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こどもの教育コミュの「考える力」を育ててきてるのか?

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 大学1年生を「子供」と言っていいかどうかわからんけど、子供の頃からの教育の結果だと思うので。。。

 先日、大学1年生を対象に、十分に事前予告はしていたけど、「今まで(過去問)の出題の仕方とはまったく違うスタイル・内容」「カンニングが実質不可能な問題」で中間テストをしました。

(参考の話題)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=992969797&owner_id=6189181

前提:
A.彼らは、ゆとり教育世代。 自虐的に、いわゆる「おゆとりさま」「ゆとられちゃってる」世代と言ってる子もいる。
B.全体の4分の1〜3分の1くらいは、大学入試に関して、競争試験を経験していない。
C.ゆとり教育は、皮相な記憶に頼らず、調べる力、理解する力、考える力、発想する力、表現する力を、じっくりと積み上げてきている、、、はずなんだよね?
D.このこと自身は、オリジナルな仕事をする技術屋には必須な能力だと思うので、「ゆとり教育」に対して、しゃにむに批判する、、、という立場ではないです、ボクは。(経団連だって、「こういう能力は重要」と言ってるくらいだし。)

採点をし始めて気がついたこと:
(1)記憶モノでなんとかなる、、、という勉強の仕方しかしていない!
(2)しかも、記憶が表層的なので、授業のときと少し違う聞き方(穴埋め)にしても、気がつかない、間違えてる!あるいは、かけない! (意味を考えれば、わかるハズ)
(3)授業で教えた「技」を組み合わせれば出来る問題(ただし、課題は、見かけ、授業でやった例題と異なる)では、それが、自分の知識で解ける問題だということに気がつかない。
(4)だから、何もかけない!
(5)つまり、「内容を理解する」んじゃなく、言われたことを「そのまま覚える」というのが勉強の仕方だと思ってる!

 なんで?
 この勉強の仕方って、「ゆとり教育」の中で否定されてきた「詰め込み教育」のスタイルなのでは?
 しかも、大学受験経験者だけじゃなく、大学受験を経験してきてない人(まさにゆとりがあるはず)も、分け隔てなく、出来ない!

===================
 そこで、ボクの疑問は、
===================
★★(Q1)★★ 彼らの世代は、「ゆとり教育」といいながら、実際には、どういう教育を受けてきたの?
----------------------------------
★★(Q2)★★ どういう勉強の仕方を身につけているの? 何が、勉強の仕方の常套手段だと教わっているのでしょうか?
----------------------------------

 さらに、
----------------------------------
★★(Q3)★★ この状態の皆さんに、「調べる力、理解する力、考える力、発想する力、表現する力」の必要性を実感させて、その力が身につくような勉強の仕方に転換してもらうためには、どういう「教育の技」を使えばいいんでしょうかネ?
----------------------------------

コメント(84)

> こどもの教育を、まったくの人任せにする親を減らす施策が必要ですね。

私はこの考え方には賛成できません.
どういう状況を想定なさっているのかわかりませんが,
親の義務は学校に通わせることだけだと思います.

しつけを学校に任せるというのは問題ですが,
学力については,学校に任せておけば保証されるように施策が必要だと思います.

学校という箱の中だけで、考える力を育てると言っても
難しいのではないでしょうか。

学校の中だけなら、言われた事をそのまま覚える、
その範囲を規定する、ことだけしっかりやればいい。


考える力というのは、実践、経験でこそ育てられると思うので
もっと学生を学校の中だけに押し込めようとしない、
社会的な教育方法という事を考えてほしいものです。

生徒がもっと社会の現場に出かけていって、かかわり合う事。
大人がその場で正面から生徒と議論する事。
それが難しければ、外部から講師として招く事。
NHKの「ようこそ先輩」みたいなのが普通に授業で
行われたらいいですね。

単純に成績をつける授業から離れる事こそ必要に思います。


「考える事」が評価する授業になったとたんに、
生徒は、できる子なら、どう発言すれば評価が高い?
あるいはできない子なら、どうやってこのつまらない授業をやりすごす?
といったことを考える。
決してその授業で「考える事」は身に付かないのではないでしょうか。



なんてありきたりな意見を書いてから、トピを読んでいたら・・・

>(Q3)に対して

8>「図学」を教えてる
ってご意見が!

そうだ、私も普通科の高校でなぜか「図学」を学んで非常に役に立っている!
(名物偏屈教師で苦労させられたんだ、これが!)

もう一つ役に立ってるのが、これも高校で習ったコンピュータプログラムの
「フローチャート」
プログラムというものが、問題をどういうステップで解決するか、
っていう考え方を順序だてたもの、ですから、
考えを視覚化して整理するにはもってこいです。


数学で式を並べて解を得るように、国語なんかでも、図でステップ化して
考えをまとめる、なんて技術を教えてもらえてたら、
国語ももっと好きになったのかも・・・
> 図でステップ化して考えをまとめる、なんて技術を教えてもらえてたら、

  こういうのを使っている教育現場があってもよさそうですね。
  どなたか、効果が得られたという事例とかをご存知の方は、
  おられませんでしょうか?

