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Фaust foodコミュのФaust food 4話:理想と現実?

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 4


「アイツが言うもんでちょい半信半疑だったが、へぇーなるほどなぁー」

 ニヤニヤと口元を吊り上げてイヤらしく笑うラビットは、当然ながら一人で学校に来ていなかった。
 
 頭が天井にぶち当たるほどでかい男二人が、ラビットの傍に立っている。

 ブルーのアロハシャツを胸全開にして着ている男と、紺のスーツをきちと着こなす男は、凶暴な面構えをしており、いかにも、身の生計を暴力で立てているかのような風貌だった。

「お譲ちゃん。オレが一体、誰だかわからねぇワケはねぇよな?」

 首を傾げるアキナが、ラビットに言った。

「……あ、あの……どこかで会いましたっけ?」

「へへへへ、そうかい」

 首を垂らして笑うラビットは片足を上げると、シャツの胸ポケットに器用に片足を突っ込ませてごそごそと弄り、赤いパッケージの葉巻の箱を取り出した。

「あのヨォお譲ちゃん……オレを嘗めるのも大概にしろ。そっちが知らなくてもよぉ、ヴァルキルプスじゃ、アンタちょっとした有名人なんだぜ?」

「ヴァルキルプス?」

「とぼけたって意味ないぜ。アンタの顔と素性はすでに割れてるんだ。スドーアキナ」

 葉巻を一本ラビットが口に咥えたのに、アロハシャツの男が小さなハサミで葉巻の先端をスパッと切り、マッチで火を点けた。

 もうもうと火事みたいに煙を鼻から吐き、ラビットは葉巻を吸う。

「確かにオイラことラビットは、面白かったら何でもする最低ヤローだぜ? 殺人ショーだってするし、舞台(ステージ)でゲイショーも、オイラがチョイスした音楽をBGMに使っていいんだったらよぉ、それこそ何でもアリだぜ。けど――」

 フーッと葉巻の煙を吐き、ラビットはアキナに一歩詰め寄る。

「さすがにこのオイラでもNO THANKだ。ちょいっとアレはよぉ、やりすぎじゃねぇか?」

 サングラスの下に光るラビットの碧眼に、アキナが映った。

「な、なんだコリャ!」

 騒ぎを聞きつけた中年男性教師が、凄惨な現場と化した廊下を目の当たりにして、愕然とする。

「おい! どうなんてんだコレは! 何があったんだ!」

 たった数分の間に一体何が起こったのか、全く状況が把握できない中年男性教師は、偶然、近くで蹲っていた男子生徒の肩を掴み、問いた。

「わ、わからないですよ。オレだって聞きたい。そこで倒れている変な奴が、スドーさんに向けて何か石みたいなの投げてきて……つか。わけわかんないですよ! アレって! 何ですか! 教えてくださいよ!」

 すがるように男性教師に聞き返す男子生徒に、中年男性教師は言葉を失った。

 そして壁に凭れて血まみれのアキナと、大の字になって倒れるリッチ、ラビットたちらの姿を発見する。

「スドー! これはどういう事だ? 何があった! そいつらはお前の知り合いなのか!」

「ち、違います! 先生! この人たちは!」

「ヘイヘイヘイヘイ! そいつはツレねぇなーシャイガール。オイラたち同じアナのムジナじゃねぇか? 今さら関係ないっつーもナッスィングだぜ」

「うるさいッ! アンタなんか知らないって言ってるでしょ!」

「スドー! お前、一体何をやらかした? こんな事になるな――」

 アキナに人差し指を向け、ずかずかと中年男性教師が歩み寄ってくる。と、突然、中年男性教師の頭の位置が急激に降下し、廊下にうつ伏せになり、倒れた。

「ヨォヨォ、オイラはヨォ、そこのシャイガールとトーキング中だっつーの。ジャマしちゃダメだろぉ? わかってんの? ジャップ」

 いつの間にか中年男性教師の後頭部にラビットが飛び乗り、踏みつけている。

 ラビットの踏みつけをまともに喰らった中年男性教師は、ピクピクと指先を痙攣させ、白目を剥き出して気絶している。

―こいつ……何てスピード―

 リッチとは比較にならない強さだ――。

 こいつと戦うか? 今? そんな考えがアキナの脳裏を過ぎった。

 すると、高らかにラビットは笑い出し、言った。

「HAHAHA! オイラのダッシュでビビってるようじゃ、ダメダメだぜシャイガール! ヴァルキルプスにはもっとスゲェ奴がいるんだぜ? お前さんよりも、オイラよりも、な」

