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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】 「世界の99%を貧困にする経済」2012年、ジョセフ・E・スティグリッツ

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コミュ内全体

(最終章、第10章「ゆがみのない世界への指針」、そのエンディング部より)

政治改革方針

経済の方針は明快で、問題は、政治についてはどうかということだ。アメリカの政治プロセスに、この方針の最低限の要素だけでも採用される見込みはあるだろうか?
あるとすれば、大々的な政治改革が先行していなくてはならない。

うまく機能している民主主義と社会からは、すべての人が恩恵を受ける。しかし、全員が恩恵を受けるので、誰でもただ乗りできる。その結果、何より重要な公益である民主主義を円滑に機能させるための投資は、不足がちになる。わたしたちは実質的に、公益の擁護および維持の大部分を民営化したが、結果は悲惨なものだった。民間企業と裕福な個人は資金を費やして、自分たちの推奨する政策や候補者の利点をわたしたちに”知らせる”ことをゆるされた。そして、あらゆる面で、提供する情報をゆがめるインセンティブを持っている。

制度的な取り決めを改めることは可能だが、その場合も、まちがった方向へ進む恐れがある。選挙資金調達の仕組みを改めれば、企業からの資金提供を制限することができるが、シティズンズ・ユナイテッドという非営利団体のネガティブ・キャンペーンにかんする訴訟で、最高裁は大企業の献金に対する制限を廃止する判決を下した。また、企業の株主に対する説明責任を強化して、選挙資金の提供については株主の票決を仰ぐよう強制するという手もあるが、企業に牛耳られてきた議会では、企業の政治的影響力を抑制するような規制を提案することも、あるいは真剣に議論することさえも、不可能だった。献金の必要性を減じることは、公的資金を増やしたり、放送業者に無料の放送時間を提供させたりすれば可能だろう。しかし、放送業者(選挙広告から多額の収益をあげている)も企業(現状維持を望んでおり、その理由はあきらかだ)も、そういう改革を支持しないし、この二者が反対にまわると、そういう改革案が可決される見込みはきわめて薄い。

偏向の少ない情報をより多く確保すべく努めることはできるだろうし、複数のスカンジナビア諸国は実際にそう努めている。それらの国々は、権力者に牛耳られた報道機関ーー構成員の出自が上位1パーセントにかたより、もっぱらその階層の意見を代弁するーーだけを持つのではなく、もっと民主的な報道機関をつくり出そうとし、ある程度の成功を収めてきた。
アメリカでも多くのヨーロッパ諸国と同じように、さまざまな独立系シンクタンクに公的支援を提供し、政策の多様な選択肢の利害について、もっとバランスのとれた討論を行なうことができるだろう。

投票を義務にする(従わない場合は罰金を科す)という策で、政治プロセスにおける金銭の重要性を下落させることができるし、オーストラリア、ベルギー、ルクセンブルグは実際にそうしている。それによって、政党も有権者を囲い込むことから有権者に情報を知らせることに焦点を移す。当然ながら、有権者の参政率はアメリカよりはるかに高い(オーストラリアでは90パーセント超)。有権者登録と投票をもっと簡便にし、投票をもっと意義深い行動にする政治改革もある。そういう改革によって、政治プロセスが下位99パーセントの関心にもっと応えるようにすれば、投票率も上がるだろう。一部の改革は政治制度の根本的な変化を足場にしなくてはならないが、不当な選挙区改変や議事妨害の余地を小さくするような改革は、現行の政治構造の範囲内で成し遂げられる。

これらの改革はいずれも絶対確実な妙案ではない。そのすべてが、上位1パーセントの政治的影響力をわずかに削ぐ可能性を秘めているにすぎない。それでも、前項の経済改革方針とともに実行すれば、新しい時代の展望を開いてくれるだろう。

そして、そこから最後の疑問が生まれる。

希望はあるのか?

