいませんm(_ _)m







[12] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 12:54
>>[10] S(さだ)さん

浜口 雄幸 総理も その範疇でしょう 、、






[13] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 13:07


緊縮 財政の 断行 、、

日米英の 軍艦 保有比率 交渉 、その外交 がらみ が のちの 海軍による 要人暗殺 に つながった


あと、金解禁施策の直後、アメリカの株大暴落、金が日本から大量に流出

日本通貨の信用の失墜にて、通貨施策が裏目に出た




中国大陸での日本の通貨施策にも、大きな悪影響をあたえた

具体的には、イギリス、アメリカに、中国の通貨がリンクされて、とりこまれた









[14] S(さだ)
2019年02月24日 13:28
>>[12] ちちん、ぷい、ぷい、さん

彼の金解禁の判断は日本のターニングポイントと考えてます。





[15] S(さだ)
2019年02月24日 13:30
>>[11] ひまわりさん

私は大したことはない奴ですが・・・

言っておきますが、私はゴム無しではやりませんよ。

イイネ!
1





[16] ひまわり
2019年02月24日 13:42
>>[15] S(さだ)さん

解りましたよ( ;∀;)
冗談だから安心して下さい(ΦωΦ)






[17] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 13:46
>>[14] S(さだ)さん

貿易収支の悪化 、 円安 を なんとか したい 、 円の 国際通貨 、 信用を 得て 、 日本の 立ち位置を 優位に したかったのだろう 、 けど 、ね 、、



タイミングが わるかった ってか 運が悪かった 、 アメリカ経済の 読みを 誤った ?







[18] ネオスピリタス改
2019年02月24日 13:52

大日本帝国憲法
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html

読みにくいんだよなー
当時の人達はちゃんと読めたのかな?

イイネ!
1





[19] m
2019年02月24日 14:38
>>[18] ネオスピリタス改さん

そうなんですよね、わかりづらい激しく同意です。
恐らく殆どの一般市民は理解できていなかったと思いますよ。

国民である以上憲法ぐらいは把握しておかなければと思うのですが…

これは現在の憲法にも言える事ですが…

老若男女誰でも容易に理解ができるってことを念頭に置いてもらわないとねー

イイネ!
1





[20] S(さだ)
2019年02月24日 15:17
>>[17] ちちん、ぷい、ぷい、さん

しかし、デフレ期に金保有の上限以上に通貨が発行できない金本位制に復帰はアウトでしょう。

しかも、すぐ直後に世界恐慌が起こりやめる大義名分ができたのにやめなかった。






[21] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 15:30
>>[20] S(さだ)さん

中国での ファイナンス 事情も あったのかも しれません 、ね 、、







[22] S(さだ)
2019年02月24日 17:18
>>[21] ちちん、ぷい、ぷい、さん

それもあったかと思いますが、根底には『明日伸びんがために、今日縮むのであります』のスローガンでもわかるように、単なる根性論な感じがしますがね。






[23] S(さだ)
2019年02月24日 17:19

帝国憲法の恩人達
パジャット、ダイシー、シュタイン






[24] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月24日 19:21
>>[22] S(さだ)さん

単なる根性論な感じがしますがね。




単なる 根性論の バカ を 宰相に かついだ 当時の 日本人は そうとうな バカ ぞろい だったんです、ね 、、







[25] S(さだ)
2019年02月24日 23:41
>>[24] ちちん、ぷい、ぷい、さん

確かにバカだったとは思いますが、張作霖爆破事件で批判されまくっていた田中のあとですから、協調外交の公約がうけたんですかね〜?

あと高橋の流れをくむ井上が金解禁なんてするとは予想外だったんじゃないですかね〜






[26] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 02:22
>>[25] S(さだ)さん

金解禁 以外に 、 円の 通貨 価値を 国際的に 高める 方法が 、 あの当時 あった のでしょうか ?

あった に せよ


当時の こと 、 当時の ひとの 努力は 、 その ひとの 立場に なった 読み方を しなければ 理解を すすめることは むずかしいのでは ?



なぜ 日本は あの戦争を してしまったのか? それは 経済的な 理由から 財政的な 理由から 国際的な 貿易収支 輸入超過 決済通貨として 円安の 苦しみ?

いまの時代は、どの国も金融緩和して通貨フロー、実態よりも水ぶくれ状態に増やして、自国通貨価値を下げて、輸出を有利にしようとしていますが






[27] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 02:40


田中 義一 首相 は 陸軍 出身の 首相で あるから 、 陸軍の 張作霖 爆死 事件の 犯人を 公式に ちゃんと 処罰 することが 、 国際的な 見地から もとめられ 期待されていた


田中 首相 は 天皇陛下にも それを 言質していたにもかかわらず 、事件の犯人を厳しく処罰できなかった優柔不断な?田中義一首相は、 天皇陛下からの 信を うしなう 結果となって

内閣を 浜口雄幸 に ゆずる ことに なった


軍部に 対して 厳しい 姿勢で あたることは 優柔不断な 田中 義一 首相 の あと であるから 、 それは もとめられ 支持された ものであったが


軍関係者、右翼だか、暗殺結社だか、怒りをかい、東京駅の公衆のさなか、至近距離からのピストル襲撃を受けることとなった

そのとき、男子の本懐、といったとか、いわなかったとか

浜口雄幸の同郷の、板垣退助が襲撃を受けたとき、いったとされる

板垣 死すとも 自由は 死せず とともに 、ちょい 有名な ことば である
















[28] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 03:26


いまの時代に置き換えて考えてみても 、 防衛費 GDPの 約 1% って 軽装備 負担 で すましてるけど


あの 当時の 日本は 外征 部隊を もっていて 、 海軍は アメリカ イギリス と 同等 レベル の 軍艦 保有を かたくなに 主張して 、 海軍 予算の 削減に 大反対を していた


仮想敵国 アメリカ イギリス → ほんとの 敵国 として


なぜ? あの 戦争を してしまったのか ? の 答えは 、 そういう 予算の 請求を していたから 、、


って のが ある 、、


予算は 国会で 内閣で 認められた ので あるなら あの あほ な 戦争は 、 戦争責任は だれに あるのか ? は


自明ですわな 、、










[29] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 03:57


(参考、)



たけさん
2018年06月26日 16:36

通貨は皆が使えると認識しているから通用している物であり、社会的合意が有るか否かが重要であってその媒体が本物かどうかは重要では無い。

通説も同じ。

皆の社会的合意が有るか否かが重要であって、その説が本当かどうかは重要では無い。

みっちゃんはクズで無価値いう、社会的合意、コミュ的合意があれば通説は成立する。







通貨の 信用は 通貨と等価交換される 金の 保有が 担保 と されていた 時代に あって


あらたな 信用の 創造が もとめられていて 、 それは 通貨は その国が、国家として 信用度が どの程度 あるのか? って いう 国際協調 度 だったりで


だから 、 外交上の 重要性が 軍部と 対立 した ような ところ 、

国際ファイナンス として 円の 強さ 弱さ の問題、、









コメント(42)




[34] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 14:22
>>[33] S(さだ)さん


(参考、)





【岩上安身のニュースのトリセツ】白昼夢を追いかけて破綻した「大日本帝国」再び!"昔陸軍、今米軍"ブレーキをかける天皇とブレーキの壊れた政治支配層、満州事変前後と似通う現在の構図! | IWJ Independent Web Journal

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/250347



 「真珠湾で勃発した太平洋における大戦争は、満州で始まった事件の論理的帰結にすぎない」とスチムソン国務長官は記す。

 その通り、満州事変から日米戦争への道のりは始まっていたのである。



1941年の対日資産凍結と石油の全面禁輸、俗にいうABCDラインが敷かれた時からではない。


 太平洋戦争の原因を欧米の経済封鎖に求め、日本は戦争に追い込まれたのだと、あたかも一方的な被害者であるかのような言説が、昨今、あちこちでまかり通っているが、その前に日本がまいた原因を忘却した都合のよい歴史観であると言わざるをえない。






ブレーキをかける天皇とブレーキの壊れた政治支配層


 戦後70年という節目の年に、今上天皇は今年の年頭所感で、「この機会に、満州事変から始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と述べた。



 侵略戦争によって何も得るものはなかったではないか、満州事変に始まり、日中戦争、太平洋戦争へと続く一連の戦争の歴史について真剣に学び、真摯に反省すべきだという趣旨の踏み込んだ発言である。

 他方、安倍総理は、「満州は侵略して入っていったのではない」とか、「第一次大戦の結果、ドイツから権益を譲り受けた」とか、基礎的な事実からデタラメなことを公言する。




参考 しんぶん赤旗、2005年8月1日 サンデープロジェクト志位委員長の発言(大要)

 「法の支配」を踏みにじる専横はまたも繰り返されようとしている。安倍総理が、戦後史上最低の、最も反知性主義的な首相であることは間違いない。



 ブレーキをかける天皇とブレーキの壊れた政治支配層。満州事変前後と、現在は構図が非常に似ている。

昭和天皇も、満州事変に驚き、拡大するなと制したが、軍部は面従腹背、従うつもりは毛頭なかった。

専横の主体は、昔陸軍、今米軍。昔帝国、今属国。

属国だからといって温和であるとは限らない。凶暴な政治的奴隷ということもありうる。





なぜ戦争をするのか――利益、不利益も計算できない“アホ”軍部の実像

 当時のことに触れると、満州事変を起こした関東軍の石原莞爾を、軍事的天才として誉めそやす人が尽きないが、知れば知るほど、アホさ加減に唖然とする。

視点を一つ変えれば、当時の軍部は丸ごとアホの集団である。


▲陸軍中将・石原莞爾(wikipediacommonsより)




 なんのためその戦争を必要とするのか、長期においてどんな利益と不利益がありうるのか、ごくごく基本的な事柄において、計算がまるで成り立っていない。

満州事変を石原莞爾とともに起こした板垣征四郎は、陸軍内の講演で、満州の必要性を説きつつ、米国は参戦してこないだろうなどと楽観を述べている。



 ところが、その楽観にはなんの根拠もない。米国とことを構えると厄介だ。→厄介なことは起きて欲しくない。→だからたぶん厄介なことは起きないだろう、という希望的楽観でしかないのだ。

万が一、米国が参戦しても、「勝算はある。戦争継続のために必要な物資は満州や中国本土から取れる」とまたしても楽観論を述べる。




 だが、最も肝心な石油は、満州でも中国本土でも取れない、と孫崎さんは指摘する。これは当時の軍部の指導者もわかっていたはずのこと。

戦争の継続、まして工業生産力で10倍もの差がある米国との戦争など、物資とエネルギーの面から不可能だったのだ。



カネもアブラもない! 白昼夢を追いかけて破綻した「大日本帝国」
















[35] S(さだ)
2019年02月25日 14:30
>>[34] ちちん、ぷい、ぷい、さん

極東裁判の判決で『満州事変から対米開戦の15年間の侵略戦争の共同謀議』

即ち満州事変から支那事変南部仏印進駐から真珠湾攻撃までを一貫制を言いたいわけですから、


アメリカの国務長官はそう言わざるえないでしょう。

満州事変もabcdも真珠湾も関連性がありそうですが、関連性はありませんよ。
ただの行き当たりばったり。












[36] 中国大会3位の男
2019年02月25日 14:36
>>[28] ちちん、ぷい、ぷい、さん

偉大な蝋燭加藤友三郎海相が大腸ガン亡くなったのが痛恨だった。

対米7割妥協の余地がなくなった。










[37] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 14:41
>>[35] S(さだ)さん



アメリカの国務長官はそう言わざるえないでしょう。

満州事変もabcdも真珠湾も関連性がありそうですが、関連性はありませんよ。
ただの行き当たりばったり。






笑 、、



じっさいは 中国大陸に おける 中国通貨の 安定 、 信用創造 に 寄与したのは イギリスの ポンド 、 ついでアメリカの ドル との リンク って


ファンド の 構造 だったり なん やろ な 、、








[38] 中国大会3位の男
2019年02月25日 14:47

米中貿易戦争でも同じこと言ってるよね。中国がアメリカを抜いて覇権国になるとか!

基本的に中国の軍人なんて商売人。ベトナムと衝突したときも、水鉄砲の打ち合い程度。

アメリカの凶暴性や残忍性は中国の比ではない。

中国は狂というより単に不感症なだけ。









[39] S(さだ)
2019年02月25日 15:32
>>[37] ちちん、ぷい、ぷい、さん

当時アメリカはまだまだ後発の新興国、とくに極東領域ではほとんど利権がなかった。

アメリカが本格的に超大国になるのは大戦以降。







[40] S(さだ)
2019年02月25日 15:34
>>[38] 中国大会3位の男さん

両方ともヤバイと思いますよ。











[41] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 15:39
>>[39] S(さだ)さん


日露戦争のあと 満州鉄道に ついて アメリカの 鉄道王 ハリマン から 共同 参画 要請 だか 共同 経営 だか の はなし が あったのを


当時の 外務大臣 小村寿太郎 が 蹴ったそうですね 、、








[42] S(さだ)
2019年02月25日 15:56
>>[41] ちちん、ぷい、ぷい、さん

切れ者の小村がいかにも胡散臭いハリマンと組むわけが無い。

極東権益を狙う国務省とツーカーのハリマンと満鉄の共同経営なんかしたら、せっかく日本人の大きな犠牲を払って獲得した利権を半分もっていかれるし、確実に将来に禍根を残すことになるよ。

小村の判断は正しいと思います。













[43] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 16:03
>>[42] S(さだ)さん

共同経営して アメリカを 巻き込んでおけば よかったのよ 、、


なに いってんの 、、





[44] S(さだ)
2019年02月25日 16:16
>>[43] ちちん、ぷい、ぷい、さん

当時、鉄道を引くということは領土を切り取ることと同じ。

アメリカと共同経営はありえませんよ。










[45] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 16:22
>>[44] S(さだ)さん


アメリカの 仲介が なければ 、 ダメだった 戦争だった のに 、 なに いってんの 、、


鉄道 経営 は まんぷくラーメンどーよー、、 そのうち あちこち バッタもん 鉄道 が わいてきて 赤字 経営に なっていったんやかったか 、、





[46] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 16:34
>>[44] S(さだ)さん


(参考、)



