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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五十一回作品 匿名A『灯朧(ひおぼろ)』 

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コミュ内全体

 隧道を抜け、峡谷沿いの山道をゆく。とっくに廃道になったか、訪う者があったとしてもよほどまれなのか、ひどく荒れた道であった。
 足を踏み外し谷底へ落ちぬよう、おっかなびっくり歩むうち、はや山中深くにさしかかった。
 本当にこんな深山の奥に人里などあるのだろうか。ふもとの者がでたらめを言っただけではあるまいか。
 傾きかけた陽を見上げ、俺は不安に駆られた。
 もっとも、山の中に町があるといったその者も、訊かれたから答えたまでで、むしろ俺が行こうとするのを引き止めたがっている素振りであったから、彼を責めるのは筋違いであろう。
 峡谷の小口に差し掛かる頃、道の先に畑が見えはじめた。どうやら心配は杞憂であったらしい。少なくとも、人は住んでいるようだ。
 その辺りから道の質も明らかに良くなった。畑に人の姿はなく、ものをたずねることは叶わないが、人の営みを多少なりとも感じられたことで気分も高揚し、足取りも軽くなった。
 さらに進むと、坂の下に人家が連なるのが見晴るかせた。
 なるほど、その規模は、小さな町と呼べなくもない。
 これならいずこかに宿もあるだろう。酒を呑める食堂もあればなおいい。
 坂道を下り町内に入る頃には、陽も山の向こうに沈み、空の色が宵闇に移り変わった。
 と、道の両脇に立つ街灯に明かりが灯った。
 ほう、と意外に思う。街灯の間隔はまだらでその光もひどく頼りなげな薄ぼんやりしたものだが、こんな周囲から隔絶したような深山の町にまで電気が行き届いているとは思わなかった。電柱のないこの国は、国中の地中に電線を張り巡らせているらしい、と感心する。
 灯りのある通りが町の中心なのだろう、と見定め、宿か飯屋か、あるいはその両方を兼ねている店はないかと探した。
 いまのところ、見える建物はすべて人家のようであった。
 泥炭を固めただけの簡素な家だが、汚らしくはない。通りの造りもどことなく風情があり、寒村のみじめさは感じさせなかった。もっとも、俺の気分がたまたまそう思わせただけかもしれないが。
 相変わらず人の姿はどこにもない。さすがに人家の中にまで電灯はないのか、窓の向こうは暗く、家の中がどうなっているのかはまったく分からなかった。
 先に食堂の方が見つかった。
 外観は他の家屋と違いがなかった。しかし、食いもの屋を思わせる食器の描かれた木の看板が軒先にぶらさがっており、何より屋内に電灯があるようで、窓から明るい光が漏れていた。
 扉を開けると、狭い店内にテーブルが二つと、椅子が四つ無理やり詰め込むようにして置かれていた。
 中年男二人組の先客がいた。ちょうど勘定を済ませたところのようで、まさに入れ違いで店を出ようとした。
 二人とも一枚布を身体に巻きつけた古代のトーガのような衣服をまとっていた。この格好で野良仕事をしていたのなら動きにくそうに思えるが、この町の民族衣装であろうか。
 俺は窮屈な店内で身をよじり、入口を開けた。
 すれ違いざま、二人とも明らかによそ者である俺を好奇の目でじろじろ見たが、声はかけてこなかった。
 二人が出ていったあと、彼らが腰かけていたのとは別のテーブルの椅子に座った。
 太った大柄の女が店の奥から現れた。
 男達がしていたのと同じ着付けの一枚布だが、女中のそれには赤い縞模様の絹糸が織り込まれていた。その上から前掛けをしている。
 やはり物珍しげにじろじろと俺の顔を見ていた。
「酒と、なにか腹にたまるものをくれ」
 俺の言葉が通じるか不安だったが、なんとか大丈夫そうだ。
 あい、と女中は曖昧にうなずいた。
「酒、あります。食べ物―――でいいか?」
 女中が発したのは、まったく聞いたことのない単語だった。
「―――とはなにかね」
 女中はたどたどしくも一生懸命に説明してくれたが、いっかな要領を得ない。
 もともと俺はこの国の言語にあまり堪能ではなかったし、女中のなまりもきつい。
 その料理について分かったことは何もなかった。
 構わないからもうとりあえず持ってきてくれ、そう伝えたが、女中は俺が理解を得るまでいっかな引き下がろうとしなかった。
 仕方なしに俺の方から問う。
「それは何かの肉かね」「いえ、肉と違います」「川魚の類かね」「魚、ありません」「野菜かね」「いえ」「木の実か、あるいは茸の類だろうか」「いえ」
 なんとたずねても女中はノン、と首を横に振るばかりであった。
 俺も考えあぐてきた。
「もしかして、それは虫かね」
「まあ……そんなようなものです、はい」
 はじめて女中が曖昧にではあるが、うなずきを返した。
 その答えに俺は少々ぎょっとして、注文をためらった。
 他に出せるものはないか尋ねようかと思ったが、また振り出しに戻って同じ問答を繰り返すのは億劫だった。
 仮にも料理屋で出されるものなら、食えぬ代物でもあるまい。可能な限り、その土地の者と同じものを食べてみるのが俺の旅の流儀だ。先の二人組も、きっとそれを胃に入れたのであろう。
 ではそれをおくれ、と注文するとようやく女中はうなずいて奥へ引っ込んだ。
 ほどなく、酒の方が先に供された。乳白色の濁り酒であった。椀の縁に菜っ葉が添えられている。
 酸っぱいばかりでなんとも形容しがたい味だが、山道で疲れた身体に軽く回る酔いが心地よかった。
 ちびちびとやっていると、女中が皿に乗せてくだんの料理を運んできた。
 それは聞いても分からなかったが、見てもなんだか分からないものだった。俺が食べたことのあるものの中で一番近いのを挙げるなら、蜂の巣であろうか。だが、おそらく蜂ではあるまい。こんもりと円錐状に盛り上がったそれは、蟻塚にも似ていた。それをどうやら辛みそと絡めて揚げているようだ。
 食ってみても味もなんだかよく分からない。バリバリと固い歯ごたえばかりが口に残った。が、飲み込めぬほど不味いものでもない。濁り酒で流し込んで完食した。それでどうにか、腹の心地もおさまった。
 女中が酒のお代わりを聞いてきたが、これ以上蜂の巣もどきをつまみに呑む気にはなれない。宿を見つける前にあまり酔うのもまずかろう。
 勘定のついでに、宿のありかを訊いた。
「この道をまっすぐ、宿あります。迷う心配ない、です」
 礼を言って店を出た。
 勘定は一食分の食事と酒代としてはそう高くはなかったが、これでも旅人と見て多少ぼられたのかも分からない。
 店を出る時分には、夜闇が一段濃くなっていた。
 街灯の薄明かりを頼りに宿を探す。食堂からいくらも離れていない場所で、それはすぐに見つかった。
 予期していたことだが、やはり外観は他の民家と大差ない。
 客人など稀であろうから、当然のことだ。けれど一回り他の建物より大きかった。軒先にはINNの看板が掛かっていた。
「来なすったか」
 俺が扉を開けると、すぐ目の前に一人の老爺が立って待ちかまえていた。
 宿の主人だろう。見事な白髪の痩躯で、なんと形容すべきか、昔話の中から抜けだしてきたかのような外見だった。どうやら村の誰かが、俺が訪れるのを先に知らせていたようだ。
「二階へお上がりなさい」
「世話になります」
 話が早くて助かった。俺は主人に頭を下げ、その脇を過ぎ、促されるままに二階への急な階段を昇った。
 二階は狭い廊下になっていた。その奥はごみごみとしていて、生活感が漂っている。
 とすると、その手前の部屋が客間であろう。
