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セルフラーニングコミュのピグマリオン効果(親ばかのすすめ)

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コミュ内全体

 教育心理学では,有名なピグマリオン効果というのがあります。

 ある心理学者が,ある学校に行き,ちょっとしたテストを生徒にしました。しばらくして,その心理学者が担任の先生に,「テストの結果,Aさん,Bさん,Cさんは,今後成績が伸びると出ています」と話します。

 そして数ヶ月後,テストをしてみると,実際にその子達の成績が伸びていたのです。

 では,そのテストは何か。それは単なる学力テストだったのです。そして,成績が伸びるといった生徒は単にランダム(無作為)に選んだ子どもたちだったのです。

 それでは,なぞその子達が伸びたのか。

 先生は,その心理学者のいうことをそのまま信じているのですから,この子たちは伸びると思っている。すると無意識のうちに,その子達に質問をしたり,なんらかの反応をする。それが学力を伸ばす原因になった,ということです。

 つまり,先生が伸びると思うことが実際に子どもたちを伸ばすことに通じるんだということですね。


 ピグマリオンというのはギリシア神話に出る女性の彫像です。それに恋をした人が,その彫像が実際の人間になってくれればとずっと思っていると,それが動いて人間になったとのこと。(大意は正しいと思いますが,記憶で書き込んでいるので,そのつもりで読んでください)

 ピグマリオン効果は,追試で,同じような効果が出たり,出なかったりだったと思いますが,一応,教育心理学ではよく出てくるものです。


 さて,これは私たちに何を教えてくれるのか。

 「親ばか」の進めではないでしょうか。

 親は自分の子どもが伸びると思っている。そう思うことによって子どもは伸びてくるのですね。

 塾や学校では,子どもたちは伸びるはずだ,と思うことによって,教える側にも力が入り,一所懸命になる。それが伸びる原動力になるのではないでしょうか。

 先生が自分にたいして一所懸命に教えているというのが,子どもに伝わると,自己肯定感は,確実に高まるはずですね。自己肯定感については,別のトピで語り合いましたが,ある意味では,教育の最重要なものだと思います。

 少し長くなりました。いったんここで。

コメント(54)

たにやんさん

 生来のいい教師はいるようなので,すべての人とは言えませんが,ぼくは努めなければ,ほめることが少なくなってしまいます。

 生徒の行動で,ほめるようなことをしているときは,こちらが無視してもとくにこちらが気になることはないからです。

 例えば,静かに勉強に取り組んでいる,というのはほめる対象でしょうが,ほっていても気にならない。

 しかし,逆に叱る行動は,そのまましていたらこちらの精神状態がおかしくなる。だまっていられないということが多いです。だから,つい叱ってしまいます。

 例えば,おしゃべりをしている行動は無視できない。

 感情に流されるままに,ほめたり叱ったりしていたら,叱ることだけになりそうです。
Yojiさん。
早々にコメントありがとうございました。

自分にも生徒にも、必要以上のストレスが溜まらないようにするのって、なかなか難しいですね。

年令を重ねてきて、やっと慣れてきた感じではありますが・・・。
>Yojiさん

>>の部分,もう少し説明してくれませんか。

なに、まるで「誉めさえすれば伸びる」といわんばかりの書き込みがいろんな方から相次いだので、「子どもは大人を信用するもの」という前提でもあるのかと思いまして。
たにやんさん

 年齢を重ね,経験を重ねることで身に付くものは,多いと思います。ただ,年を重ねるだけで,何も身に付いていない人もいます。その方向で努めるということも大切でしょうね。

若者にむかって,「この歳になれば分かるよ」と言う年輩の人がいますね。そのような言葉を使うのは避けています。

 歳をとっているだけで,あなたよりぼくの方が上だよ,と自慢しているようで,いやです。
子どもを褒めることが苦手な私は、自分自身が褒められ上手ではありませんでした。
私は、幼稚園位の頃から親が私を褒めるのは
「私を上手くコントロールしたいからだ」って感じていました。
はっきりそう言われたわけでは無いと思うんですけど・・・。
親の気持ちが読めていました。

