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短歌点コミュの短歌点832△お題「顔」

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みやまさんの「ピアノ」からバトンを受け取りました。
今回は「顔」でお願いします。この漢字を詠み込んでください。

昼顔のかなた炎えつつ神神の領たりし日といづれかぐはし(小中英之)

お待ちしています!



ルール

1:出題者が、お題を出します。
2:お題は、何でもありで面白そうなもの。
  50題以前に出されたものであれば、既出のお題でもOKです。
3:出題者じゃない人はお題を詠み込んだ短歌を書き込みます。(1人1首のみ)
4:一週間以後、出題者が(独断で)もっとも素晴らしいと思った短歌を1つ選び、その選出理由を書きこみます。
5:次のお題は、最優秀短歌をつくった人が出すことになります。
 (新トピックの番号は「自分が選ばれたトピック番号+5」)
6:その後は、みんなでワイワイ感想をかわします。

※2012年4月17日一部改定(基本ルールに「特定の単語・文字列を指定してください。」を加筆)

コメント(52)

諦めと名付けたせいでいつまでもきらいになれない顔がひとつある
1/31(木)で〆切とします。よろしくお願いします。
「こんな店来ることないか?」ママさんとデュエットをした父のドヤ顔
泣き顔のまま人ごみを歩いてるとても哀れな自分大好き
世界には顔向け出来ぬ体たらくあぁ恥ずかしき面無しの国
陽春の六畳の間の座ぶとんに父母が顔をほころばせて居り

しめきりました!
すこしお待ちください。
>>[4]

すみません。少しバタバタするのが続きそうで、先にバトンをお渡しします。

すぐそばに私の好きな横顔があるけどいまは海を見ている
バトンはカニパンさんにお願いします。

最初はひっかからなかったのですが、何度か声に出して読んでいるうち、この歌に惹かれました。
近いけど遠い、遠い遠いところでこの好きな横顔のことをもっと知っている、
口語体の良さなのか何なのか、現代的な、といってもたったひとつの、複雑で言葉で言い表せない関係のあり方をぽんと出した歌のように感じています。

カニパンさん、よろしくお願いします!
もうすこし落ち着いたら、追って感想など書き込みます。
読み合ったり感想など書き込みはじめてくだされば嬉しいです。

別トピックなどもそのままでごめんなさい!
すこし遅れて、読んではいます。そのうち書き込んだり書き込まなかったりします。
>>とみいえひろこさん
お疲れさまです。
落ち着かれたらゆっくりご講評くださいね。
楽しみにしております。

>>カニパンさん
おめでとうございました。

>>[25]
ありがとうございます!
気に入っていた歌なので選んでいただけて嬉しかったです。

バトン謹んでお受け取りさせていただきますー

みなさま次のお題少々お待ちいただけたら幸いですmm
>>[24]  選歌、お疲れ様でした。歌評は、任意なのに、多忙ななか、いつも懸命に書いてくださり、感謝しています。どうか、とみいえさんのペースで、無理せず、楽しんで書けるときに少しずつ、読ませて下さい。
カニパンさん、おめでとうございます。
 「すぐそばに私の好きな横顔があるけどいまは海を見ている」 
 「あるけど」この部分に主体の胸の鼓動がリズムよく、高鳴るのが聴こえました。好きなひとの顔って案外近いと見れない。遠くにながめ海の眩さ、さざなみの音
続)遠くに眺める海の眩さ、さざなみが柔らかにふたりを包む音、ときめきと安らぎ。絶妙なバランスで、ひとを想うことが歌われているように思えました。
好きな歌だけでも、拙いですが、
感想を書きたいと思います。

「その顔は嘘をつかない。」でも口で嘘を言うからあなたが怖い    

 こちらの歌は、自分のなかで、いったん、分解し、組み立て直し、読み直し、とプロセスを経て、自分なりに近づくことができました。短歌の読解の醍醐味ですね。
 冒頭のセリフは、誰のものか。あなた、主体、第三者(ことわざ的な)?
 
 
「その顔」とは誰ぞ?
 
