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元・遊戯史学会コミュの囲碁の歴史〜ルールの変遷〜

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コミュ内全体

囲碁の歴史に関しては先人の研究者の膨大な研究と文献資料があり、遺物・遺蹟も多様です。ひとつのアプローチとしての試行です。タイトルも修正されるかもしれません。

ルールについては記録にのこりにくく、推測・推論にたよるところが多々あります。
世界各地で行われているルールがどのように普及してきたかかなどもテーマになります。利用される用具や環境(賞品など)も関係するでしょう。

<参考文献>
・日本棋院「囲碁規約」 wikioedhia に全文掲載
・増川宏一「碁」法政大学出版局
・渡辺英夫「中国古棋譜散歩」新樹社
・関口晴利「囲碁ルールの研究 理論と歴史」 文芸社 
・エルウィン・バーリカンプ/デビッド・ウルフ著吉川/小林/石原訳
    「囲碁の算法 ヨセの研究」トッパン
・権■彦「韓国囲碁略史および韓国囲碁略年表」
    研究ノート 遊戯史研究8 1996年
・中野謙二「中国四千年の知恵」創土社

コメント(33)

13世紀 朝鮮半島と中国とでは同じルールでした。ただし事前置き石の数が異なる。
(韓国囲碁略史)

日本での事前置き石が無くなったのはいつ?
中国では近年まで置き石(白黒各2子)がありました。

他の囲碁関連のコミュニティで、日本規約の死に石の判定ルールに曖昧なところがあるとの論議があります。「囲碁ルールの研究」によると、それは日本ルールのうえで避けられない欠点であるとのこと。ルールを分かりやすく簡潔にするには中国ルールにすべきとの見解を示している。
日本ルールにクレームをつけたことのある呉清源は中国ルールを日本語風に改めた規約を提案している。
現行の日本棋院の規約は、あくまで所属棋士のみを対象とする規約であるとし、アマチュアには別に規約が必要としている。
ならば、アマチュア向けの新しいルールをmixiの囲碁に詳しい方々の間で議論して作っていただければいいと思うのですが、いかがでしょうか?新たな歴史が始まります。
↑ そのことを 隅の曲がり四目のコミュニティで論議しています。
  ただし、プロ棋士でも厳密なルールのことはあまり詳しくない方がおおいのです。

 しかも、日本国籍のない呉清源の提案は受け入れられていません。
 現行の日本棋院規約は難解。批判している人もおります。
日本棋院規約の前文です。国際ルールにつては今後の課題としています。
この規約はプロ棋士を対象としています。
ーーーーーーーーー<資料>ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本囲碁規約

財団法人日本棋院 理事長  朝田 静夫
財団法人関西棋院 理事長 橋本宇太郎

 この新日本囲碁規約を両院棋士が遵守し、国の内外に普及すべきことは論を俟ちませんが、広く囲碁界のご理解を得て一般にも採用されることを期待してやみません。同時に国際囲碁連盟ルール委員会が国際ルールの統一を推進していく上で、この合理的な新規約が大きな役割を果たすことを信ずるものであります。
平成元年 四月


前文
日本囲碁規約改定の経過について
囲碁規約改定委員会 委員長 吉国 一郎
 現行の日本囲碁ルールは、私も参画して制定された昭和二十四年十月の日本棋院囲碁規約に基づいて運用実施されているが、同規約によって決定できない死活等については、日本棋院判例により、また判例のないものについては、日本棋院、関西棋院審査会の審査を経て、それぞれ判定することになっている。

 しかし乍ら、現行日本ルールが徳川時代以来の慣習として認められてきたものを成文化した為、理論面での明確性が必ずしも充分と云えない処から、しばしばトラブルが発生しているのが現状である。

 特に最近の囲碁の国際化と共に国際試合が急増している事から、合理性を追求する欧米囲碁愛好家の納得性が得られるルールの確立が急務となってきたこと、及び地とハマを中心とする日本ルールと石の生存権を基本とした盤上の石数と地の和で勝敗を決する中国ルールや台湾ルール等との統一の問題も発生してきている。

