ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

【男気】 黒田博樹ガンバレ!!コミュの2020年の記事

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

………[赤鯉速報2020 0104 13:21]………


2015年の最終戦の秘話。大瀬良「黒田さんに別室に呼ばれて…一緒に泣いてくれました」

広島テレビは4日、特番「広テレ笑い&感動SP▽カープ新春特番▽いとうあさこの復活レストラン」を放送。

選ばれし者のみ挑戦が許される“エース”への階段
追い続ける“黒田博樹”との絆


大瀬良が見てきた二人のエース、前田健太と黒田博樹から得たもの

大瀬良:おそらくお二人はタイプ的には真逆のタイプだとは思うんですけど、お二人を見て学べたからこそ、エースというものを他の人が感じる倍も感じられたと思います。


黒田さんと初めてじっくり話をしたのは2015年の最終戦時

大瀬良:(勝てばCS進出が決まる試合で)打たれて、泣いて、ベンチに引き上げて、ロッカーに戻ると「黒田さんが呼んでいる」と言われて。

大瀬良:別室で二人きりになって「よーやったな」と言って頂いたんですけど……これ放送していいのかな(笑)

大瀬良:(黒田さんは)「今年、1年間一生懸命やった姿とか、練習に取り組む姿勢とか見てたし、結果的には最後に悔しい結果になったけど、一生懸命やって打たれたなら、周りはどういうか知らんけど、俺は『よく頑張った』と言ってやりたい」「ただ、今年これだけ頑張って結果が出なかったのなら、来年はもっと頑張って結果を出せるように頑張れ」と言ってくださって。

大瀬良:黒田さんも一緒に泣いてくれました。

大瀬良:普段、そんなに話す機会はなかったんですけど、そうやって見てくれる人が身近にいてくれて、こういう人になりたいなと思いましたし、ありがたいなと思いました。

大瀬良:だからこそ結果を出して、言ってくれた人に対して恩返しをしたいなと。


広島テレビ「広テレ笑い&感動SP▽カープ新春特番▽いとうあさこの復活レストラン」(4日放送)より

コメント(44)

………[赤鯉速報2020 0118 17:30]………


黒田さんや新井さんらをサポートした「上達屋」/大瀬良投手のために作られた広島工房

広島ホームテレビの情報番組「フロントドア」は18日、カープ・大瀬良大地投手らをサポートするパフォーマンスコーディネーター・手塚一志さんを特集。


エース・大瀬良も通う
上達屋・手塚一志の存在


★パフォーマンスコーディネーターとは

手塚氏:あまり聞かない名前ですよね。

手塚氏:コーディネーターの日本語訳としては「調整」だったり「調律」という言葉を使うんですけど、つまりプロ野球選手を楽器だと思ってください。

手塚氏:プロ野球選手は素晴らしい名器なんですよ。

手塚氏:ただ、ずっと競技を続ける中で、何かおかしいところが出てきたりする。それを「もう1回見直しませんか?」「整え直しませんか」というのが我々の仕事の大きな部分かもしれない。



手塚さんのもとを訪れたカープのエース・大瀬良大地投手

★大瀬良投手はいつごろから工房に通われているんですか?

手塚氏:2016年12月31日、大晦日ですね。



★広島の工房のお客さんとしては?

手塚氏:第1号ですよね(笑)

手塚氏:というか、大瀬良投手の為に作ったので(笑)



★この工房は大瀬良投手のために作られたようなものと。

手塚氏:2016年にお会いしたんですけども、1年目(2017年)は東京を中心に8回しかお会いできなかったんですね。

手塚氏:広島に、こういう工房がなかったので。

手塚氏:大瀬良さんの事を考えて、次の年(2018年)に数十回来て頂いたと。



★大瀬良投手、手塚氏と出会ったきっかけについて

大瀬良:一番は黒田さんです。

大瀬良:もともと黒田さんから「体の硬さとか使い方が割と自分に似ている」という風に言われていたので、だったら(黒田さんをサポートしている)手塚さんも僕に合うんじゃないかなと。


── 広島ホームテレビ「フロントドア」(18日放送)より「安芸の者がゆく」が文字起こし及び要約・意訳
………[スポニチ2020 0120 09:15]………


広島・大瀬良 黒田氏、マエケンから受け継ぐ“エース道” 形を変えながら次世代へと…

 テレビ会見での締めの言葉に引っかかった。「安定して信頼してもらえるような投球をしたい」。年始6日に自主トレを公開した広島・大瀬良大地投手(28)のコメントである。この一言を素直に受け取れば、自身はまだ信頼を得ていないという自己評価になる。

 「最初にマエケンさん、黒田さんを見て(エースの姿を)学ばせてもらった。共通して言えるのは、ここぞで勝てる、ふたりで負けたら仕方ないと思ってもらえる投手。周りからエースと呼ばれるのはそういう人」

 大瀬良が黒田博樹氏(44)の名前を挙げるのは、何度目になるだろうか。18年から登板直前のロッカールームで、好投の場面だけを集めた約4分間の映像を見てからマウンドに上がっている。「あのおかげでポジティブな気持ちで試合に入れる」。このルーティンをつくったきっかけがあった。

 「黒田さんが毎回試合前に携帯を見ているから何かな…とずっと思っていた」

 16年オフからは、同氏が師事した動作解析の専門家、手塚一志さんのもとでトレーニングに励んでいる。18年に採用した左腕を高く上げる新フォームも同氏を参考にしたものだった。

 同氏が現役引退を公言していた16年の日本シリーズ後、同僚が色紙でそれぞれの思いをつづる本紙企画で、大瀬良は「聞いて見て学ぶこと、たくさんのことを教えていただきました。黒田さんの人柄、プレーヤーとしての姿を目標にして頑張ります」と記していた。大先輩の背中を知っているからこそ、たやすく自らをエースと口にできないのかもしれない。

 年が明け、大瀬良は床田にLINEを送った。「一人で練習するなら一緒にやろうよ」。1年目オフから前田健太(現ドジャース)と合同自主トレを行い、17年オフから独り立ち。そして、今オフは後輩を自らの練習に誘う役回りに変わった。床田は「気にかけてくれているのだな…とうれしかった。期待を裏切りたくない」と言った。男気ある先発イズムは、形を変えながら次世代へと受け継がれている。(記者コラム・河合 洋介)
………[Full-Count 2020 0121 13:18]………


牧田はどうなる? NPB復帰1年目の成績は…松坂&岩隈は登板なし、黒田ら活躍

 2月1日からプロ野球の春季キャンプがいよいよスタートする。2020年シーズンに向け各球団はオフに戦力補強を行いペナントに向け体制を整えてきた。そんな中、今季メジャーからNPBに復帰し楽天に加入した牧田和久投手にも注目が集まっている。

 世界最高峰の舞台メジャーリーグに挑戦した日本人投手はNPB復帰1年目はどのような活躍を見せたのか? ここでは過去10年の“メジャー帰り投手”の成績を振り返っていく。

 まずはNPB復帰1年目で大活躍を見せた主な投手は以下の通り。

〇広島 黒田博樹
2015年 26試合 11勝8敗、防御率2.55

〇ソフトバンク 和田毅
2016年 24試合 15勝5敗、防御率3.04 最多勝 最高勝率

〇ソフトバンク 岡島秀樹
2012年 56試合 0勝2敗24ホールド9セーブ、防御率0.94

〇ソフトバンク 五十嵐亮太
2013年 51試合 3勝3敗11ホールド12セーブ、防御率2.53

 ヤンキースから古巣・広島に復帰した黒田は先発ローテとして2桁となる11勝をマーク。若手投手の見本となり翌年からのリーグ3連覇を果たすチームの土台を作り上げた。カブスから古巣に戻った和田はいきなり15勝、勝率.750とエース級の活躍を見せ最多勝、最高勝率と二つのタイトルを見せ実力を発揮した。

 レッドソックスからソフトバンクに移籍した岡島は中継ぎの柱として56試合に登板、防御率0.94と圧巻の成績を残した。五十嵐も50試合以上に登板するなどチームを支えた。

 続いては渡米前のNPB時代から成績を大きく落とした主な投手

〇DeNA 高橋尚成
2014年 10試合 0勝6敗、防御率5.29

〇楽天 藪恵壹
2010年 11試合 0勝0敗2ホールド、防御率4.91

〇オリックス 井川慶
2012年 12試合 2勝7敗、防御率4.65

〇巨人 小林雅英
2010年 12試合 0勝0敗1ホールド1セーブ、防御率5.14

〇ソフトバンク 松坂大輔
2015年 1軍登板なし

〇巨人 岩隈久志
2019年 1軍登板なし

 ピークを過ぎ最後の“居場所”としてNPB復帰した投手もいれば、松坂や岩隈のようにケガに泣き登板機会のなかった投手も。その他にも2016年に古巣阪神に復帰した藤川球児は先発、中継ぎをこなし43試合に登板し5勝6敗10ホールド3セーブ、防御率4.60をマーク。その後に年々成績を上げる珍しいパターンも存在する。

 西武時代は通算276試合に登板し53勝49敗、25セーブ、54ホールド、防御率2.83をマークした牧田。3年ぶりのNPB復帰を果たすサブマリンは今季一体どのような成績を残すのか注目が集まる。(Full-Count編集部)
………[報知新聞2020 0124 06:00]………


山口俊、黒田の“男気復帰”に憧れ「米国で成功」し「最後はジャイアンツに恩返し」

 米大リーグ・ブルージェイズでプレーする山口俊投手(32)が23日、巨人への恩返しを約束した。球団初となるポスティングシステムで、夢を後押ししてくれた古巣への感謝は深まるばかり。メジャーで成功することを大前提に、黒田博樹氏(44)のような“男気復帰”が将来的な希望にあることを打ち明けた。

 「一番は米国で成功すること。米国で成功した状態で戻ってきたい。最高の形でね。最後はいい形でジャイアンツに恩返しがしたいですね」。新たな挑戦へ向けた高揚感とともに、強くなっていく巨人への愛着。「背番号11を空けて残してくださった。うれしかったし、ありがたかったですから…」と原監督らの温かい配慮も心に響いたからだ。

 16年オフにDeNAからFAで加入。昨年は最多勝と最高勝率、最多奪三振の投手3冠とフル回転し、5年ぶりのリーグ優勝に貢献した。「僕が一番、憧れる形。そういう選手生活を送りたい」と重ね合わせたのは同じ右腕のレジェンド・黒田だった。メジャーの巨額オファーを受けながら、愛する広島復帰を決断したのは選手生活の晩年。「100%、戦力として見てもらえる状態で恩返しをしたい」と志を高くした。



 ◆広島・黒田の“男気復帰” 07年オフにFAでメジャー挑戦を決断し、ドジャースへ入団。ヤンキースとの2球団で計79勝をマークした。14年オフには約20億円ともいわれた巨額オファーを断り、約5分の1の条件で広島復帰。16年7月に史上2人目の日米通算200勝を達成するなど、25年ぶりの優勝に貢献した。同年10月に現役引退を表明。背番号「15」は永久欠番となった。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
この記事に対してのコメント(つぶやき)のほとんどが、よく思ってない内容ばかりでしたexclamation

巨人のファンでさえ、良いコメントが一つも無いなんて………

前途多難ですネあせあせ
………[日刊スポーツ2020 0130 06:00]………


広島床田、目標設定も黒田氏から「正直レベル低い」

今オフにOBで元エースの黒田博樹氏(44)から金言を授かったことを明かした。自主トレは大瀬良大地投手(28)に弟子入りし、地獄の鍛錬を実施。目標の2桁勝利&規定投球回到達へ、手応え十分のキャンプインだ。

