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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの短編小説:能得の猫

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 其の毛色、類はず愛しき云々。皆、浅黒色なるに、此れ独り黒く墨の如し。
 其の形容を為すは、ああ、韓盧に似たり。長さ尺有五寸、高さ六寸ばかり。
 其の屈するは秬粒の如くして、其の伸びるは長き弓を張るが如し。
 眼睛晶熒、針芒の乱の如し。眩鋒の直竪の起き上がるが如く揺れず。
 其の伏臥する時、団円して足尾見えず。宛も堀中の玄璧の如し。
 其の行歩する時、寂寞にして音声聞こえず。恰も雲上の黒龍の如し。
 性、道行を好み、五禽に暗合す。常に頭を低くし、尾を地に著く。
 しかるに背脊を聳せば高さ二尺ばかりなり。毛色、澤盖、是に由るや。
 亦、能く夜鼠を捕らへること、他猫に勝る。
 
 仍りて曰ふ、「汝、陰陽の気を含み、支穴の形を備ふ。心有りて心寧、我を知るや」と。
 猫、すなはち歎息して首を挙げて吾が顔を仰ぎ睨む。心咽びて臆盈たすに似れども口で言ふこと能はず。
 引用 宇多天皇(「寛平御記」寛平元年2月6日条) 

 ミシェルがいずこなりと姿を眩ました。
 台風と巨鯨の尾のごとく隆々と張り出した温帯低気圧の所為で、悄然と立ちすくむほどの長雨を鬱陶しく思いながら、三日ばかり格子窓の外に見える御囃子宮のか黒い森を私は眺めるばかりであった。
 ミシェルというのは、御囃子宮をねぐらにしている猫の名前で私が名付け親だ。語るまでも詮無きことだが、此の地、能得に集い住まう猫族には総じて名前が授けられ七度の生を坐し給う。霧生ヶ谷、式王子港、とりわけ能得の地においてはまったき白地一点の柔毛曇りなき、総身を深山より切り出されたばかりの黒曜石を天上の石工職人により加工されたかのように美事な黒色が特徴である尾朧猫が一帯の猫族を統べていると、此の地を知る語り部たりしもの曰く。
 ご時世に漏れずどこなりとも不心得者はいるものだが、能得の住人ではあるまい、誰がうち捨てたか毛色としては能得に馴染まぬ、目も碌に開かぬ茶と白と焦茶が渾然と混じり合った典型的な三毛で、三毛のミ。英字のエルのような紋様が白く毛並みに浮き出ているから白エル。それを合一させたのがミシェルである。私の安直な命名法には独特な個性など見いだせもしないが、それでも名前は必要なものだ。
 こと愛らしき柔毛の小動物に好意を寄せるものなら思考するべくして、一度とならず私は住居に連れ帰ろうと鑑みたが、猫族に対する吸入性疾患をもつ年老いた家人がいたため諦めざるを得なかった。ともあれミシェルは気儘な猫君なのだ。戯れつき甘えはするものの、確固とした独立心を抱いており、棲家として居着いてくれるとも思わぬ。典型的な放浪猫である。くるくると形を変える巴旦杏型の瞳。日がな舐る毛繕いのおかげでふわりとした日向の匂いを想起させる背中。少々曲がり気味の尾っぽ。伏せたときには手足も尾も判別のつかぬまん丸の毛球となって、まるで玄武の玉であるかのようだ。名を呼ぶとあたかも人語を解するようにナォーと返事をし私の膝元に頬を擦り付けてくる邪気のない人懐っこさ。猫を愛する私は忽ち彼女、三毛猫は圧倒的に牝が多数派なのだ、の災い果てる幸福なる虜囚となりしに、ささやかなる友愛の証として 目にも綾な赤い首輪を贈呈した。そして御囃子宮に日参したものだった。
 それが今宵はとんと見かけぬ。
 白、黒、濃淡の縞模様、赤斑、黒斑、三毛、トビ三毛、縞三毛、鯖虎、雉虎、赤虎、雲、錆……。
 日がな繰り返す驟雨に拘束を強いられ辟易していた私は夏休暇に課された『式王子港市における埋葬法』、特に能得について纏めあげた論文をあらかた片付けてしまい、久方ぶりに雨で洗い流された澄んだ夕暮れの大気の下、ミシェルの狩り場兼棲家である御囃子宮界隈を気晴らしに散策始めた。能得の土地には一帯、私の愛すべき猫族がそこの路地、あそこの公園といった体で普段は見かけるのであるが、長い降雨の所為だろうか、安全に馥郁たる体毛を濡らさぬ場所に避難してしまったのか、ただの一匹も馴染みの相貌を拝むことが叶わず、あろうことかハーメルンの笛吹き男の伝説の結末のごとく能得中のありとあらゆる猫、いや、猫だけとは限らぬ、小動物の何もかもが姿を消してしまっている。執筆していた論文の一節を諳んじながら私は昂揚していた感情を持て余してしまった。「カクモ衆生驚クベキカナ。桶ノ底抜ケタル当ニ其ノ下、凍エル冷気息吹ク果無シ穴在リ」
 能得の地を統べる本来の主人を欠きながらも、忠実なる従者、或は従順たるしもべが成す人波で御囃子宮は活況の賑わいをみせていた。さもありなん、今宵は能得寝虎子市。月に一度、古書市、我楽多、瀬戸物市や朝顔市が開催される境内で、今夜は一年を通じても特に星辰、天体の巡りと示し合わせて猫族に捧げる大事な市が立つ日なのであった。
 こうべを垂れたる猫の君を奉ればこそ。こと、市に主人がおらねばそもそも引き立てようもないのであるが、入植してきた新参者が増えたからだろうか、古くからのしきたり知らざるものこそ幸いなりし。恥ずかしげ、臆面もなく白地に紺で「あたうねここいち」と勘亭流で染め抜かれた幟が境内の脇に竿立ち、アセチレンライトの白く熱された光が菫色の夕闇を爆ぜるように明るく照り焦がしている。
 的矢、水風船釣り、くじ引きに艶やかな浴衣茶店、涼しげな音色を奏でる風鈴屋、モロモロ釣り、さらにはかつてこの土地に面妖なる舞踊で持って異界から文化を伝播させたという獅躯人頭の女神、舞端守照主の面を模した猛々しい能面屋。私は一軒一軒を冷やかしながらミシェルがおらぬかとあちこちに視線をやった。
 能得は猫の町だ。御囃子宮にいる麗しの猫君たちは居着いてからは須らく古くから参詣客にいつくしみ愛し崇拝され至極大事にされており、露程の物怖じを人間にみせることなどない。ゆえに、夕暮れの逢魔が時分、境内を悠然と我が物顔で闊歩していそうなものだ。特に今夜は何と申せど食べ物の露天商が豊富に出店を開かれている。飽食欠食の差異あれど、おこぼれを頂戴しようと好奇の塊たる彼らが必定見逃すわけがなかった。であるのにも関わらず、気配すら微塵も感じられぬ。忌むべき不吉だ。
 完璧なる黄金色の照り返しと芳醇な香りを放つ鰹節屋。大粒な瑠璃家苺の盛り合わせ、大降りに切り出され赤々とした腹身を晒す大鮪、モロモロの蒲焼き、煮干しで丁寧に抽出された出汁で炊かれた猫椀。丁寧に筋を除去し湯掻かれた家禽の笹身、焼きほぐしたモロモロのすり身に胡麻と醤油を加え味噌状にしてあえた霧生ヶ谷うどん、式王子ヶ谷山系から湧きいで流れる九頭身川の清新な口当たりのよい軟水。どの露天に並ぶものもこの時ばかりは古からの能得の守護者たる猫族に捧げる貢ぎ物で溢れんばかりだった。猫族の神、舞端守照主を讃えることに一切疑いを抱かぬ古くからの信仰の厚い霧生ヶ谷っ子の関心を買おうと、店の主人が我こそは名乗りをあげ口々に威勢の良い陽気な、だが厳粛たる面持ちで客を招いている。私の視線は碌すっぽそれらを見てはいなかった。
 奇怪しい。見当たらぬ。
 ミシェルどころか他の猫さえ。
 私と思いを同じゅうする人の振る舞いだろうか、町外からの人の入りも多く賑わうせっかくの能得寝虎子市、捧げものを貢ぐ肝心の相手がいないのだから困惑してしまうのだろう、座の空気に形容し得ない不穏なものまで混じりすら始めていた。それは戯れついて漏れた仔猫のあげるような嬌声などでは決してない。
 そういえばこのところ屯しているところを見かねぇなぁ。長雨の前からブルーシートを張り屋台設営の段取りをしていたというとある座の主が私の疑問に答えてくれた。そうよなぁ、何かを触媒にここ数日急に何もかもが空っぽって存在に入れ替わっちまった気がするよ。まったくどこに行っちまったんだか。兄さんも思うだろ?
 能得の地には寝虎子庇護廻りという、固有種である尾朧猫の種保存を始め、野良猫、犬、いのしし、烏といった、ごみや作物を食害し、糞尿をまき散らし、仔を際限なく産むことで人間の生活をおびやかす小動物を管理する市民団体がある。人間側からのアプローチとして、生活ごみや田畠には食い荒らされぬようにフェンスやネットを張る、餌場を管理する、避妊処置を施すといった活動をすることにより、保健所の駆除、殺処分から免れさせ、能得に棲息する動物と共存をはかるのが目的の非営利団体だ。この組織のおかげで、言い方は悪いが保健所が実施する衛生目的の大量殺戮は行われていない。
 繰り返すが能得の地では、際限のない遺伝子の多様性については一定の制限が施されるものの、尾朧猫を筆頭にどの種族も生存する権利が認められている。とはいえ、自然界における食物連鎖の崩壊が起きれば別の話ではあるが。
 つまり今、能得の地では保健所による殺処分という非道な措置はされていない。現状における実存在の不明ことこそが異常なのだ。
 座を回るうち、もう昏くなっていた。月は出ていない。
