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。」「コミュの2   はじめに

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 あれから7年が経ち、まだ何者にもなっていない自分がいたりする。
 あの時ぶっとんでしまった自分に、今の状況を教えてしまうと、自殺するんじゃないかなと我ながら思うほど、実はぶっとんだと同時にとんでもない野心を持ってしまった。
 普通に生きている人なら、多分、こんな野心、本気になって持たないんじゃないかな、というか、持てないんじゃないかなとも思う。
 いや、ぼくが知らないだけで、実はみんな隠し持ってたりすのかな。みなさんはどうだろう?




            『歴史に名を残す』




 
 あのぶっとびから7年が経って、この野心のおかげで色んなものを犠牲にしていき、あらゆることが取り返しのつかないことになってしまった。

 失ってから気づいても、なにもかもおそい。

 歴史に名を残すのもいいけど、ぼくはそんなことも知らなかった。
 
 あのとき買った本も、この7年間でボロボロになっている。
 
 とりあえず、どんな時にも部屋に本棚があった。この本も僕といっしょに歩んできて色んな本棚に差し込まれ、そして今もこうしてぼくの傍らにある。
 
ぼくはそんなぼくにとっての本棚を昨晩はじめて、もういらないな、必要ないなと思った。
 
前の日記にも書いたけど部屋にロフトベッドが届いてから、部屋を配置換えしていて、配置換えしていくうちに部屋に二つの空間を作ろうという考えが浮かび、とてもでかいスピーカーがあるのでそれで二つを仕切って、奥の方を書斎のようにして手前をギャラリーのように洗練された空間にしようと思いつき、一方の部屋はパソコンを3人掛けのソファー中心にでかいスピーカーが囲むようにあって、もう一方のギャラリーは部屋が狭いので廊下のように細長い空間になった。ドアを開けると右手奥になにもない細長い空間が広がっている。そんな感じになった。しかし我ながらいいアイデアだと思った。細長い一見、無駄と思われがちな空間が、ものがなにも置いてないので、なんかリラックスというか、ものがないからこそ、なにかを置くというふうに逆に想像力が刺激され、何というかそこが活きた空間になり、その細長い空間の奥行きに広さを感じる。
 ぼくはこの和みと緊張の空間のコントラストをあっちこっち行ったり来たりし、和みでは音楽を聴いたり映画をみたりインターネットをしたりして、ときどき緊張の空間で、どういうふうにこの空間を作っていこうかと考えたりした。まず、今、スピーカーのバックが見えてしまっているのでここ一面に布を張り、本当に細長い空間にしてしまおう、とそう考えた。ドアを開けて右奥に奥行きを見せるその正面の向かい側、つまりドアを開けてすぐ左側の壁、そこに細い空間と同じ幅の鏡を置いてみようと思った。したら、正面のスライドドアを開けて入ったら鏡に映ったシンメトリーな空間ができる。右手奥には額入りの絵なぞを飾ってみるのもいいのかも、そうしたらまた空間が広くみえるぞ。そんな風に考えた。そして、とりあえず、その空間の奥がとても暗い気がしたので、丸いラクダの胃袋で作られたライトを端においてみた。
 
 時々、日記を書いた、次はすごく長いものだった。土曜の夜のファミリーレストランでのことだ、いや、なにげない日常風景なんだけど、それを細かい心理描写にして、逆にこんな場面でそんな細かく難解そうな描写しないだろう、みたいな逆に難解にすることで、おまぬけな感じで笑えないかな、というのを書いてみた。例えば一例でホットケーキがテーブルに運ばれてきて・・・