  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:MindMapGuidlines.JPG
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%B0

(一部引用)
表現したい概念の中心となるキーワードやイメージを図の中央に置き、そこから放射状にキーワードやイメージを繋げていくことで、発想を延ばしていく図解表現技法。この方法によって複雑な概念もコンパクトに表現でき、非常に早く理解できるとされ、注目され始めている。 人間の脳の意味ネットワークと呼ばれる意味記憶の構造によく適合しているので、理解や記憶がしやすい。

また、本来は紙とペンで描くものだが、コンピュータ上で描くための専用ソフトウェアもいくつか存在する。
48:

自分がものを考えるときには、これに近い図を描くこともありますが、そうして描いたものを他人に見せても理解してもらえたことはいまだかつて一度もない、という事例ならありますw

中心に据えるものがあるというよりは、最初に思いついたものをとりあえずその辺に置き、そこから線を伸ばしてるうちにあちこちで横に繋がっていたりして、放射状というよりは蜘蛛の巣に近いかも。

それに、そもそも丸くならないことの方が多い上に、最初に思いついたものがキーとも限らないので、最終形を見てもどこから始まったのかがよくわからない図になってたりします。

キーワードを探すよりも、キーになってなくて構わないからとにかくどこか出発点を決めて歩き出そう、という感じ。


だから、描いたあとで再度整理し直さないと他の人には伝わらないという。。

で、大抵はそこまで伝えようとしなくても事足りるから整理せずに放っといて、たまに伝えなきゃならなくなったときにまとめ直す、という感じ。


でも、こういう図を描くときも、大体は描く前に大まかなイメージが見えていて、こういう図で考えてるというよりは、考えたものを図に表して記録している、と言った方が感覚的には合ってるかも。
> だから、描いたあとで再度整理し直さないと他の人には伝わらないという。。

  パソコンのソフトとして提供されているものなら、そうい
  うことが自由にできるので、そこがいいのではないかと僕
  は思うのです。
  で、中学・高校あたり、さらには大学でも学ばせていると
  ころがあるのではないかと思い、成功事例などあれば聞い
  てみたいのです。
  もちろん、全然効果がなかったという情報も大事だと思う
  ので、そういうことも聞いてみたいです。

> でも、こういう図を描くときも、大体は描く前に大まかなイメージが見えていて、こういう図で考えてるというよりは、考えたものを図に表して記録している、と言った方が感覚的には合ってるかも。

  それができる人は、多分、このトピックの Q1〜Q3 には
  該当しない人なんだろうと思います。 (^_^)

> (Q3)この状態の皆さんに、「調べる力、理解する力、考える力、発想する力、表現する力」の必要性を実感させて、その力が身につくような勉強の仕方に転換してもらうためには、どういう「教育の技」を使えばいいんでしょうかネ?

  というところも、とっくに卒業されている人だと思います。

  いや、冗談ではなくて、マインドマップは自分には不要だ、
  あるいはそのやり方は自分には合わないということも、人
  によってはあると思うのです。
  そのあたりのことも柔軟に対応しながら、この(Q3)に
  ついては、工夫できることが色々ありそうに思うのです。

  御意見、お待ちしています。
 
48 Hiroさん
>こういうのを使っている教育現場があってもよさそうですね。
>どなたか、効果が得られたという事例とかをご存知の方は、
>おられませんでしょうか?

マインドマップとか、フィンランドではカルタと呼ばれているもので、
すでに教育現場で実践しているところはありますよ。

特に学力世界一のフィンランドで取り入れているのですから
まあ効果のほどは言うまでもないでしょう。

あとは、ビジネス現場で発想力トレーニングや
研修にも活用されているみたいです。

参考までに
ブザン教育協会
http://www.buzan-edu.jp/

46 きよまるさん
>決してその授業で「考える事」は身に付かないのではないでしょうか。

日本の教育の場合は、「考える力」とか言っても、
結局はただの「スローガン」というか「精神論」で終わってしまう
という非常に良くない点がありますよね。

・どうやったら考える力が付くのか【仮説】
・本当にその方法で考える力が付いたのか【検証】

教師自身が、仮説と検証を全く行わない。
これでは子どもに考える力が付くわけがない。
マインドマップは、いいですね。

生徒の中には、文章題を見た時点で、解法が浮かばないと、
そのままあきらめてしまう子がたくさんいます。

文のセンテンスごとに区切って、意味を考えたり、
1つの文の単語のまとまりとその関係を
図式化することも出来ないみたいです。

私は、『丸呑み』せずに、『よく噛んで』理解しようとか、
言ったりもしますが、比喩表現も理解できない感があります。

生徒だけでは、ないですがね。
穴埋め問題を作ってるのを見て、
どー考えても、その1部だけを穴埋めするのは、文の意味から見て、おかしいでしょうと、感じるときがありますから。私は、国語が専門では、ありませんが。
ところで、トピ文で問題になっている大学生たちは、勉強はしてるんでしょうか?

