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瞑想.ヨガ.精神世界『宇宙学校』コミュの■「バガヴァッドギータ」…根本創造主さんからのアドバイス

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コミュ内全体

わたしが目指しているのは、根本創造主さんで、
現象世界においても真の「神の子」として、高次元世界にいるときと同じように活動できたらいいなぁ、と思い始めています。
 
今日は、根本創造主さんからのアドバイス「神の詩(バガヴァッドギータ)」の内容の最初の部分を、「超越瞑想と悟り」の解説を通して、その要点に触れてみたいと思います。

内容はものすごく有益ですが、わたしが2度も中断した本ですから、理解するのに努力が必要かも。

 
第1章

【1】…数字は「詩節」の番号です。

●「ダルマ(法則)」とは、存在するものを支える自然界の無敵の力です。
 ◆進化を維持し、宇宙生命の基盤そのものを形づくるもの。
 ◆世俗的な繁栄と精神的な自由をともに促すもの。

進化のプロセスは、2つの対立する力の影響の下に進行していきます。
「創造的な力」と「破壊的な力」が互いに協力して働くことで、生命を維持し、進化の車輪を回していきます。
「ダルマ」は、これらの力をの均衡を保ちます。

生命に「善」が増大し、肯定的な力が通常の均衡状態を越えようとすると、ダルマの力によって均衡状態が回復し、その結果、「情の心(感情)」には幸福感が、「理性の心(理知)」には満足が与えられます。

生命に「悪」が増大し、否定的な力が優勢になると、ダルマの力が均衡を回復させ、痛みや苦しみといった感覚が生み出されます。

クルクシェートラの戦場におけるカウラヴァ一族とパーンダヴァ一族の両軍は、ダルマの領域における否定的な力と肯定的な力を表しています。「ダルマの地」には、このような意味があるのです。

【14】
「戦車」は肉体(生命の乗り物)のことを指しています。戦車(肉体)は馬(5感)につながれています。
「白馬につながれた」の「白」は「サットヴァ」すなわち「純粋性」の象徴です。
「真我」に導かれる時、肉体はサットヴァの影響下で機能します。
「尊主クリシュナ」は「真我」を象徴していますから、この戦車は純粋性を守るために存在し、正義を助けるために働きます。
    ↑
※チベット密教瞑想経典が思い浮かぶような解説ですね。各如来さんの各持ち物、色、数、すべてに秘められた意味があります。変身できるようになれば、憶えてなくても大丈夫ですが…(-_-;)
https://www.youtube.com/watch?v=nTB_WyKv27U

【28】
尊主クリシュナの言葉はすべて、生命の叡智と生きる技術を読者に与えるように書かれています。

「バガヴァッドギータ」は、苦しみの問題を完全に解決しようとします。
苦しみの原因を究極までつきつめて、それを取り除く方法を提供しようというのです。
生命における苦しみの種は、「情の心(感情)」と「理性の心」との間の質的な違いの中にもともと存在している「二元性」にあります。


第2章

【1】
それは、ある意識状態に達しない限り、とうてい解決できるものではありません。
つまり、すべての行動が進化の目的を支持して正しくなり、人を殺すということさえも、愛の中で可能になるほどの意識状態に達することが、どうしても必要なのです。

【2】
問題は、問題のあるレベルでは解決できません。
心の本質は普遍的であり、無限のエネルギーと知性の源です。

自分自身の自己についての無知が、生命のあらゆる問題や苦しみや欠点の根本原因です。
生命のすべての問題を根本的に取り除くためには、ただ「無知」から抜け出て「真理」に至りさえすればいいのです。

無常の本質をもつ「形ある現象の世界」と、超越的で絶対不変の「実在」とは、、実は、ともに完全に満ち足りています。
「現在」という「瞬間」を見ても、やはり2つの「完全に満ち足りた状態」から成り立っています。
(※バシャールの「すべては、今、ここにある」)
https://www.youtube.com/watch?v=X7SobonwQ1k

