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NPO災害V ai-chi-jinコミュの第1回交流会

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第11回遠征支援活動改め「第1回東北交流会」

私達の遠征活動も皆様の支援があり今回で11回を迎えることになりました。
今までは「支援活動」として東松島へ向かっていましたが、
回を重ねていくうちに東松島の方々との絆が生まれ、
今では支援をしに行きながら、逆に頂き得ているものが多くなりました。
そこで、今回の遠征活動から支援活動から「交流会」に変更したいと思っています。
そして、東松島の良いところを知って頂くため、
食事もこちらで用意させていただきます。



■開催日
  2013年 3月9日20時00分〜3月11日深夜〜12日早朝予定
 
■集合場所、時間
  JR春日井駅南口
  3月9日20時集合
■目的地
  宮城県東松島市
■活動内容
10日矢本運動公園仮設住宅にて、五平餅で交流お茶会・マッサージ
11日大曲浜追悼式、老人養護施設にての交流お茶会

 
■募集人数 10名現在9名集まっていますのであと1名募集します。

 
■参加費
  13,000円 夜食・おやつ・おみやげ等は含まれません
■持ち物
寝袋・毛布


宿泊は仮設住宅の集会所を使わせて頂けます。


他、免許証・保険証は持参して下さい。

コメント(22)

東北遠征組10名。ただいま春日井を出発しました〜バス

久しぶりに参加しようと思ったけど有休とれず...

次回(こどもの日?)また予定決まったら募集かけてくださーい。
ではお気をつけて(^-^)/
>>[2]
はい!是非、五月は盛大にやりたいと思っていますのでヨロシクお願いしますm(_ _)m
個人的な感想はそのうち書かせてもらおうと思いますが、
一昨日の日曜に東松島市長に感謝状を頂いたときの会談の内容を
ざっくりまとめるという宿題を赤池さんからもらったので
ここでも情報共有させてください。
メモもとってなかったので言い回しなど全然違うと思いますが、
私はこんな感じで受け取りましたーというものです。
(同席していた裕子さん、健太さん、違うとこあったら突っ込んでくださいね。)

以下市長の話の概要です。

・被災地の人たちをマラソンランナーやスポーツ選手に例えると、見ていてくれる観客がいるから頑張れるというところがある。応援してくれる人の存在は大切。

・行政は、どうしても全体を見て動かなくてはいけないということもあって、なかなか行き届かない部分や隙間ができてしまう。そういった隙間に入り込んで行政ではできないような活動をしてくれるNPOなどの団体は本当にありがたい。

・東松島は平成15年の地震で古い家屋など被害を受けたので、耐震面では相当しっかり対策を取っていたが、あれほどの津波が来ることは想定できていなかった。よく「想定外」という言葉が使われるが、自然に「想定」なんてことはないということを思い知った。

・震災後、市民の方から「どうして避難指示を出してくれなかったんだ」というお叱りを受けた。その地区でビデオを回していた方がいて後日確認したら放送は入っていた。それでも、それも耳に入らないくらい、みんな平常心を失っていたということ。あんな状況で冷静に判断することは難しい。弱虫でも何でもいいから、とにかく逃げることが大事。

・大西さんが書いた証言集を読むと、助かった人たちは自分を責めてしまっている。逃げ遅れて亡くなった人をあのとき無理やりにでも自分の車に乗せればよかった、とか。その人たちがその苦しみから解放されることも、復興において大切なことのひとつ。

以上です
>>[6]
早速の対応ありがとうございました!!助かります!
>>[6]、皆様 お帰りなさい。助かった人たちの苦しみを少しでも軽くできるようなお手伝いがしたいと思いました。 ありがとうございました。
皆さんお帰りなさいm(_ _)m
かたやモリコロパークでは冷たい雨と風台風頑張ってレポート挙げますあせあせ
遠征組のみまさまお疲れ様でした。
今回は、これまでの活動を認めていただき、東松島市長から「感謝状」をいただくというビッグイベントがありました。これまで愛知人の活動にお力を貸していただいた、たくさんの方たちと一緒に頂いたものです。早速、額を購入。あの日を忘れず、活動を始めた熱い思いを胸にこれからも東松島の方たちとの交流を続けていきたいと思います。写真は、昨日、石原名子先生のお力添えで春日井市長にお時間をとっていただき、メンバー4名が春日井市役所で春日井市長に報告をしてまいりました。もうひとつはこれもまた、石原先生のご厚意で「公明新聞」に愛知人を御紹介いただきました。
感謝状はきちんと額に入れてからアップしますねあせあせくるくるして写真とれませんあせあせ(飛び散る汗)
災害ボランティア団体「ai_chi-jin」の活動として6度目(家族を連れての旅行も入れると7度目)となる宮城県、東松島への遠征。

