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心に残る高校野球名勝負コミュの89年選抜 東邦vs上宮

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コミュ内全体

甲子園のアイドル元木が、ガックシうなだれてた試合です。

上宮 000 010 000 1  2
東邦 000 010 000 2× 3

東邦の絶対エース・山田喜久男!!!喜久夫やったかな??
俺はあの下手投げが大好きでした!!
大きい声では言えないが、中学生ながら高校野球の賭けで、
東邦流ししてました。大阪出身なんですが、東邦を応援してました。
元木、種田…大阪を裏切ってごめんよ!!


東邦・山田と上宮・宮田の投げあいで息詰まる投手戦!!
宮田は2年生!!目つきが怪しかったです!!
勝負は1−1のまま迎えた延長戦!!
ここで上宮は1点取ったのである!!!!
裏の攻撃で東邦は先頭バッター出すものの、虚しくゲッツー!
勝負あったかに思われた試合でしたが、ここで魔物が動き始めます!

投げ急いだ宮田を攻め、2者がランナーで出ました!!
ここで次打者がセンター前同点タイムリーヒット!!!
しかし一塁走者が2塁を大きく廻ったところで、
外野から返球を受けたキャッチャーは3塁へ送球!!
挟まれてタッチアウトと思った矢先、3塁手は2塁へ暴投。

ランナーは各々進塁します。

ところがバックアップに入ったライトもそのボールを逸らしました!
喜びながら帰塁する東邦の選手!!!
この時球に向かって走ってるライトの選手と、
元木が内野で両膝・両肘をついてうなだれてる姿が印象的でした!

トトカルチョで当てた俺も、大喜びしてました。
なんしか予想外の結末には震えました!!

コメント(45)

堂上には、どうも大物感があまり漂ってないように思えます。
(関係者の方見てはったらすいません<(_ _)>)
近藤も初登板のサプライズのわりには、もう一つでしたね。
それより今年は大阪桐蔭の中田ですわ。
近畿地区の秋季大会の決勝戦、紀三井寺球場まで観に行きましたが、
ショートライナーが2秒後にはスタンドインしてました。
2年生ながら既に下半身は、星陵時代の松井以上でした。
試合は負けましたが、大物感はメチャ漂ってました。
今年一番興味津々の高校生です!!
投手でも150kmオーバー投げるもんね。
憧れの選手は松坂らしいから、投手の方が思い入れがあるんやろね。
天は二物を与えないって言うけど、中田にすればどちらか迷うでしょうね。
俺はバッターで、次々回ぐらいのWBCで日本の4番を打ってほしい!
山田の投げ方ですが、ビデオで見ると左のスリークオーターですね。
ゆうやんさん、今年の中田の目標は、本塁打記録でも球速最速記録でもなく、
「全勝」らしいです。ホンマに今年の中田は楽しみですね。
去年夏も、早稲田実業vs大阪桐蔭の試合、2回戦にもかかわらず満員でしたわ。
あの時はまだ斎藤の人気に火がつく前やったから、中田を観に来てたと思います。
今年はそれ以上でしょうね。

ブレーブスさん、書き込み有難う御座います。
遠い記憶を辿って書いてるので、またご指摘あればお願いします。
初めて書き込みさせていただきます。
少し前にコミュニティに参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。

昨夏の大会は本当に盛り上がりましたね。
今春、今夏も熱い戦いが繰り広げられると思うと今から楽しみです。

さて、89年選抜 東邦vs上宮。
バンビ2世と騒がれた東邦・山田と好投手・宮田や天才打者・元木を擁する上宮、私もリアルタイムで観ていました。
先に行われた準々決勝で我が故郷宮城の仙台育英は上宮に完敗を喫していたため、そしてクリーンな東邦のユニフォームや山田の爽やかな印象から、さらに劣勢に立たされたということもあって「東邦頑張れ!」と判官贔屓していたのですが…
あの結末は切なかった。
明徳の寺本が王者・横浜にサヨナラ負けしてしまったときと同じくらいに。
この試合以来、元木も人の子なのだなあと思うようになりました。
今やすっかりバラエティ班になってしまっていますが。

