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哲学 Φιλοσοφιαコミュのファシズム思想(政治哲学)

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コミュ内全体

私は最初の大学のときに、日本経済史のゼミでファシズムと財閥の関係をやってました。
わかりやすく云えば、日本映画では「戦争と人間」、外国映画ではビスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」のテーマです。
今は、専門が多少違うし提出するようなこともないので自己理論も出して書こうかと思います。しかし、数十の研究書を失ったので要出典が多いと思います。
まずは、「全体主義の起源1〜3巻」(ハンナ・アレント、大久保他訳、みすず書房、2017年改)。
(なお、最近1反ユダヤ思想に関係して「ルターはヒトラーの先駆者だったか」(宮田、新教出版)、2018)を読みました。

最近の「未完のファシズム」(片山、新潮選書、)と柄谷行人氏の書評をあげます。

「全体主義の起源」
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E4%BD%93%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命 [著]片山杜秀
 「現在の日本には、つぎのような見方が行き渡っている。それは、日露戦争までの日本人は、合理的・現実的・普遍志向的であったのに、以後、日本人は非合理的・非現実的・反普遍的となってしまった。ゆえに、日露戦争までの日本人のあり方を参照すべきである、というものだ。本書は、そのような司馬遼太郎的史観をくつがえすものである。
 たとえば、日本人が日露戦後に非合理的・精神主義的となったのは、第1次大戦を十分に経験せず、日露戦争の体験を通して世界を見ていたからだといわれる。確かに、日本軍は青島要塞(ようさい)の攻略においてドイツ軍に楽勝したように見えるが、それは日露戦における旅順要塞の惨劇をくりかえさないために、軍の近代化をはかったからだ。大量の砲撃を先行させ、歩兵戦を避けたのである。逆に、第1次大戦でドイツ・フランス・ロシアは、むしろ日露戦争における日本軍の肉弾戦から影響を受けていた。
 第1次大戦後の日本軍は、敗北したドイツの戦法から学んだ。それは短期決戦+包囲殲滅(せんめつ)戦という戦法である。しかし、これは日露戦争や青島での勝利に酔って傲慢(ごうまん)になったからではない。現代の戦争は総力戦であり、戦力は経済力に比例する。「持たざる国」は「持てる国」に勝つことができない。物質力に劣った日本は、どうすればよいか。それを精神力で補い、勝てそうな相手とだけ、短期決戦の戦争をするしかない。そう考えたのが「皇道派」(農本主義ファシスト)である。彼らは2・26クーデターを起こして鎮圧された。
 一方、日本を計画経済によって「持てる国」に変えることは可能だと考えたのが、「統制派」(生産力ファシスト)である。しかし、明治憲法にもとづく体制は、全面的統制を可能にするような権力の集中を妨げた。ゆえに、日本においてファシズムはついに「未完」であった。その中で、石原莞爾は満州を領有すれば日本を大産業国家にできると考え、独断で満州事変を起こした。にもかかわらず、彼の考えでは、日本は将来「持てる国」になるまでは、決して戦争をしてはならなかった。
 つまり、皇道派も統制派も「持てる国」との戦争を拒絶していたのだが、ほとんど政治的に失脚してしまい、結果的に、短期決戦+包囲殲滅戦という戦法だけが正統的なものとして受け継がれたのである。満州事変をきっかけに「持てる国」との長期的な戦争に突入していったとき、日本軍には「玉砕」という戦法しかなかった。この過程を考察して、著者は「背伸びをするな」ということを「歴史の教訓」として見いだしている。」

ファシズムの定義はコトバンクが良くかけています。
「 百科事典マイペディアの解説
ファシズム

狭義にはイタリアでムッソリーニの指導下にあったファシスト党の,広義には20世紀の全体主義的・国家主義的独裁の運動理念,支配形態。イタリア語ではファシズモfascismo。語源は古代ローマの儀式用の束桿を意味するfasces,転じて〈結束〉〈団体〉の意。第1次世界大戦後の資本主義の一般的危機と,それから起きた社会的・経済的混乱や社会主義革命の危機の切迫感から,その存立基盤に不安を感じた中間層が,カリスマ的指導者に率いられて起こした大衆運動。議会政治や言論・出版・結社等の自由をすべて否定し,反革命運動を推進した。またすべての悪の根元は社会主義・共産主義・ユダヤ人等にあるとし,偏狭な民族主義や排外主義を唱え,しばしば対外侵略政策をとった。ドイツのナチズム(ナチス)や日本の天皇制ファシズムもその例である。ただし,ファシズムを最広義に,〈共同体〉(その大小,出自,体制の相違を問わない)統合の極限的な原理ないし手法と解すれば,これを歴史的事象として清算することはできず,再出現の可能性は常にあると考えなければならない。その政治的・経済的・社会的側面のみならず,思想や文化にわたる機制の解明が必要とされるゆえんである。」

コメント(114)

天皇は利用されただけなの?
積極的に政治、政策に関わってませんかね?
>>[75]
既に、最近公開された資料のサイトを引用しましたが、多少差し引いても米英等への開戦前は消極的だったが開戦直後の連勝時はかなり積極的だったようです。新しい領地の視察を楽しみにしていたようですね。
>>[75]
明らかなのは、日中戦争への積極的な関与に見えます。
御前会議っていったいなんだったの??