小学生になるともっとはっきり感じましたよ。
例えば、母が「今日は、お姉ちゃん(私)がお米を研いでくれたのよ。いつもより美味しいでしょ!」
こういうのを聞くと普通は、嬉しくなるんでしょうね。
でも、私は口に出してこそ言いませんでしたが
「そんな事あるわけ無い。わざとらしい褒め方だな。」って冷め切っていました。

当時から素直じゃないと言われていましたが、そう思えるのだから仕方なかったと思っています。
なぜ普通の子どもと同じ様に素直に喜べなかったのか、自分でもわかりません。

幼稚園の先生に母親が私の絵を見せて「この子は、こんなに絵が上手に描けるんですよ」
言うのを傍で聞いて「恥ずかしい。親馬鹿(当時はこの言葉を知らなかったけど)は辞めてくれ」って本気で思っていました。

褒められて素直に喜ぶ我が子を見ると単純だな〜
それとも喜ぶ演技が上手いのかな?等と思ってみたり・・・
でも、素直に喜ぶ人の方が何事にも伸びる幅を持ているように思います。

私は、けなされて悔しくて頑張るタイプです。
お臍が曲がっているんですね。
でも、それはどうしてそうなったのかわかりません。
ピグマリオン効果は万人に効く薬では無いとは思います。
世の中には、効かないお臍曲がりの子供もちゃんと存在します。
愛林檎さんのおっしゃる通りだと思います。
補足させていただくと、
「お臍が曲がっている」のは確かにその通りなのですが、
本人からすれば、それが本人にとっての経験上唯一のあり方で
ある可能性も、かなり大きいんです。
その意味では、「へそ曲がり」というのは、
心理的に健康な大多数の人々からみた見方にすぎないといえましょう。
そうした大多数が、弊害に気づかないまま安易に誉めて、
どんどんスポイルしていくような事態が起きないよう祈るばかりです。
まさか「へそ曲がりなんて少数なんだから仕方ない」なんて
思うことはないでしょうけれど。

ちなみに、けなされたときに頑張れるかどうかも
へそ曲がりの人々の中でもそれぞれだと思います。
そこまでのエネルギーがなく沈む人もいます。
TPOによって反発するか沈むか違ってくる人もいます。

ところでピグマリオン効果ってプラシーボ効果ともいうような。
愛林檎さん、かじかさん
お二人のおっしゃっていることは、ピグマリオン効果とは少し違うように思います。

ピグマリオン効果というのは、教師が子供に対して褒め言葉をかけたり励ましたりするから伸びるというよりは、教師が「この子は伸びる生徒だ」と信じ込むことによって起こる現象のことです。

ご存知のように人間には暗示効果というのがありますが、相手が意識的にこちらをコントロールしようとし、こちらがそれに気づくと反感を感じ、コントロールされないように逆の行動をしたりする事が多いように思います。
しかし、相手がこちらを意識的にコントロールしようとしてではなく、本気でそう信じ込んでいる場合は、相手から何らかの暗示効果を受けやすくなるようです。

ピグマリオン効果というのは、教師が信じ込むことによって、主に意識的にではなく無意識に生徒に働きかけ、生徒はそれから無意識に影響を受けてしまう事なのだと思います。

また、暗示効果にはいろんな種類があり、マスコミによって購買意欲がそそられるのも暗示効果の一つのようです。確かにマスコミで宣伝された物を見ると買いたくなくなるという人もいますが、良くできた宣伝だとほとんどの人が購買意欲をそそられるのではないでしょうか。