新幹線の始まり「あじあ号」、明治(満州鉄道)から平成(JR)へ | ゆかしき世界

http://yukashikisekai.com/?p=4140



江戸時代に、アメリカが幕府にこんな申し出をしていた。

「ぜひ、自分たちに江戸と横浜を結ぶ鉄道を敷かせてもらいたい」



このとき、江戸幕府は「どうぞ、どうぞ」と言ってしまう。
そう、ダチョウ倶楽部のように。

でもこれが、とんでもないことだというにことに気づく。



アメリカ人がタダで日本に鉄道を敷くことはない。

むしろ、一番高くつくのが「タダ」ということもある。



外国人に鉄道の経営をまかせると、「植民地」になってしまう可能性があるのだ。

鉄道が外国経営になると、やがてその駅や沿線まで治外法権の地、つまり日本にして日本にあらざる地、さらにいえば植民地になってしまうおそれが濃厚です。

(「明治」という国家 司馬遼太郎)












外国人に鉄道の経営をまかせると、「植民地」になってしまう可能性があるのだ。

鉄道が外国経営になると、やがてその駅や沿線まで治外法権の地、つまり日本にして日本にあらざる地、さらにいえば植民地になってしまうおそれが濃厚です。

(「明治」という国家 司馬遼太郎)



そのことに日本が気づいて、明治になってから政府がアメリカと交渉して「鉄道敷設の話はなかったことに!」ということにした。



でも、「鉄道の敷設が、植民地支配の第一歩となる」ということであれば、日本は満州(満州国)でこの方法を使っている。

日本が満州鉄道を経営し、「鉄道敷設地(ふせつち)」として、鉄道駅の周辺の土地を「日本の領土」にしていた。


日本政府は満鉄を設立して、鉄道経営のみならず鉄道附属地の経営を満鉄に託したが、満鉄は奉天に千八二万坪(六百ヘクタール)という満鉄最大の鉄道附属地を設定し、市街地の建設にのり出した。

(「満洲」都市物語 西澤泰彦)



600ヘクタールはおよそ東京ドーム128個分で、東京都中央区の半分より少し広い面積になる。

こうした鉄道敷設地が、奉天だけではなくて大連や瀋陽などにもあった。



さらに、満州に住んでいる多くの日本人を守るためとして、日本は「関東軍」を満州におくっている。

こうして、現地に日本軍を駐留させて、実質的に満州を支配していた。

現在の中国人は、満州国を独立国とは認めてはいない。

大連の中国人ガイドは、「ニセの国」と呼んでいた。




でも、満洲で最初にこういうことをやったのはロシアだけどね。















[47] S(さだ)
2019年02月25日 16:35
>>[45] ちちん、ぷい、ぷい、さん

アメリカの仲介無しにロシアに勝つことはできなかったからといって、満州の利権の半分くれてやるというのは、いくらなんでもメチャメチャだと思いますよ。

そして、アメリカの方とて戦争の仲介役をかってでることは悪い話では無い。

戦争の仲介役は大国の証でもあるわけですから、当時まだまだ新興国だったアメリカにとっては、晴れて大国の仲間入りできるわけですから、

アメリカの方とて戦争の仲介役をかってでることは悪い話では無い。


つまり、日米お互いに利害が一致していたわけ。

それにさらに満州の利権もいただこうというのは虫が良すぎるな。















[48] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 16:40
>>[47] S(さだ)さん


日本は 日本の 領土を アメリカに 持っていかれるわけではない 、、


鉄道敷設権を アメリカと 日本で 満州 中 くまなく 鉄道網を 張り巡らせば いい って はなし でしょ 、、

バッタもん 鉄道網が 入り込める隙間が ない ほどに まで








[49] S(さだ)
2019年02月25日 16:55
>>[48] ちちん、ぷい、ぷい、さん

一応お伺いしますが、本気で言っているの?アメリカには仲介役という名誉をあげた。それで十分。

領土権益までくれてやる必要は無い。

なんのメリットも無い















[50] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 17:31
>>[49] S(さだ)さん


領土権益までくれてやる必要は無い。

なんのメリットも無い





短 視眼 的に みると そう かもしれないが 、、中長期的 視眼で見たならば 、 だから 国連 を 脱退 し 、、

いたずらに 中国大陸 華北に 引きずり込まれるような 事態に なったのでは ないですか




[51] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 17:55
>>[49] S(さだ)さん


一応お伺いしますが、本気で言っているの?アメリカには仲介役という名誉をあげた。それで十分。




1905年あたり の その判断が 約 25 〜 30年後あたり 裏目に出て


満州鉄道 経営は 資金面から 破綻 状態に 陥り 、 石原 莞爾 が 満州鉄道の 国有化 を 画策 したんだよな 、 たしか 、、







[52] S(さだ)
2019年02月25日 17:57
>>[50] ちちん、ぷい、ぷい、さん

アメリカの共同経営しなかったことと、
支那事変や国連脱退を結びつけるのは無理があるよ。

満州事変も国連脱退も支那事変も、その都度
々々にきちんと対応しなかった結果。

領地利権の共同経営なんてありえない。
必ず揉めます。






































[53] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:01


浜口雄幸は 1920年代 満州鉄道 経営に たずさわっていた 後藤新平から なんども なんども 満州鉄道 経営 への 参画を 勧誘されていて


大蔵官僚の 当時 浜口雄幸の 本俸の 10倍の 報酬 が 提示されていた とか




ということは 裏返せば 満州鉄道 経営は 、、




って こと 、、








[54] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:03
>>[52] S(さだ)さん


必ず揉めます。





揉めて 最悪の 事態に なったんやないの 太平洋戦争 、、

































[55] S(さだ)
2019年02月25日 18:03
>>[51] ちちん、ぷい、ぷい、さん

しかしながら、国連の裁定は『華は中華民国、実は日本」と言われるぐらい、日本に配慮をしてくれて、日本には大変有利な裁定であった。


しかしながら、日本のメディアは『屈辱外交」『国連脱退」と書き立て、ひたすら世論を煽った。

そして政治家が世論に迎合して内田や斎藤は『脱退やむなし」や『華々しく脱退だ〜」と叫び、


その結果国連脱退・・・

日本はいくらでも上手くやれたのに、自ら破滅の道を選んだのです。















[56] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:05
>>[52] S(さだ)さん


いま現在 満州地域が アメリカの 支配下 地域であったなら どれだけ の無意味な 無駄が 省けてるの でしょうね 、、







[57] S(さだ)
2019年02月25日 18:05
>>[54] ちちん、ぷい、ぷい、さん

それは別の話。








[58] S(さだ)
2019年02月25日 18:06
>>[56] ちちん、ぷい、ぷい、さん

そういうに空想に走るのはやめようよ。

面白いけどきりが無い











[59] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:07


おおざっぱ に いって 満州は アメリカに くれて やるような 結果に なった として も


朝鮮半島は 日本の もの であった わけです







[60] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:09
>>[58] S(さだ)さん


中長期的な 視眼で って いった ろ 、、






























[61] S(さだ)
2019年02月25日 18:17
>>[60] ちちん、ぷい、ぷい、さん

申し訳無いけど、中長期的視眼と言うか、無理からに結びけているだけのような。









[62] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:28
>>[61] S(さだ)さん

中国は アヘン戦争の 結果として 香港島を 99年間 イギリスに 貸し付ける という 超 長期的 展望にて 、 100年後に 香港島を 取り戻している





[63] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:30
>>[61] S(さだ)さん


政治家、為政者は、100年後までを 見通して、、そのとき 負けて いても 、 100年後の 活路の 種を 残しおくもの です 、、








[64] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:34
>>[61] S(さだ)さん


政治家 為政者に 歴史の 素養が 求められるは 古今東西 不変の こと


歴史書が なんちゃら 鏡 とか ミラー かがみ かんがみる って は 、


そー ゆ ー こと では ない の 、、













[65] S(さだ)
2019年02月25日 18:46
>>[64] ちちん、ぷい、ぷい、さん

百年の計を以ってことを為すというのは、その通りだが、
いささか強引過ぎるな。



日本は国連を脱退する必要が無いのに、脱退して、

支那事変もあそこまで拡大せずにすんだのに、拡大させて・・・



ただ、局面々々で一番最悪の選択をしただけ。
















[66] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:50
>>[61] S(さだ)さん

1900年はじめ わがくに 日本は イギリスと 同盟 による いくたの 支援を 受け アメリカからも 資金的に 助けられて 、、

いろんな ラッキー も あって



日露 戦争を なんとか かんとか 凌いだのだけど



ロシアからの リベンジ その脅威は 外交上 その後 日本 に ずっと 心理的 圧力は かけ続けられてん 、



満州に 日本 単独で いる って ことは その 圧力からは 逃げられない って こと









[67] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 18:54
>>[65] S(さだ)さん



させられたん でしょ 、、



わがくに 日本は 場の 空気が 読めない ひとは スポイル されちゃうから


やたら 過剰に 空気を 読んじゃっての そんたく とか では ない の 、、




森友 学園 事案の 財務省 官僚 みたい な 、、






[68] S(さだ)
2019年02月25日 19:16
>>[66] ちちん、ぷい、ぷい、さん

政治外交はベストの選択よりベターの選択を選ぶもの。


いくら北方のソビエトの圧迫をうけようとも、朝鮮満州に居座られての圧迫に比べれば1000億倍マシです。












[69] S(さだ)
2019年02月25日 19:17
>>[67] ちちん、ぷい、ぷい、さん

違いますよ。
自らドツボにハマっていったわけ












[70] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月25日 19:25
>>[68] S(さだ)さん


いくら北方のソビエトの圧迫をうけようとも、朝鮮満州に居座られての圧迫に比べれば1000億倍マシです。






いまの 2000年代の 東アジアの 現状で それで よい と



あなたは いってる わけ ?




元凶は モンゴル 〜  旧 満州 地区 〜  北朝鮮 の ラインを 中国 共産党が へんな 押さえかたを ずっと してきたこと だと おもいますが 、、









[71] S(さだ)
2019年02月25日 20:54
>>[70] ちちん、ぷい、ぷい、さん

それは屁理屈じゃない?

それはまた別次元の話







































[72] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 04:43
>>[71] S(さだ)さん

旧 満州 地区は 1945年 わがくに 日本が 敗戦に なり ソビエト連邦の 傀儡 支配下 に なっていて 北朝鮮 を バックアップ 朝鮮戦争の 後背地 に なっていた

マッカーサー 司令官が 朝鮮戦争に 勝つには 満州地域を 原爆 投下 で 叩くしかない と、本国 に 原爆投下を もとめたが トルーマン大統領に 却下され 更迭されたの 、 な 、、

結果として 、 満州 地域は ソ連 → 中国 共産党 支配下 に なったんやが


あそこの 地域を アメリカが 叩いていたら どうやったんやろ と いまでも おもうんだが な 、、









[73] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 05:20
>>[71] S(さだ)さん


満州地域 は 1899年 アメリカが 中国の特定地域(満州)の門戸解放を西側諸国と日本にもとめた、地域であり

だからこそ、日露戦争の結果、それを満州鉄道の共同経営ということで、それをあてにしての戦争の資金協力だったりしたわけだ


それを一時の短期的視眼でもって、日本側は一蹴したとて、長期的に、ねばっこくアメリカのファイナンスは、満州地域に入り込み、満州鉄道経営をファイナンスから、破綻に導いていったもので

それは、中国の民族感情、披支配者感情とかと、あいまって、排日感情が醸成されていったんやないか

半分以上は、謀略がらみ、インテリジェンス、諜報とかなんとか、も、あったんだろうが



日本の太平洋戦争での頑強な抵抗ぶりは、アメリカをして、ソ連の参戦で、なんとかしようとなり

満州地域へのソ連の侵攻がアメリカによって認められ、公認だか公約されての

1950年あたり、マッカーサー司令官の、満州地域の軍事拠点に原爆投下してつかぁさいや、って要求を、トルーマン大統領は却下、マッカーサー更迭っつーことになったんやないか、な、、


と、、














[74] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 09:41
>>[69] S(さだ)さん


自らドツボにハマっていったわけ





1905年あたり、からの、、

外務省、小村寿太郎、外務大臣、の、、土地に対する執念、、鎌倉時代以来からの武士の魂、、一所懸命、って、、その、呪縛、か、、





言霊、って、こわい、ね、、




























[75] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 10:20

1870年代に 西南戦争 にて 西郷隆盛が 武士の 魂 を 一身に 引き受け 、 武士の時代の 終わりに 幕を引いたのに 、、

にも、かかわらず、、


昭和維新などと、、
あほ が 出てきたのが 1930年、前後あたり 、、


先祖かえり、なんて、もんじゃない、、
いかさま武士きどり、志士きどり、

組織的、要人暗殺の正当化、って、こと、だろ、、










[76] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 10:48

【三島由紀夫没後45年(下)】三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」 - 産経ニュース

https://www.sankei.com/smp/premium/news/151124/prm1511240006-s.html


三島に斬られ瀕死の元自衛官「潮吹くように血が噴き出した」

三島由紀夫没後45年(下)2015.11.24 06:00


三島由紀夫らと格闘の末、重傷を負った元自衛官の寺尾克美さん。刀傷が残るドアの前で当時の様子を語った=11日、東京都新宿区の防衛省・市ケ谷記念館(寺河内美奈撮影)1/5枚

 11月中旬のある日、清冽な青空のなか、東京・市谷の防衛省内の急坂を上る元自衛官の姿があった。寺尾克美(86)。

 「あの日も秋晴れだったなあ」。短躯だが、がっちりとした厚い胸を張り、青空を見上げた。

 45年前のあの日、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地の東部方面総監室で益田兼利総監の身柄を拘束した三島由紀夫=当時(45)=ら5人と自衛官との間で格闘になり9人が負傷、うち6人が入院した。

寺尾もその一人だ。



三島に銘刀「関の孫六」で腕を一太刀、背中を三太刀斬られ、瀕死の重傷を負った。

 事件現場となった総監室は今、「市ケ谷記念館」として残されている。

 その総監室のドアに今も残る刀傷を指さしながら、「最初に踏み込んだ自衛官が斬られたときのものだ。
総監の机がこのあたりにあった。窓の外のバルコニーで三島さんが演説した」。