 思うがまま侵蝕しつくしていた泥炭を捏ね上げたがごとき鬱々とした暗雲はいずこかへ去り、今は群青を濃縮して染上げたかのような鮮やかな空模様である。学会では認められなかったが、文化人には教養の一部としてもてはやされた1781年に刊行された稀覯書「ラランデ暦書」を著した、当時としては才能ある女性の地位向上に尽力し、あるいは昆虫を好んで食したことで有名な18世紀のフランス天文学者ジェローム・ラランドに言わせれば、独自の方法で計算が尽くされた大宇宙の運航暦によると猫座の方角より流星群が降る日でもあった。世間における猫座の認知は、天王星の軌道を決定し名前を提案したことで知られるドイツの天文学者ヨハン・ボーデが天体位置の科学的正確さと星座の絵の芸術的解釈の双方を目指した星図「ウラノグラフィア」に依る部分が大きい。
 いつの間にか人の流れが途切れた場所に私は呆然悄然と立ち尽くしていた。ほんの一瞬であるが吸気に匂いが混じった気がしたのだ。野に遊ぶ野良特有の、だが決して不快ではない慣れ親しんだ猫族の獣臭を。濛々たる意識を振り戻して見渡すと、座はどこまでも広がっていたようで宮の外れにも露天商がおり、奥まった敷地に設けられた屋台からは猫族の従者としてではなく、一介の人間個人に及ぶ食欲の湧く匂いを漂わせていた。ミシェルを探し回っていた間に時間が経っていたようで、猛然と胃が食物を摂取しろと命令をしわめき始めた。
 看板には「新鮮穫り立ての蛸焼き」とある。私が店を窺っていることに気付いた店主は猫背の、どこか慄然たる両生類を思わせるぎょろりとした相貌で「今穫り立て出来立て焼き立ての蛸焼きを一つどうかな」と言い、血色の悪いずいぶんと分厚く膨れ上がった口唇を歪め恐らくは笑顔と思しき表情を浮かべた。おそらく彼はこの土地の住人ではあるまい、いずこより流れきたる露天商だろうか。物言いに出来立てはともかく、穫り立ては煽り文句だろうと私などは思ったが、店主の手元を覗き込んでみれば、なるほど、包丁傷だらけのいやらしく黄ばんだ俎板の上で灰緑色をしたグロテスクな触腕がうねうねと蠢いている。生きた蛸の足なぞ終ぞ見ることなどなかった私は鉄板から吹き付ける香ばしい匂いに負け、気付けば一船注文していた。
 これは俺が食うからよと、取り置きの蛸焼きではなく、店主は新しく私の目の前で無数の吸盤とりまく触腕をざくざくと刻み始めた。慣れた手つきで粉を溶いた出汁を鉄板に流し込み、年季の入った丸い鋳型に天カスやら細切りキャベツやらやたらと匂いのきつい紅生姜やらと共に大振りに刻んだ蛸を放り込んでいく。千枚通しの先端が小気味好く回転し、たちまちのうちに、私の手元には笹を編んだ船に盛られた六つの蛸焼きがあった。硬貨を手渡し早速の出来立てを口に押し込む。噛みしだいた感触はカリッとして、すぐにとろりと溶けた。蛸の蒸された繊維質がむちむちとしてほろりと舌先で崩れる。食べ手に心地よい歯ごたえを与えてくる見事なものだった。ただ、妙な違和感を感じたのは後の異変を顕わしたものか。
 とはいえ、こんなにも美味い蛸焼きを食べたのは生まれてこのかた始めてだった。出来立て穫り立てを名乗るのは伊達でもブラフでもないのだと思い、店主に視線をやった。薄闇に名状しがたい、あえて形容してみるなら、人の到達し得ない深海の黒煙湧くチムニーに巣食う、水圧でひしゃげた異形なる肉食魚を想起させる表情を浮かべていたが、おそらく私の反応に満足しているのだろう。あるいは違うかもしれないが、完全には読み取れぬ。私は満足感の気安さから店主に声を投げかけた。
「これはどこで獲れた蛸なんですか」
 生け簀で飼育しているんだよ、良かったら見るかい。
 店の裏には成人が横たわっても十二分に余裕のありそうな幅も奥行きも巨大な水槽が置かれていた。その容器一杯に蛸が犇めきのたうっている。
 否。厳密にそれは蛸ではなかった。そして水槽の中身は蛸状のモノだけではなかった。
 ああ、珍しいかい?
 これは蛸蟲と言って、マサチューセッツ州のインスマス沖合いの岩礁に棲息する蝕腕類だよ。極めて蛸に近い種、いや、蛸よりも美味い。ただ唯一の問題は死んだ途端に急速に腐敗が始まること。それを防ぐのは生きたまま調理することなんだ。  
 この街はとてもいい環境だ。店主は呵々といやらしく歯を剥き出して笑い声をあげた。
 なんといっても理由は……。
 鈍酸が醜い衝撃を孕み食道を突き上げた。暴れ馬のように胃が跳ねまわり胸を焦熱させ、終ぞ収めた内容物が出口を求め噴き出す。息が出来ない。
 私の狂え脅える魂は躯から抜け出すようにもがき暴れ、ゆえにもはや何も耳に入らず、しかし実存する躯は現実を認識し、ただただ嘔吐を繰り返すだけの機械と成り果てていた。内蔵が全て口内から裏返ったかのように食べた全てを玉砂利にぶちまける。