 以上の背景から囲碁規約改定準備委員会が昭和六二年一月設置された。改定試案作成の基本方針として、(1)日本の伝統的な対局方法を遵守する。(2)日本ルールに潜在的に含まれている合理性の理論化と明確化。(3)世界に通用する囲碁ルールの追求。(4)新たに今までの対局方法での有力な改定意見があれば別案として作成する。ただし、基本は日本の囲碁方法の範囲とすることが定められた。

 準備委員会は幹事の酒井猛九段の試案をタタキ台として六回の討議の末、改定試案を六二年三月二十六日完成した。本試案は六二年四月から五月にかけて、東京、関西、中部の棋士総会に諮られた結果、改定委員会を設置して、更に精緻化、合理性を徹底した委員会案を作成することになった。

 囲碁規約改定委員会は、六十三年一月から八回討議を重ね、平成元年二月二十一日委員会最終案(本案)を纒めた。本案は途中段階で六十三年四月、六月、平成元年三月の三回、東京、関西、中部の各棋士総会で検討が加えられた他、六十三年五月十八日国際囲碁連盟ルール委員会に日本案として参考提案され、欧米の好評を博した。

 本案は平成元年三月十日の理事会に上程可決された後、四月四日の評議委員会に於て最終的に決議された。関西棋院に於ても、同様の経過を経て三月二十八日の棋士総会で採択を決定した。

 以上の事からお分かり頂けるように、今回の日本囲碁規約の改定は、もっぱら日本囲碁のルール面の合理性を確立、明確化する為の改定で、中国ルール、台湾ルール等との統一は国際囲碁連盟ルール委員会に任せたものと云える。

 又今回の改定は、現行日本棋院囲碁規約七十条、付属規定十条、四判例の内、ルールに関する規定の改定と、重要な囲碁用語の定義に絞り込み、マナー規定、用具、手合割(含む込碁)、競技実行方法(含む競技時間)等は他の規定などで定めることとした。

 新ルールは、日本の囲碁の特色である感性の豊かさをいささかも損なうことなく、合理性の追求と個別、例外規定を排した普遍的かつ簡素な条文から成る品位の高い規約であると自負している。また、一般囲碁愛好家にとってもルールの理解が容易であり、従来ともすれば生じたトラブルの余地も解消し、今まで通りの手法で囲碁を楽しむことができるものと信じる次第である。

  <囲碁規約改定委員会名簿>

 委員長 吉国一郎

 委員(日本棋院)加納嘉徳九段 工藤紀夫九段 酒井猛九段(幹事)
           大枝雄介八段 西条雅孝八段 藤田梧郎六段
           信田成仁五段 畠秀史五段

 委員(関西棋院)宮本直毅九段  (事務局 最勝時哲也 早川文康)
平成元年 四月
>六十三年五月十八日国際囲碁連盟ルール委員会に日本案として参考提案され、欧米の好評を博した。

2〜3年前 日本で、国際的会議がありましたが、審議する段階ではなく深い議論はされなかったようです。
現在は、トーナメントの主催者の意向でルールが選択され適用されています。
世界コンピュータ囲碁トーナメントでは、日本ルールの採用はむづかしいとのこと。理由はプログラムしにくい。
ゲームとは? ルール(規則)とは? 参考資料です
-------------------------
ゲームという抽象概念とそのゲームに属する個々のプレイとを区別しなければならない。ゲームとは、ひと口でいえば、それを記述する規則の総体のことである。
一方、ゲームは初めから終わりまで特定の形で演じられるわけだが、その際の個々の特定の実演がプレイである。
次に、ゲームの構成要素である手番は、いくつかの可能性、いいかえると選択肢の中からその1つを選びだす機会である。この選択は、ゲームの規則によって前もって詳細に規定された条件のもとで、プレイヤーのひとりによって行使される場合もあるし、偶然によって実現される場合もある。このように手番とは一定の指定を伴った抽象的な<機会>のことであって、ゲームの構成要素にほかならない。

(たいていのゲームの日常的語法では、プレイはゲームとも呼ばれている。プレイの一定の構成部分がやはり<ゲーム>と呼ばれている。それに比べれば、フランス語の用語法はかなり明確である。そこでは<ゲーム>=<jeu>(遊戯)、<プレイ>=<partie>(勝負)となっている。
出典:「ゲームの理論と経済行動」フォン・ノイマン、モルゲンシュテイン
(日本語訳文庫) 筑摩書房 2009年
ー-----------------------------------
遊戯と勝負を区分すると、スポーツかそうではないかが判定されてくることでしょう。
mind sports やbrain sports などと呼ばれ、 盤上遊戯(チェス、囲碁、将棋、ブリッジ、ポーカーなど)がスポーツとみなされるようになってきました。
遊戯=遊び とはなにか、またスポーツとは、今後の検討テーマとなってきます。
そのためには、歴史的にみてゆくことが重要でしょう。

