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和歌と詩の世界:紫不美男コミュの桃太郎傳説(ももたらうでんせつ)

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 むかしむかし、あるところにおぢいさんと、おばあさんがゐました。

 で始まる鬼退治でお馴染の、『桃太郎』の事を少し書いて見たい。


 とは云つても、電腦(コンピユウタア)の遊戯(ゲエム)の事ではない。
 尤も、あれはあれで大變(たいへん)面白く、それは、
 
 「おばあさんが川へ洗濯に出掛けた時、木に差込口(コンセント)があつて、それに洗濯機を繋いで洗ひ物をしてゐたり、『桃太郎』が訪ねる色々な村には、『花咲爺(はなさかぢぢい)』や『金太郎・三年寝太郎・浦島太郎・猿蟹合戦・かぐや姫』の村があつて、そこでは澤山の催し(イベント)が待受けてゐるのだが、その村から村への道中には、當然(たうぜん)『鬼』や怪物が出現し、その中には『貧乏神・福の神』は勿論の事、『河童・土蜘蛛』と云つた妖怪變化から、遊戯(ゲエム)を止めて勉強しろといふ『勉強魔(?)』や、主要出演(メインゲスト)の『鬼』には、『赤鬼・青鬼・銀鬼・金鬼』と力の強い順に行く手を遮(さへぎ)り、仕舞には『金銀パールプレゼント』といふ『鬼』まで現れ、その他に三角御握りの恰好をした『鬼ギリ』とか、『ジャッ鬼・チェン』とかの『鬼』が、これでもかこれでもかと、次々に邪魔をして息も吐(つ)かせない」

 といふ程面白いのだが、ここではそれに就いて話すのではない。


 『桃太郎』關係の事で愉快だと思つた作品や情報では、筆者の私淑する芥川龍之介の作品が優れてゐて、彼には他に『猿蟹合戦』といふ小品もあるので一讀を薦(すす)めたいのと、以前に電視臺(テレビ)で『謎学の旅』といふ番組があつて、そこでも『桃太郎』の事を放映してゐた。
 詳細は述べないが、それは『桃太郎』がどうして鬼退治をしなければならなかつたかといふ事を、可成(かなり)具體的な件として取扱つてゐたのが興味深かつた。
 しかし、ここではそれに就いて述べるのでもない(まるで『合唱』の終樂章のやうだ!)。


 では一體『桃太郎』の何を語るのかといふと、『桃太郎』の家來が何故『犬・猿・雉』であつたのかといふ事を考へて見たかつたからなのだが、これを思ひつくについては全くの偶然ではなく、筆者が愛知懸の生れで、親戚の近くにある犬山市の犬山城公園は、人も知る『桃太郎傳説』発祥の地で、自身が幾度か訪れた事もあり、そこには『桃太郎』やその家來達と、『赤鬼・青鬼』の石像がある。
 更に、うろ覺えだが、凡(およ)そ次のやうな文句が立札に書かれてある。

 「災いは『往(い)ぬ(犬)』、病は『去る(猿)』、魔は『來じ(雉)』」

 これを見た時、誰が考へたか知らないが、

 「うまい事を言つたものだなあ」

 と筆者は思つたものである。


 加うるに、我が妻が岡山の産で、あツこりやまた『桃太郎傳説』と縁が深い。
 かくして、義務か權利か解らないが、それに就いて若干(じやくかん)發言しても良いのではないかと考へた次第である。
 但し、これは飽くまでも思ひつきである事を、最初に斷つておかう。


 ところで、『桃太郎』のやうに家來を連れてある目的を達成(將(まさ)にロオル・プレイング・ゲエムだ!)するといふのは、何も日本ばかりではなく、有名な中國の『西遊記』を忘れてはならないだらう。


 『西遊記』も『桃太郎』と同じやうに、『三藏法師』を筆頭に家来が三人の『猿・豚・河童』を連れて、天竺(今の印度)へ向ふのであるが、これは明(一五八二年頃)の時代に小説化されたもので、『桃太郎』の成立が室町期(一三三六〜一五七三年)といはれてゐるから、こちらの噺(はなし)の方が古く思はれるかも知れないけれど、かう言つたものは語り繼がれて來たものを根柢(べエス)にしてゐるから、どちらが先かを競ふのは無意味ではないかも知れないが、この場でそれを検證する氣はなく、第一、『三藏法師』の乘つてゐる『白馬(實(じつ)は龍)』の存在を入れると四人になつてしまふので、『桃太郎』と同じには扱へないのかも知れないだらう。