 ドアを開けると、部屋はただ広いばかりで、寝台の他に調度品といえば、壁に掛かったオイルランプくらいだった。
 だがまあ、ベッドは見たところ清潔そうで、それで宿の条件としては十分快適だった。
 荷を置き、旅装を解いて、寛ぐ。まだ寝つくには早過ぎるが、机がないから文を書きつけるのには不便だ。 
 ベッドの上で持参した本でも読んで過ごそうか。
 そんなことを考えていたら、遠慮がちに扉をノックする音が聞こえてきた。
 どうぞ、と返事をすると、
「失礼します」
 思いもかけず、美人な娘が楚々と部屋に入ってきた。
「お客様のお世話を申し付かりました」
 ろうたけた、髪が長く肌の色の白い娘だった。
 例の一枚布の民族衣装には薄紅色の花びらが刺繍され、この日見た中で一番華やかだった。手には木の盆を掲げ持っている。
 娘と評したが、腰つきは円熟したまろやかさを帯びていた。ことによると、俺より年上かも分からぬ。
 しかし、まとう気配が若やいでいて、娘と呼びたくなる。
 顔には小じわ一つなく、声ははつらつと弾んでいた。
 娘は手にした盆を床に置いた。升に入った清酒と山菜の漬物が盛られていた。酒のふくよかな香りが、ぷんと匂いたった。
「床でじかに食うのかね」
 作法をたずねるつもりで訊いたのだが、
「え、その、この辺りではみなそうしておりますので……」
 娘は顔を赤らめ、目に見えて狼狽した。
 単に確認で訊いただけで、決してこの町の風習を軽蔑する意図はなかったのだ、そう伝えたかったが、生憎俺の言語能力では難しかった。「すまない、すまない」と繰り返すことしかできなかった。
 これはもう態度で示すより他なかろうと結論し、床にあぐらをかいて酒を呑み、菜をつまんだ。
 娘はようやくほっとしたように微笑し、俺の向かいに座った。衣がずれ、ちらりと白い素足が目に映った。
「うまい」
「それはようございました」
 世辞ではなかった。先刻食堂で出されたなにやら分からぬ酒と食いものより、ずっと舌に心地よかった。
 娘は俺の食事が終わるのをじっと黙って待っていた。娘に見つめられながら飲み食いするのは気恥ずかしい心地がしたが、これもこの町の習慣であろうかと我慢した。
 それにしても、やけにじろじろと俺の顔に眺め入るものだ、と思っていたら、
「もしや、あなた様は―――の生まれではありませんか」
 娘がそう訊いた。俺の母国語で、だ。
「君はこの言葉が分かるのか」
「ええ、分かります」
 驚いて問うと、娘は嬉しげにうなずいた。
「ああ、やっぱり。目の色とお顔立ちから、そうじゃないかと思っていました」
 遠い異国の地で聞く母国語は、肉親に再会したかのような安堵感を俺に与えた。
 娘もまた、言葉が通じると分かってから、ずっと打ち解けた佇まいになった。
「久しく使っていませんでしたが、生来身につけた言葉というものは、案外さびつかないものでございますね」
 娘自身がそう言ったように、発音に怪しいところは少しもなく、話しぶりは達者なものだった。
 娘が部屋に入ってきた時に感じた、親しみのようなものの正体を俺は知った。
 たしかに娘の肌色や顔立ちも、俺の母国で見かける女性の特徴と合致していた。
 何故、俺と同郷の者が、こんな異国の山奥の町で暮らしているのか、一階で見かけた主人らしき老爺とはどのような関係があるのか、気にはなったが、何やら重い背景があるのかも分からぬ。話が暗くなるのは俺の本意ではなかったし、娘も進んで話したい素振りではなかった。
 娘は自分のことを語るよりも俺のことを聞きたがった。
「あなた様は画家さんですか」
 娘は部屋の奥に放った、俺の旅荷に目をやって、訊いた。
「スケッチは多少はやる。文もまあ、書きはする」
「まあ。では、小説家さん?」
「そんなたいそうなものじゃあない」
 謙遜ではなく、それは事実だ。まかり間違っても、小説家だ、画家だ、とおこがましく名乗る才は俺にない。
