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鎌倉学園コミュの岩坂スクール

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 岩坂先生の訃報に、多くの方々が心をいためておられると思います。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=9879358&comm_id=45469
長年教育現場で独特な理念をもって(笑)、とくに芸術を志す人には多大な影響を及ぼされたのだと思います。
ひとりの作家としての画業という点とあわせて、こうした人への影響や、同じ時間を過ごすことで育んだ人や場も、先生の存在そのもの、お仕事の総和を語る上で見過ごすことはできません。

鎌倉学園や、その周辺で、もろに岩坂パワーの直撃を受けてそのまま美大にいっちゃった人や、あるいは芸術、芸能関係に行ってしまった人、他。
具体的にどんな方々がいらっしゃいますか?
わたしのデータベースは、とても狭くある時期に特化した情報しかありません(1983年〜1987年の、渋谷美術研究所)。

先生と直に出会うことで、大いに人生が変わった人々、その後もその影響を色濃く残しながら、あるいは踏み越えて創作してる方々の情報ありましたらぜひ、具体的にお知らせください。

ここに鎌学、渋谷美術、それ以外の垣根を走破した、バーチャルな「岩坂スクール」の同窓会を発足したいと思います。

どうぞよろしくお願いします!

コメント(8)

一番乗り♪
1990年入学、1995年卒業です。
6年間美術部でお世話になりました。
美術部では絵を描いた記憶が殆どないのですが、
直撃岩坂流の最後の学年だと思っています。

よく大陸でラーメン奢ってもらって。
酒飲まされて。
サシで飲みに行ったことも結構ありました。
もう、時効でしょ?学生時代の話です。

岩坂先生の影響をモロに受け、
結局美大受験まで行き着いてしまいました。

本当によくしてもらって、学園祭の門、パンフ、ポスター、
大して上手くもなかった僕に何から何まで任せてくれて、
中3からずっと自分中心に好き勝手やらせてもらいました。

いい作品には褒めてくれて。
「どうしてこうしようと思ったんだ!?
 すごいじゃないか!?」って。
持ち上げられたというべきか、結局藝大まで行って
教員にまでなってしまいました。
岩坂流は、今の教育現場には持ち込めない(笑)けど
先生は僕の理想像であり反面教師です(笑)


タバコと絵具のニオイのあの部屋でいつもひとり♪
僕の好きな先生〜僕の好きなおじさ〜ん♪


いつも賞味期限をかなり過ぎたお菓子や謎の食べ物を
「食え」と勧めてきて断らせなかった先生。

床屋に行った次の日、「あの床屋は下手くそだ」と
ぶつぶつ文句を言いながら
ホコリ被った鏡の前でハサミで髪を切っていた先生。

駅前で酔っ払って「俺はロリコンだ−!」と叫んだ先生。

「昨日はセミとセックスした。こないだカマキリとした時は
カマで殺されかけた」と言っていた先生。

「おちんちんからケムが出た」と言っていた先生。

5時間目になると手が震えていた先生。

じゃりんこチエは最高の名作、そして俺はテツ、と言っていた先生。

授業の始めには「今日一日の自分の計画をしっかりと立てる」
と、黙想させた先生。
そのあと「ちんちんは立てるな」と付け加えた先生。

筆ペンを中国酒に浸けて絵を描いてくれた先生。

「入れ歯入れたらモテるで〜」と3本の歯を光らせていた先生。

朝起きると、うがいだと行って麦茶ハイを飲んだ先生、
寝る時も歯磨きだと言って麦茶ハイを飲んでましたよね。

飲み屋のママに「ママ、接吻しよう!
だめならセックスしよう!」と言っていた先生。

口説き文句は「私の初恋の人そっくりだ。
今度是非ひなびた温泉に行きましょう。」だった先生。


思い出せば先生の笑顔ばかりが浮かんできます。
やさしい、不思議な魅力の先生でした。
先生にはいろいろな作品展に作品を出させて頂いろいろな賞を取らせていただきました。
美術部員でもないのによくして頂感謝しております
いろいろな思い出をありがとうございました!
エルビさん、お待ちしてました!
エアロスター さん、はじめまして!

 発表活動や、何事やおっぱじめるときの告知などもよろしくお願いいたします!
3番のり♪(長文です、失礼いたします!)

