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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】 ドナルド・キーンが語った事⓶

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:芭蕉は彼の詩風を支えている二つの原理は変化と不易。古池や蛙飛びこむ水の音、第一節で不易な要素をなしている時間を超越して動かない池の水。次の蛙が瞬間的なもので、この二つが水の音という一点で交わっている。
2019-03-10 08:36

ドナルド・キーンは一九二二年生まれ。日本文学者。日本文学と日本文化研究の第一人者。コロンビア大学を退職後は、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した。ドナルド・キーン著書『日本の文学』(筑摩書房、一九六三)からの引用
・十七世紀の日本の文学に起こった新しい運動の影響で伝統的なものが一切斥けられ、日本の詩人達が自由に酔った時、その結果は混乱に終る場合が多かった。しかし、芭蕉にとっては、変化と不易の両方が彼の俳句にはなくてはならなくて、彼の最も優れた作品ではこの二つが、ここで述べた意味だけではなしに、幾何学的に言えば、瞬間のものと恒久的なものの交る点となって表現されているのがみられる。その一例が、芭蕉の俳句の中では或は最も有名かもしれない。
 古池や蛙飛びこむ水の音 
 その第一節で、芭蕉はこの詩で不易な要素をなしている時間を超越して動かない池の水を出している。次の蛙が瞬間的なもので、この二つが水の音という一点で交わっている。
・もし、この真理の認識ということが事実、この詩の主題であるならば、我々はここに禅宗の哲学の影響を見ることが許されて、禅の教えには、経典を熟読したり、戒律を厳守したりすることよりも、むしろ突然の直覚を通して悟りが開けるというようなことも含まれている。禅宗に入ったものは或る一定の姿勢で眼を半ば閉じたまま、一切の基本である虚無について考えながら長時間、座らせられる。そしてそうして座って体を微かに揺らせ、香の匂いに包まれ、一人の僧侶の読経が単調に続くのを聞くともなく聞いている時、不意に後から軽い木の棒で叩かれることがあって、もし悟りが開けるものならば、それはその時である。しかし、何かそうした不意のことならどんなことでも、同じ結果に立ち至れる。

コメント(1)

なるほど・・・悟りとは、そういうものかな・・・
これなら、日常生活で、芭蕉のように、悟りを感じた、それを表現した、秀句ができるはずなのだが・・・

私は、mixi俳壇で、投稿してます。

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