寺尾は当時の凄惨な記憶が蘇ってくるように話した。




■  ■

 寺尾は当時、会計課予算班長の3佐で41歳。総監室近くの会議室で9人の幹部自衛官と次年度予算の編成中だった。

「総監が拘束されている」。

急変を告げる声に、全員が「なぜ!」と飛び出した。


体当たりして総監室ドアのバリケードを破った。縛られた総監の胸元に短刀を押しつける森田必勝=当時(25)=の姿が目に飛び込んできた。

 「鍛えた体で目が鋭く光っていた」。隙を見て飛びかかり、押さえ込んで短刀を踏み付けると、すかさず三島が刀を構えて迫ってきた。「木刀だと思っていたから、かっこいいなと思う余裕がまだあった」 

 背中を斬られた。「『出ないと殺すぞ』と脅す程度で傷も浅かった。でも出ようとしなかったから、三島さんもだんだん力が入って…」。四太刀目の傷は背骨に平行して23センチ、5センチの幅に達した。


短刀を奪い、医務室へ向かう途中、背中から「クジラが潮を吹くように血が吹き出した」という。



 搬送先の自衛隊中央病院で、三島と森田が割腹自決したことを知らされた。

 「組み合ったとき、間近で見た森田君の顔は今も忘れない。まだ、あどけなさが残っていた。後にテレビ番組に出演した森田君のお兄さんが『信奉する三島由紀夫と最後まで行動を共にしたのだから、本望、立派だったと思いたい』とおっしゃっていたが、まさにそれが全てだと思う」



 森田を懐かしむように話すと、こう続けた。

 「三島さんの邪魔をしたという思いがあるが、三島さんには私を殺す意思はなかったと思った。ただ、負傷したぼくらを隊員たちは見ている。そんな状況で演説したって、聞いてもらえるはずがなかった」



■  ■

 陸将補で定年を迎えた寺尾は現在、講演活動を行っている。

 寺尾は平成23年5月3日には愛媛県で「独立国にふさわしい憲法の制定を!三島由紀夫義挙に立ち会った者として」の演題で講演。講演会では「日本国にとり、最も重要なことは平和ボケから目覚めて独立国としての憲法を制定すること。それが三島由紀夫氏と森田必勝氏の『魂の叫び』でもある!」と書かれた文章を配布した。

 総監が捕縛された上、寺尾自身も斬りつけられて瀕死の重傷を負っただけに思いは複雑だ。だが、「三島さんは戦後憲法によって日本人から大和魂が失われ、平和ボケ、経済大国ボケして、このままだと潰れてしまうと予言したが、まさに、20年後にバブルが崩壊し、心の荒廃は今も進んでいる。









まさに、20年後にバブルが崩壊し、心の荒廃は今も進んでいる。


私は事件に立ち会った一人として、命を引き換えにした三島さんらの魂の叫びを伝えたい」と話す。そして「憲法改正が成立したとき、やっと無念が晴れて成仏できる。それまで三島さんは生きてますよ。安保法制で憲法への関心が高まっている今こそ、檄文を多くの国民に読んでほしい」と続けた。



■  ■

 世界的な作家と学生の割腹自決という衝撃的な事件は国内外で大きな波紋を呼んだ。ただ、その衝撃の大きさだけが先行し、三島由紀夫や森田必勝の思いがどこまで、国民に理解されたかは疑問だが、寺尾克美のように、三島らが決起の対象として選んだ自衛隊員には大きな影響を与えた。

























[77] S(さだ)
2019年02月26日 11:00
>>[73] ちちん、ぷい、ぷい、さん

戦場の果実を味わえる者は、戦場で戦い地を流したもののみ。

戦場で一滴も地を流していないアメリカが、戦利品である満州の利権まで欲しがるのはナンセンス。非常識極まりないね。

戦争の仲介国になれたことで我慢すべき。







[78] S(さだ)
2019年02月26日 11:04
>>[74] ちちん、ぷい、ぷい、さん

何を言っているのかわかりません。

当時は穀物は通貨と同じ。
土地を守るということは財産を守るということ。

即ち家族一族の生活を守ること。


そして、小村は日本が多大なる犠牲をはらって獲得した利権を、血を一滴も流していないアメリカなんぞにくれてやるわけがない。

言っていることがメチャメチャです。
















[79] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 11:40
>>[78] S(さだ)さん


当時は穀物は通貨と同じ。
土地を守るということは財産を守るということ。
即ち家族一族の生活を守ること。






18世紀 産業革命 以前の 経済 の かんがえかたは そう なのでしょう 、、









[80] S(さだ)
2019年02月26日 11:50
>>[79] ちちん、ぷい、ぷい、さん

故に小村と鎌倉武士をふっつけるなよ












[81] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 11:53
>>[80] S(さだ)さん


小村寿太郎 は 武士の 末裔 そのざんし を ひきずってたんだろ 、、







[82] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 11:57


(参考、)





桂=タフト協定

https://www.y-history.net/appendix/wh1403-044.html




1905年に成立したアメリカと日本の、フィリピンと朝鮮の支配権を相互に認めた秘密の分割協定。



1905年7月に、日本の首相桂太郎と、アメリカのセオドア=ローズヴェルトの特使タフト(陸軍長官)の間で締結された外交協定。

日本はアメリカのフィリピン支配を認め、アメリカは日本が朝鮮で優越的な支配権を持つことを相互に認めた。

アメリカでは1924年に公表されてたが、日本では公表されず、その存在が明らかにされたのは、第二次世界大戦後のことであった。











1924年に、アメリカ側からあきらかにされた、ということは、、

満州にてのことは、外交で解決可能だったってこと

それをかたくなに拒んだ勢力が、日本国内に、いたんだろ、、











[83] S(さだ)
2019年02月26日 12:04
>>[81] ちちん、ぷい、ぷい、さん

引きずってませんよ。少なくともアメリカに満鉄利権の山分けに乗らなかったのは、至極真っ当な判断であり、武士の末裔の残滓を引きずってのことでは無い。













[84] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 12:38
>>[83] S(さだ)さん

だから 1877年の 西南戦争 みたいに 1945年の 日本の 武士の 魂、だか 亡霊は 木っ端微塵に 珠と くだけ 散った 、玉砕に 玉砕を重ね重ね、、ああ玉杯になんとかやった わけや、ね 、、























[85] S(さだ)
2019年02月26日 13:08
>>[84] ちちん、ぷい、ぷい、さん

西南戦争、満鉄利権、1945年

関係無し










[86] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 13:37
>>[85] S(さだ)さん

関係ないことは ない でしょ 、、

斬り込み 薩南 示現 流 と ばんざい 突撃 は 、 さすがに 月と すっぽん レベル だ とは 思います、が 、、








[87] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 13:41
>>[85] S(さだ)さん


満鉄利権、1945年






桂=タフト協定

https://www.y-history.net/appendix/wh1403-044.html




1905年に成立したアメリカと日本の、フィリピンと朝鮮の支配権を相互に認めた秘密の分割協定。



1905年7月に、日本の首相桂太郎と、アメリカのセオドア=ローズヴェルトの特使タフト(陸軍長官)の間で締結された外交協定。

日本はアメリカのフィリピン支配を認め、アメリカは日本が朝鮮で優越的な支配権を持つことを相互に認めた。

アメリカでは1924年に公表されてたが、日本では公表されず、その存在が明らかにされたのは、第二次世界大戦後のことであった。









アメリカ が フィリッピン フィリッピン って 、 フィリッピン に こだわってんのに


なんで? 日本は 南下 南進 に 舵を 切ったんでしょうか 、ね 、、



それで 朝鮮半島の 利権 まで うしなっちゃったんですよ、ね 、、









[89] S(さだ)
2019年02月26日 13:56
>>[86] ちちん、ぷい、ぷい、さん

こじつけ






[90] S(さだ)
2019年02月26日 13:58
>>[87] ちちん、ぷい、ぷい、さん

小村の判断は正しかった。

しかし後に続く連中が下手こいた。
それだけ











[92] S(さだ)
2019年02月26日 14:02
>>[87] ちちん、ぷい、ぷい、さん


ヨーロッパはバルカンに夢中、アメリカはメキシコに手を焼いているために、相対的に極東海域に於いて日本のパワーが強大になった。

故にわ桂タフト、高平ルートによって日本のフィリピン進出に食い止めたかった

































[93] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 15:06
>>[92] S(さだ)さん



(参考、)



米西戦争/アメリカ=スペイン戦争

https://www.y-history.net/appendix/wh1401-128.html




アメリカの「すばらしい小さな戦争」

(引用)開戦から数日後、米西戦争最大の事件が、カリブ海ではなく、アジアを舞台にして起こった。

ジョージ・デューイ総司令官の率いる米国アジア艦隊が、香港からマニラ湾に向かい、一夜のうちにスペイン艦隊を打ち破ったのである。

アメリカ側の死者は1名であった。このニュースを、多くのアメリカ人は、驚きをもって受け止めることになる。

彼らにとって、キューバをめぐる戦争が、なぜ遠く離れたフィリピンを舞台として戦われるのかまったくの謎だったのである。

しかし、この戦略は、マッキンレー政権の下で、時間をかけて練り上げられていたものであった。・・・・


何とかして東アジアにアメリカの足場を築きたいという考えた

(海軍次官セオドア=ローズヴェルトらを中枢とする共和党の)

マッキンレー政権にとって、スペインとの戦争は、フィリピンからスペインを駆逐し、アジア市場への拠点を築くまたとない機会だったのである。


「素晴らしい小さい戦争」と呼ばれた米西戦争は、わずか三ヶ月で終了した。アメリカ側の死者は5000人余り、その大多数は熱帯病の犠牲者であった。

義勇兵を率いて戦闘に参加したセオドア=ローズヴェルトのように、この戦争をアメリカの「男らしさ」を証明する絶好の機会として捉えた人も少なくなかった。

また、戦争の果実も申し分なかった。1898年の暮れに締結されたパリ講和条約で、アメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、フィリピン、グアム、プエルトリコを獲得する。


戦争中に併合が決議されたハワイを太平洋の十字路として、カリフォルニアからマニラを結ぶ「太平洋の架け橋」が誕生することになった。


<西崎文子『アメリカ外交とは何か −歴史のなかの自画像』2004 岩波新書 p.60>








アメリカの、フィリッピン領有は、1898年、、

それに関係していた、セオドア、ルーズベルトは、日露戦争のときの、調停者、、


アメリカのフィリッピン領有は、満州に進出するための足掛かり、だったらしい、ですね


じつに、戦略的です、、















[94] S(さだ)
2019年02月26日 15:19
>>[93] ちちん、ぷい、ぷい、さん

戦略というか、ただの理念だね。

実際には、メキシコ革命で足元がてんやわんやで、ヨーロッパはバルカンに夢中であり、極東においてアメリカ単独では帝国海軍に太刀打ちできないから、桂タフト高平ルートを結んで、フィリピンの権益のみ固守することを選択した。


武士道とか西南戦争とかフィリピンとかこじつけが多くありませんか?











[95] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 17:21
>>[94] S(さだ)さん



アメリカの 1898年、フィリッピン領有は、中国の特定地域(満州)進出の足掛かりのためで

そのプランナーは、セオドア、ルーズベルトだったわけだ、共和党と、アメリカの財界を巻き込んでの、ニューフロンティア計画?


1899年、中国の特定地域(満州)の門戸解放を、各国に通告していたので、

1902年、だっけか、1903年の日露戦争の結果は、どちらが勝とうが負けようが、

アメリカの資本は、どのみち、満州に、入ってきた、入る目的、プランだったわけで


2009年、アメリカの大統領は、ルーズベルトの後継者、タフトだっけ、桂タフト秘密協定の




2010年、以降、、

明治45年、小村寿太郎が亡くなってからか、どうかはわからないが

どんどん、状況は、めまぐるしく展開していってるわ


アメリカの財界、投資熱の加熱は、バカにならないね



イギリスも、1911年時点で 日本と アメリカの 戦争状態に なるのを 危惧してるし 、















[96] S(さだ)
2019年02月26日 17:41
>>[95] ちちん、ぷい、ぷい、さん

小村の満鉄と関係無し










[97] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 17:43
>>[96] S(さだ)さん


小村寿太郎 は あほ 、、





























[97] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 17:43
>>[96] S(さだ)さん


小村寿太郎 は あほ 、、






[98] S(さだ)
2019年02月26日 17:44
>>[95] ちちん、ぷい、ぷい、さん

小村の判断は正しかったと、いい加減みとめたら?

日本が多大な犠牲をはらってもぎ取った戦略品を、
一滴の血も流していないアメリカにくれてやる、
というのが、常識的に通るわけがない。









[99] S(さだ)
2019年02月26日 17:45
>>[97] ちちん、ぷい、ぷい、さん


逃げるなよ(笑)











[100] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 17:48


1910年代 しんがい革命により 清帝国 消滅 、 ロシア革命により ロシア帝国 消滅

1922年だっけ か 、 イギリスは 日本と アメリカの 板挟みに 苦しみ悩み 日英同盟 解消 、、





1924 年 アメリカから 桂タフト 秘密協定 が 持ち出され 、


清帝国 も ロシア帝国 も 日英同盟 も なくなった 日本 に 最後の 切り札 的

ある意味 救いの手?外交カード を アメリカは 切ってきた






[101] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 17:53
>>[99] S(さだ)さん


小村寿太郎 は 1909 年あたり だっけ 第二次 桂 内閣 でも 外交を 担当していたんだっけ?



