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アイヌモシリ一万年祭コミュのアイヌロード

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アイヌモシリ一万年祭【近年はアイノと表記する】
一万年祭スタッフ 水谷和弘 2024年 命のまつり へ
私は埼玉県熊谷生まれ北海道沙流郡平取町二風谷に住んで居ます、一万年祭の主催者アシリレラ(アイヌ語で意は新しい風)さんのこと山道康子さん所へ長野から引っ越して半年ほど共同生活をして、後に同平取町荷負に家を買い22年間住み仕事を色々する中その後苫小牧市植苗にセカンドハウスと成る家を買い現在に至っていますが。
元より平取はアイヌ人口率が北海道で一番多く70%に至っています中、心から打ち解けて友達に成ったアイヌも多く居ます。
*アイヌと言う意味は、人と言う意味が有ります。
・・・・・・⚖・・・・・・
また北海道には一杯コタン(集落)が有りますが更に❶〜❾下記に表すように幾つもの部族【一つのコタン部族の集落が古来は国家的要素が有ると解釈できます】があります。
よくわかる例として、あるコタンで失敗しても、他のコタンの所へ行くと過去の失敗の事は問われないと言う事などです。
罪やよろしく無い行いに関して、懲罰、お仕置きは有ります、古来は鼻そぎとかお仕置きの打ち罰とかありますが、これも又コタンの長の裁量で決まります。
更にはチャランケ『審判役も含めて3人「談合」とか「話し合い」といった意味の言葉があって、争いごとが起こったら何日でも話し合って落としどころを決める』文化も有ります。
注:北海道アイヌに死刑は存在しなかった。
❶札幌アイヌサッポロピㇼカコタン ❷阿寒アイヌコタン
❸釧路アイヌコタン ❹平取(サルンクル)アイヌコタン
❺白老アイヌコタン ❻石狩アイヌコタン
❼静内アイヌコタン ❽登別アイヌコタン
❾屈斜路湖アイヌコタン ➓帯広=十勝アイヌコタン
樺太では、クシュンコタン(久春古丹)
千島列島では、オンネコタン(温禰古丹):阿寒地方にオンネトーと言う名の神秘的な美しい湖がある。
シャスコタン(捨子古丹) チリンコタン(知林古丹)
ハリムコタン(春牟古丹/ウバユリの多いところの意)
北海道の地名としてのコタンの例
シャコタン(積丹)コタンベツ(古丹別)など有ります。
注】近文コタン・・・昭和9年(1934年)近文の保護地のうち1町歩がアイヌ50戸に固有財産として分配、下付され、残り4町歩は「共有財産」とされ、「実質的に北海道庁の管理下に置かれ」る。
昭和20〜22年(1945年-1947年)の農地改革により、近文の旧アイヌ保護地が「アイヌ地主」の手から「和人小作人」の手に移り、アイヌ系住民が困窮し実質的に終焉を迎える。
日本での最古の書とされる古事記の共通の文化として「自然崇拝・アニミズム:シャーマニズムです。=八百万(ヤオロズノ)神々「ヤオロズとはとても多い数と言う意味合いです」
古事記と日本の先住民アイヌの世界観の決定的な違いは古事記で言う稲作部族の長をスメラミとして神としてその一族も神としている書き込み場所です。
太陽神アマテラスも同じくです「太陽黒点は八咫烏」。
フチ歳をとったお婆さん・富士山と桜の神格「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」は自然崇拝で浅間信仰です。
「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」の神話には此処では、なおさら長文に成るのであらましは詳しくは触れませんが、前約・・・木花之佐久夜毘売は一夜で身篭るが、邇邇芸命は国津神の子ではないのではないかと疑った・・・ から以下訳。
今もそう、人は嫉妬そして疑い深い。
話を戻します。
蝦夷は縄文アイヌと言う事も出来ます。
何故なら、アイヌには東北蝦夷を祖とするもの、樺太から南下した北方系〜擦文時代を作る祖と居ますが、下記長文ですが目を通してみてください。
第一に
⓪根底に北海道先住縄文系アイヌも居た事が証明されています。
*2022年8月出版、(平和主義のビートルズのジョンレノンの妻オノヨーコさんの親戚)アイヌ研究家の小野有五さんは本の題名【「新しいアイヌ学」のすすめ】口絵3で新石器時代:縄文アイヌ文化期と記しています。
また、その本の帯には
・「北海道の縄文文化」は、「縄文アイヌ文化」!
