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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十六回  JONY作 「私鉄沿線の小さな町で」 (三題噺 「夏」「紅生姜」「小田急線」)

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コミュ内全体

 女のアパートから、急行の止まらない『小田急線』の小さな駅までだらだらと坂道を一人で歩く。片側には線路、片側には風情ある寂れかたをした二階建ての商店がつづく。豆腐屋、和田公文教育研究会、ヤマザキベーカリー、材木を立てかけてある工務店、お好み焼き『紅生姜』、あまり花のない花屋、喫茶みどり。『夏』の日の入りは遅い。もう7時になろうとしているのに、坂の上には、まだ夕方の大きな太陽が残っている。
 駅が見えてきたが、このまま家に帰る気になれず、色褪せた赤い暖簾のラーメン屋の角を曲がって、初めて歩く細い路地に入った。路地は薄暗く、両側にあるのは、安普請の民家や児童公園、二階建ての木造アパートだった。焼き魚の煙がどこからともなく漂っていた。しばらく歩いたが、面白いものは何も無さそうなので、駅に戻ろうと思ったとき、路地から更に入った細い行き止まりの私道に、「占い」の看板を見つけた。俺は最近自分がしているバーで、客寄せに、タロット占いをしている。本物の占いはどんなものか、興味を持った。近づいてみると門も庭もない直接道路から建物に入る小さな家で、玄関は、木の枠に古いガラスを嵌めて出来ている引き戸だった。玄関脇に、ボール紙に手書きの文字で「手相人相占い」の札が下がっている。道端からガラス越しに家の中を覗けば、コンクリートの床の上にランプを乗せた台が古いガラスのせいでゆがんで見えた。思い切って、ガラス戸をガラガラと開いて、中に入ってみる。入るとそこは、店というより、よくある普通の家庭の玄関先のような部分で、玄関の天井からは暗い照明が下がっており、奥に靴を脱いで上がる式の木の床がありその手前の玄関の真ん中に、幅1mくらいの赤いビロード地の布で覆われたテーブルが置かれていた。しかし、脱いだ靴などは全くない。奥にきっと靴箱があってそこに仕舞われているのだろう。玄関のテーブルの上には灯りの点いたステンドグラスのシェードの照明スタンドが置かれていた。ステンドグラスの模様はトンボで、ガレのレプリカのようだった。
やがて、家の奥から音が聞こえ、年齢不詳の茶髪のボブヘアーの女がでてきて、
「いらっしゃいませ」
と言った。見た目は30代だが、声は落ち着いていて50近いのかも知れない。
「外に、占いって、でていたので」
ボブの女は俺を頭のてっぺんから足のつま先まで見てから、
「見料は10分3000円なのですが」
とおずおずと言った。
 占いの料金体系ってのは、時間制なのか。相場がわからないが、そんなものなのだろう。
「大丈夫です。お願いします」
女はにわかにほっとした顔になり、俺に椅子をすすめた。
俺は、テーブルの手前に置いてある丸い小さな木の椅子に腰を下ろした。
女ははだしで、コンクリートの玄関に降りると、骨董品のような懐中時計を取り出した。
「6時58分だけど、7時スタートにしておきます」
と言いながら、自分も、俺と相対する格好でテーブルの向こう側に座った。
「右手を出してもらえますか」
占いの女は自分の手の上に俺の手を乗せて真剣な表情で掌の様子を見た。女の手は冷たく乾いていた。
「右手は表の顔と言いますか、社会的なあなたです」
掌をじっくり見、俺の顔を見つめると、説明に入った。
「あなたは、今まで悪いことばかりして人生を過ごしてこられましたね。あなたには、倫理というものが無い。神様も馬鹿にしていますよね」
「えっ?」
抗弁しようとしたが、彼女は、俺に口を挟ませなかった。
「じゃ、今度は、左手を」
彼女は俺の左手を受け取ると、もう一方の手を上から添えて、一本一本の指を開かせてじっくりと見た。
「左手は裏の顔、あなたの本当の心の奥底を表します。あなたは、まれにみる、ひどい寂しがり屋です。そしてガラスの心臓、壊れやすい人です。そして本質的には、めちゃくちゃ優しい人なんですね」
「なんか、右と左で矛盾していますね」
彼女は、俺が口を挟んだことで、少し気分を害したようで、こんなことも分からないのかという口ぶりで、説明を加えた。