なんで? たった 数年先が 読めない? 見えないんだ? って はなし 、




ハリマン ひとり 止めても アメリカ全体は 止められない 、 革命の 匂いは 当時から わかりきっていただろ 中国にしても ロシアにしても、、






[102] S(さだ)
2019年02月26日 18:00
>>[101] ちちん、ぷい、ぷい、さん


アメリカは来てないじゃん










[103] S(さだ)
2019年02月26日 18:05







910年代 しんがい革命により 清帝国 消滅 、 ロシア革命により ロシア帝国 消滅

1922年だっけ か 、 イギリスは 日本と アメリカの 板挟みに 苦しみ悩み 日英同盟 解消 、、





1924 年 アメリカから 桂タフト 秘密協定 が 持ち出され 、


清帝国 も ロシア帝国 も 日英同盟 も なくなった 日本 に 最後の 切り札 的

ある意味 救いの手?外交カード を アメリカは 切ってきた

↓ ↓ ↓


桂タフトは1905年ですよ。

何が言いたいのかわからん













[104] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 18:12
>>[103] S(さだ)さん


おもて の 協定 と 秘密の 協定 が あった って こと でしょ 、、

秘密 協定 に 関しては わがくに 日本にては 太平洋戦争 後 に 公表 された みたい やし 、、





[105] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 18:14
>>[102] S(さだ)さん


歴史 関係 ちょい ググって み 、 ファイナンス 関係 な 、、






[106] S(さだ)
2019年02月26日 18:16
>>[105] ちちん、ぷい、ぷい、さん

だったらウッドローウィルソンが門戸解放なんて綺麗事言わんだろう。

極東に入りこめなかったから、門徒解放なんて言ったんですよ








[107] S(さだ)
2019年02月26日 18:18
>>[104] ちちん、ぷい、ぷい、さん

知らんよ。

事実はアメリカは極東で日本に勝てないから、桂タフト協定を結んで、フィリピンの権益を確保しようとした










[108] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 18:19
>>[102] S(さだ)さん


小村寿太郎の あほ が ろくんだま カネの あてが あるんだか ないんだか 大 ふろしき ひろげて 、、


結果

1907年あたりから の 不況 、、カネ なし 日本 は 軍備拡張予算に支障をきたし 、 ロシア に へいこら ロシアと 協商関係 築いたり


朝鮮人 は 国際機関に 訴え すったもんだ 暴動が 起こるやら 伊藤博文は 暗殺されるわ 、、



カネが ないから やろ 、、







































[109] S(さだ)
2019年02月26日 18:31
>>[108] ちちん、ぷい、ぷい、さん

小村は日本史上1位2位を争う名外務大臣。
そんな評価を下すのはあなただけ。

日露戦争の戦略目標は朝鮮半島からのロシア勢力の一掃。
日本は朝鮮どころか、南満州からもロシアを一掃した。
以後ロシアは極東進出を断念せざるえなくなり、バルカンにのめり込んでいく。

日本は当初の戦略目標以上の成果を上げた。
これ以上小村に何を求める。

あなたの伊藤の暗殺だのなんだのは、ただの屁理屈。











[110] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 18:56
>>[109] S(さだ)さん


予算を 審議する は まずは 国会 で って のが 大日本 憲法 の あの当時にあって 近代的であった 、、


って とこ ろに 戻るんよな 、、




小村寿太郎 の あほ は 、、








[111] S(さだ)
2019年02月26日 18:58
>>[110] ちちん、ぷい、ぷい、さん

それでは外交の天才小村を落とすことはできないな〜










[112] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 19:00
>>[109] S(さだ)さん


1903 年 前後の ある一点 ある いち 場面 ある いち 局面 小局、 低所、から しか 限定 みていない 、 みたい だね 、、


どうも 、、






[113] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 19:07
>>[111] S(さだ)さん


すでに 落ちきってるもんを それ 以上は 落とせんわ 、 さすがに 、な 、、





あほ は 、 あほ 、、




小村寿太郎 に いてもうたれた 明治の 元勲 れんちゅー も なにを 耄碌してしまったんだろう、ね、、



よほど、日比谷 焼き討ち 事件の 影響が 大きかったのか 、、



ハリマン が 怒りを あらわに しなかったのも 民衆の やたらな 暴動を 官邸だか どこでだか 自身への パーティー の さなかにて


目の当たりにした から みたいやね 、、




決して 小村寿太郎 の 外交が 効を奏した わけって感じでも ないんじゃないの 、、






[114] S(さだ)
2019年02月26日 19:13
>>[113] ちちん、ぷい、ぷい、さん

世界最強の外務大臣小村は、そんな屁理屈では落とせんぞ。

もっと来いよ(笑)


ハリマンが怒らなかったのは、奴自身メチャメチャ非常識な要求をしているとわかっていたから。










[115] S(さだ)
2019年02月26日 19:14
>>[112] ちちん、ぷい、ぷい、さん

自分は大局を見てモノを言っていると思っておられるようだか、ただの勘違い。










[116] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 19:18
>>[114] S(さだ)さん


根拠を 出して ください ね 、 そろそろ 客観的な やつ 、、


あなたの 主観による 主張は だいたい 聞いたような 気がする 、 おなかも そろそろ くちくなってきた 、わ、、




ハリマン に どのように 天才的 いかさま 外交 師 小村寿太郎 は 、 外交 の 仕掛けをしたんかな ?



おやぶん ? 西園寺公望 を つかい 政権交代を 画策して 、 桂タフト 協定は 無効 とか って した んやないの?


それって 外交?








[117] S(さだ)
2019年02月26日 19:31
>>[116] ちちん、ぷい、ぷい、さん

出してるやろ?
わからないんだね(笑)










[118] S(さだ)
2019年02月26日 19:31
>>[116] ちちん、ぷい、ぷい、さん

あなたは大局〜中長期〜とわめき散らしているだけ










[119] S(さだ)
2019年02月26日 19:34

屁理屈100、論理性0、

キラーフレーズである大局〜中長期〜で全て解決しようとする





























[120] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 19:48
>>[119] S(さだ)さん


笑 、、



歴史 に 真摯に 学ばない は あほ です よ 、、



解決とは 酒のんで 笑い飛ばして 、 終わったことは 蒸し返すな 、 みずに ながせ 、、


みたいな、ことでは、ない、はず、、





歴史は、まぁ、おろかにも、おろかだから、、、それだから、栗カエサルのでshow、がね、、













[121] S(さだ)
2019年02月26日 19:55
>>[120] ちちん、ぷい、ぷい、さん

何をいっているのかわかりません。











[122] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 20:05



ポーツマス 講和 条約 交渉 で ロシア全権 ウィッテ に してやられて


ろくんだま カネ も、領土も、 ぶんどれなくて


国民の 怒りを 買い 、 それでもって 日比谷 焼き討ち 騒動 、


政権は 桂 → 西園寺公望 に 、 それでもって ハリマン あれは 満州鉄道 共同経営の はなしは なし ね 、、


とか 、、




なるほど 、 ロシアとの 外交 交渉 わざと 負けたとしたら 、 天才的 だな 、、


笑 、、




ハリセン ガール に よこっつら シバかせたい くらい に 、、









[123] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月26日 20:08



語る 死す 、、
語るに落ちきった、わ、、


カタルシス だな 、、




































[124] S(さだ)
2019年02月26日 23:53

戦争とは戦略目標を達成にむかってあらゆる知恵を絞って行うもの。

ロシアは満州、山東、さらに朝鮮半島を手に入れて、ロシア建国以来の不凍港を手に入れて、極東海域の権益を確立すること。

日本は国防の観点から大国ロシアから朝鮮半島から追い出すこと。

日本はあらん限りの知恵と外交努力と多大なる犠牲を払い、戦争目的を達成した。即ち戦争に勝利した。

即ち日本は朝鮮半島からロシア勢力を一掃しただけでは無く、南満州より以北まで押しのけた。

これによりロシアは極東進出をだんねんせざる得なくなり、満州〜山東〜南満州までが日本の権益内となり大勢が決しました。

即ち日本は西太平洋・極東海域随一の大国となり、極東に於いてはどこの国も日本の動向を無視して行動ができなくなった。

これを日本の外交勝利と言わずしてなんというのかな。


しかるに賠償金がとれなかっただの、領土がどうのだのと、な〜に〜を言っとるんだ。

外交は『損して得とれ』『ベストよりベター』。
ワンサイドにならなきゃ納得しないかな?
馬鹿げている。

当時も帝大の7バカセを筆頭とした文化人やバカメディアどもが、『賠償金がとれなかったから敗北』だの『サンクトペテルブルクまで攻め込め』だの『カラフト全て割譲させよ』だのとほざき民衆を煽り倒して、

日露戦争の功労者の家を焼き討ちにする。


今も昔も大局を見ることができない困ったちゃんはいるもんです。





[127] S(さだ)
2019年02月27日 00:08

もう少し歴史を勉強して欲しいですね〜

























[128] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 03:25
>>[124] S(さだ)さん

カネが なければ 戦争は できない 、、

国家として分を遥かに超えた規模の戦争をしなければならない、、=とんでもない巨額のカネを どこからか 工面しなければ ならない

その おカネを苦心惨憺して集めたは、強運のひと、高橋是清、、彼が、たまたま日本にいたからって、偶然のラッキー、ユダヤ人シフとの出会い、そして、そのつながり、アメリカでの、おカネあつめの成功、、ハリマンも、日本の勝利を見込んで、たくさんの投資をした


戦争に勝って、たくさんの賠償金のとらないと、借りた、巨額のおカネを払えない、、

国家として、あたりまえに財政上の危機、ファイナンス的にも、国家存亡の状況のはず、、

満州を勝ち得たなら、それで終わりではない、あたりまえに

勝ち得たものを維持、まもらないといけない、維持費、具体的には、軍備拡張予算を組まないといけない、満州に常備軍 として、関東軍が置かれたのは第一次世界大戦後の 1920何年だかである、、

日露戦争のあと、じつに20年近く、満州に本格的な常備軍が置けなかったのは、おカネがなかったからだ




戦争をするには、おカネがいる、、
戦争をした、そのあとにも、おカネがいる、、



ポーツマス講和条約交渉で、ロシア全権ウィッテに、してやられた、小村寿太郎が、、

日本で一位か二位の、外交官などという評価は、どこから来たのか?





陸奥宗光の、亡くなったのが、惜しまれる、、









[129] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 03:31
>>[124] S(さだ)さん

戦争をするには 有能な ひとが いる 、、

日本には たま たま 児玉 源太郎 が いた 、金子 堅太郎が いた 、、



児玉 源太郎 は ロシアと開戦するに あたり 勝てないまでも なんとか 頑張って 五分五分の 状況に 持っていきます 、 そして その機を 逃さず 、 外交にて 講和に もちこんでください


そう



















[130] S(さだ)
2019年02月27日 03:35
>>[128] ちちん、ぷい、ぷい、さん

いくら理屈をこねようが、戦争とは戦略目標に向かって突き進むもの。
賠償金はあくまで二次的なもの。

日本の戦略目標はあくまで『ロシアを朝鮮半島から一掃すること』

ロシアを朝鮮半島から追い出したのに加えて、南満州以北まで押し上げて、ロシアの極東における野望を完全に打ち砕いた。

もし、ロシア日本海に鋭く突き出たナイフのような朝鮮半島を取られていたら、日本の国防に明日は無かった。


日本が本格的な常備軍を置かなかったのは、資金面というより、ロシアが極東進出を断念して、バルカンにのめり込んでいき、ひとまず北の脅威が無くなったから。
加えて、日本自体しばらくは軍縮路線をいくことになったから。










[131] S(さだ)
2019年02月27日 03:42
>>[129] ちちん、ぷい、ぷい、さん

そうですよ。
日英同盟をまとめた小村。

ロシア軍の背後で革命を煽った明石

アメリカに仲介役をまとめた金子(金子はルーズベルトと同級生)
シティでのネガティブキャンペーン






























[132] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 04:03


そう、伊藤博文 に 児玉源太郎は、 言った とか 、、

児玉源太郎は 大臣クラス 、 軍 司令官クラスであるのに あえて格下げ 人事、、 満州で戦う現地司令部 参謀長 で 臨んだ





日本には 、 西郷隆盛 に つながる 巨人たちが いた 、、

海軍大臣 西郷従道 、、

海軍次官だっけ、山本権兵衛、、そして、連合艦隊司令官、東郷平八郎、、

彼らが、揃っていなければ、バルチック艦隊には、勝てなかった


山県有朋は、西郷隆盛の助けを受け、軍の大改革をした、明治維新の賊軍からの抜擢である

かつての賊軍とされた藩出身者、司令官、指揮官、参謀クラスが、揃っていなければ、満州でロシア軍と互角に戦うことは出来なかった


四国、松山藩、出身者、秋山兄弟、、

陸軍、日本騎兵隊の父、秋山好古は、世界最強のロシア、コサック騎兵隊と互角に戦う、奇想天外の戦闘方法を編み出した、、

黒溝台の死闘は、満州軍全体が壊滅しかねない大ピンチの戦いであった


はるか満州の北側奥深く、長春まで、シベリア鉄道を破壊、満州の北側から、ロシア軍司令官、クロパトキンの動揺をさそったのは


秋山好古将軍が丹精こめて育て上げた、長沼挺身隊の働きである

陸軍にあって、どちらかというと日影であった、日本騎兵隊の存在その働きは、まことに奇蹟に近い



秋山真之、、

連合艦隊参謀、バルチック艦隊に勝利した、前代未聞のT字戦法を編み出した





また、満州は、日露戦争では、たまたま暖冬であった幸運にも、めぐまれた、、


ロシアは、ナポレオンに勝ったように、冬将軍をいくらか、計算に入れていたようだが、あてがはずれ、逆に、日本軍の善戦ぶりが、世界に発信され、

そのおかげでまた、戦いを続けられるおカネが日本に寄せられた、あつまった、、







まことに、日本の、満州での戦い、その勝利は、仰幸とよぶべきもので

勝った

勝った


勝った、と、、おお自慢できるようなものではない





それを、一般国民に伝えられなかった国家指導者の末裔が

のちの、太平洋戦争、、

大本営発表とかの、大うそつき、報道につながっていっていってんやないんか、、





































[135] S(さだ)
2019年02月27日 09:33


当時のロシアと日本の国力差は『像と蟻』

世界中の人々が日本が勝つとは思っていなかった。
故に日本の勝利は欧州に『イエローペリル』の恐怖に震え、アジア諸国は歓喜に沸いたわけだ。



確かに薄氷の勝利と雖も勝利は勝利。
日本は開戦当初の戦略目標以上のものを獲得した。

さらに日本はロシアの脅威を一掃しただけでは無く、西太平洋極東地域随一の大国となり、列強諸国も極東地域では日本を無視して行動できなくなった。


そして第一次世界大戦後に押しも押されぬ真の大国となった。


日清日露を勝ち抜いて、平和ボケしてしまった感は歪めないが、日清日露の勝利は十分に誇るべきことで、自慢して何の恥じることは無し。















[136] ハサミ職人
2019年02月27日 09:39

まあ、結果的に戦争責任が一番大きかったのは
陸軍で間違いないでしょう。















[137] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 10:05
>>[135] S(さだ)さん



まことに、日本の、満州での戦い、その勝利は、仰幸とよぶべきもので

勝った

勝った


勝った、と、、おお自慢できるようなものではない





それを、一般国民に伝えられなかった国家指導者の末裔が

のちの、太平洋戦争、、

大本営発表とかの、大うそつき、報道につながっていっていってんやないんか、、














国家の 予算の つかいかた その審議は、公開の場である、国会で、まず、第一義的に

ってのが、大日本帝国憲法の先進性であった



しかし、実態は、ろくに、カネもないのに、身不相応の戦争をやっていた


日露戦争の場合は、イギリスの都合、アメリカの思惑があり、、なんとかなった



太平洋戦争は、そうではなく、孤立無援の、世界中を相手に戦った、戦争である



ないカネは、軍票とか、現地にて撒き散らし、物資の現地調達、、


戦後は、ただの紙くず、となり

アジアンに多大な経済的な御迷惑をおかけもした








あほ は 、たいがいにせな、アカンな、、































[138] S(さだ)
2019年02月27日 11:17
>>[137] ちちん、ぷい、ぷい、さん
>>[137] ちちん、ぷい、ぷい、さん


日露戦争と大東亜戦争は別モノ。



【まことに、日本の、満州での戦い、その勝利は、仰幸とよぶべきもので

勝った

勝った

勝った、と、、おお自慢できるようなものではない 】
↓ ↓ ↓
僥倖と言って奇跡だと言っていた連中が、元寇と結びつけて、日本には必ず奇跡がおこる・神風が吹くと思い込みんだ。
それが間違った戦争に導いた原因の一つ。

