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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第14回 匿名作『無題』

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ワックスのツヤでピカピカに磨き上げられた木目の床は、日光を取り込むように付けられた大きな窓から差し込む光を反射して、お昼には眩しいくらいに輝いていたのに、この時間になると色あせて薄汚れたシミや汚れを浮き出していた。ワックスを塗る前の掃除が中途半端だったから、ゴミが床にめり込んだまま潰れてしまい、何度も指でこすったけれども、爪が少しずつ削れていくだけ。
 疲れを知らない子供たちがわーわーとはしゃぎながら走り回って、どこかにぶつからないか不安になる。少しくらいの怪我なんて私は気にしないけれど、親からすると全部私のせいらしい。転んだら痛い、ぶつかったら痛い、そんなの当たり前の話なのに。
 もっと若い頃は何でこんな仕事を選んだんだろうと、人生をやり直したい気持ちに駆られた。爪をいっぱい伸ばして月に一度はネイルを塗って、デコデコとしたデコレーション、髪の毛も明るく染めて、少しだけタバコの臭いを纏わせながら、彼に買ってもらった香水をふり、他の男と遊びに行く。そんな生活を送っている彼女たちがたまらなく羨ましくて、だけどそんな自分になれるはずもないと、想像することも否定してしまう自分に、ちょっとだけ自己嫌悪。

 もしも生まれ変わったら、風にそよぐ髪を束ねて、大きな一歩を踏みしめて、胸を張って会いにいこう。

 昔好きだった小説で、主人公の女の子が決意と共に言うセリフ。それに憧れたこともあったけど、それで会いたい人もいない私は、生まれ変わっても同じ人生をやり直すのだろうと、その絶望感と共に、どことなく安堵している自分がたまらなく嫌で、たまらなくかわいい。
 先生、できたよ
 床に座ってクレヨンで画用紙いっぱいに大きく絵を描いていたサクラちゃんが、私に笑顔を向けた。茶色と黒で塗られたそれは、どう見ても精神を病んでいるようにしか見えなくて嫌悪感すらあるけれど、その向けられた笑顔は自分が愛されていることを知っていて、それが永遠に続くことを根拠もなく知っている顔だから、そのちぐはぐさに多分きっと、私はうまく笑えている。
 何を書いたの?
 絵を見てそんなことを大人に聞いたらバカにしてるのかと怒られそうだけど、サクラちゃんは私の言葉にリス、と力一杯答えた。その声が、笑顔が、小さな体の中に入っているというだけで、眩しくて、羨ましくて、妬ましい。きっとサクラちゃんはピカピカの床を見て笑うことをあったとしても、あんな小さなゴミがその下にあることを気にもしないで、綺麗、綺麗というのだ。
 今日も最後まで残っているのはサクラちゃんで、他の子達は親に連れられて帰って行ってしまって、それでも一人っ子で誰にも構われないことに慣れているのか、特にぐずることもなく一人遊びをしている。その様子に他の先生達はいい子ね、なんていうのだけれど、私にはその小さな体の奥に時折見える女の箱に、恐怖すら覚える。この子はきっと私なんかよりもっと女らしくて、男を狂わせる。その才能に溢れていて、きっと一生その業に身を焼かれる。むしろ、焼かれてしまえ。
 こんなちいさな子供にまで嫉妬する自分が大っ嫌い。
 そのちいさな顔がこちらに向いた時、そこに宿る無邪気さにこちらも心を許してしまって、思わず笑顔を向けているから、きっと私はプロとして誇っていい。

 いつもの通り、時間ギリギリで迎えにきたおばさんは、今日もごめんね、なんて心にもないノイズを吐き出しながら、サクラちゃんに向かって両手を合わせて、毎度変わらない薄っぺらい能面のような笑顔を浮かべた。私たちには何一ついうことないのかよ、なんて胸の奥で叫んだところで、ヒステリックな女だと思われるのは癪だから嫌味の一つも返せない。昔から同い年のおばさんの、高慢ちきで身勝手な態度を彩るための笑顔に何度騙されて、何度これを許してきたか、もう思い出すつもりもない。同じ女であっても渋々ながらも騙されるのだから、バカな男達は次々と手を変え品を変え、繰り出される般若のお面に気がつくこともなく、あっさりとその手のひらの上でクルクル回る。そして真面目な男ほど、忠誠を誓い一生を無駄にするのだ。
 なんてバカで愛らしい存在。だから私は、彼は怨まない。
 ママと大きな声を張り上げて、その胸に抱きついたサクラちゃんは、そのままゆっくりと動きを止めていき、やがてゆっくりと眠りについた。その顔だけを見ていれば、あの時私の隣で寝ていた彼の面影があって、やっぱり可愛いなと心を許す。本来ならば彼の面影をのぞかせる寝顔を眺めているのは私のはずなのに、なんでその役割を演じているのが、目の前のおばさんなのか、いつもわからなくなる。
 ありがとうね。
 小さく謝る気もない頭を下げて、帰っていくおばさんとその胸で眠るサクラちゃんを見送った後、今日も部屋の電気を消して、ペタンと床に座って、ゴミが取れないか爪でカリカリと削っていた。