本章の政治・経済改革方針の前提として、市場の力は現行の不平等の生成になんらかの役割を果たしているが、その市場の力を形成するのは究極的には政治だと想定する。
そういう市場の力をつくり直して、平等をもっと促進するようなものにすることはできる。市場をきちんと働かせる、少なくともいまよりうまく働かせることはできる。同じように、完全な機会の平等を伴うシステムはけっしてつくれないが、少なくとも機会の平等を拡大することはできる。大不況がこの国の不平等をつくり出したわけではないが、あまりにも悪化
させてしまったので、不平等が無視できないほどになり、そのせいで、大部分の人々にとって機会の枠がさらに狭められてしまった。正しい政策を本章で提示した方針に沿って用いることで、事態を改善できるとわたしは信じている。

この国の民主主義は、偏向しているかもしれないが、改革に結びつく二本の道筋を用意してくれている。下位99パーセントの人々は、自分たちが上位1パーセントの人々に
騙されてきたことに、1パーセントのためになることは自分たちのためにはならないことに、いずれ気づくだろう。1パーセントはこれまで懸命にその他大勢に働きかけて、替わりの世界などありえないと吹き込み、どんなことであれ1パーセントの意に背くことをすれば必然的に99パーセントに害が及ぶと信じ込ませてきた。本書の記述の大半は、そういう神話を破壊することに、また、より動的でより効率的な経済と、より公正な社会の両方を実現できると訴えることに費やされている。

2011年、数百万の人々が街へ出て、自分たちが暮らす抑圧的な社会の政治的・経済的・社会的状況に抗議する光景が目撃された。エジプト、チュニジア、リビアで政府が倒された。イエメン、バーレーン、シリアで抗議行動が勃発した。中東のほかの国々では、支配者一族がエアコンの効いたペントハウスで不安そうに見守る。次は自分たちだろうか?
心配するのももっともだ。そういう社会では、ほんのひと握りの人々ーー1パーセント未満ーーが富のほとんどを管理し、もっぱら富によって政治力も経済力も決まり、なんらかの形の根強い汚職がひとつの生きかたとしてゆるされ、しばしば最も裕福な人々が一般の人々の生活を改善するような政策を積極的に妨害する。

街に繰り出した一般大衆の熱狂を眺めていると、いくつかの疑問が頭に浮かぶかもしれない。この熱狂の波はいつアメリカに押し寄せるのか?いつほかの西洋諸国に押し寄せるのか?重要ないくつかの点で、アメリカは、混乱に陥ったそれら遠方の国々と同じようになってしまい、ひと握りのエリートの利益に仕えている。わたしたちには、民主主義社会に生きているという大きな強みがあるが、その民主主義はしだいに大多数の利益を反映しなくなりつつある。人々はそれを感じ取っているーーそのことは議会に対する低い支持率
と極端に低い投票率に表れている。

そして、そこに、改革に結びつく二本目の道筋を見出せる。アメリカで起こってきたことはわたしたちの価値観と矛盾するだけでなく、1パーセントの人々のためにもならないということに、1パーセントが気づくときが来るかもしれない。アレクシス・ド・トクヴィルはかつて、アメリカ社会特有の精神の主な要素とみなしたもの、”正しく理解された私利”と名付けたものについて書き記した。”正しく理解された”という言葉が鍵だ。すべての人が狭義の”私利”を有しているーー自分にとっていいものが今すぐ欲しい!”正しく理解された”私利はそれとは異なる。”正しく理解された”私利とは、ほかの人すべての私利にーー別の言いかたをすると、社会全体の幸福と福祉にーー注意を払うことが実は自分自身の究極的な福利の必須条件である、という認識を意味する。トクヴィルが言いたかったのは、そういう態度に気高さとか理想主義が宿っているということではない。むしろ、逆のこと、それがアメリカの実利主義の特徴だと言いたかったのだ。あの抜け目のないアメリカ人たちは基本的事実を、つまり、他人に目配りするのは魂にとって善であるだけではなく、ビジネスにとっても善であるという事実を理解している、と。