ちなみに私は「松井秀喜」世代です。
幼少時より数々の名試合を観てきたものの…

?89年夏準々決勝 仙台育英vs上宮
→家族旅行で岩手の山奥にいたため、仙台育英の猛攻、上宮のプッツン、春のリベンジを観られずじまい。

?92年夏 星稜vs明徳義塾
→1日中模擬試験のため、球史に残る5打席連続敬遠を帰りの車中で知るはめに。

?98年夏準決勝 横浜vs明徳義塾
→徹夜明けで寝過ごし、TVをつけたらうずくまるタテジマの背番号1の姿が。

というように、節目節目の試合をリアルタイムで見逃してしまっています。
こあらさん、書き込み&コミュ参加ありがとうございます。
仙台育英の大越ですね。彼も素晴らしいピッチャーでしたね。
帝京との大接戦の決勝戦も、ここに書こうか迷ったぐらい印象深いです。
この試合の当時私は高校1年生で、先輩が上宮高校に行ってたんで、
応援してました。決勝では東邦を応援しましたが…(^_^;)
また書き込みよろしくです。

よっちゃん、宮田もバッピーしてるんですか!?
でもまだ野球に携わってるのは素晴らしい事と思いますよ。
甲子園で騒がれたら天狗になり、野球をすぐやめる人が多いなか、
やっぱ彼らは野球が大好きなんでしょうね!
これからもプロの世界やけど、名勝負を作ってくれればと思います!
よっちゃん素晴らしい予想!!
大垣日大決勝まできましたね〜!
さて明日はどうなるか??
坂口監督の逸話ありませんか??
このコミュに名将に関するトピックあるんで、
もしあれば教えてもらえませんか!!
はじめまして。
私は元木や種田と同級生で、この時ももちろんアルプスでの観戦でした。サヨナラのシーン、カバーに入りながら後逸したライト岩崎は同じクラスでした。いわりんというあだ名で、脚は種田より速かったです。

後日、いわりんが銀メダルを学校に持ってきて、クラスのみんなで見たのを覚えています。

私の中ではやはり一番の名勝負になります!
D.Bさん書き込み有難う御座います!!
へ〜同級生、同じクラスですか!!何と羨ましい!!
種田はまだいぶし銀の活躍で頑張ってますね!
同窓会とかあるんですか?
ホンマに今になれば素晴らしい思い出として、盛り上がりそうですね!
しかし、そのいわりんさんのボールに向かって走ってる姿、
『もう間に合えへんぞ』って分かってるのに、一生懸命追いかけてる、
その後姿をかれこれ20年近く前になりますが、覚えてる人間も多いと思いますよ!
いつか会う機会があれば、ありがとうとお伝え下さい。
俺も鮮明に記憶してる一人です。
はじめまして。僕もこの試合、テレビで見ていました。あれから20年近く経ちますが、今でも残念です。普通ゲッツーで2死無走者になったらそこで決まりかと思うのですが、まさかあんなことになるとは・・・。アナウンサーの「あまりにも可哀想!」の実況が今でも鮮明に記憶に残っています。
虎男さんはじめまして。
ホンマに考えられん結末でしたね。震えました。
それが甲子園に棲む魔物なんでしょうね。
この頃の上宮は安定した強さがありました。勝率も相当高かったのでは?けど今は野球は兄弟校の上宮太子に力を入れているようで…
この大会、及びその年の夏の大会は因縁みたいなものを感じました。。。