<ゲームとは記述するルール規則の総体>
ルールは絶対的です。しかし、いくら詳細に記述しても全て手番がルールに則っているか
判定するのが難しいところがあります。そこに審判が登場、場合に応じて判定します。
囲碁の「隅のマガリ四目は死」のルールの解釈に疑義がうまれたりします。
囲碁のルールは現在
(3)世界に通用する囲碁ルールの追求。<日本棋院規約>
が課題です。

そのためには、囲碁ルールはどのように出来あがってきたかを研究する必要があります。
前掲「囲碁研究」では、基本を原始中国ルールに求めています。
1)原始ルール:「切り賃」つきルール
   勝敗は、盤上に生存(活き)している石の多寡で決定
       初心者にもわかりやすい。ただ石の数を数えればよい。
2)近世までの中国ルール 
   「切り賃」つき中国ルールで、事前に白黒各2子を配置して開始
3)近世までの朝鮮半島でのルール
   「切り賃」つき中国ルールで、事前に白黒各8子を配置して開始
4)中世から現代までの日本
   「切り賃」なしの原始ルールで、事前の配石なし。
5)現代の中国:
   「切り賃」なし中国ルール。
    事前置き石廃止
    なぜなくなったのか? 日本ルールの影響で「切り賃」なしとした(一説)
6)現代の韓国ルール
    現代の日本ルールと同じ
7)現代の台湾
    現代の中国ルール以外に応昌期ルールなどがある
8)世界統一ルール
    現在未定。 競技会主催者が選択する

<付記>
日本ールも中国ルールもどちらを選択しても基本的には勝負に影響しない。
得点計算の方法が異なるのみ。 非常に特殊なケースで勝敗がことなることがある。




↑の補足
>4)中世から現代までの日本
   「切り賃」なしの原始ルールで、事前の配石なし。

中国から伝来した囲碁、その当時のルールがどんなものだったか?
中国での対局記録があるのですから、当然「切り賃」ありの原始ルール。
日本人が中国で対局し、石を飲み込むという「不正」をして勝ちにいたることを描いた絵画が
ボストン美術館にあり、今それが奈良で展示されているそうです。

そうすると、日本へ伝来したルールは、年月を経て、中世までに
変化したとかんがえられます。原始ルールから 「切り賃」なし、置き石なしなどへ
どのように変化してきたのか? これは今後の研究課題でしょう。
>7
[以下引用>
4)中世から現代までの日本
   「切り賃」なしの原始ルールで、事前の配石なし。
<以上引用]

 これは違うでしょう。中世から現代までの日本ルールは、原始ルールではありません。原始ルールなら「隅の曲がり四目」などが問題になることはないはずです。
>日本ルールは、原始ルールではありません。(これは当然です)
「原始ルール」はあくまで「切り賃」ありのルールです。ないのは、「原始ルールまがい」ともいうべきでした。

現代の日本ルールについて、「古代の原始ルール」(暫定的命名ですが)と計算の仕方(白黒両者カウント)が良く似ていて、ほぼ一致するそうです。このあたりは説明不足でした。
「切り賃」のない中国ルールは、黒または白のみの石の数と地との和を計算します。

「隅の曲がり四目」は現代の日本ルールは死としていますので、とくに問題はないとおもいます。
ーーーーーーーーーーーーーーー
整理してみます。
1)原始ルール:白黒両者を計算、「切り賃」あり
2)現代中国ルール:片方のみ計算、「切り賃」なし
3)現代日本ルール:白黒両者を計算、「切り賃」なし



