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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第27回 チャーリー作『眠り姫』

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『眠り姫』松希茶里

 クリスマス・ツリーは、そらくんのことが大好きでした。
 ツリーはそらくんが生まれた年の冬に、このお家にやってきました。
 優しそうなパパやママに飾りつけしてもらったあと、初めてそらくんと顔を合わせたときのことを、ツリーは今もよく覚えています。
「あたしと仲良くしてもらえるのかな」とドキドキしていたツリーのところに、まだおむつをつけたそらくんがママに抱かれてやってきました。そしてツリーを一目見るなり、お花が咲いたようににっこり笑ってくれたのです。それからそらくんは、ツリーのそばをぜったい離れようとしませんでした。ママが連れていこうとすると、かならずぐずって嫌がるのです。しかたないので、パパがツリーを二階にあるそらくんのお部屋に連れていってくれました。そのあいだもそらくんはずっとにこにこしてツリーを見つめていましたので、ツリーもドキドキしていたことなんてすっかり忘れて笑顔になっていました。
 こうして、ツリーはそらくんと出会ったのです。
 でもツリーは年中、そらくんといっしょにいられるわけではありません。ツリーはクリスマスの季節だけみんなを楽しませるものです。その日が過ぎたら、クローゼットや物置の中にしまわれてしまうのです。
 ツリーもそのことは知っていました。けれど初めて入ったクローゼットは、真っ暗闇で寒くてほこりだらけで、ここに来る前にいたお店の倉庫よりひどいところでした。ツリーはひとりぼっちでさみしくて、えんえん泣いてしまいました。
「あたし、もういらないのかな……」ツリーの心は、悲しい気持ちでいっぱいになってしまったのです。
 けれども、これは余計な心配でした。
 次の年、ツリーが目を覚ますと、そらくんが一年前と変わらない笑顔でツリーを抱きしめてくれたのです。ツリーはうれしくなって、つい枝でそらくんをぎゅっとしました。
 その次の年もそのまた次の年も、そらくんが立って歩けるようになってからも、おしゃべりできるようになってからも、そらくんはツリーと会えるのをいつも楽しみにしてくれました。あんまりにも待ち遠しくて、いつからかツリーをクローゼットから出すのは、大きくなったそらくんの係りになったぐらいです。
 おかげでツリーはクローゼットの中にいても、ちっともさみしくなんかなくなりました。寒くたって心はほかほかですし、暗闇だって寝るのにちょうどいいとさえ思うようになりました。だって毎年冬になれば、そらくんがとびっきりの笑顔で自分を眠りから起こしてくれるからです。
 ツリーは、ママがそらくんによく聞かせていた昔話(それは『眠り姫』と言いました)を思い出しました。悪い魔女のせいで百年の眠りについてしまったお姫さまを、王子さまがキスで目覚めさせてくれるというお話です。ツリーはクローゼットの中で眠りにつきながら、自分がその主人公のお姫さまになったような気持ちになりました。いつのまにか、ツリーはそらくんに恋をしていたのです。
 そらくんが小学校に行くようになってからも、ツリーはそらくんといっしょでした。このぐらいの歳の男の子はやんちゃでよく乱暴をするとツリーは聞いていましたが、そらくんは全然そんなことはありません。それどころか、こんなことがあったぐらいです。
 その年のクリスマスのことでした。
 そらくんの学校のお友達がパーティーのためにお家にたくさんやってきて、ツリーは怖くなりました。そらくんはおとなしい子だったので、お部屋の中を駆け回るようなやんちゃな男の子を相手にするのは初めてだったのです。すると案の定、はしゃいだ男の子たちの何人かが、ツリーの飾りのボールを投げて割ったり、ツリースカートにコーラをこぼしたり、枝を力まかせに引っぱったりと乱暴を始めました。
「痛い。やめて!」ツリーが心の中で叫んだそのときです。
 ドン! とそらくんが、体当たりして男の子たちを次々に突き飛ばしました。そしてツリーを守るように立ちはだかったのです。