「アンタ、こんな事やっといて、ただで済むと思ってるの?」

「悪いがヨォ、オイラの輩(ダチ)はどこにでもいるんだぜ? シティーにも、ポリスにも、このスクールにもヨォ、たくさんだ。数え上げれねぇ。みんなヴァルキルプスのファンだからな。後始末に困りはしないってか?」

 ふーッと葉巻の煙をラビットは天井に向けて鼻から吐き出しながら、踏みつけっぱなしだった中年男性教師の頭から降り、言った。

「そして何よりも、ここにはファウストファイトの出場者もいるしなぁ」

 目をむくアキナがラビットを見た。

「ファウストファイトの出場者が……ウチの学校に?」

「イェス! オメェが知らないだけでよ、ここはかなり前からオイラの得意先なんだよなぁー、古い付き合いだっているしな」

「そ、それって、誰なの!」

「おっと、その前によぉ、一言このオイラに詫び入れろや。ぶっ殺せって命令したっつーのに、リッチの奴しくじりやがって……」

 ペッと咥えていた葉巻を吐き捨て、大の字になって気絶するリッチの顔をラビットがぐりぐりと踏みつける。

「まー、大方こうなるだろーなーって予想はしていたぜ? どこで鍛えたか知らねぇけど、小娘にしては相当の実力者だってわかったからよぉ。こいつ送ったのもアンタの正体と実力調べる為だから、目的は果たしたっつー事だな。そして賞金はオイラの企画じゃねぇ、レッチリーノが勝手によこしたんだ。もともとオイラは金は嫌いだからよ」

 ズイッとアキナと一歩幅の至近距離までラビットは詰め寄り、首を捻ってサングラス越しにギロッとアキナを睨んだ。

「オメェさん、どう落とし前つける気だ? もうスポンサー(レッチリーノ)の面子なんざどーだっていいんだよオイラにとっちゃな。オメェが認めるか認めないかで、決まるんだよ。これからの人生がよぉお!」

 ラビットとアキナの間に歪んだ緊張が生まれる。一触即発の状況で、周りで傍観するのみの生徒たちは、ごくりと生唾を飲む。

「く、くふふふ……」

 突然、アキナがほくそ笑み、小柄な身長のラビットを見下ろした。

「――よく言うぜ。このヤロォ……なーにが落とし前だ? あ?」

「ん?」

「テメェらレッチリーノのスネかじってお飯(まんま)食べてるっつーのによぉ、何がオイラにとっちゃ関係ねぇだ? 偉そうに……口実作ってんじゃネェよタコ!」

 いつもの、なよなよしたアキナの印象を払拭するかのような荒々しい口調だった。まるで暴走族かヤクザのような殺気と迫力が、びりびりと伝わってくる。

「へぇー、オメェさん。二重人格かい? さっきとはえらく違うんだな」

「上からモノ見てんじゃねぇよ! さっさと答えろ。誰なんだよ。ファウストファイトに出場した奴ってのは」

「知ってどうするっつーの? まさかファイトするってか?」

「だからどうした? テメェには関係ないだろ。いいんだぜ? こちとら準備運動はすでに済ましてるんだ。そこにいる奴二人ぶっ殺してテメェ殺すなんざ、そんな難しくないんだぜ」