  ◇    ◇    ◇

「まずは開幕先発ローテ入りして、2桁勝利、規定投球回に到達したい」。床田が掲げた目標は、あっさり否定された。1月に黒田氏、大瀬良、戸田、床田の4人で食事する機会があり、黒田氏に目標を伝えたところ「正直レベルが低い」と指摘を受けたという。

黒田氏 先発ローテに入るのは誰でもできる。最初から2桁、規定投球回に乗るつもりでやらないと、結果は変わってくる。ローテに入ったことない若手がライバルになってしまう。

黒田氏は25年ぶりにリーグ優勝した16年に現役を引退。床田が17年入団のため、入れ違いで接点は少なかった。左腕は「めっちゃ緊張しました」と当時を振り返り、決意を新たにした。「黒田さんに『2桁勝てる力はある』と言ってもらえた。先発ローテに入れたらいいとかじゃなくて、絶対入る気持ちでやります」。

目標達成へ、1月は下半身を徹底的に鍛え上げた。大瀬良から誘われ、合同自主トレを敢行。1年間戦い抜くための体力強化がメインだった。100メートルを20秒以内で走り、20秒休憩するメニューを10本×5セット、1日合計50本を毎日行ったという。「めちゃくちゃ走りました。大瀬良さんは昭和タイプ。根性論的な感じの人で、妥協は一切なかった。すごく勉強できた」。他にもウエートトレーニングや水泳などで、エースの鍛錬を積んできた。

17年に受けた左肘のトミー・ジョン手術から再起し、昨季は7勝を挙げた。ただ24試合に先発し、7回以上投げたのは7試合。「最低でも7回まではいきたい。7回まで投げれば勝ち星も増える」と力を込めた。この日は昨シーズン以来となる、捕手を座らせた状態でのブルペン投球を行い、51球投げ込んだ。オフに鯉の先輩エースから刺激をたっぷり受けた左腕。恩返しの大活躍を期す。【古財稜明】
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

上記の記事に対してのファンのコメントですexclamation ×2

★黒田の発言は床田の実力を認めている証拠。二桁勝利・規定投球回を最低限の目標にして防御率2点台で勝てるだけ勝って欲しい。期待しています!

★さすが黒田博樹氏。
敢えて厳しい言葉をかけ、認めるところはちゃんと認めている。
床田選手には是非期待に応えて欲しい。

★先発ローテに入って規定投球回数を投げて二桁勝利というのは新人の森下の目標としては良いですが、去年7勝した投手なら勝ち星倍増位を目標にして欲しいですね。

★床田が2桁勝ってくれたらチームだけじゃなく手術を受けた選手みんなに勇気て希望を与えてくれる
頑張って目標を叶えてほしい

★平成生まれなのに昭和タイプと言われる大瀬良くん(笑)
安仁屋さんじゃないけど、大瀬良と床田で合わせて30勝、戸田が5〜7勝くらいしてくれたらKJも居るし優勝確実なんだけどな。
目標を高く持って頑張れ。

★床田はやってくれるだろう。問題は戸田。
彼が黒田の言葉をどう受け止めたかによって、2〜3年後のカープは変わってくると思う。もちろん、戸田自身も。

★戸田、床田が活躍すればカープの左腕問題は解決できると思います。
頑張れとは言わない自力を出して欲しいですね。

★去年のピッチング観てたら、確かに目標としては低いかもですね。
目標では無く最低限のノルマ。
目標は貯金10目指して欲しいですね。

★床田選手のポテンシャル、負けず嫌いの性格、一方で故障明けの不安、自信のなさを感じて黒田さんは発破かけてくれたんだと思う。
今季も期待してます。頑張れ床田選手!
2桁きっと勝てます!

★さすが黒田
床田の力を知った上でのハッパ
それだけのポテンシャルがあるという事だしもっと貪欲になればいい

★黒田が認めたってダメなやつはだめ。
福井がそう。
床田には頑張って黒田の期待に応えて欲しい

★大先輩からの厳しいお言葉だけどそれだけ期待されている。
レジェンドからの指摘をしっかりと受け止めて励みにしてほしい。

★黒田さんの言うように。
目標高く、タイトルを取るぐらい言わないと

★黒田さん、ありがとう!
………[赤鯉速報2020 0204 20:24]………


黒田博樹の金言「気持ちだけでどうにかなるほど(プロ野球は)甘い世界ではない。でも気持ちがなければ何も起こせない世界」

RCCテレビの情報番組「Eタウン・SPORTS」は1日、カープの新投手コーチ・横山竜士さんと作家・迫勝則さんの対談を放送。


メモリアルイヤーの新体制
投手コーチ・横山竜士 vs. 作家・迫勝則


黒田博樹の金言

横山コーチ:僕、黒田さんに言われた言葉でよく覚えているのが「気持ちだけでどうにかなるほど(プロ野球は)甘い世界ではない。でも気持ちがなければ何も起こせない世界」というものです。

横山コーチ:それが僕の中ではすごく響いてきて、やっぱり技術だとかなんだとか言っても、心を強く持つことは大事だと教わりました。気持ちでやる野球を大事にしていきたいですね。


理想のコーチ像

横山コーチ:昨秋のキャンプで久しぶりにユニフォームを着させてもらって、若い選手の練習を見てきましたけど、その場その場で言いたいことはあるんですけど、その場で言わずに1回持ち帰りました。

横山コーチ:それをどうやって言えば相手に伝わるのか、思いつきでたくさん言葉を並べてみても選手には入っていかないだろうなと。

横山コーチ:言い方を考えて伝えるべきだと思って。


── RCCテレビ「Eタウン・SPORTS」(1日放送)より「安芸の者がゆく」が文字起こし及び要約・意訳
………[赤鯉速報2020 0204 23:23]………


會澤翼、選手会長時代を語る

RCCテレビの情報番組「Eタウン・SPORTS」は1日、カープの前選手会長・會澤翼選手の特集を放送。


カープ70年の選手会長論
會澤翼 独占インタビュー
(RCCテレビ「Eタウン・SPORTS」)

2018年から2年間、選手会長を経験

會澤:人として成長出来たというのが、一番プラスになりましたね。

會澤:個人の事よりもチームを優先、その中で個人としてもしっかりやらないといけない。

會澤:その狭間で…しんどいですけど、やってこれたから成長できたのかなと。



── 1年目とか戸惑いませんでしたか?

會澤:1年目は難しかったですね。考えた事を行動に移すのに勇気が必要でした。



── 例えば?

會澤:ミーティングとかもそうですし、どうしたら皆に響くか、言葉を考えないといけないですし。

會澤:考えることは簡単ですけど、それを行動に移す勇気、行動力ですね。



偉大な先人からの学び

會澤:僕がここまでになれたのは本当に石原さんのおかげだと思います。

會澤:石原さんに教わり、新井さんに教わり、黒田さんにも教わったという良い流れというか、僕にとっては本当にありがたかったですね。




石原さん・黒田さん・新井さんから共通して自分に響いてきたもの

會澤:「こんなにチームの事を思っているんだな」とは思いました。

會澤:本当に自分の事というよりも、チームがどうしたら強くなるかというのをすごく話し合われていたので。

會澤:この人らクラスでもこういう事を考えたりするんだなと。




「思いを形に出来ない」選手会長時代の會澤を支えた仲間の存在

會澤:難しいことだらけで頭がパニックになって、どうしたらいいのか分からなくなったこともありました。そういう時こそ相談していましたね。

會澤:相談することが手っ取り早いなと思いましたし、分からないのに一人で悩んでも仕方ないなと。




前任の小窪哲也選手について

會澤:あまりテツさんというのは否定をしない方なので「いいんじゃない」と。でも「こうした方がいいよ」とアドバイスはしてくださいましたね。

會澤:まぁ、テツさんとはケンカもしましたし、言い合いになることも多々ありました(笑)

會澤:でも僕なんかを支えてくれて、本当に最高の先輩ですね。




後任の田中広輔選手への思い

會澤:広輔には冗談がてらですけど「次はお前がやれ」とジャブをいれながら話をしていたので。

會澤:シーズンが終わってご飯を食べに行った時、ストレートにかましました。

會澤:僕の気持ちもしっかり伝えたら「覚悟を持ってやります」と言ってくれたので、「俺も助けるから頑張れ」と。
………[デイリースポーツ2020 0207 23:30]………


誠也&大瀬良に重なるカープのレジェンドの姿

 「広島春季キャンプ」(7日、日南)

 キャンプ第2クール初日は小雨が降る中、行われた。アップが始まり、チーム全体でのランニングが始まると、身ぶり手ぶりしながら話す2人の選手に目が止まった。侍ジャパンでも4番を担う鈴木誠也と、鯉のエース・大瀬良大地だ。2人はナインの最後尾で時折笑顔を見せながら走り続けた。

 ドラ1ルーキーの森下がその違いに驚いていたように、プロの練習では学生野球と違い、投手と野手とで完全にメニューが分かれている。数少ない投手と野手が一緒になるメニューの時間を大事にするかの様な2人の姿に、カープを引っ張ってきた新井と黒田の両レジェンドの姿が重なって見えた。

(デイリースポーツ・山口登)
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
上記の記事に対してのファンのコメントですexclamation


★やはり、この二人の投打の柱の頑張り無くして優勝はあり得ません。
2016年の優勝は新井 黒田の頑張り無くしてなかったし、彼らを見て頑張った他の選手が頑張ったお陰で17年18年の連覇をしました。
もう新井 黒田は現役を引退していなくなったのだから次は、貴方達がチームの柱となり他の選手を引っ張っていく必要があると思います。

★言いたいことは解る
黒田は大瀬良の、新井は誠也の師匠のようなものだし
成績というよりは影響力で、あの二人に近づいて欲しいね

★自分もそう思ってました。大瀬良と誠也でチームを引っ張って優勝、日本一をぜひとも見せてほしい!

★黒田さん、新井さんの背中を見てきた二人が、今度は背中を見せる立場になってきた。
レジェンド達のごとくチームを引っ張ってペナント奪還と日本一を掴み取ってほしい。

★一人黙々タイプだった丸より、誠也が継ぐ方が結果的にカープがしっくりくる。大瀬良は言うまでもなく、ここ1、2年で言動に風格が出てきた。

★黒田の背中
新井の背中は、

ファンの脳裏にも‥
若鯉達の脳裏にも‥
はっきりとした記憶を残しとる。

2人の勇姿は、

これまでも‥
これからも‥

永遠に
カープによって引き継がれるじゃろぅ。

★黒田も新井も何年間かカープ離れてたけどね、、2人にはずっといてもらいたいけど、さてどうでしょうね。メジャーなら応援したいけど、在京球団だけは嫌だねぇ、、

★誠也はジャパンの四番に、大瀬良はカープの真のエースに成長してくれた。まさに、投打の柱。

★誠也も大瀬良も自分が引っ張っていかないといけない!という自覚があるから心強い。

★「レジェンドの姿が重なった……」憎らしいコメントだが、まだ2人とも若すぎる。

★大瀬良が黒田?(笑)
阪神でいう藪の間違いだろ?
………[スポニチ2020 0130 05:54] ………


広島・ピレラ つかみはOK!合流初日からノック参加 すっかり“赤ヘルファミリー”だ

 広島のホセ・ピレラ外野手(30=フィリーズ)が29日、本拠地に隣接する屋内練習場で来日初練習に汗を流し、才能の一端を披露した。野手陣のノックにいきなり志願参加すると、フリー打撃でも独自のルーティンから快音を連発。新助っ人が合流初日から輪の中に入るのは異例中の異例だけに、打撃センスと等しく高い適応能力が光った。

 非常に珍しい光景だった。マツダスタジアムに隣接する屋内練習場。自己紹介を済ませたピレラは、石原や野間ら初めて顔を合わせた野手陣のノックに志願参加し、白い歯をのぞかせながら打球を追った。来日したばかりとは思えない打ち解けよう。当の本人が充実した表情で振り返る。