日露戦争は偶然でも奇跡でも無い。
勝つべくして勝ったのだ。


【それを、一般国民に伝えられなかった国家指導者の末裔が

のちの、太平洋戦争、、

大本営発表とかの、大うそつき、報道につながっていっていってんやないんか、、 】
↓ ↓ ↓
バカなメディアや文化人がバカげた妄想を垂れ流しまくって、国民を煽りまくったから、伝わらなかっただけ。


【国家の 予算の つかいかた その審議は、公開の場である、国会で、まず、第一義的に

ってのが、大日本帝国憲法の先進性であった



しかし、実態は、ろくに、カネもないのに、身不相応の戦争をやっていた】
↓ ↓ ↓
帝国憲法ができてまだ何年も経ってない時期、未曾有の国難がおそってきたんだぞ(笑)

そして、日本は好き好んでロシアと戦争をしたわけではない。
自存自衛のため、止むに止まれずロシアとの戦争に踏み込んだ。

その結果、ロシアを一掃し、極東随一の大国となった。


【日露戦争の場合は、イギリスの都合、アメリカの思惑があり、、なんとかなった】
↓ ↓
だから?当たり前。



【太平洋戦争は、そうではなく、孤立無援の、世界中を相手に戦った、戦争である



ないカネは、軍票とか、現地にて撒き散らし、物資の現地調達、、


戦後は、ただの紙くず、となり

アジアンに多大な経済的な御迷惑をおかけもした】
↓ ↓
日露戦争と大東亜戦争を結びつけるのは、めちゃくちゃですよ。
批判の為の批判です。








あほ は 、たいがいにせな、アカンな、、


















[139] S(さだ)
2019年02月27日 11:18

戦前は全て否定さないと気が済まない。

団塊の世代前後に多い類型です。




















[140] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 11:34
>>[138] S(さだ)さん

僥倖と言って奇跡だと言っていた連中が、元寇と結びつけて、日本には必ず奇跡がおこる・神風が吹くと思い込みんだ。
それが間違った戦争に導いた原因の一つ。

日露戦争は偶然でも奇跡でも無い。
勝つべくして勝ったのだ。








あほ は たいがいに せ 、、





国家の 予算の 審議は 国会で 公開の場 で 忌憚のない意見交換にて、おこなわなければ ならない


ろくに お カネがない のに 身の丈をこえた あほ な ことを ゆるしていたから? ごまかし 隠し 、国民の 目に触れないように していたから



その反動で 日比谷 の 焼き討ち や 暴動 打ち壊し が あったり したん やろ




その 萌芽は 1950年代の 安保騒動 国民闘争に なっていったり 、 あほ な 三島由紀夫 事件に なっていったんやないか



って か 、 三島由紀夫 って もともと 大蔵省 官僚 だった らしい な 、、











[141] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 11:43
>>[139] S(さだ)さん



日比谷 焼き討ち 、 暴動 を おこさせた 小村寿太郎 は ペケ ぽん 、、

二個ぽん 、、
桂 太郎 、 小村寿太郎 、、


うちそろって 内閣を 辞任 、、

そんな もんで すました 、 おわられせて すむ 問題やなかろう 、、




1911年に 小村寿太郎 は 亡くなった みたいやが 、 イギリスは 日本と アメリカの 板挟みに なるのは いやや 、 日米戦争に 巻き込まれるのは いやや 、ゆー とるみたいやが



シンデレラ 、 死んで それで おわり 小村寿太郎 か 、、


なんちゅー 外交官 や 、、




















[142] S(さだ)
2019年02月27日 11:50
>>[139] S(さだ)さん

ただの逆恨みです。

だったらロシアの植民地がよかったのかな?
領土を切り取られることがよかったのかな?


賠償金がとれないぐらい我慢せい。


日露戦争勝利→日本の輝かしい業績


小村→日本史上随一の名外相。


戦前は全否定しないと気が済まない→団塊の世代前後に多い類型です

















[143] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 12:12
>>[142] S(さだ)さん


(参考、)



歴史くらぶ

http://rekishi-club.com/eiketu/komura.html



『英傑・名将の知られざる実像』

小村寿太郎 幕末以来の不平等条約解消、関税自主権回復に尽力



 小村寿太郎は外務大臣として、日露戦争における戦時外交を担当し、1905年ポーツマス会議の日本全権として、ロシア側のウィッテと交渉し、ポーツマス条約を調印。

また、幕末以来の不平等条約を解消するために尽力、1911年に日米通商航海条約を調印し、関税自主権回復による不平等条約の完全撤廃を実現した人物だ。

生没年は1855(安政2)〜1911年(明治44年)。



 小村寿太郎は日向国飫肥(おび、現在の宮崎県日南市)藩の下級武士の子として生まれた。1870年、大学南校(東京大学の前身)入学。

第一回文部省海外留学生に選ばれハーバード大学へ留学、法律を学んだ。帰国後、司法省に入省した。小村25歳のときのことだ。

ただ、司法官時代の小村は英語ができるだけの無能な男と評価されていた。

また、職務を離れると大酒を飲み女遊びが激しかった。




大審院判事を経て、明治17年、外務省へ転出。小村29歳だった。

その頃の小村は父から相続した多重債務と、美人だが家事などは一切できないわがままな妻のヒステリーに悩まされ、精神的に荒んだ時期を過ごしていた。

小村の月給150円に時代に、彼の父の負債額は未払い利息を含めて1万6000円にも達していた。



ところが、不遇の連続だった小村だが、幸運にも時の外務大臣、陸奥宗光の目にとまる。

1893年(明治26年)、清国日本公使館参事官に抜擢されたことにより、ようやく小村の活躍が始まった。



清国代理公使を務め、日清戦争の後、駐韓弁理公使、外務次官、駐米・駐露公使を歴任。

1900年の義和団事件では講和会議全権として事後処理にあたった。



 1901年(明治34年)、小村は46歳という若さで第一次桂太郎内閣の外務大臣に就任。1902年締結の日英同盟を積極的に主張し、回避不可避と考えられていた日露戦争に対する備えをした。

日露戦争における戦時外交を担当し、1905年、ポーツマス会議の日本全権としてロシア側のウィッテと交渉し、ポーツマス条約を調印した。

日露戦争開戦当初、日本は有利に戦いを進めることができたものの、圧倒的な軍事力を誇るロシアに対して長期戦になった場合、日本の国力ではやがて形勢は逆転することは必至と判断した小村は、早くからロシアとの講和の必要性を説いた。


しかし、緒戦での戦勝で日本が優勢にある状況下での講和は弱腰外交と受け取られ、受け入れてもらえず非難を浴びる。

それでも小村は自らの信念を貫き、講和条約調印にこぎつけた。


一筋繩ではいかない相手とのハードでタフなネゴだったが、これによって小村は優れた外務官僚としての評価を得た。

ただ、その後アメリカの鉄道王ハリマンが日本に、満州における鉄道の共同経営を提案した際、首相や元老らの反対を押し切って拒否した。

この件については評価の分かれるところだ。





 小村は1908年成立の第二次桂太郎内閣でも外務大臣に再任され、後世に名を残す役割を果たす。

幕末、列強との間で締結した不平等条約の解消に取り組むことになったのだ。

明治期の為政者の長年の懸案だった条約改正の交渉を行い、1911年、日米通商航海条約を調印し、関税自主権の回復を果たした。

また、日露協約の締結や韓国併合にも関わり、小村は一貫して日本の大陸政策を推し進めた。



(参考資料)吉村昭「ポーツマスの旗」



















小村寿太郎 とは いかなる 人物 か 、、




なんとなく 松岡 洋右 と かぶる な 、、





賠償金が欲しくて、日露戦争をやったんじゃない、、

だから、賠償金なんて、いらんぜ、、



世界中を驚かせた、迷セリフらしい、な、、




















[144] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 12:40
>>[142] S(さだ)さん


(参考、)




国家予算の 2倍の賠償金を 日清戦争で 支払った「清」は 滅亡した。  国家予算の5倍を借り入れた 日露戦争での 「日本」は どうなったか。  




http://ryuma681.blog47.fc2.com/blog-entry-937.html





日本と言う国
2013/12/1113:40 4 0




1905年に日露戦争終結。  国家予算の5倍の額の外債を発行してた。 翌年から 欧米に借金返済をし始める。 完済したのが 1986年(昭和61年)・・ 

戦時中も相手に理由を述べて 「元本返済は猶予してもらったが 金利だけは支払ってた・・」  英米と戦争しながら 契約に基付き返済・・・ 驚き!




たかだか100年ちょっとだから、 ちゃんと因果関係おさえておかないと、 また「アベノミクス」だの 「オリンピック」に目くらましされ、 

「中国船が領域を侵した」と NHKがプロパカンダのお先棒担ぐたびに、 サルみたいに興奮して 騙されることになる。




【借金漬けで】昭和61年まで日露戦争の借金を返済しつづけた日本【太平洋戦争】

記事を読み、 自分の無知に唖然としました。 


こういった情報は どこから集めていらっしゃるのでしょうか? またこの支払は 日本政府でしょうか? それとも財務省でしょうか? 金利はいくらだったのでしょうか? 支払先はアメリカ政府? それともアメリカのユダヤ人でしょうか? よろしければ教えてください。



おもしろい角度から見ていると思うが  かなり偏った見方もある。 まぁ こうゆう風にみれる人が増えると いろんな議論ができて 国が発展すると思うが

 さて、 前回の続きに入ろう。日本は 「関税」を 担保に 60年にわたる支払いを計画して 「戦時国債」を発行し 『日露戦争』へと 向かった。 


軍事面で どうこう言うことではなく、 陸上で 「勝ち戦」をしても、 それを追って 進軍することはなかった。 弾薬の補給がなかったからである。 

この辺までは 一般の詳しい歴史書を読めば 書かれている。 



〇〇将軍の 『偉大な話』や 『奇跡的な働き』などばかりを 勇ましく言い立てる 昨今の風潮だが、 

その裏づけとなる 「お金」が 全く不足していた事実を 忘れてはならない。


                        


  玉音放送を聞く 「捕虜兵」と   農村風景

                                                             NAVER まとめ 引用



 財政破綻したら 国が取り崩される、 それを免れるために 戦争を仕掛ける必要があった。 しかし それはそもそも米国、 そして 米国系ユダヤ人があらかじめ金を貸し付けたために生じた と言うこともできる。




 太平洋戦争に突入したとき、 日本は膨大な負債と、 その金利負担を抱えていた。  次世代まで 払いきれない負債を作ったとき、 すでに日本人は 隷属していた。


 個人資産は、 相続放棄できるが、 国家の負債は放棄できない。



 多くの国では、 個人の相続財産は 3世代で縮小するように 相続税の税率が設定されている。 短期的には 資本主義的な国家であっても 長期的に格差が拡大していかないように競争を維持させるほうが 社会にとっては都合がよく、 相続税によって 社会に富を再分配させるからだ。 長期的には 共産的な要素があると言い換えることもできる。




 しかし、 相続放棄や 相続税のメカニズムは 国家間では働かない。 債務によって生じた関係は 長期間持続可能なものになってしまうのである。




 ポツダム宣言の原文を読んでみれば、 その「無条件降伏」というものが いかに恐ろしいものであるか 理解できる。 「無条件降伏を受諾した」 としか教科書に書かれないポツダム宣言。 なぜ、 その恐ろしい全文が教科書に掲載されないか。 


その文章は、 威嚇によって満ちあふれている。














要は 、 日本の 戦争は アメリカの 資本 、、 ファイナンス バトル だった わけ で


通貨 戦争に 日本は 圧倒的に 負けていたから 、 金解禁にて 日本の 通貨 価値を 担保 しよう って 発想 だった のかも しれない
















































[145] S(さだ)
2019年02月27日 13:35
>>[143] ちちん、ぷい、ぷい、さん

賠償金はとりたくてもとれなかったの。

外交は損して得とれ、ベストよりベターです。

今も昔もワンサイドでないと納得しない困ったちゃんはいるもんです。


満州事変も、連合国はめいいっぱい日本に有利な裁定をしてくれたのにかかわらず、満州国承認せずの一事で、暴れまわる。







[146] S(さだ)
2019年02月27日 13:40
>>[144] ちちん、ぷい、ぷい、さん

確かに日本はジェイコムシブに金を払い続けた。ロシア戦争で一番得をしたのはジェイコブシブだという人もいる。

しかし日本はロシア相手の戦争で戦争国債を500億ポンド発行できた。

一方ロシアは日本の工作によりシティで1ポンドも資金を調達できなかった。



借金をしてでもロシアに勝たなければ、今頃日本人はジャポニスタン人でしたよ







[147] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 13:45
>>[145] S(さだ)さん


ロシアも おなじように シフ とかから 借金して いて 、


シフから したら どちらか から 回収する としたら 共産党 革命 ロシア革命が 目の前に 迫ってる ロシアから とりあえず 回収 したんじゃないか



日本は 60年の債権を、ちょい待ってもらって、82年かかって、完済したらしいね、、


1986年だか 、か 、、



だから、プラザ合意で、超 円高 に なったのか 、、とか おもうわ 、、











[148] S(さだ)
2019年02月27日 13:48
>>[147] ちちん、ぷい、ぷい、さん

ほとんど借りとらんよ。

逆に資金調達に失敗してもあそこまで日本とやりあえるぐらい国力の差があったわけ。

賠償金がとれなかったぐらいでガタガタ言うな(笑)










[149] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 14:20
>>[148] S(さだ)さん


ほとんど借りとらんよ。





根拠を 示して 、、



あと 、、


なんの ソース も データも 提示せず いつまで ガダガタ いい つづけてるの?


