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俳諧師:近江不忍コミュの十八、『遊行柳』の句に就いて 『發句雑記』より

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コミュ内全体

この作品は自作の詩や小説、隨筆などを讀んで戴く時に、BGMとして流さうと思ひつき、樣々なヴアジヨンを作らうとした内のひとつで、今囘は、


『YAMAHA QY100 Motion1(Mirror) &(Substance) 柿衞文庫(KAKIMORI BUNNKO)
Takaaki Mikihiko(高秋 美樹彦)』

で作つて見ました。





     十八、『遊行柳』の句に就いて


 芭蕉の『奧の細道』の中に『遊行柳』の地で詠んだ、

   田一枚植ゑて立ち去る柳かな

 といふ句があります。
 これは問題のある作品で、このまま素直に讀むと、主語が「柳」で、その「柳」が「田」を「一枚植ゑ」終へ「て立ち去」つたやうに解釋されてしまはないでせうか。
 さうでないとしても、あの有名な西行の『遊行柳』を訪れた時に、芭蕉が「田一枚植ゑて」その場を「立ち去」りましたといふぐらゐに思つてゐないでせうか。


 發句には普通の言語の文法とは違ひ、それなりの省略の言語があるので、それが理解出來ないと先のやうな解釋になつてしまひます。
 それは、

   古池や蛙飛び込む水の音 芭蕉

 といふ句を、

   古池に水の音する蛙かな

 かりに、かうまでして詠まなくても「水の音」をさせたのは「蛙」である、と多くの讀者は解釋されるでせう。


 これは一句二章で作品が構成されてゐるからで、

   『古い池がありました。
    そこへ蛙が飛び込んで水の音がしました。』

 といふやうに發句の基本に忠實だからこそ、その判り易さを手に入れられたのではないかと思ひます。


 ところが「田一枚」の句はさうではありません。
 凡(およ)そ、芭蕉が『奧の細道』へ旅立つた目的は各地の弟子に逢ふといふ事もありませうが、歌枕を訪ねることで新たな發句の境地を開かうとしたやうに思はれます。
 その歌枕にある西行(1118-1190)の『遊行柳(ゆぎやうやなぎ)』の下で詠んだ、

   道のべに清水流るる柳かげ
   しばしとてこそ立ちどまりつれ

 といふ歌に觸發(しよくはつ)されて、芭蕉は句作したのです。


 この西行が訪れたと言はれる歌枕から、室町後期の能役者・觀世信光(1435-1516)が『遊行柳』といふ能の三番物を作つてゐます。
 筆者は不勉強で見た事はありませんが、觀世信光は、

 「幽玄を主とする従來の能とは異なる劇的な能を作つた(大辭林)」

 とあるぐらゐで、内容はと言ひますと、

 「諸國行脚の遊行上人(一遍(1239-1289)またはその弟子の眞教(1237-1319))が白河の關を越えると、朽木柳の精の化身である老翁から道を教へられ、十念を授けて成佛させる(大辭林)」

 といふ荒筋ですが、これも年代から見ますと西行の歌枕を訪ねたといふ事になるだらうと思はれます。


 芭蕉は一六〇〇年代後半の人ですから、遊行上人も觀世光信の作つた『遊行柳』の事も諒解した上でこの地を訪れた筈です。

 そこへ訪れた芭蕉は、しばしその場に佇んで柳を眺めながら、西行の時代に思ひを馳せてゐた。
 折しも田植の時期で早乙女が作業を始めた。
 芭蕉は見るともなく、やがて時空を越えて幻想の世界へ沒入してしまひました。
 どれほど經(た)つたかも判らぬ内に、不圖、我に返ると、いつの間にか田植は終つてゐて、そんなにも長い時が過ぎたのかとの感慨を胸に、その柳の元を立去つた。

 といふのがこの句の本意であらうかと思はれます。


 さうだとするならば、この句は、

   早乙女が始めた田植が、いつの間にか「田一枚植ゑ」終つてゐた。
   私(作者=芭蕉)はその場を立ち去る。
   私が眺めてゐた柳(遊行の柳)をその場に殘しながら……。

 といふ風に解釋すべきで、主語は當然「芭蕉」といふことになります。

   田一枚植ゑて 立ち去る 柳かな

 といふ表記にすれば解り易いでせう。


 けれども、さうなると一句三章になつて、『三句切れ』の態を成してしまふ事になります。
 これは以前にも述べましたが、「三句切れ」は型録のやうで目移りがして、句意が散漫になりますので作品も多くはありません。
 ですから、この「田一枚」の句も芭蕉の發句の中でもそれほど優れた作品であると、筆者は考へてゐません。
 それもこれも、芭蕉の句は總てが名句だと云ふ先入觀によつて、眼が曇らされてゐるから生じた結果であつて、虚心擔懷(きよしんたんくわい)にものを見る眼を養はなければならないと思はれます。



     二〇一一平成二十三辛卯(かのとう)年七月十三日午前二時





     續きをどうぞ

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