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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十九回 みけねこ作『桜舞う日に』

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コミュ内全体

 机を叩く大きな音が、M市役所の一階に鳴り響いた。
「あの木は、いつ切ってくれるんだ」
 八十歳くらいの老人が大きな声で怒鳴った。ぼくは、なだめるように言った。
「山本(やまもと)さん、この前も申し上げたとおり、公園の木を切るときは、M市の公園条例により、市長の許可が必要なので、今すぐ回答できないんです」
 山本と呼ばれた老人は、目に涙をためながらぼくをにらみつけた。
「孫が、死んでるんだぞ。木と人の命とどっちが大切なんだ」
「お孫さんを亡くされた気持ちは、お察しします。けれども、申し訳ないのですが、今すぐ木を切ることはできないんです」
 彼は、ふたたび机を叩いた。握りしめたこぶしが震えている。
「君じゃだめだ。もっと上の人を連れてきてくれ」
 ぼくは、まっすぐに彼の目を見て言った。
「この件は、私が担当ですので、上司が来ても変わりません」
「おまえに、孫を亡くした気持ちがわかるか」
 ぼくは、冷静な気持ちを保つよう努力した。
「お孫さんが、公園の桜の木に登って転落された今回の事故を受けて、公園緑地課では、すべての公園の木の安全を点検中です。山本さんのご意見は、市民の声として、上に伝えますので」
 山本と一緒に来た数人の男女もぼくをにらみつけている。彼の声は、怒りのあまり震えていた。
「そうやって、ごまかす気だな。さすが、お役所仕事だ」
 彼は、悔しそうに両手を握りしめて大きな声を出した。
「今日は、帰るけどな。とにかく、あんな危ない木は、早く切ってくれ」
 ぼくは、彼らの姿が見えなくなるまで頭を下げていた。孫を事故でなくした悲しみは痛いほどわかる。だからといって、公園の木を簡単に切るわけにはいかないのだ。
 
 残業で遅くなったぼくは、一人で夕食を済ませ、さくら公園に向かった。住宅街の中にあるこの公園の面積は、サッカー場を少し小さくしたくらいの広さである。小さな滑り台、ブランコ、砂場が設置されていて、真ん中には大きなソメイヨシノがある。
 昼間は、小さな子どもたちで賑わっているのだろうが、夜遅いためか、人通りもなく静まり返っていた。冬の空は澄み渡り、時折吹く風が頬に当たると痛かった。月に照らされた木は、枝の折れた部分が、傷のように生々しく残っており、周りをロープで囲まれ「きけん。のぼってはいけません」という貼り紙がされていた。
 立ち入り禁止の文字の入ったカラーコーンの下には、たくさんの花束と駄菓子が置かれていて、悲しい事故があったことを物語っている。孫を亡くした山本の顔が浮かんできた。そんなことを考えていると、後ろに人の気配がした。振り向くと、若い女性がこちらに向かって歩いてきた。
 ぼくは、こんな夜遅くに女性が一人で公園にいることに驚いた。ベージュのコートを着た小柄で色白の若い女性は、隣に立つと、木を見つめて言った。
「こんな風になってしまったけど、春には、お花見できるかしら」
「枝が折れても、桜の花にはそれほど影響ないみたいですから、綺麗に咲くと思いますよ」
 ぼくが答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私、毎年、ここにお花見に来ているんです」
 彼女の頬は、冷たい風のせいか、少し赤みがさしていた。ぼくは、彼女の横顔を美しいと思った。
「ぼくも、お花見はここですよ。人も少ないし、穴場ですよね」 
「じゃ、お会いしたことがあるかも知れませんね。この近くにお住まいですか?」
「ここから、二十分くらいです。この公園は駅の南口から近いけど、ぼくの家は北口の方面なんです」
「そうなんですね。私は、公園からすぐ近くよ」
「夜遅くて危ないので、近くまで送りましょうか」
「ありがとう。でも、すぐなので大丈夫」
 彼女は、軽く一礼し、住宅街へと消えていった。