・宗谷陸橋を歩いてきたマンモス・ハンターが、「古アイヌ語」を話す人たちの先祖?
・「東北アイヌ語地名」が、「アイヌ語」の古さを証明!
・最新の科学的データーから、いま明らかにされる「アイヌ」の人たちの真実の歴史!
と書かれています。
*私の見解
青森県青森市大字三内字丸山にある、縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡の磨製石斧約6割がアオトラ石製と判明と秋田県東成瀬村の上掵(うわはば)遺跡から出土した世界最大級の巨大な石斧はアオトラ石は北海道の沙流川平取町荷負所で合流する支流の貫気別川上流周辺でしか産出しませんと言う事などでアオトラ文化圏と呼び蝦夷は「東北アイヌ」と呼ばれています。
更に、北海道の十勝石(紅が入っている黒曜石も)東北地方の各地の縄文の遺跡から関東地方の一部の遺跡からも出土しております。
したがって「アイヌは日本の先住民」です。
古代東北の蝦夷(えみし)はアイヌ民族ではなく和人だったと言う説もありますが「これは木を見て森を語らず」ですが、その事を説明します。
「世界最大級の特大石斧 海越えたアオトラ石文化圏の謎
アイヌの祈りの場では、自然崇拝ですから祈る場がチノミシリ(我祈る場所)にも成りますが通常は、山などへの山菜取り猟場に入る時で安全と豊漁を祈願します、カムイに祈る時はあらかじめ祭壇を作ります事もあります祭壇に祀られるカムイヌサは熊おくり(精霊送り)でない場合とカムイに祈る時は下記の様なカムイヌサを作ります。
*ヌサは御幣と訳されています、素材は主にヤナギが使われ、稀にミズキも使われる。
ヌサの神格をいくつかご紹介します。
・火の神様(アテプチカムイ)
・水の神様(ワッカカムイ)
・チセコロカムイ(家を守護する神・出入り口の東の窓のカムイも有ります)
・コタンコロカムイ(コタン集落を守る神様=シマフクロウ)
・キムンカムイ(ヒグマ)
・ヌサコロカムイ(祭壇を司る神) =ヌサ. コロカムイは氏神であるとともに農業神
も有ります(地域により違う事もあります)。
違いは各コタンの地の
・山名の神:例えばポロシリカムイ(幌尻岳の神)
・川の名の神:シシリムカ(沙流川)が有ります
・土地の名前のカムイ
・日神ペケレチュプカムイ
・月神クンネチュプカムイ
さまざまな“カムイ”のイナウ像が有ります例えば
囲炉裏と家の中
家屋を建てる時の儀式
新築祝いの際の儀式“チセイ ノミ”
シヌラパ(霊魂供養・祖霊祭)
悪霊払い“ウエポタラ”
その他さまざまな儀式人の死と葬儀についてもそうです。
しかしながらです、各コタンで共通なものもありますが
「衣装の文様や踊り、食べ物、口承文化のユーカラ(叙事詩)も地方独自で豊かです
サイトから。
 アイヌの神話は各部族・集落ごとに異なり、「これが最も有名、正統だ」というようなものはありません。
同じ神や英雄について語る神話も互いに矛盾しあったり、体系化されていません。ですから、沖縄地方の神話と同じように、幾つかの神話を並べて紹介してみることでわかります。
ユーカラは神々の話・英雄伝・教えや掟を含むもの、先祖のあゆんだ歴史もありそれぞれ違い、方言も有り且つコタンの墓標も男女共に各地方で違います」この様に一口にアイヌと言う様に語れない事が事実です。
故に当然ですがアオトラ文化圏がアイヌ文化圏と同一概念に成り、縄文アイヌ文化圏として東北の下記の名前も成立します。
青森三内丸山コタン
秋田県南東部。岩手県と宮城県に境を接する奥羽山脈の山深い東成瀬村の上掵コタン
青森県五所川原コタン
⓪新石器時代:縄文アイヌ文化期
何故なら明らかに、北海道の平取・荷負・貫気別【サルンクルアイヌ 