勉強しないで遊びほうけてるとすれば、ゆとり云々以前に解けるわけもないと思うのです電球
としちゃん さんのところの学生たちには、僕も時々会いま
すが、いつみても、彼等はとても熱心に学問に打ち込んでい
ますよ。
  
ただ、なかなか上手に「『調べる力、理解する力、考える力、
発想する力、表現する力』の必要性を実感」し、「その力が
身につくような勉強の仕方に転換」してくれないというのが
としちゃん さんの悩みなんだと、僕は理解しています。
 
> まあ効果のほどは言うまでもないでしょう。

どの学年のこどもに、どのようにマインドマップ(あるいは
その類型のもの)を使わせたら、どんな効果があったかとい
うことを、先生や体験した生徒、学生の口から聞いてみたい
ということが、僕が48番で書いた
 >どなたか、効果が得られたという事例とかを
 >ご存知の方は、おられませんでしょうか?
という質問の趣旨なんです。
 
>先生や体験した生徒、学生の口から聞いてみたい

事例報告会の紹介のページなのですが、
http://www.buzan-edu.jp/mmtaikenkai1/

ここに、少し感想が載っています。
http://www.buzan-edu.jp/mmtaikenkai1/images/080928_example.pdf
Q3については、工夫をする力をつけるよう持って行くのも良いんじゃないかなって気もします。

そのためには、ある問題に対して、面倒くさくてとても正面からはやってられないようなやり方とか不完全なやり方とか、あえてそういうやり方しか教えない、というのも良いんじゃないかなと。

必要は発明の母。

与えられたものの完成度が高いほど、言われたことを言われた通りにやる方が有利に働くし、そうなると下手に考えずにただ受け入れてるだけの方がマシだと思ってしまう子も増えるだろうから。

教える側が「バカを演じる」というか。

それで何かしら工夫をしてきたら、その工夫で何をしようとしたのかを見て、その工夫の良いところ悪いところを少しだけ指摘してあげる。

学生たち自身でも工夫する余地があり、さらに、どんな工夫に対しても何らかのリアクションがあるとわかれば、学生の側も少しはやる気が出るんじゃないかなーと。
Q1とかQ2について、実態を知らないので少し予想してみます。


ゆとり教育ということで、授業時間数が減った

教える側も、ポイントだけを掻い摘んで教えないと終わらなくなった

それでも、学力は保たなければならない

教師は、少ない時間内に必要な学力を身につけさせるために、完成度の高いやり方を最初っから天下り的に与えるようになる

生徒は自分が下手に工夫するとかえって完成度が落ちてしまうことを何度も痛感する

生徒は、下手に自分が工夫なんかするよりも、与えられたものをそのまま受け入れる方が良いと認識してしまう

どんな問題に対しても、その問題に適した最適な解法が与えられるのを待つようになる

工夫する意欲を殺がれているので、いまあるものを組み合わせて工夫しようだなんて発想もないし、何かを調べてみようとも思わない

結果、与えられたものを与えられたままこなすしか能のない人材ができあがる。。


みたいな感じではないのかな?と。
>52
>教師自身が、仮説と検証を全く行わない。

現場のせいばかりにしてしまうのは酷だと思います。

「ゆとり教育」の何が悪くてまた「詰め込み」にするのか、
「ゆとり教育」以前の「詰め込み」と、これからの「詰め込み」
のどこが違うのか、良くなるって話なのか、
現場、文科省、教育委員会、そんなあたりで、
しっかり検証されてるのか、よくわからないのですけど・・・



>59
たぶん、そういうことなんでしょうね。
今の教育環境の中で、効率的に早道を行って何が悪いの?
って。

結果だけを評価して採点するんですから、
あれこれ考えるよりも早く結果をだすのがいい事だ、
と思うでしょう。



数学で、解を導くのに、途中の計算式を書かせて
評価する場合があると思いますが、それと同様に

考え方を表現する手法を教えて、
考えた軌跡をしっかり評価するようする。

そうすれば、考え方を学ぶ必要性を実感させる、
ってことにならないでしょうか。
> 「ゆとり教育」の何が悪くてまた「詰め込み」にするのか、
>「ゆとり教育」以前の「詰め込み」と、これからの「詰め込み」

  僕は「ゆとり教育」以前の「詰め込み」の、
  もう一つ前の世代なんですが、あの頃の学校
  で、「詰め込み」をされた覚えはありません。

  マスコミでも「ゆとり教育」と「詰め込み」
  のどちらかしかないという議論が多いことに
  とても危機感を感じています。
 
  はっきり言うと、「ゆとり教育」も「詰め込
  み」も、どちらも間違いだと思うのです。
 
『ゆとり』と『詰め込み』の2者択一しかないのでしょうか?

