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名作を読みませんかコミュのレ・ミゼラブル  ヴィクトル・ユーゴー  51

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     二 ジャン変じてシャンとなる話


 ある朝マドレーヌ氏は書斎にいて、自らモンフェルメイュに旅する場合のために市長としての緊急な二、三の事務を前もって整理していた。

 その時警視のジャヴェルが何か申し上げたいことがあってきた旨が取りつがれた。

 その名前をきいてマドレーヌ氏はある不快な印象を自ら禁ずることができなかった。

 警察署でのあの事件以来、ジャヴェルは前よりもなおいっそう彼を避けていた。

 そして彼はジャヴェルの姿を少しも見かけなかったのである。

 「通しておくれ。」と彼は言った。

 ジャヴェルははいってきた。

 マドレーヌ氏は暖炉の近くにすわり、手にペンを持って、道路取り締まり違反の調書がのってる記録を開いて何か書き入れながら、それに目を据えていた。

 彼はジャヴェルがきてもそれをやめなかった。

 彼はあわれなファンティーヌのことを考え止めることができなかった、そして他のことに対して冷淡であるのは自然のことだった。

 ジャヴェルは自分の方に背を向けてる市長にうやうやしく礼をした。

 が市長は彼の方へ目を向けないで、続けて記録に書き込んでいた。

 ジャヴェルは室の中に二、三歩進んだ、そしてその静けさを破らずに無言のまま立ち止まった。

 もし一人の人相家があって、ジャヴェルの性質に親しんでおり、この文明の奴僕たる蛮人、ローマ人とスパルタ人と僧侶と下士とのおかしなこの雑種人、一の虚言をもなし得ないこの間諜《かんちょう》、この純粋|無垢《むく》な探偵《たんてい》を、長い間研究しており、更にまたマドレーヌ氏に対する彼の昔からのひそかな反感や、ファンティーヌに関する彼と市長との争いなどを知っており、そしてこの瞬間における彼をよく見たとするならば、その人相家は「何が起こったのだろう」と思ったであろう。

 彼の正直で清澄でまじめで誠実で謹厳で猛烈な内心を知っている者にとっては、彼が心内のある大変化を経たことを明らかに見て取り得られたであろう。

 ジャヴェルはいつも心にあることはすぐに顔にも現わした。

 彼は荒々しい気質の人のようにすぐに説を変えた。

 が、この時ほど彼の顔付きは不思議な意外な様をしていることはかつてなかった。

 室にはいって来るや、何らの怨恨《えんこん》も憤りも軽侮も含まない目付きで、マドレーヌ氏の前に身をかがめ、それから市長の肱掛椅子《ひじかけいす》の後ろ数歩の所に立ち止まったのだった。

 そして今彼は規律正しい態度をし、かつて柔和を知らない常に堅忍な人のような素朴な冷ややかな剛直さをもって、そこに直立していたのである。

 彼は一言も発せず、何らの身振りもせず、真の卑下と平静な忍従とのうちに、市長がふり向くのを待っていた。

 そして落ち着いたまじめな様子をして、手に帽子を持ち、目を伏せ、隊長の前に出た兵士と裁判官の前に出た罪人との中間な表情を浮かべていた。

 彼が持っていたと思われるあらゆる感情や記憶は消え失せてしまっていた。

 その花崗石のごとき単純でしかも測り難い顔の上には、ただ憂鬱《ゆううつ》な悲しみのほかは何も見られなかった。

 彼のすべての様子は、屈従と決意と一種の雄々しい銷沈《しょうちん》とを示していた。

 ついに市長はペンを擱《お》いて、半ばふり返った。

 「さて、何ですか、どうかしたのですか、ジャヴェル君。」

 ジャヴェルは何か考え込んでいるかのようにちょっと黙っていたが、やがてなお率直さを失わない悲しげな荘重さをもって声を立てて言った。

 「はい、市長殿、有罪な行為がなされたのです。」

 「どういうことです?」

 「下級の一役人が重大な仕方である行政官に敬意を失しました。
  私は自分の義務としてその事実を報告に参ったのです。」

 「その役人というのはいったいだれです。」とマドレーヌ氏は尋ねた。

 「私です。」とジェヴェルは言った。

 「君ですって。」

 「私です。」

 「そしてその役人に不満なはずの行政官というのはだれです。」

 「市長殿、あなたです。」

 マドレーヌ氏は椅子の上に身を起こした。

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