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南京大虐殺・議論の広場コミュの「スマイス調査」をめぐる議論

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コミュ内全体

「知恵袋」で、根拠なく拙サイトの悪口を言っている方を見かけましたので、ちょっとからかってやれ(笑)、と登場してみました。

「知恵袋」なのに、回答者・参加者入り乱れての議論、というわけのわからないことになってしまったのですが、その中である方が示してきたのが、「真実が知りたい、真実を知ってほしい」なるサイトです。

(念のためですが、私は、2000字という字数制限の中ではほとんど何も書けませんでしたし、こんなレベルの議論に巻き込まれたくもなかったので、基本的には相手方に「言いっぱなし」にさせてしまっています。ま、そのうちまとめて「お返し」しましょう(笑))

いや、笑いました。皆さんにも笑っていただくために、まずは全文を紹介しておきましょう。以下、引用。


−−−−−

スマイス調査は日本軍による虐殺の証拠たりえるか?

ルイス・C・スマイスによる戦争被害調査ですが、これは南京城内とその周辺地域における人的・物的被害を調べたものであり、加害者が日本軍か中国軍なのかを特定していないものの、被害の実態を知るうえで貴重な資料です。

調査方法は、市術地では50戸に1戸、農村部では約250世帯に1世帯を抽出し、彼が中国人助手と共に面接調査したものです。大雑把な調査ではありましたが、南京における唯一の学術的調査といっていいものです。これは「南京大虐殺」を肯定するものでしょうか。否定するものでしょうか?

このスマイス調査によれば、南京市街地での民間人の被害は、暴行による死者が2400、拉致4200(拉致されたものはほとんど死亡したものとしている)、さらに南京周辺部(江寧県)での暴行による死者が9160、計15,760人が民間人の被害ということでした。これは「30万人」虐殺説には程遠い数字です。また、これは「犯人」を特定せず、被害だけの数字であり、その中には、じつは日本軍による死者よりも、中国軍による死者のほうが多数含まれているのです。

というのは、ダーディン記者の記事にもあったように、中国軍は、南京城外の農村地区のほとんどを焼き払いました。そこでは、多くの中国人が死んだのです。また、安全区の中国人が証言していたように、中国軍は働ける男をみれば拉致して兵士にするか、労役に使いました。またエスピーの報告にもあったように、中国兵は軍服を脱ぎ捨てて民間人に化ける際、服を奪うために民間人を撃ち殺すことも多かったのです。このようにスマイス調査が示す民間人死者のうち、その大多数は中国軍による死者と言ってよいのです。

すなわちスマイス調査は、日本軍による民間人の死者はわずかであった、ということを証明していると言ってよいでしょう。

日本軍兵士による民間人殺害が全くなかったとは言えません。松井岩根大将もその点については認めています。しかし、軍規を守るように厳命されていた日本軍が組織的かつ大量に民間人を殺害などしていませんし、その証拠もありません。軍規を乱した兵士は厳しく罰せられました。

http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-238.html

−−−−−

いや、こんな短い文章の中で、間違いのオンパレード。その挙句、「スマイス調査が示す民間人死者のうち、その大多数は中国軍による死者と言ってよいのです」なんて、おそろしい「結論」を出してしまっています。

みなさんにはいまさら「解説」は不要かもしれません。でも、これを大真面目に取り上げている方もいらっしゃいますので、ちょっと遊んでみましょう。

コメント(60)

感想を述べると、スマイス調査でさえ病死数を低く見積もった可能性すらある。平時の都市人口動態と、日本軍が蹂躙した、冬季の農村とで病死が同じとも考えにくいし。板倉の被害者数操作は悪質。
Land utilization in China は、以下のリンク先で
ご覧になれます。

http://ufdc.ufl.edu/UF00089529/00001/2j
>higetaさん

上記ご紹介ありがとうございます。
higetaさん、ありがとうございました。これを見ると、2.7人は年率であり、中国全体、南部、北部などの別で死亡率が測定してありますね。
ところで中国全体の年間人口増加率が2%で一定というのは記憶違いでした。戦前は信頼に足るしっかりした統計が存在しないようですが、年度によって増加率がマイナスという時期も時折あるようです。

中国近代史の人口統計
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7906/2-1.htm

これで見ると1929-1931の間では人口がほぼ増加なしです。
ただし、戦前の中国の人口統計はしっかりしたものがありませんから、参考でしかありませんが。

K-Kさんのサイトの記事は以前にも板倉によるスマイス調査の修正が正当かどうか、思考錯誤板で議論になったとき、紹介されたことを思い出しました。


T.C.Liu & K.C.Yeh
The Economy of the Chinese Mainland
National Income and Economic Development, 1933-1959, Volume I, pp.35 によると、

From 1929 to 1933, John L. Buck organized what was undoubtedly the best sample study of Chinese agriculture.
http://www.rand.org/pubs/research_memoranda/RM3519.html

とあります。そして多くをバック調査に拠っています。
牧野氏が、かれらがバック調査をあまり高く評価していない、とするのには
疑問をおぼえます。
当初のタイトルは「スマイス調査をめぐるトンデモ議論」だったのですが、いつのまにか真面目な議論になっていますので、タイトルを変更しました。

アホな書き込みで「自爆テロ」を敢行し、あっさりと「退会処分」になった方もいましたが、もうこんなレベルは出てこないことを望みます(笑)


さて、私の問題意識は、こういうことです。

「南京戦史」には、「スマイス調査」には「戦闘員としての戦闘死、戦闘行為の巻き添えによる不可避的なもの、中国軍による不法行為や、また堅壁清野戦術による犠牲などが含まれ」ている、との一節が見えます。(P373)


このうち「戦闘員としての戦闘死」は、ある程度あるかもしれません。

南京防衛軍自体は、蒋介石の南京脱出と入れ替わりの形で南京市に入ってきたものです。ダーディン記事によれば「広東」方面の軍が中心、と伝えられます。

ですので「戦闘員」となるとしたら、軍に徴用された場合でしょう。中には「陣地構築」に携わっただけの農民もいたはずで、ここまでを「戦闘員」に入れてしまうことには抵抗がないではありませんが、「民兵」は一定程度存在した可能性はあります。