上位1パーセントは最高の邸宅、最高の教育、最高の医者、最高のライフスタイルを持っているが、ひとつだけどうやらお金では買えなかったものがある。それは、自分たちの運命はほかの99パーセントの暮らしぶりと密接に結びついているという理解だ。歴史上、そのことを上位1パーセントはいつか必ず学んできた。しかし、往々にして学ぶのがあまりに遅すぎた。

政治と経済は切り離せないこと、そして、1人1票ーー1ドル1票ではなくーーの制度を維持したければ政治制度の改革が必要であることはわかった。しかし、公正で、要請にきちんと応えてくれる政治制度は、著しい不平等を特徴とする今のアメリカの経済システムの中では実現されそうもない。つい最近わかったことだが、アメリカの政治制度は、強い共同体意識がなければうまく働かない。しかし、国がこれほど分裂していたら、いったいどうやってそういう共同体意識を持てというのか?そして、アメリカの経済がますます分裂していくのを見ると、果たして未来の政治はいったいどうなってしまうのか、と問わずにはいられなくなる。

いまから半世紀後のアメリカの未来像はふたつある。ひとつは、持てる者と持たざる者がさらに分裂した社会だ。その国では、裕福な者は高い壁に囲まれた高級住宅街に住み、子供たちを費用のかかる学校に通わせ、一流の医療を受ける。一方、残りの人々は不穏さ、よくても並みの教育、事実上配給制の医療ーー重病にかかりませんようにと祈るーーを特徴とする世界で暮らす。貧困層では、数百万人の若者が疎外され、希望を持てずにいる。わたしはそういう構図を多くの発展途上国で目にした。経済学者はその構図に名前まで付けている。二重経済、と。ふたつの社会が隣同士で暮らしながら、おたがいのことをほとんど知らず、相手の暮らしぶりを想像だにできずにいる。わたしたちが一部の国のような奈落に落ちるのかどうか、わたしにはわからない。すなわち人々をへだてる壁がますます高くなり、社会の亀裂がますます大きくなるのだろうか。
しかし、わたしたちはいま、ゆっくりとそういう悪夢に向かって進んでいる。

もうひとつの未来像は、持てる者と持たざる者のギャップが狭まる社会、運命共同体の認識、機会と公正さに対する万人の誓約が存在する社会、”万人のための自由と正義”という言葉が額面どおりの意味を現実に持つ社会、ひとりひとりが世界人権宣言の文言を真剣に受け止め、市民権だけでなく経済的権利を重んじようとする社会だ。
この未来像では、わたしたちはますます活力にあふれていく政治制度を持つ。それは、若者の80パーセントが疎外されていて投票に行こうとも思わないような政治制度とはまったく異なる。

わたしは、その第二の未来像こそが、わたしたちの伝統と価値観に一致する唯一の未来像だと信じている。

この国の針路を変えるのに、そして、この国の礎(いしずえ)である公正さと機会という基本的原則を取り戻すのに、もはや遅すぎるということはないとわたしは信じている。
しかし、残り時間は無限ではない。4年前、ほとんどのアメリカ人が大胆にも希望を抱いた瞬間があった。そのとき、四半世紀以上のあいだ続いてきたトレンドが反転する可能性はあった。ところが、実際にはさらに悪化してしまった。現在、その希望の灯火(ともしび)はゆらゆらと消えなずんでいる。

(終)

コメント(2)

ぜひ、率先して、資本主義の権化であるアメリカが、第1の健全なる、民主主義、健全なる自由主義、発展力のある資本主義の道を歩まんことを、期待しています。
>>[1]

アメリカには、「もうひとつの民主主義」があると言われてきました。
私もトランプ危険大統領に代わる民主主義権力に期待します。
日本ですが、今のままでは本当に国家のかたちが崩壊する亡国が懸念されます。

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