 絵も、随筆めいた文も中途半端で、大した作品はものしていない。
 その点では、世間の評判と俺の自己評価は合致していた。
「俺は……」
 何者でもない(ノーバディ)―――そう言おうとして、口をつぐんだ。
 それではあまりに怪しすぎるし、取り付く島もない。
「俺は……旅人だ」
 ふ、ふ、ふ、と娘がはじめて声に出して笑った。耳に心地よい含み笑いであった。その笑声をきくため、もっと話題を弾ませたかったが、なにも思いつかなかった。自分の口ベタさがうとましくなる。
 旅先で世間話などしかけてくる女中がいれば、うっとうしく思って追い払っていたが、この娘とはもっと話がしたかった。
「こちらにはどうして……?」
 娘がまた訊いた。
「取り立てて目的はない。ふもとの町の者が、山中に町があるというから、どんなものかと見てみたくなっただけだ」
「まあ、本当にそれだけですの」
「ああ、本当にそれだけだ」
 娘は驚きながらも、何かを考えているそぶりだった。
「わたしはてっきり、天然の湯にお浸かりになるのがお目当てかと……」
「ほう、湯があるのかね」
「ございます」
 うなずき、こう付け足す。
「山の道を少し分け入ったところにございます。何もないこの町の唯一の自慢です」
「ほう、それは……」
 少し興味が湧いた。娘も存外に積極的な調子で勧めてくる。
「せっかくこんな辺鄙なところまでいらっしゃたのですから、話のタネにでも訪れてみるのがよろしいかと思います」
「うむ、しかし……」
 俺は、じゃあ行こうとすぐに返事できずにいた。
 田舎暮らしの者の言う「すぐそこ」という語をあなどってはならない。彼らにとってその日のうちに行って帰ってこられる距離などどこでも”すぐそこ”であった。もしかすると、夜が白むくらいの行き来を覚悟せねばならぬかもしれぬ。
 山中の悪路を歩き通した疲れが俺をためらわせた。
「道中はわたしが案内いたしましょう」
「君がかね?」
「はい。口でご説明して分かる場所ではありませんので」
 娘は盆の上の食器をまとめると、それを持って立ち上がった。
「玄関でお待ちしていますので、支度ができましたら降りていらしてください」
 話はまとまったとばかりに娘は一礼して、部屋を出ていってしまった。
 さて、これで無視することもできなくなってしまった。
 しかし幸い、俺の中からも面倒だと思う気持ちが失せていた。娘が案内するというだけで、これから訪れる地の湯がなにやら興味深い場所のような気がして、心が浮き立った。
 すぐに湯に浸かれるよう軽装に着替え、階段を下りた。
 娘は、小さな巾着袋をぶら下げている以外は部屋に入ってきた時と同じ姿で俺を待っていた。
 二階の奥にでも引っ込んだのか外出しているのか、老爺の姿はなかった。
「参りましょう」
 ささやくように告げると、娘は先頭に立って歩きはじめた。なにやら分からぬ引力にひきずられるように、俺はその後に続いた。
 宿の外に出ると娘はすぐに小路に入った。そこにはもう街灯はなかった。
 驚くことに、娘が手にした照明は簡素な手持ちの燭台であった。
 夜の静寂(しじま)に抗するには、その灯火はあまりにか弱かった。その極めて原始的なか細いろうそくの灯が、かえってえもいわれぬ幻想的な雰囲気を作りあげていた。まるで夢幻のうちで足を動かしているような心地がしてくる。
 さほど歩く間もなく、人家は見えなくなり、道は山中へと吸い込まれた。俺がやってきたのとは別の山に続く細道だった。
 娘は前を行くのを止め、俺の横に並ぶと、半ばすがりつくように、空いている方の手を俺の腕に絡ませた。
「足元が悪うございますので……」
 どこか言い訳がましい響きがあった。だが、娘の言葉もまた事実だった。山中の道で、唯一の照明の持ち主である娘に先を行かれたのでは、つまずかずに歩くのは困難だろう。