(後述のように、今手元に資料がありませんので、断定はしません)


ただ「中国軍による不法行為や、また堅壁清野戦術による犠牲」というのはいかがなものでしょうか。

「中国軍による不法行為」による「死亡」を伝える資料は、ほとんど唯一、「エスピー報告」の曖昧な記述だけ。南京城内に関する限り、12月12日夜の光景は、「撤退時のやけくそ暴行」というよりも、「平服を奪うという目的明確な暴行」の性格が強いものであると思います。

それに付随して「殺人」が起こった可能性はありますが、残っている資料から判断する限り、統計に影響が与えるほど多数であった、とはどうも思えない。


「堅壁清野戦術による犠牲」についても、具体的な「死亡」事例は、私の記憶する限り、ありません(念のため、手元資料の見直し作業を進めています)。

基本的には、住民を避難させた上で火をつけたはずです。中には抵抗して中国兵に銃殺されたり、あるいは逃げ遅れて火災に巻き込まれた人もいたかもしれませんが(ただし資料なし)、こちらも、そこまでそんな事例が多かったのか、という疑問がある。


「戦闘行為の巻き添えによる不可避的なもの」に至っては、「調査表」を無視している、としか思えません。

「市部調査」では、はっきりそれは「兵士の暴行」から分離されています。「農業調査」でも、「死亡原因」は「暴行」「病死」「その他」に分かれていますので、その場合は「その他」に分類されるものと思われます。


板倉氏は、上の文を根拠として、実際の「不法殺害」数は、スマイス調査の1/2から1/3であろう、と推定します。秦氏もまた、その推定を踏襲します。

しかしこのように考えていくと、ここまで「割引率」を大きくとるのはいかがなものか、という気がしてきます。
ベイツは、「まえがき」でこう語っています。

「調査期間中の全域にわたっておこなわれた略奪の大半と、一般市民にたいする暴行は、実際のところすべて日本軍の手によっておこなわれた」

調査の当事者の判断です。


ベイツやスマイスは、「調査」を仕切る立場にありました。調査員が苦労の多い調査から帰ってきた時に、当然ながら、「調査票」に出ないいろいろな事情を聞いていた、と考えるのが自然でしょう。

またそもそも、ベイツやスマイスらは、「情報ゼロ」から出発したわけではありません。

「事件」から「調査」まで、3カ月が経過しています。この間、彼ら外国人は、国際委員会の活動などを通じて、大量の「情報」を入手していました。

仮に「中国軍兵士によって多くの人が犠牲になった」という情報があったとしたら、それが彼らの耳に入らないわけがありません。


板倉氏や秦氏の判断を突きつめれば、ベイツがウソをついているか、あるいは誤った認識をしているか、ということになります。彼らがそこまで強い材料を用意できたとは、私にはどうも思われません。



板倉氏の記述にはありませんが、農業調査に関しては、「深刻な強盗行為」による被害が含まれている可能性はあるでしょう。また「農業調査」では、サンプルの偏りから、被害が過大となっている可能性は大いにあります。

ただしここまで含めても、1/2から1/3という「割引率」は、過大なものなのではないか、というのが私の「感想」です。まあ、何の根拠もありませんが、「3/4」ぐらいだったら一応は納得の範囲かもしれません。


・・・ということで、手元資料を当たりだしたのですが、ここしばらく「南京」から離れていたこともありまして、資料の多くが留守宅に眠っています。しばらく帰る予定もありませんので、このあたり、のんびりと調べてみたいと思っています。



なお「板倉修正」の是非の判断は、難しいところですね。

単年度の「病死率」をもって修正の根拠としてしまうのは、ちょっと乱暴かもしれません。少なくとも10年分ぐらいのデータがないと。

ただ、ラーベ日記にも「肺炎」の流行が記録されていますし、資料の制約の中では一応の合理性はある、という気はしています。このあたりも、今後の「宿題」です。
自己レス。

>南京防衛軍自体は、蒋介石の南京脱出と入れ替わりの形で南京市に入ってきたものです。ダーディン記事によれば「広東」方面の軍が中心、と伝えられます。

「南京防衛軍」にもともと南京にいた部隊がどの程度入っていたのか、今手元に資料がありませんので、このあたりは「保留」としておきます。

ここだけ抜いて再投稿しようかとも思ったのですが、これだけ長文ですとそれも面倒ですので、このまま残します。
「スマイス調査をめぐるトンデモ議論」、資料にないことを推量しているだけですから、これまでのゆうさんの反論で尽きています。付け加えることはありません。
スマイス調査をめぐる議論というタイトルであれば、議論の本筋はスマイス調査はなぜ市部の被害者数を実際より低く把握してしまったか、ということになります。
「スマイス調査」に先立つ、復興委員会の調査との比較がまず、とっかかりになります。
この当たりも私は思考錯誤板に一度投稿したことがあると記憶しています。
>27 ゆうさん

上記<27>は客観的な分析であり、説得力を感じました。

>25 higetaさん

貴重な情報ありがとうございます。
前回の投稿、不適当な部分があり、書き換えて投稿しなおします。

その(1)
 スマイス市民調査の人的被害の規模についてはスマイスはまったく意外であり、戸惑いを隠せなかったと言えるだろう。聞き取り調査で正しい報告をしな かった というスマイスの 判断は多数示されている。
 

■暴行による幼児死亡の申告が少なかった。

「占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷の報告が実際より少ないと考えられる理由 がある。実際に、報告された数が少ないことは、暴行による幼児の死亡の例が少なか らず知られているのに、それが一例も記録されていないことによっても強調される。」 (『南京残虐事件資料集』pp222-223、以下同書)

■負傷者の報告も強姦時の負傷の報告も出来るだけ言おうとしなかった。

「負傷しても何らかの形で回復したものは、負傷を無視するという傾向がはっきりと 見られる。」 pp223

「三月中の調査によれば、強姦による傷害は十六歳から五十歳に到る婦人の八パーセントを占めていた。・・・十二月・一月のように強姦がありふれたことに なっていた 間は、・・・遠慮なく認めた。しかし、三月になると家族たちは・・・もみ消そうと した。」 pp223

■拉致の事実を報告していない例が確かに存在する。

「以上に報告された死傷者に加えて、四二〇〇人が日本軍に拉致された。臨時の荷役 あるいはその他の日本軍の労役のために徴発されたものについては、ほとんどその事 実を報告していない。」(『南京大残虐事件資料集 2』pp223)

■女性の拉致が1件も報告されていない。
 
「実際に は、多くの婦人が短期または長期の給仕婦・洗濯婦・売春婦として連行され た。しかし、彼女らのうちだれ一人としてリストされてはいない。」pp223

■復興委員会調査では、拉致は少なく とも10,860人はいる。

「三月中に国際委員会の復興委員会によって調査をうけた一万三五三〇家族のうち、 拉致された男子は、十六歳から五十歳にいたる男子全部の二〇%にも達するものであ った。これは全市人口からすれば一万八六〇人となる。」pp223



  調査結果と実感、あるいは前調査との違いをスマイスは次のような説明を考えた。
1.救済調査のときは援助を求めるための誇張が入っていた。
2.拉致されたものが労働から戻ってきたからである。
3.日本軍による報復を恐れて実態を隠した。
その(2) スマイスの説明に対する反論

1.救済調査において家屋や家財、金銭についての損失を過大に申告することはあっても、援助を求めるためにもともといなかった家族内の働き手が奪われたと ウソをつくと か、現に同居中の家族について死亡・拉致された、と申告することは考えられない。それも、隣人の家族の間で多数の働き手が奪われているという深刻な状況の 中でそのような虚偽を申告して金をせしめるということは一般市民の倫理感からしてありえない。

2.スマイス自ら、別の箇所では「拉致されたものは6月になってもかえってきたものはない」と書いているのだから、「10、860人と4、200人の差」は労働から戻ってきたからだろう、というのは矛盾している。結局、スマイス自身、 納得の行く説明はえられなかった。

3.家族調査の結果を日本軍が知ったとして、どこが報復の理由になるか、スマイスにも説明がつかないであろう。また、調査に答えることがそれほど危険であ るなら、救済委員会の調査のときもそうであっただろうから、調査結果に差はでないはずである。

つまり、スマイス自身は実感あるいは前調査である救済委員会の調査結果と今回のスマイス調査結果の差はまったく説明がつかなかった。このアンケート結果は 非標本誤差であることは明らかであった。

ちなみに・・・
--------------------------------- 
【標本誤差】
 標本調査は,母集団全体を調べるのでのはなく,その一部分だけを調べるのであるから,全部を調べる際には生じ得ない性質の誤差が介入してくる。標本調査 におけるこの種の誤差を 標本誤差 または抽出誤差という。

【非標本誤差】
 なお,統計調査には標本誤差の他に,個々の調査単位の観察が正確に行われないために生ずる誤りがある。これを 非標本誤差という。非標本誤差は標本調査の場合にも悉皆調査の場合にもある。しかし,調査対象数の大きい悉皆調査の場合には非標本誤差は大きくなりがちで ある。また,標本誤差は統計学的に計算可能であるが,非標本誤差の大きさを評価することは不可能である。
http://homepage1.nifty.com/nurse/ob/hyouhon2.htm
「病死率」問題に、ちょっとだけコメント。タラリさん>20への補足になるかもしれません。


簡単に、これまでの議論の復習。板倉氏は、「スマイス調査」に現れる「病死率」人口1000人当り3.8人が、あまりにも低い、と主張します。

その根拠は、バック教授の1932年「中国における土地利用」の調査結果。こちらから1000人当り病死率(スマイス調査の調査対象期間に合わせ100日換算)を計算すると、7.4人になります。

ここから板倉氏は、「病死」を「兵士の暴行による死」として報告している例が多数あるのではないか、と指摘します。そして、それを前提に、「スマイス調査」の結果を大きく下方修正します。
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/hata.html


さて、手元資料を見直してみたら、「南京市地方志編纂委員会」の『南京人口志』に、「病死」についてのデータがあることに気がつきました。

P128に、1934年8月から1935年8月までの13か月間、毎月の「南京市病死人口」のデータが掲載されています。おおむね毎月1000人程度、13か月合計では13,384人です。

P57に、南京市の人口推移があります。それによれば、1933年726,131人、1934年747,410人、1935年879,079人。(年末)

このうち1934年(12月)のデータを概ね上記期間中の平均人口としておきましょう。これで「病死率」を計算すると、こうなります。

100日換算の病死者数 13,384人÷13か月×100日/30日=3,432人

3,432人÷747,410人=0.46%


つまり、「1000人あたり4.6人」ということになります。これは明らかに、「板倉修正値」の7.4人よりも、スマイス調査の生データ3.8人に近い。

またここでは1934年末の人口データを採用しましたが、1935年の人口の急増ぶりを見ると、「4.6人」よりももう少し低い数値が「正解」かもしれません。


どの程度信頼できるデータかわかりませんし、上の計算もせいぜいアバウトな「試算」に過ぎませんので、あくまで「参考値」ではあります。

しかし少なくとも、このデータを見る限り、「スマイス調査の結果をどうしても修正しなければならない、という根拠はない」ということは、言えるのではないか、と思います。
あと、板倉由明氏の論稿をパラパラと見ていたら、「民間人犠牲者数」の「割引率」に関連して、こんな記述に気がつきました。『ゼンボウ』1985年4月、『南京事件の数字的研究?』からです。

>問題はやはり、この内どの程度が不法殺害か、である。

>ここで不法殺害とは、「非戦闘員と承知していて、客観的必要も無いのに行った殺人」と定義しよう。

>私は日本軍をそう性悪とは思っていないので、辛く見たつもりで三分の一、五千人としておく。(P42)


「非戦闘員と承知していて、客観的必要も無いのに行った殺人」・・・。つまり氏の考えによれば、例えば「非戦闘員かどうかわからいが、怪しそうなのでとりあえず殺してしまった」という事例は、「不法殺害」にならないわけです。

これは「殺す側」の勝手な理屈で、「殺される側」の視点がすっぽりと抜け落ちています。こんな定義だったら、「三分の一」というのも、そう無茶なものではないかもしれません。

板倉氏の頭には「三分の一」という数字がまずあった。しかし上の「理屈付け」ではあまりに無茶。そこで「南京戦史」では、「戦闘員としての戦闘死、戦闘行為の巻き添えによる不可避的なもの、中国軍による不法行為や、また堅壁清野戦術による犠牲などが含まれ」る、という理屈を「後付け」した。

・・・というのは、私の根拠のない「想像」です。(笑)
ところで、北村稔氏が「南京事件の探求」の中で、丹羽春喜「スマイス調査が内包する真実をさぐる」という論稿を好意的に紹介しています。

北村氏の紹介によれば、「2400人以上の死者を数えた民間人の被害者の中にだけ一時的に現れている「独身・単身者」の異常に高い比率は、これらの被害者の中に本来の南京市民ではない多数の便衣兵が含まれていたからだという判断が下される」そうです。


もう10年近くも前になりますか、「真実をさぐる」を早速入手してみました。

それによれば、「死亡させられ、あるいは、連行・拉致された成人・男子の総数に占める「独身・単身者」の割合が、44.3%(総数6444人に対する2927人)という異常に高い値になっている」ということです。

氏によれば、この「平時」の数字は12.4%。「平時」に比較して、この数値は異常値である、というわけです。


しかし、計算方法が、さっぱりわからない。だいたいスマイス調査は、「調査時点で生き残っている家族に対する聞き取り調査」ですから、「独身・単身者」が死んでしまったら、そもそも調査対象になるはずがない。

この論稿を見ると、どうもその根拠は、「大阪学院大学経済論集」1995年8月に収録されている、「スマイス報告書について 若干の問題点とそれに関する考察」という「学術論文」の方に書いてあるようです。

しかしこの雑誌、国会図書館のデータベースでヒットしない。というわけで私も、それ以上の「追及」をあきらめていました。



今回久しぶりに、国会図書館NDL-OPACで改めて検索してみました。その間にデータベースの充実があったようで、今回は見事にヒット。早速入手してみました。

一読しての感想。一応は「学術論文」を謳っているものの、内容はかなりのトンデモ、という印象でした。

ただし氏の「理屈」はかなり複雑で、本気で取り組もうと思ったら、かなりの労力を使いそうです。まあ、「なかったことにしたい派」の間でもほとんど話題になっておりませんので、そこまで労力を使う価値があるのかどうか。

まあ、他にやることがなくなったら考えましょう。(笑)
さて、丹羽論稿です。

これで終わるのではあまりに愛想がありませんので、とりあえず前半部分を取り上げてみましょう。


氏が問題にするのは、まずは、スマイス調査にあるこの記述です。

「これに加えて四四〇〇人の妻、つまり妻全体の8.9パーセントは、夫が殺されたか、負傷を負ったか、あるいは拉致されたものである」(『南京大残虐事件資料集』第2巻P222。以下同様。なおこの「つまり」は英文では"or"です)


氏はこれを「検算」しようと思い立ちます。

「総戸数」は47,450戸。そのうち「妻」のいる家を合計すると75.8%。従って、「妻」の総数は、47,450戸×75.8%で35,967人。

そのうちの「8.9%」は、35,967人×8.9%で「3,201人」になる。あれ、おかしいな。1000人以上合わないぞ。



普通であれば、調査の結果を50倍して得られた「4400人」という数字がまずあり、スマイスはこれを「妻の総数」で割ってパーセンテージを求めた。しかしこの時「割り算」を間違え、なぜか「8.9%」の数字を出してしまった、と考えるところでしょう。

正しい数値は、4400人÷35967人で、12.2%。「調査」を詳しく見れば、数字が合わないところなど、いくらでも発見できます。

(逆に考えます。仮に「8.9%」「4400人」の両方が正しいとすると、「妻の総数」は「4400人÷8.9%」で、49,438人、ということになります。まあ、一軒に妻が一人とは限らないんで、例えば三世代同居の場合など、複数の「妻」がいることはありうる。ひょっとしてスマイスは分母に「同居親族」の妻もカウントしたのではないか、という可能性もないではありませんが、ちょっと無理がありそうですね)


しかし丹羽氏は、この「8.9%」という数字を絶対視してしまいます。

この矛盾をどう解くか。「8.9%は間違いだろう」で済む問題なのに、ここから丹羽氏は、思い切り「暴走」を始めてしまいます。


この差は、なんらかの理由で集計から外されたサンプルのカードの存在を示すものではないか。

つまり、「被害者」のデータには使えても、「人口推計」のデータには使えない、というカードがあったのだろう。

「論理的につきつめていけば」(丹羽氏はこのフレーズを、わざわざ太字にしています(笑))、そう考えるしかない。
さてそれでは、そのカードの正体は何か。

次のところ、コケました。

>スマイスたちによるフィールド調査は、「住居番号」に準拠して(すなわち、その50番ごとに)選定された。

>調査対象家族ないし調査対象者それ自体が、すでに、死亡させられてしまっていたり、あるいは、拉致されたり、避難・逃亡してしまっていて、当該の住居にはもはや住んでいないような場合であっても、周囲の隣人たちは、調査員に対して、それら調査対象家族ないし調査対象者が「難にあった」時の状況などについて、口ぐちに物語ってやまなかったであろう。


つまり、誰も住んでいない家も調査対象になっており、そんな家でもむりやりにデータを集めなければならかったので、「隣人」の話に頼って調査票を作成した、というわけです。

しかし普通に考えれば、100万都市の人口が20万そこそこまで落ち込んだわけですので、南京は空き家だらけだったはずです(まあ、火災で焼失した家もたくさんあったでしょうけど)。

そんな状況で、「50個の建物のうち1個の建物を必ず選定する。住民がいなかったら隣人に聞いてでも何とか調査票を埋める」なんてアホな調査をするはずがない。

「人の住んでいない家」は、はじめから「家族調査」の対象から外していた、と考えるのが普通でしょう。


あわてて「スマイス調査」の調査方法を確認してしまいました(笑)。

「市部調査のなかでも家族調査における総計は、入居中の家五〇戸につき一戸の割合で調査してえられた各戸平均の結果を五〇倍して算定した」(P218)


「入居中の家」、と明記してあります。英文ではinhabited。人が住んでいようが「空き家」だろうが、そんなことに構わずにサンプルを選んだ、という丹羽氏のイメージは、はっきり、間違いです。


さて丹羽氏は、ここからさらに空想の翼を広げてしまいます。この「幻の居住者」たちには、実は「便衣兵」が多く含まれていたのであろう、というわけです。

彼らは「住民」ではないから「人口推計」からは外れる。しかし「被害者」としての統計には載ってくる。

このあたり、どうも丹羽氏の理屈はわかりにくいのですが、そもそも「幻の居住者の存在」という「前提条件」が間違っている以上、この議論はただの「トンデモ」です。


さて、ここまでが前半部分。後半部分で、いよいよ、お待ちかね「単身者・独身者数の推計」が登場します。

・・・と、今日はここまで。

後半部分、「どこがおかしいか」のイメージは大体捉えたのですが(データ中「同居親族」の存在が鍵になりそうです)、ちょっとした「頭の体操」になりそうですので、アップには時間がかかるかもしれません。

のんびり、お待ちください。(笑)
さて、丹羽論稿の後半部分に移りましょう。



まずはお待ちかね(かどうかわかりませんが)、被害者のうち「独身・単身者」の計算から。

最初に、「夫または父親であった」被害者の数です。「スマイス調査」の次の記述を思い出してください。

>これに加えて四四〇〇人の妻、つまり妻全体の8.9パーセントは、夫が殺されたか、負傷を負ったか、あるいは拉致されたものである。これらの夫のうち三分の二、すなわち6.5パーセントが殺されたか拉致されたものである。

細かい計算は省略しますが、丹羽氏はこれに「妻はいないが子供がいる男性」の数を加算し、これを「4,818人」と計算します。

そしてその「三分の二」、すなわち「3,517人」が「夫または父親であった」死者・拉致された者の数である、とします。ここまでは(厳密にはおかしいところもあるのですが)、まあ、いいでしょう。


一方、死者(男性のみ)・及び「拉致された者」の数は、6,600人。

(細かい話ですが、このうち「死者」には「軍事行動」によるものも含まれ、また「女性」は除いてありますので注意。一般的に言われる「被害者数」6,600人とは、たまたま数字は同じですが、ちょっと意味が違います)

ただしそのうち156人は「子供」(15歳未満)です。従って、大人の「男性」の「死者・拉致された者」の数は、6,600人−156人で、「6,444人」になります。


これでデータが揃いました。

(1)「死者・拉致された者」の数・・・6,444人
(2)夫または父親であった「死者・拉致された者」の数・・・3,517人

(1)と(2)の差、6,444人-3,517人=2,927人が、「夫でも父親でもない」ところの「男子の独身者または単身者」(子供以外の)人数である、というわけです。比率にすると、2,927人÷6,444人=44.3%という高率です。
さてでは、「男子の独身者または単身者」の人口に占める比率は、どのくらいが「正常値」なのか。「スマイス報告」の第3表、「家族構成」を見ましょう。

         1932年 1938年
A 夫と妻       9.5  4.4
B 夫妻と子供 33.1 26.2
C 男子・子供 2.3 2.6
D 女子・子供 3.4 6.6
E 男子一人 5.3 5.3
F 女子一人 2.1 2.1
G 夫・妻・親類 4.1 5.0
H 夫・妻・子供・親類 25.7 27.3
I 男子・子供・親類 4.6 5.9
J 女子・子供・親類 2.6 6.3
K 男子・親類 7.1 6.2
L 女子・親類 0.1 2.1


1932年の「男子の独身者と単身者」の数の合計は、E「男子一人」とK「男子・親類」の合計、12.4%。これをとりあえずの「正常値」と見ます。


正常値「12.4%」に対して、「44.3%」。これは明らかな異常値である、と丹羽氏は主張します。

丹羽氏の結論です。

>要するに、1937年12月の「南京陥落」前後から1938年のはじめごろまでの南京市内には、一時的に、同市における「一般市民社会」(シビリアン社会)の本来的な構成員でないところの、異常に多くの「男子独身者・単身者」が居たということであり、結果的に、それらの大部分が、日本軍による「便衣兵」摘出措置によって「除去」されたというわけなのである。

>本稿でのこれまでの考察を踏まえて端的に言いうることは、そのような異常に多く居た「男子独身者・単身者」たちのほとんど全てが、実際には、潜伏中の中国兵、すなわち、「便衣兵」であったにちがいないということなのである。

>換言すれば、上記で3000人近い人数(2,927人)として算定された「死亡させられ、あるいは、連行・拉致された」ところの「男子独身者・単身者」は、そのほとんど全員が、とりもなおさず、中国軍の「便衣兵」にほかならなかったと判断されなければならない、ということなのである。



みごとな論理展開のように見えるのですが、どうも「結論」がぶっとんでいます。

ではその「男子独身者・単身者」の被害を、誰が報告したのか、というもともとの疑問が復活します。「スマイス調査」は「生き残った家族への聞き取り調査」ですから、家族を持たない「男子独身者・単身者」の死亡・行方不明は、決して統計に現れることはありません。

丹羽氏は前半で「隣人への聞き取り調査」なのだろう、と「推理」してみせますが、それが無茶であることは、前回説明の通り。

さて上の論理、一体どこがおかしいのでしょうか。これはちょっとした、頭の体操でした。


・・・結局、まる2日、かかりました。「スマイス調査」のデータをエクセル表にコピーして、足し算やら掛け算やら割り算やらをさんざん繰り返した上での「成果」です。わかってみれば、な〜んだ、という世界ではありますが(笑)