 「彼ら(野手陣)のことを知る、良い1日になったと思うよ」

 新外国人選手が合流初日からナインと一緒に汗を流すのは前代未聞だ。13年目の松山は「初日からノックに入る外国人は初めて。人当たりがよさそう」と歓迎。ベネズエラ出身の30歳はメジャーリーグでも外国人選手であるため「打ち解ける術を知っている」(西村通訳)というわけだ。

 フリー打撃でもセンスの一端を披露した。打撃投手を務めた石原を相手に、最初は両足を動かさずコンタクトに徹し、徐々に体を動かして打球の感触を確かめるようにスイングすると、最後は力強く振って放物線を描いてみせた。ピレラ独自のルーティンだった。

 「スプリングキャンプが始まるので、そこに向けた準備をしている。しっかり体を動かすことを心掛けた」

 入団会見から2日後の来日初練習。ナインの輪に自ら加わることで垣間見えた高い適応能力と同様に、その力強いスイングにも熱視線が集まっていた。ティーやフリーを目の当たりにした選手、スタッフの複数が「打撃はよさそう」と証言。それでも本人は冷静だ。

 「大きな打球は、それを打てる打者に期待すればいい。私が重要だと思うのはしっかりコンタクトすること。自分の役割を逸脱しないように集中したい」

 14年に在籍したヤンキースでは、リーグ3連覇の土台を築いたOBの黒田博樹氏とともにプレー。「クロダさんは人柄がよく、素晴らしい方だった。彼がプレーしたチームに契約してもらって光栄」と心を奮い立たせる。その打撃力、その適応能力がチームにどんなプラス効果をもたらすのか、期待が膨らむ。(江尾 卓也)
………[サンケイスポーツ2020 0302 05:07]………


阪神・ガンケル、黒田魔球「フロントドア」で左打者封じ!鷹・栗原見逃しK斬り

 (オープン戦、ソフトバンク4−1阪神、1日、ペイペイ)“黒田魔球”でビビらせた! 阪神の新外国人、ジョー・ガンケル投手(28)=前マーリンズ3A=が1日、ソフトバンクとのオープン戦(ペイペイドーム)に先発し、3回2安打2失点だった。実戦で初被弾を許したが、左打者へのツーシームで見逃し三振に仕留め、新たな投球スタイルを披露。開幕ローテ入りが確実な状況の中、広島、メジャーで活躍した黒田博樹氏(45)が得意としたフロントドアで翻弄し、手応えありだ。

 静寂に包まれた球場で力強いミットの捕球音を響かせると、球審の「ストライクアウト!」の声がこだました。ガンケルが左打者の内角へツーシームをバシッと決め、見逃し三振。あの大投手も得意とした“魔球”でニュースタイルを披露した。

 「(打者が)外角のシンカーを意識していた部分があったので、それをうまく使って内角へ最後(ツーシームを)決められたのはよかったよ」

 相手の度肝を抜いたのは、二回の先頭で迎えた栗原との対戦だ。外角低めへの配球を立て続けに行って意識させると、フルカウントからの7球目でツーシームを内角へズドン。左打者の内角ボールゾーンからストライクにすっと入る“魔球”に「自分の武器の一つ。左打者に対してはリリースポイントが遠く感じるから、球が向かってくるように見えるし、自分の球の性質的にシュートするので有効だと思う。うまく使っていきたいね」と納得顔だ。

 左打者の内角をえぐるようなフロントドアの使い手といえば、広島やドジャースなどで活躍し、日米通算200勝を挙げた黒田博樹氏がいる。そんな大投手と同じような投球を見せた助っ人に矢野監督は「あまり日本の投手には少ないようなボールだと思う。外角からちょっと動くボールっていうのは有効になるし、これから貴重なボールになるんじゃないかな」と大きくうなずいた。

 この日も持ち味をいかんなく発揮。一回にバレンティンに甘く入った変化球を左翼席に運ばれて2失点したが、それ以外は低めに丁寧に集めた投球で鷹打線を封じた。無観客試合での登板にも「マウンドでは打者に集中することができているから影響はないよ」と頼もしい。安定した投球を継続し、開幕への調整もバッチリだ。

 「やるべきことをやって、次の試合に向けて準備することが大事だと思う」

 開幕ローテ入りはほぼ確実。米国製の精密機械が虎を勝利へと導くピースとなっていく。 (織原祥平)

ガンケルの内角のツーシームで見逃し三振を喫したソフトバンク・栗原「厄介な球で、すごかった。思ったよりもツーシームがよく動いていて、『あっ』と思って手が出なかった。スライダーも直球も速かった」

フロントドア

 「正面玄関」を意味する米大リーグでは主流の投球テクニック。打者の内角ボールゾーンからストライクゾーンに入っていく変化球でストライクをとること。逆に打者の外角ボールゾーンからストライクゾーンに入ってくる変化球でストライクをとることを「バックドア」(「裏口」)と呼ぶ。
………[テレビ新広島2020 0315 18:30]………


カープの戦績や選手などを銅板に モニュメントスクウェア完成

カープ球団創立70周年を記念し、マツダスタジアム近くにこれまでの戦績や在籍選手などを銅板に刻んだモニュメントスクエアが完成しきょうお披露目式が行われました。

モニュメントスクエアのお披露目式には、佐々岡監督やカープのレジェンドOBなど14人が参加しました。
モニュメントスクエアはマツダスタジアムへ続くカープロードの一角に設置され、球団が創立された1950年から去年までの戦績や所属した選手・監督・コーチ延べ5115人の名前がその年ごとに刻まれています。

「70年の歴史の中でファンの方に愛されて、先輩たちが頑張ってきて後輩たちが頑張ってる中で一つの歴史の中に自分が入れたことは本当に光栄に思う。この年代はこういう選手がいたんだとか、この頃は強かったなとかこの頃は逆転負けしたなとか、昔の思い出を思い出しながら見て頂きたい」

また、永久欠番になっている山本浩二さん、衣笠祥雄さん、黒田博樹さんの功績を称えたプレートも飾られました。
モニュメントスクエアはデーゲームや試合のない日は午前10時から午後4時まで、ナイトゲームの日は午後1時から午後6時まで一般開放されます。
………[Full-Count 2020 0406 19:29]………


ファンが選ぶ最強“赤ヘル軍団”は? 黒田、山本、鈴木誠ら広島歴代ベストナイン

 開幕延期で「野球ロス」になっているファンの方々に少しでも心の隙間を埋めていただきたく、Full-Count編集部では“夢のベストナイン”選考をツイッターにて限定アンケートで実施。第4回は広島編。鈴木誠也外野手、菊池涼介内野手が70%を超える票を集めた。多くの部門で赤ヘル軍団を支えた懐かしの名選手の名前が挙がっている。

 編集部の独断で各ポジションでノミネート選手を4人選出。候補選手を挙げるだけでも難航したが、全体で最も票を獲得したのが先発投手部門で1806票を集めた黒田博樹氏だ。前田健太投手(現ツインズ)ら強者揃いだったが、日米通算203勝を挙げた右腕の人気は健在だった。

 最も得票率が高かったのは右翼手部門の鈴木誠也。右翼手部門に投じられた2035票のうち87%にあたる1770票を集めた。二塁手部門では1328票、得票率70%の菊池涼介。他のポジションでは救援投手部門で炎のストッパー・津田恒美氏、三塁手部門で鉄人・衣笠祥雄氏、ミスター赤ヘルの山本浩二氏ら往年の名プレーヤーの名前が並んだ。

 代打部門で浅井樹氏、監督部門では古葉竹識氏がトップだった。代打部門では右の代打として活躍した町田公二郎氏の人気も根強かった。12部門のうち現役は2人だけ。まさに“最強メンバー”となっている。

【夢のベストナイン・広島編】
先発 黒田博樹
救援 津田恒美
捕手 達川光男
一塁 栗原健太
二塁 菊池涼介
三塁 衣笠祥雄
遊撃 野村謙二郎
左翼 前田智徳
中堅 山本浩二
右翼 鈴木誠也
代打 浅井樹
監督 古葉竹識

【打順を勝手に組んでみた】
1(遊)野村謙二郎
2(二)菊池涼介
3(左)前田智徳
4(右)鈴木誠也
5(中)山本浩二
6(三)衣笠祥雄
7(一)栗原健太
8(捕)達川光男
9(投)黒田博樹(Full-Count編集部)
………[デイリースポーツ 2020 0425 12:00]………


広島 岐路となった2015年4月25日 黒田の気迫でチームが変わった

 記者席から思わず身を乗り出した。打席からのけ反って尻もちを付いた黒田博樹投手が、マウンドに立つ藤浪晋太郎投手をにらみ付ける。両軍選手、首脳陣がホーム付近に集まり、不穏な空気が流れた。乱闘寸前。投手が打席で魅せた闘志は、長く低迷したカープナインの意識を変えた。

 2015年4月25日の広島―阪神戦(マツダスタジアム)。この年、「広島に僕を待ってくれる人がいる。1球の重みを感じられる」と、電撃復帰を決めた黒田が先発した。チームは最下位と低迷。1―1で迎えた二回、1死一塁で打席に立った。バントを試みたが、藤浪の投球が2球続けて頭部付近を襲った。

 「自分の体は自分で守らないといけない。それにチームの士気にも関わる。(藤浪の)闘う姿勢も分かるが、負けない気持ちを出した」。試合後、黒田は当該シーンについて、こう説明した。この回に1点を取って勝ち越すと、続く三回にも2点を追加。まさに気迫で奪った勝利だった。

 ただ、黒田は対戦の翌日、投げ合った藤浪にもエールを送っている。

 「一生懸命、闘う中で起こったこと。次の対戦があれば、思い切って腕を振って投げてくれたらいい。僕は(死球を)頭に当ててしまったことがある。いろんな経験をしてきた。それを乗り越えらないと強くなれない」

 そんな言葉通りに、順風満帆な野球人生だったわけではない。エースとして活躍した2000年代前半。市民球場のマウンドに立つと、空席の目立つ客席が見えた。「ファウルボールがスタンドに入っても、誰にも当たらずイスに当たっていた」。当時の主砲だった新井貴浩内野手と2人、口を開けば勝つための方法を探した。広島復帰後は、衰えが見え始めた体で闘った。全盛期は150キロ超の直球とフォークが主体。スタイルの変化に「当然葛藤はあった」という。だが投手である前に、プロとして生きざまを探した。

 この一戦を契機に、チームは闘う集団に変貌を遂げた。復帰2年目の2016年には、初めてリーグ優勝を経験した。スタンドを見渡せば客席は、真っ赤に染まっている。新井との抱擁シーンは広島だけではなく、プロ野球ファンの感動を呼んだ。カープは地方球団ではなく「地域球団」と呼ぶ。ファンと共に戦ってきた。この年限りで現役を引退。「常に野球の神様がいると思って投げてきた」という男に、最高のフィナーレが待っていた。

 今月の17日にはオンラインで臨時の12球団代表者会議が開かれ、5月中の開幕断念と交流戦の中止を発表された。2005年に始まった交流戦の中止は16年目にして初めてで、試合数削減を含めた大幅な日程の再編も必至。最短で6月中旬以降の開幕になるが、これすら先が見えない。開幕後も当面は無観客での開催になりそうだ。

 だからこそ、例年以上に「1球の重み」が感じられるシーズンになるだろう。プロ野球界から元気、勇気を届ける1年にしたい。連覇を狙う巨人に、覇権奪回を誓う広島。戦力を整えた阪神やDeNAも頂点をうかがう。闘志あふれる気迫の対決を楽しみに待ちたい。
………[高校野球ドットコム2020 0121 15:40 蓮帖帖