優勝した東邦は選手権で初戦敗退
上宮は勝ち上がるも準々決勝で、選抜準々決勝と同一カード
今度は仙台育英が快勝exclamation ×2

PL学園vs横浜のように、因縁対決高校に選ばれるか映画
仙台育英の大越投手も球速かったですね。決勝戦の仙台育英対帝京も名勝負でした!仙台育英がまだ優勝していないのが意外です。
この年の夏に東邦の山田投手が1回戦の前に「負けるような相手じゃないと思う」と発言し、敗れてしまいました。やはり油断は怖いですね。思っていても口には出さないほうがいいと思います。
虎男さん
確かその相手は倉敷商だったかと記憶します考えてる顔 その倉敷商は確かベスト8まで行ったような
双葉山さん、虎男さん、あきさん、数々の書き込みありがとうございますわーい(嬉しい顔)
あと1ヶ月もすれば野球シーズン始まりますね!
楽しみです。今年も熱い熱いドラマがありますように!!
ホンマに沢山の書込みありがとうございます。久々コミュが盛り上がりました!
東邦の山田投手は上手投げサウスポーです。小柄でしたが、カーブのキレが良かったですよね。相手の上宮の宮田も上手投げでしたが、こちらはかつての東尾投手に似たサイドに近いオーバーハンドでした。
確かに種田の悪送球が布石でしたが、ランナーと交錯した感じだったので、単なるエラーとは言えないプレーでした。最後はエラーで終わりましたけど、レベルの高い、すばらしい試合だったと思います。上宮がリレーマン二人を使った見事な中継プレーも見せていました。
上宮は、元木を始め、あまり高校生らしくないチームでしたね。今思えばかなりのタレント集団でしたけど。元木はあの試合、肩に自信があるのか、一歩も動かずゴロを捕球し送球していて、正直ちょっといけ好かない感じがありましたね(笑)。さすがに最後うずくまっていたのには同情しましたが。
夏の大会、仙台育英の猛攻を受け上宮がプッツンしたのも見ていました。元木が何でも無いフライをポロしてしまい(後に内野安打に訂正)、実況アナウンサーが「もう何も言うまい!一生懸命やって欲しい!」と言ったのを鮮明に覚えています。
ITYnさん書き込みありがとうございます。
あん時の上宮強かったっすね。俺の連れや先輩が行ってたので、応援してたんですが。
学校では宮田が近寄り辛い雰囲気があったと言ってました。
上宮の黄金期でした。この頃の上宮はPLに変わる全国屈指の大阪の強豪になる予感がありましたが。今の大阪は大阪桐蔭や履正社がめっぽう強いですが、甲子園ではさっぱりですから。しかしこの東邦vs上宮の決勝戦は選抜史上に残る名勝負でした!
個々の能力の高さでは、この年の上宮は世代?1のチームだったと思います。当時の一年生含め、何人もプロに行きましたし。ただ、お世辞にもチームワークが良さそうには見えませんでしたが(笑)。
帝京も強かったですが、どちらかといえば吉岡のワンマンチームっぽい印象がありました。
同じ年の夏の決勝、帝京対仙台育英もいい試合でしたね。ファンの方には申し訳ないですが、あの時の決勝戦は帝京の学校関係者を除いて、日本中ほぼ全員が仙台育英を応援していたと思います(笑)
この試合の映像は正直今でもあまり見たくないのですが、Gyao で1989〜2007年までの決勝戦ハイライトをネット配信していたので久々に見ると、正直やむを得ない部分があったように思います。もちろん宮田投手を始めとする上宮ナインに「もう勝った」という油断があったことは否めませんが、高校生ですからそういう心境になるのもある程度やむを得ないでしょうし、同じように最終回2死から涙ぐんでもその後を抑えて優勝した投手もいます(西短の森尾投手)。最後のライト岩崎選手のカバーも昔は「もう少し芝生から遠い部分でカバーに入っていれば」とも思っていましたが、今回映像を見ると、あの状況ではあれが精一杯だったように思えました。

http://www.gyao.jp/sports/senbatsu/

某雑誌のインタビューで元木があの状況を振り返って「みんなベストを尽くしたのだからしょうがない。最後はたまたまボールが跳ねただけ」と語っていましたが、これは本音だと思います。勝利の女神に見放されたとしか言いようがない試合だったと思います。
>32
確かにそうですね。元木があの一連の状況を「誰も間違ったプレーをしていないので仕方ない」と振り返っていましたが、その通りだと思います。東邦が同点に追いつく場面、強肩のセンター小野寺だからこそあのタイミングで本塁にダイレクト返球できたし、二、三塁間で挟まれたランナーをキャッチャーがすかさず気づいて送球したのも見事ですし、種田の悪送球もランナーと交錯気味で起こったものでした。ライトのトンネルにしても、悪送球を想定してすかさずバックアップに入る選手がいたからこそ起こったものですし、ああいう展開になったのはまさに強いチームだからこそだと思います。並みのチームなら決して起こりえないエラーですよね。
>33

同感です。以前横浜ベイスターズの機関紙でのインタビューで種田選手がこのことについて「走者がセカンド寄りにいたので正直サードに送球が来るとは思わなかった。それゆえ慌ててしまった。」と言っていました。なのでまあ、しいて言えば塩路捕手がサードではなくセカンドに送球していたらと思ったりもしますが、まあ先の塁にやらないのが原則でしょうから、仕方ないようにも思います。試合後にライト岩崎選手の親御さんが泣きながら「ウチの子が悪いんや」と言っているのを聞いて種田選手は余計に申し訳ない気持ちになったそうです。

