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イタリア世界遺産(JITRA)コミュのエオーリエ諸島

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魚ハート達(複数ハート)エオーリエ諸島富士山

シチリア海岸北方のティレニア海に位置するエオーリエ諸島は、現在でも活動している活火山で
登録基準(?)「地球の歴史上主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、あるいは、重要な地形的、又は、自然地理的特性などが含まれる。」と定義され2000年に世界自然遺産に登録された。

ウマ富士山エオーリエ諸島は、Y字型にサリーナ島Salina、リパリ島Lipari、ヴルカーノ島Vulcano、フーリクーディ島Fulicudi、アリクーディ島Alicudi、パナレーア島Panarea、ストロンボリ島Stromboliなど7つの火山島からなる。エオーリエ諸島の名前は、ギリシャ神話の風の神エオール(アイオロス)に因む。この島に人が住み始めたのは、紀元前20〜15世紀頃といわれ、リパリ島、フィリク―ディ島には遺跡が残っている。これは温暖な気候の上にリパリ島で発掘された黒曜石が貿易の対象になり珍重された事による。紀元前6〜4世紀頃のこの地方の支配者はギリシャ人であったが、やがてローマとカルタゴのポエニ戦争に巻き込まれ、その後はシチリアが色々な勢力に支配されたようにエオーリエ諸島も同じ運命を辿った。この地域は春から秋までの間、ムラサキサギ、アオサギ、フラミンゴ、ペリカン、ツル、カモ、ガン、キジバト,ウズラなどが飛来する野鳥の天国になっている。ヴルカーノ島は、1888年から1890年に大爆発がありそれ以後沈黙している。ヴルカーノは最もシチリアに近い位置にあり、まず目に入るのは大火山フォッサ(Fossa 標高391m)で、巨大な火口が山頂にありその大きさは直径500m、深さは100m程ある。19世紀末まではこの火山は大きな噴火をしていたが、20世紀前からぱったり噴火をやめてしまった。この噴火が静まった100年の間に町は発展し、一大リゾート地に生まれ変わった。ヴルカーノ火山島は、12万年から10万年前に現在見られる大円錐火山である南ヴルカーノが生まれ、その火山の頂上部分が突然10万年前に陥没を起こし、直径2.5kのピアーノカルデラが造られた。
ヴルカーノ火山の噴火が記録に現れるのは、紀元前5世紀で、紀元前2世紀になるとフォッサ火山の北の海底で噴火が活発化し、16世紀までにヴァルカネッロ火山体が姿を現した。ヴルカーノ島の名前が有名になったのは、火山(Volcano)という言葉の語源になったからで、歴史時代に頻繁に起こった多くの噴火である。それはフォッサ山の大噴火口付近で起こり、大音響と共に噴煙を上げ、火山岩を山麓に撒き散らした。特に17世紀から19世紀にかけて,その噴火は10回以上におよび、その噴火形式は、ヴルカーノ式噴火と呼ばれるようになった。現在この火山は1890年から不気味に沈黙を続けている。リパリ島で一番評判の高いレストランフィリッピーノで食事をした後、ヴルカーノ島を訪れた。リパリ島からだとアリスカフィで15分位の距離である。ポルト・レヴァンテは、小さな港で渡し船が航行する。左側に高い山が見えた。タクシーも何も無い寂しい場所で、島巡りのバイク、自転車などを貸し出す店があった。店にいた人に車で島を少しドライブしてくれるように頼み、1時間30ヨーロの料金で、車で案内してもらった。少し走るとグラン・クラーテレという標高391mの山がよく見える所に着いた。夕日を浴びた山は典型的な火山の外観をしていた。頂上は噴火してなくなったのか平らになっていた。そして頂上から下の方へはなだらかなスロープになって溶岩が流れたような痕が見られ、夕日を浴びた山は限りなく美しかった。そして一番見晴らしの良い場所に行った。そこからリパリ島、サリーナ島等の島々が見えたが、空が霞んでいた。恐らく夏には素晴らしい景色がみられるだろう。約40分で港の付近に戻り、港の近くに温泉が噴出している場所があり、地面からガスが噴出していた。硫黄の臭いが強烈で長くいる事が出来ない場所だった。

るんるんペンりんごエオーリエ諸島の中で一番大きい火山島がリパリ島(東西7k、南北9k)で人口も1万人が住んでいる。海岸に13世紀から14世紀に建設された城塞都市の旧市街がある。島の最高峰は、北端ちかくにあるサン・アンジェロ(San Angelo 602m)で、他にも200m〜500m級の山がいつくかあり、複雑な地形を形作っている。リパリ島の初の爆発は22万年前で、その証拠が存在している。その後島では10を越す火山が誕生し、現在の様な起伏に富んだ景観が見られる。