 わたしの日記で、じらっと魅力的な視線を向ける47歳の岩坂義樹先生。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=215913613&owner_id=64544
まさにいま、わたしが同じ年齢を生きています。
この写真のネガを探し出してデジタル化したり、トリミングしてディテールを確認しながら涙が出てきました。
猛烈なやる気と同時に空しさが絡み合って、ぐっと熱いものがこみ上げたんです。

1982年から1997年まで、男子校の鎌倉学園への入学は断られ(笑)、東京の明大前にあった渋谷美術研究所に通いました。
ムサビの油をでたばかり。日々、昼過ぎから深夜まで制作の日々です。ありがたかったのは、わたしにとってのホームポジションである油彩や彫刻に加えて、ある時期陶芸を集中的にやったり(窯つくりから、粘土の買いつけ釉薬の製造まで)、描くことといった直球ばかりでなく、質のよいおおいなる迂回路を旅したことです。
さまざまな芸術の流れを研究生主催でゼミ形式の勉強会を併設。
また生きた見本ともいえる作家や先輩がたをたずねる(しばし襲撃に近い)などして、その貴重な人脈をおしむことなく、わたしたち若い研究生にも共有させていただいたことです。

また、大学では、偶然なんだけど岩坂先生の先生であった麻生三郎、森芳雄といった人々が、定年まじかの最後の担任として強烈に立ちはだかりました。
そんな経緯があって、卒業してちょうど自分と一回りとすこし(笑)違う生き生きした先輩であり、先生に出会えたことに直感的に「これはいいところに転がり込んだ。」と思ったものです。
こうして大学時代の専門+渋谷美術での7年をへて、ひょんなことで今で言うインターネットプロバイダかな?;商用パソコン通信運営会社に入社。
ここでまたチャンスに恵まれて、それまでの道具にプラスして、デジタルなペイントツールや、時空をものともしないネット環境のシャワーをじゃぶじゃぶ浴びます。

デジタル作品データは、オリジナルもコピーも寸分違わない。世の中は、デジタルコピーの氾濫に恐々となってる中で、それを逆手にとって自分の作品をもうひとりの作家にメールで送り、一旦彼にゆだね、モディファイ(描き変えて)された作品を返してもらう。そしてそれをまた作家に送り返て、、、。

こんな創造の遊びを『連画』(http://renga.com/archives/strings/note94/index_j.htm)と命名して活動。
以来10数年、それまでの純粋絵画領域と足しこんでこの道も四半世紀を超えました。(詳しくは、わたしのプロフィールなど http://renga.com/rieko/rieko.htm)。
もし、伝統に根ざし積み上げてゆく”道”であればとっくに免許皆伝くらいもらっちゃう年数だけは、過ぎてしまいました。
しかし、わたしたちの”道”は、いろいろなもの、人、事を攪拌する、場合にとっては叩き割って定まり固まってしまう自分や世界に挑みます。

そんな時々、想定したストーリーには決して落ちていかない‘野性‘みたいなものから目を逸らすな!と全身で教えてくれた渋谷美術のこと、岩坂先生のことが、確実にわたしの血肉なっていると感じることがよくあります。
岩坂先生の独特な人柄、猛烈な芸術的爆発!、しかし熱いだけではない。非常に理知的で冷静であったそんなひとりの人間の中に同居した温度差が画業や人柄に流れ込んでいたように思います。

当時、タブロー制作の傍らでまわり人を描いた「貌(かんばせ)1986」がありますが、今年は、ちょうど20年ぶりにこれをアナログとデジタルが錯綜する環境で「面(つら)盗り物語」とコードネームをつけて制作をはじめました(http://renga.com/rieko/kan2004/index.htm)。

作家にとっての日常や、制作すること、作品のことなどなど、手触りやにおいがある;物として在るキャンバスや絵の具と、へたをすれば一瞬にして揮発してまうデジタル作品データ、されど蒔こうと思えば孫悟空の分身術がごとき一瞬にして作品のオーラを失うことなく影響を及ぼすこともできる。こんなメディアの狭間で戸惑い翻弄されながらもなんとかめちゃくちゃな日々をやってます。
随分時間のたった、4番のり?です。
今日、初めてここの存在を知ったものですかからあせあせ(飛び散る汗)

美術部在籍中は色々な事を教えて頂きました。
一杯あって書ききれませんが。
弟子の一人だと勝手に思っています。

卒業してからはそんなに会ってなかったと思いますが、
鎌倉在住の人に話だけは聞いていました。

>中村理恵子さん
自分も渋谷美術研究所でお世話になりました。
その頃は受験生も受け入れてくれたのですね。
もっとも夏期講習とかでしたが高校時代3年間通いました。
横浜からですが^^;

1983年〜からだと被ってませんね。。
でも年は同年代みたいですかね?
清水さんとかお元気なのでしょうか?

写真すてきです。
まさにパワフル岩坂師!って感じです。
岩坂先生の事が語り継がれるといいですね。
そして、いつか回顧展みたいなのができるといいですね。
鎌倉学園に新任で来られた岩坂先生にとって、我らは1回生だったので随分かわいがっていただいた。
『ポスター○○応募しといたら入選したから』『お前、美術部に入部しといたから』『お前、美大受けろ』『大学入学したら、研究所に来い』無気力な僕はすべて拒否。

成人してから街でお会いしても『東京に来い』
酒に酔っていても『東京に来い』『ウナギ食べに行こう』

我が人生、目をかけてくれた唯一の先生だった。
お亡くなりになていると聞いて非常に残念です。

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