と呼ばれてた意味は沙流川流域に住むアイヌ】に在住のアイヌが東北蝦夷とアオトラ石の交流が有り縄文時代は、今から13000年くらい前から2300年くらい前まで、約1万年間続いた縄文土器を使っていた時代ですので蝦夷はアイヌと言う事も出来ます。
*私は、土偶文化圏「アラハバキ=(遮光式土偶を指すなどの土偶)をアイヌの文化神で、東の空からカムイシンタ(神々が乗るゆりかご)に乗りゆらゆらとアイヌの地に下りた(降臨したカムイ)とアイヌの歌にも伝わるサルンクルアイヌでは「オキクルミカムイ」とも言われているが、当然ながらこの時代も縄文アイヌ文化と思っています。
(日本地図に出土した場所と土偶の写真)
添付の土偶は全て女性で(国宝に成っている土偶は妊婦:出産シーン模っているまた中空土偶は添付写真の左から2番目だが1975(昭和50)年に、旧南茅部町で発見された縄文時代後期の土偶。精巧な作りが特徴。北海道唯一の国宝として、函館市縄文文化交流センターで常設展示されている。
更に遺跡の再調査が実施され、直径約6メートルの環状配石遺構と土坑墓群と思われる遺構を発見。土坑墓の1つからヒスイの勾玉1点と漆櫛の残片が出土し、今からおよそ3500年前のものであることが確認されています。
そして着ている衣装若しくは入れ墨に当たる文様が現在も伝わるアイヌの衣装に刺繍として描かれている、アイヌ文様様式であるアイヌ語で言う「モレウ:水の渦巻き若しくは魚の腸」を模った事である事でまさにアイヌ文化が有り且つアイヌの人が住んでいたか交流してた事が分かります。
*交流が有れば、当然男女の縁が出来結婚が有り更に文化の交流が深まり新しい文化まで広がり、「現在の日本人は複合民族と言うのはアイヌの血も縄文の人達の血も混ざっているからです。」…アシリレラ談
更に渤海国と言う朝鮮半島の付け根にあった民族の末裔も北海道と訪ねて来ていると思っています半島と千島列島沿いに千島の文化も引き連れてやってきたと思っています。
朝鮮半島を得て日本列島へ訪ねて来た民族の神話は鳥取の稲葉の白兎のお話に残っていますと思っています。
歴史的には神話の時代で歴史学的には弥生時代末期 - 古墳時代 - 飛鳥時代中期と言われるがそれ以前(弥生時代前期)に大国の主を祖とする出雲文化後に出雲文化圏が日本に朝鮮半島から2度目に成る訪ねた民族ですと思っています。一度目は熊襲でしょう)
和人とは、明らかに「海洋民族の琉球奄美も含む環太平洋民族」と「アジア大陸系朝鮮・漢民族(侵略と共に文化や歴史が変化していった)と北方ロシアとアムルー川上流部の民族で少数にシルクロードを経て来た中東・ペルシャ・ゾロアスター教と言われる拝火教を信仰する民族更に儒教や仏教を信仰する民族の混血民族です。
写真:ヌササン:神々が祀られている祭壇:アイヌ民族の信仰で,神聖な東の窓「カムイ・プヤラ」の外側に設けた祭壇. 「幣壇」の字を当てることもある。
アイヌの御幣=ヌサが神道の祭祀で用いられる紙を使う御幣
:国宝の土偶は全て女性であります
:我が家の北海道平取町荷負の畑から出土の縄文石器・近隣の博物館に預けましたが縄文から擦文土器と江戸時代と思うが唐子模様の陶器も出土している。
以上の様に「蝦夷 縄文アイヌ文化圏」と言う概念は確かに私でも証明出来るのです
・・・・・・⚖・・・・・・
この北海道は先住民族アイヌの大地、でウレシパモシリ。ウレシパの意味は互いに育み合い育てる、モシリは大地です。
江戸時代から、日本、特に松前藩の商人によりアイヌへの侵略と搾取が繰り返され、土地所有の無い故に土地を奪われ、アイヌの名前まで奪われた大地が北海道です。
明治以降、そこへたどり着いた人は日本各地から寄せ集まれた屯田兵であり、そこは懲役刑の強制労働の場であり第二次大戦終結まで朝鮮人や中国人の強制労働の場であり支配・被支配がハッキリわかる場でもありました。