あなたは正直なひとだね。全部顔に出てるよ。みんな知ってる。でも口では平気で嘘を言うんだね。だまされはしないけど、迷いなく他人を欺いて生きる、あなたがわたしは恐くてならない。
 誰しも信頼を裏切る相手には、血を流します。安全が脅かされ、警戒し、疑って生きなければならない。 この作品からは、主体の優しくあろう、他者や世界と信頼、誠実さでつながって生きよう、という決断がひしと伝わり、善意がまならない世の中に自分たちは生きているんだなぁと改めて気づかされました。「発見」の歌であり、己の意志を確かめる、「人生詠」ではないでしょうか。
>>[32]
コメント、ありがとうございます。返信が遅くなりすみません。

> 主体の優しくあろう、他者や世界と信頼、誠実さでつながって生きよう、という決断
それほど達観したものではないのですが、私は、信じることと疑うことは、単純に相対するものでないと考えています。
「疑うことなく信じるなかれ、信じることなく疑うなかれ。」です。

疑うことなく信じるのは、妄信。
疑っても疑っても疑いようのないことを信じるのが確信。
信じるものもないのに疑ってかかることは偏見。
信じよう信じようとしても疑ってしまうのは疑心暗鬼。

そんな感じ。拙歌は信じたいのに信じられないという疑心暗鬼を詠みました。でも、疑心暗鬼は、確信を得るまでの必要な過程でもあると、個人的に思っています。歌は「顔に出てないからこその怖さ(弱い疑心暗鬼)」のつもりでした。恐いのは、顔と口のどちらがわからないときなのでしょうね。

実は、他のパターンも考えたのです。

「その顔は嘘をついてる。」でも口で信じ込ませるあなたが怖い

これだと、りりるさん♪の「全部顔に出てるよ。」がぴったり来そうな気がします。見抜いてるのに騙されそうな怖さ。

「その口は嘘をつく。」でもその顔は嘘をつかないきっとつかない

投歌作品と比べると、主体がちょっと妄信的な感じになってしまう気がしてやめました。やはり下の句が本心という感じがしますから。


> 「その顔」とは誰ぞ?
「その顔」は、目の前の相手でも、テレビに映る相手でも、鏡に映る自分でも、誰でも構わないです。見た目、信じられそうだし、信じたいのに、疑いが消えないといのは、少なからず誰でも、誰に対してもありそうに思います。

長文、失礼しました。
>>[33]  丁寧なレスポンス、ありがとうございます!疑心暗鬼を経ての信頼、少し、わかるような気がします。わかりやすいことは、深く考えずスルーしてしまう。思いがけない裏切りや、傷つき、ショックが、あって、初めて自分は対象を真剣に思い、見つめ直す。このパターンは。まさに自分の人生そのまの。(・・;)
 にしても、わたしの読解は、踏み込みが足りなかったですね。レスポンスいただけて、本当によかった。ありがとうございました!花束
>>[1]

簡単に感想書いていきたいと思います。

「顔文字の多い人ほど表情が薄い」のかな、そうかなあ、どうだったかな。。
と思わず反応してしまう。「鬼さんこちら」とは、一瞬で歌の内容に取り込まれて反応した私に向かってくるようで、なんだか生々しい声のように思えました。上句の内容に引き摺られてはいけないかもしれません。自分の顔はいつも見えない。見えない自分の顔の表情はどうだっただろう、と心がすうっと冷えます。
>>[2]

ねぇトムやもっとお顔を見せてよねさぁ旅立ちだ南無阿弥陀仏

「お顔を見せてよね」に実感がこもっていて、心からの言葉であるように思いました。「ねぇ」「さぁ」で調子が整っています。
>>[3]

他の方の並んだ作品含め、「顔」は「仮面」の役割を持つんだなあとあらためて思いました。
「笑う」と「笑顔」が似た意味なので、どちらかひとつにしてもいいのかもしれません。でも、「笑顔」をさらに自分の意志で「笑」わせるというのは「仮面」性を表しているような気もします。笑顔のいい人なのでしょう。だからこそ、その笑顔をとった奥にほんとうの感情が流れているような気がする。というもどかしさを詠んだととりました。
どんな笑顔なのか、がもう少し描写されていてもよかったかなあと思いました。
>>[4]

