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いるかコミュコミュのリレー小説「サーカス」第三回 りょ。

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エピソード3 ぎんなん


「ぶぐお。ぶぐお。ぶぐお。オウッオウッオウッ」
 部屋の外で、音がきこえる。
 ぼくは布団にくるまって、玄関の戸を、じぃっと見ている。
「ぶぐお。ぶぐお。ぶぐお。オウッオッ、あ、オウッ」
 もう20分もつづいてる。なんなんだ、この音は。なにか特殊な目的のために作られた道具の稼働音のような気もするし、ぼくの知らない大型哺乳類の雄叫び、それも交尾中の嬌声のような気もする。たまに、ぴちゃぴちゃぴちゃ、と液体を連想させるエフェクトも入る。骨張った生身の人間が、巨大な顎で咀嚼されているとか。とにかく、そんな衝撃的な音が、ぼくの部屋の目の前から、もう20分もきこえていた。
 怖い。ものすごく怖い。そしてキモイ。
 ぼくは布団にくるまったまま、玄関で膝をかかえていた。UMAか? 宇宙人か? ネコ型未来ロボットか? 何でもいいが、何故ぼくの部屋の前なのだ。何故ホワイトハウスとか国会議事堂とか空気の読めない小学生の机の引き出しとかじゃなくて、東京都調布市の木造アパートの玄関にやってくるのだ。
 しかもまだ午前6時だ。
 あ。それとも新手のいやがらせか? だとしたらよっぽど暇なヤツか、こころからぼくを嫌っている人間の仕業に違いない。
「あいつムカツクからさ、玄関の前で奇妙な音をたててやろうぜ、朝の六時に」
「やろうやろう。とてもムカツクしね」
「じゃ決定だ。ムカツクけど。よーし、おまえチュパカブラ飼ってたよな?」
 なんて秘密会議があったに違いない、ムカツク。
 そうやってぼくはしばらく玄関をにらみながら布団カバーを噛みしめて悔し涙をこらえていたのだけれど、よく考えればぼくには険悪になるほどお互いを尊重し合っている身近な友人なんていないことに気がついた。携帯電話のメモリーを増やすために警察やら時報やら引越センターやらの番号を登録しているくらい交際範囲が狭い。というか、友達がいない。
 ならば、この音はいったいなんなのだ。
 こうなったらいさぎよく玄関を開け、正体を見極め、警察に通報してやる。と、ぼくは携帯電話の短縮ダイヤル1番を押し、
「ピーポーくん  番号 110」
 と映った液晶画面を眺め国家権力を背景にちっぽけな自分の勇気を鼓舞した。布団を投げ捨て、震える両手を握りしめて立ちあがる。念のために原付自動二輪車用のヘルメットをかぶり、本来であれば木刀か金属バットを構えたいところだがあいにく持ち合わせがないためカラフルなプラスティック製の長い靴べらを二本、両手に持った。慎重に、扉までの二歩を踏み出す。心臓が巨大なスピーカーにでもなったみたいだ。鼓動が体の中心から大音量で響き、肌が波打っているようだった。どこからでもかかってこい、と言おうとして「どどどから」といきなり噛んだ。それでもへこたれず、阿吽像のようにカッと俗物をにらみつける表情を作り、両手の靴べらを刀に見立てぼくは構える。とつぜん「オイ!」という男の大声が聞こえたのは、靴べらで二刀流宮本武蔵の構えをバッチリ決めたその時だ。失禁しそうになった。 
「おい、まだ泣いてんのかよ」
「ぶぐお、ぶぐお」
「ぎんなん、居たの?」
「オウッオウッ」
「え? もしかしてベル鳴らさずに、ずっとここで泣いてたわけ?」
「ぶおん、ぶおん」
「おいおい、呼びに行くって言ってから何分たったと思ってんだよ。オレ達ずっと車で待ってたんだぜ? は? なに? 泣いてちゃ何言ってっか分かんねぇよ、チュパカブラかよオマエ、あーもー、うぜぇ」
「ぐぉめん、ぐぉめん、ウッウッ」
 この衝撃的な音が、人の泣き声だったということ自体があまりに衝撃的だった。斬新だった。と、いきなりドアノブがさがった。
「鍵かかってねぇじゃん」
 扉が勢いよく開かれる。阿修羅のごとく眉をつりあげて口を開け、ヘルメットを被ったまま靴べらを構えていたぼくと、男は目があった。彼は一瞬ぎょっとした表情でこちらを眺め、しばらく黙った後で、
「まぁ、いろいろあるよね、生き方とか」
 と軽くまとめた。
「はい」
 とぼくは頷いて、靴べらを握ったまま「どちらさまですか」と尋ねた。
「ま、覚えてないよね。隆夫だよ、山田隆夫。幼稚園一緒だったじゃん。この壮絶な泣き方をしてるのが、みく。みくは覚えてるだろ? このなき声。昔からこんなチュパカブラみたいな泣き方してたじゃん? 幼稚園児がきいたらその後一生こころに傷をかかえて生きてくの確定だもんな。みくと同じクラスの園児は全員PTSDだってさ。ひでぇ話だよ。夢に出てこない? オレなんてトラウマになっちゃって、射精したあとの食欲とかすごいもん」