 中国ルールと日本ルールの違いは単に計算の違いだけではありません。それは哲学の違いと言うべきです。生きた石をどれだけ盤上に置けるかを競うのが、中国ルールで、本来「切り賃」はあるべきです。ハマはありません。ダメもありません。それに対し、日本の囲碁は地を囲うゲームで、ハマがあります。ダメも生じます。そして「隅の曲がり四目」とか、「手入れ問題」などのややこしい問題がいろいろおきます。現行ルールでは一応解決していますが、彌縫策です。
 「切り賃」のない中国ルールというのは、変形中国ルールと言うべきでしょう。私は、原始ルールは本来の中国ルールであったろうと思います。まあ、これは推定で、証拠はないのですが。

 原始ルールでも別に両方を計算する必要はありません。片方だけ計算すればそれで十分です。

 日本ルールは原始ルールから「切り賃」を取ったものではありません。それではダメが生じません。
>私は、原始ルールは本来の中国ルールであったろうと思います。

それは同感です。

日本も中国も朝鮮半島も同じルールでスタート。
(これには異論がないとおもいますが・・・)
それがどうして変化していったかを探ろうとするものです。
とくに日本ルールが大きな変化をとげた。。

なぜ、現行の中国ルールには「切り賃」がなくなったのか?
「中国古棋譜散歩」では、日本の影響であろうとしています。
近年まで「切り賃」はありました。
中国ではほぼ原始ルールが存続していたのです。
>日本ルール:白黒両者を計算

原始ルールも白黒それぞれ計算し、その差で勝敗を決定していました。
ただし、石と、地(生存可能なスペースの目数)との和を計算しなければなりません。
日本ルールは盤上にある石の数を数えなくても済むので、計算が比較的容易です。
このメリットがあるので、広く受け入れられたのでしょう。反面、地中にある石の生死を
判定し合意しなければならないというデメリットも生じましたが。
>応昌期ルールの一部(wikipediaから)
パスと終局 :
パスは認められ、双方が連続してパスをした場合に終局となる。
開始時に独自の碁笥を用いて黒白180個ずつの碁石を確認しておき、終局時にこれらの石を盤面の双方の地中に埋めて、残った空点の数で勝敗を判定する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
合理的で簡潔な規約ですが、180個の石を事前に用意する必要があり、専用の容器(碁笥)があります。ヨーロッパ選手権戦では、公式ルール。ただし、事前の石数カウントは
行われていないようです。勝敗は盤上の石数と地の合計を数えることになります。

日本ルールと中国ルールとを比較すると、
日本ルールは計算が比較的容易、合理性に欠けるところがある。
中国ルールは合理性あり、ただし計算に手間がかかる。

合理性に欠けるといっても、数百年使ってきているので、どちらがよいかといっても好みや程度問題でしょう。そしてコンピュータプログラムとなると、中国ルールになります。

>中国ルールは合理性あり、ただし計算に手間がかかる。

なぜ日本ルールが中国ルールを差し置いて韓国、アメリカ、ヨーロッパのほとんど
に好まれているか、その理由の一つを知りました。
それは、審判(勝敗の判定者)がいらないからです。
囲碁は通常二人のみで対局します。
第三者の介入なしに勝敗を決定できます。従って公式な大会であっても予選などは二人の対局者の作成した勝敗記録で決定できます。

一方、中国ルールですと、原則審判員(裁判員:中国語)を付けなければなりません。国際試合ですと中国人以外は中国ルールに不慣れですから、審判員に計算をまかせます。すなわち、中国ルールで大会を行うには各対局に審判員を一人づつつくことになります。やはり運営計費がかさみます。日本ルールですと審判員不要。
そして、「隅のまがり四目」のような特殊なケースが生じたら、審判員の裁定に任せるという方法もあります。棋譜作成は選手の義務とし、時間を充分取ることとします。(日本のアマチュアの大会は持ち時間が少ない)
中国・広州で11月に開かれるスポーツのアジア大会に出場する囲碁の日本代表候補12人が・・・・
全日本囲碁連合(会長・大竹英雄日本棋院理事長)によると、アジア大会では7日間で最大16局という過酷な日程を強いられる可能性があり、合宿では最長で一日12時間を特訓に費やす。囲碁の実戦のほか、計算方法が日本と異なる中国式ルールの習熟などにも取り組むなど戦略的だ。
(http://www.asahi.com/culture/ 2010.8.3)
----------------------------
中国での審判のあるオリンピック国際公式大会  中国ルールを習熟しなければならなくなりました。
増川宏一「碁」(法政大学出版局)を読み返しています。いくつかの今後調査研究すべき課題があげられています。
1)囲碁の石の数。正倉院の石数は300。19路盤では361の交点があるので、石は黒181、白180となっている。300では不足、何故か?