そもそも、それは、相反するものなのでしょうか?

それぞれに、メリットとデメリットがあり、
ある学習場面(たとえば、基礎基本や、反復練習)では、『詰め込み』できちんと教え、
ある学習場面(たとえば、発展的な内容や導入・まとめ)では、『ゆとり』をもってじっくり考えさせて教え、
と、役割分担させて、効果的に活用すべきなのではないかと思うです。

考える力を奪ってるものに、
行き過ぎた効率主義があるように読んでて思いました。
今の生徒は、すぐに、『答え』を要求します。あるいは、『もっと、簡単なやり方は?』

そして、知らないと出来ないと、あきらめる。

じっくり取り組む余裕がなく、実生活でも待たされる経験や試行錯誤する時間がない気がします。
昨日の夜、書き込みをしたつもりだったのに、かけてない。。。(相変わらず、インタフェース悪いぞ!>mixi)

思い出せない。。。 かなり雑な復元。

---
ボクのゼミの学生さんの場合(B4以上、10名前後/各学年):

 「なぜ、この考え方の枠組みが生まれたのか?「なぜ、この手法が生まれたのか?」は、通り一遍に聞くけど、頭の中に残っていない。 で、「先生がいったやり方・先輩が残した手法」を金科玉条のように(注:ありがたがっているわけではない。疑わずに、飲み込んでいるだけ)従って、その枠から一歩も出てくれない。
 そんなんで、新しいアイデア・方法論・手法が生まれるわけ、ないやろ!

 新しいことを生み出そうとするのに、実は、教科書に書いてあることをそのまま受け入れる(理解はともかく、マネする)みたいなway of thinkingですね〜。
 オレが、そんな、「どこにでも書いてあるような、教科書的な課題」に取り組むワケがないやろーが!

 だから、教えてもらった方法でうまく行かない事例が出てくると(そりゃぁ、どんどん出てくるわな)、「出来ません」「無理です」と思ってしまう。
 「うまくいくように」ちょっと工夫してくれる時もあるけど、それでうまく行ってしまうと、「何故、これでうまくいったのか?」まで考えてくれない。
ボクが授業で受け持つ学生さんの場合(B1〜3、めちゃたくさん):

 情報処理・ソフトウェアの勉強なんて、大事なところは「このわけがわからんように思える問題を、どう読み解いて、とき方の手順を見つけるか?」が一番大事なはずなんだけど、、、

(1)読み解く以前に、機器の操作、コマンド、、、あたりで、いまだに右往左往する、あるいは、アレルギー反応を示す人が多い。 (中高の「情報」でどんな教育を受けてきてるんや?)

(2)問題を読み解く、、にはほとんど関心がない。

(3)アルゴリズム、、、みたいに、抽象化した説明は、無理。 具体的な数値例なら何とか。。。

(以下、続く)
59にゃーさん

>教師は、少ない時間内に必要な学力を身につけさせるために、
>完成度の高いやり方を最初っから天下り的に与えるようになる

>生徒は、下手に自分が工夫なんかするよりも、
>与えられたものをそのまま受け入れる方が良いと認識してしまう

たぶんそれは、学校現場ではないと思います。
というよりも、中途半端な学習塾がそういう手法に走っているかと。

61 Hiroさん

>もう一つ前の世代なんですが、あの頃の学校で、
>「詰め込み」をされた覚えはありません。

Hiroさんってたぶん1950年代のカリキュラムで小中を育っているんですよね?
だったら、そういう感覚がないのも当然で、
詰め込み教育と呼ばれるカリキュラムは1968年の改訂からで、
1950年代や1960年代は、ちょうど今と同じような、
経験主義から系統主義(詰め込み)への移行期だったはずです。


今でも学校は、
教師が知識や技能を子どもに伝達する授業ではなく、
結果よりもプロセスを重視した授業、これは悪く言うと、
たらたらやり方だけを子どもがディスカッションしながら構築していく
積立型の授業をやっていますよ。
分数のわり算なら、計算スキルよりも分数のわり算の意味を
くどくどとやる授業ですね。
(うちの児童はそういう学校の授業に飽きてうんざりしてましたけど
 たぶんもっと高度な問題をやりたいんだと思いますけど)

それで、こういう授業は
少なくとも学校という基礎学力に非常に幅が大きいところでは
できる子はうきこぼし(ふきこぼし)、できない子は落ちこぼれるという
結局どっちつかずの授業になってお終い
というのがオチだと思います。
PISAの結果を見ていれば明らかですが。

こういう手法は、学習内容が増える時期指導要領では
確実に破綻する指導法ですから、
また詰め込み教育に逆戻りするおそれはありますね。
(続き)