アイヌは又、子育て上手と言われていて、屯田兵や強制労働者の子供がアイヌの村へ捨てられた事もあったそうですが、彼らは快く育てたと聞きます。更に、屯田兵や強制労働者が逃げ出してアイヌのコタン(村・集落)に行きつき、そこで結婚して一生を終えた人もいるとも聞きました。
これは、アニメのコミックス全31間でも同じことが言えるのです
前置きは長くなりそうなのでアイヌモシリ一万年祭の行われる言われと風景を描いていきたいと思いますが、その前にどうしても触れたい事が2点あります。
1,
昨年12月に封切られた「ゴールデンカムイ」の実写版の架空の物語映画でもここ北海道のアイヌコタンの姿が描かれていますが、極めて重要なアイヌの歴史的事実が幾つも封印された如く描かれていないのです。これは、アニメのコミックス全31間でも同じことが言えるのです。
それは、主に先に触れた松前藩の商人による搾取と支配や差別ですが特に順番に乗せますがアイヌの子供に対しての殺戮で起きた
アイヌの集団による、❶、コシャマインの蜂起
激しい搾取と支配で起きた❷、シャクシャインの蜂起
同じく+土地を奪われた❸、国後メナシノ戦い
更には、もろにアイヌ一万年祭に関係することで新冠・静内における平和に豊かに暮らしていましたアイヌの数多くの人を天皇の御料牧場設置の為辺鄙な山奥へ強制移住させられた事、その場所がアイヌ一万年祭会場なのです。
此処から、アイヌモシリ一万年祭の行われる言われに入ります。
アイヌモシリ一万年祭のいわれと意義。
その昔、新冠に静内に平和に暮らすアイヌを軍馬育成の為強制移住された地が、北海道沙流郡平取町旭のアイヌモシリ一万年祭会場付近で、唯一河川敷と言っていいほどの狭い土地に住んでいた一人のフチ(年取ったおばあさん=アイヌ語)が土地を守り御先祖供養していたが歳を取り養老所に入り土地の税金とアイヌの先祖の供養が出来ないと悩み悲しんでいた。
この話を平取町二風谷の子育てのとてもうまいアシリ・レラさんが聞き養老所に入所しているフチが気の毒な事とフチの思いを叶える事として一年に一度供養祭と土地の接収を防ぐため税金を払う為「アイヌモシリ一万年祭」が開かれるようになりました。
名前の由来「アイヌ」は、神々が住む大地に一緒に住んでいる誇り高い人とも訳されています本を読んだことがあります。
又もともと、北海道のみならず、北は概ね北緯50度線付近より南の樺太、東は千島列島、南は本州にまたがる地域に居住していた民族。
「モシリ」は神々が住む「大地」 一万年は、「一万年前は全ての民は神の子で、大地はアイヌ語でウレシパ・モシリ(互いに育ち、育み合う大地)であったは国境が無く人々は大地を自由に行き来していた意味を込めています。
一万年祭は、通常敗戦記念日を入れて7日間行われます
繰り返します、ウレシパ・モシリ(互いに育みあい育つ・台地)でのコシャマインの戦い:シャクシャインの蜂起:クナシリメナシの戦いは先住民アイヌと松前藩の商人からシャモ言われる敵対する人・同胞でない人により、江戸時代そして明治以降搾取と植民地支配が行われているのが北海道です。
アイヌモシリ一万年祭が行われる貫気別は「アイヌの共同墓地」が隣接しています。
この墓地では、「北海道」各地域で行われたアイヌの御先祖様の遺骨が盗掘されていた一つの場所、この盗掘に関して団体個人の仲間などの有志が「節度ある意味での返還」を精力的に行い盗掘現場への返還を祈りながらもつどい待っています。
その中、返還されましたが返還された場所はユーカラ温泉近くのゲートボール場の片隅で有り本来今現在盗掘された場所に戻されていません。
ー ポエムを2つ届けます ー
最初のポエムは辰年の今年の意味合いも含めて大事なコンセプトが含まれています。
一つ目のポエム
北と南から流れる風

ウレシパモシリ⑴
意味は、互いに育み合い育てる大地
大地の、自然の一部と「つながるすがたそのもの」を
「互いに見つめ合う、それぞれの内観」でもあると思いました。
【アイヌ式の作法「胸の前で手を合わせ左から左右に3度振り、両の手の平を胸の前で下から上に静かに厳かに上げる様に回す」】
イランカラップテ・アンナ―⑵
意は、「謹んで得申し上げます、あなたの心にそっと触れさせてください」です。
あなたは、神羅万象、キムンカムイ=ヒグマそしてアペフチカムイ=囲炉裏の火の神様(神格では歳を取ったお祖母ちゃんの姿と言われる)更にカントカムイ(宇宙の神格)も当てはまるのです。
この二つのアイヌ語が私につながり大きな円を描きます。

ユイ・マール(結い・回る)
意味は順番の教義・相互援助
イチャリバチョ―デェー 人を憎まず、
意味は、一度出逢えば皆兄弟
この2つのウチナーグチ(沖縄語)が私に「出会い、ともに生きること」を教えます。
もう一つ大切な、南の奄美諸島の言葉
「命(ぬち)どぅ宝(命こそ宝、一番尊いもの)」
そう北と南から流れる風、
その風に吹かれながら、龍脈の島に生まれた事に感謝します。
北と南へ信頼を置いて歩いて行く事にしましょう。生まれて来た事に感謝して。
信頼と感謝がその歩みを加速するのだと思っています。
(日本列島は形から龍の島:龍の国と言われて来ています風は火山帯で有り山脈でもあります、山脈を伸ばせば環太平洋火山帯そして縄文時代環太平洋フリーウエイでもあります。そう自由に行き来があったと言う事です)
2つ目のポエム
夢叶う ありがとう。
皆の手の中に有る、不思議なスイッチを皆で押してください。
ミュージシャン、一人一芸の方、ミキサーのお方、
目覚めるスイッチが有れば私は、押し続けている。
争いが無くなるスイッチが有れば私は、押し続けている。
戦争が無くなるスイッチが有れば私は、押し続けている。
目覚めるスイッチが有ると言うあの町に見つけに行ったが見つからなかった。
この街に争いが無くなるスイッチが有ると言うので見つけに行ったが見つからなかった。
あの島に戦争が無くなるスイッチが有ると思い見つけに行ったが見つからなかった。
あの国にも見つけに行ったが見つからなかった。
あの祭りに行くと、目覚めて争いが無くなり戦争が無くなるスイッチが有ると思い見つけに行った
その場所に辿り着いた時、
不思議なスイッチを皆が手にしていた。
私の手にもそのスイッチが現れてきた、目覚めて争いが無くなり戦争が無くなるスイッチが手の中に心の中に
あの祭りは、命のまつり そして アイヌモシリ一万年祭、 ドリームタイムの命のまつり、アイヌモシリ一万年祭 核はいらない平和の集い命のまつりアイヌモシリ一万年祭
* その昔、新冠に静内に平和に暮らすアイヌを軍馬育成の為強制移住された地、アイヌモシリ一万年祭。
*1988年8月8日八八と言う末広がりにこれまた八が付く八ヶ岳のふもとそれは多くのヒッピーそして明日を夢見る民が集まった。マツリはいつもいまここにノ―ニュクスワンラブ 命のまつり
伝言・・・・・・⚖・・・・・・で囲まれた行は長文故カットしても繋がります。
下記は重要ですが書き入れると更に長文に成るので参考にして下さい。
民族問題と環境問題に触れている、人に書きました。
ウレシパモシリと言う地が有ります、現在の北海道を指します。
日本の先住民アイヌの言葉ですが意味は「互いに育て育み合う大地」です。(アイヌは人を指すアイヌ名)
何が言いたいかと思いますが、アイヌから見た北海道は、日本帝国主義がした朝鮮と同じなのです。
大地を奪われ名を奪われ、狩猟権も奪われたままです。
(先住権が無いのです)
(本文にも言えることなのですが)エゴは放っておくと集団になり膨れ上がるものです。 (集団真理を指します)
それが家族や同胞を守ると言う意味でも同じです。
豊さと快適ささらにスピードと膨らみ、本来人類は自然の一部であったことを忘れ、自然を森を山を破壊しけものを殺しまくり我が物顔で支配を広げています。
その行為を止めなければいけない事を人類は知っていますが、止める手段を放棄しています集団で。
それは個人の欲望を離れ集団の欲望そして企業の欲望、政治や国家の欲望へ制限なく膨らむ事を止めて来ていなかったこそ起きているのです。
ここがポイントで個人・集団・企業・国家の欲望を罰則規定がある倫理規約にしなければ成らないと思っています。
規約に中には、徐々に自然と共存しビオトープ・結いパーマカルチャーと言う項目が必要不可欠です。
また本文を読んでてふと気が付きました、沢山シンクロ二ステー現象を起していると、私水谷和弘と星野道夫さんの生年月日が一緒で、且つ、明治神宮記念会館で「神話を語り継ぐ人々」と言うテーマの集いが有りましたがその中で、「地球交響曲」で出演するカナダ・インデアンのクリンギット族のシャーマンボブサムさんと私は下記に出てくる関係で語りあいました所です。
ボブサムさん彼は星野道夫さんと旅でヤタガラスとワタリガラスの話が繋がっていると且つ印象深い事に「神話を語り継ぐ人々」集まりで舞台に出たアイヌのアッシリレラさんたちと私は舞台でアイヌの唄を歌い、交流会でアイヌ民族交流会でお会いしたロシア少数北方民族のナナイ族の一人と私が持っていた水晶と交換したシャーマンの絵「精霊」(添付に似ている絵)が書いてあるペンダントと彼が首に付けてるペンダントと交換したのです。
・・・・・・⚖・・・・・・
アイヌにおいて熊=ヒグマはキムンカムイと呼ばれ、陸上の際も強い動物としてカムイとして神格されています。
そして気が付きました。
人類は熊の〈けはい〉を察し、熊から生存の方法を学んできた。シベリアから日本に達する❶ベア•ロード(熊の道)を提示する」
日本国内には、❷「塩の道」ソルト・ロードがある。
そして、新潟糸魚川地域から産出しないヒスイが北海道そして九州にも出土している事は、❸「ヒスイ勾玉の道」も有る。
更には、極少数の所から産出しないで且つ成分分析で産出場所が確定できる黒曜石と言う様に、❹「黒曜石の道」も有る。
さらには、青森県青森市大字三内字丸山にある、縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡の磨製石斧約6割がアオトラ石製と判明と秋田県東成瀬村の上掵(うわはば)遺跡から出土した世界最大級の巨大な石斧はアオトラ石は北海道の沙流川上流の貫気別川周辺でしか産出しませんと言う事などでアオトラ文化圏と呼び❺「アオトラ石の道」も有る。
尚且つ、ウルシ器の出土が北海道の縄文遺跡から出土、❻「ウルシの道」
これらすべて、縄文時代に有ったのです。
この事から、縄文アイヌ文化圏があったと導き出すことができます。
現に私が住んで居ます、北海道平取町荷負の山間部にある家と隣接する畑から縄文創世期から擦文時代を通り近代アイヌの時代まで重なる複合遺跡からその時代背景を写す縄文創成期〜晩期の石器や土器〜擦文期の、土器〜江戸時代と思われる陶器、極近代のビール瓶の欠片まで出土するのですから歴史的な事実と確認できます。(学実調査はされていません、畑を耕して居ると遺物が出てくるのです)
話を広げれば、驚く事に、縄文時代の石器の形は北アメリカのネイテブアメリカン先住民が住んでた石器時代からも出土しているのです。石器の形が島伝いに船と徒歩で伝わっているのです。❼「石器の形の道」
太平洋に眼を向ければ。
(琉球弧 と 縄文 : 薩摩琉球王朝と奄美 略)

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