ぼくは、外側の罫線は使用せず、実質は17路盤であった可能性があると考えています。(実際、一番外側の交点に石を乗せにくい盤のつくり)
歴史的には、17路盤(石製)が発見されており、原始碁盤は17路以下であったかもしれません。チベットでは17路が近年まで存在していました。17路ですと、交点は289。

2)囲碁に近い古代のゲームは? 六博はレースゲームとして、別のゲームとされています。一方、16ムサシや虎と犬、狼と羊の囲み合うゲームが紹介されています。
囲碁も「石を囲めば取れる」ルール。包囲ゲームですね。
包囲ゲームの範疇にはいくつかのゲームが存在します。
いわゆる「バイキング」北欧のハサミ将棋的ゲーム。玉座にいる王は四方を取り囲まれなければ捕らえられません。四方を囲むというルールはそれほど特殊なルールではないようです。
17の追記
3)置き石
日本ルールとして、いつ頃置き石がなくなったのか?

・朝鮮では近年まで黒9個(内一つは天元)、白8個を盤の星(17個の花弁状の聖目?)に置いてゲーム開始。
・中国では、黒2個、白2個を対角線上におく、場合によっては天元に追加の一個

「碁」8ページから引用
<盤上遊戯は長い間遊び都継がれている間に、遊び手の意志によって次第に変化する。このような古代の碁が、いつ頃からどのように変化してきたかは明らかでない。言えることは、一見すると全く変化しなかったと思える囲碁も、より興味深いゲームにするため次第にルール〜戦法ではなく〜が変えられ、そのことでより広く普及したという事実である。>

一般にルールは文字として残りにくい、遺物があってもどのように遊ばれたかが不明な
ことが多い。置き石が亡くなったのはいつごろか、まだ憶測するしたない状況である。
8月22日のミニ研究会で、このトピック「囲碁の歴史〜ルールの変遷〜」を取り上げます。
まだ、とりかかりの段階ですが、研究テーマのひとつとみなしてください。

・囲碁の基本ルール:
囲まれた碁石は盤上から取り除かれる。
(地を囲むのは基本ルールといえず、勝ち負けの判定ルールのひとつにすぎない)

・囲碁の勝ち負け判定ルールについて
1)原始ルール:白黒両者を計算、「切り賃」あり 【理解しやすい】
2)現代中国ルール:片方のみ計算、「切り賃」なし
3)現代日本ルール:白黒両者を計算、「切り賃」なし

・今度の調査課題:
日本ルールとして、いつ頃置き石がなくなったのか?
(将棋の持ち駒制のように革新的改定)
中国・朝鮮から伝来したときは、置き石制のはず。

・参考文献:上記
琉球には囲碁は伝わらなかったのでしょうか。
琉球に囲碁は伝わりました。江戸時代、当時の日本の名人と琉球の名手と対局しています。実力は差がありました。
琉球には日本の将棋は伝わらず、中国のシャンチー(象棋)が遊ばれていました。
現在も、沖縄の新聞には将棋欄は少ないようです。
>中国ルールで、本来「切り賃」はあるべきです。ハマはありません。

現代の中国ルールには「ハマ」はありません、取り除いた碁石は元の碁笥にもどしてしまいます。日本ルールのように大事に保管しません。

ところが、日本へ伝来した頃(唐)のルールには「ハマ」相当の記録がありました。今回の
遊戯史学会東京ミニ研究会で資料(棋譜)のコピーを提出しました。報告の要点は、
<日本ルールのルーツは中国隋唐の時代のルールにある>というものです。

現代中国ルールには「ダメ」の概念がありません。生存した石数を競うのですから、日本式の「ダメ」も他の石も等しい価値です。

日本語の「ダメ」には二つの意味があります。
1)価値のない着手で無駄。<ダメです> 日常用語となっています。
2)勝負に影響する大事な着手・着点
  「ダメヅマリの恐ろしさを知れ」 「ダメのつまりは身のつまり」など
  上級者には切実な教訓です。
「方(ファン)」という古代からあるゲーム。石を盤に置く。
囲碁とは直接関係ないとのこと(遊戯史学会)

