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石原莞爾平和思想研究会コミュのなぜ侵略戦争なのか

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大東亜戦争突入前、輸出削減という措置をつきつけられたら、中国侵略の手を緩めるだろうとアメリカは思っていたのだけれど、日本はまったくそれには動じず、アメリカから得られなくなった資源を他から求めることを考え始めました。それは白人が奴隷としていた同じ大東亜地域から資源を集めようとしたのです。

インドネシア、つまり当時のオランダ領東インドや、その隣のイギリス領マラヤ、つまりいまのマレーシアなどの資源に目をつけたのです。特に産油国のオランダ領東インドから資源を買いつけようとして、オランダ当局と6ヵ月にわたって交渉したのだけれど、アメリカやイギリスの側についていたオランダはそんな要求を認めませんでした。

それで1941年6月に決裂してしまいました。貿易という形で入手できないとなると日本は、白人から実力行使で奪うしかない、ということになったわけです。そして7月28日にはその準備として、今度はフランス領インドシナの南部に約4万人の軍隊を平和的に進駐させました。具体的にはいまのベトナムのホーチミン市(サイゴン)の周辺です。

暗号解読によって南部フランス・インド進駐の計画をすでに知っていたアメリカは、それに先立つ7月25日、国内およびその植民地にある日本人の資産をすべて凍結するという決定を下したのです。そしてイギリスやオランダもこれに従いました。これを受けて日本政府は東南アジア各地に居住していた日本人に帰国勧告を出したのです。

今の外務省の海外危険情報でいえば、「退避を勧告します」というところです。その頃、東南アジア各地には数万人の日本人が住んでいたのですが、その人たちの大半は帰国を余儀なくされました。さらにアメリカは8月1日に日本への石油輸出の全面禁止を決定しました。ここまでくると日本にとっては大打撃です。今の北朝鮮のようです。

いよいよなんとかしなくては、ということになりました。でもこの時に、日本はまだ完全に戦争を決意していたわけではないのです。なんとか戦争を回避したいと考える人たちも日本の中枢部にいて、アメリカとの外交交渉もしていたのですが、アメリカはスペインを太平洋から追い出したが日本国がいては太平洋の利権を得るにはどうしても邪魔です。

アメリカはどんなことしても黄色人種を奴隷にして植民地にしたかったのです。だが、日本人の中には日本の本当の国力を自覚していて、とうていアメリカには勝てないと考える人たちも多かったから、最後の最後まで戦争回避の可能性も模索していたわけです。

でもアメリカ側は日本と戦争をしようとしか考えていませんでしたからその条件として日本が承諾できない条件である中国およびフランス領インドシナから撤退することを求めていたのです。軍部、特に陸軍は承知するはずがなかった。すでにこの段階で、大きな確率で戦争に突入するであろうことを、軍の首脳部は感じ取っていたと思うのです。

こういう経緯をみていると、日本が東南アジアを侵略したのは、資源獲得が目的であったと言えそうでしょう? ただもちろんそれだけではなかった。資源がいかに欲しくても、それを戦争に訴えてまで実行するには、国としての基本的な考え方、つまりイデオロギーがあったと思う。日本には以前から、日本はアジアのリーダーだという自負がありました。

実は、精神的には日本の目は明治以来ヨーロッパやアメリカに向いていたのだけど、日本はアジアを救おうと言う傾向があったようです。本当にアジアを第一義的に考えていたいわゆるアジア主義者と呼ばれる人たちもいました。代表する方といえば石原莞爾でしょう。
明治以来国家としての姿勢の中には、日本はアジアの一員だという認識は少なくなっていったのかもしれません。

しかし、中国大陸への侵略を進め、欧米勢力と対立する中で、自分たちもアジアの一員だという自覚が、日本の指導者たちの中に芽生えてきて、アジアはアジア人の手で統治する、アジアをアジア人の手中に取り戻そう、というような考え方がでてきました。そして「欧米の植民地になっている南方諸地域を解放しよう」という論理につながったのです。

日本自身、台湾·朝鮮・パラオなどを含む地域を支配していたのだけれど、とにかく欧米が支配している植民地に攻め入って、アジア民族を「解放」しようと考えたのです。必ずしも日本が欧米に代わって植民地を「支配する」という意味でなかったとしても、少なくとも、それらの地域が産出する資源への自由なアクセスを日本も獲得したいという強い願望があったのは確かだと思います。

つまり、大東亜戦争は、やはり帝国主義諸国が、領土の再分配を求めて戦った戦争だったと思うのです。その証拠には、同じく欧米の植民地であっても、同盟国ナチスの影響下にあるフランスの植民地(べトナム、ラオス、カンボジア)に対しては、日本は攻撃を行っていないのです。

フランスを追い出さなくても日本はこの地域にすでに軍隊を駐屯させ、またある程度資源をコントロールしていたからです。本当にアジアの解放が主たる目的であるなら、日本国が大東亜戦争で勝利したのならフランス領やドイツ領を解放したのであろうか。大東亜戦争で結果的に多くの白人による植民地支配から解放したのは事実でしょう。いまだに謝り続ける日本国は侵略戦争を行った悪の枢軸で片づけられるのであろうか。

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