不思議な歌です。私はこの横顔が好きで、よく見つめ、よく思い、だから私なりによく知っている。けれどその横顔が海を見ている今、全然知らない遠い横顔のように思える。自分がこの横顔を好きだという気持ちはたしかに自分の気持ちのはずなのに、横顔を遠く、未知のものに感じる今、この気持ちも浮遊していくような、不思議な気持ちになる。
そんなふうに読みました。理屈をつけようとこんな散文になるけれど、ぐるぐる記憶が巡っているような、自分が自分でなくなるようなこの感覚は、こういう歌のかたちで表されたものとはやはり全然違うもの。「恋」とも「親愛」ともつかない、カッチリと心の型を述べることによって自由な心を表現する方法からずらした、味わい深い歌だと思います。
>>[5]

もろともに秘すれば花もいで言はむ託ち顔なる君が目なれば

秘すれば花とはいわれるけれど、ああ、思い詫びているような君の目よ。言葉でこそ慰められ、わかりあえることもあるだろう、私にできることとして今はそちらを選ぼう。
と読みました。どうでしょうか、、。
でも、託ち顔のときの君の目は言葉もなく語っているようだ、とも読める気がします。
「託ち顔」の「顔」は、君の(思い悩んだような)「目」を説明しなおしているのかな、違うのかな。「もろともに」で歌の世界に引っ張られ、「いで」で調子がぐっと上がるつくりがなんかさすがだなと思いました。
>>[9]

「その顔は嘘をつかない。」でも口で嘘を言うからあなたが怖い

りりる♪さんとのコメントを読んでなるほどと思い直した歌でした。ゆっくり読まないと、どっちが嘘なんだっけ、、とこんがらがりますね。何回か読んでも、どちらかに嘘があるんだ、とこんがらがったまま、妙に後ろ暗い気持ちになります。「あなた」はきっと私でもあって、嘘というものに助けられつつ、真実を見たいという人間の本性みたいなものに迫ろうとしているのかなと受け取りました。
>>[10]

ヤフオクに千手観音菩薩像落札すそのお顔に惚れて

「千手観音菩薩落札」ってインパクトありますね。
漢字の連ね方や「に」の使い方、「お顔」と言ったところがテクニカルだとおもいました。「お顔」がいいな。「惚れて」もいいな。「ヤフオク」の博打感が出ている味のある文体が内容と合っていておもしろいです。
>>[11]

「線の数本」はメイクのことかなと思いました。「あなた」とは鏡の向こうの自分のこと。わらえない、つらさやしんどさを抱えた状況でメイクをしているのでしょう。アイライン、リップライン、鼻筋など、メイク時の「線」はいくつか思いつきます。それを「力なき線の幾本」としたのがすごい。味気ない、疲れた心をよく表していると思います。「せめてわらって」も分かる。的確な呟きだと思います。「顔の無い」という思い切った言い方も迫力ありますが、意味を考えるときに混乱するかもしれないと感じました。
>>[37]
感想有難うございます。嬉しいです。
ニッコリ=優しいと捉えて詠んだのですが、自分でしかわからない表現だったときづきました。顔の表情っていくら豊かな方でも、心の中での呟きとは異なっている事もありますよね。仕事とかではなく家族や友人とはきっちりと伝えたいものです。
>>[40]
講評ありがとうございます。

> ゆっくり読まないと、どっちが嘘なんだっけ、、とこんがらがりますね。
ほんとはその「あれ?どゆこと?」効果も期待していたのですが、インパクトが弱い言葉並びになってしまったのが失敗の一つのように思います。

もっと、こんがらがらせるというか、こんりがらりがりらという感じの工夫ができたら良かったと思います。解説が必要だった辺り、力不足でした。

> 嘘というものに助けられつつ、真実を見たいという人間の本性…
この表現には脱帽です。時に、嘘は真実のヒントになりますが、”嘘に助けられつつ真実が見える”という発想はなかったです。納得です。
あることが、嘘かどうかを見抜くことも大事ですが、嘘と真実の繋がりを見ることで、より明確に真実が見えてくることもありますものね。
>>[13]