【3】
「無知」は全く実体のない単なる幻影であって、簡単に振り落とすことができるものです。
アルジュナの本来の姿は、
★「絶対性」においては無限で永遠の「実在」であり、
★「相対性」、すなわち人間の姿としては「敵を焼き尽くす者」なのです。

【11】〜【38】
「サーンキャの叡智」
\弧燭量任班毀任領礁未砲弔い討陵解。
▲瀬襯泙砲弔い討陵解。
自分と他人の関係についての理解。
す堝阿鳩覯未砲弔い討陵解。
ス坩拏圓遼楴舛蓮行動に巻き込まれることがなく、損得に揺るがない心の平静を生み出すものであるという理解。

【39】
ヨーガとは「合一」の道であり、「実在」の本質を経験する直接的な方法のことです。

もし、実践を望むのであれば、
◆先ず「サーンキャ」の叡智によって心を純粋な「理知」の状態にまで高め、
◆次に、「ヨーガ」によってそれを「真我」に確立しなさい。
※「サーンキャ」と「ヨーガ」は、互いに補い合うものとして示されています。

【40】
ヨーガの実践を通して、個別の心は宇宙知性の状態、すなわち進化の頂点である「普遍的な存在」の限界のない状態を獲得するに至ります。

「悟り」とは、外からやってくるものではありません。
それは「真我」の中で、「真我」によって、「真我」が明らかになることなのです。

その過程がひとたび始まれば、心が至福で満たされるために努力は必要なく、自然の流れとしてゴールに到達するまで止まることはありません。
「実在」の直接経験によって、不確実なことがことごとく消え去り、生命の安定性が得られるからです。

【45】
「3つのグナを離れよ」が意味するところは、純粋意識の状態に到達するための秘訣を明かしています。
◆注意を「粗雑な経験の次元(現象界次元)」から「精妙な次元(上位アストラル次元)」を経て、
◆「最も精妙な次元(最上位コーザル界)」へと導いていく。
◆そしてその「最も精妙な次元」をも超越すれば、生命の相対領域から、すなわち「3つのグナ」から完全に開放されることになります。
(※「真我独尊」状態…3種のグナが遥か遠くで光っているのが視えます)

【48】
「ヨーガに立脚して」とは、「宇宙意識」に立脚してという意味です。
(※「正統ヨーガ」のことです。現在、日本の巷で流行している「ホットヨガ」等は、その前段階の部分を活用しているものです)

「ヨーガ」は、
‥合された生命の基盤であり、
内面における創造的な静寂と外側における生命活動とを調和させる手段であり、
成功へと結びつく行動を正しく行う方法です。

意識を「実在」の場に導くことは、実際には極めて簡単なことです。
客体経験の「粗雑な領域(現象界)」から、思考過程の精妙な領域を経て、実存の究極的で超越的な「実在」へと、心が自発的に動いていくのを許してあげればよいのです。

【49】
「理知を拠り所とせよ」とは、
◆先ず最初に、意識を内側に向けて「3種のグナを離れ」、
◆それからヨーガの状態、「真我」に立脚して行動せよ、ということです。

「理知」は行動の源であり原因を生起させます。
心を内側に向かせて安定させて、本来のピュアな「理知」の状態にすることが「神聖な意識」と「行動」のためには不可欠です。

【50】
「ヨーガの効果」は、神聖な意識における永遠の自由という本来の状態にまで人を高めるものです。
その状態になれば、人は善悪どちらの行動の影響にも動かされず、その状態に永遠に留まっていることができるようになります。
このとき、行動の成果を楽しみながら、同時に永遠の自由もまた楽しむということが、行為者にとって当然のこととなりますし、行動の成果が将来の行動の種が形成されるほどの深い印象を心に刻まなくなります。

「心に刻まれた印象」が、行動へと成長していく欲求の種となります。
「印象」⇒「欲求」⇒「行動」⇒「印象」⇒…
というサイクルが続き、「因果のサイクル」や「生死のサイクル」や「カルマの束縛」に束縛されることになるわけです。