 蛸蟲は屍体に寄生するんだ。ほら。

 水槽の中には溢れんばかりに頸骨を折られ息絶えた烏や鳩、臓腑を抉り穫られ痙攣に赤い泡を吐く犬、そして能得における至上の生ける宝玉、尾朧猫の屍体に埋め尽くされていた。その地獄めいた陸地の上を蛸蟲と呼ばれた蝕腕類の灰緑が腹腔に寄生する蠕虫のように淫猥に血溜まりを犯し這いずり回る。閉じられた触手の先が開口し、管状の器官が剥き出しになる。やすりの刃のようにびっしりと生えた細かな牙が一飲みごとに獲物をすり潰し押し切り飲み込んでゆく。汚穢な糞尿やどろりと腐敗し濁り果てた血液、濡れた墓場の土に蔓延するかの如き匂いが鼻腔を容赦なく襲う。目に綾な見慣れた赤い首輪…… 
 ごきりごきり
 ずぶりずぶり
 だん、ずだん、
 だん、ずだん、だん
 ぬちゃりぬちゃり
 とぷとぷとぷ
 圧搾されねじられ、たわみきしむ骨。そんな振る舞いが巨大水槽の脇でなされていた。
 漏れだす血液も断末魔もなにもかもが水槽に吸い込まれていく。無慈悲に振るわれる牛刀。これまで気付かなかったが、煉獄たりし狂気溢るる水槽の陰であたかもせむしのように背中を屈めた幾人もの人影が、能得の女神を冒涜する戦慄の作業に従事していた。えらのように一様に頬骨が輪郭の特徴と言えるほど大きくせり出し、分厚く膨れ上がった口唇がそれに這う。眉間が大きく開き、落ち窪んだ眼窩からぎょろりと覘く目玉が何個も何個も私を射抜く。不快な死をもたらす音階が何度も何度も繰り返される。断、頭断、断、断、胴断、断。
 私は安寧の楽土を希求し意識を失おうと魂の紐を握る手を離そうとした。
 その時だった。
 