 その日から、ぼくは、会社の帰りにさくら公園に寄るのが日課となった。ソメイヨシノの様子を確認するという目的もあったが、もう一度彼女に会いたいというのが本心だった。
 一週間が過ぎた頃、公園に向かう途中、見覚えのあるコートの女性を見つけた。ぼくは、彼女を追いかけ、声をかけた。
「あの、すみません、この間の……」
 彼女は、少し驚いた表情でぼくを見たが、すぐに笑顔になって言った。
「あ、公園で会った方ですね」
 ぼくは、彼女が覚えていてくれたことを嬉しく思った。
「今日も公園に寄っていこうと思って」
「帰り道だから、私も一緒に行くわ」
 ぼくたちは、並んでゆっくりと歩いた。澄んだ冬の空に煌々と光る月は、さくら公園のソメイヨシノの痛々しい傷を照らしていた。彼女はため息をついた。
「相変わらず、この木の周りは立ち入り禁止なんですね」
「先月、ここでお子さんが転落して亡くなるという事故があったばかりですから、仕方ないですね」
「でも、本当は、木に登ったらいけないんでしょう。桜の枝は、折れやすいので危ないと聞いたことがあるわ」
「そうなんです。実はぼくは、M市の職員なんです。二度とこういう事故が起こらないように対策を練っているんですが……」
「こんな事故があって、たいへんだと思うけど、頑張ってね」
 さくら公園の事故があってから、すべての公園の安全確認に追われ、疲れきっていたぼくにとって、彼女の言葉は心に沁みた。
「ありがとうございます。もっとお話したいので、連絡先を交換させてもらっていいですか?」
「いいわ。私も、公園の木のお話、興味があるので、色々聞きたいの」
 彼女は、形の良い唇で嬉しそうに笑った。

 ぼくたちは、公園での出会いがきっかけで交際するようになり、一か月後には、ぼくのアパートで一緒に暮らし始めた。彼女の名前は、美貴(みき)といった。隣の駅の小さな不動産事務所に勤務していた。
 ぼくは、M市のすべての公園の木を点検し、子どもが登れそうな木の周りをロープで囲み、貼り紙をした。山本の要望は、市民の意見として提出していたが、さくら公園のソメイヨシノは、憩いであるという意見が多く、山本の望む方向には進んでいなかった。

 年度末になると、美貴の仕事は忙しいようで、ぼくは夕食を一人でとることが増えていた。
 まだ、同棲して二か月しかたっていなかったが、ぼくは美貴と結婚したいと考えていた。彼女の仕事が落ち着いたら、両親に紹介しようと思った。
 連日、ニュースでは、各地の桜の開花が報道されていた。お花見の提灯が準備された公園もあるようだ。一人で夕食を済ませ、時間を持て余したぼくは散歩がてらに、さくら公園に向かった。
 公園に着くと、ロープで囲まれたソメイヨシノが電灯に照らされ、白く光っていた。お花見が近づくので、より厳重に木に近づかないよう予防線が張られている。
 なだらかに横に伸びた枝には、薄桃色の桜がところどころ咲いている。春の暖かい風に揺れる花びらを見て、ぼくは、この木を守りたいと思った。
 家に戻ると、美貴が迎えてくれた。
「あ、美貴、今ね、さくら公園を見てきたんだ」
 美貴は、洗い物の手を止めてはっとしたような表情をした。
「桜、咲いてた?」
「まだ、三分咲きかな。でも、この暖かさで、一気に咲くな」
「そうね。楽しみね」
 ぼくは、美貴に言った。
「一緒にお花見に行こうね」
「うん、行きましょう。そういえば事故のあったその桜、おじいさんの要望通り、切られちゃうの?」
 彼女は、さくら公園のソメイヨシノのことが気になっているようだった。
「ああ、一応、議題には上げているけど、あの桜のおかげで癒されている人もいるんだし、事故があったからといって切るということはないと思う。山本さんの気持ちはわかるけどね」
 美貴は、ほっとした表情をした。
「良かった。だって、桜には罪はないし、切ってしまったらかわいそうだもの」
 ぼくは、美貴の肩を抱いた。