遊戯史研究5 1993年 
増川宏一:報告1 ゲームの探訪--中国領シルクロードを中心に--

本当に無関係なのかやや気になります。
7路7条の盤で石を置きその後取り除くゲーム、ナインメンズモリスとも類似。
台湾の囲碁のサイトにあった記事です。
ルールの訳が

[挑戰賽賽規]
1. 棋規 : 採比目法規則。
2. 手合 : 分先,鄒菘輯塹嗣榿勝
3. 用時 : 每人時限四小時,最後五分鐘開始讀秒。

挑戦試合のルール
1.勝敗規則:目数の比較による勝敗決定
2.手合:先番6.5目コミダシ
3.持ち時間:各人4時間 きれたら5分の秒読み


頭條新聞

[日本女流本因坊戰] 謝依旻先勝 發表者 流浪狗之歌 (2010-10-06)
10月6日於日本岩手縣花卷市進行的第29期日本女流本因坊戰頭銜挑戰賽五番勝負第一局
謝依旻女流本因坊女流名人女流棋聖(20)○−╳向井千瑛四段(22), B+R (237手)

謝依旻女流本因坊執鄰翦彎仝井千瑛四段,先馳得點。

本局立會人-石田秀芳二十四世本因坊。

第二局訂10月13日於日本東京都日本棋院舉行。

[衛冕者個人簡介]
謝依旻女流本因坊女流名人女流棋聖,1989年11月16日生,台灣苗栗市人,黃孟正九段門下,日本棋院所屬棋士。 2004年入段(14歲又5個月,當時日本女子最年少入段紀錄),2010年五段。2006年第一期若鯉戰優勝(非公式戰)、第八期女流最強戰冠軍(17 歲又 1個月,女子最年少頭銜紀錄)。 2007年第 26期女流本因坊(17歲又11個月,女流本因坊最年少紀錄),通算三期(26-28期)。2008年第20期女流名人(史上第二位女流本因坊名人。18 歲又1個月,女流本因坊名人雙冠最年少紀錄),通算三期(20-22期);第2回大和證券盃網路圍棋女子賽冠軍,通算二期(2-3回,非公式戰)。第13 期DoCoMo盃日本女流棋聖(女流賽大滿貫[女流本因坊、女流名人、女流棋聖、女流最強]紀錄達成,並為現行女流全冠王[女流本因坊、女流名人、女流棋聖])。頭銜數總計8冠(不含非公式戰)。現為女流本因坊、女流名人、女流棋聖頭銜的持有者,三冠王。

[挑戰者個人簡介]
向井千瑛四段,1987年12月24日生,日本東京都人,本田幸子七段門下,日本棋院所屬棋士。2004年初段,2010年四段。2008年第11期女流棋聖戰挑戰者。2010年第22期日本女流名人戰挑戰者。2010年第29期日本女流本因坊戰挑戰者。

女流本因坊戰由共同通信社贊助,頭銜獎金580萬日圓,居日本女子棋戰之首。

[挑戰賽賽規]
1. 棋規 : 採比目法規則。
2. 手合 : 分先,鄒菘輯塹嗣榿勝
3. 用時 : 每人時限四小時,最後五分鐘開始讀秒。
>琉球には囲碁は伝わらなかったのでしょうか。

琉球の城(グスク)のから碁石やおはじきが出土する
「中世の風景を読む 7〜東シナ海を囲む中世世界 」
網野善彦・石井進編  新人物往来社   297ページ
>20 大宮信光さん: 琉球には囲碁は伝わらなかったのでしょうか。

 今頃のコメントで申し訳ありませんが・・・

「安永七年(1710年)琉球から屋良里之子という打ち手が来日し・・・、
これより30年ほど前、親雲浜比賀(ぺいちんはまひか)という琉球棋士が来朝し・・・」(石田芳夫著「遺恨試合」誠文堂新光社1974年p68)

「寛延元年(1748年)・・・琉球の使節団が入貢し、随行した田上親雲上(たのうえぺいちん)、与那覇里之子(よなはさとのし)の両棋士が・・・このときを最後に、琉球棋士の来訪は絶えたのである。」
(田村竜騎兵著「物語囲碁史」日本棋院1972年p118)