高校時代、控え投手で終わった黒田博樹(元広島)が大学以降から素質を開花できた理由

プロで活躍する選手は、たいてい、高校時代に主力選手として活躍を見せている。
エースや4番、主将といったチームの核となる役割を担っているパターンがほとんどだ。しかし高校時代は全く実績がなく、大学、社会人で花開いてプロ入りするというサクセス・ストーリーを私たちに見せてくれる選手がまれにいる。さらにMLBで活躍するとなれば、それはもう夢の様な話だ。

 そんな夢の様な野球人生を送っているのが日米通算203勝を挙げた黒田 博樹氏だ。

 黒田投手は上宮高校時代、ほとんど登板実績がなかったのはご存知だろうか。
高校時代は控え投手で、登板が全くなかった選手が、その後大学で開花し、メジャーリーガーになり、さらに一流の実績を残したというのは黒田投手か上原 浩治氏ぐらいだろう。

 今回は黒田氏の高校時代の監督・田中 秀昌監督(現近畿大硬式野球部監督)に黒田氏の人間性を物語る高校時代のエピソードを紹介していただいた。

唯一の実績は2年秋の近畿大会 控え投手で終わった3年間

写真カメラ
広島時代の黒田博樹

 元南海ホークスなどでプレーした黒田 一博氏の息子である黒田 博樹。
中学生の時は父親が監督を務めるボーイズリーグ「オール住之江」でプレーしていた。そんな黒田は元木 大介(元巨人)など名だたる選手が甲子園で躍動し、1989年選抜で準優勝した上宮に入学を決める。

 しかし、この世代の上宮は錚々たる選手が揃っていた。
まず黒田の1学年上は、日本ハム、阪神でプレーした中村 豊、MLBのロイヤルズでプレーし、主に千葉ロッテマリーンズのセットアッパーで活躍した薮田 安彦選手がおり、同級生には西浦 克拓選手(元日本ハム)、筒井 壮選手(元阪神)、社会人野球でも活躍した溝下 進崇選手と名だたる逸材が多かった。そんな布陣に、黒田が入り込む余地はなかった。

 入学当時はコーチで、黒田の2年秋から監督に就任した田中監督は入学当初は「長身だったけど、ほっそりとしていて練習についていけるか、不安でした」と語るほどだった。だが田中監督が目を惹いたのは練習に取り組む姿勢と学校生活の姿勢の良さであった。

「僕は結構走らせていたけど、クロ(黒田)は自分から走ったり、投げ込みをするなど、人一倍努力ができる姿勢がありました。僕は同時に教師をやっていたのですが、クロの授業に取り組む姿勢も野球部員の中では誰よりも良かったですね」
と当時を振り返る。

 新チームになっても黒田の登板機会はなかなか訪れなかった。エース格として投げていたのは、西浦と溝下の2人。西浦はプロ入り後は野手として活躍するが、当時は145キロ前後の速球とスライダーを投げる本格派右腕。溝下は安定感抜群でしっかりとゲームを作れて、度胸溢れる左腕。
黒田は長身から勢いある直球とスライダーを武器にする投手であったが、黒田のスピードを上回るのが西浦で、安定感においては溝下の方が上だった。さらに西浦、溝下ともに野手としての能力も高く、必然と起用するのは西浦か溝下になっていた。

 そんな中でも、黒田が輝いた時期が1991年秋である。当時、直球の制球力に苦しんでいた黒田だったが、近畿大会を前に調子を上げていく。
ストレートのキレ、コントロールも安定感があり、これは投げさせられると判断した田中監督は黒田を近畿大会準々決勝の日高戦でリリーフ登板させる。すると黒田は無失点の好投を見せ、さらに準決勝のPL学園戦でも好継投。決勝進出を決めると、決勝では天理に敗れたとはいえ、この試合でも途中登板で好投を見せ、自信を掴んだ大会でもあった。

 しかし近畿大会準優勝ということで、センバツに近づき、甲子園デビューも間近と思われた矢先、学校内で不祥事があり、選抜推薦を辞退することになってしまった。当時の上宮の選手からすれば、じくじたる思いがあったかもしれない。
黒田の甲子園出場は幻に終わった。

 秋の近畿大会では上り調子だった黒田だったが、「そこから調子を落としてしまったようだった」と田中監督が語るように、最後の夏は西浦と溝下の2人が中心となり、黒田は目立った活躍もできないまま、夏を終えた。
かくして高校時代は控え投手で終わった黒田だったが、田中監督は黒田の取り組む姿勢を高く評価していた。
「野球、私生活においてもとにかく一生懸命、真面目に取り組める選手でした。そういうところが大学時代に素質を開花させたのかなと思います」と振り返る。
………[高校野球ドットコム2020 0121 15:40◆蓮帖


高校時代、控え投手で終わった黒田博樹(元広島)が大学以降から素質を開花できた理由

写真カメラ
恩師が語る黒田 博樹の義理堅い人間性

田中 秀昌氏(近畿大監督)
 夏が終わり、黒田は東都大学野球連盟に所属する専修大進学を決意する。
専修大には黒田と仲の良い先輩投手がいたこと、また両親からよりレベルの高い関東で勝負してほしいという希望があったこともあり、進学を決意した。そして専修大入学後、黒田はメキメキと実力を付けていった。その成長ぶりは帰郷のたびに高校に顔を出し、バッティングピッチャーなどをする姿から田中監督も実感していた。

「リーグ戦が終わった後にクロが投げてくれるんですが、だんだんボール自体が凄くなっているんですよね。諦めずにやってきてよかったなと感じますね」

 黒田は3年秋に日本大との入れ替え戦に勝利し東都一部復帰を決め、4年は春秋通し東都一部でプレー。
最速150キロを計測する剛腕投手としてスカウトからの評価を高めていった。

 当時のドラフトは逆指名制度があり、選手が球団を選べる制度だった。
黒田は広島東洋カープを選び、入団を決める。広島の入団に際して、田中監督は「高校時代を知る我々からすれば、クロがプロへ行くなんて快挙なんですよ。それも2位で。私は嬉しくて嬉しくて、新品のグラブを彼に送りました」
そのグラブには「闘魂 黒田博樹」と刺繍がされていた。

 そしてプロ入り後、黒田の義理堅い人柄が明らかになってくる。

 1997年4月25日、黒田はプロ初登板で快挙を成し遂げる。巨人戦に先発した黒田は、自慢の速球を武器に強力・巨人打線を1失点完投。当時、広島の新人投手が初登板初完投勝利は球団4人目だったが、巨人戦では初の快挙だった。
この快挙にスポーツ紙が黙っているわけはなく、多数の紙面で大きく取り上げられた。そしてあるスポーツ紙では選手の宝物を挙げるコーナーがあったのだが、この勝利の翌日はもちろん黒田が取り上げられていた。そしてその時、黒田が宝物としてあげたのが前述のグラブだったのだ。

 田中監督からすれば非常に嬉しいエピソードである。監督がそのことを知ったのは、黒田の母・靖子さんからの手紙だった。
「お母様から手紙とその新聞の切り抜きを私に送ってくれたんです。手紙には達筆な字で感謝の思いがつづられており、そして新聞の切り抜きが添えられてありました。そこまでしなくてもいいじゃないですか。でもその心遣いが嬉しかったですね」

 黒田の母である靖子さんは体育教師で、黒田を厳しく育てた方として有名だ。しかし、そのしつけが、今の黒田を築いたと田中監督は語る。
「クロの素晴らしい人間性、義理堅さというのはお母様の教育によってできたものだと思います。お母様は本当に素晴らしい方でした」
………[高校野球ドットコム2020 0121 15:40]………


高校時代、控え投手で終わった黒田博樹(元広島)が大学以降から素質を開花できた理由

マスコミ関係者も大事にする黒田博樹

 黒田は2005年にリーグ最多勝を挙げたのだが、その年のオフ、地元のローカル局が黒田のアマチュア時代を取り上げる、という企画があった。
その時、黒田が高校時代の思い出の場所としてあげたのが、上宮高校のグラウンドの近くにある科長神社だった。そこは階段の段数が多く、投手にとっては格好の練習場となっていたのだ。案内人として取材に協力し、その話を聞いた田中監督は「あいつの高校時代は走ることしか印象になかったのかな」と笑った。

 またその取材中、突然田中監督に黒田から電話があった。
「監督、すいません。こんなことに協力してくれて」という謝りの電話だったが、田中監督は「いいんだよ!こんなことでいいなら何でも協力するから!」と言って電話を切ったという。
その姿を見ていたテレビ局の人は田中監督に、「黒田さんは我々、マスコミを大事にしてくださる方で、人間性も本当に素晴らしい方です。多くの方々がそう思っています」と声をかけた。

 「そう声をかけられたときは本当に嬉しかったですね」と振り返る田中監督。

 黒田の義理堅いエピソードをもう1つ紹介しよう。
田中監督が東大阪大柏原高校の監督時代、2011年に夏の甲子園出場を決めた。すると、黒田から全部員分のTシャツが学校に送られてきた。
背中には「苦しまずして栄光なし!」という言葉が刻まれていた。これは黒田の座右の銘である。このプレゼントに感激した田中監督と東大阪大柏原の選手たちは、そのお返しとして、ビデオレターを送ったという。

 野球を通じて、人間性が大事だということがよく語られるが、他人を気遣った行いとお礼が何気なくできる黒田の姿勢は球児だけではなく、我々も見習うものがある。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

上記の記事に対してのファンのコメントですexclamation


★黒田は本当に義理堅さは育った環境から来ているのですね。メジャーへの移籍。現役バリバリのメジャーリーガーが土砂災害を目の当たりにして20億を蹴って広島を元気にしようとカープへの復帰を決めた事。少し歳下だがやはり生き様が格好良い。

★当時、大学生以上は逆指名で希望チームを選ぶ事が出来、人気チームに戦力が偏った。そんな中広島を選んだのは、いつも目をかけてくれていたから。市民球場の時から愚直に投げ続け、ファンの心を掴んだ。アメリカでライナーを直撃された時も相手を気遣い相手選手が辞める事は望んでいないとコメント。審判のミスジャッジに抗議する場面では試合にかける情熱と準備の膨大さをインタビューで答えていた。
最近の広島の強さに不可欠な存在だった。是非広島の監督として戻ってきてほしい。

★素晴らしい。
余りに素晴らしいエピソード。
まず黒田を育てたお母様と監督さんが素晴らしい。
それに応えた黒田も素晴らしい。
そして恩返しをする黒田からのプレゼントを受け取った、監督さんと選手達がビデオレターで感謝を伝えたことも、これまた素晴らしい。
恩返しの連鎖だね。
こういうことをみんなができれば、きっと素晴らしい世の中になる!!

★黒田さんは、カープの3連覇したはじめの年2016年にピッチングはもちろん、後輩ピッチャーの大瀬良や九里にアドバイスをしてくれていた。
大瀬良は、今でも悩んだら電話をしているらしい。
3連覇の大きな柱として戻ってきてくれてありがとう。

★当時の状況でカープに逆指名で来てくれた黒田と澤崎。
本当に嬉しかったのを覚えています。

★これだけ人間力のある黒田氏ならカープの監督候補として期待できる。盟友新井氏もいる。両氏は、上に立つ指導者の資質として申し分ないものをもっている。その他、海外スカウトにはエルドレッド氏もいる。カープは、人材の宝庫である。将来が楽しみだ。

★野球だけではなく学業も疎かにしなかった印象があります。
甲子園で活躍していれば東京六大学に進学していたかもしれませんが専修大学を二部から一部リーグに昇格させたことはたいへん価値があり、その後の野球人生の自信になっているのは確かであると感じます。入れ替え戦に勝つことは難しいですからね。

★高校時代に肩を酷使しなかったのが長い現役生活に繋がったのがしれない。

★NHKの番組で、高校時代の黒田は練習も参加させてもらえなかったくらい毎日走らされていたが、それにより足腰が鍛えられて、大学で球が速くなったといってたな。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

★当時の専修大学の望月監督が育てた感が強いね。

★黒田こそ、男の中の男、そして丈夫な体に生んでくれた両親もすごい。すべてが感謝しかありません。黒田さん本当にカープにきてくれてありがとうございました。

★監督や周りも、ここまでの選手になるとは思ってなかったようだね。高校時代に肩を酷使してなかった事が奏功したのは確かだろうな。ただ同じ様な環境下の選手は、注目されないまま終わる事が普通だから、上原と共に逆転人生の代表例だな!
素晴らしい!

★広島のスカウトも黒田の人柄を買って指名したと言うからな。しかも何球団か声をかけられてたみたいだけど1番最初から見てくれてたのが広島なので広島を逆指名したというから、やっぱり義理堅いな。

★横浜ファンとしてしっかりと試合を作る嫌な投手という印象しかないが、人間的に義理堅くファンを大切にする感じはずっと伝わってた。こういうOBがいるのは財産だよね、カープも。

★当時の上宮はかなりの強豪だったから、控えでも、本来は全国区レベルの投手は居たろうなあ

★黒田らしいなあ。
高額年俸を蹴ってカープファンに義理だてしたのは無論のこと、広島の水害の時に人目を忍んで励ましに出かけたことや、可愛がっていた新井を労う一面広告など、人柄が良く分かる。

★半年前まで広島に住んでいました
黒田は、広島の日本の宝です。ありがとう

★子供時代に肩を酷使しなかったのが良かったんでしょうね

★現役中も同じメーカーを使い続けたエピソードも有名だ

★高校時代に控え投手でも、専大のような名門大学に入れちゃうんだね。

★黒田さんの座右の銘、素晴らしい。
僕もとことん苦しむぞ(^_^;)

★こういう一面を野球の神様はキチンと見ていたということですね。

★黒田の場合、母親が厳しくやりすぎな感じがあったからな。

★理想の日本人だよ。
………[デイリースポーツ2020 0503 13:01]………


自粛生活で大谷を思う 日本ハム時代に5年間外出許可制も“噂”すら聞かず

 緊急非常事態宣言が発令されて、外出を自粛する日々が続いている。おじさん記者でも精神衛生上よくないと思うこともあるが、ここは我慢の時。プロ野球界の若い選手も、ストレスがたまっていないかと気になってしまう日々である。それでもあのメジャーリーガーは制限された中でも黙々と、自分を磨き続けていることだろうと思う。エンゼルスの大谷翔平だ。

 日本ハム入団から退団するまでの5年間、栗山監督のもとで外出許可制がしかれていた。信頼はされていても二刀流選手として、練習に集中して打ち込ませるためで、外出の際は指揮官に誰とどこへ行くか逐一、許可をとるものだった。今の活躍に至ることを考えると正しい選択だったといえるが、当人は管理されている意識が全くなく苦痛でもなかったのが驚きだった。若いのに遠征先では球場と宿舎の往復で十分とばかりに、夜遅くまで飲んでいたという話も聞いたこともないから恐れ入った。

 どんな制限された状況でもやれることをやるということが大谷の流儀だろう。日本ハム時代のインタビューでは、記者に「自分がピークを迎えた時にどういう選手になっているか。そこに向けたトレーニングをしている」と話したことを思い出す。野球につながることはグラウンド外でも吸収し、読書にふけることも多かった。

黒田博樹の「クオリティ・ピッチング」に、栗山英樹監督の「未徹在」、プロテニスプレーヤー、ジョコビッチの「生まれ変わる食事」と野球に関係する本は枚挙にいとまがない。気になった一文は専用の万年筆で線をひき、読み返す。野球の成長につながることへの“学習”は喜んでやる。


………[赤鯉速報2020 0504 10:20]………


大瀬良の意識を変えた転換点「藤浪君から死球をもらった試合」/緒方監督の言葉と黒田博樹の姿

広島テレビの情報番組「進め!スポーツ元気丸」は3日、カープ・大瀬良大地投手の特集を放送。


大瀬良大地

★意識を変えたターニングポイントは2017年8月16日に行われた京セラドームでの試合


大瀬良:4年目ですかね。阪神戦で藤浪君から死球をもらった試合かなと。

大瀬良:グラウンド上で死球をもらってからの対応で、当時は「大丈夫だよ」と彼に声をかけました。

大瀬良:試合後に当時の監督である緒方さんに部屋に呼ばれまして「ああいう態度・姿勢を、戦っている皆の前で見せるのは違うと思う。(大瀬良の)性格を否定するわけではないし、お前にとってすごく素晴らしいものではあると思うけど、ああいう姿はいらない。やるかやられるかの中でグラウンドに立っているわけだから」と。


★勝負に対する姿勢を改める

大瀬良:厳しい言葉をもらって、そういう風な考え方を持ってやらないといけないと。相手を倒す気持ちは持っていたんですけど、まだ足りなかったなと。そういう考え方を教わりました。



★手本は黒田博樹

大瀬良:人よりも高い所に登って姿を見られるポジションなので、弱みではないですけど、隙を見せない姿…黒田さんがすごく参考になると感じました。

大瀬良:打たれようが、抑えようが、淡々と投げ続ける。あの姿を真似てみようと思いました。



★チームのエースに成長

大瀬良:グラウンドでの立ち振る舞い、そういったところは大きく変わったかなと思います。プレーも変わりましたし、成績もついてきてくれたと感じています。
………[デイリースポーツ2020 0510 20:00]………


巨人・田口「ジャイアンツに1人ガチの親戚がいる」インスタライブで衝撃の事実明かす

 巨人の田口麗斗投手が10日、巨人軍公式インスタグラムで行われた「インスタライブQ&A」に登場。事前に寄せられたファンからの質問やモノマネリクエストに答えた。

 開幕が延期となった中、少しでもファンとの交流を増やそうと催されたこの企画。第7弾の今回は「(企画への)オファーが来ない」と嘆いていた左腕が念願の“単独ライブ”。視聴者数がライブ開始時から1000人減少した時点で即配信終了という縛りが設定されスタートした。

 緊張した面持ちでスタートした田口だったが、「印象に残る試合は?」という質問に対しては2016年7月13日の広島戦をあげた。地元・広島で6回3安打無失点と好投し勝利投手になった試合。以前には子供の頃に憧れた選手と明かしていた黒田氏との投げ合いで「黒田さんの(日米通算)200勝がかかっていた。カープ戦で初めて勝った日だったし、すごく熱くなった」と語った。

………[デイリースポーツ2020 0511 10:00]………


今村、片足フィニッシュで球速UP 左足の反動生かす“黒田流”に

 広島の今村猛投手(29)が10日、廿日市市の大野練習場で行われた2軍「通い組」の練習に参加し、左足の反動を生かして球速アップを目指すことに意気込んだ。投球後に左膝が伸びた状態を保てれば、腕が振れて質の高い直球を投げ込めると分析する。“片足フィニッシュ”で速球を投げ込み、復活への歩みを進めていく。
 静かな語り口とは裏腹に、内に秘めた闘志が今村の胸にはある。求めるのは、質の高い直球。「真っすぐで、いい球を投げられないと勝負できないので」と話す通り、この日のブルペンは約40球、全て直球を投げ込んだ。

 ブルペン投球の終盤には、左足の着地を確認し「地面の反発というか、左足の反動を使って腕を振りたい」と取り組みを明かす。「投げるタイミング、バランスが良ければ片足でフィニッシュが取れると思うので、それができれば」と投球後に左足一本で立つ姿を目指していく。

 もちろん、全球その姿を再現できるとは限らず「できない時でもいいボールが投げられるように」と冷静さも忘れない。具体的な理想には「黒田さんも左足が伸びるような形だった」と球団OB・黒田博樹氏(45)の名を挙げ「大リーグの投手も左足を伸びるようにして投げる人が多い。そういう形の方がスピードが出るのかな」と“片足フィニッシュ”の効果を分析した。

 左足の反発力を生かせば「自然と腕も、もっと振れるようになるかな」と話し「理想としては、150キロを投げられれば」と力強い速球を取り戻す一助にもなりうる。昨季はわずか27試合の登板に終わった今村が、虎視たんたんと逆襲を狙う。
………[神戸新聞NEXT2020 0513 13:03]………


元広島・阪神の新井貴浩さん、不振の時期とコロナ禍重ねエール 大切なのは「背暗向明」

新型コロナウイルス禍で踏ん張る人々に、プロ野球広島や阪神で活躍した新井貴浩さん(43)がエールを送っている。神戸市在住で、このほど医療従事者への感謝の言葉を添え、同市にマスク2万枚を寄贈した新井さん。神戸新聞の電話インタビューに応じ、人気球団の4番打者でありながら幾度も不振に苦しんだ自身の経験と現状を重ね、「幸せと不幸せは交互にやってくる。苦しかったこと、悔しかったことが今の自分をつくっている。苦しいときを乗り越えた経験が多いほど、人に優しくなれる」と語る。

 新井さんは1999年にドラフト6位で広島に入団し、強打の内野手として2005年に本塁打王を獲得した。08年に阪神に移籍。11年には打点王に輝いたが不振もあり、15年に広島に復帰した。翌年、25年ぶりのリーグ優勝に貢献し、最優秀選手(MVP)に選ばれた。

 現在はプロ野球解説者を務めるが、新型コロナにより今年のオープン戦は無観客試合に。感染拡大に伴い、解説だけでなく、講演やゲスト出演など、先々まで決まっていた仕事は9割以上がキャンセルになった。

 無観客試合について「11年の東日本大震災直後の無観客試合を思い出しました。観客がいない中で淡々と9回が過ぎていくむなしさ。ファンの存在があってこそプロ野球は成り立つんだ、と改めて感じた」という。

 東日本大震災後、日本プロ野球選手会会長としてセ・リーグの開幕延期を要望した。

 

「あのときは、生きることに精いっぱいでテレビなど見られない被災者に、プロ野球が何ができるのかと悩みました。でも、先に延期を決めていたパ・リーグとの同時開幕という目的ははっきりしていた」と振り返る。一方で先の見えないコロナ禍には、「家族が最期をみとれず亡くなった、感染者の報道に衝撃を受けました。今日水が飲めて、食事ができることに感謝しなければ」と話す。

 一方、緊急事態宣言が出て、家族との時間が増えたという。「引退して2年目ですが、今回みたいに長時間家族と一緒にいるのは初めて。献身的に子どもの世話をする妻の姿を見たり、子どもといろんな話をしたりするのは新鮮です。男の子2人なので、部屋の中で紙で作ったボールを一緒に打って楽しんでいます」

 広島時代も阪神時代も打てない時期があった。「不振が続くと、お客さんもスポーツ新聞も当たりがきつくなります。そんなときは、どうしても悪い情報を拾いがちになってしまう。自分が犯罪者になったような気分になるときさえありました。でも、逃げたらだめだと。逃げずに向かっている限りは負けない、とずっと思っていました」

 そのとき大事にしていた言葉が「背暗向明」という仏教用語だった。「暗い方を振り返るな、明るい光が差す方にひたすら向かって行け」という意味で、それが今の社会情勢にこそ大切だと考えているという。

現役のころ、不振が続いたときに支えにした「背暗向明」という言葉を書き、エールを送る新井貴浩さん(本人提供)



 共に広島をリーグ優勝に導いた黒田博樹さんと話したことがきっかけで、神戸市へのマスク寄贈を思い立った新井さん。医療従事者や感染者に対し、誹謗中傷があることを悲しむ。