当日ご参加くださったメンバーの皆様、本当にお疲れさまでした。
名古屋でもCBCラジオ主催のイベントで「青い鯉のぼり」の収集やとんぼの会作品「おしゃねご」販売、「おしゃねごタスキ」を身につけてたマラソン参加等の活動をして下さった皆様、参加は出来ずとも、私達の活動を見守っていてくれた皆様、本当にありがとうございます。

3/11の東日本大震災から2年目となり、私達の活動も「支援」から「心の交流」へと変わって行く中で、今回の活動から「交流会」と名前も変わりました。

今回の活動では、私達の続けて来た事が形や言葉になり「何倍にも、何百倍にもなって返って来てくれた」そんな感動の連続でありました。
9日の夕方@関西のさおりんと近鉄難波から事務所のある名古屋春日井に。

春日井到着後、参加メンバーで事務所に集まり軽くミーティング後、宮城へ向かい「愛知人号スタート」運転手を担当してくださった代表の博美さん、健太さん、長時間の運転、本当にご苦労様でした。

車内では愛知人テーマソングを歌う「上田和寛」の楽曲がエンドレスで流れる中、自己紹介をしたり、運転手が眠くならないようにメンバーが交代で盛り上げ役を担当したり、ここでも素晴らしいチームワークが発揮されていました。

今回は雪等の心配もなかったので割とスムーズに、現地には6時頃到着しました。
到着して荷物を降ろすと、私達が宿泊させて頂く「東松島矢本運動公園仮設住宅集会所」のホワイトボードには「愛知人の皆さんご苦労様です。少し休んでください!」との温かいメッセージが。

そして、愛知人が贈らせて頂いた大きなひな人形達が綺麗に並べられていました。
仮設住宅自治会長の小野さん(宮城の父と呼んでます)が「せっかくなんでひな祭り終わりましたがもう少し飾ってます」とのこと。
仮設でお住まいの皆様も、ひな人形を楽しんでおられるそうです。嬉しいですね。

愛知人恒例の菓子パンと缶コーヒーで朝食をとっていると、小野会長から「野菜果物ジュース、栄養ドリンク」等の差し入れが。お父さんみんなで美味しく頂きました。ありがとうございます。

お父さん、とんぼの会代表の菅原和子さん(宮城の姉、はるママと呼ばせて頂いてます)との再会を喜び写真撮影等をしてる間に活動開始の時間に。

赤池代表、私、犬ちゃん、健太さんは東松島市役所へ。
(東松島市長から「愛知人」表彰をお受けする事になった為)
さおりん、李奈ちゃん、猪飼さん、斉場さん、紗貴ちゃん、真稲ちゃんは仮設住宅の清掃、昼からのイベントの下準備等をしてくれました。

私達はまず、小野会長と一緒に「東松島市議会議院」の上田勉さんの事務所へ。
上田さんはもと「ブルーインパルスのトップガン」でいらっしゃった凄い方で、事務所にはたくさんのブルーインパルスの写真が飾られていました。

ブルーインパルス(航空自衛隊)の事を詳しく知ったのは、小野会長と出逢ったからですが、私の産みの父が生前好きだと話しており運命を感じています。松島に基地を持っていたため震災後は活動出来ずにいたらしいのですが、今年の3/31には松島基地へ帰ってくる予定だそうです。本当に良かったです。
http://www.mod.go.jp/asdf/matsushima/

少し話がそれましたが、ブルーインパルスでのトップガンでいらっしゃった上田さんが私達の活動を熱く伝えてくださったため、今回表彰して頂く流れになったそうです。
小野会長、上田さん、本当にありがとうございます。