シロートが無意識に発する暗示や、プロが意識的に発する暗示には、強烈な力があることが多いように思います。
愛林檎さん

 おもしろい例をありがとうございます。

 人間の複雑さ,おもしろさです。

 人間の心,行動というのは,もう無数の要因によるものです。複雑すぎて分からない。

 心理学もまだまだ人間の行動が分かったとはいえない段階です。
 
 実験をしても,平均値を出し,いろいろ統計的操作をして,これは効果があったといえるだろうということで結論を出します。

 だから,平均からずれた分に関しては切り捨てられてします。そして,それが一人歩きをして,すべての人間に効果があったと言ってしまいます。

 学者というのはそういうのを知っているものだから,はっきりものを言わない。口をにごすようなことを言います。それがしかたのないことでしょう。

 ぼくのように素人になると,口をすべらせてしまいます。

 ほめるに関してもそうです。
 平均的に言うとほめるのは効果があることだと思います。しかし,それが万人にあてはまるかというとそうもいえない。

 かじかさんの書かれているように「大人は信用できるか」というのもひとつの要因。
 思春期になって,すべてのものを疑うようになるからかもしれません。

 行動分析学では,行動の頻度が高くなるものを強化因子といいます,としています。

 ずるい言い方かもしれまえんが,結果をみてから,強化因子かどうかきまるのです。「ほめることは強化因子です」とは言わないです。

 それぞれの子どもをみながら,どのように働きかけることが強化になるのかを知ることはとても大切なことだと思います。

 ただ,一般に平均して,ほめることは効果がある,ということを知っておくこともまた必要だと思います。
正確には覚えていませんが・・・
「人は、自分を認めてくれる人に対して心を開く」のような意の言葉を聞いたことがあります。 (これも万人に当てはまるとは限らないかもですが。)

ピグマリオン効果というのも、これに近いのかなと感じています。

「ほめる」≒「認める」という感じがしています。
場合によっては、
「おおっ、先生より鋭いねぇ。」≒「認める」でしょうか。

アダルトチルドレンの感覚を持つ子どもに対して、「認める」という表現は、指導効果としてはどうなのでしょう?
「認める」により信頼され、指導効果が現れてくれればうれしいのですが・・。
安売りのように上口先だけの言葉では、一瞬で見透かされそうですが。

ピグマリオン効果について全否定しているわけではありません。

かじかさんのように感じている方がいらっしゃるなら・・・と思って自分の事を書いてみました。
我が子は、褒められるとたぶん本気で喜んでいると思います。
でも、子供の中にはちょっと斜に構えて人を見ている子いますよね。
たぶん、そういう子は私が子どもの時の様に思っているんじゃないかな?って思います。
そういう子の扱いをどうすれば良いのか私自身も良く分かりません。
アダルトチルドレンの定義もよくわかりません。
私がその定義の中に入るのかもわかりません。
今更、アダルトチルドレンだと知ったところで、特に何か対処が必要にも感じていませんので・・・。

お臍が曲がった子どもでもそれなりに大人になり、社会人になり、
一応、仕事をしたり、そこそこご近所づきあいもしています。

信じて褒めることは大切だと思います。
ただ、それに縛られる必要もないとも思っています。
褒めなきゃ褒めなきゃって焦るママ達を見るとかえって変だと思うし、
盲目的に褒めているママ達を見ると褒めるのは大事だけど、きちんと躾をしてくれ!って思います。

ピグマリオン効果は、一種の「暗示」じゃないですか?
暗示にかかるきっかけが必要なのかなぁって思うのですが・・・。
親や教師が褒めなくても、
夢枕に立った誰かが「あなたは出来る」って言っても効果が出そうな気がします。
愛林檎さん
>親や教師が褒めなくても、
夢枕に立った誰かが「あなたは出来る」って言っても効果が出そうな気がします。

もう少しわかりやすく説明していただけると助かるんですが、、、、。
ピグマリオン効果は、心理学実験の時に嫌というほど説明されました。
一種の「念」ですよね。
「期待効果」に代表さえれるように、「こうなって欲しい」と強く念じるものですね。

プラシーボ効果は、(私は看護師なので)患者さんに投薬する時によく使いました。
新薬開発を開発する時にも、二重盲検と言って、誰にも実薬かプラセボかわからない状況で薬を飲んでもらうと、プラセボだったのに(後日判明)驚くような効果が出た事が多かったです。