 ツリーはびっくりしました。いつも優しくてお皿も割ったりしないそらくんが、乱暴してまで自分を守ってくれたのです。うれしくないわけはありません。でもツリーは、そらくんがそこまで自分を大事に思ってくれているなんて考えたこともありませんでしたので、なんだか照れくさくなって体に巻いていたLEDのイルミネーションをピンク色に光らせてしまいました。
 その日の夜、ツリーは眠りについたそらくんをぎゅっと抱きしめました。
「ありがとう」ツリーはそっと言いました。「今度はあたしがそらくんのこと、守ってあげるからね」
 ツリーは満ち足りた気持ちでした。冬の季節にしかそらくんに会えなくても、ツリーにとってはそれで充分でした。そしてこの年もクリスマスが過ぎ、ツリーはクローゼットの中で眠りにつきました。来年もまた、そらくんが王子さまになって自分を迎えにきてくれると、それがずっと永遠に続くと、ツリーはちっとも信じて疑わなかったのです。
 ところが次の年のことでした。ツリーはびっくりするほど冷たい手に体をつかまれて目を覚ましました。見ると、うす暗いお部屋でママが一人で飾りつけしているのです。ママはまるでお洗濯物でも干しているように、忙しそうに金のボールやキャンドルケーンを枝にぶら下げています。ツリーは驚いて辺りを見渡しましたが、いつものとおり、そこはそらくんのお部屋にまちがいありません。では、そらくんはどこに行ったのでしょう。
 しばらくすると、ランドセルを背負ったそらくんがお部屋に戻ってきました。一年のあいだにまた少しりりしくなった横顔にツリーは少しほっとしましたが、でもそらくんは自分のほうを見向きもしません。それどころか、お部屋にやってきた誰かと楽しそうにおしゃべりしているのです。
 相手はツリーの知らない子でした。女の子でした。
 女の子は、そらくんと同じ学校のクラスメイトでした。お家が近くて、この一年でそらくんのところにもよく遊びに来るようになったのです。でもそれだけではありません。女の子は、そらくんのことが大好きでした。お部屋にいるとき、女の子はいつもそらくんのそばにいました。そして口癖のようにこう言うのです。
「さくら(女の子の名前です)、そらくんのお嫁さんになる」
 そらくんはうんともすんとも答えませんでした。恥ずかしそうに耳を真っ赤にして、さくらから逃げてしまうのです。
 でもツリーは気が気ではありません。クリスマスが近づくたびに、あれだけうれしそうに自分を起こしてくれていたそらくんが、今年はまるでツリーなんていないみたいに知らん顔しているのです。そしてそらくんの隣にはさくらがいて、ふたりでゲームをしたりお菓子を食べたりして、楽しそうに仲良くしているのです。
 ツリーは思いました。さくらの言うように、このままさくらがそらくんのお嫁さんになってしまったら、そらくんは自分のことなんて忘れてしまうかもしれません。
王子さまのそらくんが迎えにきてくれなかったら、ツリーはあの暗くて寒くてほこりだらけのクローゼットに閉じこめられたまま、一生を眠りつづけなければいけないのです。そして古く汚くなったツリーは、きっと二度と飾られないまま捨てられてしまうことでしょう。
「あたし、もういらないんだ……」ツリーはつらくて悲しくて泣きました。初めてクローゼットに戻されたときよりも、たくさんたくさん涙があふれてこぼれました。あったかいお部屋にいるはずなのに、いつまで経ってもツリーの心は真冬の氷のように冷たいままでした。
 そして泣いて泣いてもう涙も出なくなってしまったころ、ツリーはこう思いました。
「あの子のせいだ」
 ツリーはさくらをにらみました。
「あたしがいらなくなるはずなんてない。だってあたしは、そらくんの大事な大事なクリスマス・ツリーなんだもん。あの子がいるから、そらくんはあたしを起こしに来れなかっただけだもん」
 ツリーは、今までなったことのないような気持ちがむくむくわき上がってくるのを感じました。まるでつららのようにとがった氷で、心の中が掻き回されているような気分でした。
「あの子なんて、迎えの来ない眠り姫みたいにずっと眠っていればいいのに」
 そう思って、ツリーははっとなりました。