 と、あります。相手をしたのは、1680年頃 本因坊道策(四子。圧勝)
1710年 本因坊道知(三子 圧勝) 1748年 安井春碩(三子完敗)
 でした。
 今から見るとレベルは低かったものの、道策や道知に三子、四子で打ってもらっているのですから、相当強かったのは確かです。
http://www.nihonkiin.or.jp/lesson/knowledge/index.htm
日本棋院の囲碁殿堂資料館のサイト

囲碁殿堂資料館とは
2004年11月に日本棋院80周年事業の一環としてオープンして以来、偉大な先人達や囲碁文化を咲かせた数々の歴史を振り返り、かつ未来に向かって囲碁文化のさらなる発展を導くために殿堂者顕彰・企画展示等を行っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここには碁石を使ったゲーム「連珠」の詰連珠の名作(坂田9段の遺作)も展示してあります。日本連珠社からの出展


囲碁と暦法
<近世初頭、日本の暦法は平安時代以来一貫して用いられていた宣明歴であったが、しばしば不正確な結果(日月食の予報失敗など)を招くようになっていた。
このような状況のもと、たった一人の人物が日本で初めての改歴という国家的事業に成功する。後にその改歴の功績によって幕府の初代天文方を務めることになった渋川春海(1639〜1715)である。この渋川春海(旧姓、安井または保井氏)、囲碁をもって仕える家柄の出である(将軍碁所四家の一つとされている)。>

「そして数は遙かな海へ・・・東アジアの数理科学史」佐藤賢一 北樹出版 2005
116ページより

天元に着手したと伝えられる安井春海は関孝和と同時代の人。
この宣明歴は日本で長期間(862〜1684)使われ、中国では短期間ですたれてしまった。
あたかも、囲碁のように、古代中国のルールが日本に生き残っていたという
仮説を連想させてくれる。

囲碁と暦法
<近世初頭、日本の暦法は平安時代以来一貫して用いられていた宣明歴であったが、しばしば不正確な結果(日月食の予報失敗など)を招くようになっていた。
このような状況のもと、たった一人の人物が日本で初めての改歴という国家的事業に成功する。後にその改歴の功績によって幕府の初代天文方を務めることになった渋川春海(1639〜1715)である。この渋川春海(旧姓、安井または保井氏)、囲碁をもって仕える家柄の出である(将軍碁所四家の一つとされている)。>

「そして数は遙かな海へ・・・東アジアの数理科学史」佐藤賢一 北樹出版 2005
116ページより

天元に着手したと伝えられる安井春海は関孝和と同時代の人。
この宣明歴は日本で長期間(862〜1684)使われ、中国では短期間ですたれてしまった。
あたかも、囲碁のように、古代中国のルールが日本に生き残っていたという
仮説を連想させてくれる。

渋川春海が主人公の時代小説「天地明察」」が本屋大賞になり売れています。
遊戯史学会(11月27日大阪大学にて)
囲碁のルーツははたして中国かどうかと質問したところ、
桃木教授から「中国」の定義が再検討されているとのこと。
古代都市の条里制で道路が直線、碁盤目のようになっているのは、遊牧民
の発想であろう。必ずしも漢民族の創案とはいえないとの説明がありました。
増川会長からは、囲碁のルールが整備されたのは中国に間違いないが、ルーツは?
コマを囲み合うゲームは各地に存在した。

日本の囲碁ルールは、中国の唐の時代のルールの発展したもかどうか?
出席された関口さんに尋ねたところ「今後の研究課題にしたい」とのことでした。
原始ルールを採用し、その後日本は切り賃を忘れてしまったらしい。
切り賃は初心者に分かりやすいルールである。盤上に存在する石の数を計算し
多寡をくらべればよいので。

囲碁の未来を語る会があり、そこで、19路盤では時間がかかるので、13路やそれ以下の小さい碁盤で対局することが提案されました。2013年10月23日の毎日新聞に賛成の記事があります。
古代は17路でした。ぼくは15路でもあそびました、プロ棋士の15路盤の棋譜があります。小碁(?)と証したようです。15路盤は連珠の公式盤です。この15路盤は連珠では「15道」盤といいます。
4路版の問題  むずかしいものがあります。8路盤でも必勝法は容易ではないようです。9路盤は未解決。

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