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実戦武術コミュの★参考資料★伝書・訣文・要訣など

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コメント(6)

日本には『天狗芸術論』(てんぐげいじゅつろん)と言う兵法書があります。
もともとは佚斎樗山(本名丹波忠明、1659 - 1741年)と言う人が書いた兵法書になります。
田舎荘子(1727年刊)の中に出て来る兵法書で全四巻です。
ちょっと面白い話が出て来るところがあるので、それを紹介してみたいと思います。
 
 
【天狗芸術論】 (当世の修行者気質を嘆く。)
 
(口語訳)
 
『昔、武芸の道に志したものは、情熱ゆたかで志は固く、
技術の修練によく務め、挫けず、怠らず励んだものである。
師匠が教えたことを信じて日夜心に研究を重ね、実技を試み、
疑問があれば友に尋ねて、
修業を積むことによって自らその道理を身に付けた。
したがってその理解は、とことんまで徹底したものである。
 
師匠は、最初は技法は伝えても、
それに含まれている道理を語ろうとはせず、
自ら理解するのを待った。
 
これを「近づけはするが明らかにはしない
(引而不発:引きて発せず)」という。
 
これは惜しんで語らないのではない。
この段階で心を働かせ、
修行の実を挙げることを願うからこそのことである。
これが古人の教育方法であった。
 
これによって昔は、学術も芸術も、
ともにしっかりしていて内容が豊であった。
 
今日では、武芸を学ぶ者も情熱が薄く、真剣な志を抱いていない。
若いときから骨の折れることをいやがり、手軽なことを喜び、
小手先のことで手早く上達するのを望んでいる。
このような者に対して昔のようなやり方で教えたのでは、
修行をしようという者がいなくなってしまう。
そこで今日は、師匠の方から手ほどきをして、
初心者にも極意を説明し、その実際を見せ、
さらには手をとってこれを教えこむほかはない。
 
このようにしてもなお、退屈して修行を止めてしまう者が多いのである。
次第に理屈のレベルが高くなって来ると、
古人の説では足らないと言い出して、修行の量が少なくても、
天にも登るほどのわざが出来る様に工夫をしようとする。
これもまた時の勢いとうほかはない。
 
<追記>
 
昔の武芸は、クイズの様に「ヒントは出すけど、答えは自分で出して下さい」と言う様な教え方をしていたみたいです。
実際に古流では「技法は伝えても、それに含まれている道理は語らない」「近づけはするが明らかにはしない」みたいな話が多いです。
 
日本の武道にしても、中国の武術にしても、古流の武芸を教えている人達は、最初に技法や練習方法は教えてくれるのですが、いろいろと詳しい説明をしてくれないことが多いです。
王宗岳と言う人物が「太極拳経」と言う書物を書いています。
昔の武術の理論として王宗岳の太極拳経が重視されたので、そこから取って『太極拳』という名称が用いられるようになったと言わている様な書物で、中国武術の歴史を語る上で節目になる書物です。
 
【太極拳経】:王宗岳著

太極は無極にして生ず。動静の機、陰陽の母なり。
動けば則ち分かれ、静まれば則ち合す。
過ぎること及ばざることなく、曲に随い伸に就く。

人、剛にして、我、柔なる、これを走という。
我、順にして、人、背なる、これを粘という。
動くこと急なれば、則ち急にして応ず。
動くこと緩なれば、則ち緩にして随う。
変化万端といえども理は一貫と為す。
着(技)、熟するによりて、漸く勁をさとる。
勁をさとることによりて(理)階は神明に及ぶ。
然るも力を用いることの久しきに非ざれば、
豁然として貫通する能わず。
頂の勁を虚領にして、気は丹田に沈む。
偏せず倚よらず、忽ち隠れ忽ち現る。
左重ければ則ち左は虚ろ、右重ければ則ち右はくらし。
仰ぎては則ちいよいよ高く、俯しては則ちいよいよ深し。
進みては則ちいよいよ長く、退きては則ちいよいよ促す。
一羽も加うるに能わず、一蝿も落つるに能わず。
人、我を知らず、我独り人を知る。
英雄の向かうところ敵無きは、けだし皆これによりて及ぶなり。