小野会長、上田さんとともに市役所へ向かい、宮城県東松島市長のお部屋にご案内されましたが、新聞社さん等のカメラも入っていて私達は一気に緊張モード突入。私はビデオを回す担当だったのですが、心臓がバクバクと言っておりました。

現場でのお話は犬ちゃんが詳しく報告書にまとめてくれていますが、私達の活動にとても感謝してくださり、被災地の方がマラソンランナーだとしたら、見ていてくれる観客がいるから頑張れるんだ。だから、応援して見守ってくれる人の存在はとても大切なんだ…とのお言葉が印象的でした。
仮設にお住まいの皆様がいつもおっしゃる「忘られてしまう事が怖い」との言葉が浮かびます。


あと、震災前から以前に起きた地震からしっかりと対策をとっていたが、それでもあの津波は想定出来ず、自然の猛威には想定等出来ないと痛感した…というお言葉も重かったです。

そして、助かった方々はみんな「どうしてあの時助けてあげられなかったんだろう」と自分を責めていらっしゃるそうです。
整体施術時にある方がおっしゃられたお言葉が浮かびます「こっちへいらっしゃい! 亡くなったみんなが呼ぶのよ。ごめんなさい、私行けないって言うんだけれど」

東松島大曲では3割の方が亡くなっています。これは割合で言うと一番大きな被害で、ご家族、友人、仕事仲間、ご近所さん等皆様誰かを失っているという過酷な現実。そして、私達が行かせて頂いている仮設にお住まいの方の7割はこの大曲の皆様。いつも見せてくださる笑顔の下の悲しみを思うと本当に胸が痛みます。

でも、阿部市長はおっしゃって下さいました。
一度でもいい、まず東松島に来て、美味しい物でも食べて、よし、又来よう!と足を運んでくれる。それでいいから東松島に足を運んでほしい。
こうやって、皆さんが何度も私達の街へ足を運び、支援をしてくれることが本当に有り難いことです。

そして、その感謝を込めての表彰状を宮城県東松島市 市長阿部秀保様から、愛知人代表、赤池博美さんへとお渡し頂きました。

私は現地が一番大変な時期には参加は出来ていませんでしたが、それでも6度遠征に訪れ、活動出来た事、そしてその活動を「意味あるもの」として愛する心のふるさと、東松島に認めて頂けた事が本当に嬉しくて涙がこぼれました。そして、もっともっと、出来る事を探して愛する東松島に感謝を込めて動いて行こう。との想いが溢れてきました。

メンバー皆で感動を胸に次の活動場所、矢本運動公園仮設住宅集会所へ戻ると、清掃作業、イベント準備を終えたメンバーが笑顔で迎えてくれました。
赤池代表が賞状をお披露目するとみんな嬉しそうに見ていました。

清掃作業を終えたメンバーはお腹もすいたとのことで、愛知人恒例の仮設店舗「えんまん亭」での昼食タイム。海鮮ラーメン、ホルモン定食等絶品のお料理を堪能しました。
えんまん亭の記事がありましたので是非こちらもお読みください
http://www.smrj.go.jp/kikou/earthquake2011/interview/miyagi/064111.html

イベント開始は13:30からでしたが、小野会長や宮城の兄、関野さん等にも整体施術させて頂きたかったので、私はさおりんに頼んでおにぎりを食べて、施術させて頂きました。
お父さん、お兄ちゃんを施術している間にも「11時半からじゃなかったかしら?」と時間を間違えて整体に来られる方もいらっしゃり、さおりんも加わり、イベントより早い時間から「マッサージコーナー」は開始させて頂きました。

毎回施術希望者が殺到するので予約表を設置していましたが、あれよあれよという間に予約が溢れかえるという嬉しい悲鳴☆私もさおりんもほぼ休みなく、皆様に少しでも喜んで頂けるよう、懸命に施術させて頂きました。
気を利かせて予約表への書き込みや声かけ等してくれた初参加の真稲ちゃん、めちゃくちゃ心強いし助かりました。