(4)結局、注意を向けるのは、コーディングレベルの話だけ。

(5)で、コーディングも、(アルゴリズム的な意味は、そっちのけで)表現にばかり目が行く、まる覚えしようとする。

だから、、、

授業中の例題と、考え方は同じだけど、表現の違う問題を出すと、なにをどう取り組んでいいのかわからない。白紙。できません。。。となる。

まる覚えも、実はうろ覚えだったりするから(注:完璧に覚えられる能力のある子は、COクラスよりももっといい学校にいくんだろうと思う)、授業での例題が「階乗」とか「昇順」で、試験問題が「総和」とか「降順」だったりしても、全然気がつかない。

オマエら、「まる覚えの知識は意味がないから、考える力・理解する力を身につけましょう!」という「ゆとり教育」を受けてきとるんと違うんかい!?
多少、関係しそうな資料として、いわゆる「社会人基礎力」に対する経済産業省の考え方をまとめた資料を紹介します。

(独)経済産業研究所 
2006年4月7日
なぜ社会人基礎力か?:古くて新しい指標
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/06040701.html


 産業界(まぁ、経団連が大元締めかもしれんですが)は、大学教育の内容や、さらには、大学院教育の内容・進め方にまで、「注文」をつけてきています。

 上述の資料によれば、
(以下引用)
「大学はどうせろくなことを教えられない。だから何も教えなくていい。むしろ企業で新卒者を訓練して使える人材にしていく」――日本の雇用システムが世界の注目を集めていた時代にしばしば耳にした意見です。しかしその後の「失われた10年」で企業は自信を大きく失いました。人を育てる余裕もなくなり、即戦力に対する需要が高まりました。大学に人材育成を求めるようになった背景にはこういった状況があります。
(引用、終わり)

(ついでに、引用)
「社会人基礎力に関する研究会」では社会人基礎力を構成する主要能力として「前に踏み出す力(アクション)」、「考え抜く力(シンキング)」、「チームで働く力(チームワーク)」の3つの要素を特定しました。とにかく自分で動き、情報を集めてみるといったように行動を起こせば(「前に踏み出す力」)「なぜ」、「もっとこうしたら」という問題意識が生まれます。そうすると、そのような疑問や問いかけに対し「どうしたらいいのだろう」とできるだけ深く広く考えるようになります(「考え抜く力」)。
(引用、終わり)
なんだそうです。

「学力」とは何なのか?
「社会人(基礎)力」とは何なのか?
という「そもそも論」での議論もあるでしょうが、
大事なところは、
このような産業界が期待する「学力」や「社会人力」は、ボケ〜っと、4年間(+アルファ)を遊びほうけて楽しく過ごしているでけでは、全然、身につかない!ということだろうと思う。

さらに、大学の教育の現場の立場から言わしてもらうならば、
大学の4年間(+アルファ)の段階では、すでに手遅れな印象もあります。
中学・高校の間に、こういう能力を身につけるために必要な「心構え」「生活習慣」「習得のスキル」の芽を摘まれては困る!

大学の先生も、、、(そもそも、社会性がない人間が、他に職業を選べなくって、たまたま、ちっと勉強が出来たっぽい、、から、教育方法の訓練も受けないままに、先生になってしまった!)、、、こういう芽を摘まれた学生に対して、どう「育てる」のか、、、なんて、全然、わからない&できないだろうと思うデス。

 ちょっと「他力本願」的に言うとするならば、
 産業界が、そういう人間をホントに欲しいのならば、
 そういうメッセージを、
 積極的に、大学生・高校生・中学生に向けてマジに発信して、
 入社試験も、
 そういう能力のある人だけがパスするように
 実施してもらいたい。。。

(でも、結局は、「そういう試験」はめちゃくちゃ労力が必要で、判断も難しい&めんどくさいから、とりあえず、第0次近似として、「大学の名前」で判断しちゃうんだろうなぁ。。とも思うデス。、)

(今の学生の親は、高度成長期&バブル期に学生時代を送った人たちでしょ?
 入社試験はもとより、大学教育を、はなっから、なめてるだろうな。
 そのメンタリティが「伝染」していると思ったりもします。)
グラスパンダさん、
僕が言いたかったことは、あの時代には「ゆとり教育」とか「詰め込み」とか
いう言葉もなく、そのように極端に偏った授業しかできない先生も皆無ではな
かったけれど、そんな先生は極めて少数で、普通の先生方はバランスの取れた
いい授業をされていた、そして、先生方の間には、そういうノウハウの蓄積が
あったということなんです。
 
 ↑
ボクが教わった高校の先生方(1970年代後半、大阪の受験校)は、受験指導もあったけど、考えさせる授業も多かったように記憶してます。(日教組系の先生、反対の先生、双方とも)

でも、先生方は、
「こういう教え方が出来る教師は、府下に何人もおらん!」と
豪語されていたようにも思う。。。

実際、生徒に見えないところで、先輩の先生は、後輩の先生に「授業の進め方」「教え方」をしごいていたそうな。

ボクは、いい先生たちに指導してもらえて、非常にラッキーでした。
いまは、、、どうなの? 
(中学・高校に)
いい先生の比率は昔と同じ?昔よりも少なくなってしまった?
「授業の進め方」「教え方」を伝承するカルチャーが失われてしまった?指導できる人がいない?