この技の旁門は、はなはだ多し。
勢は区別ありといえども、おおむね壮は弱を欺き、慢は快に譲るに外ならず。
力有る者が力無き者打ち、手の慢き者が手の快き者に譲る。これ皆、先天自然の能。
力を学ことに関するに非ずして為すところ有るなり。
察せよ、四両も千斤を撥くの句を、力に非ずして勝つこと顕らかなり。
観よ、耄耋の衆を御するのさまを。
快なるも何ぞ能く為さん。
立てば平準(はかり)の如く、活けば車輪に似たり。

深みに偏れば則ち随い、双重なれば則ち滞る。

毎に見る、数年純工するも運化を能わざる者は、
おおむね自ら人に制せらるるを。
双重の病ち、いまだ悟らざるのみ。
この病ちを避けんと欲すれば、すべからく陰陽を知るべし。
粘は走、走は則ち粘。
陰は陽を離れず、陽は陰を離れず、陰陽相済して、まさに勁をさとる。
勁をさとりてのちは、いよいよ練ればいよいよ精なり。
黙と識り、瑞摩(研究)すること漸くにして心の欲するところに従うに至る。
本はこれ己を捨て人に従うを、多くは誤りて近きを捨て遠きを求む。
いわゆる差は毫釐、誤りは千里なり。
学ぶ者、詳らかに弁ぜざるべからず。

これ論と為す。
中華民国で太極拳と形意拳と八卦掌の三流派を、武当門と言う門派に集めて「内家三拳融合理論」を説明していた有名人に「孫禄堂」と言う人物がいます。
三大内家拳の基礎を築いた人物のひとりです。
その孫禄堂が書いた有名な書物に「拳意述真」があります。

その拳意述真の四則の前半を紹介します。

形意拳術の道に他無し、神氣二者に已(おわ)る。

丹道の終始全て呼吸を丈(たけ)とし、大小周天を起初に、以て還虚の功に及ぶは、皆これ呼吸の変化のみ。

拳術の道も亦然り、惟だ形体と筋骨の煉の功有り、丹道はこれ静中に動を求め、動極まりて静に復すなり。

拳術はこれを動中に静を求め、静は桓(恒?)にして動に復すなり。

其れ初めてこれを練するは似て異るも、以て還虚に至るは、則ち形意拳経に云うに同じく、霊根を固めて動心する者は敵将なり、霊根を養いて静心する者は修道なり。

形意拳の道は、即ち丹道の学なる所以なり。

丹道に三易、練精化氣、煉氣化神、煉神還虚有り、拳術もまた三易、易骨、易筋、洗髄有り。

三易即ち拳中の明勁、暗勁、化勁なり。

練して拳に拳無く、意に意無く、無意の中に是真意なるに至り、また丹道とともに煉虚して道に合して相合するなり。

丹道の最初に還虚の功有り、以て虚に至り静極まりてこれを篤くする時、下元真陽が発動し、即ち速やかに回光反照し、神を凝らして氣穴に入り、息息帰根、神氣未だ交わらざるの時、神は用息に有り、綿綿と存する若く、茲(ここ)と念ずれば茲に在り、此れ武火の謂いなり。

神氣すでに交わるに至りては、また当に息を忘れるべし、以て採取、帰炉、封固、停息、沐浴、起火、進退の升際に帰根す。

動を俟(ま)ちて煉に復し、煉して不動に至り、限数足満と為す。

止火、これ坎離交妬の謂い、此れを小周天と為し、以て大周天の功夫に至り、無より有を生じ、微より著に至り、小より大に至り、虚より積累をし、皆呼吸火候の変化に非ざる無し。

文武剛柔は、随時消息し、此れは皆これ順中に逆を用い、逆中に順を行う、其れ過不及無く中和の道を用いるなり。此れ丹道の概に略言するに過ぎざるのみ。

丹道と拳術ともに並行し悖(もと)らず、故に形意拳術は粗率(粗っぽくそそっかしい)の武藝に非ず。

余は後に来る形意拳術を練するの人が、只其の後天氣血の力を用い、先天真陽の氣を知らざるを恐れる。

故に形意拳術の道を発明し、只此れ神氣二者に已(おわ)れり、故に此れ先ず丹道の大概を言い、後に再び拳術の詳情を論ずる。
中華民国で太極拳と形意拳と八卦掌の三流派を、武当門と言う門派に集めて「内家三拳融合理論」を説明していた有名人に「陳伴嶺」と言う人物がいます。
三大内家拳の基礎を築いた人物のひとりです。
その陳伴嶺が書いた有名な書物があるので紹介します。
 