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%89%8D%E4%BC%9A%E8%AD%B0?wprov=sfla1

ほら、ほら、ほら、ほら、御前の番だ〜るんるん
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58837
初戦
「平和克復後は南洋を見たし、日本の領土となる処な
れば支障なからむ」(「小倉庫次侍従日記」)
ミッドウェーで敗戦
「之により士気沮喪を来さゞる様に注意せよ、尚、今後の作戦消極退嬰とならざるようにせよ」(『木戸幸一日記』)
ガダルカナル以後
「近頃我戦果揚らざる傾向あるが如何」(『侍従武官城英一郎日記』)

「何んとかして『アメリカ』を叩きつけなければならない」(6月9日、『眞田穰一郎少将日記』)
あとは元資料を当たる必要がある。
天皇は敗戦責任は認めてない
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/09080801/?all=1&page=3
>>[81]
昭和天皇死後、30年立ちますね。そのくらい経たないとサイトなどには出ない訳です。
ここは天皇の責任問題でなく、ファシズム一般、天皇制ファシズムについての論議なのでこれくらいで。
「全体主義の起源」は哲学だしその辺りとか、北とかのイデオロギー、哲学とか。
北一輝と大川周明

https://youtu.be/fpQvK-RupgE
>>[84]
「維新革命の本義は実に民主主義にあり」北一輝。
維新というのは彼らが意図した昭和維新ですか
アチキはこの動画とそれに毛が生えた程度の知識しかないので、みなさんのチョウチョウハッシを楽しみにしておりますm(__)m
>>[74]

いや、統帥権はやはり問題。

英でも同じ問題が起きたので、クリミア戦争を機に、
議会に統帥権を移してます。

よーは、変われるかどうかの話。
>>[79]

良く勘違いされるが、
立憲君主が政治に関わるのは当たり前。

議会や内閣の決定に拒否権を使うかどうかで、
絶対君主か立憲君主か違うだけ。
>>[85]

北の憲法案て、社会主義色が強過ぎてドン引きしますな。
そもそも、関東軍以前に、
西郷従道も大久保利通の許可なしに台湾出兵してるし、
台湾総督時代の児玉源太郎も、後藤新平と一緒に、対岸のアモイ出兵計画を立てている。

何故元老らが自分たちがやってる事を改善しようとしなかったかと言うと、
第一次大隈重信内閣のせい。

隈板内閣によって、政党に軍の指揮権が移るのを藩閥が嫌がった。
それでも山縣有朋が生きてる間は関東軍の暴走みたいなことはなかったが。
統帥権なんて元老が大した価値を置いてなかったのは、
伊藤博文の例を見ても分かる。

伊藤博文は韓国統監時代、文官でありながら、在韓日本軍を指揮出来た。
元老らはシステムなんていくらでも柔軟に改善出来ると思ってた。

明治憲法が教条化し硬直化するのは、
今もそうだが、日本国民特有の憲法ナショナリズムのせい。
>>[91]

>統帥権なんて元老が大した価値を置いてなかったのは、

実質元老院制の時代は問題がなくても、政党制の時代は問題だと思います。そこに目を付けたのが、例えれば昭和の「新選組」?となるかも知れません。
>>[91]

>今もそうだが、日本国民特有の憲法ナショナリズムのせい。
今は、ナショナリズムでなく、民主主義イデオロギー
>>[93]

そ。

よーは元老ありきのシステムだった。
>国家は、民族の健康を向上させるために、母子の保護、少年労働の禁止、体操とスポーツを義務として法的に定めることによる肉体鍛錬をもたらすこと、肉体的青少年専門教育に従事する団体による最大の援助を行わねばならない。

すでに引用のNHK番組「全体主義の起源」においてもワンダーフォーゲル(ここでの意味は上からの国家指導による登山、トレッキング推進)がナチスによって奨励されたという場面がありますが、ワンダーフォーゲル自体はナチスと関係ありません。利用されたというのが筋です。戦前、日本でも旧政府による奨励があったようです。
特に、国家の祭典「ベルリンオリンピック」が迫っていたこともあり、奨励された訳です。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB-154476
「ワンダーフォーゲル
徒歩旅行。ドイツで〈渡り鳥〉の意。ドイツ中世の学生たちが優れた先生を求めてあちこちの大学を渡り歩いたので,この学生たちのことを〈渡り鳥〉(ワンダーフォーゲル)と呼んだのが語源。この学生たちは背中に大きな籠(かご)を背負って,必要なものを一式持ち歩き,野宿をして徒歩旅行をしていた。これにヒントを得てスタートしたのが,1895年のドイツのシュテーグリッツ・ギムナジウムの生徒たちが始めた徒歩旅行運動である。この運動のリーダーであったカール・フィッシャーKarl Fischerは,当時のギムナジウムの教育が古典語学習を中心とした無味乾燥な授業で意味がないと抗議し,もっと血の通った生きた教育が必要であると主張して自らギムナジウムを飛び出し,史跡を訪ね歩きながら歴史の勉強をしたり,植物や鉱物を採集しながら生物学や地質学を学んだり,地方の民謡を歌いフォーク・ダンスを踊り,地場産業について学んだりする活動を展開した。1897年には,この運動を〈ワンダーフォーゲル〉と名づけ,ドイツ全土に普及させるための組織がベルリンに設立された。かくして,多くのギムナジウムの学生たちが各地を渡り歩くようになり,野営生活の技術や峠越え,尾根歩き,山登りの技術の修得にも力を入れるようになっていった。」

ところで、続きに国家指導になった影の意味のワンダーフォーゲルの説明があります。

>>[97]
今は、広い意味でのゆとり教育やIT機器により、古典語を通じた古典理解・批判力が低下しているので古典学習運動も必要かと思います。

さて、もう一つオリンピックの「国家の祭典」の解釈について述べておきます。
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%BA%E3%83%A0-1284974#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89
「オリンピズム
近代オリンピックの創始者クーベルタンが提唱した、オリンピックのあるべき姿。「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍などさまざまな差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」というもの。」

クーベルタンは、古代のオリンピアの宗教的な部分を除去し、戦時において休戦しも行われた事実に注目したわけです。
>>[100]
一応、JOCのサイトからオリンピック憲章を引用しておきます。

「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする」「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」
資料
朝日新聞紙面に広告ありますね。
http://mainichiwanz.com/AAA/AAA_008.html
大川周明「世界史」『亜細亜・欧羅巴・日本』及び
『近世欧羅巴植民史』(抄)大川周明 著。
https://honto.jp/netstore/pd-book_28694196.html
「二千六百年史」
>>[102]
>一度も開催したことのない国で開催できるようにサポート

無償なら良いかも知れないが、日本にサモア、フィジーにすべて施設作れる財政はないと思います。
できるのは、無利子融資と施設建築で、回収は結局99年借地とか信託領とかにするしかなくなり・、。オリンピア侵略とか云われそう。多少友好的だが今の中国と同じ道? 無償でも何かと。
各国から非難が。
>>[104]
この方、梅毒に犯されたいませんでしたっけ?東京裁判で東条英機の頭をひっぱたいて
たのを覚えています。

あれは演技だったのかなー
それとも脳梅だったのかなー
オリンピックでファシズムと関係するのは、ペルリンオリンピックかと思います。今日の原型ともいえます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/1936年ベルリンオリンピック

「ヒトラーがオリンピックの開催を決めた後は、オリンピックを「アーリア民族の優秀性と自分自身の権力を世界中に見せつける絶好の機会」と位置づけ、ベルリンだけでなくドイツが国の総力を挙げて開催準備を進め、短期間でオリンピック・スタジアム(オリンピアシュタディオン)や選手村、空港や道路、鉄道やホテル、さらに当時まだ実験段階であったテレビ中継などの受け入れ態勢の整備が進められた。」
>>[108]
オリンピックは古代ギリシア、ギリシア民族に発生がありますが、ヒトラーは近代オリンピックの父、クーベルタンがユダヤにつながるフリーメーソンであったことに不満があったようです。
http://www.westlancsfreemasons.org.uk/wp-content/uploads/2012/11/Chorley-Freemasonry-and-the-Olympics-Presentation.pdf
>>[106]
民間人で一人、戦犯に訴追されましたね。
影の大物だったのは事実です。
東条の頭叩いたのは、失敗しおってという意味かも知れませんが、責任能力なしと判断されたかも知れません。
>>[106]

大川はキリスト教と関係が深いです。
確か私の関係教会にも関係があったかと思いますが、その後、保守的な新派に転向したかと思います。
まあ、都心にある関係教会は当時の「革新」のメッカですからね?
そのままの体制が現教団(^^ゞ
https://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&rct=j&url=https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/40083/1/JRJ15_002.pdf&ved=2ahUKEwjF-tunhOLfAhWLE7wKHZMsA7AQFjABegQIBRAB&usg=AOvVaw11A3kGLT5nNXmGsa3ZXZv7
>>[111]
えー!と一瞬思いつつ、またかと思う
当時はキリスト教から派生した思想がメジャーでしたからね
ついこないだまでと言うべきか
>>[112]
私の以前持っていた本にも以下のような内容だったと思います。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/大川周明
「15分間の休廷中、オーストラリアのウェッブ裁判長は大川を精神異常と判断し、1947年4月9日、彼を正式に裁判から除外した。・・

主治医の内村祐之により梅毒による精神障害と診断された。その後の精神鑑定で異常なしとされたが、裁判には戻されず、松沢病院での入院が続いた。入院中、以前より念願であったクルアーン全文の翻訳を完成する 」
キリスト教の次はイスラム教へ

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