>67
「社会人基礎力」は確かに必要な事ですね。
きちんと教育できるなら、して欲しいものですね。

ただやはり、「評価」の仕方を間違えると、
高得点を上げるマニュアルをまる覚えする人間が良い、
という事になりかねません。


企業は利益を出す事が評価、
で、それは誰も異をはさむことなく、
自律的に発展していくようになっています。
もちろん、法令遵守、競争を阻害しない、
などのルールの中で調整されながら。

教育でも、得点を上げることが評価、
で、評価を得る事を求めて、誰もがそこに邁進します。
だから、評価基準をどこに置くか、ということこそ
きちっと考えるべき事だと思います。


よく言われている事ですが、日本では独創が評価されません。

「評価されるべき人が評価されない日本の風土」
http://allabout.co.jp/career/invention/closeup/CU20060612A/


わかっている結果に近い、同一だ=評価点、
ではなく
新しい考え方をした、ユニークな発想をした=評価点
となるような評価方法を考えれば
評価を上げるために、「考え方」を真剣に考えるように
なるのではないでしょうか。

具体的には、100点満点からの減点方式ではなく加点方式にする。
教科書通りの答えなら100点だけど、
別の方法を自ら学んで、あるいは考えて答えにたどり着いたら
100点以上になるような採点方式にしてしまう。
もちろん、教科書通りの答えはわかっている事を示してから
それに比較して、自分の考えを述べるような答え方がいい。

(中学ぐらいでこんな事やったら、くそ生意気な事するんじゃない!
と怒られかねなかったなぁ)

誰でも人の欠点をあげる、否定するのは得意、
ですがもっと、人のいい面をのばす、ほめる評価が
できるといいんじゃないでしょうかね。
 ↑
「もちろん、教科書通りの答えはわかっている事を示してから
それに比較して、自分の考えを述べるような答え方がいい。」

 おフランスの論文・小論文の書き方は、このスタイル、、、と聞いたことがあります。
 (おフランス語はわからないので、実物は読めないけど。。。)

 「私はこう思う」で書き始めると、ダメで、
 例えば、ギリシャ・ローマ以来の(関連する)重要な考え方を、体系立てつつ、的確なサマリーを作って、
 で、それらの先人の考え方を踏まえたうえで、
 自分はこう考える。。。。
とかしないと、ダメなんだって?

 Google コピペ世代にも無理だなぁ。
 コピペ作業は出来るだろうけど、「これが本件に関連しているかどうかの判断」「本件を説明するに適切な体系化」は、意外と難しいぞ。
 最後も、ありきたりな「自分の意見」ではなぁ。

 でも、日本の先生達なら、「(事前に準備された・十分想定される)ありきたりな意見」こそ「○」にしちゃうかも。
 そのほうが、出題も、採点も、書き方の「指導」もラクだから。。。
中学校は、よく知らないですし、高校も、私の目に見える範囲で、考えました。
私の偏見も混じっています。
私は、高校で非常勤講師(まだ、採用試験に受かっていない)をしています。

69 Hiroさん

>普通の先生方はバランスの取れたいい授業をされていた、

バランスの取れたいい授業、私は、出来てないなあ。
試験前になると、範囲にたどり着かないとって、急ぐ授業「詰め込み」をしてしまう。大事なところは、じっくり演習や小テストなどしたいのですが。

進学校は、シラバス(年間指導計画)をこなすのに、大変です。
「シラバスより、早く授業を進めるのが、いい先生」のような評価もあるような気がします。早めに教科内容を終えて、受験対策を行う。
高校には、「学校設定科目」ができ、おおっぴらに受験対策の授業が出来るようになりました。そのため、授業時間が足りないのです。

70 としちゃんさん

>(中学・高校に)
>いい先生の比率は昔と同じ?昔よりも少なくなってしまった?

比率は、よくわからないですが、少なくなってしまったと、私は思います。
新人の先生がいい先生に育ってないからです。

>「授業の進め方」「教え方」を伝承するカルチャーが失われてしまった?
>指導できる人がいない?