 そうです、あの昔話のようにさくらを眠らせてしまえばいいのです。そうすれば、もうそらくんは誰にもじゃまされずに、自分を起こしに来てくれます。今までと同じように、そらくんはツリーだけの王子さまになってくれるのです。
 でも、どうやってさくらを眠らせたらいいのでしょう。ツリーは考えました。考えて、ある日とっておきの方法を思いつきました。あとはどうにかして、ツリーとさくらがふたりになるときを待つのです。そのときはまもなくやってきました。
 ツリーが過ごす何度目かのクリスマスの日のことです。
 この日の午後、お家ではそらくんとさくらがふたりきりでお留守番していました。パパとママ、それにさくらの両親は、夜のパーティーの準備のために夕方まで帰ってきません。これはツリーにとっておあつらえむきでした。あとはお部屋で、さくらがひとりになるのを待つのです。
 お部屋でおやつをいっぱい食べたあと、さくらは眠くなってごろんと横になりました。そらくんは隣でコーラを飲みながらゲームをしていましたが、しばらくすると立ち上がって一階に下りていきました。トイレのついでに、コーラのおかわりを取りに行ったようです。今しかチャンスはありません。
 ツリーは震える枝を手のようにして、体に巻いたイルミネーションのコードを取りました。そしてそれを眠っているさくらの首にそっと巻くと、端と端とを握って思いきり引っぱったのです。
 さくらは顔を真っ赤にして、すぐに目を覚ましてしまいました。コードをつかんでものすごい力でじたばたあばれるので、ツリーは思わずコードを放してしまいました。そのすきに、さくらはハイハイしてお部屋から逃げ出しました。コードはまだ、さくらの首にからまったままです。
 ツリーはあわててあとを追いかけました。と言っても、このときツリーは初めて歩いたのです。いきなり走ってさくらを捕まえられるはずがありません。でもさくらもカタツムリのようなのろさで這っているので、急ぐ必要はありませんでした。
 それよりツリーがあわてたのは、さくらがひどいせきをしながらお母さんを呼んで泣きわめいていることです。キッチンまで聞こえていたら、そらくんが気づいてやってきてしまいます。早くさくらの口をふさがなくてはなりません。
 やっとコードに枝の先が届いたときには、さくらは階段の手すりにつかまって立ち上がろうとしたところでした。ツリーはまた力いっぱいコードを引っぱりました。けれど、さくらは手すりから手を離そうとしません。泣きはらした顔でちょっとでもツリーから逃げようと、一段一段、階段を下りようとしているのです。ツリーは今度こそ負けじと、綱引きをするように体を後ろにかたむけてぐいぐい力をこめました。もうコードがぷちんと切れてしまいそうなほどです。
 と、そのときでした。
 さくらの後ろに人の姿が見えたと思った瞬間、ツリーは驚いてまたコードを放してしまいました。無理もありません。それはそらくんだったのです。でも、すぐにそらくんの青ざめた顔は見えなくなりました。階段を転げ落ちたさくらが、そらくんにぶつかってしまったのです。
 次にツリーが見たときには、そらくんは階段の下に落っこちていました。うつぶせに倒れたさくらは、頭をどこかにぶつけたのでしょう、もうぴくりとも動きません。その横であおむけになっているそらくんも、やっぱり目を閉じて動かないままです。
「そらくん!」
 ツリーはそらくんの名前をくり返し叫びながら、あわてて階段を下りようとしました。
 けれどさっき初めて歩いた物が、上手に階段を下りられるはずがありません。あっという間にツリーは足を踏みはずして、一階にたたきつけられてしまいました。ガンッと手すりに体をぶつけたせいで、金属でできたツリーの幹は年老いたおばあさんのように、みにくい“く”の字に曲がってしまいました。いくつもガラスの割れる音がして、ツリーの飾りはほとんど粉々です。それでもツリーはそんな自分のことより、そらくんのほうが心配でしかたありませんでした。
 ツリーの隣で、そらくんは相変わらず目を閉じたままでした。ツリーは何度も何度も名前を呼んで体を揺さぶりましたが、そらくんはちっとも目を開けてくれません。ツリーは泣いてそらくんを抱きしめながら、そらくんのうすピンクのくちびるをそっと枝でさわってキスをしました。