コメント(8)

どなたかわかりませんが、こんにちは、初めまして。
まず読んで、「うわー、リアル!」と思いました。小学校の時とかに見た、ワックスの下でカリカリしているゴミ、子供の頃はきっと平気だったけど、大人になると不潔に見える感覚。子供たちは平気でそこに寝そべったりしている。

そして、主人公の女性!言葉の端々にシニカルな感じが現れてますよね。
・その絶望感と共に、どことなく安堵している自分がたまらなく嫌で、たまらなくかわいい
・茶色と黒で塗られたそれは、どう見ても精神を病んでいるようにしか見えなくて
・この子はきっと私なんかよりもっと女らしくて、男を狂わせる。その才能に溢れていて、きっと一生その業に身を焼かれる。むしろ、焼かれてしまえ。

などなど・・・黒いですねぇ。
特に最後の方の段落読んで、「この子に一体何があったの?」「なんで保母やってるの?」と気になってしまいました。過去に一体何があったんだろう?

「本来ならば彼の面影をのぞかせる寝顔を眺めているのは私のはずなのに、なんでその役割を演じているのが、目の前のおばさんなのか、いつもわからなくなる。 」

これは女性の、強烈な人生の不満というか、嫉妬が現れてるんでしょうか?そういうところがまたリアル。心に迫る澱が、ワックスの下のカリカリのように、どうにも取れないんでしょうね。

今はまだ、独白の中で彼女のブラックなところが現れているので、その彼女をブラックにさせた出来事なり、これから起こることなりを、もっと見てみたい感じもしました。
後一点だけ、「女の箱」という表現が、ちょっと「なんだろう?」と考えてしまいました…全体的にキレのいい文章で書いてあるので、そこだけ浮いているというか…

どこの誰かもわかりませんのに、好き勝手言ってしまってすみません!
これはとても面白い話でした。自然な文章で書かれているのに(いるからこそ)、とても気持ちに入ってくる文章でした。
私にはこの人の気持ちも、女性の嫉妬も、よく理解はできないと思いますが、「いったいどんな気持ちなのか理解したい」と思わされました。
もちろん、そう言ってもやっぱり理解はできないとはわかっていますが。
これを書いた方と話してみたいです。

うまく言えないのですか、「きっと私はプロとして誇っていい」という言葉は、かなりの深みがあって震えます。
この仕事のプロという意味だけではなく、何か別の意味を含意しているように思えます。仕事ぶりに限らず、自分のあり方に誇りを持ちたいという意味に感じます。

爪で床を削っている描写は、リアルで、私も好きです。
匿名さん、ありがとうございます。
拝見させていただきました。

なんというか……理屈じゃないお話ですね。結構いろいろな部分が(心理描写や風景描写などが)入り混じっていて、それがよりリアルに思えます。

特に『その絶望感と共に、どことなく安堵している自分がたまらなく嫌で、たまらなくかわいい。』
という文章は嫌な自分がかわいいという屈折した愛情が出ていたり、
『なんてバカで愛らしい存在。だから私は、彼は怨まない。』
という部分なども面白いですね。
私もかとうさんと同じく『女の箱』は気になりましたが、面白い表現だと思います。

是非とも文芸部Aの方にも参加してください。(もうしてるのかな?)
匿名作品ということで、「感想を書かねば」という特命を 果たしたいと思います。

まず読んだ感想としては、面白い!と思ったのと同時に「こわっ!」とも思いました。

この作品の主人公は、何か過去に様々なことがあって、それが今につながっているのでしょうが、
その「過去」が大変気になりました。

嫉妬や人間の暗部というものが、うまく描かれていると思います。

自分は特に「同い年のおばさん」という表現に恐怖を覚えました。

保育士ないし幼稚園教諭という立場の主人公は、本来「○○くんのママ」とか「○○ちゃんのお母さん」という表現になるかと思いますが、
そうではなく、しかも主人公と同い年であるにもかかわらず「おばさん」とは・・・なかなか素晴らしい性格をお持ちの主人公を描きたかったのだろうと感じました。

唯一残念なことは、この作品の筆者から解説を聞けず、質問もできないことですかね。
匿名だと、先入観が入らないので、良い手法かもしれないです。文章に特に問題なく、語り手の内面が上手く表現できてると思いましたが。
共感できる部分が多数あり、読んでいて所々でうなずいていました。

物悲しい終わり方ですが、決して全体が暗い印象ではなかったです。
「おばさん」に嫉妬はあるけど、別れた男性には未練はないように思えます。
この日の主人公は床を爪で削っていますが、明日は昼のぴかぴかな床のほうに目を向けているかもしれないですね。

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