13時半のイベント開始で、健太さん、猪飼さん、斉場さんは炊き出しの「五平餅」を屋外にて焼く作業に。(施術中、あまりの良い香りにお腹がなりそうでした(笑い))
お茶出しや座席へのご案内を真稲ちゃん、紗貴ちゃんが行ってくれました。

マッサージコーナーは予約待ち状態で人手が足りず、それを見ていたステージ演奏担当の李奈ちゃんが座った状態での肩もみ等を率先してしてくれました。李奈ちゃん、助かりました、ありがとう。

皇室ご献上の海苔で知られる「のり工房矢本」の太田さんからのご紹介で参加してくださったボランティアの大学生さんも、肩もみやお茶だし、予約受付等を進んでやってくださっており、心強かったです。
皆様、ありがとうございます。

客席にもお客様が集まって来たのでそろそろ…と演奏コーナーもスタート。

今回の演奏ステージ、実はほぼぶっつけ本番だったという沖縄出身の李奈ちゃん。仕事あけで休まず、客席に配る歌詞のプリントや、ゲームで楽しめるようにといろんなグッズを用意していたり…と、その心配りには脱帽です。

沖縄のカラフルな帽子をかぶり、沖縄弁講座を交えながら、ふるさと等の童謡を歌ったり、前回の遠征時で「聞きたい」との声を受け、沖縄民謡「19の春」を同じく沖縄出身の健太さんを呼び込み演奏♪実はリハーサルの段階ではなぜか歌えずいた健太さん、本番では最高の歌声で客席の皆様はとても喜んでいらしゃいました。

また、○×方式のクイズコーナーでは「宮城県の県の花は松である→×実はけやき」や、海沿いの街にちなんだ「魚の文字当てクイズ(鰆、鯏etc…)」等現地にちなんだクイズに会場は大盛り上がり。正解者にはチョコラちんすこうがプレゼントされたりととても楽しめるステージでした。

そして、今回は交流会との名前にふさわしく、矢本運動公園仮設住宅で暮らしている小学生のこはくちゃんが、ステージ上で「上を向いて歩こう」のお歌を李奈ちゃんとともに歌ってくれ、会場は本当にあたたかな空気に包まれました。

李奈ちゃんのステージは、本当に「現地の方がどうやったら笑顔になって下さるか」との想いで溢れていて、その姿勢と取り組みにや愛の深さにとても感動し、彼女と活動が出来ている事がとても嬉しく思いました。李奈ちゃん、あなたは本当に素晴らしい!!一緒に活動してくれて本当にありがとう。

さてはて、ステージが終わってもマッサージコーナーは予約が溢れる一方。「5時にはあげてね」と代表から言われるもどうやっても終わらない。
そんな中さおりんは「お風呂、入らなくてもいいからギリギリ迄施術させて下さい」との声。
実は涙が出そうな程嬉しかった。私もお風呂は置いといてずっと施術していたかったけれど、一緒に活動しているさおりんの体調等もあるだろうし…と
思っていたので、さおりんのこの言葉は本当に嬉しかったし、感動した。

他のメンバーには夕食準備&恒例「ユプト」でのお風呂タイムに行って頂き、私達は予約の方達が終わる迄、施術させて頂いた。
ひとりひとりの時間を短縮すれば、もっと早くあげられたのかもしれないが、とにかく皆様身体中がパンパンに疲れてらっしゃって、最低でも30分ずつは施術させて頂かない事には、どうしようもないという状態。
本音を言えば60分くらいずつ、じっくりと施術をさせて頂きたいが、二人で行うのには到底出来ない。毎度行かせて頂くたびに思うのだが、寒い土地、そして仮設での生活で心も身体も疲れていらっしゃる皆様に「整体施術」は本当に必須事項。願わくは、施術者がもっと多く参加してくれたら有り難いな〜。

それは無理でも、簡単な肩もみ等を伝授させて頂き、少しでも身体にさわって楽になって頂けたら…と思った。

そして、今回は2年目と言う事もあってか、施術中に想いを吐き出してくださる方が多かったい、話しだしたら止まらなくなってしまう…。という現象もあった。
何度も足を運び、施術させて頂いているので、前回の身体の状況もふまえてお話して下さるのだが、中でも辛かったのが何度めかの施術となる女性からのお言葉だった。