 すると――どうでしょう。そらくんは、まるで眠り姫が王子さまのキスで目覚めたかのように、ゆっくりその目を開いたではありませんか。
 ツリーはうれしくなって、思わずそらくんの手を握ってまた泣いてしまいました。そらくんは頭を打ったようで目はぼんやりしていますが、顔は苦しそうには見えません。ツリーはすっかり安心して、隣で添い寝しながらそらくんをぎゅっと抱きしめました。
 けれども、そらくんはツリーのほうをちっとも見ようとしませんでした。それどころか、ツリーから逃げるように顔を反対に向けて、一生懸命手を伸ばしているのです。その先にいるのはさくらでした。
 そらくんは、そらくんの声とは思えないようなしわがれ声で、必死にさくらの名前を呼んでいます。ツリーは驚きました。ツリーは自分のほうに向かせようと、枝を伸ばしました。けれど、そらくんはそれをじゃまだとばかりに跳ねのけて、相変わらず動かないさくらを起こそうと手を伸ばしているのです。
「どうして……」
 ツリーは、何が何だかわからなくなってしまいました。
 さくらはもう眠ったまま起きることはないのです。そして今は、ツリーがそらくんの隣にいるのです。やっとふたりっきりに戻れたのに、どうしてそらくんは自分ではなくさくらばかり見ているのでしょう。なぜツリーを見て、あのお花が咲いたようなとびっきりの笑顔を見せてくれないのでしょうか。
 ただ、そらくんのことを好きになっただけなのに……。そらくんを守ってあげたいだけなのに……。そらくんのことを、心から愛しているだけなのに……。
「あたしが、なにか悪いことでもしたの…………?」
 さくらの首に蛇のようにからまったイルミネーションが、コンセントにプラグを差してもいないのにとつぜん赤黒い色に光り出しました。二度ともとに戻せないぐらい曲がってしまったツリーの体は、怒りとも憎しみとも言えない気持ちでぶるぶるふるえています。
 ツリーは階段の手すりに枝を巻きつけて立ち上がりました。
 そして曲がった幹を鉄の棒のように振り上げると――、バン! バン! と、さくらに手を伸ばすそらくんをぶち始めました。
 どこにそんな力があるのか、当のツリーにさえわからないことでしょう。ツリーは無言のまま、ひたすら自分の体でくり返しくり返しそらくんをぶちました。ぶつたびに振り下ろす力はどんどん強くなっていって、そのうち赤いしずくがツリーの枝や幹に飛び散りました。さっきまでピンクだったそらくんのくちびるは、とうに濃い紫色になっていましたが、それでもツリーは憑りつかれたようにぶつのをやめようとしませんでした。
 やがて――、にぶい音がして、ツリーの体は真っ二つに折れました。てっぺんに星をのせたツリーは、そらくんに覆いかぶさるように倒れました。
 倒れたはずみで、星は赤い水たまりに落ちました。ひとりでに光っていたイルミネーションは、だんだん色が薄くなって電球が切れるように消えていきました。
 こうして眠り姫は、永遠に目覚めることのない眠りについたのです。

 静かになったお家の外から、道を歩くカップルの楽しそうな話し声が聞こえてきます。雪合戦でしょうか、はしゃぐ子供たちの声も聞こえます。リビングの窓からは、真っ青な空に雪のようなまあるいお月さまがぼんやり浮かんでいるのが見えます。
 今年のクリスマスの夜は、きっと雨は降らないことでしょう。

〈終〉

コメント(6)

いつもギリギリの投稿で申し訳ありません。
課題のテーマ選択から、「悲劇」を選んで書きました。
何卒、よろしくお願いしますm(__)m
ディズニーのアニメ、トイストーリーを思いだしました。
途中からホラーに変わって、でもやっぱりツリーの気持ちになると哀しいですよね。
平仮名と漢字のバランスが作品の雰囲気にマッチしているように感じました。
モノに宿る感情は、閉じられた世界に生きている分、激烈で一途なのかもしれないな、とそんなことを感じました。
ツリーが恋する様子を読んでほのぼのしたり、そらくんがツリーに関心がなくなって行く様子に切なくなったり、まさかの展開にハラハラしたり……。まるで映画を観ているようで、とても面白かったです!読んでいる人の心を動かす物語を書けるのが、すごいなぁと思いました。

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