「矛盾は全くありません。むしろ、当然の関係です。あなたのように、脆くてとても傷付きやすい人は、人が傷つくことも恐れます。本当なら、家から一歩も出ずに誰とも会わなければ、安全です。自分も他人も。でも、寂しがり屋のあなたに、そんなことは出来ない。外に出て人と関係を持たざるを得ない。しかも緊密すぎる関係を。すると、どうしても、誰かを傷つけることになる。そして、あなたは悪い男のレッテルを貼られる。しかも、あなたの高すぎる自尊心が言い訳をすることを許さない。その結果あなたはレッテルを甘受し、悪い男になる」
俺は、ほんの見学のつもりだったのに。占いというものは軽い気持ちでやってはいけないようだ。
「そろそろ、7時10分になりますが、続けますか」
「いや。もう止めておきます」
俺は、赤いビロードの布のかかったテーブルの上に、千円札を3枚置いて、外にでた。
先ほどより夕闇は濃くなり、住宅街の街路灯の明かりの下に黒い羽虫が飛んでいた。
俺は、駅に向かって歩きながら、先ほどまで一緒に過ごしていたアパートの女(仮にA子としよう)のことを考えていた。
A子との距離を俺は詰め過ぎたのだろうか。
『こういうのは、もう、止めておこう。もう、会わないほうがいい』
その言葉に嘘はない。だが、そういう言葉がどうしようもない引力を持って作用することも、俺は知っているのに。
A子の幸福を考えたら、電話を着信拒否にし、Lineをブロックするしかない。
もしくは、A子と一緒に、誰も知らない場所に逃避行するか。いや、それはA子にとって不幸な結果しかもたらさない。これだけ年齢の離れた俺の存在は貧乏くじでしかない。
そういうことが、全部、分かっていながら、今までの人生経験で、よおく分かっていながら、何で距離を詰めてしまったのか。
その時、後ろから、駆けてくる足音がして、すみませんと、声を掛けられた。先ほどのボブの女占い師だった。
「はあ、はあ、良かった間に合って。忘れ物。携帯置き忘れたでしょ」
その手には、俺のスマホが握られていた。
「あ、ありがとう。よほど、ぼんやりしていたんだな。スマホを置き忘れるなんて。君の占いが凄くてショックを受けていたんだと思う」
女は、引き返すかと思えば、俺と一緒に駅のほうへ歩きだした。
「私も今夜のお惣菜を買いに駅前のスーパーに行くから」
「夕飯の買物?君、結婚しているんだ?」
「していたわ」
そう言うと、彼女は挑むような目つきで訊いてきた。
「あなたは?」
「しているよ」
「そうだと思った。あなたに似た人を前に知っていたわ。顔とかはぜんぜん違うんだけどね。雰囲気がそっくりな人。だから、だいたいわかるのよ。あなたがどんな人かって」
「ふーん」
俺たちは並んで歩いた。駅の蛍光灯のまぶしい明かりが近づいてきた。スーパーはその先にある。
俺は女の横顔を見た。そして、そこに寂寥感を見つけてしまった。その瞬間、言葉は口を衝いて出ていた。
「ねえ。一人でご飯食べるなら、俺とこのへんで何か食べようよ。さっきは、3000円しか払わなくて悪いと思っていたんだ。スマホのお礼もしたいし」
女は、迷った表情をした。それを見たとき、反射的に手が動き、彼女の肩を抱き、一番近くにあった、居酒屋のチェーン店の入り口を潜った。
「いいの?お家で奥さんがお夕飯作って、待っているのでしょ」
「そういうのウチの妻はしないんだよ。たまに、時間が合えば、俺が、料理作ることはあるけどね」
「毎日、夕ご飯とかどうしているの?」
「そもそも、平日は、夕ご飯の時間から、仕事だし」
「え?夜に仕事?何のお仕事?」
「君は占い師だろ?当ててごらん」
店の人の案内でテーブルに進む間も、彼女は俺に肩を抱かれてエスコートされたままで身体を離そうとする気配はなかった。
先程までの俺は、A子の気持ちを思うと、もう、生きているのも嫌だなと、確かに思っていたのに。
今は、アドレナリンが、湧き出てくるのを感じている。
俺は今夜、この女占い師と馬鹿な話に笑ったりしながら、A子のことを、数時間でも考えないようにするために、酒を飲み続けるだろう。
この店のすぐ近くの小さなアパートでは、A子が苦しい恋に悩んでいるというのに。
席に着くと開口一番、女占い師が言った。
「私の占い当たるでしょ。あなたって、やはり、悪い男よね」
(終わり)

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