「1年目は何がなんだかわからずに来たけれど、2年目になるとね、すごく冷静にもなってしまって不安になるのよ。助成金も今年から減ってしまうし、復興住宅はまだまだ時間がかかるでしょう?
私も職を失ってしまったし、息子も職を失った。だからって働ける場所もこの年だもの、見つからない。仮設は本当に狭いから寝てる時、トイレに起きるにも隣の人の足を踏んじゃうでしょ?寝るとこもご飯食べるとこも全部同じ。ずっと、一軒家でお庭のあるところで暮らして来たでしょ?立て替えも400万払ってやっと終わったところだったのに…。
私ね、夢があるのよ。とっても小さいけど大きな夢。
お庭がある一戸建てのお家でね、周りの人に気兼ねする事なく、テレビ見てご飯食べて笑って…。小さくてもいいの。自分のお家で前のように暮らしたいわ。」

この言葉に涙が止まらなくなってしまい、手ぬぐいで涙をむぐいながら施術させて頂いた。
また「福島とかはね、助成金もたくさん出るでしょ?でも、私達はどんどんなくなって行くの。お金もないし、このままどうすればいいのかしらね?ごめんなさい。せっかく来てくださったのにこんな話して。
でも、仮設に住んでる皆と話しても、みんな同じ状況でしょ?どんどん辛くなっちゃって。家に閉じこもってしまうのよ」ともおっしゃっていました。

放射能問題で大変な福島ですら羨ましく思ってしまうという方がいらっしゃるという現実に、もの凄くショックでしたし、何も出来ない自分に悔しくもなりました。

でも、施術が終わると「あ〜、ありがとう。身体が楽になったわ〜。ほんとにいつもありがとうね」と笑顔になってくれたお母さん。
私に出来る事は本当に一時しのぎの、その場の楽しみでしかないかもしれない。でも、それでも、たとえ一瞬でも「笑顔」や「癒し」を提供出来るのだとすれば、私は絶対に継続して続けて行くべきだし、そうしたい…そんな気持ちが更に強くなりました。

さおりんも、今回は本当にたくさんお話される方が多かったとのこと。
きっと震災から二年目に入り、仮設にお住まいの皆様も「現実」や「これから」に向き合う中で、不安になり苦しんで。想いが爆発しそうになっているのかもしれません。
私達は少しでもその気持ちと向き合い、笑顔になって頂けるよう活動して行かなくては…と。

そんなこんなで6時過ぎに整体施術を終えて、夕食懇親会へ。
今回はいつも、私達の夕食を作ってくださる「とんぼの会代表」のはるママの他に、矢本運動公園仮設自治会長の小野さん、ボランティアコーディネーターで写真家の鈴木さん、瀬戸市役所職員の谷口さん、養護施設ボランティア代表の高橋さん、のり工房矢本の太田さん、アウトドア支援隊の宍戸さん、東松島市議会議員の上田さん、と一緒にお食事をしながら交流させて頂きました。
お食事も、とんぼの会の会員さんから郷土料理の「のっぺ汁」はるママお手製のちらし寿司、小野会長の奥様から、ほうれん草のごまあえ、白菜やきゅうりのお漬け物、ほうれん草卵とじ、イチゴの寒天、太田さんから焼きたてホタテetc…たくさんの差し入れを頂き、それぞれに舌鼓を打っていました。

普通にボランティア活動をしていて、なかなかこういったおもてなしを受けたり、交流会が出来る事ってないと思います。
本当に、いつもして頂くばっかりで。。まさに、実家よりも実家な東松島。
「感謝」のひとことでは尽くせませんが、私達は本当に心のふるさととして、一生東松島を愛して行く事になると強く、強く思いました。

また「少し、先に休ませて頂きます」と顔色が悪かった李奈ちゃん。
体調が悪い事等みじんも感じさせずにいた彼女の姿に改めて感動。少しでも疲れをとってほしいと整体施術させて頂きました。
李奈ちゃん、ほんとうにお疲れ様でした☆