 翌日、ぼくが残業を終えて帰ると、珍しく美貴は家にいた。
「今日は、早いんだね」 
 ぼくは嬉しかったので、そう言ったのだが、彼女は、少し困惑した表情をみせた。
「たまには、早いときだってあるわ」
「きみが最近、疲れているようだったから、気になっていたんだよ」
 このところ、美貴は痩せて顔色も悪くなっていたので、ぼくは心配していた。
「ありがとう。大丈夫よ。あ、ちょっと、買い忘れたものがあるので、コンビニに行ってくるわ」
「今から? 遅いから、明日にすれば?」
「ううん。大丈夫。ちょっと、外の空気も吸いたいから」
 そう言って美貴は、カーディガンを羽織って玄関を出た。バタンというドアの音がぼくの耳に残った。何か彼女を傷つけるようなことを言ったのだろうか。顔色が悪いのも心配だった。
 ぼくは彼女を追いかけるように外に出た。夜道は、静まり返り、人の気配はない。美貴が行くと言っていたコンビニに向かって走った。
 店に着き、見渡したが、彼女の姿はなかった。違う店なのかも知れないと、少し遠いところにあるコンビニに向かった。途中、さくら公園の前を通った。何気なく公園を見ると、立ち入り禁止のロープの中に人影が見えた。美貴だった。彼女は、両手を上げるような恰好で木に触れ、頭を垂れていた。
 ぼくが美貴の名を呼ぼうとしたとき、彼女の姿が消えた。すぐに駆け寄ってみたが、誰もいなかった。彼女と連絡を取ろうとして、携帯電話を家に忘れてきたことに気づいた。急いで家に戻った。
「おかえり。どこに行ってたの?」
 美貴は家にいた。彼女の姿を見てぼくは安堵した。さっきより顔色もよくなっているようだ。
「良かった。無事に帰っていたんだね。心配になって探しにいったんだ」
 彼女は、子どもを諭すような表情で言った。
「こっちこそ、心配したわよ」
「ごめん、ごめん」
 ぼくは、公園で、美貴のような女性を見たことは話さなかった。

 数日後、ぼくの住んでいる地域の桜が満開となり、さくら公園のソメイヨシノも、枝の折れた傷を残したまま見事な花をつけていた。木を切って欲しいという山本の要望は、今のところ検討中ということで止まっていた。たぶん、その要望は通らないだろう。彼の姿も最近、市役所で見かけなくなっていた。このまま時間が過ぎて、気持ちが落ち着いてくれるといいのだが。
 仕事を終えたぼくは、家に戻らず、さくら公園に向かった。誰もいない公園には、昼間の花見客が残したゴミがいくつか落ちていた。ゴミを拾おうとかがみこんだとき、ソメイヨシノのそばに人影が見えた気がした。
 顔を上げたが、誰もいない。近づくと、急に強い風が吹いた。風は一瞬でやみ、あたりはふたたび静けさに包まれた。そして花びらが舞ってきた。まるで雪が降り続くように。ぼくはその場に立ち尽くしていた。
 どれだけの時間がたったのだろう。気づくと、ソメイヨシノの花はすべて散っていた。

 遅くなったので、美貴が心配しているかもしれないと、彼女の携帯に電話をした。驚いたことに、耳元に聞こえてきたのは「この電話は現在使われておりません」という無機質な声のメッセージだった。         
 ぼくは、急いで家に向かって走った。部屋に入ると、美貴の姿はなかった。食器も、洋服も、暮らしていた痕跡もすべて消えたようになくなっていた。
 美貴がいつも座っていた椅子の上に、桜の花びらが一枚落ちていた。
 

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