すぐに発表するのももったいない気がしますので、ヒマな方、考えてみてください。

ヒント。何とまあ、「間違い」は3つもあるんですね。いずれも、ちょっと気がつきにくい。この3つの要因が複合して、こんなおかしな結論になってしまっている。

では、「解説」は来週、ということで。
一週間のご無沙汰でした。では、謎解き編といきましょう。


まず前回の、

>1932年の「男子の独身者と単身者」の数の合計は、E「男子一人」とK「男子・親類」の合計、12.4%。これをとりあえずの「正常値」と見ます。

が必ずしも正確ではないことに、皆さま、気がつかれましたでしょうか。


表を再掲します。


------------------1932年--1938年
A 夫と妻-------------9.5---4.4
B 夫妻と子供--------33.1--26.2
C 男子・子供----------2.3---2.6
D 女子・子供----------3.4---6.6
E 男子一人-----------5.3---5.3
F 女子一人-----------2.1---2.1
G 夫・妻・親類---------4.1---5.0
H 夫・妻・子供・親類---25.7--27.3
I 男子・子供・親類------4.6---5.9
J 女子・子供・親類------2.6---6.3
K 男子・親類-----------7.1---6.2
L 女子・親類-----------0.1---2.1


ここで欲しいデータは、「15歳以上の男子の中における、「単身者」であったはずです。

であれば、分母は「全世帯」であってはいけません。「女子」を世帯主とする世帯を除かなければいけません。

しかしそれを修正しても、とても「44.3%」という高率には接近しそうにない。ここで私は、いったん行き詰ってしまいました。
そういう時は、何でもいいから表の数字を足したり掛けたり割ったりして、じたばたしてみるに限ります。

表をよく見ると、「人口」は、「世帯主の男子または女子」「世帯主の配偶者(妻)」「世帯主の子供」「世帯主の同居親類」の4つのカテゴリーにわかれます。

さらに我々の前には、

・「15歳未満の子供」の割合 1932年32.6%、1938年30.6%
・「平均家族数」 1932年が4.34人、1938年が4.7人
・男女比 1932年 15歳未満1.09対1 15歳以上1.18対1

というデータが存在します。


これだけ揃えば、各カテゴリーの男女別人口比率を計算することができそうです。ただし「世帯主の子供」と「世帯主の同居親族」は分離できませんので、カテゴリーを次のように組み直してみましょう。


a 配偶者なしの男女世帯主
b 「夫・妻」
c 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳以上)
d 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳未満)


aの計算は簡単です。世帯主は各家庭に必ず1名ですから、上の表から、「男子」「女子」がそれぞれ世帯主になっている世帯の割合を求め、それを平均家族数4.34で割ればいい。

bも簡単です。「夫」「妻」がいる世帯の割合を求め、同じく平均家族数4.34で割ってやる。夫と妻は必ず同数です。

そして、全体からabを引けば、c+dの割合が出てきます。

「15歳未満」はすべてc、dに属するものと考えれば、dは「15歳未満」の比率とイコールになります。さらに男女比がわかっていますから、男女別に分解できる。


その結果が、下の表です。
---------------------------------------------------男----女
a 配偶者なしの男女世帯主-----------------------------4.4%----1.9%
b 「夫・妻」------------------------------------------16.7%--16.7%
c 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳以上)----16.1%--13.6%
d 世帯主の「子供」及び世帯主の「同居親類」(15歳未満)----16.0%--14..6%
合計-----------------------------------------------53.2%--46.8%

ついでです。丹羽氏のアプローチに合わせて、a「配偶者なしの男女世帯主」を、「子供あり」「子供なし」に分けておきましょう。

a-1 aのうち「子供あり」・・・・(男)1.6%
a-2 aのうち「子供なし」・・・・(男)2.9%


この表が出来上がった10秒後、私は思わず「ヤッター」と大声をあげていました。答えはここに、はっきりと書いてあるではありませんか。

念のため「検算」してみたら、これがぴったり。

読者の皆さまにもおわかりのことと思いますので、これで解説を終了します。
・・・なんてわけにもいきませんので、「蛇足」ながら「解説」を。

丹羽氏が、「被害者のうち男子単身者」の比率を、どのように計算したかを思い出してみてください。

「夫を失った妻の数」をそのまま「妻のいる夫の数」と読み替え、さらにそれに「妻はいないが子供がいる世帯主の男性」の数を加えて、「3517人」という数字を出しました。

そして、死亡者全体(15歳以上)の「6444人」からこの「3517人」を引いて、「2927人」の数字を出しました。これを割り算すると、「死亡者総数における単身者の割合」44.3%がはじき出されます。


さて、上の表をもう一度、見てください。「妻のいる夫」はカテゴリーbに、「妻はいないが子供がいる世帯主の男性」はカテゴリーa-1に相当します。

丹羽氏は、「15歳以上の男子」からa-1「配偶者なしだが子供がいる男子」とb「夫」を引いたものが、a-2「配偶者も子供もいない男子」(単身者)になる、と考えました。

しかしよく見ると、この「引き算」をすると、a-2以外に、c「15歳以上の「子供」及び「同居親族」」が残ってしまうのです。

これが、丹羽氏の勘違いの正体でした。わかってみれば、単純そのものです。



参考までに、丹羽氏と同じく1932年の数字を「正常値」とみなして、「44.3%」に相当する数字を計算してみましょう。

分母は、「男性」の比率53.2%から「15歳未満の男子」16.1%を引いて、37.1%。

分子は、a-2「配偶者も子供もいない男子」2.9%に、c「15歳以上の「子供」「同居親族」」16.1%を足して、18.9%。

割り算すると、「51.2%」という数字が出てきます。

1932年以降の急激な人口増、そして戦争による混乱を考えれば、この数値がかなり大きく変動しても不思議ではありません。そんな中で、7ポイントの違いは、「概ねの一致」と考えてもいいでしょう。
追記。よく読むと、「人口比率」の表が1932年のデータであることを書き漏らしています。

参考までに、1938年でしたら、「総人口」もわかりますので、「人数」まで計算できます。

再投稿も面倒なので、補足しておきます。
「脱洗脳史講座」なるサイトが丹羽氏の議論を無批判に紹介しているのを見かけましたので、上の議論を改めてまとめておきました。

「民間人被害者は「便衣兵」? 丹羽春喜氏の「スマイス調査」論」
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/niwa.html 


要するに、丹羽氏は、

男子の被害者数 − 世帯主であった男子の被害者数 = 単身・独身者の被害者数

という計算をしているわけです。

しかし「スマイス調査」は「生き残った家族」に対する調査ですから、「単身・独身者」が死んでしまったら、そもそも調査対象になりようがない。「スマイス調査」上は、「単身・独身者の被害者数」はゼロとなるはずです。


正しい計算は、こうなります。

男子の被害者数 − 世帯主であった男子の被害者数 = 世帯主ではない、「世帯主の子供または同居親族」の被害者数

つまり丹羽氏は、「世帯主ではない男子」の存在を完全に失念してしまい、この計算の結果を「単身・独身者の被害者数」であった、と誤認したわけです。


「世帯主でない15歳以上の男子」の人口比率は16.0%。分母に「15歳以上の男子」の人口比37.1%をとると、

16.0 ÷ 37.1 = 43.1 %

の「高率」となります。

丹羽氏はこれを、「単身・独身者」の比率である、と勘違いしてしまった。それが、「単身・独身者被害者の異常な高率」なるものの正体でした。
丹羽氏の論文の論理を解剖して、彼の誤りの解明はとても及ぶところではありません。ゆうさんお見事です。

私はスマイス調査を見限っての上で研究を進めていますので、別の方面から誤っていることを指摘しますと


>丹羽氏の結論です。

>>要するに、1937年12月の「南京陥落」前後から1938年のはじめごろまでの南京市内には、一時的に、同市における「一般市民社会」(シビリアン社会)の本来的な構成員でないところの、異常に多くの「男子独身者・単身者」が居たということであり、結果的に、それらの大部分が、日本軍による「便衣兵」摘出措置によって「除去」されたというわけなのである。

>>本稿でのこれまでの考察を踏まえて端的に言いうることは、そのような異常に多く居た「男子独身者・単身者」たちのほとんど全てが、実際には、潜伏中の中国兵、すなわち、「便衣兵」であったにちがいないということなのである。

>>換言すれば、上記で3000人近い人数(2,927人)として算定された「死亡させられ、あるいは、連行・拉致された」ところの「男子独身者・単身者」は、そのほとんど全員が、とりもなおさず、中国軍の「便衣兵」にほかならなかったと判断されなければならない、ということなのである。


スマイスは1932年と1938年3月に調査を行なっており、男女比はそれぞれ114.5と103.4になっています。もし、1937年12月から1938年にかけて選択的に男性市民が殺害されていなかったとすれば、南京市民の男女比は1938年にも114.5に近い比率を維持したはずです。しかし、スマイス統計調査の南京市人口の221,150人を元に計算すると、12,069人の男性が殺されたことになるのです。

************ 計算経過 ********************
男性人口=221,150×103.4/(103.4+1.00)=112,423人

もし、男女比114.5を維持していたとすれば
112,423×114.5/103.4=124,492人
がいたことになり、その差は
124,492-112,423=12,069人
となる。
*********************************************

1932年には南京市には「便衣兵」はひとりもいないはずです。
丹羽氏の「殺された男性単身者はすべて便衣兵」という説明が成り立つ余地はまったくありません。
>>要するに、1937年12月の「南京陥落」前後から1938年のはじめごろまでの南京市内には、一時的に、同市における「一般市民社会」(シビリアン社会)の本来的な構成員でないところの、異常に多くの「男子独身者・単身者」が居たということであり、結果的に、それらの大部分が、日本軍による「便衣兵」摘出措置によって「除去」されたというわけなのである。

これはまったくの誤りです。

首都警察-南京特務機関-南京市政府の統計では

年度   人口  戸あたり家族数   男女比 
1931   654,398    5.16    1.57
1932   659,617    5.07    1.57
1933   726,131    5.13    1.57
1934   795,955    5.17    1.58
1935  1,013,320    5.18    1.49
1936  1,006,968    5.09    1.49
1937
1938.08 307,546     4.01    1.11
1938.12 438,013     4.05    1.18
1939.04 507,718     4.20    1.27
1939.08 524,050     4.14    1.23
1939.12 576,347     4.25    1.25
1940.04 591,870     4.32    1.24
1940.08 603,617     4.32    1.25

1937年12月の「南京陥落」前後から1938年のはじめごろまで「だけ」に、「異常に多くの男子独身者・単身者が居た」のではなく、もともと南京市はそういう社会だったのです。

1937年(12月以降)を境に戸当たり家族数と男女比がくっきりと減少しています。日本軍が家族構成にけっして消えない傷を与えたのです。
スマイス調査と南京市の人口統計を比較するとスマイス調査の結果には多数の疑問符がつく。

 南京市の人口統計は首都警察が毎月行なってきた実住人口の調査であり、日本軍占領の時期は南京特務機関の業務であったが、調査には首都警察の元警官が行い、調査手法も同じであった。日本軍の傀儡市政府が成立したのちは再び南京市政府の警察庁の業務として引き継がれた。つまり、1927年から1945年以後まで一貫した調査統計手法によって人口統計が作られているのである。

 この調査の目的のひとつは、首都南京に反政府勢力が浸透することを防ぐことである。中国の都市は常に農村の人口圧力に曝され、絶えざる人口流入があった。人口流入の多くは男性単身者であり、彼らは普通の家庭に間借り、同居人として居住を開始した。そのため「戸主」を厳密に認定し、戸主に新規の居住者を監視、報告させる手法を採った。すなわち南京市の人口統計は現住人口主義であり、リアルな人口動態を示している。

 南京市の人口統計では月ごとに細かい増減を繰り返しつつ増加している。常住人口ではこういうことはまずありえない。これは農繁期-農閑期、好不況の波、公共事業の有無によって増加のみでなく、細かい減少も記録されるのである。これに対してスマイス・ベイツ調査は常住人口主義である。これは人口統計としては一般的であるが、南京戦による人的損失を伺い知るにはかえって好都合である。