おいしいご飯に楽しいお話の中、とんぼの会の新作「ベビのご(おしゃねごより小さめのねごちゃん)販売会。
私はたくさんおしゃねごは持っていますが、今回はアメリカンなイメージのベビねごをgetしました♪
ブログからも作品Getで来ますので、是非Getしてみて下さい
http://ameblo.jp/tombonokai/

至れ李尽くせりでいつも動いてくださるはるママにも整体施術。3月の春日井スコーラでも施術させては頂きましたが、仕事に加えてとんぼの会の活動でも大活躍のはるママの身体は、それはそれはパンパンに疲れていらっしゃいました。
はるママ、いつも本当にありがとうございます。

そんなこんなで深夜まで楽しい時間は広がり、寝袋に入って就寝。当日の活動は終了致しました。
…とここまで書くのにえらく時間がかかりました。
実家フォローに戻らなければなので、また続きは後ほどUPしたいと思います。
写真は、きちんとあげれないかもですが、、すみません。
東松島市から頂いた「感謝状」ですわーい(嬉しい顔)額に入れたら輝いていますぴかぴか(新しい)
これまでの愛知人メンバー一人一人の頑張りの賜です。皆で頂いた感謝状です。
れからもみんなで愛・知・人を盛り上げていきましょうハート達(複数ハート)
よろしくお願いいたします。
こちらはトップガン(ブルーインパルスパイロットの中のエリートだけに送られる名称・日本には数名しかいないそうです)である上田氏と仮設住宅の懇親会で
お会いし、直筆サイン入り写真をご本人からいただきました。
東北遠征交流会の感想です。

1週間前から待てず、仕事中も"心ここにあらず"でした。
早く皆に会いたくて、職場を御利用下さる利用者様にも何人かの方に話をさせて頂きました。利用者様の中には『行けるって良いね!気持ちがあっても、なかなか行けないし、もっと若かったらなァ〜』とおっしゃられた方がみえただけで、こんな気持ちを聞けただけで嬉しいものです。



今回は2回目なのに、1日目(10日)からとても緊張していました。
春ママからの御手伝いから始まり、いきなり珈琲を御馳走して下さり、検品中の"おしゃねご"を撮影させて下さいました。

マッサージからの五平餅で、入れ替わり立ち替わり、次から次へと集会所へ入られ、嬉しいだの感動だの。中には、お孫さんをオンブしながら、旦那様を亡くされてから生まれた『翔真くん』の話を聞かせて頂きました。
『お爺さんが(震災で)亡くなって、お爺さんの名前を一字とって"翔"を付けたかったんだケド、決心つかなくて本当は長男に"翔"をつける予定だったんだけど、たまたま翔真が生まれたから"翔"を付ける決心したのね…』と。お孫さんが3人で、『もえ(恵)』『(恵翔)けいと』『しょうま(翔真)』と、しりとりになってんだョ☆と、とても嬉しそうに話して下さり、何と御言葉を掛けたら良いのか、分からず…
『(翔真くんの)写真撮らせて頂いて良いですか?!』と御伺いしたら『良いョ☆何枚でも…』と快諾して下さった御婆様。
『この子(翔真くん)にも将来は、この震災を伝えて貰わないとな!』とおっしゃってみえました。
2日目(11日)
去年8月予定にあった老人ホームへの慰問が急遽無くなり、赤池代表へ『(行く予定だった)老人ホーム行きたかったァ〜』と言ったのが、スグに叶いました。赤池代表、有難う御座います。



『株式会社ひまわり』さん☆
私の地元とは違って、?毎日オヤツがある事。?一人の利用者様に対し、必ず一人のスタッフが付くと言う事が無い事。

利用者様は、(当たり前のように)毎日オヤツを楽しみにしてみえるそう。今回は、出来たてホヤホヤの五平餅を頂きながら、マッサージで『こんな事して貰って良いんかねェ。シアワセ!!』
"シアワセ"って言葉がこんなに重く感じられたのは初めてでした。『疲れるから、もう良いョ☆』と何回も連呼されてましたが、楽し過ぎて全く疲れを感じさせられませんでした。
『このシアワセのまま逝けたら良いのに…。』と言う思いがけない言葉にはショックでしたが、、



その後、事務所にて珈琲を頂きながらビデオ観賞させて頂きました。ただでさえ恰好良い会長さんなのに、一生懸命さには胸を打たれました。いつ見ても、この世の男性も一生懸命な男性は恰好良い!!

中でもビックリしたのは、事務所には冷暖房が完備されているのに、暖炉のみで事務所はあたたかい。むしろ、暑いぐらいで…ただ、普通の家には置けない。なのに、幅を取らない。これがECOなのかナ、とまた考えさせられました。



それから、おわかれして、のり工房さんへ。初体験でした。深いお話は聞けませんでしたが、母への良い御土産になりました。太田さん有難う御座いました。

まだ居たかったけど、海鮮堂さんへ。毎年、3月11日は生牡蠣を振る舞う日なんだそうです。しかし、生牡蠣だけではなく、おにぎり、饂飩などその他もろもろ御馳走になりました。有難う御座いました。



メインイベントである2時46分からの追悼式へ。
着くなり、ミスド車4台。
大曲浜には、強風の中沢山の被災者様。参加させて頂けて体験させて感無量で言葉にならないぐらいなのに、『来て良かったのかナ…!?』と、何回も自問自答していました。私には分かりようが無い事が分かっているからこそ、今回の東北遠征交流会への参加は迷っていました。



去年、8月に来た大曲浜(地区)と何かが違う…そう、今年から順番に解体工事が始められているとの事。私的には、ありのままこのままを残して欲しかった。
これから東北地方を守っていくであろう、大震災を知らない地元の子供達、これから生まれてくる赤子達に直接、見て伝えて行って欲しかったから。じゃ無いと、更に風化してしまう気がしてコワい!!



風化させないように、また考えて行かなくてはイケない。
健人君達の言葉で、更に静まり返り、『震災で亡くなられた方達が風となって、大曲浜へ集って今日はこんなに強風なんだと思います。』自然と流れる涙、止めどなく流れ放題の涙。(地元の方から勧められ)お数珠を持参して後悔の無いようにしました。
何も出来ないのに黙祷しながら(何とかならないのか…)と考えていました。

帰り際、小野会長さんと話す事が出来たので、参加させて頂けた事への御礼を言いました。本当に小野会長さんから離れたくなかった。実は1日目、集会所で名刺を下さいました。『小野さんみたいな優しい旦那さん良いなァ〜!!』と言ったら『そうでも無いョ☆奥さんと。向こうもそう思ってると思うョ!』と笑ってみえました。



続いて、宍戸昭広さんの母校である鳴瀬第二中学校へ。直に解体式があると、複雑な面持ちの宍戸さん。大事な母校を紹介して下さり、有難う御座いました。沢山撮影させて頂いたので、いずれUPさせて頂きます。
それから、宍戸さんからの紹介で利休で一緒に食事をして下さり、最後の最後まで有難う御座いました。
やってしまった〜。
毎回、裕子さんがその場にいたかのようなぐらいわかりやすく報告を書いくれるのでその前にコメントしようと思っていたのですが、色々な思いがまとまらず遅くなってしまいました。


今回3回目の参加ですが、毎回行かせてもらうたび感動、感謝と、まだまだ知らない事ばかり。


私は追悼式に参加させて頂くのは初めてだったのですが、私の勝手なイメージでは静かな感じで行われるのかと思っていたのですが、健人さん達の太鼓の演奏などもあり、キラキラとした大きな愛が溢れる追悼式でした。(失礼な表現になってしまってたらすみません)
健人さんの瓦礫で作った太鼓や三味線が自分達が演奏出来なくなってもいつまでも語り継いでいってくれる。との言葉に皆さんの沢山の思いを受け取りました。


今回も整体させてもらいましたが皆さん「仮設も雨風しのげてありがたいよ〜」とお話ししてくれてましたが体はガチガチで日々気を使いながら過ごされてるんじゃないかな〜とお体から感じました。
それと本当にみんな仲良して週1でお茶会をして楽しんでいらっしゃると言うお話しも聞かせて頂いたり
老人養護施設でも「震災直後声が出なくなっていたけど今は少しづつ話せるようになった」とお話し聞かせてくれました。私が去年の夏に初参加させて頂いた時は、まだ話しかけても目線を合わせずうなずくだけの方も何人かいらっしゃったのですが、こうして沢山お話しを聞かせてもらえることを本当に嬉しく思います
李奈ちゃん真稲ちゃんのライブでも一緒に歌っている皆さんの笑顔とても素敵でした☆