「ぜんぜん思い出せないし、それはトラウマじゃないと思う」
 ぼくが構えを崩さないまま答えると、
「とりあえず、3分以内に外出る準備して」
 と言って男は廊下に唾を吐いた。ぼくが返事に困っているとバタンと音をたてて彼は扉を閉め「おい、ぎんなん! すぐ出てこなかったら、もう一回ここでみくに泣かせるからな」と大声で怒鳴った。
 なにがなんだか、ぜんぜんわからない。
 ただ彼が叫んだのはぼくの幼年期のニックネームで、それを知っている人間は数限られている。あの斬新な泣き声なんかききたくないし、ニックネームをしっている彼も不吉だし、ぼくはしかたなく外出の用意をはじめたのだが、そもそもなんで彼は命令口調なのだ唐突にやってきたくせして、同級生のくせして、と怒りがふつふつと腹のなかに沸きたってきて、とうとう押さえきれなくなると着替えも途中のまま玄関にもどりおもむろに扉を開け「それはトラウマじゃないと思う!」と大声で怒鳴ってやった。スカッとした。
 黄色いTシャツに紺のジャージを履いて外に出ると、アパートの前に白いステーションワゴンが停車してあった。スバルのレオーネだ。助手席に別の男が座っていた。隆夫に指示されるままぼくは後部座席に乗り込み、みくがその隣に坐った。運転席の隆夫はぼくを振り返って「こいつは衛、覚えてる?」と助手席の男を顎でさした。衛と呼ばれた男が振りむく。
「衛は覚えてるよな、ぎんなん」
「うん、おぼえてるよ。ひさしぶり、ぎんなん」
「冗談みたいな名前してるのに、冗談がまったく分からないんだよ、コイツ」
 隆夫はそう言ってレオーネのエンジンをかけた。
「トラウマなわけねぇじゃん、馬鹿じゃねぇの」
 とバックミラー越しにぼくを見て苦笑しながら。「あぁ、さっき自制できない感じで『トラウマなんたら』っていう叫び声が聞こえたの、あれ、ぎんなんだったんだ、あはは、あは」と衛も笑った。ぼくは両耳が落っこちそうなくらい恥ずかしくなった。
「マモルさん、ですか? とにかく、なんなんですか急に連れ出したりして」
 話題を変えたい一心で衛に尋ねた。しかも照れていると思われたくなかったのでちょっとぶっきらぼうに、怒り口調で、ぼくは不愉快になっていますよ、と伝える感じで。
「幼稚園の中村先生って覚えてる?」
「あぁ、それならぼくの担任でしたけど」
「だから、オレらの担任だったんだよ」
 隆夫が声を荒げる。やれやれ、といった感じで衛はため息をついた。「ぎんなんって空気読めないね」と小声で衛が言い「しかも小学生レベルだ」と隆夫が相づちを打ち「しかも黄色いTシャツ」と突然みくが隣で呟いた。
「とりあえず、はい、わかりました。同窓生なんですね、ぼくら。で、それがなんで一緒の車に乗るんですか」
「中村先生を運ばなきゃいけなくてさ」
「運ぶ?」
「うん、亡くなったんだよ。で僕ら4人に、体をこの地図の場所まで運んで欲しいんだって、そういう遺言だったの」
 衛はそう言うと地図のコピーを見せた。紙面の中央に矢印があり、朱字で「here !!」と割とライトな感じの書体で書かれていた。「これ、先生が亡くなる間際に書いたんだって」と沈痛な表情で話す。車内は沈黙した。
 冗談に決まっている。ぼくが空気を読めない冗談を理解できない人間だと思って、彼らは言いたい放題言っているのだ。なんだ、冗談か、あはは、おっかしー、here!だって。そう思って気が楽になった。
「で、先生の遺体はどこで引き受けるんですか」
 ぼくは訊いた。衛は笑いもせずに答える。
「あ、それはもう大丈夫なんだよ」
「大丈夫って?」
「もう一緒なんだ」
「……もう一緒って?」
 赤信号で車が止まると、隆夫はわざとらしく咳払いをした。おまえが言えよ、やだよ、君が言えばいいじゃないか、と隆夫と衛が視線で小競り合いしている。ぶぐお、ぶぐお、とみくが泣きはじめる。信号が青になって、レオーネが急発進する。バックミラーで隆夫と視線が交差した。
「だから、一緒なんだって」
 あ、これは冗談じゃないな、と思った。マジだ、と思った。失禁しそうになった。
「なんつーの、ほら、もう、おまえの後ろに積んであるよ。先生」
 隆夫がそう言ったとき、レオーネは高速道路入り口の螺旋状スロープを、ゆるやかにのぼりはじめた。アクセルが踏み込まれ、ハンドルが切られる。
 
 今、ぼくの背後で「ゴトッ」と何かが揺れる音が、きこえました。


<つづく>

コメント(1)

おぉ、急展開。
はなしが動いて、こころも動きました☆
わくわく。

リレー小説が始まって、
またたのしみがひとつ増えた〜!

つづき、も
たのしみにしてます。

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