【51】
尊主クリシュナは、人間の進化の最高状態に至るための体系的で直接的な方法をプロセスとして与えています。
◆先ず、「行動の領域(3種のグナ)」から完全に離れなさい。
◆そのあと、全力で行動しなさい。
◆さらに、「真我意識」に立脚して行動しなさい。(カルマヨーガ)

「サマディ(三昧)」によって行動の領域を離れて「超越領域」に入り、再び行動に戻って来る、というステップは、自分がいるところ(在家でも)で最高の進化に達することができます。

「個別の意識」が宇宙的実在の地位を獲得する時、永遠に自由になり、時間・空間・因果のどんな面にも束縛されません。

【53】
真のヨーガの状態は、「理知」と「情の心(感情)」の両方を満足させる状態です。
聖典の知識は、「実在」を直接経験するようになって初めて、意味のあるものになります。

【55】
「安定した理知」には2種類ある。
◆「サマディ(サビカルパ・サマディー)」すなわち「超越意識」の状態なおける「安定した理知」。
◆「ニティヤ・サマディ(ニルビカルパ・サマディ)」すなわち「宇宙意識」の状態における「安定した理知」。
https://ameblo.jp/uchugakko/entry-10832009945.html

「宇宙意識」とは、目覚め、夢、眠りの意識があるときでさえも、それらといっしょに「真我」意識が自然に維持され、すなわち「実在」がどんな経験によっても覆い隠されなくなった状態。
(※「我執球(自我意識)」と「心素」とが完全に静止している状態なため、「経験情報」に「行(カルマの原因エネルギー)」が形成されない)

【56】
至福意識の状態を得た心は、心の本質に根差した満足感を得ているので、喜びや苦しみの中にあっても動揺することがありません。
(※自力による場合ではありませんが、単車乗って走っていて、後ろから来た乗用車に跳ね飛ばされて地面に着地したとき、ヘラカン・ババジさんとアンマさんからの至福の光とエネルギーに包まれて視界が真っ白に輝き、痛みも不安も消え、ただただありがたくて気持ちが良くて至福状態、という状態にしていただいたことがあります)

◆「理性の心」の中に「悲しみ」が生じるのは、理解が足りない(無知)ためです。
 生命の全範囲を見ることができなければ、そのとき人は悲しみを感じます。
 生命の、永遠不変の面と、変化し続ける面との両面を理解している人は、悲しみは一時的で、圧倒されることはありません。

◆「情の心」における悲しみの感情は、成就や愛や幸福の欠如のために生じてきます。

【57】
宇宙意識の神聖な知性と至福の一元制の中に確立されている人は、自然に心の平静が維持されるようになります。
(安定した理知の状態を得るためには、超然とした無執着の態度を保つように努めるべきだ、という態度では、精神に緊張が生じ、理知は安定しません。)
 
喜びや悲しみ、人間の大きな冒険心や野心に満ちたこの世界も、子供たちが遊び楽しむ人形やおもちゃの世界のようなものです。

神聖な知性と至福が確立した人は、愛と幸福の限りない海のようです。
その愛や幸福は、あらゆる人々のために等しく流れ、満ち溢れます。
ですから、そのような人は「何ものにも過度の愛着を抱かない」のです

【59】
「五感」を完全に制御しなければ「真理」を悟ることはできない、と考えるのは間違っています。
「安定した理知」が五感の主人として振舞うようになったとき、五感が完全に制御され、人間の進化の最高の状態が達成されるのです。

【60】〜【61】
「五感」は、心が創造世界の多様性の栄光を楽しめるようにする道具です。心が「絶対の至福」の中に永遠に満足するようになるまで働き続けます。
注意(意識)が「超越」へと導かれると、五感はその活動を停止して、自動的に制御されます。
このような状態で、「統一に座して「私」を「至高なるもの」と見よ」と尊主は言っているのです。