 「生かされているという気持ちを持てば、そういう発想にはならない。『自分があって、世の中がある』のではなく、『世の中があって、自分がある』のではないでしょうか。外出自粛などでストレスがたまる逆境だからこそ、人としての本質が出てくると思います」(霍見真一郎)
………[赤鯉速報2020 0514 11:47]………


石原慶幸選手が選ぶ名シーン「黒田さんと新井さんが抱き合って涙を流している場面。今でも鮮明によみがえってきます」

広島テレビの情報番組「進め!スポーツ元気丸」は10日、カープ・石原慶幸選手が選ぶ名シーンを紹介。


ベテラン・石原慶幸が選ぶ名場面


2002年に入団した石原慶幸。2年目には110試合でスタメンマスクをかぶるなど、「扇の要」として長年に渡ってカープを支えてきた。

★入団から11年連続でBクラスを経験するなど、苦しい時代を知る石原が選ぶ名シーンは。

石原:やっぱり25年ぶりの優勝です。

石原:入団してなかなか勝てず、Bクラスが続いていた中で、自分としても責任を感じていましたし、その中で優勝できたことが嬉しかったです。



★2016年9月10日、25年ぶりのリーグ優勝を果たした試合。この日の先発はメジャーからカープに復帰した黒田博樹。

石原:そういう(優勝をかけた)タイミングで黒田さんが投げるというのは、何か感じるものがありました。



★試合は1点を追う4回、鈴木誠也のソロホームランで同点に追いつくと、続く松山もホームランを放って勝ち越し。

石原:劇的な逆転だったんですけど、最少失点で黒田さんが頑張って投げてくれて、その中で打線のホームランがあったり、盛り上がって。

石原:(安部への)死球もあって、「絶対にこの試合を勝つ」という皆の気持ちが伝わる試合だったと思いますね。



★そして、あの名シーンへ

石原:マウンドで黒田さんと新井さんが抱き合って涙を流している場面。今でも鮮明によみがえってきますし、そこが一番こころに残っています。



★低迷するチーム状況の中でも常に前を向いていた二人の言葉

石原:黒田さん、新井さんにはたくさん食事にも連れていっていただきましたし、その中で、常にお二人は「どうすれば勝てるのか」という話をされていました。

石原:その二人が抱き合っている場面が印象に残っています。
………[Webスポルティーバ2020 0516 11:30]………


前田健太は新天地に適応できるか。先輩・黒田博樹から学べること



 2016年に広島東洋カープからドジャースに移籍した前田投手は、先発の一員として4年連続の地区優勝、さらには2度のリーグ優勝に貢献してきました。しかし、2017年以降はシーズン終盤にリリーフに回されるなど、「先発投手としてのプライドがあった」だけにつらい思いもしてきたと思います。



 ツインズのエースは、2017年から3年連続ふたケタ勝利をあげている25歳のホセ・ベリオス。先発2番手は、昨年自己最多の15勝をマークしたジェイク・オドリッジ。前田投手は先発3番手というポジションでツインズに迎えられました。



 そうなると、5人で回す予定の先発ローテーションに余剰が生まれます。結果次第では、ドジャース時代に中継ぎとして好成績を残している前田投手がリリーフに回される可能性も否定できません。

 ツインズで先発の座を守るために、前田投手は何をアピールすればいいのか——。新天地で安定した成績を残すために、ポイントはふたつあると思います。

 まずは、ツインズの本拠地ターゲット・フィールドとの相性をよくすることです。

 昨年、前田投手はホームで8勝3敗・防御率3.13だったのに対し、ロードでは2勝5敗・防御率5.12と極端に悪い成績でした。ドジャースタジアムが投手有利な球場であることも理由のひとつでしょうが、過去に登板経験のないターゲット・フィールドでどこまで成績を伸ばせるかは気になります。



 昨年の前田投手は開幕から先発9試合で、ホームランを打たれなかった5試合の成績は4勝0敗・防御率0.61でした。しかし一方、ホームランを打たれた4試合は1勝2敗・防御率7.36。一発を浴びると途端に成績を落とす傾向があるので、ターゲット・フィールドでのホームランは要注意でしょう。



 昨年の前田投手はア・リーグとの交流戦で6試合に登板し、1勝3敗・防御率6.45という成績でした。22イニング3分の1を投げて、実に7本もホームランを打たれています。首脳陣の信頼を勝ち取るためには、ア・リーグの強力打線に対して一発を許さないピッチングを続けることが大事でしょう。



 過去にナ・リーグからア・リーグのチームに移籍して成功した日本人投手と言えば、真っ先に黒田博樹投手の名前が思い浮かびます。2008年に「広島のエース」という看板を背負ってドジャースに移籍し、2012年にア・リーグのニューヨーク・ヤンキースに移っても変わらず活躍しました。

 黒田投手が成功を収めた最大の要因は、環境の変化にすぐさま適応した点にあると思います。外野が広く投手有利なドジャースタジアムから、ライトが狭くホームランが出やすいヤンキースタジアムへと本拠地を変えても、成績を落とすことはありませんでした。

 ドジャース4年間の成績が41勝46敗・防御率3.45に対し、ヤンキース3年間の成績は38勝33敗・防御率3.44。強力打線を誇るチームの多いア・リーグ東地区に戦いの場を移し、ホームランの出やすい本拠地になりましたが、黒田投手は結果を残して先発のポジションの座を守り通したのです。

 東西の名門チームに合計7年間在籍し、そのうち6年間は30先発180イニング以上をマーク。9イニングあたりわずか1.99与四球・0.88被本塁打という、抜群の制球力と一発を許さないピッチングは実に見事でした。地元紙ニューヨーク・ポストの辛口で有名なジョエル・シャーマン記者が「メジャー史上、最も成功した日本人投手」と評価したぐらいです。

「しっかりイニングをこなせば、それなりの評価をしてくれる」

 かつて黒田投手は後輩の前田投手に、このようなエールを送りました。

 メジャーでの1先発平均イニング数を見ると、黒田投手(6.25イニング)は前田投手(5.31イニング)を上回っています。新天地で先発の座を守るためには、ここにもヒントがあるのではないでしょうか。

 同じエースナンバー18をつけた偉大な先輩——黒田投手から多くのことを学ぶことで、前田投手はア・リーグでもさらに飛躍できると思います。

福島良一●解説
………[広島テレビ2020 0516 20:15]………


カープ黒田博樹の凱旋登板勝利試合!2015年3月29日vsヤクルト戦、広テレ「カーププレイバック中継」第3弾!

広島テレビ 13:55〜
2015年3月29日 広島対ヤクルト戦
黒田博樹氏が凱旋登板勝利



以下は、つぶやきですexclamation ×2

★黒田はじまった

★黒田のこの試合は最後観客泣いてたな

★広テレとホームどっち見ればいいんだよ

★2画面じゃーないし

★黒田ピンチ

★一方黒田の打席

★黒田ツーベースwww

★黒田の試合、まだ動いてないんかw

★黒田見事にゲッツー

★早く黒田に援護を

★グスマン懐かしい

★梵!梵!梵!

★梵選手会長か

★やっと黒田に援護点

★黒田がリアルに投げる姿はもう見れんのよなー寂しい

★黒田頑張れ

★黒田 7回 96球 26打者 5被安打 1与四球 5奪三振 0失点

★キクマルはこの年は成績イマイチやったよな

★黒田の勝利かかってる1点差の場面…
これこそ胃薬いるわ…

★菊池魅せるねえ

★ヤバイよヤバイよ
………[赤鯉速報2020 0516 21:19]………


黒田博樹投手のカープ復帰後初勝利のウイニングボールを渡し忘れた野間


【カープ選手特集】── テレビ新広島の情報番組「全力応援 スポーツLOVERS」は16日、カープ・野間峻祥選手の特集を放送。


★最も印象に残っている試合

野間:プロ初スタメンの試合はすごく印象に残っています。

野間:黒田さんが復帰後初先発の試合だったので、異様な空気というか、打席よりも守備を頑張ったイメージがすごくあります。




★プロ初スタメン初打席で初ヒット

野間:何も考えてなかったかもしれないです。積極的にいく部分も大事ですし、とにかく塁に出たいというか、とりあえず必死にやろうみたいな感じでいたような気がします。

野間:満員で、しかも黒田さんが初先発の試合で、一番打者として初ヒットは、気持ち良かったですね(笑)




★最もプレッシャーがかかったのはカープが1点リードで迎えた最終回。黒田の2740日ぶりとなる日本球界での勝利まであとアウト1つ。ここで打球はライトの野間のもとへ。

── 飛んできた瞬間は?

野間:やべ…(笑)

野間:というか「きたきたきた」みたいな。結構、ポジショニングとか、ライト線寄りに守っていて、ちょうどそこにきたんですけど。

野間:飛んでくる前は「飛んでくるな!」と思ってました(笑)




★野間はきっちり打球を処理してゲームセット。しかし、その後に事件が…。

野間:ウイニングボールを、普通はマウンドに集まってハイタッチする時に渡すんですけど、それを忘れていて裏まで持っていっちゃった(笑)

野間:黒田さんが取材を受けている時に慌てて渡しに行ったのを覚えています(笑)


── テレビ新広島「全力応援 スポーツLOVERS」(16日放送)より「安芸の者がゆく」が文字起こし及び要約・意訳
………[広島アスリートマガジン2020 0601 06:00 蓮帖帖


黒田博樹のエース道<前編>「僕は山本浩二監督に育てられた」

写真カメラ
現役最終年となった2016年、単独インタビューを受ける黒田博樹

 平成のカープは佐々岡真司、黒田博樹、前田健太と球界を代表するエースがチームを支えてきた。1991年の優勝以来、カープは長きにわたり低迷が続いたが、その低迷期を戦い抜く中でカープのエースへと上り詰めたのが、黒田博樹だ。

 広島アスリートマガジンではこれまで合計18回の黒田の独占インタビューを重ねている。今回は黒田がその当時本誌に語った言葉と共に、不動のエースへと上り詰めた2007年までを振り返っていく。

 本誌が初めて黒田を独占取材したのは1999年、プロ3年目のシーズン前だった。自身は前年故障もありわずか1勝。チームは長年投手陣を支えてきた大野豊が引退するなど、世代交代が急速に進んでいた時期。黒田はそんなチーム状況の中で先発ローテ定着を目指す若手投手の一人だった。

「今は全くと言っていいほど自信はないです。昨年ああいうことがあったんで、不安の方が大きいです。今はただ毎日毎日を一生懸命してる、という感じです」

 この年、黒田は苦しみながらも先発ローテの一角として5勝を挙げると、翌2000年にはリーグ最多の7完投を記録するなど徐々に自信を深めていく。『ミスター完投』と呼ばれ始めたのもこの頃だ。

「一人で投げ切るということにすごく充実感もあります。やっぱり試合が始まってマウンドに立ったら、最後まで降りたくないというのはあるんで。先発ならみんなそう思うと思うんで。だから一人で投げ抜いて勝てるというのは、本当に最高ですね」

 2001年、12勝を挙げて自身初の二桁勝利、リーグトップの13完投を記録。完投は黒田の代名詞となった。翌2002年も二桁勝利を達成すると、2003年には3年連続開幕投手を務めていた当時のエース・佐々岡真司(現カープ監督)に代わり、初の開幕投手に指名された。

「あの日はやっぱりそれだけ苦しかったというのもありますし、開幕っていう重圧も、どこかしらあったと思います。その中で勝てたという喜びというか、完投で勝てたっていう充実感は、なかなか味わうことができないんで、やっぱり普通に勝ったのとはちょっと違う気持ちになりました」

 山本浩二監督の下で初の開幕投手を務めた2003年シーズンを機に、黒田はカープのエースとして周囲に認められていった。
………[広島アスリートマガジン2020 0601 06:00◆蓮帖帖


