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うんすんかるたコミュの夢の「すんくんかるた」再現!

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コミュ内全体

「うんすんかるた」のヴァージョンアップ版である「すんくんかるた」は

6スート×16ランク+専用テンカ(ジョーカー)=97枚

の構成です。
多くの解説では「プレイされた形跡が見られない」とのことで、考察が放置されていますが
私は「専用テンカ」がある時点で、少なくとも「プレイされることを前提」で考案されたと考えています。

以下は、滴水美術館(および山口吉郎兵衛『うんすんかるた』1961)収納の
江戸中期以前の『すんくんかるた版木』に書かれた内容です。
参考:http://www.geocities.jp/sudare103443/room/unsun/unsun-04.html

すんくんかるた
一 うちやうはうんすんかるたのことくなり
   矢はゐすとおなし事なり
   うんすんとうちあかるをうんすんくんとあかるなり
   うんはさひわい すんはしんかなり くんは君子なり きみとうちあかりおさむる也

  下立売通
    車や町の角
      きやうしや
          四郎兵衛
つまり……

「打ち方はウンスンカルタとほぼ同じ」
「6つめのスートの矢は長物(イスと同じ)」
「ウンは幸、スンは臣下、クンは君子」
「ウンスンカルタではウン→スンとランクが上がるように
 スンクンカルタでは、さらにそこから→クンと上がって、終了となる」

ゲームデザイナー:経紙屋の四郎兵衛
住所:下立売通(京都府京都市上京区東橋詰町)と車屋町通の交差点
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E7%AB%8B%E5%A3%B2%E9%80%9A
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8A%E5%B1%8B%E7%94%BA%E9%80%9A

だそうです。
ここから「すんくんかるた」のプレイ法が見えてきそうです。

以下、考察してみます。

コメント(27)

「枚数が多すぎてプレイ不可能」などとよく言われますが、現代においては「シュティッヒェルン」のように、

6スート×20ランク=120枚

のデッキで、実際に8人プレイがおこなわれています。
http://ejf.cside.ne.jp/review/sticheln.html

そう考えれば「すんくんかるた」は「シュティッヒェルン」のヴァージョン・ダウン版に過ぎません!
ただし、それに専用テンカ・ルールが付随するわけです。
「うんすんかるた」と同じルールということで、基本「8人メリと同じ」と考えた8人プレイを想定すると……

 手札12枚
 起き絵1枚
 死に札なし

で、ピタリと収まります。ブリッジの手札は13枚、ゴニンカンは10枚で、その間ですから、トリックテイキングとしてはさほど手札が多いわけではなく、プレイ可能です。

9人や10人のプレイも想定しましたが、死に絵が多くて可能性が低いように感じました。

なお12人プレイを想定すると、手札は8枚となります。その場合、4人チーム×3組で戦うことができ
「指す」→「踏む」→「追う」という展開が期待できます。
↑「指す」→「刺す」の間違い。

さて、専用テンカがあると、どうなるでしょうか?

うんすんかるたのテンカは、パオのスートに属すため、パオが絵(切り札)になった場合「絵が1枚少なくなる」という難点がありました。また死に絵によって、さらに絵が死ぬことがあります。ロバわない場合、さらに1枚減ります。これはプレイするディールによって「常に切り札の枚数(割合)が異なる」ことを意味しています(12枚から16枚のいずれか)。

しかし「すんくんかるた」では、常に切り札である専用テンカを別につけてあるため
 起き絵をロバうことを想定すると「切り札は常に17枚」
 起き絵をロバわずに切り札スート表示札として使用すると「切り札は常に16枚」
と枚数がどのディールでも固定されます。
そして8人プレイの場合、初手で絵の来る期待値が、全プレイヤーとも「2枚」と割り切れます。

ところが12人プレイの場合は、初手の絵の期待値は「1と1/3枚」になります。上記のように、このゲームデザイナーは「割り切り」を重視するように思えますから、おそらく8人プレイだったろうと推測します。
最初「手札が偶数になるのは、引き分けを助長するのではないか」と悩みましたが
「うんすんかるた」の勝負でも8ディールを1くぎりとして、その段階での獲得トリック数で競いました。
その場合は、全トリック数は偶数になります。その段階で引き分けの場合は、勝利が確定するまで、サドンデスで延長戦を繰り返すのですから、手札が偶数でも何の問題もないことがわかりました。

これで十分プレイ可能かと思います。
自作して、プレイしてみましょう!!
ああ、あと、うんすんかるたでは「長物2スート」に対し「丸物3スート」と不均等でしたが
すんくんかるたでは「長物3スート」に対し「丸物3スート」で、均等です。
ここにも「割り切り」を重視する、ゲームデザイナーの一貫した意図が見えます。
補足:

「シュティッヒェルン」に関して、勘違いがありました。
全120枚なのは変わりませんが

最小ランクは0、最大ランクは20の21ランクで
スートによってランク数が違いました。

現在「シュティッヒェルン」にアクセスできない状況なので
どなたか、正しい情報を補足お願いできたらうれしいです。
>手札が偶数でも何の問題もないことがわかりました。
「うんすんかるた」の場合の延長戦のときは
1ディールが9トリックなので、延長は1ディールで
必ず決着がつくのでいいと思いますが
「すんくんかるた」では12トリックなので
6−6の場合1ディールで決まらず再延長となるところが
少し問題ありですね(笑。
>たけるべさん
「うんすん」に比べ
カードのランクが1つ増えている件についても
ぜひご解説を!w。
ご要望にお答えするには、上記の推測の上に、さらに推測を重ねなければならないので
外れている可能性も大きいということを了解いただけるなら、私の仮説を言います。

---------------------------

「すんくんかるた」のゲームデザイナーは、トリック数(手札枚数)を12にしたかったがゆえに、ランクを1枚増やした。

12というのは「うんすんかるた」の元になった「南蛮かるた/天正かるた」のランク数に等しいだけでなく、そこから別の方向に派生した「花かるた」の12ヶ月とも対応している。つまり、1トリック1月とすると、1ディールで1年となり、ゲームは8年で終了する。

増えたランクの「くん」は「君主」もしくは「君子」に由来する。

ここに積極的な意味を持たせるなら
「至力を尽くして引き分けに持ち込む」
ことが君子/君主どうしの戦いとしては、もっともふさわしい決着なのかもしれない。

-----------------------------

補足:
すんくんかるたの考案時期は1700〜03頃 で、一般的に「ほとんどプレイする者もなく廃れた」とされています。しかし明治24年(1891)、清水晴風編『うなゐの友 第一編』には、当時の現存品として、カラーのすんくんかるたが掲載されています。つまりこの時期まで、すんくんかるたが廃れていなかったことを証明しています。しかしこの本には、カードの解説として「うんすんかるた」と誤記されています。つまりこれは、江戸から明治にかけての文献で「うんすんかるた」と書かれているもののなかに、実際には「すんくんかるた」をさすものがあった可能性を示唆しています。
>たけるべさん
コメントありがとうございました。

>スティッヒルン ふぉろ
amigo版です。

120枚内訳
ランク0−20(青、赤、緑)21ランク×3スート
ランク0−18(黄、茶、紫)19ランク×3スート
全120枚

8人プレイの場合
ランク0−18(6スート)19ランク×6スート=114枚使用
手札14枚×8人=112枚使用
#付属のメビウス日本語訳、このあたり微妙に記載間違いがあるようです。
#余ったカードをどうするかとかも‥訳モレ(但し、私の手持ちの版では。)

7人以下のプレイでは使用札を調整して手札15枚づつのプレイとなるようです。

おまけの「ハットトリック」の7人のときの
ランク0−20(青、赤、緑)21ランク×3スート=63枚
手札9枚×7人=63枚使用

のときを考慮して、このようなカードのデッキ構成になっている
ようですが、
この部分はあきらめて、スティッヒルン8人時を
ランク0−19(6色)20ランク×6スート=120枚使用
手札15枚×8人=120枚使用 
としたデッキのほうがデッキの構成的にもスティッヒルンのルール的にも美しかったような感じですね。
シュティッヒェルンのフォローありがとうございます。
助かりました。

ところで、ゲームデザイナー経紙屋の四郎兵衛の心にさらに深く入り込んでみることにします。
気になったのは

スンクンカルタのジョーカーを抜いた枚数96枚
 が
天正カルタの枚数48枚の「ちょうど2倍」
 であるという部分です。

つまり、もしスンクンカルタが「手札12枚の8人メリ」に使用されたものだとするなら
天正カルタは「手札12枚の4人メリ」に使用することが可能なのです。

天正カルタそのものは、4スートのデッキです。
同じく4スートデッキのトランプでは、もっとも一般的なトリックテイキングの技法ブリッジが
「4人プレイで手札がランク数と同じ(13枚)でプレイする」わけであり、そう考えると
南蛮カルタとして日本に入ってきた48枚デッキが「手札12枚の4人メリ」のような技法で使用されたと考えるのは、さほど不自然ではありません。

なお、世界中のトランプを使った技法の70%以上と、タロットを使った技法のほぼ100%はトリックテイキングでありますから、「南蛮カルタ/天正カルタ」の初期技法がトリックテイキングであったと考えるのは、きわめて自然です(であるがゆえに、メリという技法が現代の人吉にまで伝承されている)。

つまり経紙屋の四郎兵衛は「本来天正カルタで4人でプレイされていたゲームを、8人用に拡張するために、スンクンカルタを作った」と考えることができるのです。

(そういえばシュティッヒェルンも、当初は6人までのプレイにしか対応しない枚数でしたが、現在の版では8人まで対応できるようにランクが増えました)

ここで気になるのは、天正カルタとスンクンカルタの間にある、ウンスンカルタです。
4人プレイと8人プレイのちょうど間にあるわけですから
ウンスンカルタの本来の技法は「手札12の6人メリ」に使用されたものではなかったか
と推測できます。

ウンスンカルタは、5スート×15ランク=75枚
手札12枚で6人でプレイすると、3枚あまり

この3枚の余分は、現在の8人メリの技法「1枚が絵の表示、2枚が死に札」として使用すれば
完全に一致します。

4人メリ、6人メリに関しては、今まで名前だけは伝わっていましたが、その内容について深く書かれたものはありませんでした(単純に8人メリに比べて興味が薄い、のような書かれ方です)。しかし、現代にまで4人メリ、6人メリという言葉が伝わっていることは、本来はそれらの用語にも実態があったのではないでしょうか?

●仮説のまとめ:
1.南蛮カルタ/天正カルタの本来の技法は「手札12枚の4人メリ」であった。
2.ウンスンカルタは、本来「手札12枚の6人メリ」の技法のために開発された。
3.スンクンカルタは「手札12枚の8人メリ」のために開発された
4.その後、ウンスンカルタで「手札9枚の8人メリ」の技法が開発された
5.「手札9枚の8人メリ」は、プレイ時間も短く、トリック数が奇数なので、勝負がつきやすいために広まった。そのせいで、手札12枚の技法は忘れられた。
6.その後、ウンスンカルタから1スート(およびおそらく1ランク)を抜き「手札9枚の6人メリ」の技法が開発された。

以上
追加1:
「矢がイス」と同じってことは、矢のロバイも、イスのロバイと同じく
絵にならないときは「一本半」と低ランクなのね。

で、別に「専用テンカ」ができたということは
一般的な「パオのロバイ」も、一本半と考えたほうがいいかもしれない。

----------------

追加2:
起き絵が専用テンカだった場合、プレイはどうなるだろう?
考え方は2つ、専用テンカは依然パオに属すとするか、どのスートにも属さないとするか。
「経紙屋の四郎兵衛は、均衡を重視するゲームデザイナーである」
という仮説に従うならば、専用テンカはどのスートにも属さないほうが自然。
というのも、もしパオに属すなら、パオが絵になる可能性が、他のスートの2倍になって不均衡だから。

専用テンカがどのスートにも属さないとすると、専用テンカが起き絵のときはロバうことはできない。
そこでこれを誰も取らずに、そのままゲームが始まる。
このときのルールはどうなるだろうか?

当然、絵が決まらないので、切り札はない。つまりノートランプ状態。
しかしメリの技法は、絵(切り札)がない状態では、うまく機能しない(というか、つまらない)。
そこで唯一ゲームとして成立するのは
「専用テンカが起き絵のときは、最初からモンチとする」
という方法。
つまり「ノートランプ、マストフォロー」という、もっとも基礎なトリックテイキングの技法となると考えると、ゲームとして成立する。
>起き絵が専用テンカだった場合
流したいですね。配り直し。(と最初はしていましたが)
枚数も多いので配り直すのがだんだん嫌になり
「配る前に、起き絵を決めても同じじゃね?電球
ということになり、配る前にまず一枚捲って起き絵を決めて
起き絵が専用テンカだった場合はシャッフルだけし直し
専用テンカ以外で起き絵が決まったらめでたく配って始める
ということにすれば無駄に配らずに済みますね。
96枚ではなく97枚という構成は、最初から置き絵を想定していると思います。
ただし、昔のゲームであることを考えると、配りなおしはありえます。
 テンカが起きた場合は、親が絵を決められるというのでもよさそうですね。
 所詮97回に一回なので、配りなおしでもさしたる問題はなさそうですが。
 すんくんかるたの八人メリ、ぜひともなかよし村でやってみたいです。
「左:パオのロバイ」と「右:テンカ」が
すんくんにおいては同時存在することの
証拠の画像です。
芸艸堂より『うなゐの友』の絵の撰集である『日本のおもちゃ』が出ました。
http://www.unsodo.net/search/info.php?isbn=9784753802425#
 100ページに、天正かるた4枚
 101ページに、すんくんかるた6枚
が、見やすい大きさでカラー掲載されています。是非ご覧ください。

 なお102〜103ページは、うんすんかるたの絵札が掲載されていますが、サイズは非常に小さいです。数札は掲載されていません。

http://mixi.jp/view_event.pl?id=49663374&comm_id=207561
↑来たる2月6日(土)、夜6時(もしくは7時)より
高田馬場で「すんくんかるた」の再現体験会をおこないます。

インドのガンジファを除けば、世界で最もスートもランクも多い伝統デッキだと思います。

みなさん奮って、ご参加下さい!
 いよいよ明日ですよ。ふるってご参加下さい。
江戸中期以前の『すんくんかるた版木』(モノクロ)と
明治24年(1891)の『うなゐの友』(カラー)の
同じ札の比較です。

このように、絵自体は書き直されていますが、構図は基本的に同じであることがわかります。
山口吉郎兵衛の『うんすんかるた』(1961年)は
藤田元春の『平安京遷都史 付 古地図集』を引き
「下立売通と車屋町通の交差点」は、かつては町人の家であったけれども
宝永6年(1710)5月の皇宮地域拡張計画に従って、公家方の住宅になったと書かれています。
つまり、スンクンカルタ成立の下限は、1710年となります。

山口市はこのことを元に、元禄末年(1703年)頃にはスンクンカルタが成立していたのではないかと
説明しています。

ここから『うなゐの友』出版までは188年。
明治維新を超えて、よく生き残ったものだと思います。
 2010年2月6日土曜日、ついに「すんくんかるた」の蘇演がなりました。参加者は27人で、すんくんかるた八人メリ、うんすんかるた六人メリ、てんしょうかるた四人メリを並行して実践しました。
 近く詳しい報告を出す予定です。
秋田の図書館のサイトに
『うなゐの友』のデジタルライブラリがあるよと
教えてもらいましたので紹介しておきます。

天正かるたとすんくんかるた(うんすんかるた)のページです。

http://jpg1.apl.pref.akita.jp/jpg_prg/jgmWeb?%TmpFileDisp%env=kicho/unai/unai-138.env
http://jpg1.apl.pref.akita.jp/jpg_prg/jgmWeb?%TmpFileDisp%env=kicho/unai/unai-008.env

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