いいかげん 小村寿太郎 が あほ で 無能な 外交官 と 認めろよ 、、



1911年に 外交自主権を 回復に手間取ったのだって そもそも イギリスは 関税を 担保に カネを貸していたのだから 、 関税 を 回復なんて 、 代替 手段としての カネの 返済の メドは あるのか? って 難色を 示され

まともに対応できなかったから、だろ、、






[150] S(さだ)
2019年02月27日 15:12
>>[149] ちちん、ぷい、ぷい、さん

データ?ソース?
やかましいわ(笑)

歴史の自明の事実を並べているだけ。
それを君が知らないだけです。

そして無知なる己を隠さんがためにしょうもない屁理屈を並べる。恥を知れ(笑)


君に『常識』というヤツを教えてあげます。

戦争や外交の勝利とは、何度も言っているが『目標を達成すること』。

日露戦争の目標は朝鮮半島を日露のどちらかがとるか、です。即ち『北緯39より南だったら日本の勝ち、北緯38度より北だったら日本の負け』。

結果は朝鮮半島どころか南満州からもロシアを追い出した。

100万点どころか150点満点です。


戦争目標を達成しているにもかかわらず、それを無視して、あたかも賠償金が戦争目標だったかのように、ギャーコラ騒ぎ出す。

ロシアから賠償金なんてとれるわけ無いだろう?(笑)少し考えればわかる話(笑)

戦略目標を自存自衛→大東亜共栄圏→国体護持とその場しのぎでコロコロ変えていった困ったちゃんと同じです。

戦略目標は常に一貫していなくてはいけません。

加えて、当時の日露の国力は像と蟻。
そこからここまでの外交的成果をもぎとった。

小村壽太郎は日本史上随一の名外相。大恩人






[151] ひろし
2019年02月27日 16:34

やり取りが勉強になるのでROMってましが・・・

憲法論議がトピテーマでしたよね?

いつの間にか小村寿太郎論になってませんか?





























[152] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年02月27日 19:25


不快な 展開 、 内容に なっていってる ようなので 、 逐次 わたしの ごたごた コメントは 削除 して いきます 、、


サダ さん に おかれましては ご 迷惑 おかけいたしました つつしんで 陳謝 いたします 、、











陳謝 m(_ _)m 、、




































[153] のぶりん
2019年02月27日 23:28

大日本帝国憲法は「天皇の大権」はあるものの
民主的な部分もありましたよ!

ただし、それを日本国憲法と比べるのはナンセンス(笑)










[154] ひろし
2019年02月28日 13:11

世界で弱肉強食の植民地支配・帝国主義の風が吹き荒れる明治〜昭和初期の中もし当時の帝国憲法が現日本国憲法のように軍隊を持たないと言った内容であったらと考えると恐ろしいですね。

他のアジア諸国同様欧米露のいずれかの植民地になってたでしょうね。

そうなると今頃日本語は廃れ宗主国の言語が公用語だったかも・・・










[155] のぶりん
2019年02月28日 20:01
>>[154] ひろしさん

ただし、それを日本国憲法と比べるのはナンセンス

と言っているのに・・・・(笑)










[156] ハサミ職人
2019年03月01日 09:55
>>[154] ひろしさん

>世界で弱肉強食の植民地支配・帝国主義の風が吹き荒れる明治〜昭和初期の中もし当時の帝国憲法が現日本国憲法のように軍隊を持たないと言った内容であったらと考えると恐ろしいですね。<

そんなミラクルワールドを想像すると面白いかもしれませんね。

>他のアジア諸国同様欧米露のいずれかの植民地になってたでしょうね。<

その方が、もしかしたら原発も落とされず、空襲で死んだり、戦死者も少なく幸せだったかもしれませんし・・

私が常に言ってきたのは明治憲法下での基本的人権が尊重されないという
憲法だから、一億玉砕して神風特攻隊のような命を粗末に出来る戦争が出来た。

今以上に三権分立が出来ていないから、内閣よりも軍部に力が有って
予算を軍事の為に使い、暴走していった。

今の安倍政権では憲法の優れてる所をなくし、権力が暴走しやすくしようとしているように感じています。










[158] S(さだ)
2019年03月01日 10:33
>>[156] ハサミ職人さん

【私が常に言ってきたのは明治憲法下での基本的人権が尊重されないという
憲法だから、一億玉砕して神風特攻隊のような命を粗末に出来る戦争が出来た。】

↓ ↓ ↓

帝国憲法でも人権が尊重されてまたよ。


帝国憲法と神風特攻隊も一億玉砕も関係無し。

【今以上に三権分立が出来ていないから、内閣よりも軍部に力が有って
予算を軍事の為に使い、暴走していった。】

↓ ↓ ↓

現在においても、モンテスキュー風の三権分立を実践している国はアメリカぐらいです。

イギリスに至っては一権単立です。


そして、軍部は暴走してません。












[159] S(さだ)
2019年03月01日 10:36
>>[156] ハサミ職人さん

ちなみに、当時、大東亜共栄圏や総力戦体制や大陸侵攻や統制経済を唱えていた国家主義者軍国主義者を左翼・憲法破壊者と呼ばれ、

これらに反対する連中を、右翼・護憲派とよばれていた。










[162] S(さだ)
2019年03月01日 11:06

軍部即ち参謀本部軍令部の暴走と言うか、参謀本部の出先機関の関東軍が暴走した感じですけどね。

しかも計画立案実行したのは、課長級の中間管理職。


昔猪瀬氏が「関東軍は道路財団だ」と言っていました。


本来、本体(参謀本部・建設省)の出先機関に過ぎなかったのに、ドンドン力をつけていって本体の言うことを聞かなくなった。



軍部の暴走は帝国憲法の不備というか、今にも通ずる官僚機構の不具合からきたものですな。















[163] ひろし
2019年03月01日 12:30
>>[156] ハサミ職人さん

パラレルワールドの話は置いておいて。

神風特攻隊や1億玉砕と帝国憲法には関連性はありません。

それはあくまで戦術でありそんな戦術を採用し実行した軍部の責任です。

内閣よりも軍部に力がいったのも帝国憲法ではなく政治の腐敗、不信が要因です。

政治家の汚職、腐敗により政治家より軍人の方が国民からの支持が多かったが故に暴走しまたそれらを国民が支持したからです。

帝国憲法に不備があったのではなくそれを運用する人間の不備です。

貴方が現在安倍さんを糾弾してますがそれらの不手際を招いたのは日本国憲法ですか?

それなら日本国憲法も欠陥だらけとなりますよ。


































[164] S(さだ)
2019年03月01日 15:07

間違った戦争のすべての原因を帝国憲法にもっていかれているようだか、
問題はそんな簡単に片付くものでも無く、もっと根深いところに原因があると思うな















[165] のぶりん
2019年03月01日 18:07

大日本国憲法より抜粋

第二章 臣民権利義務
第一八条 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第一九条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
第二〇条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
第二一条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
第二二条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
第二三条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
第二四条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ
第二五条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
第二六条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
第二七条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
〔2〕公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第二八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第二九条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
第三〇条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得
第三一条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ
第三二条 本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴触セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス










[166] のぶりん
2019年03月01日 18:09

訂正 大日本国憲法→大日本帝国憲法















[167] S(さだ)
2019年03月04日 14:07

大日本帝国憲法第4条

天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ















[168] 中国大会3位の男
2019年03月04日 15:41

神風特攻隊を今の死生観で語るからおかしなことになるんですよ!

戦前は肉体の消滅=終局ではないわけ。

そこから魂は天界に登り、魄は地上に残る。

こういう精神世界が復活すると絶対やられると思っているから、アメリカは中韓に靖国反対運動させてるわけ。










[169] 中国大会3位の男
2019年03月04日 15:42
>>[164] S(さだ)さん

間違った戦争って何?

















[170] S(さだ)
2019年03月04日 17:31
>>[169] 中国大会3位の男さん

間違った戦争=負ける戦争or負けた戦争










[171] 中国大会3位の男
2019年03月04日 18:13
>>[170] S(さだ)さん

それだったら防衛戦争でも負ける場合あるじゃん。

会津戦争は会津にとって間違った戦争になるし、長岡藩の北越戦争も間違った戦争になる。

それは後の世からみた結果論ですわ!















[172] S(さだ)
2019年03月04日 19:22
>>[171] 中国大会3位の男さん

防衛戦争だって負けたらダメなの。

そもそも会津せよ長岡にせよ、結果として敗北してから間違った戦争したことになる。
















[173] ハサミ職人
2019年03月04日 19:35
>>[172] S(さだ)さん

誰も負けようとして戦争はしないでしょう。

勝てば官軍・・・って正しいのかは定かではありませんが。

ベトナム戦争の勝者って?




























[174] ハサミ職人
2019年03月04日 19:50
>>[163] ひろしさん

>神風特攻隊や1億玉砕と帝国憲法には関連性はありません。<

それはどうでしょう?

>それはあくまで戦術でありそんな戦術を採用し実行した軍部の責任です。<

今、仮に仮想敵国が攻め入り同じように日本が追い込まれた場合に
その戦術を行えるとは思いませんし、その大きな足かせが憲法では
ないかと思います。

天皇やお国を守るために人権を軽視して自爆するという事は
基本的に出来ない条文なんですから。

>内閣よりも軍部に力がいったのも帝国憲法ではなく政治の腐敗、不信が要因です。<

ここも、違うんじゃないですか?

ちゃんとした三権分立と内閣が軍部より上位に示し、総理が軍部を指揮する
憲法であればクーデターでも起こさない限り、軍の暴走は防げると思います。















[175] S(さだ)
2019年03月04日 21:15
>>[173] ハサミ職人さん

勝てば官軍ですよ。










[176] S(さだ)
2019年03月04日 21:26
>>[174] ハサミ職人さん

【今、仮に仮想敵国が攻め入り同じように日本が追い込まれた場合に
その戦術を行えるとは思いませんし、その大きな足かせが憲法では
ないかと思います。

天皇やお国を守るために人権を軽視して自爆するという事は
基本的に出来ない条文なんですから。】


↓ ↓ ↓

特攻作戦が帝国憲法に原因とする根拠をお願いします。
そして昭和憲法があれば特攻作戦をすることが無いという根拠もお願いします。




【ここも、違うんじゃないですか?

ちゃんとした三権分立と内閣が軍部より上位に示し、総理が軍部を指揮する
憲法であればクーデターでも起こさない限り、軍の暴走は防げると思います。】


↓ ↓ ↓

何度言うが、軍部即ち参謀本部や軍令部の暴走というより現場の中間管理職連中の暴走。

これが総理大臣が指揮したからとて止められるますかね?



ひろしさんの言う通り、政治の腐敗不信からくる、国民の政党政治への諦めに原因があるよ。


















[177] 中国大会3位の男
2019年03月05日 00:41
>>[172] S(さだ)さん

それならオランダやベルギー、フランスも先の大戦で間違った戦争したことになるから反省せないかん。

それに勝敗は時の運ていう言葉もある。

アメリカは、勝っても間違った戦争ばっかりしとるけどな。

そもそも勝敗に関係なくアメリカの戦争は間違った戦争だ!

ベトナム戦争は勝ったとしても間違った戦争だろう。

あんな場所維持できるわけがない。

いずれサイゴンはソ連、カンボジア、中国、北朝鮮、モンゴル連合軍によって奪還される。















[179] S(さだ)
2019年03月05日 01:06
>>[177] 中国大会3位の男さん
>>[177] 中国大会3位の男さん

【それならオランダやベルギー、フランスも先の大戦で間違った戦争したことになるから反省せないかん。】


↓ ↓ ↓

オランダ、べるぎー、フランスも第二次世界大戦の戦勝国です。

そしてフランスは戦後はP5に列する大国。




【それに勝敗は時の運ていう言葉もある。】


↓ ↓ ↓

それは、ただの敗者の言いわけ。



【アメリカは、勝っても間違った戦争ばっかりしとるけどな。

そもそも勝敗に関係なくアメリカの戦争は間違った戦争だ!】


↓ ↓

そういう道徳論善悪論で戦争を論ずるのはよくないね。
戦争は国益にかなっているか否かで判断すべき。

戦争は華麗な衣装を纏った外交と言うが、戦略目標を達成できれば勝利、達成できなければ敗北。




【ベトナム戦争は勝ったとしても間違った戦争だろう。

あんな場所維持できるわけがない。

いずれサイゴンはソ連、カンボジア、中国、北朝鮮、モンゴル連合軍によって奪還される。】


↓ ↓ ↓

ベトナム戦争はアメリカの敗北。故にアメリカから見たら間違った戦争。










[180] S(さだ)
2019年03月05日 09:09

帝国憲法には「人権の規定が無い」から特攻作戦を行ったとか、
帝国憲法には「三権が分立していなかった」から軍部が暴走したとか、
何を根拠に言っておられるのかな?

いい加減にこういうデマはやめて欲しいわ〜

















[181] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 09:41



デマだ 〜 、 デマだ 〜 、、

元祖、
デマだ デマお タダヒツキ 、、




あまり よくない けいこう (鶏口) だな 、、




なぜ? あんな あほ すけ スタイル 真似するのかな 、、
































[182] S(さだ)
2019年03月05日 09:54

デマでは無いと言うなら反論すりゃあいいんだよ。
ここはそういう猴靴哭瓩鬚垢觸蠅世蹇















[183] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 10:57


デマだ デマだ しか いえない あほ は emism . タダヒツキ たち だけ で じゅーぶん 、、 お なか いっぱい だな 、、



あれらだって 意味も 理由もなく デマだ 〜 デマだ 〜 って いってた わけ ではない 、、

しかし 、、


ここの あほ は 、 ただ たちの わるい あそび の ために 、 いたずらに ただ ひっきり デマだ デマだ って 煽ってんの な 、、


荒れるの 目的 か 、、





なら 、、





ただ 、の 、 、 あらしだろ 、、

















[184] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 11:08



そもそも 、、


デマだ というなら 、 デマ ではない ものを 提示 、 しないと いけない だろ


ただ 、 だだ 主観でのみ デマだ デマだ 迷惑だ 、と 否定し 被害者ぶる のは 、 邪道 ではないのか 、、



emism 、 タダヒツキ たちは 蛇の 道は ヘビー級 だったから 、 そういう ひとたち 毒牙 ん 流 ? みたいだから まぁ 理解の 範疇 にも なるが




ここの あほ は 反論せー 反論せー いいながら じぶんは すか すか すかたん耳鼻穴 開業 バルカン はんとう なの な 、、




要するに あほ の 、 倉山 満 の まんま 信心 、、 いわし頭も なんとか から なん、だろ 、、







































[185] S(さだ)
2019年03月05日 11:09

デマだって言われなく無いなら、反論すりゃあいいだけのこと。

反論できなかったことが悔しかったことはわかるけど。
八つ当たりはよくない。

















[186] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 11:44



(参考、)




https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293422&page=15&id=88536104

https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293422&id=88536104#comment_id_1534519026




[609] たけさん
2018年06月26日 16:36

通貨は皆が使えると認識しているから通用している物であり、社会的合意が有るか否かが重要であってその媒体が本物かどうかは重要では無い。

通説も同じ。



皆の社会的合意が有るか否かが重要であって、その説が本当かどうかは重要では無い。

みっちゃんはクズで無価値いう、社会的合意、コミュ的合意があれば通説は成立する。













[187] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 12:06
>>[185] S(さだ)さん


要するに、、

倉山満の、受け売り、な、だけ、倉山信者ってことなん、だろ、、あんたのデマだ、デマだ、ってる、根っこは、、








世界大戦と危険な半島 / 倉山 満【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア
https://www.kinokuniya.co.jp › dsg-01-9...

名外交官、小村寿太郎が見たバルカン半島;平和を学べる? ... 第3章 日露戦争とバルカン半島( ハプスブルク家の栄光と暗雲;不幸の連続、皇帝 ...













[189] S(さだ)
2019年03月05日 12:15
>>[187] ちちん、ぷい、ぷい、さん

論破されて反論出来ず逃亡した挙句、妄想爆発させるな(笑)

仮に倉山の信者だったらどうしたというのだ?その論が正しいか否かが問題なんであり、誰の受け売りでもいいだろうが。

こんな程度のつまらん反論しかできないから、皆から「クズクズ」と言われるわけです。




















[190] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 12:24
>>[189] S(さだ)さん


倉山は 日本で はじめて バルカン半島 に 着目して 日露戦争の 新 解釈を した とか 、だが



ロシアの 外債を おもに 引き受けたのは フランス 、、フランスの おもわくは ロシアに鉄道敷設の支援、、ヨーロッパ、から?ロシアから? バルカン半島に 鉄道を 通して インド洋 に 進出 すること


それは イギリスから したら 当時の 最短距離 最短距離 で インドに つながること を 意味してるから インド から あがる 貿易 収入が おびやかされる って イギリスの 危機感




ロシアが シベリア鉄道を 敷設しだしたのは 1901年、あたりから その おカネは フランス から 技術は ドイツ から 、、



だから 3国干しょう ロシア、フランス、ドイツ、な、わけだ、、















[191] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 12:31
>>[189] S(さだ)さん


仮に倉山の信者だったらどうしたというのだ?その論が正しいか否かが問題なんであり、







倉山 の それも 仮説 、の ひとつに すぎない 、、

って か 、 ほとんど すべての 論は 、 だれの 論であっても 、 仮説に すぎない 、んだ 、な 、、



仮説 に 対して


デマだ デマだ は 、 あり得ない 、、




真実は、神の 味噌しる 、、 だから 、 だ 、 な 、、












[192] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 12:54


1915 年、だか サイクス ピコ だか 、 バルフォア 宣言 だか 、、


オスマン 帝国が 第一次 世界大戦 後 3分割 されたのは 、 じつに ロシア 、 フランス が 、 バルカン半島に 鉄道を 通そうとしたから だ 、な 、、


第一次 世界大戦 の あと 、 イギリスは エジプト に 出て スエズ 運河を 通して 、 問題の 解決に つとめた




が 、、


第二次 世界大戦の あと か

アメリカ が なぜか? ソビエト連邦 側 に ついて スエズ 動乱 、、



イギリス は ある意味 1950年代 パックス ブリタニカ → パックス アメリカーナ 、、



引導を わたされた 、かたち に 、、


って 、 感じ 、、











































[193] S(さだ)
2019年03月05日 12:59
>>[191] ちちん、ぷい、ぷい、さん

意味がわからん(笑)
日本語を勉強したら?










[194] S(さだ)
2019年03月05日 13:02
>>[190] ちちん、ぷい、ぷい、さん

知らんわ(笑)

論破されて悔しいだろうが、発狂することは無いだろ。



ここは帝国憲法を論ずるトピックだろ。

ひろし氏に注意して反省したんじゃなかったのか?
反省だけなら猿でもできるぞ。




















[195] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 13:24
>>[194] S(さだ)さん


ここは帝国憲法を論ずるトピックだろ。





帝国 憲法 は 伊藤博文 ら 征 韓 論 を 押さえ込んできた ひとたち の その 理想 というか 、 いちはやく イギリス に キャッチ アップ するため 明治天皇を なかば 神格化 教祖 化か、、

それで 、 農民 意識の 日本国民 を して 日本国 の 国の ちからを あげよう 、 1850年代に むすばれた 不平等 条約 を リクリア しよう って 意味が あった



坂本龍馬→陸奥宗光 、、

藩閥を嫌った、陸奥宗光に、原敬、小村寿太郎らは、抜擢、されて、不平等条約は、かれらによって、リクリアされていった


小村寿太郎は、ひとつ年下の、原敬が、外務次官のとき、、ほんやく局で、うだつがあがっていなかったが


ひょんなことから、陸奥宗光に、目をかけられたんだな、


陸奥宗光が結核で亡くなったあと、外務大臣が大隈重信になって、原敬は外務省をやめて、新聞記者になった


小村寿太郎は、ここぞ、と、頑張ったんだろ、、



桂ハリマンの満州鉄道の共同経営のプランを、小村寿太郎は、なぜ?壊したのか?

シフ から モルガン に 小村寿太郎は 乗り換えたからか?


1910 年、 イギリス あいてに 不平等条約 関税自主権 の 回復 交渉の あと

外交優先国を、イギリスから、アメリカに切り替え、、関税自主権の回復交渉をまとめ、それを切っ掛けに、イギリス、フランスとか他国とも、なだれ現象?不平等条約の全面リクリアとなって


1911年、11月、、
結核で、小村寿太郎は、亡くなったんだよな 、、
















[196] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 13:32


原敬は フランス 通 、、


原敬が暗殺されたのは、1921年、、

ワシントン軍縮会議中(1921〜1923年、)

原敬を 暗殺したのが 鉄道の 職員 だった らしい が 、、

なんなんだろね、、


ワシントン軍縮会議に、原敬の、外交判断が、邪魔だったんか、ね、、











[197] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 13:50



(参考、)



原敬 - Wikipedia

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC






原 敬(はら たかし、安政3年2月9日(1856年3月15日) - 大正10年(1921年)11月4日)は、日本の外交官、政治家。

位階勲等は正二位大勲位。幼名は健次郎。号は一山、逸山。





日本の政治家

原 敬
はら たかし


生年月日

1856年3月15日
(安政3年2月9日)



出生地

日本 陸奥国岩手郡本宮村
(現:岩手県盛岡市)


没年月日
1921年11月4日(65歳没)

死没地

日本 東京府東京市麹町区
(現:東京都千代田区)



出身校
司法省法学校中退

前職
大阪毎日新聞社長

所属政党
立憲政友会

称号
正二位

大勲位菊花大綬章


配偶者
原貞子(先妻)
原浅(後妻)

親族
中井弘(岳父)
原昌三(孫)
原圭(養子)

サイン





第19代 内閣総理大臣

内閣
原内閣
在任期間

1918年9月29日 - 1921年11月4日

天皇
大正天皇



第22代 司法大臣(首相兼任)
内閣
原内閣
在任期間
1918年9月29日 - 1920年5月15日



第29代 内務大臣
内閣
第1次山本内閣

在任期間
1913年2月20日 - 1914年4月16日



第27代 内務大臣

内閣
第2次西園寺内閣

在任期間
1911年8月30日 - 1912年12月21日



第25代 内務大臣

内閣
第1次西園寺内閣

在任期間
1906年1月7日 - 1908年7月14日





その他の職歴

第16代 逓信大臣(内相兼任)
(1908年1月14日 - 1908年3月25日)

第11代 逓信大臣
(1900年12月22日 - 1901年6月2日)


衆議院議員
(1902年 - 1921年11月4日)





外務次官、大阪毎日新聞社社長、立憲政友会幹事長、逓信大臣(第11・16代)、衆議院議員、内務大臣(第25・27・29代)、立憲政友会総裁(第3代)、内閣総理大臣(第19代)、司法大臣(第22代)などを歴任した。



『郵便報知新聞』記者を経て外務省に入省[1]。後に農商務省に移って陸奥宗光や井上馨からの信頼を得た。

陸奥外務大臣時代には外務官僚として重用されたが、陸奥の死後退官。

その後、発足時から政友倶楽部に参加して政界に進出。



大正7年(1918年)に総理大臣に就任。

爵位の受け取りを固辞し続けたため「平民宰相」と渾名された。



大正10年(1921年)11月4日、東京駅丸の内南口コンコースにて、大塚駅の駅員であった右翼青年・中岡艮一に襲撃され、殺害された(原敬暗殺事件)。

満65歳没。
墓所は岩手県盛岡市の大慈寺。



有職読みの「はら けい」が用いられるケースもある(原敬記念館、『原敬日記』など)。

足尾銅山の副社長にも就いていた[2]。


















[198] S(さだ)
2019年03月05日 13:56
>>[195] ちちん、ぷい、ぷい、さん

全て論破済み。出直してこい!(笑)

せっかくひろし氏が注意してくれたのに、全く反省していなかったようだな(笑)

















[199] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 14:06



実質 、、


1911年、 明治政府、外交の悲願、、井上馨、陸奥宗光ら、の、、

1850年代にむすばれた、列強との、不平等 条約 の 全面 リクリア 、は

小村寿太郎 によって 、 はたされた 、、



アメリカへの日本人移民を、紳士協定にて おくりません 、 という、バーター取引にて、、





1912年、明治天皇 崩御 、、





実質 、 実質 、、


不平等条約の全面リクリア、
明治天皇の崩御、、

その後の、朝鮮併合、
朝鮮半島 で 伊藤博文 が 暗殺された とき



帝国憲法 は その 立法精神の 支柱 を 喪失 しか かって 、 やがて 変質していったんやろ


改憲 すべき やったんやないか 、、



















[200] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 14:45
>>[189] S(さだ)さん



(参考、)




[mixi] 【分裂】(日本史)本当の歴史〜 | 日本の農政が進むべき道を模索する

https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6300202&page=45&id=87931172

https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6300202&id=87931172#comment_id_1535540496




[mixi] 日本の農政が進むべき... コメント[460]

https://mixi.jp/view_bbs_comment.pl?comment_number=460&community_id=6300202&bbs_id=87931172



460]ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月05日 08:12


朝ドラ、まんぷく、も、いよいよ、ラストに近づいてきたした、、


実在のモデル、、安藤もも福さんは、

20代 なかば メリヤス で 成功し 、1920年代 久原 房之助 から 日本一の 金持ち とか

ときの、首相 田中 義一 の 長男 田中 なにがし の 後援を 打診 された そうな



戦後 、 安藤 もも福が チキン ラ〜メン を 開発 成功 ブレイク した ときの 政権は

1958年、岸信介 政権 、、



安藤もも福 は 、 日本と 清 (満州国) の 架け橋 という 意味にて 日清 食品 に 会社名を かえた

安藤もも福 自身は 台湾人 であるのに ね 、、





田中 義一 の 長男さんは 岸信介 の あと 派閥を 引き継いだ 福田 赳夫 の 大番頭 を やっていて 清和 会 に 重きをなしていた



ちなみ 久原 房之助 、 田中 義一 、 岸信介 は 山口県 、 長州 閥 の 流れである



また 久原 房之助 の 義弟 鮎川義介は 日立製作所 日産 自動車 、 いわゆる 日産 コンツェルン 、 満州にて また 戦闘機 開発 にて 戦前 軍さん複合体 であった



そして 、、


1936年、2.26事件のバック、資金提供、、スポンサーは、久原 房之助 である


真崎甚之助 、 林 房之助 、、




1928年だか、、

田中義一、首相が、張作霖、爆死事件の件で、天皇陛下の詰問を受け、責任をとり、内閣総理を辞職したとき


天皇陛下のまわりに、かんそくの臣が、いて、うんぬん、いい触れ回っていたのは、久原房之助、である

天皇独白録には

張作霖事件の実行者は、軍部、満州軍では、さいわい、ございません、でした

と、田中義一は、天皇陛下に報告している


内閣では、鉄道大臣が、張作霖事件のおおやけにするのを反対した、


河本大作は、軍法会議がひらかれたなら、すべてを洗いざらい、話す


と、、

















[201] 中国大会3位の男
2019年03月05日 22:38
>>[179] S(さだ)さん

それはおかしい言い訳だな。フランスはその後インドシナ戦争で負けたじゃん。

武田信玄は川中島で4600も戦死者だした。

これなら500の戦死者で負けたほうがいい。










[202] S(さだ)
2019年03月05日 22:50
>>[201] 中国大会3位の男さん

いや、全くおかしくはない。
その後の話は関係無いやろ?