黒田博樹のエース道<前編>「僕は山本浩二監督に育てられた」

◆完投を重ねてエースの意識を持った

 現役引退後、黒田は山本カープ時代の自分をこう振り返っている。

「僕は山本浩二監督に育てられたというか、信頼されて使ってもらえたというのが自分にとって大きかったと思います。浩二さんとの5年間は僕自身、投手として一番成長できた時期でした。起用されれば長い回を投げる、完投する、それが『エースの条件』というような……今とは少し違うかもしれませんが、そうやって起用してもらう中で、エースとしての意識をしっかり持てました。僕自身、気づかないうちに育てられたのかもしれません」

 山本浩二監督時代の2001〜2005年、黒田が5年間で記録した完投数は実に47。エースとして驚異的な数字を記録している。

 山本監督最終年の2005年には自己最多の212.2イニングを投げて15勝をマークし、最多勝を獲得した。カープの絶対的エースとして孤軍奮闘し、球界を代表する先発投手となった。だがチームとして弱投のカープは最下位に終わる。そして、翌年から立て続けに大きな決断を迫られた。

 2006年シーズン中にFA権を取得。カープにとってFAは『主力選手の移籍』という意味合いが強く、ファンにとっても苦い思い出ばかりだ。それだけにエースの残留という願いは、次第に大きなうねりとなっていく。

 シーズン終盤、旧広島市民球場のライトスタンドには残留を願う巨大横断幕が掲げられた。心を動かされた黒田はオフにカープ残留を表明し、大きな話題となった。

「ファンのみなさんに大きな声援をいただいた10月14日と16日に市民球場で試合があって、その後11月6日にみなさんの前でああいう形(残留会見)で自分の気持ちを言わせていただきました。そういう中で3月上旬に市民球場で先発した時、ファンの方たちが今まで以上にグラウンドの中を見てもらっているなと。感じるものがありました」

 ファンの熱い思いを受け、低迷するチームでエースとして投げ続けた。翌2007年もリーグ最多完投を記録するなど奮闘したもののチームは5位。日本球界を代表する投手となっていたこの時期、1人の投手としてさらなる高みを目指すべきか、カープに残留すべきかを熟考した。

 そして2007年11月、悩み抜いた末に涙のFA宣言。背番号15はメジャーへと活躍の場所を求めていく。
………[広島アスリートマガジン2020 0601 06:00]………

以下は、つぶやきですexclamation ×2

★当時は途中まで勝ってても中継ぎ打が打たれたり援護がなかったり、FAで育てた選手が出ていかれることが多かったまさに暗黒期の広島東洋カープ。
今や育てた選手も恩義を感じて残ってくれたり、来客してくれるファンも増えて経営的にも良くなり戦力的に見ても他球団と比べても申し分ない。
大きなきっかけの一つは2014年、黒田、新井が恩義を感じて広島に戻ってきたことだろう。
プロの世界でただお金だけが全てではないことを示したことで黒田の場合アメリカメディアはクレイジーと報道したた。
でも一丸となって戦い、2年後に念願の優勝を成し遂げ、大粒の涙を流し抱き合った二人の姿と胴上げは嬉しかったなぁ。
あの時、ファンはどれだけ黒田、新井に感謝したか。
もしかすると今後アメリカで引退せず日本で引退する選手も出てくるかもしれない。
まだ余力もあるうちに戻ってきたらきっとファンは快く喜んでくれるに違いないと思う。

★同期の澤崎や1歳上の小林幹や2歳上の山内などドラフト上位でライバルがたくさんいましたがその中で大投手までなれたことはやはり立派としかいいようがありません。上宮、専大、カープと厳しい練習のところばかりだったことが彼を成長させたのでしょうか。

★当時打高投低だったカープに、優勝させたいって沢崎と逆指名で入ってきてくれたのを覚えてる。初勝利の時から期待してた。あれから10年以上たって、カープに帰ってきてくれて、優勝させてくれたのは、本当に感慨深い。

★広島ファンではないが、チームの暗黒時代にあって黒田は広島投手陣の"光明"だった。後にメジャーでも大活躍。ヤンキースの破格のオファーを蹴ってまで広島に戻ってきたのはホント感慨深い。


★黒田は、カープのエースでもあるけど
その後のメジャーでの活躍も含めると
日本のエースと言っても過言ではないと思います


★黒田がFAするまでの一連の動画を定期的に観てしまいますが、毎回感動します。
アナウンサーが、ファンに対してコメントを求めた後の、1秒くらいの間の後の涙は熟考したことがよく分かりますよね。


★黒田さんがFAでメジャーに移籍する前のカープは本当に弱かったけど市民球場のマウンドで仁王立ちし孤軍奮闘する姿はカッコ良かったですね。


★阪神ファンは黒田と藤浪の一件をほんまに適当に言う。その次の巨人戦での藤浪の凄いピッチングを阪神ファンとして見てへんかったんか?結局その年は14勝してんねんで、藤波は。何がイップスは黒田のせいやねん。阪神が好きならせめて阪神の試合をちゃんと見て、ちゃんと記憶しといて、頼むさかいにな。まぁ、プロ野球解説者の中にも藤浪のイップスの原因黒田説のいい加減な論調の方もいてるけども。そんな輩はプロ野球の解説したらあかんわ。


★「12勝を挙げて自身初の二桁勝利、リーグトップの13完投を記録。」
そういうことはあるけど、完投負けがいくつあったのだろう。

★山本浩二さんだって何かを感じなければ使ってもらえないだろうから、黒田さんには何かがあったんだろう

黒田さんがFAを取得したとき、残留を願うファンが

「我々は共に闘ってきた
 今までもこれからも……
 未来へ輝くその日まで
 君が涙を流すなら
  君の涙になってやる
 Carp のエース 黒田博樹」

と横断幕が掲げられた

こんなことファンに言ってもらえる選手、そうはいないと思う

カープがなかなか勝てない苦しい時代のエース黒田博樹と4番新井貴浩

経緯は違っても1度チームを離れ、カープに戻ってきた2人、2016年の25年振りの優勝で抱き合って涙する姿は見ていて感動した
………[広島アスリートマガジン2020 0601 06:00ぁ蓮帖帖


★2016年の優勝した試合、新井さんとの抱擁や胴上げをみてカープファンで良かったと本当に思いました。
新井さんの引退セレモニーでもお二人の絆を見ましたね。

★黒田がエースだった頃は、週末の黒田先発の巨人戦ナイターですら、旧市民球場は内野席とかは空席が目立つ有り様でしたからねぇ…。関東のカープファンの自分は、よく歯ぎしりしながらTV中継を観ていました。

そりゃ、あの頃のカープは弱くて毎年毎年Bクラスが定位置でしたが…街のど真ん中にある旧市民球場なんだから、せめてエース黒田先発の時はもう少しファンは観戦に行ってやれよ…と、どうしてもイラついてしまったんですよね。

まぁ、そのかわりに東京ドームや神宮、ハマスタのカープ戦には極力応援に行こうと思いましたし、球場でも少ないなりにカープファン同士やスワローズファンやベイファンとも連帯感がありましたが….。

なんだか、今思うとあれはあれで懐かしいですね…。神宮球場の周りを新井さんがなぜかコンビニ袋さげてウロウロしていたり、クラブハウス前で宮本や福地がファンにのんびりサインしていたりしましたっけ…。

★先発で計算出来るのは黒田さんだけで、黒田さんが投げた試合で負けたなら、次の黒田さん先発まで連敗覚悟してました。孤高の大エース黒田さん。北別府さんも先発したらマウンドは譲りたく無い、の気概を持っていらっしゃいました。美学、ダンディズム、そんなものを感じさせた黒田さん。大ファンです。

★黒田と新井復帰してマエケンが退団してからリーグ3連覇!!
新陳代謝が逆行して逆にチームが活性化した不思議だな

★これだけ投げても怪我をしない。
だからこそ、この数字が生まれたのかな…
それにしても男気も凄い選手!!

★おれは黒田と新井が抱き合って泣いた場面は一生忘れないだろう。いろいろ言いたいことはあるが、心からカープファンで良かったと思っている。

★まぁとにかく黒田はタフだったな。
驚異的なスタミナが、ここまでの数字を叩き出せた秘訣だと思うな。

★正に日本とメジャー伝説の投手、カープからドジャース、ヤンキースで先発ローテーションで活躍、そしてカープに戻り優勝に貢献、自分はそれからカープファンになった東京人です、、、

★監督等から大エースとして扱われている中で 現役最終年キャンプ中{あと7勝早くやれ}とせかして黒田を苦笑いさせた名球会会長山本浩二の姿がありました

★当時、下柳と最多勝分け合ったのは納得いかなかったなぁ
下柳は悪くないんだけど、同じ賞を分け合っていい内容じゃなかった
それくらい飛び抜けてた

★帰国後は数回、神宮球場で見たな。
山田哲人に何回も牽制して警戒してたけど、山田も負けじと盗塁決めた時に、プロ野球だなと思った。

★藤浪を立ち直らせることができるのは
技術的な指導をする山本昌ではなく
もしかしたら、この男の一言かもしれない…

★意識かぁ 
メジャー行ってから投球スタイルは変わっても闘志をびんびんに感じる投手だった

★5年間で47回も完投って、本当に驚異的な数字ですね

★あの頃は、7回くらいになるとスっと黒田の周辺から首脳陣がいなくなったらしいですね。「今日も完投頼むぞ」という無言のエールw

★叩かれることも多いけど浩二監督の功績もいろいろあるとよ!

★黒田さんのお陰で『RED』という曲が出来た。
B'zの中でもトップクラスにカッコいい曲

★近い将来カープの監督して欲しいです。

★低迷期は黒田活躍みたいなニュースが救いだった。
アメリカ行った時はアメリカにも認められたのかと誇らしかったなあ。
………[日刊スポーツ2020 0602 06:00]………


広島V3監督の緒方孝市氏、セ予想「巨人広島阪神」

写真カメラ
セ・リーグ3連覇を果たした緒方孝市氏(撮影・加藤孝規)

<今季から日刊スポーツ評論家「三つどもえ」>

指揮官として18年まで広島に3連覇をもたらし、日刊スポーツ評論家に就任した緒方孝市氏(51)が大胆予想だ。19日の開幕に向け、重要な調整時期を見据えつつ今季のセ・リーグは昨年優勝の巨人に対し、広島、阪神が挑戦する三つどもえになると予想した。

   ◇   ◇   ◇

19日の開幕に向け、2日から練習試合が開始だ。よくここまでこぎ着けられたと、関係各位には頭の下がる思いだ。監督、選手は野球ファンだけでなく、みんなに元気を感じてもらえるようなプレー、試合を期待したい。



120試合制とはいえ、遅い開幕で過密日程になるのは目に見えているし、選手層の厚さが特に今季のポイントになると思う。



古巣・広島も優勝候補に入れていいと思う。自分がやっていたので言いにくいが昨年は主力打者、ブルペンが3連覇したときに比べ、不調だった。言うまでもなく勝ち続けるのは難しいし、どこかでそうなるのは否定できない。もちろん、それに代わる戦力をすぐに補充できればいいのだが、そう簡単ではない。

その意味で各選手がそれぞれの好調時に戻ってくれば十分、戦える戦力だ。さらに今季は明るい材料がある。投手では森下が加入したのが大きい。10勝、15勝とは言わないが十分、1軍戦力になる投手だ。代わりのいないポジションを任せている田中広も元気に復帰してくれる。小園も伸びているし、西川も同じ。新外国人のピレラも打撃は期待できそうだし、面白い打線になると思う。