 
太極拳名稱之來源(陳伴嶺)
中國之文化,導源於「易」。
易,窮究天地陰陽造化之理,參萬事萬物造化之機,即我國之所謂。
道也。
道,無形無迹,無相無名,強名之曰「道」。由道生一,由一生二,,二生萬物。故道者,無極也。
一者,太極也、即混元之勢也。
二者、兩儀陰陽也。由無極而太極,太極動而陰陽分,陰陽分而萬物化育,此宇宙之本體論,實較諸形而上學說為完美無疪。
創「太極拳」者,深明萬物化生莫非陰陽之氣。
動則生陽,靜則生陰;一動一靜,互為其根;陰陽合則為太極,太極分則生陰陽;放之可彌六合,卷之則退藏於密;其大無外,其小無內;萬事萬物,莫非此理。根據此理,依照生理自然之法則,人身肢體屈伸進退之方法,與健身發育之原理,配合技擊以柔化克剛之神妙,創此拳法以養性衛身,又因其動作的自然運轉、吞吐、開合、虛實循環、配合呼吸,及拳套的連、綿、圓、合,動靜互生,皆符合陰陽變化的哲理,而創此拳術,故其拳以「太極」名也。
 
 
太極拳屬武當門說(陳伴嶺)
國術種類甚多,自隋唐以後,分為少林、武當兩大門派,而每派中又分許多種類。一般人稱少林為外家,武當為內家,又說少林主剛,武當主柔,實際上無論那種拳,既含有戰鬪技能,皆有攻守方法,而必須剛柔相濟,不過少林是由剛練到柔,武當是由柔練到剛,結果皆是剛柔相濟。少壯者宜練少林,老弱婦女宜練武當。練少林進步快,練武當收效慢;先練少林,後練武當,進步迅速,且易達到精妙境地。
 
 
近代太極拳勢傳自陳家溝說(陳伴嶺)
據考證在唐時已有太極拳,如李道子、許宣平皆擅此,或此種太極拳,後復經張三丰在武當山加以整理研究而著名。
一說太極拳,由山西王宗岳傳於河南陳家溝,及溫洲陳州同。著者於民國十六年至廿年間,數度至陳家溝研究太極拳,均未聞有談論太極拳而關於王宗岳者。
又在該村陳鑫所著太極拳圖說中,亦未見提及王宗岳其人。讀王宗岳之太極拳論,可以推知認定王宗岳確曾研練太極拳,但實不能肯定即是今日所流傳之各家太極拳。
現在之太極拳,皆出於楊家、吳家、武家、郝家。
郝家出於武家,吳家出於楊家;而楊家與武家,又出自陳家,可以說現在所研練之太極拳,皆係由河南溫縣陳家溝所授;但陳家溝太極拳又係傳自何人?尚難找出確實證據。
在陳鑫著太極拳圖說中序云:「明洪武七年,始祖諱卜,在耕讀之餘,而以陰陽開合運轉周身者,教子孫以消化飲食之法,其原理根據太極,故名曰太極拳。」似屬可信。
有言為蔣發傳陳家溝陳長興,但蔣發在陳家溝是陳王廷時代,陳王廷乃九世孫,而陳長興是十四世孫,其中相距五代,約差距一世紀,故由蔣發傳陳長興,此說亦難以成立。
惟現在所練之楊家太極拳路子,確係陳家溝陳長興所傳,稱為老架子;武家太極拳路子,確係陳家溝之鄰村趙堡陳清平所傳,稱為新架子。
至今各家太極拳,雖紛歧雜陳,然拳譜大同小異,其中姿勢,亦常有出入,而動作與精神,歷代遞傳演變亦復不少。
以著者個人觀察,除少數以訛傳訛者外,太極拳之基本精神,確仍然保存;在動作與應用上,則見仁見智,似有改善之處。但無論如何,太極拳之源流,在今日難以稽考,惟其傳自陳家溝,則為今日練太極拳人士之所共知公認者也。
現在の中華人民共和国は、日本などの海外に対して「気功」を広める時は「健身気功だけ」を広めて良いことになっています。
古流の昔の気功は、中国大陸から持ち出し禁止になっていることが多いのですが「国家武術運動センター」に申請することで「中国大陸から持ち出せる様になること」があります。
ちょっと古い法律になるのですが『健身気功管理法』を紹介します。
 