 何者かの禰宜ごとが呼び起こしたものであろうか、天が赤く爆ぜた。
 新月の澄み切った菫色に双翼を広げた夜空を飛箭のごとく輝点が飛翔けた。まごうかたなき流星の煌めきである。
 猫座流星群が宙から降り注ぐと同じく、これまでは散り散りになって霧消していたものが叢雲に奇妙なかたちを結びつつあった。頭上に生じたるものは異形魍魎の軍勢、そのどれもが自然界において考えうるかぎりの生き物の混成体にして、星が流れるたびに尋常ならざるまぼろしを頭上に生々しく刻みこんでゆくのだ。中でも精緻に夢幻の像を結実させ君臨しているものは、額に丸い円盤を挟んだ二本の角を天をも切り裂けとばかりに突きあげている獣神だ。
 
 ぬああん にあんぶばすてすと のあんぬす ぬぶれぬくふふ
 ぬああん なあんねゃふふ ぬあんふぶぬすふす なあんすふ にゅぶあぬくく
 
 深宇宙から降り注ぐ輝点と共に呼び起こり響き渡る何百何千もの、地より響く伸びやかな嬌声、焦熱を帯びた生への感情、せつなの虚無を埋め尽くす同胞を殺戮された怒り。
 人の持つ言語聴覚の周波帯では聞き取ることの出来ぬ猫族の咆哮が引いては寄せ、引いては寄せる。
 
 而して気配が強くなり、終には眼前に私が今日一日求めていた彼らの姿がぬわりと沸き上がる。
 能得の主が帰ってきた!
 知らぬものこそ幸福なるや、限界まで伸びきっていた私の意識はここでふつと途切れた。

 その夜のうちに何事か起こったについては、私にはすっかり与り知れぬ。
 朝霧のなか、一片の温もりを覚え気疎く意識を取り戻した私の前から件の屋台は元から存在などしておらぬかのように忽然と姿を晦ましていた。
 私の頬を腹の上にちょこなんと鎮座した黒猫が舐めている。
 二股に分かれているような特徴的な尾。これこそ能得の主たる尾朧猫だ。
 のそりと私が体をもたげると、ひょいと黒猫が跳び退りそして辺りを睥睨してみせた。
 白、黒、濃淡の縞模様、赤斑、黒斑、三毛、トビ三毛、縞三毛、鯖虎、雉虎、赤虎、雲、錆……。
 御囃子宮近辺で見覚えのある猫たちの姿がそこかしこに、尾朧猫と私を取り巻くように輪を描く。
 どの顔にも何事かに満ち足りた表情が浮かんでおり、毛並みとみに艶やか、腹いと膨らか、目のあたりみなして斯様に、腹くちたかにもの憂げに天上に満つる音曲の如き声を咽から転がしている。
 輪からあぶれた別の群れが、ぎらぎらと瞳よりほむらを発しながら玉砂利の上でうずくまるものに熱心にかぶりついていた。
 視線の先にころがっているのはぶざまにくだけ散らばった、まるでそれは深海に棲まう未知なる深海魚と人たるを混ぜ合わせ涜神的に歪めたような、奇麗に肉を毟り取られた珍奇面妖な骨の群がりであった。
 而して、猫族たちが引き払いし跡に残ったのは、幾ばくかの養分たるやを吸い尽くす勢いで群れる珍らかな甲虫の這い寄るのみである。
 その場所に怪しげなる露天商がいたかは、今となってはさだかではない。

コメント(2)

「這い寄る足」という作品のリライトです。これまでに一度、大阪弁に書き換えた自己パロディを書きましたが、今回は、最初に仕上げたものに大幅な加筆修正をした決定版。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
這い寄る足と共にとても楽しませていただきました。
ラブクラフト全集6巻の猫の話に少し通じる処がありますよね?
露天商の蛸の絡む記述がとても良いアイディアだと思われます。
地名とか日本語で考えるのも一興ですね。
漢字だと漢文調の自分の詩でも出しやすいですw

イアイア、このコミュがもっと活性化せんことを、イア、シュブニグラスw

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