先生方は、大変お忙しそうで、日常的に教えてもらったり、教えあったりが、難しいと思います。会議と提出書類の多さ、繁雑さが原因です。PCに向かってる姿を良く見かけます。

また、教員に成り立て(私も、早くなりたい。)の1年目の先生は、「初任者研修」があるので、忙しいです。初任者研修のために、ある曜日は、学校に居ません。初任者研修は、あまり、授業のためには、ならないそうです。
はじめまして。
現在母親、かつて学生でした。

子供は、自分を認めてくれた時に、はじめてやる気を出します。
まずは、学生さん達を認めてあげたほうが良いのではないでしょうか。
こいつらはバカだと思って接している限り、子供達はやる気を出さないし、
教師の言う事に耳を貸さないと思います。
このこたちは不幸にも、良い教育を受けられなかった。でも、
彼らなりにやろうとしている。
そう思ってあげれば、やるきをだすのではないでしょうか。
としちゃんは、とても褒め上手な先生なんですよ。
決して「こいつらはバカだ」なんて、思ったりしていません。
そんな中で、もちろん、学生さんは、やる気を出しています。
としちゃんの研究室に行くと、そんな雰囲気が、とてもよく
伝わってきます。

ただ、なかなか上手に「『調べる力、理解する力、考える力、
発想する力、表現する力』の必要性を実感」し、「その力が
身につくような勉強の仕方に転換」してくれないというのが
としちゃん さんの悩みなんだろうな、やる気になってくれて
も、空回りしてしまう、そんな彼等を毎日目にしているから
こその悩みなんだろうなと、僕は思っています。
 
私の子供は小学生ですが,幼稚園の頃から一貫して、考える教育は受けていないと感じます。教師は積極的に子供を誉めますが、教師の期待する応えを出した時にしか誉めません。それでは子供は一つの答えしか考えなくなります。
子供達が考えるようになる為には、とにかく小さい頃から誉めまくるしかないと思います。どんな考え方でもまず認めてやる。そして、違う考え方もあるかもしれないと、改めて考えさせる方法です。一番良いのは友達とケンカする事だと思います。意見の対立をすると、色んな考え方を学べます。授業では答えのない問題を討論させる、なにか行事をする時に、子供同士がもめるのを覚悟で子供達自身にはじめから最後までやらせる。そんな、受験とは関係ないことをやる時間を確保することが、まず必要なのでは。
今大学1年です!
確かにそうかもしれない…と思ってしまいましたあせあせ(飛び散る汗)
教師を目指しているので(小学校)新学習指導要領などを学ぶときに、今までゆとり教育で目指すに至らなかったための改善策などを学ぶ機会がありました。そこで私たちが受けてきた教育の反省点を知ることができたと思ってます!!
でも、ゆとり教育は大人が決めた。こども達の姿に大人が考え出してくれた教育の仕方だとは思うのですが…。ゆとり教育を批判しても受けてきた側にとってはそれがそのときの教育だったわけで、仕方がないよ〜という感じですがまん顔
しかし、私自身ゆとり教育のおかげで学べたこと、たくさんあります!!
小学校の時は自分調べでとことんストレス病について調べたり
中学校では大学キャンパスに言ったりボランティアをしたり音楽鑑賞や歌舞伎鑑賞したりと設定された講座を自分で好きなようにとれましたぴかぴか(新しい)
学校によると思いますがゆとりで学べたことは大切にしたいですぴかぴか(新しい)

と話はずれてしまったのですが…

としちゃんさんのような試験を私は望んでいます!!
その深い考察、すごいと思いましたがまん顔
今行われている試験はただの知識問題(暗記すれば済む)が多くて勉強している意味を感じることが少ないように思えますあせあせ(飛び散る汗)
先輩に聞けば過去問があり、カンニングをする人もいて、真面目にやってる側が損するような…
いや、普段から授業をきいてしっかりノートをとって自分でも考察してとコツコツ頑張っている人がたくさんいるのに
その人たちの努力をみてもらえるような試験がとても少ないのですあせあせ(飛び散る汗)
認めてほしいわけではないのですが、要領よくやっている学生さんみると、試験もっと知識とかぢゃなくて考えとかならいいのに…と思ってしまいます考えてる顔

だからとしちゃんさんが考える試験はとてもいい試験だと思いました!!

大学の授業は新しい知識が多いです。だから新しい知識と新しい知識のつながりや新しい知識と今までの知識がどこで接点を持っているのかがわからないときがあります!!
それを考える力がもう大学生には備わっていなければならないのかもしれませんが
1度具体的に例を示してもらえば、それを応用することはできると思います★!

何を考える必要があるのか、こういうことを望んでいることを語ることで学生は学ぶべきものがわかり、視点をかえていくと思います!!
そのようなためになる授業
学生、がんばります手(グー)!
え-み-@YAKIGORI さん、
若い方からのコメント、とてもうれしいです。
有り難うございます。

ゆとり教育の中で、よかったことなども、実際にその教育を受けた
ひとびとからの色んな意見がもっともっと世の中に向けて発信され、
これからどうしていけばいいのかという具体的な話につながって行
くといいなと思います。
どんどん、このコミュニティでも意見交換しましょう。
よろしくお願いします。
 
みなさんの意見に比べて考察の深さにかけ、こんな意見で参考になるやら…というかんじですが
トピックに対しての意見、これからも発していこうと思いますウッシッシ
コメント返して下さってありがとうございましたぴかぴか(新しい)