先の大戦(第二次世界大戦)のことを言っているわけだから。



第二次世界大戦はフランスは勝者。

インドシナ戦争はフランスはベトナムを手放すことになったが故に敗者。




【武田信玄は川中島で4600も戦死者だした。
これなら500の戦死者で負けたほうがいい。】

↓ ↓

それはあなたの価値観。
戦争は戦略目標を達成したかどうかにある。


いくら多くの戦死者をだそうと、武田典厩を始め多くの重臣が討たれようと、善光寺平、川中島、北信濃から上杉勢を排除したことは、武田氏の勝利と断じてもおかしくはない。

負ければ、武田氏の信濃統治が不安定化していた。
















[203] 中国大会3位の男
2019年03月05日 23:04
>>[202] S(さだ)さん

おいおいおい

当時は兵農分離されていないのに!!!
されていたとしても収穫高が極端にさがるだろうが!

だから第四次以外は逃げ回っていたのに。



あなたは戦の結果しかみてないじゃん!結果論だろう。

ソ連は勝ちましたよ!勝ち続けたゆえに最後は膨張して消滅した。

中国の王朝もだいたいおなじ。



膨張の後には必ず収縮がくる。すべての政権、王朝もいずれは滅亡する。

日本の皇室以外みんな滅亡した。
















[204] S(さだ)
2019年03月05日 23:41
>>[203] 中国大会3位の男さん

【おいおいおい

当時は兵農分離されていないのに!!!
されていたとしても収穫高が極端にさがるだろうが!】

↓ ↓ ↓

俗説に惑わさせるなよ。
余剰労働力というものを考えないのかな。

よく見てみたらわかると思うが、上杉謙信は農閑期農繁期関係無く一年中戦争してましたから。

関東の地で越冬をしたことさえある。



そしてあなたの論で言えば農繁期の戦争は収穫高が極端に落ちるから避けられたはずだよな?

しかし現実は日本全国農閑期農繁期関係無く戦争は行われている。



そして善光寺平、川中島をはじめとする北信濃は信濃最大の穀倉地帯であり交通の要衝、しかも北信から北國街道が越後に真っ直ぐに伸びている。

上杉勢に北信濃を取られていたら、いずれ信濃は上杉勢に取られていたでしょうな。

信濃が取られたら、武田は常に背後に上杉の脅威をうけることになる。




【だから第四次以外は逃げ回っていたのに。】

↓ ↓ ↓

逃げ回っていたわけではない。お互いに他に諸事情があって決戦を避けていただけ。




【あなたは戦の結果しかみてないじゃん!結果論だろう。

ソ連は勝ちましたよ!勝ち続けたゆえに最後は膨張して消滅した。

中国の王朝もだいたいおなじ。

膨張の後には必ず収縮がくる。すべての政権、王朝もいずれは滅亡する。

日本の皇室以外みんな滅亡した。】


↓ ↓ ↓ ↓

戦争の戦略目標達成と国の栄枯盛衰を天秤にかけて論ずるのは、ただの屁理屈。
「批判の為の批判」です。
















[205] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 05:30
>>[204] S(さだ)さん


戦争の戦略目標達成と国の栄枯盛衰を天秤にかけて論ずるのは、ただの屁理屈。




戦争の戦略目的は、あいて国を、リローデット、じぶんたちに、つごーのいい国に、上書き、書きかえること、、


日本の憲法は、1920年代に批准した、不戦条約がより強力になっているもので

日本の戦後の下地は、1920年代の、アメリカ共和党三代のそれぞれの大統領によって、仕込みがされていた、という、見方も可能なのではないか、って、思うわ









「批判の為の批判」です。





それは



おまえ 、 だろ 、、


笑 、、






















[206] S(さだ)
2019年03月06日 07:44
>>[205] ちちん、ぷい、ぷい、さん

全て屁理屈。
そんなに悔しかったのですか?















[207] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 07:54
>>[206] S(さだ)さん




(参考、)



共和党の三代

 1920年代、「繁栄の時代」にはハーディング・クーリッジ・フーヴァーの三代の共和党大統領が続いた。

ハーディング:在任1921〜23 ワシントン会議を提唱して協調外交では功績を挙げたが、内政では汚職が多発したり、自身の女性スキャンダルもあって低迷した。

任期途中に死去し、副大統領のクーリッジが昇格した。




クーリッジ:在職1923〜29 無口で愛想が悪く「何もしない大統領」と言われたが、未曾有の経済の繁栄はその自由放任主義がちょうどよかった。

外交面では国務大臣ケロッグが活躍して、1928年に不戦条約を成立させた。




フーヴァー:在任1929〜33 商務長官として企業や高額所得者への税制優遇など企業よりの政策を推進し、

1929年「永遠の繁栄」を謳歌するアメリカの大統領として当選したが、直後に大恐慌が始まる。

それにたいしては彼は政府は経済になるべく介入しない方がいいという信念から、対策を立てなかった。

















すべて 屁理屈 とか 、 デマだ デマだ 〜  迷惑だ 〜  、、


みたい 、 な 、、




あほ は 、 emism ただひつき たち で お なか いっぱい やっ ちう ねん 、、






[208] S(さだ)
2019年03月06日 08:00
>>[206] S(さだ)さん

emismやただひつきがどんな奴か知らんが、君と同レベルのアホということだけはわかります。

そんなに反論できず逃亡したことが悔しかったのか(笑)?















[209] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 08:29
>>[208] S(さだ)さん


帝国憲法 は 、アメリカとの戦争に完膚なきまでに徹底的に負けたから、 上書き、リローデットされて 、 日本国 憲法 に なったんだよ、、

じつに アメリカの対日戦争 その 目的は 、 憲法の 上書き 、 日本国の 統治システムの リローデット と いえる




と いうこと 、 だ 、、





なぜ? そういうふうに なったか 、、




それは 日露戦争の 外債 、 巨大な 借金で 1914年、 第一次 世界大戦 直前 、 日本の 財政は 破綻寸前 だったし

1919年、 海軍が 88艦隊 増産 計画 、、


まるで カネがない のに 国が ほろんでは 海軍も なんも あらへんやろ ボケちん


西郷従道 、 大山 厳 ら 西郷 隆盛 の 巨人の系統 なき あと めちゃくちゃ やりだしたからやな 、、





原敬の 暗殺 も 濱口雄幸 の 暗殺 も 、、


だ 、、




犬養毅 が 暗殺されたは あれは なかば 自業自得 それ以外は 1930年、計画の、ただ実行だった、わけ、だ、、







憲法は、実質、、

1930年に、死んでいた、、その萌芽は、 1921年、原敬の暗殺にみてとれる


もっと、さかのぼれば


征韓論に反対、暴走する、あほ士族を抑え込んで、のち、暗殺された

大久保利通 暗殺 事件 に はじまってん








[210] S(さだ)
2019年03月06日 08:37
>>[208] S(さだ)さん

全て屁理屈。
人にあなたの屁理屈を押し付けないでください。

1人でシコシコしてなさい。















































[211] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 08:48



日本国 の、ものがたり は 、、 森友 学園の 小学校 建設 トラブル に どこか 似ている 、、


ろくに カネも ないのに なぜだか やさしい 親切すぎる 近畿財務 局 が 小学校 建設 認可の ために

大阪府 の 私学 審議会 を うごかして 認可 相当 を 出させたんだよな



そして おつむ の すこし よわい 森友学園 理事長 さんに 大阪の 建設 業者 やら 大阪 維新の 会 がらみの 弁護士が あてがわれ


大阪府 あて 、 財務省 あて 、 国土交通省 あて 、、


それぞれ 7 億円 15億円 21億円 、、ことなる 三種類の 小学校 建設の 書類が 弁護士の指示により 作成 され 提出されていた とか




そもそも 小学校建設は おろか 小学校 経営も できない くらい お カネがない のに ね 、、




アメリカ と たたかった 日本は 1905年、 ポーツマス で なかば 死に 、、


桂ハリマン 協定を


小村寿太郎 が 壊した 時点で 、、




ほぼ 死んでいたんだよ 、、















[212] S(さだ)
2019年03月06日 09:08
>>[211] ちちん、ぷい、ぷい、さん

全て屁理屈(笑)
見苦しいな〜(笑)

論破されて悔しいのはわかるけど、とうとうモリカケまで出してきちゃったか!(笑)















[213] ひろし
2019年03月06日 10:41

歴史について考察したいなら新たに別トピ立てれば良いのでは?



イイネ!
1
















[214] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 10:41
>>[212] S(さだ)さん

カネが、まるで、ない のに 、 分 不相応 な 建設 を 、、

って のが 共通点 だな 、、




1889 年の 帝国憲法 は 伊藤博文 が イギリス に おいつけ おいこせ 、 不平等条約 を リセット するのを 目的の 、 ゆえに 明治天皇 を 頂点の 憲法 を つくった



1948年、だか 戦後の 占領下 で つくられた 平和憲法は 幣原 喜重郎 が 1920年代の アメリカ 外交を 下地に マッカーサー に つくらせた ように 擬態 した





1952年、日本は独立後、国会にて 幣原喜重郎 が つくった といえる 平和憲法 日本国 憲法は 追認され 、 正式に 日本の 憲法 となった




1955 年、 憲法 改正 自主憲法を 党是 に 自由 民主党が 誕生した




だいたい 60 年、周期 にて 憲法が 更新されているようなのだが 、 2015年からの、 安倍政権 は じつに 憲法 改正 の ムーブ




消化不良だか 、、


ちから 不足 だか 、 なんだか 、 だった 、な 、、















[215] S(さだ)
2019年03月06日 10:43
>>[214] ちちん、ぷい、ぷい、さん

全て屁理屈。
モリカケと日露戦争は関係ありませ〜ん(笑)

必死だな(笑)















[216] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 10:46



安倍政権 に だけは 憲法 改正 させては いけない 、、


そんな 様子が 、



森友 学園 トラブル の 背景 に ある 、











[217] S(さだ)
2019年03月06日 10:48
>>[216] ちちん、ぷい、ぷい、さん

いい加減にトピズレのコメントやめたら?















[218] ひろし
2019年03月06日 10:53
>>[174] ハサミ職人さん

今特攻隊戦術は取らないでしょうがそれは特攻隊の悲劇が語り継がれているからです。

憲法が足枷であるとするならば具体的に憲法のどの条文が足枷なのか提示してください。


戦前戦中は実際に成功はしませんでしたが軍部によるクーデターは起きてますし軍部によるテロも起きてます。
それもあって内閣による軍部に対する統制が効かなくなった面もあります。

後は現役武官制
内閣に陸軍大臣、海軍大臣がいて現役軍人を任命する事になっていたため基本的に陸軍、海軍が推薦する人物を任命せざるを得ない状況でした。

但しこれは憲法の規定ではなく法律の定めによるところですので法律の不備であり憲法の不備ではありません。






































[219] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 10:54
>>[215] S(さだ)さん


モリカケと日露戦争は関係ありませ〜ん




日露戦争の あと 日本は 小村寿太郎 の あほ 外交 桂ハリマン 協定を 壊して

まるで


カネがない 国に なっちまったんだ な 、、



それ 以降は 森友学園の 小学校 建設 とらぶる と よく 似たような 結末


あの 森友の 小学校 建物は どう なってんか



明治天皇 、 伊藤博文 、 西郷隆盛 、 大久保利通 ら


坂の上 の 雲は 、、




って 、 はなし だな 、、







[220] S(さだ)
2019年03月06日 11:00
>>[219] ちちん、ぷい、ぷい、さん

日本の大いなる犠牲を払って得た戦利品を、何の血を流していないアメリカに半分くれてやる。

非常識極まり無いね。頭大丈夫?(笑)















[221] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 11:04
>>[217] S(さだ)さん


結局は だな 、


帝国憲法 は 元勲が いてこそ 、 そこ そこ 作用していた 憲法 だったので

立案者 であり 立法 精神を 体現していた 人たちが それぞれ 人間の 寿命を 迎えつつ あった 1912年、明治天皇 の 崩御 から

憲法 は それように 穴のない 憲法に 改正すべき だった



解釈 憲法 で 対応していた ところを

1930年、 犬養毅が 政争のため 濱口雄幸 内閣を 攻撃する ため


統帥 権 干犯 を 国会にて 持ち出したのが


数年後


1936年、2.26事件に つながって いった んやな









































(井上馨は、1929年に、亡くなった、、)


(ほぼ完全に、たがが、はずれた、長州系の、あほ、たち、は、その暴走、、共(凶)謀ぶりを、1930年、以降、、隠さなくなった、、)


















[222] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 13:38
>>[220] S(さだ)さん


(参考、)


[mixi] ハサミ職人ファンクラブ | 雑談2

https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6137653&page=19&id=84933156

https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6137653&id=84933156#comment_id_1535608801



[193] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 13:24
>>[187] HBさん

おもに、話してる 内容は これ 、だな 、、





mixi 政治かわら版
憲法論議


S(さだ)
2019年02月23日 15:14

まずは日本憲政史上初の憲法である「大日本憲法」について語ろうではないか。

多士済々、忌憚なきご議論を期待します。




コメント

[2] S(さだ)
2019年02月23日 15:23

当時もっとも先進的と称された大日本帝国憲法。

先進的過ぎて、当時の列強諸国は日本はトルコのようにすぐに憲法を停止してしまうに違い無いと嘲り嘲笑したらしい。

しかし、実際には1930年ぐらいまでは確実に機能して、日本を立憲君主制の近代国家にのし上げるグランドストラトジー(骨組み)であった。


何故、当時の日本は明治創業以来先人が築き上げた素晴らしい憲法を自ら手放したのか?

解せない


イイネ!
1









[194] ちちん、ぷい、ぷい、
2019年03月06日 13:31


S(さだ)は 倉山満の 日露戦争の あとの バリカン半島 情勢に ロシアが くぎづけに なるのを 見越して うんぬん

桂ハリマン 協定を 否定 したのは 正解だった



って 、 倉山 教 信者 マインド な わけ で 、 だから しゃん しゃん と 展開していない わけ だ 、、









[223] ハサミ職人
2019年03月06日 13:42
>>[222] ちちん、ぷい、ぷい、さん

このコミュのコメントを他コミュに張り付けるのは禁止していますし
直ちに削除してください。

バトル会場でも同じことをして謹慎中のままですよね。






























ログインすると、残り2件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

腐った みかん の詰め合わせ 更新情報

腐った みかん の詰め合わせのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済