この試合について「ああいうこともあったな」と受け入れられるようになったのは卒業して2・3年してからだったそうで、同窓会で「そういえばあのボールどこに行ったんやろうなあ。」というような会話があったそうです。サヨナラヒットなら普通はボールボーイの人か誰かがウィニングボールを持ってくるらしいのですが、状況が状況だけにそれもできなかったのか、ウィニングボールが行方不明のままらしいです。
>34
この試合について「ああいうこともあったな」と受け入れられるようになったのは卒業して2・3年してからだったそうで

これもおそらく本音なのでしょうね。あれほど「まさか」が重なった試合はありませんでしたから、高校生が直ぐにあの敗戦の事実を受けるのは難しいでしょう。ただ宮田投手に関して言えば、ダブルプレーで二死走者なしになった時、勝ったと油断したというよりも、あと一人というプレッシャーに押しつぶされてマウンド上で泣いていたそうです。森尾投手のように、いける!という思いから感極まって涙を流していたのとは、どうやら違うようです。
>35

>ただ宮田投手に関して言えば、ダブルプレーで二死走者なしになった時、勝った>と油断したというよりも、あと一人というプレッシャーに押しつぶされてマウン>ド上で泣いていたそうです。


そうでしたか。しかし皮肉にもそれが東邦ベンチには「勝った気になっている」と映り、後の反撃を産むことになってしまったようです。「プレッシャーに押し潰された」という話が本当なら、失礼ながら宮田投手はあまり精神的に強いとは言えないですね。

ちなみに1・2塁になったところで投手交代の話もあったようですが(たぶん種田に交代)、「あと一人だから投げさせてやろう。」という温情で続投になったようです。まあ次の打者が3番打者ということや、信頼できるリリーフがいなかったということもあったのでしょうが。上宮にもう一人いい投手がいたら、間違いなく上宮が勝っていたと思います。投手力は東邦山田の方が上だったと思いますが、野手の力は間違いなく上宮の方が上だったと思うので。

あと上宮が後攻だったら上宮が勝っていたと思います。やはり野球は後攻が有利だと思います。たしかジャンケンで勝った上宮が先攻を選んだような記憶があるのですが、この記憶が正しければ「なんで先攻を選んだの?」と思ってしまいます。

あそこで上宮が勝っていたら3年連続で大阪勢が全国制覇を成し遂げていたのに・・・。東邦は何度も全国制覇していたのだから、あそこは初優勝目前だった上宮に譲って欲しかった。
なるほど。虎男さん、ITYnさん、双葉山さんのコメント素晴らしいです。
強いから、鍛えてあるから、ならではのプレーなんですね。
それもお互いのチームが。さすがこれぞ決勝戦ってカードなんですね。
これからも色々な事教えて下さい。貴重なコメントありがとうございます。
やまけんさん、引っ張りまくってすいません。この試合はネタがつきないので、、

>36
ちなみに1・2塁になったところで投手交代の話もあったようですが(たぶん種田に交代)、「あと一人だから投げさせてやろう。」という温情で続投になったようです。

宮田投手の投手交代といえば、夏の仙台育英戦で猛攻を受けたイニングでも、監督の投手交代の示唆に対し元木が宮田続投を要請し、その後も連打を浴びましたよね。この時の宮田投手は選抜決勝と異なり笑みを浮かべていましたが、リラックスからくる笑みではなく、気持ちが切れた笑みだというのが傍目からでも判るような状態でした。
また準決勝の横浜商戦で大差リードし監督が投手交代を指示した時は、宮田投手が断っていました。
この決勝の10回で投手交代があるとすれば、おっしゃる通り種田だったでしょう。この時種田は、宮田投手が結構ガタガタなのに交代を指示しない監督に、「俺に代えろ!」という意味を込めて睨み付けたそうです。

上宮は個々の力は凄く、春夏共に優勝に最も近いチームだったと思いますが、まとまりというか、統率の良さはあまり感じないチームでしたね。その辺が土壇場の勝負どころになって明暗を分けたのかもしれません。