アダルトチルドレンは、親から認められたいけれど認めてもらえない。
認めてもらえるように頑張る。しかし親の愛情を受けられない・・・無理して「良い子」を演じる事ですね。
別名「良い子症候群」とも言い、不完全家族、機能不全家族との関連性が高いとも言われています。

ピグマリオン効果でAC(アダルトチルドレン)にはなりません。

親が子どもに期待するのは当然の事ですが、根底に愛情があって、子どもの頑張りやあるがままを認めていれば、ACは回避できます。
愛されたくて、認めてもらいたくて、頑張って、足掻いて、背伸びして、自分を偽って生きなければならない子のみがACになります。

結局、認めてくれるのは親以外の誰かでも良いんです。

「頑張ってるね。そのままでいいんだよ。」
そう言ってもらえた子は、自信=自分を信じる力を持ち、何事にも積極的に取り組む事ができます。

でも、本当は皆、母親からの愛情を欲しくてもがいている事が多いようですが。。。
KIRIKOさん、逆ですよ。ACになってる子どもにピグマリオン効果が効かないという話です。

ACを避けたいのは人の常なのでしょうが、なった場合にどうするかも必要です。なってない人には単なる他人事でしょうけど。
かじかさん

あー、すみません。
書き込み、あまり読むもしないで意見だけを書き込んでしまいました!
ピグマリオンなのか、愛情なのか。
理想と現実のギャップを知る事が大事ですね。。。

ACになった後の特効薬は、やはり勇気づけとアサーションですね!
他人の目を気にしないようになります。

しかし、日本人の気質からしてACは多いですね。
かえって、私のようにFC万歳人間は生き難いのかも。
ACは、本人は辛いと思いますが、敵を作りづらいのでは?

そう考えると、悪い事だけではないとも思います。
どんな人間も、長所も短所も備えていますからねぇ・・・
ンチャさん
「夢枕に立った云々」の件ですが、私の文章が拙くて上手く表現できなくて申し訳ありません。

心理学的な話を私自身がきちんと理解していないのかもしれませんが・・・。

夢枕に立った誰かと言う表現を使ったのは、
現実の世界ではなく、自分の中にある世界(無意識も含めて)でも、
きっかけがあればピグマリオン効果が出るのではないかと思ったのです。

KIRIKOさんのご説明で、「期待効果」というのが解りましたので、
私が思った偶像の人の力で起こった作用は「ピグマリオン効果」の定義には入らないでしょう。

大学で教職を取った割に不勉強で申し訳ありません。
居酒屋気分のコミュということなので、お許し下さいませ。

 アダルトチルドレンにピグマリオン効果は効くかどうか,ですね。

 ぼくは,アダルトチルドレンについてよく知りません。検索してみました。

アダルトチルドレン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持っている人のことを指す。Adult Childrenの頭文字を取り、単にACともいう。学術的な言葉ではないため、論者により定義が異なる場合がある。

一般的には虐待やアルコール依存症のある機能不全家庭で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷として残っている人をいう。破滅的であったり、完璧主義であったり、対人関係が苦手であるといった、いくつかの特徴がある。また、無意識のうちに実生活上の人間関係に悪影響を及ぼしている場合も多い。

 以上でいいでしょうか。

 とすると,ぼくはピグマリオン効果は効くと思います。推論で書き込むので,お手柔らかに,よろしく。

 ピグマリオン効果がありうるのはなぜか。

 それは,教師が心理学者で言われた子どもたちがその後伸びると本当に信じたからです。そう信じるとそれは行動に表れる。その子への質問が多くなる,その子に答えさせる,その子を認めるなどの行動によって子どもたちが引き上げられるのです。そのような行動は無意識かもしれない。しかし,そのような行動が出てくることによって子どもが変わるわけです。

 教師が厳密な平等主義者ならピグマリオン効果は出てこないでしょう。伸びると言われた子も言われなかった子も同じように扱えば,差は出ないはずです。どんなに信じていても

 さて,アダルトチルドレンの場合。

 Aさんも伸びるとその教師は言われた。しかし,Aさんはアダルトチルドレンであった。
 心の底からそれを信じた教師は,Aさんに関心をむけるでしょう。そしてなぜそのような行動をとるのかも考えるようになる。いまこのような行動をとっていても指導次第で伸びるはずだ,と信じている。
 そして,アダルトチルドレンだということを突き止める。すると,アダルトチルドレンについて学ぶでしょう。そして,それへの対処の仕方も学ぶはずです。
 そして,その子をみながらその子に適した方法で学習を導いていく。

 すると,その子は伸びるのではないでしょうか。

 ピグマリオン効果はなぜ起きるのかは,見えない不思議な力ではありません。その子に教師(親)が関心を向けるということです。

 最初はうそからはじまったかもしれません。しかし,そのうそを信じた教師は,それが実現する方向で行動を起こしているのです。

 また,その教師が研究熱心でなければ効果はないでしょう。ほかの子と同じように画一的な指導をしていたのでは伸びるはずがありません。

 いまシェークスピアのマクベスを思い出しました。
 魔女に「未来の国王」になるという予言を告げられたマクベスです。その国王の座が自然に舞い降りたわけではありません。マクベスが殺人を犯すという行動によって国王の座を得るのです。

 ピグマリオン効果も

 予言 → 教師の行動の変化 → 子どもの伸び

 です。 
まあ問題は、その子が教師を信用ないし信頼ができる存在だと思えるかどうかに尽きるでしょうね。
思えれば確かに伸びるでしょうけど、思える確率が低い気がします。経験者として。

であるならば、ピグマリオン効果は個人対個人の関係において使うべきではないでしょうか。もしくは、疑念を挟まれないくらいに具体的に誉められるか…。
一応補足しておきますと・・・

ACは機能不全家族だけではなく、ごく一般的な家庭にも生じます。

DVや虐待で育つ⇒叱られないように良い子に振舞う⇒ACとなります。これは共依存関係という問題も含まれています。

親が子どもに期待しすぎて、どんなに良い点を取っても認めなかった場合、または甘えたいのに甘えられなかった家庭環境などでも、軽度のACにはなります。

ピグマリオン効果に絡めても絡めなくても、
「ありのままの自分を受け入れる」存在に出会い、無理しないで普通に生きていても良い、と気づいて自分自身が変わった時ACは改善される傾向にあるようです。

もちろん、過去のトラウマや「甘えたい欲求」をカウンセリングなどでクリアにして行かないと難しいと思いますが・・・。

私は最初の面談で、子どもの良い点を並べて親に勇気づけをします。
親が子どもを否定的に見ていると、子どもが自信を持って取り組めないからです。
そして、家庭でも同様に勇気づける事を約束してもらいます。
同時に、子どもの自発性を奪うような接し方を、一切禁じます。
時にACめいた子の場合、特に親の価値観を無理やり押し付けないように、重々注意をします。
ACの親もまたACである事が多いです。(機能不全家族の連鎖とは別の次元で。)

講師はしょせん講師で、子どもにとっては親以上の存在はいません。
子は、親から認められる事を、一番に願っています。
公立校の担任など、密に接する場合は良いと思いますが、塾は辞めてしまえば終わり。
親がお金を払わなかったら終わり。

もちろん、信頼関係は重要で、信頼なくして指導はできないと思いますが、週に数時間来るだけで親以上の関係は難しいのではないかなー、と私も思います。

金八先生や、ごくせんが売れるのは、現実にはなかなか良い先生がいないから?なんて思ってしまいます。

話が反れました。

教師におけるピグマリオン効果・・・。
自信を喪失している子が、自信を取り戻すという意味では、良い影響もあるかもしれません。
しかし、ACで、もう十分頑張りすぎている子に、さらにプレッシャーをかけるのはおすすめできません。
これ以上頑張れない子が、突然、親を殺すような事態になりかねないからです。