この「顔」は自分のことかなと読みました。自分や人が、「諦め」ほか、いろんな顔を持っているということ。今わたしは「諦め」の顔をしているなと思う。この顔のことをきらいにはなれない、捨てることはできないなと「諦め」ている。
自分というものはここからここまでとはっきり輪郭があるわけではなく、自分自身にも扱いきれない、いろいろな顔をもっている、という捉え方がおもしろく、どきりとしました。自分に対して醒めているから、自分の今の顔を理解し、名付け、受け入れることができているのでしょう。どこか自分の本性のどこかにあるエゴイズムを愛憎めいた気持ちで抱えるところもあり、でも腐れ縁として付き合い受け入れていくような前向きな感覚もある。あとからじわっと視点のおもしろさや味わいが深くなっていく歌だと思います。
>>[15]

「こんな店来ることないか?」ママさんとデュエットをした父のドヤ顔

わー、なんかこういうシチュエーション知っているぞ。こういうこという人いますね。それが自分の父か、、という「ドヤ顔」の体言止め。ドラマを立ち上げ、雰囲気をよく立ち上げていると思います。
>>[16]

泣き顔のまま人ごみを歩いてるとても哀れな自分大好き

「自分大好き」がとても効いていると思いました。意外な結句でした。「哀れな自分」ってたしかに好きです。哀れだけど頑張るわたし。ふだん見せてはならないとストップをかけている「泣き顔」という特別な個人的な顔を、もう人に見られてもいいやと解放する気持ち良さもあるでしょう。
「泣き顔」は「泣きながら」と動的にしてもいいかなと思いましたが、「顔」のお題が守れなくなりますね。
>>[19]

川柳っぽい、皮肉の歌と読みました。「顔」はかろうじてあるのに「面」がない。あらためてすこし調べてみたら、「面」のほうが「顔」よりもやや情や雰囲気、思いを表す意味をもっているのですね。
「あぁ」といいう歎きやリズムの良さによって、読んでぱっと共感、反応してしまいます。
顔と面のあいだに「体」という字の入っているのもテクニカルだなと思いました。
>>[21]

まなうらに崩れた橋をみいだせば蕾のままの朝顔も散る

象徴的な歌で、読めるか、読みきれるか、象徴的な歌というのは緊張感を運んでくるのですね。
蕾のままなのに散ってしまう朝顔はどこか不穏で、生まれなかった思いや伝わらなかった言葉を想起しました。
まなうらで見た「崩れた橋」は、自分のなかで決定的になった〈向こうへ行けない、伝わらない〉という思いや状況か。このことが、咲くことなく散った朝顔の現象に通じてもいる。絶望的な状況なのかもしれないけれど、「みいだせば」「も」といった、前進するような言葉やつながりを示す言葉によってどこか救いも感じます。絶望的なできごとがあったけれど、そのことによって深い救済を得てもいる。。といった、矛盾や宗教的、精神的ななにかをさししめしている歌と感じました。「まなうら」が体感的で、蕾のままの朝顔と美しく響き合っていると思います。
>>[23]

陽春の六畳の間の座ぶとんに父母が顔をほころばせて居り


そのまま素直に読んでよい歌だと思います。「陽春」は陰暦で正月の異称でもあるそう。家族の集まる季節、満ち足りた季節のなか、六畳の間のここにもやわらかく人が関わり合い、ゆったりとした時間が流れている情景。
座ぶとんが「ほころばせて居り」という言葉を引っ張って来ており、「六畳の間の」という場所の示し方もいいと思います。「ちちははが」「ほころばせており」という、気持ちがほころび広がりゆくような音を「陽春」という硬めの言葉で占めているところに、雰囲気がありました。
>>とみいえひろこさん

お疲れさまでした。
すべての投稿歌にすばらしい歌評を書いていただき、その丁寧なお心がとても嬉しかったです。

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