 『バターののったホットケーキの上にアイスを二つ山もりにのせて、その上からさらにハチミツをたっぷりたらす。素敵。
 ナイフとフォークで一口サイズに切ったホットケーキに、ハチミツのかかった少しとけかかったアイスとをよくからめてから、
 いよいよだな、と小さく想い、静かにフォークで口に持っていく。
 ホットケーキのスポンジの表面は焼いているので少しパリとしていて、それでいてあったかく、
 そのあったかいパリッた部分に冷たいアイスがぐじょぐじょにとけていき ただパリッとしてることを許さず、
 その二つのせめぎ合いが口の中で咀嚼するごとに小さな臨界点を超えつづけ、ふたたび甘い小麦粉に帰ってのどに流れていく。』

 なんて無意味なとこをクローズアップしたらどうなるんだろう?みたいな感じのことを延々とすごい長さで書いていた。
 つまり、書くことがなにもなかったんです。一人の神戸の男の子が、ぼくの日記を気に入ってくれたのでうれしく、早く書かなきゃ、って思ったりしたし、あおちゃんさんも、mixi上のプロフィールの趣味の欄にぼくの日記と書いてくれて、早く日記を書いてというメッセージももらったりして、いちおう最後まで書き切ったけど、正直、最後はなんというか答えを知っている宿題をうめていくような感じでただ退屈だった。ほぼ4日程かけて書いたりしていたのだけど、どうも、人に見せる気になれない。
 そういえばファミリーレストランをこまかく描写しているうちに、いつのまにか小説のようになってきて、その文章を書いている時、ふと思ったことがあった。あ、中上健次の影響を受けてる、とそう思った。句読点のない長い文章を書く時、そのおさめかたを中上の文章が発する音感というかリズムにならうとけっこう都合がよい。しかし、正直、ぼくのそのリズムはほとんどがチグハグなもので、後から読み返してへたくそだな、と思うのだが、時々はうまくいったりもしていた。多分。
 


            ☆         ☆




 あのぶっとんでいたころ、古本屋に飛びこんで、手あたりしだいなんでもいいから適当に本をとり、適当なページを開いて一行読むだけで、その本のなにかがわかったような気になっていた、あの狂っていたころ
もしクリエイティブな方向なんかに向かっていれば、どうだったんだろう、と思ったりする。


僕はそのとき誰かになにか『伝えたいこと』が生まれていた。
 ぼくは『伝えたいこと』を言葉で伝えようとした。それまで言葉で言って伝わらないことなんてなにもなかった。だからきっと誰にも伝わると思った。そしてぼくはこのぼくの感じていることを人に話してみて驚いた。自分が感じていることが人に伝わらない。そぼくの人生のなかではじめての問題が起こった。それでもぼくはたくさんの人に伝えようとした。それでも結局、誰一人として伝えることなんてできなかった。そしたらその『伝えたいこと』がいつのまにかなんなのかさえわからなくなってきた。『伝えたいこと』を失っていくと引きかえのようにして復讐心みたいなものがメラメラともえはじめた。その憤慨と一緒にあまり役に立たない副産物のようにそのころ癖みたいなものまで残ってしまった。どういう癖かというと、あまりくわしく話すと話がそれそうなので一言でまとめると『究極の答えを探してでも共感を得たい』という癖だった。なんの役にも立たない、人の首を傾げさせるだけの癖が残ってしまった。ぼくはもう知っている。伝わらない事柄がこの世の中にはたくさんあるということを。
人になにかが伝わったなんて思ったらそれはその人の一種の放漫だと、今じゃそんなふうに心のどこかで戒めている。

 便所の壁に無数にあるエロやルサンチマンの落書きのなかに、例えばボードレールの一片の美しい詩が書かれていたとしても、それを見て誰も感動なんてしやしない。感動するやつのほうがおかしい。そんなのはあたりまえのことだ。
 そういえば、そのころのぼくに近い考えかたで、しゃべってる人が同じ時期にメディアに出ていたな。この人は感じてることがもしかしたら一緒かもしれないと、そう思った。彼はスターで彼のしゃべる言葉は雑誌の活字になり、広くたくさんの人に読まれていた。
 それは誰にも伝わらなくてスネオになっていたぼくとは対照的な存在であった。 














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