ピグマリオンというより、自分自身の価値を見出す方が、効果があるような気が?します。
みんな違って、みんないい。を教える事です。
 
 私は心理学のことは全く知らないのですが、ここに書かれていることを読んでしばしば納得しています。

 「ピグマリオン効果」という言葉を聞いて思い当たることがたくさんありました。

 懇談をして「うちの子なんか伸びますかね?」「うちの子にそんなことできるようになりますかね?」と言われると本当にその子は伸びなかったですね。

 経験が浅いうちはそれが自分の子に対する、謙遜かと思っていましたが、今はそれが、指導者に対する不信感だったということがよく分ります。

 親が指導者を信じられないのです。この先生に自分の子を変えることが出来るのだろうかと思っていたのだと思います。

 逆ピグマリオン効果です。

 子どもは、第六感が優れているので、親が信じていない先生を信じることはなかなか難しいと思います。まず保護者を納得させられるだけの学習に対する知識や見識が自分の中に形成されている事が大切だといつも思います。

 生徒に対するピグマリオン効果を発揮するためには、ンチャさんが言っておられるように、口先三寸ではなく、心から生徒を信じられる必要があると思います。

 そのためには、生徒の可能性・人間的な力を見つけ出す必要があります。いくら指導者でも根拠のないものを信じることはできません。指導者に必要な大きな要素は、好意的に生徒を観察できる力だと思います。

 観察力の鋭い先生が、子どもたちの心をつかみ、成長させられるのだと思います。

 私の教室に来て3か月目の中学3年生の生徒がいます。いままでたくさんの塾を経験しています。なのに成績は芳しくありません。

 その生徒に話を聞く機会がありましたが、人間的な接触が少ない、優しさを感じられない塾では伸びることができなかったという印象を受けました。

 人を育てるのは、学習量でも、立派な設備でもありません。人と人との触れ合いなくして学力はつかないのだとしみじみ思いました。

 金八先生やごくせんは、教育界では永遠のテーマだと思います。

 
クリスさん,

 クリスさんのコメントを読んで,ぼくがどうも一面的に見てきたように感じました。

 逆ピグマリオン効果というのもあるでしょうね。ンチャさんがどこかに書いていたように思いますが,先生を馬鹿にする親の子は伸びないというのもそれかと思います。

>>指導者に必要な大きな要素は、好意的に生徒を観察できる力

 というのも納得です。子どものいいところを見つめようとする態度ですね。

私は、指導者としては 出来るかぎり「褒め上手」になろうと努力しているつもりなのですが、自身の息子に対しては、なんだか褒めてあげられていない気がします。
「もっと頑張れるでしょ?」とか、「出来て当たり前!」とか、冷たい言葉しか出て来ません…。

私も 親にこのような言葉をかけられて育ちましたが、「もっと褒めて欲しいな」と、思っていましたので、
このトピックスを読んで、褒め上手なお母さんになろうと反省しました。
 Jody Carltonさん,やはり自分の子どもは難しいですか。

 以前,「親は最悪の教師」ということでトピックを立てたことがあります。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=13384770&comm_id=1037793

 ぼくは,幸いだったのか,子どもに恵まれませんでした。それで,自分の子どもの難しさを知りません。

 先日読んだ,齋藤孝著「教育欲を取り戻せ!」に次のようなのがありました。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 姿形が自分そっくりの子どもを目の前にすると、親はどうしても冷静になれません。自分の過去の願望を投影するかのように、期待値が必要以上に跳ね上がってしまうのが、そのー因です。さらには、自分の悪いところを改めて指摘されているような、不愉快な感覚をもってしまうのではないでしょうか。

 人が我を忘れて怒るときは、たいてい自分でも薄々自覚しているような欠点を指摘されたときです。そんな欠点を何とか克服しようと努力して大人になったわけですが、子どもはそんな経験を経ていませんから、親のもっている生来の欠点が露骨に見えてしまうのです。あるいは、ふだんは我慢している配偶者の嫌な面が子どもの中に凝縮されているような気がして、どうにもこうにも腹が立ってくる。これはもう、冷静であれと言われても、無理な相談かもしれません。