スマイス報告と比較するために、スマイス報告のある年度・月における首都警察による統計を示す。

            1932年   1938年3月   1939年1月
人口         659,617    266,000    458,940
戸数 129891    70000     112597
戸あたり家族構成員数  5.08人    3.8人     4.08人

これを利用して1938年3月における喪失人口を算定することができる。

家族構成員数が不変のものとすれば266.000人×(5.08人-3.08人)/3.08人=89,376人

この人数は殺害されたか、あるいは南京戦以前に南京から疎開・避難した人数である。
日本軍に拉致されて使役されていた人数はこの時点ではごくわずかであるので考慮しないとして、いったんは9万人近くが日本軍の犠牲になったとしていいだろう。

この計算は思考錯誤板にも書いたことがあるし、渡辺さんは私以前にこういう計算をしていた。

さて、南京戦の1年後ともなれば、疎開・避難していた家族たちも大多数が復帰していたと考えていいだろう。

さて1939年1月における喪失人口は

485,940人×(5.08-4.08人)/4.08=140,038人

南京から疎開・避難していた家族たちがすべて戻って来たなら、喪失人口は減少し、残りは死亡人数を示すはずである。しかし、1939年1月においても喪失人口は減らないで、むしろ増加した。
もし、1938年以後に南京に流入した戸の戸あたり家族構成員数が非常に少なければみかけの喪失人口が減少することもありえる。計算してみると流入人口中の戸あたり家族数は下のようになる。

(458,940-266,000)/(112,597-70,000)=192940/42597=4.52人

南京市に流入した人口は南京市の郊外農村部からが大部分であろう。どの範囲の地区から流入があったかは不明であるが、南京市が含まれる江蘇省の、1936年における戸あたり家族構成員数は4.84人である(ただし、この統計は江蘇省から南京市と上海市を除いた地区のものである)。

新たに流入した郊外農村地域でも日本軍による被害が大量にあったと考えてさしつかえないだろう。
首都警察調査による人口統計から喪失人口を計算してみたがスマイス調査ではどうかと比較するとびっくりするような調査結果である。

              1932年 1938年3月 1939年1月
首都警察         5.08人  3.8人   4.08人
スマイス・ベイツ調査  4.3人   4.7人   4.1人 

なんと、スマイス・ベイツ調査では家族の構成員数が戦争直後に増加している。
また、1939年の統計では家族構成員数が戦争直後に比して激減している。
こんなことがありえるだろうか。このような人口動態を説明するストーリーは到底思いつかない。

首都警察の統計が示すところは戦争前後で避難民の流出と死亡で激減し、その後は少数の疎開・避難したものの帰還と周辺部からの難民流入によってある程度回復したと読める。この推測には何の無理もない。


スマイス・ベイツ調査と首都警察調査の違いの最大のものは短期間の滞在者に対する扱いである。スマイス・ベイツは常住人口主義で、首都警察は現住人口主義である。南京の人口統計を総合的に見ると大量の男性単身者・独身者がまず流入し、定職につければそのあるものは家族・伴侶を呼び寄せ、常住に至ると考えられる。男女比1.57人に現れる、大量の過剰男性人口を常に除外していたのがスマイス・ベイツ調査である。

しかし、常に非定住男性単身者・独身者を除外しているのなら、1938年には確実に家族構成員数が減少したはずであるが、それがどういうわけか増えている。1938年のスマイス調査には決定的な欠陥があると判断するしかない。
[52]
訂正

>家族構成員数が不変のものとすれば266.000人×(5.08人-3.08人)/3.08人=89,376人

 266.000人×(5.08人-3.8人)/3.8人=89,600人 に計算式と結果を訂正。
ところで、1939年1月の流入人口42,597人の家族構成員数は4.52人であったが、流入したものの中に南京市からの避難者が入っておらず、すべて近郊農村の住民であったと仮定し、かつ江蘇省の平均である、4.84人が流入人口の元家族構成員数であったと仮定すれば、

42,597×0.32=13,631人が流入人口中の喪失人口となり、

1931年南京市人口が抱える喪失人口は
89,600+13,631=103,231 であったと推定される。

実際には南京戦の前に一部の市民は城外農村部に避難し、戦後に帰還したと考えるのが相当であり、流入人口の元の平均家族数は5.08人から4.8人の間であろう。

ということは前述の算定の喪失人口、103,231人を多少押し上げることになる。
また、そもそも喪失人口の計算方法では家族全員死亡のケースをまったく考慮していないし、考慮するすべを持たない。
歴史つうのは正しい事実の継承でなくて
都合よいことの継承であるつうことがよくわかりますね。
正しいことを認めることは自尊心や愛国心を傷つけることになるので解釈を都合よくする。

南京問題にもそれは当てはまりまして過大に評価したい中国と過少にできればなかったことにしない日本とは随分に認識の差が生じます。


歴史的背景や文献を駆使して事実関係の是非を問うてみてもそれは専門家だけの嘆美的な意味のない説明になりかねません

南京問題については
たとえ事件の背景や文献や事実を説明できても
それを受け入れる側が
なければ事実無根であろうが全否定というものになりかねません


最近、違う文献で知ったのですが鎌倉幕府は
1192年創設でなかったとか
江戸時代、日本は鎖国をしていたわけでなくて
入出国の管理をしていたにすぎないとかの解釈が新しい歴史解釈になってますが

南京問題も結局は双方の国で都合よく事実をねじまけて説明されちゃうんじゃないですかね
>>56 蠅覆辰阻榲垢気鵑
どうせ、真実はわかりっこない、という悲観的、投げやりな立場のことをニヒリズムと呼びます。
そのような、後ろ向きの姿勢からは自然科学と社会科学を問わず、新しい発見は出てきません。

今までに蓄積した知識、論点の最高地点を極めれば必ずやそれに対する不満足を覚え、さらに新しい地点を目指そうという意欲が出てくるものです。登る前から、どうせ大した山じゃないから登らないと決めたひとはさらなる高みを目指そうという意欲は出てきません。

そういうことを感じました。
副管理人より警告。

ルーデル空軍大佐さん、この書き込みは削除対象です。

自主的に削除することをお勧めします。
管理人です。大変遅れましたが、該当の投稿は削除しました。

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