健身気功管理法
制定:国家体育委員会(1998年10月)
 
第一条:健身気功の管理強化と発展促進のために、「中華人民共和国体育法」「社会気功の管理強化する通知」の規定により、本管理法を制定する。
 
第二条:健身気功とは練功を通して、身体を健康にし、養生と健康回復する気功活動のことである。社会に向け、健身気功を従事する企業、事業団体、社団組織または個人はこれに該当し本管理法を守る義務がある。
 
第三条:国家体育委員会は全国の健身気功活動を管理するものとする。具体的には体育委員会の武術運動管理センターが責任を負って管理する。
1、 全国健身気功活動発展の企画を制定配布する。
2、 気功指導員の技術等級制度を制定配布する。
3、健身気功活動をやっている企業、事業団体、社団法人、個人の業務を管理する。
4、 高級健身気功師の技術養成、資格審査、等級検査を実施する。
5、 健身気功功法を審査制定する。
6、 全国健身気功管理部門を指導する。
 
第四条:各地方の政府の体育行政部門は各地域の健身気功活動の管理をする。
1、 地区の健身気功活動発展の企画を制定配布する。
2、 地区で健身気功をしている企業、事業団体、社団法人、個人の業務を管理する。
3、 地区の健身気功活動を審査、認定する。
4、 地区の健身気功師の技術教育、資格、等級審査する。
 
第五条:民政局、工商局、公安局は各自の責任範囲内で健身気功活動を管理する。
 
第六条:国家体育委員会の体育武術運動管理センターが健身気功師の技術等級を決定、資格制度を実施する。
 
第七条:健身気功活動をやっている企業、事業団体、社会団体、個人は所在地の体育行政部門に申告を提出しなければならない。全国的な気功活動を行う健身気功活動は国家武術運動センターへ申告する。
 
第八条:健身気功を業務とする社会団体は所在地の体育行政部門の審査と許可を受け取り、民政部門に登録する。
 
第九条:健身気功を業務とする組織または個人は所在地の体育行政部門の審査と許可を受けてから、工商行政部門に申請し、営業許可をうける。
 
第十条:健身気功を業務とする学校または教室は所在地の体育行政部門の審査と許可を受け所在地の教育行政部門に申請する。
 
第十一条:健身気功をするには国家武術運動管理センターへ報告し、許可を貰ってから、外事活動の規定により相関の手続が終了後、気功活動を行う。
 
第十二条:企業、事業団体、社会団体は健身気功活動を行うには前に体育行政部門に責任者のサインした申請書と証明文書を提出しなければならない。
内容
1、企業、事業団体、社会団体の名称。
2、健身気功の項目、時間、講習、講座、交流、実技、規模。
3、気功組織の住所、活動の場所。
4、組織の責任者、従業員などのリスト。
5、気功師の氏名、性別、学歴、職業、履歴、技術等級、功法名、功法源流。
6、安全保障措置。
7、経費と収支。
8、広告宣伝内容。
 
第十三条:体育行政部門は申請の受理を受けてから、30日以内で審査を終えて、文書の形式で同意するかしないかの結果を下ろさなければならない。
 
第十四条:健身気功の企業、事業団体、社会団体と個人は下記の行為範囲を守る。
1、 中国共産党を擁護し、社会主義祖国を愛し、健身気功事業を愛し、法律と社会公徳を守る。
2、 気功の名で搾取したり、封建迷信を宣伝しない。
3、 無許可で気功の書物を出版したり、ビデオ、テープを売ったりしてはいけない。
4、 体育行政部門の審査のない健身気功の宣伝を広告してはいけな い。
5、 社会治安を妨げてはいけない。
 
第十五条:健身気功活動の中で国民の健康に著しい貢献をした組織と個人に対して、体育行政部門はそれを表彰、奨励する。
 
第十六条:本管理法に違反する場合は状況によって、警告、改正、資格証の没収、有効許可証、営業証の取り上げ、所得の没収などにする。
1、 資格証を持っていない人は気功を教えてはいけない。
2、 申請していない企業、事業団体、社会団体は健身気功の事業をしてはいけない。
3、 許可なしには海外の人員に対する気功活動を行ってはいけない。
少林門系の武術家が愛読していた「大般若経」を紹介します。

●大般若経

人よ、何を見ているのか?
お前の眼には、いったい何が映っているのか?
眼の玉が見たものに、おびえ、驚き、戦(おのの)き、
心を騒がせているのか?
それほどのものが、お前には見えていると言うのか?