スポーツひよこ2007年3月16日メッシーナのジョリーホテルを7時半に出発し、トラムに乗り駅に向かった。私は、この日メッシーナ、ミラッツォまで汽車で行きその後ミラツォの港から船に乗りリパリ島へ行こうとしていた。しかし乗る予定だった汽車は、30分以上遅れて来る事がわかった。すぐバスで行く事にし、ミラッツォ行きのバスの停留所を聞くと4つ目の通りを右に曲がればすぐという話だった。そしてバスが停まっているのを見つけた時は、ほっとした。これで予定通りミラッツォからリパリ行きの船に乗れそうだからだった。後でわかったが、汽車でミラッツォから港まで行くと12ユーロかかり、それだけで、メッシーナからバスで行くと直接港に安く行く事が出来、便利な事がわかった。バスは約一時間でミラッツォの港へ着いた。着くとすぐ一人の女性が来て、9時にリパリ島へ行くアリスカフィが出るというので、この船に乗った。その為リパリ島のマリーナ・コルテには予定より一時間早く着いた。私の泊まったレジデンス・アルベロギエロ・エオ-リエホテルResidence Alberghiero  Eolieは、風呂付のジュニアスイートの部屋が、一泊100ヨーロで、朝食付きだった。部屋は明るく、広くテラスがあり、快適なホテルだった。着くとすぐ近くにある城塞カステッロへ行った。ここには、大聖堂やエオリアーノ博物館がある。博物館は、大規模なもので、先史・歴史時代部門では、リパリ島のアクロポリスとディアーナ地区で発掘された出土品が展示されていた。このディアーナ地区は、私の泊まったホテルのすぐ後ろにあった考古学公園だった。青銅器時代以前の壷や食器類、アンフォラや貨幣、ブロンズのメダルなど膨大なコレクションで、この地方がギリシャ文化圏に入る以前からかなり高度な文明を持った人々が住んでいた事が偲ばれた。その他にも碑文館にエオリエ諸島におけるギリシャ、ローマ時代の碑文、リパリ島の死者の町から出土した死者の名前を記した石版状の石柱などがあった。古典考古学部門の博物館には、ギリシャの影響下にあった時代の痕跡を示す出土品がとりわけ興味深かった。そこにはサテュロス劇に使用された仮面のミニチュア、アテネの喜劇作家アンドロスが創始した新種の喜劇用仮面、ローマ、ビザンチン時代の遺物、陶器などおびただしい展示物があり、海洋考古学部門には、紀元前15世紀から紀元前14世紀頃のギリシャの難破船から発見されたものなどがあった。他に私の興味を惹いたものは火山学部門で、エオーリエ諸島の地質、噴火の様子、自然、資源などが、この地の文明に影響を与えた事を証明する写真、古い時代の火山の噴火している写真などが展示してあり、全部見るのに3時間を要した。

魚ハート達(複数ハート)私が最後に訪れたストロンボリは、活火山で現在も小爆発を繰り返している。この島は、7つの島の中では最北端に位置し、直径4kに満たない美しい円錐形の形をした火山島(標高924m)である。その山頂火口は、常に灼熱した溶岩を噴出している。夏はこの溶岩の噴火を見るために多くの観光客で賑わい、火山鑑賞ツァ−の船が出る。ストロンボリ火山が、海面上に姿を現したのは、今から10万年前に遡り、その後1万3000年前までにヴァンコーリ(Vancoli)と呼ばれる大円錐火山を形成した。ストロンボリ火山の特徴は、火口から赤熱マグマ噴泉を空高く吹き上げる事が長く、その様な噴火形式を一般にストロンボリ式噴火と呼ばれるようになった。リパリ島滞在の2日目の朝8時15分発アリスカフィに乗り一人でストロンボリ島へ行った。船はサリーナ島などへ停まり、約1時間40分位かかった。ストロンボリといえば1949年にロベルト・ロッセリーニ監督が制作し、イングリッド・バーグマンが主演した映画「ストロンボリ、神の国」を思い出す。難民のバーグマンはイタリア兵の求婚を受諾し、結婚しストロンボリに住む事になる。しかしこの島は今でも電気も無い所もある文明から隔絶された世界だった。他国者を受け付けない因襲的な住民とカトリックの信仰など色々な要素がからみ、夫婦間にも亀裂が生じるという、現代人にとっては切実な問題を孕む作品だったが、私がこの地に来たら退屈で一日も過ごす事はできないだろうと思った。私はどちらかというと海を見ながらのんびりして過ごす事などは出来ない人間で、目標を決め、あちこち訪問するのが好きな性格である。港の近くには一軒のホテルがあったが、3月はまだ開いていなかった。小さな一本道を歩いて行くと、その両側に白い家が建っていて、15分も歩くとノルマン時代に創建されたという大聖堂があった。港から山を眺めるとストロンボリは、三角形の山で、頂上の部分がなだらかだが逆三角形になっていたので、これが火山の噴火で陥没したのだろう。私がストロンボリを訪れた3日前には、大爆発があり、赤い溶岩が山のスロープを流れて海に落ちて行く様子を放送していたので、山の噴火を目の前で見られるのではと期待して行ったが、壮大な火山の噴火は見られなかった。ただえぐれた山頂には不気味な入道雲のような雲が上に上がっていた。

以上です。

Joschua

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