今回はテストが終わって改めて実感したことがちょうどトピックでめにつきました。
としちゃんさんの考える試験がいいと切実に思いますがまん顔!
一夜漬けとかでなく、日頃の成果をみてくれるテストにしてほしいです…!でも現実問題そういったテストで点をとるのは難しく…それで先生方のテストも本来の目的と自然と変わらざるをえないのかもしれませんあせあせ(飛び散る汗)

最近の若者は…って言われてしまう世の中ですが
私の周りは頑張りやさんたくさんいますぴかぴか(新しい)

これからもよろしくお願いします!!
ゆとり教育の理念自体を否定する気はないのですが、やるんだったら一斉のスタイルを見直さないと、結局は学ぶ量が少なくてラッキーなだけの教育になり下がります。
そういう懸念が見事に当たりましたね。
としちゃんさん、
68番で書かれていたこと
  > さらに、大学の教育の現場の立場から言わしてもらうならば、
  > 大学の4年間(+アルファ)の段階では、すでに手遅れな印象もあります。
  > 中学・高校の間に、こういう能力を身につけるために必要な「心構え」「生
  > 活習慣」「習得のスキル」の芽を摘まれては困る!
に質問しようと思いながら、忘れていたことに気が付きました。

この文章の
  > 中学・高校の間に、こういう能力を身につけるために必要な「心構え」
  > 「生活習慣」「習得のスキル」の芽を摘まれ
という判断をされている、その根拠というか、何からそう感じてお
られるのか、少し具体的に聞かせてもらえませんでしょうか?
 
というのは、僕も同じようなことを感じていて、その原因は受験に
偏り過ぎた教育システムの弊害だと単純に考えていたのです。
でも、としちゃんさんのこのトピックの始めの文面の中には
  > しかも、大学受験経験者だけじゃなく、大学受験を経験してきてない
  > 人(まさにゆとりがあるはず)も、分け隔てなく、出来ない!
ということが書かれていたので、あれ? と思ったわけです。
 
(つづきです)

そんなことを考えながら、としちゃんさんが67番で紹介して下さっていた
(独)経済産業研究所 
2006年4月7日
なぜ社会人基礎力か?:古くて新しい指標
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/06040701.html
を読みなおしてみたら、その真ん中あたりに、こんなことが書かれていました。

-----------------
学力低下と人間力低下

社会人基礎力がこれまで意識的に取り上げられなかったのはなぜでしょうか。社会人としての基礎力はいわば自然に備わるものと考えられていたからではないでしょうか。そうした基礎力は社会に出てから強化すればいいというのがかつての認識でした。しかし学校教育なくして基礎学力は身に付かないのと同様に、最近では社会人基礎力は意識的に養う必要があるという認識が現れ始めています。大学で社会人基礎力を養うことにも意義があるといった意見が本研究会の調査でも聞かれました。

知識社会では、知識を身につけ創造する人間が富の源泉となり、国際競争力の基盤となります。少子化のなかで生産性を高め社会を維持していくには、より高度な能力開発が必要となります。そうしたことを考えると最近の学力低下はまさしく懸念材料です。PISAの15歳児の読解力調査でもかつてトップ10に入っていた日本は今や10番台にまで落ち込みました。日本の子供が勉強しなくなったことは各種調査でも明らかです。6年前に東京の5つの高校を対象に行った調査では、4年生大学進学希望者の3年間を通じての1日当たり平均勉強時間は74分という結果が現れました。短大・専修学校進学希望は22分、就職希望者は 16分でした。いわゆる名門大学を対象に行った2003年の調査でも、週平均で5時間以上勉強する大学生は3人に2人という結果です。つまりトップクラスの大学でも3人に1人は、1日の平均勉強時間が1時間以下という計算になります。

それでは学生は一体何に価値を置いているのか。2004年に調査を行ないました。最も高く価値が置かれたのは「片思いの人とデートする」時間。逆に最も軽視されていたのが「一般教養の授業を受ける」時間でした。「テスト前勉強」以外のすべての勉強に関する項目は、「(同性の)友人と遊ぶ」時間よりも低い位置づけとなっていました。

ただし学生を批判するだけでは問題解決にはつながりません。文化庁による「国語に関する世論調査」(2002年)によると、「月に1冊も本を読まない人の割合」は全国平均では38%です。親の世代や社会人も勉強しなくなったということです。

若者の「人間力低下」もしばしば指摘されます。小中学生を対象にした「子どもたちの自然体験・生活体験に関する調査研究」(1995年)が一時期話題になったことがあります。「食料品などの買い物をしない」子供が3人に2人、「家の掃除の手伝いをしない」、「寝具の片付けをしない」子供が5人に3人いることが明らかになりました。「日の出・日の入りを見た経験がない」子供が40%となっています。今日の就職前線に出ている若者層の11年前の姿です。
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何が言いたいのかはよくわからない文章ですが、何か考える
ためのヒントにはなるのかも知れませんね。
 

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