このように、自分の子どもを教育するということは、そもそもとても難しいことなのです。しかし、自分の得てきたものを誰かに伝えたいという欲求は、教育欲の根底にある健全なモチべーションです。手元に置いて慈しみながら育てられる子どもは、この欲求を実現させてくれる大事な存在です。しかし、自分のDNAを受け継いだ子どもに対しては、どうしてもヒートアップしてしまう・・・・

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 そういうものなのでしょうか。ぼくにはよく分かりません。
 家庭は休息の場なのだと思います。みんなが社会での戦いのための英気を養う場所。そこでまで戦っていたのでは、ゆっくりできませんよね。

 勉強なんかは特に孤独離の内にするもので、一番甘えたい人とするものではないと思います。【勉強の目的は自立だと思っているので】

 私には二人息子がいますが、教室を始めたころちょうど小学生だったので、一緒に勉強させようとしましたが、もう上の子なんかは、私を他の子に取られまいと一生懸命になってものの一月も一緒に出来ませんでした。

 お母さんの立場が変わるなんてこと理解できないんですね。

 それにこちらもちゃんと月謝を貰わない相手に仕事意識で接することが出来ないんです。

 勉強でもどんな習い事でも仕事にしてしまわなければ続きませんね。

 ただほど怖いものはない! のかもしれない。

 勉強は純粋な精神が宿っていないと、実が実りません。自分の子を何とかしたいと焦っている人は自分の子をスポイルしてしまう人が多い。

 子どもは育てるのではなく、育つのを見守る精神が大切だと思います。
クリスさん
>子どもは育てるのではなく、育つのを見守る精神が大切だと思います。

そう極端に考える必要もないのではないでしょうか。
人間の子供は素晴らしく伸びる可能性を秘めている反面、一人では育っていけないか弱い存在でもあると思います。

肉体面でも、精神面でも、能力面でも、常に保護者が良いものを与え説明し、悪い方向へ行けば叱り、良い方向へ行けば褒め、できるだけ良い方へと導いていく必要もあるのではないかと思います。

確かに家庭は休息の場としてとても大切な場所です。しかし、それと同時に子供にとって初めて体験する人間社会として、ある程度のルールや本格的な人間社会に出る事ができるように訓練する場でもあると思います。

特に小学校1年生に多いようですが、静かに先生の話を聞くことができない、授業中勝手に歩き回る、人の物を勝手に取る、、、など、基本的な事のできない子供達がいるという話を聞きます。その子供達は、そういう基本的な訓練を親から受けてこなかったのではないでしょうか。

また、子供が学校の勉強が分からない場合、家で勉強させることも大切だと思います。塾に行かせても良いですが、子供のために親ができる事は、アウトソーシング(外部に頼むこと)しないで、できるだけ親がやってあげることが大切だと思います。そうすることによって親子の絆がより深まるのではないかと思うわけです。
そして、子供が幼い間は、自分で考えて勉強できないと思います。ですから、そういう場合は、親が指導してあげることが必要なのだと思います。


『自分の子を何とかしたいと焦っている人は自分の子をスポイルしてしまう人が多い。』『育つのを見守る精神が大切だと思います。』というご意見には全く賛成です。ただ、極端に考えてしまってはまずいのではないかと思ったしだいです。
ピグマリオン効果について・・・のトピでしたよねあせあせ

斎藤先生の著書も一理あると思いますが、私は親の過度な期待により、子どもの自主性を妨げて悪影響を及ぼしていると思います。

一部の特殊な親(詳細は割愛させて頂きます)をのぞき、誰しも自分の子は大事。
少しでも良い大学を目指す為に、レベルの高い学校、いかに偏差値を上げるか、どの塾が良いか・・・親の悩みは尽きません。子どもの自発性を奪い、支配的になって教材や参考書を買い漁り・・・。「自ら」というスタイルを悉く潰しているのではないでしょうか。
子どもを私物化し、「やればできる」のに、「やらない」のがもどかしく、口を開けば「○○しなさい」「早くしなさい」。

また、身内であるが故に、ついつい傷つくような事、否定的な事も言ってしまう現状・・・。さらに、子どもが親の言う事はきかない!親が言う事には従いたくない。
そんな悪循環なのではないでしょうか。

そういった親に、ピグマリンは最初から十二分にありすぎて・・・。
かえって一歩引いた方が、良い結果になるのではないかと思います。(またこれが難しい!)