 壁に凭れて座っていたアキナが立ち上がり、彼女よりも幾分か身長の低いラビットを、見下ろした。

「無理するなよシャイガール。バレバレだぜ? かなりギリギリって事がな」

「んだと! テメェ……」

 ぶるぶると膝を震わすアキナに、ふんッとラビットが鼻であしらう。

「けど、これで謎は解けた。お前さんがどういう事情であれをやったのかは知ったこっちゃないが、ありゃ全てわざとだったつーんだな?」 

「あ?」

「まー、いずれわかるさ。お譲ちゃんとはまた会う事になるだろうしよぉ、オイラは引き上げることにするぜ。ここのくれぇー空気はオイラには合ってねーよだしな」

「逃げるのかテメェ!」

「HAHAHA! またなシャイガール」

 クルッと踵を返し、ラビットと二人の男はその場から去って行く。

「テメェ! まだ話は終わっ――」

「スドーアキナ」

 噛み付くように咆えるアキナを、いつの間に現れたクロヨク先生が遮った。

「あ、ああ、クロヨク先生……」

「説明してもらうぞ。スドー」

 クロヨク先生の突き刺すような冷たい眼に、うっとアキナは喉を詰まらすような思いで、黙った。

 もう下手な芝居や演技では逃げられないと観念したのか、がっくしと肩を落として小さく吐息を漏らす。

 それからのアキナの成り行きは、彼女が想像した通りに進んだ。

 リッチの投石の被害を受けた生徒たちは、保健室で怪我の具合を診てから救急車を数台呼んで病院に運ばれ、まだ軽傷で済んだ生徒たちは、強制帰宅を命じられた。

 しばらくして、体育館で集会が開かれた。

 今回起きた襲撃事件の内容やこれからの警備体制、生徒一人一人の心構えについて、ジャンクストリートは危険など、先生たちは時間をかけて説明した。

 リッチがどうなったか、知る者はいない。いつの間にか消えていたそうだ。

 そして、アキナには二週間の自宅謹慎処分が下された――。

 事情が通達していない先生たちは「どうしてスドーが?」と首を傾げたが、彼女が制服内に隠し持っていた凶器や通学禁止区域のジャンクストリートを利用したという報告を聞いてから、しょうがない処罰であると納得した。

 ラビットが言う通り、彼のスポンサーはどこにでもいるようだった。

 後から聞いた話では、一応、警察は来たのは来たらしく、帽子を被った制服警官と私服の中年が、職員室で先生と話ししている姿を、生徒の何人かが目撃したとか。だが、それ以外の訪問者は、それ以降はいなかったそうだ。

 テレビとか新聞が、放っておくわけがない。これだけの凄まじい事件が起きたのだから、取材の一つや二つ来ても至って自然だ。

 だが、結局何もなかった。

 それは学校側が今回の事件が、評判や名誉に関わってくる問題だから、なるだけ世間一般には知られたくない意思があったからかもしれない。

 だとしても、そうまでして、事件を隠蔽する必要があるのだろうか?

 ミステリーにしては、少々性質が悪い。被害者である生徒の保護者たちが、学校の安全性について裁判で訴えるとかの噂が流れているが、どうせ、無駄で終わるだろうな、とアキナは思っている。

 相手は、想像する以上に、『巨大(おお)きい』からだ。

 まるで最初からなかったかのように、事件の行方はうやむやになり、闇に消えてしまう――。

 そうなるに決まっている。

 予想済みだった展開だったので、アキナは特に驚きはしなかった。

 あれから、一週間が経過した。

 黒い斑点があちこちに染みついた棺桶みたいな狭いバスタブに膝を抱えて、赤錆だらけの水道管でアキナは温めのシャワーを浴びている。

「……クソ」

 ポツリとアキナは呟く。

 鼻の疵(きず)はほぼ癒えてガーゼを外していて、両手の骨折は完全とまではいかないが、ほとんど治っている。指も動く。足の傷も問題なく塞がっている。 

 だが、アキナはそれを喜べず、むしろ腹を立たせた。

―くそったれが!―

 アキナは勢いよく立ち上がり、老朽化した水道管のバルブをキュッと閉め、シャワーを止めた。

 不衛生な風呂場からアキナは出ると、カーテンを引き、壁に吊るされているタオルと下着を取り、濡れた身体を乱暴に拭きながら、「くそが!」と声に出して悪態を吐いた。

―何やってんだオレは……こんなんでいけっかよ!―

 ドン! 壁を殴って、どうしようもない怒りをぶつけた。

 それから、洗面台に掛けていた黒のランニングシャツとジーンズに着替え、風呂場から出て、サンダルに履き替え、外に出た。

「啊? 你是须藤明菜! 你去哪儿?(スドウアキナじゃないか! どこ行くんだ?)」

「好久不见明菜!(久しぶりアキナ!)」

 ポケットに手を突っ込んで歩くアキナに、道端でオンボロパラソルをさし、木製机を囲って座る汚らしい中国人二人が、気さくに中国語(北方訛り)で話しかけてきた。

「你最近身体怎么样? 我担心你呀。因为据冬医生说你的身体状态非常危险对不对?(最近アンタ大丈夫かい? オレ心配してるんだぜ。だってよ冬先生がアンタってケッコーやばいって言うからさぁ、そうだろ?)」

 ガハハハと歯を出して中国人二人が大声で笑い合う。おそらく自分の事について何か喋ったのだなと想像はできるが、早口の上に訛った言葉遣いなのでほとんどさっぱりなアキナは、何となくムッとなった。

 ここはジャンクストリートの中でも『中国人街(チャイニーズストリート)』と呼ばれる区域――。

 およそ、六〇パーセントが漢民族を占め、残り四〇パーセントは中国語が喋られる中国の少数民族たちが居住している。

 大型コンテナ船で密入国する彼らの大部分は、海港入り口付近で入船貨物チェックを行う海上保安庁や水上警察に発見され、入国する手前で強制帰国させられる場合(ケース)が多い。が、そんな中、厳重な彼らのチェックの目を潜り抜け、ここジャンクストリートまで逃げ切る者がいる。

 ジャンクストリートまで逃げ切ってしまえば、後は隠れるだけ。裏社会の治外法権が適応し追跡が不可能となる。密入の成功である。

 密入が成功する者は、必然的にタフな人種が多い。

 いかにして食料を確保するか、いかにして寝る場所を作るか、いかにしてこちらが有利な環境にするかなど、ぬるま湯に浸かって平和で安全な毎日を送っている人種に比べ、生き残る執念が誰よりも強い。

 信じられるのは自分が知る領域(エリア)のみ、それを守るのが唯一のルール。

 それは、中国という大陸文化の習慣というより、人間が本来持つ習性に近かった。

 そんな人間たちが集まり生活する場所で、アキナは一人で暮らしている。

「久シ振リダナー日本小姐(リィーベンシャオジエ)!」

 中国人街(チャイニーズエリア)の界隈にあるウィグル民族(中国新疆ウィグル自治区に住む少数民族)が営む新彊料理屋(ウィグルレストラン)に歩き着いたアキナに、Tシャツと半ズボンを着た店の主人が話しかけてきた。
 
 彼の目鼻の形は漢民族の特徴はなく、どちらかといえば欧州か中近東に近い顔立ちだった。

「イツモノデイインダナ?」

 こくりとアキナは首を縦に振ると、店長は店の奥に姿を消した。

 屋外にあるオンボロパラソルの丸テーブルの席に座り、アキナは周囲を見渡した。

 グロテスクな食い物ばかりが視界に入る。

 首と四肢を切り落とし、生皮を全部ひっぺがした狗肉(ゴウロウ)が犬の形を維持して、屋台の屋根に吊るされて売られている。蛇が生きたまま水槽の中で大量に蠢き合っていて、蛙が鯵の開きみたく解体されて売られている。普通に鶏肉や牛肉をスーパーで買うよりも、安い値段でだ。

 他にも『肉』に関しての商品なら、至る所に置いていた。

「ここで一番美味い肉料理を食べたいなら、狗肉(ゴウロウ)鍋(グゥオ)(犬肉の水炊き)が一番だな。味は私が保障する」

 アキナが座るそのテーブルの向かいに、男が座った。

 白髪が混じった角刈りに無精ヒゲ、無数のシワが深く刻まれたその顔立ちはいかにも漢民族らしく、黒ずんでよれよれの白衣をだらしなく着けている。

「いらねぇよ。つか、オレに話しかけるんじゃねぇ」

 アキナはそっぽを向き、冷たくあしらった。

「やけに荒れているな」

「るせ! 関係ないだろ」

「年下の者が年上に使う言葉ではないな。日本人は礼儀正しい民族だと聞いていたが、違うのだろうか……」

「アンタを誰が敬うっつーんだよ。勝手にほざいてろ」

「ほんの少しでいいから、礼節を学ぶべきだ。特に君の場合は」

「やかましい!」

「その口の利き方をどうにかしろ。それに聞いた話によれば、お前が計画した作戦はまだ終わったわけじゃないのだろ? それとも何かアクシデントでもあったのか?」

「何でアンタに話さなきゃならねぇんだよ。黙れよ」

 ケッと口癖のように吐き捨て、吸い終わったマルボロをアキナは灰皿に捨てると、注文した料理が来るまでの間、もう一本吸おうとポケットを弄った。が、どうやらマルボロは吸い尽くしていて、箱の中は空になっていた。

「いるか?」

 スッと男はタバコの箱をアキナに差し出す。中南海(ジョンナンハイ)という銘柄だった。

「いらねぇ。不味いんだよ、ソレ」

「そうか……」

 男は手元に中南海(ジョンナンハイ)を戻した。

「お前、学校は?」

「停学中」

「ほぉ、ならばそれはそれで好都合だな。これからお前が思うように行動ができるというわけだ」

 アキナはしばらく黙り、ポソッと一言だけ呟いた。

「――半分はな」

「半分?」

「だから、さっきからうるせーんだよアンタは! オレが何していようと関係ないだろうが!」

「お前の保護者である私が、お前に何か聞くのに不自然さはないと思うが」

「はッ! よく言うぜ、変態オヤジが。オレの身体が目的で買ったくせによ!」

「それについては否定はしない。しかし、現状においてお前の生活保護を担っているのはこの私だ。その事だけは忘れるな」

「えーえー、そうだろーよ! アンタはオレの命の恩人だよ! だから何? テメェら中国人は見返りばっか求めやがって、うぜぇんだっつーの!」

「あまり声を立てるな明菜(ミンツァイ)。ここには日本語がわかる者もいるのだぞ」

「アンタに言われたくないなモグリヤロー。偉そうに、テメェも人の事言える立場なのか? 冬(トン)先生!」

「確かにその通りだ。私は未熟者だ。かつてのミスにより、私はここにいる。そしてお前も未熟者――」

 ガタンッ! アキナは席を蹴って立ち上がる。

「どこに行くつもりだ?」

「テメェの知ったこっちゃねぇだろ」

 吐き捨てるようにアキナが言い放ち、店から離れようとした。

 すると、立ち去ろうとするアキナの手を、冬先生とアキナが呼ぶ彼が掴んだ。

「んだよ!」

「道化(ピエロ)の夢はまだ見るか?」

 ギュッと強く手首を握る彼に、アキナは答えず、無言で手を振り解いた。

「……そこまでの覚悟があるならば、違う、別の選択肢を考えてもいいのではないか?」

 彼は、真っ直ぐな眼でアキナを見る。

 だが、アキナは彼に一瞥すらくれず、スタスタと歩いた。

「アレ? アイツドウシタンダ? デキタッツーノニ、食ワナイノカ?」

 ホカホカに湯気が立つ羊(ヤン)肉(ロー)串(チュア)(串に刺して炭で焼いた羊肉)と蛋(ダン)炒(チャオ)飯(ファン)(野菜と卵だけのチャーハン)、碎肉伴面(スイローバンミェン)(トマトやピーマン、羊肉を細かく切り刻んだ特製具をぶっかけた麺。見た目はパスタみたい)を盆に乗せて運ぶ店の主人が、店から去って行くアキナの後ろ姿に、首を傾げた。

「ナァー、ドクター冬(トン)。アンタ何カシデカシタノカイ? マタ女ゴコロヲ傷ツケルヨウナコトデモ言ッタノカイ? アンタハ昔カラ女ヲ泣カスクセガアルカラナ」

「いや、むしろそっちの方が扱いやすい。アイツに比べれば、な」

 店の主人は牛(ニュウ)肉(ロー)垃(ラー)面(ミエン)をテーブルに置き、肩をすくました。

 テーブルの隅の割箸を冬(トン)先生は拾い、パキッと二つに割ると椀の中の肉汁スープに割箸を突っ込ませ、ガバッと生麺を掬ってズゾゾゾッと吸い、モグモグと美味そうに食べる。


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