 だが、昔「立川文庫」といふものがあつて、そこから『眞田幸村漫遊記』(誰かこれを遊戯(ゲエム)にしないか?)といふ書物が刊行され、爆發的な賣行(うれゆ)きを示した事があつた。
 幸村は、ご存知のやうに崩潰(ほうくわい)しかけた豐臣方に屬(ぞく)し、徳川家康を翻弄する事で大衆に人氣があるが、この人物が『眞田十勇士』の中から『猿飛佐助・三好清海入道・霧隱才臧』の三人を連れて、徳川打倒の爲に仲間を集めに旅に出るといふもので、これは講談で知られた『水戸黄門』の構成を借りたものであるのは言ふまでもない。


 のみならず、ものの本によるとこの『猿飛佐助・三好清海入道・霧隱才臧』といふのが、『西遊記』の『猿・豚・河童』を手本としたものであるといふ。
 といふ事で、これは明らかに『眞田幸村漫遊記』よりは、『西遊記』の方が古いとは言へるだらう。
 また、これは餘談だが『眞田十勇士』といふのも、『中山鹿ノ介』で有名な『尼子十勇士』から考へ出されたものらしい。


 で、『桃太郎』の話に戻ると、この家來が三人といふのは、多くの代表の象徴として存在してゐるには違ひないのだが、それが何故『猿・犬・雉』であるのかを考へるのは、決して無意味な事ではないだらう。


 考へられるのは、『桃太郎』の家來の『犬』は地を驅けるものだし、『猿』木々を渡るもので、『雉』は空を飛ぶものといふ具合に、軍事的には一應(いちおう)體裁(ていさい)が整つてゐる。


 一方、『西遊記』の家來である『猿』は同じく木々を渡るもので、『豚』が大地を制し、『河童』が水を支配するといふやうに、これも戰鬪力には問題がないだらう。


 『桃太郎』と『西遊記』の比較で面白いのは、『猿』が共通してゐるのと、海に圍まれた日本に制空權(雉)があつて、中國大陸に制海權(河童)がある事であり、『桃太郎』が「鬼退治」に海を越えて出兵し、『西遊記』が陸續きの天竺へ渡る事を考へれば、可笑(をか)しいと思はれるかも知れないが、「鬼ケ島」へ行くのに斥候の『雉』が必要であり、大陸を横斷するには水が重要で、『河童』の存在も首肯(うなづ)けるといふものだらうが、基本的にはこれは國民性の差なのかも知れない。


 さて、本題の『桃太郎』の家來が、何故『猿・犬・雉』だつたのかといふ事に立返れば、『猿』と『犬』が「犬猿の仲」といふ人も知る喧嘩相手である事に疑問を持てば、諒解してもらへると思ふ。
 今更言ふまでもなく、「犬猿の仲」といふ諺(ことわざ)を持出す事はないのだが、これを『桃太郎』ではなくても、かういふ友人がゐれば手を燒くに違ひないだらう。


 そこで『雉』の登場となるのである。
 『雉』が『猿』と『犬』の仲介をするといふ意味だが、どうしてさうなのかといふと、『鷹筑波』といふ古い文獻(ぶんけん)に、

   犬と猿の仲介なれや酉の年

 といふ句が掲載されてゐて、これは、

 『子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(ゐ)』

 の内の、

 「申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)」

 この部分から洒落たものである事が解るからで、これが意外に眞實(しんじつ)を語つてゐるやうに思へるのである。


 『十二支』がいつ頃からあつたのか知らないが、『犬』や『豚』が人間に飼はれるやうになつたのは、文獻的には隨分古いものだと思はれるし、『猿』や『雉』もそれ程珍しい動物ではなかつたと思はれるが、唯一、『西遊記』の「沙悟淨」が『河童』といふのは、中國でもさうなのかどうかは解らない。


 といふのは、『河童』は想像上の動物であるから、これが日本だけのものか、それとも『龍』のやうに中國から渡つて來たものかが理解出來ないし、『龍(ドラゴン)』に關しては西洋との絡みもあるので、何とも言ひやうがないのである。


 『十二支』は、東南亞細亞の國では結構あるらしく、中國と日本は同一だが、聞くところによると、『猫』や『豚』が加はつてゐる國もあつて、その代りに、當然他の動物が『十二支』から彈(はじ)き出されてしまふ事になるのだが、『河童』が『十二支』に入つてゐるといふのは、流石(さすが)に聞いた事がない。
 もしあつたとすれば、『猿(申)・雉(酉)・犬(戌)』のやうな事も考へられるので興味津々だが、何處かにそんな事を調べる物好きな人はゐないだらうか……。

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