そして、いつもガイドをしてくださる鈴木さんと、今回は鳴瀬第二中学校の卒業生の宍戸さんにもお世話になり、明後日、閉校式を行ないもう一つの中学と合併して未来中学になるからと鳴瀬第二中学の案内をしてもらいました。この中学校は通ってる人以外はどんな建物なのかすらわからぐらいの松の木に囲まれた学校だったようですが私達が訪れたときには遠くまで見渡せるほど松の木はすっかり無くなっていました。体育館も震災直後にくらべ色々片づけられてしまったようですが体育館の二階部分まで水の跡、二階の鉄の扉には「多分扉を開けようとしたんだろうね。」と宍戸さんの言葉どおり何度も硬い物で叩いたような跡が残っていました。一階にいた人達はぐるぐる渦巻いた水にのまれ流せれていくのを何も出来ないまま腰のあたりまで浸水してる状態で水もすぐには引かず不安な状態で数日が過ぎたと鈴木さんから聞きました。隣に建てられている新館の二階美術室の窓には「SOS!」の文字が残っていました。
裕子さんの報告にもあったように私達が昨年の夏から見せてもらった小野会長のお家や消防署今回の中学校など被害の大きさを目のあたりにした建物なども解体されていて鈴木さんのお話しの中にも、これから何処を案内して震災のことを伝えていくかが難しい。との事でした。夜の集会所でも「今の20代の人達にも今回の事を理解してもらっていれば、今後、同じような事が起こったとしても対応出来るから…」と一人で避難所を立ち上げる為に片づけしたり市役所に交渉したり色々な思いをされて来た鈴木さんの言葉には沢山の思いが詰まっていて本当にみんなに知ってもらいたいんだ!という気持ちがとても伝わります。知識も豊富で色んな事を教えてもらっています
初参加の時には自分にもお手伝い出来る事があればなんておこがましく考えていましたが、何も出来ませんでした。
今の私は「沢山の人に助けてもらったから今度は私達がおもてなししたいんだ」と言って私達の夜ご飯、朝ご飯の用意をしてくれる春ママこと和子さん、いつも暖かく迎えてくれる小野会長、鈴木さん、宍戸さん、太田さん、矢本運動公園の仮設の皆さん養護施設の皆さんにお会い出来るのが楽しみで参加させてもらってます。
そして私の出来ることマッサージさせてもらったり少しでも喜んで頂けたらいいなぁと思っています
愛知人として参加させて頂いたからこそ深く関わり色んな事教えてもらい知ることもできていることにも感謝しています。
みんな思いやりのある素敵なメンバーで今回も私のお客様である真稲ちゃんも参加したい!と言ってくれて大阪から参加してくれて現地でも車中でも率先して動いてくれてめちゃめちゃ助けてもらいました。未熟な私のフォローもみんなしてくれて本当にありがとうございます。


長文になってしまってすみません。まだまだ書ききれてないですが…。
帰って来てから私が愛知人の博美さん裕美さんとの出会いを繋いでくれた上田和寛氏のストリートライブで前回サンタプロジェクトでご一緒させて頂いたモトスの京子さんとお会いしてお話しした時に「いつも裕子さんみたいに上手に書けないしまとまらないのよね。」と話したら「自分が感じたことそのままでいいやん!あなたの思いいっぱい聞かせて!」と言ってくれた京子さんの言葉でやっと書けました。今回沢山の出来事思い受け取って帰って色んな事、感じて来て昨日やっと涙になり少し整理出来ました。



まだまだ理解出来ていないこともあり表現間違っていたり失礼があったらすみません。また教えて下さい。是非またご一緒させて下さい。
さきちゃん さおりん ありがとう!裕子さんの報告書は本当にすごいですよねわーい(嬉しい顔)でもメンバーひとりひとりが感じることや心に残った場面は違っているはずなので、毎回皆さんにお願いをしています。どうもありがとうございました。

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