人よ、かつてのおまえは今ほど臆病では無かった。
ふくよかで暖かい胸に抱かれていたとき、
乳房のおだやかな峰の向こうに見えていた世界は、
美しく輝いていたではないか。
おまえは少しの恐れもなく、
世界に向かってほほ笑んでいたではないか。

あの美しい日々は、いつ遠ざかってしまったのか。
唇にあたえられたものすべてが美味だった日々は、
どこえ消えてしまったのか?
かくわしき花々のゆらめき。
甘い息の漂い。
清らかな風の流れは、いつ色あせたのか。

小さな手が、まだ何も掴めなかったあの頃、
おまえの眠りは死だった。
そして朝に新しく生まれ、
人生の一日がゆったりと流れ、
また夜が来て、
おまえは死んだように眠っていた。
再び朝に生まれ、
あらゆる経験におまえの胸は歓喜していたというのに。

今のおまえはどうだ。
数えきれない悩みを抱えている。
何も正視できづ、震えながら眼をそむけている。
多くの怖れ。多くの不安。後悔。
おまえの人生は苦しみに満ちている。
しかし、もう眼をつむるな。
こんりんざい、顔をそむけるな。
しかと視よ。
何がそこにあるのか、しっかりと視よ。
何が自分に見えているのか、はっきりと見えるまで見つめ続けよ。

そこに見えているのは人間か。
そこにあるのは物か。
おまえの眼に映るものは何か。
見えているものが、人間であろうが物であろうが、さらに良く見つめよ。
それがつまらなく感じられるまで、
他の瑣末(さまつ)なものと、
見分けがつかなくなるなるほどに見つめよ。
それが人か物か、わからなくなるまで見つめよ。

さあ、どうだ。
何が起きたか。
何も起きない。
心が動いたか。
いや、
心はかえって静かになり、いまでは心すら無い状態だ。
見えているものは何か。

人であろうが物であろうが、そこにあるものは、
大きくも小さくもない。
強くもない。
ただ、
それは、そこにあるものでしかない。
あたかも、そこにあるかのように、
自分自身の目に映るものでしかない。

なのに、
なぜ今までそれをおまえは怖れていたのか。
利害からか?
妄想からか?
憎しみからか?
愛着からか?
思い出からか?
想像からか?
金の有無からか?
それをも見つめよ。
自分の心を、
まるで過去の汚れた遺物を、調査するかのように見つめよ。
逃げずに見つめよ。

見つめれば、もう静かにわかるはずだ。
本当は何も無かったということが。
見えるものと自分の心を勝手につなげて、気持ちをいたずらに動かしていたということを。
自分の心が損得や勝ち負けにこだわっていたから、焦りや感情に縛られていたということを。
見るものすべてを、自分のくだらない自尊心の物差しではかっては、
勝手に評価や判断をしていたということを。
すべてを自分のものだと思い込む、利欲の根性に染まっていたということを。
つまるところ、
自分が卑しかった(いやしかった)ということを。

だから、そういう自分のすべてを捨てろ。
気持ちまでも捨てろ。
そうして、
自分というものの
いっさいがっさいを捨て去れ。
ただ、命だけは残しておけ。

すると、
おまえはいまだかつて知らなかった自由の空に飛ぶことができる。
何をすることもできる。
不可能なことは、ひとつだにない。
すべては可能だ。できないことはない。
ただ、
悪を成せば、昔の濁った自分がたちまちにして戻ってくる。

まずは悪でないことを、人が必要としていることを自分でなせ。
人のために、善のために、自分を使え。
それこそが大いなる自由の空を飛ぶことだ。
そのとき、世界は一変する。
いっさいが澄んだ静けさの中で変わる。
いっさいが静かな歓喜に満たされる。
おまえは初めて人になる。

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