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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第八十五回 みけねこ作 「夏草」

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新幹線を降りると、冷たい空気が頬に触れた。四月の東京は、十八度まで気温が上がっていたというのに、駅の電光掲示板に表示されていた気温は四度だった。身震いをしながら、これからこの町で暮らすのかと思うと不安になった。発車ベルが鳴り、新幹線の扉が閉まると東京に戻りたい気持ちでいっぱいになった。
私は、夫の転勤で日本海に面する地方都市に暮らすこととなった。メーカー勤務の夫が地方の研究所に異動になったからである。
私たち夫婦が暮らす家は、地方都市A駅から車で二十分ほど離れたところにあった。駅まで遠い場所に住んでいても、車社会なので、不自由なことはない。二人で住むには広すぎるほどの戸建て住宅で、広い庭もついている。庭でガーデニングを楽しんだりするのもいいと思った。
雪を頭に乗せた山が目の前に迫っている。
「まるで、スキー場に暮らしているみたいね」
「冬は、歩いてスキーに行けるかもよ」
 二年限定の勤務ということでやってきたが、その間、たくさん楽しもうと思った。私たちは、引っ越しの荷物を入れると、早速、近所の挨拶まわりをすることにした。
「こういうところって、近所づきあいなど、しきたりがあるかもしれないから、どの人がボスなのか見極めなきゃ」
 私が言うと夫は、軽く笑った。
そんなに気を使わなくても普通にしとけばいいんじゃない?」
「なにいってるの。地方ほどお付き合いは大変なんだから」
 二人で、近所数件に挨拶に行った。
「お隣の松浦さんは、結構うるさいと思うな。あれはボスかな」
 夫はあきれた顔をした。
「松浦さんの奥さんは、優しそうだったじゃないか」
「いやいや、ああいう人ほど怖いのよ。それに比べて、桑原さんは、いいご夫婦だったな。私と歳も近そうだし、気が合いそう」


 桑原さんは、三十代前半くらいの大人しいご夫婦だった。ご主人は陶芸が趣味で、庭や玄関にたくさんの作品が並べてあった。
私が暮らし始めた地方都市の郊外は、地元の人が多く、同じ苗字の人がたくさんいると思うと親戚だったりして、私はよそ者として見られていることをひしひしと感じた。夫の仕事の研究所がこの地域にあるということで、この町に来たが、近所の人たちは既に仲が良すぎて私が入る隙がなかった。唯一、桑原さんが私たちのように東京出身だったので、挨拶だけではなく色々と話しかけてくれた。

「うちに遊びにきませんか?」
 桑原さんが誘ってくれたのは、私たちがこの町に暮らしてから一か月を過ぎた頃だった。一向に友達ができない私は、田舎の連帯感、その中で仲間として認められるのがいかに難しいかを悟っていた。       桑原さんの提案はとても嬉しかった。
 彼女の家は、昔ながらの日本家屋で、庭には池があった。リビングにはアンティークの応接セットが置いてあり、和室には茶室があった。磨き上げられた廊下は黒光りしていて、和風旅館にでも来たような錯覚に陥った。
「素敵なおうちですね」
 桑原さんは、上品な口元をほころばせ、嬉しそうに言った。
「夫の祖母から続いた家なんです。ところどころリフォームしてあるけど、廊下や柱などは、昔のままなんですよ」
「アンティークの家具がとても合っていてすごく落ち着きますね」
「ありがとう。でも、ほんとは、マンションが憧れですけどね」
「でも、こんな広いお庭があるほうがいいですよ」
 桑原さんはそれには答えず、遠くを見つめるように言った。
「冷たいお茶を持ってきますね」

 彼女と話していると、この地域に暮らす辛さを忘れることができた。そもそも一月そこらで地元の人たちと仲良くなれるとは思わないが、孤独な日々が続いていたので、とても嬉しかった。本人には聞いていないが、桑原さんもこの地域に馴染んでいないのだと思う。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰り際に桑原さんが言った。
「今度の花火大会のとき、ご夫婦でうちに来ませんか?」
「わあ、うれしいです。ぜひ、来させてください」
 この地方では、八月に大きな花火大会があり、桑原さんの家の二階から見えるそうだ。
「ビールでも飲みながら見ましょう」
「ビアガーデンですね」

 私は、家に戻ると夫に桑原さんのことを話した。彼女は色白で上品な雰囲気をまとっていたので、夫だって興味はあるはずだ。
「今度、花火大会一緒にみようって」
 彼は、持っていた缶ビールを飲み干し、乾杯のポーズをした。
「いいね。ここに引っ越してきて良いことがあったね」
 私はうなずいた。
 花火大会の夜が来た。私たちはビールのつまみを作って保存容器に入れ、桑原さんの家を訪ねた。ご夫婦が玄関に出てきて私たちは、磨き上げられた階段を上り二階に上がった。バルコニーに椅子とテーブルが並べられ、蚊取り線香の匂いがした。
 東京で見る花火とは違って障害物のない広い空に打ち上げられる花火は圧巻だった。桑原さんのは、この家に子供の頃から住んでいたので、花火がよく見えるポイントもよく知っていた。
「私たちも、花火をしない?」
 子供っぽい目をして桑原さんが言った。私たちは庭に降りて線香花火をした。幼い頃を思い出した。火薬の香りが鼻をつく。ビールを飲んだせいなのか、眠気が襲ってくる。

 目が覚めると、私と夫は草むらに横たわっていた。起き上がってもしばらく何が起こったのか理解できなかった。蝉がじんじん鳴いている。

「あれ? ここはどこ?」
「俺たち、桑原さんちにいたよな」

 頭上から大きな声がした。
「おはようさん」
 大きな声がした。隣の松浦さんだ。
「あなたたち、桑原さんの家に行ったんだね」
 私は何が起こっているのか理解できなかった。
「はい」
「桑原さんちに泊まった人は、この村にふさわしいということで、あなたたちも認めてもらったんだよ。おめでとう」
 いきなり、おめでとうと言われても、状況を理解することができなかった。
「桑原さんはどこにいるんですか?」
「とうの昔、五十年前には夫婦で亡くなってるよ」

 私は、へなへなと座り込んで立てなくなった。

 ひざこぞうのあたりに、線香花火の燃えかすが落ちていた。


コメント(2)

みけねこさんの幽玄シリーズ、面白く読まさせて頂いてますウッシッシ
地域での通過儀礼、それを司る謎の存在と、当たり前のように受け入れている地域の人達。
幻と現の架け橋が実体として残る描写は重要なキーなだけに、線香花火をしているシーンがサラッと流れてしまうのが勿体なく、燃えかすが落ちるところまでの様子や心情を読んでみたい気もします。

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