 娘の気遣いを有難く受け止め、俺達は山道に入っていった。
 道は細く、ぴたりと身を寄せ合わなくては、横に並んで歩くのは不可能だった。
 現実感はますます薄れていく。木立も草葉も夜闇の中ではただ黒い固まりがわだかまっているとしか見えない。
 横に立って歩く娘の白さばかりが、闇の中でぼうっと浮き立って見える。
 肌の匂いが鼻孔をくすぐると、頭の芯が痺れ、いまさら酔いが回ってきたのだろうか、などと思う。
 宙を踏み歩いているような心地におかされ、どれだけの時を歩いたのかまるで見当がつかなかった。
「もう間もなくです」
 すぐ横にいるはずの娘の声が、ひどく遠くから聞こえた気がする。その声に、俺はゆっくりと現実に引き戻された。
 心なしか空気に湿り気が混じりはじめたようだ。登り坂が急になってきた。ふうふう、と息を吐きながら、それでも組んだ腕は放さずに、俺達はきつい勾配を登りきった。
 その先に、目指す湯があった。
 それは天然の地形に申し訳程度に岩場を組んだ、野趣あふれる温泉だった。
 大きさは大人二人がどうにか同時に入れる程度の泉だ。休みなく白い湯気が沸き立ち、湯に入らなくても地熱が伝わってくる。硫黄の匂いはしない。
「こちらへ……」
 娘は俺の腕を引き、温泉の傍を回り込んだ。
 するとそこには、そっけない造りの東屋があった。
 脱衣所かなにかかと思った。近づくと、確かに衣服を入れられるかごが置かれていた。しかし、東屋にあるのは、それだけではなかった。そこには粗末な東屋には不釣り合いなほど、大きな寝台が備え付けられていた。そう、ちょうど男女二人が身を横たえられるほどの広さだ。
 俺は娘が案内役を買って出た意図を察した。
 確かめるように振り返り、娘の頬を覗き込む。
 その瞳は艶っぽく潤み、唇は湿っていた。
「いいのか?」
「はい……」
 微かなろうそくの灯でも分かるほど頬を赤く染め、消え入りそうな声で娘はうなずいた。
 腕に巻きついた手に、ぎゅっと力がこもる。
「湯の前に……先に床へ」
 かすれかかった声であえぐように娘は促した。その調子は懇願にも似ていた。
 この国の者は、情事の前に体臭を洗い流すのを嫌う。互いの匂いを感じられない交わりに情欲をかきたてられないのだ。この娘も生国は俺と同じでも、習俗はこの国になじんでいるのだろう。
 そんな理屈以上に、湯に浸かる間ももどかしいほど気がはやっているのかもしれぬ。
 だとすれば、俺も同じ心地だった。
「しかし……」
 けれど、俺は逡巡した。俺の旅の垢が娘の肌を穢しはしないかと。
 俺のためらいを断ち切るように、娘は俺の肩をやや強く押し、床に座らせた。
 東屋の梁に燭台を置くと、腰の紐をほどき、身に着けていた衣をするりと脱ぎ捨てた。衣擦れの音が夜闇になまめかしく溶け消えた。
 一枚布の下は何も身に着けていなかった。衣にも負けぬ白い裸身が、ちろちろと揺れるろうそくの火を受け、陰影を形作った。俺はその曲線を上から下まで目でなぞった。
「見ないで……ください」
 恥じ入りうつむく娘の仕草に、わざとくささは微塵も感じられなかった。
 これを仕事としているのではないのだろう。
 遠い地から訪れた同郷人に望郷の念にも似た切なさを覚えたのか、もっと直截的な情欲に端を発しているのか。
 それ以上の推測は無用な上に野暮であった。
 俺も衝動に促されるまま衣服を脱ぎ捨てた。
 互いに裸身になると、娘はさっきよりも激しく俺の肩を押し倒した。
 俺は寝台に仰向けに横たわった。
「じきに星明かりに目が慣れます。それまでごかんにんを」
 そう言って、娘はろうそくの灯を吹き消した。
 視界が真っ暗になり、なにも見えなくなる。
 俺の裸の胸に、柔らかな肌の感触が重なった。

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