佐々岡監督にすれば、船出のシーズンがこういう異例の形になって落ち着かない日々だと思うが、頑張っていただきたい。



もちろん2年目でチームを完全に把握した与田監督率いる中日も伸びしろがある。監督時代に苦戦したDeNAは筒香の穴をどうするか、だろう。佐々岡監督同様、1年目の高津ヤクルトは投手陣の整備がどこまで進むか。いずれにしても試合数が少ないだけに、スタートダッシュが重要なシーズンになるのは間違いない。【構成=編集委員・高原寿夫】

<緒方監督と阪神戦>

◆黒田で白星発進(15年4月11日=7○2、甲子園)先発黒田が投打の活躍で勝利投手に。阪神戦初戦を飾り、緒方監督は「つないでつないでの中で、黒田まで打ってくれた」と感謝。

◆黒田VS藤浪、あわや乱闘(15年4月25日=11○3、マツダスタジアム)黒田が打席で、藤浪から内角を攻められ激高。乱闘寸前となった。直後に黒田は進塁打。緒方監督は「1番から9番黒田まで、打線として機能した」とたたえた。

◆幻弾がCS逸の遠因に(15年9月12日=2△2、甲子園)延長12回に田中の中堅左への大飛球はフェンスを越えたように見えたが、判定はインプレーで三塁打。勝ち越し点はならず引き分けに。後に誤審と認められた。結局シーズン4位に終わり、3位阪神とは0・5差でCSならず。悔やまれる結果に。

◆9点差逆転負け(17年5月6日=9●12、甲子園)9−0から大逆転負け。球団史上最悪タイの9点差をひっくり返され、チームに険悪な空気が漂った。緒方監督は「明日も試合がある」と語るのがやっと。

◆甲子園で2連覇達成(17年9月18日=3○2、甲子園)巨人以外ではセ初となる、球団2度目の連覇を達成。「求める野球を選手がどんどんしてくれた。本当に成長を感じた」と目頭を押さえた。

◆最終対決敗れCS消滅へ(19年9月21日=2●4、甲子園)シーズン最後の直接対決で敗れ、同カード終了。ここから6連勝した阪神に抜かれて4位に終わり、緒方監督は辞任した。
………[アスリートウエブ2020 0616 蓮帖帖

カープOB 大野豊が考える“エースの条件”<vol.2>「黒田博樹と前田健太に共通する要素」

 カープに脈々と受け継がれてきた“エースの系譜”。北別府学、佐々岡真司、黒田博樹、前田健太……球界を代表する錚々たる投手たちが、その座についてきた。

 全3回からなるこの企画では、自身も1988年に沢村賞に輝くなどエースとしても活躍してきたカープOB・大野豊氏が考えるエースの条件を解き明かしていく。第2回となる今回は大野氏自身も選手、コーチとして関わりを持った2000年代のエース・黒田博樹、そして2010年代のエース・前田健太という対照的なエース2人を比較しながら、それぞれの投手が持つ共通項を考えていく。

プロ2年目の2008年に一軍定着を果たした前田健太。投球面はもちろんのこと、打撃面でも抜群の野球センスを見せていた。


◆黒田博樹、前田健太……エースたちの共通点とは?

 前回は時代と共に移り変わる先発投手の役割に対する個人的な私見や、エースに求めたい条件について述べていきました。今回は私が現役時代共にプレーした黒田博樹、そしてコーチとして関わった前田健太という2人のエースについて述べていきます。

 かつてカープが“投手王国”と呼ばれていた時代、具体的にいうと80年代後半には、北別府学や川口和久、山根和夫などエース級の投手たちが数多く在籍していました。そして時代が移り変わって平成になると先ほど挙げた投手たちに代わり、佐々岡真司、黒田博樹、そして前田健太というエースたちが誕生しました。読者のみなさんにとっても近年までカープに在籍していた黒田、前田という投手はエースとして活躍していた印象も強いのではないでしょうか。

 私も数年プレーを共にした黒田は順調にエースへの道のりを歩んでいたわけではなく、なかなか苦しい道のりを歩んでいました。ただ内に秘めたる闘志は、私自身感じるものがありました。私から見た黒田は、やるべきことをコツコツとやっていましたし、手のかからない後輩でした。彼の場合年数はかかりましたが、それだけ確かな信頼を積み上げてきましたし、カープに対する愛情という側面でもエースと呼ぶにふさわしい投手でしょう。

 一方で前田は天性の才能を持った投手です。投手として必要な要素をすべて持ち合わせていると言っても過言ではない投手です。素材、そしてそれを伸ばす考えと努力を兼ね備えた投手、つまり野球センスが優れていたとも言えます。
………[アスリートウエブ2020 0616◆蓮帖帖

カープOB 大野豊が考える“エースの条件”<vol.2>「黒田博樹と前田健太に共通する要素」

闘志を前面に押し出した投球で打者に向かっていた黒田博樹

◆エースがエースたる所以とは

 この2人に共通する要素を挙げるのであれば、やはり勝負を前にして逃げない、窮地に追い込まれても打者に向かっていく姿勢を常に持っているということがあります。どんな時であっても自信を失わず、自分の投球ができているものです。また黒田、前田からは『打線が打てないのであれば自分でなんとかしてやろう』という気迫を自身の打席からも感じました。投球だけではなく、打撃でもなんとかチームに貢献して、とにかく勝利するという姿勢からエースとしての自負が感じられました。特に前田の方は打撃も良い投手でしたし、まさにエース像を表現できていたのかもしれません。

 そしてエースに求めたいものとして数字や投球の技術同様、メンタルの部分も大事になってくると思います。ピンチを迎えたときに、弱気になっているそぶりを見せないという点はさまざまな面で重要になってきます。気持ちで考えていることはすぐに表情に表れてしまいますし、プロの打者は投手が弱気になってくるとすぐに見抜かれますし、一気に畳み掛けてきます。

 1試合ではだいたい3、4回程度ピンチがあるものですが、仮にそういう時に失点してしまったとしても次の2点目をいかに与えないかということがチームを勝利に導くためにはとても重要です。それはもちろん点差を広げないという数字上の面でもそうですが、投手が試合をあきらめていないという姿勢を、チームメート、そしてファンに見せることは逆転を呼び込む上で重要な要素になってくるからです。先発投手として1年間投げていれば状態が良い時もあれば、悪い時もあります。

 むしろ感覚的には万全の状態でマウンドに上がることなどほとんどなく、どこか不安がある中でマウンドに上がるのが投手というものです。しかし、エースという存在はどんな時もマウンドに上がれば不甲斐ない投球をしてはいけませんし、周囲も一定の結果を求めてきます。結果を出して当然という中で投げていくことは、精神的にも非常にプレッシャーがかかるものですが、やはり黒田、前田はそんな状況でもしっかりと結果を残し、そしてその結果を数年持続することができていました。むしろ彼らは一見調子が悪そうに見えても、しっかりと自分の球をコントロールして、試合をつくり上げていました。エースという存在の真骨頂は、もしかしたら調子が悪い時にこそ現れるものなのかもしれません。
……[デイリースポーツ2020 0620 07:31]……


広島・大瀬良、球団15年ぶりの完投&開幕弾 エースが佐々岡監督に初星贈った

 「DeNA1―5広島」(19日、横浜スタジアム)

 新型コロナウイルスの感染拡大で延期が続いていたプロ野球は19日、当初の予定から約3カ月遅れでセ、パ両リーグ公式戦が開幕した。広島は2年連続開幕投手を務めた大瀬良大地投手(29)が、1失点完投で佐々岡監督に初陣星を贈った。

自身2年連続の開幕戦勝利で、チームでは05年・黒田博樹以来15年ぶりの開幕戦完投。九回にはプロ初本塁打を放つなど投打で躍動し、覇権奪回へエースが力強い一歩を踏み出した。

………[スポニチ2020 0625 06:02]………


広島・誠也 3号決勝弾!タナキク弾呼び連敗ストップ G止めた

 ◇セ・リーグ 広島5―1巨人(2020年6月24日 東京D)

 広島は24日の巨人戦に5―1で快勝し、連敗を2で止めた。初回に主砲・鈴木誠也外野手(25)が左中間へ会心の3号先制2ラン。田中広、菊池涼も一発が飛び出し、主力3人が鮮やかな競演だ。投げては九里亜蓮投手(28)が7回を2安打1失点(自責0)の力投。敵の連勝ストップに貢献し、うれしい今季初星を挙げた。

 強烈なオーラに圧倒的な飛距離。巨人外野陣は一歩も動かなかった。初回2死一塁で4番・鈴木誠。カウント2―1からメルセデスが投じた甘い144キロ直球を振り抜くと、放物線を描いた打球は敵地の左中間席上段へ吸い込まれた。会心の3号先制2ランだ。

 「甘い球を一発で仕留められた。連敗していたし、巨人への流れを止められたら…と思っていた。先制打になって良かったです」

 修正能力がキラリと光る。2ボールからの3球目、145キロの外寄り直球を空振り。メルセデスの球は「思った以上に来ている。甘い球を一発で仕留めないと厳しい」と感じ取り、タイミングを早めに取って4球目を芯で捉えた。才能だった。

 今から5年前の2015年3月。マウンドにはメジャーから復帰したばかりの黒田博樹が立っていた。開幕を前に本拠地マツダスタジアムで行われたシート打撃。鈴木誠は、打席の中での光景を今でもよく覚えている。

 「黒田さんが大きく見えて、バックスクリーンが見えなかった。生まれて初めてオーラを感じました」

 当時はまだブレーク前の20歳。以来、順調にスターへの階段を上がり、広島の4番どころか、日本の主砲に上り詰めた。世界一に輝く昨秋のプレミア12ではMVP。「こんな若造にオーラなんて無い無い」と笑うが、どうして、発する威圧的なオーラは強烈だ。




 ▼広島・菊池涼(3回に開幕から20打席目で今季初安打となる中前打。5回に1号ソロなど3安打)たまたまです。いい追加点になったので良かったです。

 ▼広島・田中広(2回に右中間へ1号2ラン)積極的にいきました。(25日先発の遠藤に)明日も、いい流れでいけるようにしたい。
……[デイリースポーツ2020 0629 07:31]……


広島ドラ1森下 プロ初星!完封と完投逃すも堂々の投球「球界を代表する投手に」

 広島のドラフト1位ルーキー、森下暢仁投手(22)=明大=がプロ初勝利をマークした。8回2/3を投げ、9安打3失点、7奪三振。八回まで「0」を並べ、完封目前だったが、九回にプロ初失点を喫し、完投も逃した。それでもドラ1の名に恥じない堂々とした投球を披露し、勝利に導いた背番号18。将来のエース候補は新人王を目指し、白星を重ねていく。

 はにかんだ表情を浮かべ、勝者の列に並んだ。森下はフランスアからウイニングボールを受け取り、女房役の会沢には頭をポンポンと叩かれた。新人らしからぬマウンドさばきと勝負勘。136球で初白星を手にした。「初回の入りは緊張したけど、落ち着いていけました」。先輩たちから十分援護をもらい、気持ちが楽になった。

 初回、先頭の平田を内角高め150キロで空振り三振に斬ると、二回まで完全投球。三回は1死満塁のピンチを迎えたが、俊足巧打の大島を遊ゴロ併殺に料理し、無失点でしのいだ。バックの堅い守備を信じた攻めの投球。最速153キロの直球に織り交ぜられたカットボール、チェンジアップ。ブレーキの利いたカーブをアクセントにされると、竜打線もなすすべがない。

 八回まで全く危なげない“独壇場”。ただ完封目前の九回に集中打を浴び、試合終了までアウトあと1個で無念の降板。


97年の黒田博樹以来となる完投での初勝利は届かなかった。それでも佐々岡監督は「あと一歩だったが、仕方ない。勝ったということで前向きにいってほしい」と背中を押した。

ログインすると、残り4件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

【男気】 黒田博樹ガンバレ!! 更新情報

【男気】 黒田博樹ガンバレ!!のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング