ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ゴスペルハウスコミュの「あなたの宗教改革」2020.10.31

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ゴスペルハウスメッセージ 2020.10.31
「あなたの宗教改革」列王記下22:1-13

1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。彼の母の名はエディダといい、ボツカテ出身のアダヤの娘であった。
2 彼は主の目にかなうことを行い、父祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった。
3 ヨシヤ王の第十八年に、王は、メシュラムの子アツァルヤの子である書記シャファンを主の宮に遣わして言った。
4 「大祭司ヒルキヤのもとに上って行き、主の宮に納められていた金、すなわち、入り口を守る者たちが民から集めたものを彼に計算させよ。
5 彼らが主の宮で工事をしている監督者たちにそれを手渡すようにせよ。そして、監督者たちは、神殿の破損の修理をするために、主の宮で工事をしている者たちにそれを渡すようにせよ。
6 大工、建築する者、石工に渡し、神殿の修理のための木材や切り石を買わせよ。
7 ただし、彼らの手に渡した金の精算がなされる必要はない。彼らは忠実に働いているからである。」
8 そのとき、大祭司ヒルキヤは書記シャファンに、「主の宮で律法の書を見つけました」と言った。そしてヒルキヤがその書物をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。
9 書記シャファンは王のもとに行って、王に報告した。「しもべたちは、神殿にあった金を取り出して、これを主の宮で工事している監督者たちの手に渡しました。」
10 さらに書記シャファンは王に告げた。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」シャファンは王の前でそれを読み上げた。
11 王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。
12 王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記シャファン、王の家来アサヤに次のように命じた。
13 「行って、この見つかった書物のことばについて、私のため、民のため、ユダ全体のために、主を求めよ。私たちの先祖たちがこの書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについて記されているとおりに行わなかったために、私たちに向かって燃え上がった主の憤りが激しいからだ。」

私がブラジルで授業をしていたときに、習いに来ていた生徒は、日本人学校の生徒、現地校の生徒、アメリカンスクールの生徒がいました。
学校で日本語で授業を受けている生徒、ポルトガル語で授業を受けている生徒、英語で授業を受けている生徒ということもできます。
彼らが毎日の生活の中で使う言語は、日本語です。
私が授業で最初にするのは、数学の問題を和訳することです。
と言っても、現地校の生徒は私よりポルトガル語が達者で正確な和訳ができます。
アメリカンスクールの生徒の英語力も同様です。
私がする和訳は、彼らの心に届く日本語に、数学の問題を訳し直すことなのです。
日本人学校の生徒にも同様に、心に届く言葉に直して授業をします。

世界には様々な言語があって、複数の言語を使いこなす人もいます。
でも、理解するだけでなく、心の底深くを震わすことのできる言語が、一人ひとりに一つずつあると思うのです。
私はそれを、心の言語、精神の言語、魂の言語、深い感情の言語と呼んでいます。

サンパウロに住んでいたとき、日本人の大ベテランの牧師先生にこう言われたことがあります。
「私は、ポルトガル語では礼拝メッセージはできないんだよ。」
しかし、彼のポルトガル語は達者で、教会内でも街中でも、ポルトガル語をとても上手に使いこなします。
冗談を言って笑い合ったり、相談に乗ったり、まるで不自由ありません。
それでも、彼の心の言語は日本語で、日本語でないと相手の心に届くメッセージにならないとのことでした。

さて、今日10月31日は、宗教改革記念日です。
マルチン・ルターが、1517年10月31日に、ヴィッテンベルク城教会の扉に、95か条の論題を掲示したところから、宗教改革が始まりました。

当時、ドイツの教会の礼拝には、会堂に会衆用の椅子がなかったそうです。
会衆は立ち見で礼拝に参加していました。
ラテン語で礼拝は執り行われ、聖書もラテン語で、会衆は意味もわからないまま参加しているだけでした。
ですから、じっくり椅子に座って聞くことも必要なかったのでしょう。
まさに、形だけの礼拝です。
会衆に神様の言葉は、神様の声は、届きません。

ルターの書いた95か条も、慣例にならったのか、ラテン語でした。
それが、ドイツ語に訳され、宗教改革が推進されていくことになりました。
その後、ルターは、聖書のドイツ語訳をしました。
神様の言葉を、人々に届けたのです。
これが、宗教改革の一つの側面です。

神様の言葉の不足に対して、神様の言葉を注ぐ。
人間の言葉ばかりがあふれているところに、神様の言葉を注ぐ。
聖書には何回も、そうした宗教改革が記されています。

人間の言葉ばかりに関心が注がれていたときに、神様がその言葉を一人ひとりに注いだのが、バベルの出来事(創世記 第11章)です。
惰性的であきらめの宗教習慣に陥っていた民衆に、それぞれの国の言語で福音が語られたのが、ペンテコステ直後の出来事(使徒行伝 第2章)です。
忘れていたところに、神様の言葉が発見されたのが、今日の聖書箇所です。
士師たちや預言者たちも、神様の言葉を見失った民に、神様の言葉を注ぎました。

こういう公共の大規模な宗教改革、全体の宗教改革だけでなく、個人的なものもあります。

乱れた世の中にあってノアに、約束を与えるためにアブラハムに、人との優劣ばかり気にしていたヤコブに、モーセには燃える柴で、ダビデにはナタンを通して、パウロもペテロもアナニヤも・・・・
数え切れないほどの個人的な神様の言葉の注ぎがあり、個人的な宗教改革が起こったのです。

もちろん、聖書に載っていない人にだって起こりました。
聖書の時代だけでなく、現代に至るまで、神様は何度も何度も、その言葉を注いで、宗教改革を起こしているのです。
その結果、リバイバルが起こったり、爆発的な信徒増加が起こったり、悔い改めが起こったのです。
時間も空間も超越する神様は、いつでも、どこででも、宗教改革を起こせるのです。

そして、神様に髪の毛一本まで数えられているあなたが、その言葉注ぎの、その宗教改革の、例外であるはずがありません。
あなたにも、神様の言葉の注ぎがあるのです。
それは、聖書の言葉を通してかも知れません。
礼拝メッセージからかも、人との対話からかも、本からかも知れません。
直接的に神様の声を聞くこともあるでしょう。
神様は自由な方ですから、どんな方法でも、あなたに言葉を注ぐことができるのです。

そう、あなたの宗教改革は、あるのです。
あなたの宗教改革が、来るのです。
神様の言葉の注ぎに期待し、神様のタイミングを喜んで待ちましょう。

あなたのためにお祈りします。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ゴスペルハウス 更新情報

ゴスペルハウスのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング