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名作を読みませんかコミュの次郎物語  下村 湖人  190

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コミュ内全体

 次郎も笑ったが、苦しそうだった。

 何でもない会話ではあったが、そうした対話が、自分を中にはさんで、二人の間にすらすらと取りかわされるのをきいていると、次郎は平気ではいられなかったのである。

 そのあと、話は、そのころの思い出で、つぎからつぎに花が咲《さ》いた。

 共通の話題は、いつまでたってもつきなかった。

 次郎をのぞいては、だれもが雄弁《ゆうべん》だった。

 そして、次郎がとかくだまりこみがちになっても、それは全体の話の流れには何のさまたげにもならないかのようであった。

 道江の言葉づかいは、以前に変わらず素直《すなお》で、すこしも才走《さいばし》ったところがなかった。

 それが、かつては、次郎に道江を平凡《へいぼん》な女だと思わせた一つの理由だったが、今はまるでちがった感じだった。

 素直さが、そのまま知性的に高められて、この上もない美しい品格を作っているように思われたのである。

 かれは、その感じが深まるにつれ、恭一が上京以来しばしば、かの女のためにいろいろの本を選択《せんたく》して送ってやっていたことを思い出し、これまでに覚えたことのない、異様なねたましさを覚えたのだった。

 朝倉夫人は、話の途中《とちゅう》で、みんなの昼飯の用意をするために、本館の炊事場のほうに行ったが、行きがけに次郎に言った。

 「これからどんなお話がでるか、よく覚えていてくださいよ。
  あとできかしていただきますから。」

 次郎には、夫人のそんな言葉までが、何かとくべつの意味があるような気がして、平気では受け答えができないのだった。

 そのあと、話は主として朝倉先生と恭一との間にとりかわされた。

 道江は、女の話相手を失って、口を出す機会が自然に少なくなったのである。

 次郎は、そうなると、いよいよ気がつまり、舌がこわばった。

 道江は、朝倉先生と恭一とが話している間に、たびたび次郎の顔を見て、何か話しかけたいような様子を見せた。

 次郎は、むろん、それに気がついていた。

 かれは、しかし、あくまでも眼を先生と恭一とのほうにそそぎ、熱心に二人の話に聞き入っているかのように装《よそお》った。

 「ねえ、次郎さん――」

 と、道江が、とうとう身をすりよせるようにして、小声でいった。

 「お手紙、どうして一度もくださらなかったの?」

 次郎はちらっと道江の顔を見たが、その眼はまたすぐ恭一のほうにそそがれていた。

 そして、かなり間をおいて、

 「べつに用がなかったからさ。」

 と、ほかの人にきこえるのをはばかるような、ひくい声でこたえ、頬を紅潮《こうちょう》させた。

 まもなく朝倉夫人が玄関口までもどって来て、言った。

 「おひるは本館のほうに用意しておきますわ。
  あと三十分ほどでしたくができますけれど、それまでに、
  お二人に館内をご覧いただいたら、どうかしら。
  恭一さんも、まだ本館のほうはよくご存じないんでしょう。
  次郎さん、すぐご案内してくださいよ。」

 次郎はふすまを半分あけて夫人にこたえたが、むろん気はすすんでいなかった。

 かれは夫人の足音が消えると、恭一を見て、

 「本館を見る?
  もうたいてい知っているだろう。」

 「くわしくは知らないよ。
  いつも、塾生たちのじゃまをしてはいけないと思って、先生の室と、君の室よりほかには、  はいったことがないんだ。」

 「そうだったかな。」

 次郎は、そう言いながら、やはりぐずついていた。

 すると、朝倉先生が、

 「恭一君はいつでも案内できるが、道江さんはそうはいかない。
  ぜひ見ておいてもらいたいね。
  案内するなら、早いほうがいいよ。
  午後になると、塾生たちが帰って来るかもしれないからね。」

 次郎は、それで、しかたなしに立ちあがり、二人を本館に案内した。

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