じゃんけんで上宮が勝って先攻を選んだとは知りませんでした。先攻を取った理由は知る由もありませんが、おそらく上位打線に当たりが出てきて、早めに先取点を取って山田を攻略しようという意図じゃないでしょうか。
特にトップの種田が準々決勝あたりからバカ当たりし出して、試合前も「山田得意の膝元のカーブを打つ」、と宣言していました。事実前日の準決勝で、膝元に食い込む低めの球を、まるでゴルフスイングのようなえげつない振りでスタンドに叩き込んでいましたし、投手山田に与えた恐怖は尋常じゃなかったと思います。実際、後日談でも山田は、元木より種田が怖かったと言ってました。(まあ顔のせいもあるかもしれませんが、失礼)。この試合でも、ランナーがいると元木だけじゃなく種田も敬遠されていましたね。
ここでは初めまして。

野球は9回2アウトから、とはいうものの
この試合は本当に、まさかまさか、でした。
東邦が2年連続準優勝か、、、と思って数分後の出来事。

某雑誌によると、10回2死の瞬間に、優勝旗が運ばれてきたのが
宮田投手の目に映ったことが原因? のようなことも
書かれていて、以降優勝旗は試合終了まで
選手の目には触れさせないようにしたとか、書いてました。

>えーやんさん
>何年後かに大宮東を破って選抜優勝したチームもいいチームでしたし

初戦の横浜戦は甲子園球場で見ておりました。
1回戦屈指の好カードでした。

昨年の日本シリーズ最終戦の落合監督の采配をみて、
このときの2回戦の上宮ー鹿児島実戦を思い出されたファンの方いませんか?

その翌年、田中秀昌監督が私の高校に講演に来られました。
そのタイトルも「素晴らしき仲間たち〜センバツ優勝の泣き虫監督」でした。

鹿実戦で9回で11ー0とリードしている中、
ノーヒットノーラン目前の牧野投手から
「個人の記録よりチームのため」と、
本来のエース(吉川投手)に交替させましたよね。

最後に野球ファンの方からの質問で、
「あれがもし1ー0だったらどうしてた?」と聞かれ、
「二死までは投げさせただろう。
ただ仮にそこまでノーヒットノーランでも、
最後の1アウトだけでも絶対代えさせた」と答えておられました。

他にも
「特別な練習はしていない、
ただキャッチボールだけは口やかましく指導している」
「子供は親離れできているが、子離れできていない親が多い」
などとも話されてましたね。

センバツ推薦辞退した辛い時期の話や、
試合前のバスで「仁義なき戦い」のビデオを部員にみせ士気を高めた(?)
裏話なども聞けて、非常に楽しく温かみのある監督さんでした。

私がその会の司会進行係だったこともあり、
個人的にもいろいろお話できて、今もいい思い出です。

話がそれましたが、
東邦ー上宮、またこの両チームの対決を甲子園で観てみたいですね。
えーやんさん、白紙仮定さん、コミュ参加&書き込みありがとうございます。
少し前にも元木選手らと同級生の方おられましたよ。
母校が甲子園出場って羨ましいですね〜!
宮田が優勝旗見たから投げ急いだんですか〜!!詳しいですね!また教えてください!
すっと気になってるので聞きたいのですが
1989年、塩路さんは2年生で正捕手だった記憶があるのですか
3年の夏は大阪予選決勝で渋谷に負けるのですが
その時はレギュラーではなかった?

知ってる方います?
塩路、3年夏は控えになったはずです。
2年春夏は宮田とバッテリーで、
3年夏は、新出 という下級生がレギュラーだったはず。

2年夏と3年夏の記憶がごちゃ混ぜになってます。

元木が3年夏のチームは、
1 サード種田
2 セカンド内藤
3 センター小野寺
4 ショート元木
5 レフト岡田
6 ファースト鈴木
7 キャッチャー塩路
8 ピッチャー宮田
9 ライト中村 

だったはず。
中村が一年生でレギュラーになり、
"普通科の星"岩崎が控えに。

この中村は、後に阪神などで活躍した中村。

一年生でレギュラーは中村だけのはずなので、
新出はやはり、翌年だったと思います。

あと、詳しくは書けませんが、
大阪大会決勝の前日だったか、
塩路の家庭に悲しい出来事があったと、
当時の新聞に出てました。

ちなみに宮田、塩路は、
地元 松原の、
オール松原からバッテリーを組んでいました。

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