【63】
(※近年、「思考を捨てなさい」という旨の主張が流行しているようです。
でも、根本創造主さんは「理知を純にして安定した理知にしなさい」とおっしゃっています。)

「理知」は人の主観的本質の最も精妙な面です。
理知が損なわれない限り、生命の進歩と成就という大きな希望があります。
理知の崩壊は、人を破滅させる結果に導きます。
(※「思考」している「対象(雑念)」が現実化を妨げているのですから、
「思考」の対象や方向を、「雑念」から「最高のもの」や「心が真にワクワクするもの」に向ければいいだけのことですよね)

【66】
「至福」はあらゆるところに存在する永遠のものであり、
 「幸福」とは、遍在する「至福」が心に映し出されて表れたものです。

絶対の「至福」は、常にそこにあるのですから、幸福の経験は心がどれだけ安定性を得ているのか、ということにかかっています。
もし、心がより静かに落ち着き、より安らかになれば、いっそう多くの幸福を経験するようになるでしょう。

【67】〜【68】
「心」の本質は楽しむことにあります。
「五感」は心が楽しむことができるように創られた仕組みであり、忠実な召使のように、心に仕えようと待ち構えています。

「五感」は様々なレベルで機能しています。
◆粗雑なレベルでは、心に対象の外面を楽しませます。
◆精妙なレベルでは、対象のより精妙な面を経験させてくれます。精妙なレベルでの経験から生じる喜びは、粗雑な状態の喜びよりも大きなものです。
◆瞑想中、想念の最も精妙なレベルの美しさと喜びは、相対世界における最大の喜びを与えてくれます。

◆心を、相対世界の最大の喜びを超えた状態まで持っていくと、絶対の至福に到達します。この絶対の至福に自らを確立することができれば、「超越界(実相)」に「安定した理知」を得ることになります。

【69】〜【71】
「賢者」とは、落ち着いて何でも見通す分別と叡智を持った人です。
☆悟りを得た人は「真我」の光の中に目覚めており、
★無知な人は五感の光の中で目覚めています。
☆悟りを得た人は絶対的な至福の光の中に目覚めていますが、
★無知な人ははかない相対的な喜びの光の中で目覚めています。
☆安定した理知の人が生きている光は、無知の人には知覚されず、
★無知な人が生きている光は、悟りを得た人にとっては暗闇に等しい、
ということである。

「欲求」は、何かが足りないことから、幸福感が不足していることから生じてきます。それは、心がより大きな幸福の場をいつも探し求めているからです。

人をより大きな幸福や成就へと導いてくれるのは、欲求にほかなりません。

長い間、多くの人が説いてきたように、欲求を制御したり、押し殺したり、どんな欲求も抱かなくなることによって、至福に導かれるわけではありません。
世間の物事に執着している間は得られませんよ、と言っているのです。
欲求は常に、永遠の至福意識を目指して川が海に向かって流れるように流れているのです。

悟りを得た人の「真我」を自覚した意識は、大海のようである。
どんな欲求の流れをも受入れ、それを満足させますが、それによって影響されることはありません。

∞⇔∞⇔∞⇔∞∞⇔∞⇔∞⇔∞⇔∞⇔∞⇔∞⇔∞
(※ここまでが「第2章」までの要点です)

いかがですか?
バシャールさんが仰っていることが、とても立体的に理解できますよね。
そして、その先の道までも、示されていますよね。
\(≡⌒ ∇ ⌒≡)/ ニパッ♪

さて、
【第3章】から「カルマヨーガ(実践のヨーガ)」に入ります。

今までは、「超越意識」⇒「宇宙意識」までの話でした。

ここから、「宇宙意識」の詳細と、「神意識」のさわりに入るようです。

【第4章】からが、いよいよ「神意識」の完成になるようですね。
(実は、まだ第6章の結論部分しか見ていません)あせあせ


読み終わったら、機会を見て、また要点をアップさせていただきますね。

いつもありがとうございます。
    みんなが神の子:神の子クリシュナ
 

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