ところで最近、三冊の本と出会いました。
宮本先生の「強育論」と「超強育論」。
一方は、早稲アカ社長、須野田先生の 「なぜ、普通の子が難関校に受かるのか?」

両先生とも、御三家を始めとする難関校に合格の実績がありますが、家庭での学習法は全く異なります。

宮本先生は、授業中に集中していれば家庭学習は不要であると。
須野田先生は、帰宅したらすぐに学習する習慣をつけよ、と。

宮本算数教室では、自学自習で、想像を絶する程の緊張感があります。
早稲アカは、集団授業で生徒同士を競い合わせるけれど、授業を聞いていなくても理解していなくても、どんどん先に進みます。緊張感は???

指導法が違えば家庭学習も違いますね。
前者では、クリスさんのおっしゃるように家庭はくつろぐ場所。
後者では、ンチャさんがおっしゃるように親子で学ぶ姿勢の家庭学習が必要なはず。
うちの子の塾も、早稲アカよりももっと極端な流れ作業の集団塾なので、家庭学習で補わなければならない量と言ったら!

宮本先生の算数パズルも二冊購入して解いてみました。
自学は最善ですが、とても宮本算数教室の真似はできないな、と実感しました。
私の基本姿勢が「正の注目」と「勇気づけ」なので、罰を与える事を好まない為、緊張感を与える事ができないだろうと判断したからです。

結果やゴールが同じでも、子どもの資質によって最善策は変わるでしょう。
「べったり」と親に甘える経験があって、初めて子どもは自立します。
親が見守っていてくれる、認めてくれるという安心感があるからこそ、子どもが自信を持って物事に取り組めます。

結局は、親が子どもを個人として尊重しているかどうか、にかかっているような気がします。
自立と見放しは違いますね。
過保護と見守り、放任と育児放棄・・・。
似て否なるもの。親の関わりや家庭環境は、本当に大事ですね。
KIRIKOさん
>宮本先生は、授業中に集中していれば家庭学習は不要であると。
>須野田先生は、帰宅したらすぐに学習する習慣をつけよ、と。

こんなに対称的な指導法であるにもかかわらず、お二人ともそれなりの成果を上げている方なのですね。こういう風に一見相矛盾するような考え方・指導法であるにもかかわらず、それぞれ良い点があり成果も上げているというのは、それだけ「教育」や「人間」というものがいかに深いものであるかということを示しているのだと思います。本当に面白いですね。

宮本先生の本も須野田先生の本もぜひ読んでみたいと思います。ご紹介どうもありがとうございます。

 私は、社会に出てからの生きざまに興味があります。どちらの方法で学んだ人が社会に貢献することができるのか? というところです。

 私は実はyoji先生より少し年上つまり若くはなく、卒業生の進路や知り合いの人たちのご子息などの社会人になった時の姿を少しだけかいまみています。

 そこで思うのは、自分の孫を塾に通わせるのなら宮本先生かな…、というところです。

 見守る精神も私が若くないからという理由は大いにあると思います。

 ンチャさんの年には、自分も一生懸命がんばっていたと思います。だからそれが自然だとも思います。

 ピグマリオン効果は、(私にはそういう知識はなかったですが)子育てにも大きく反映されました。私がそれぞれの子どもに対して抱いていたイメージに近い子どもになりました。

 幸い私は最後の子どもが、脳性マヒで、その生きざまを目の当たりにして、健常児の二人には、元気でいればそれで良いという意識が強く、普通のご家庭のように勉強に走るということはなかったのです。

 親は子供の特性をよく知り、長所をしっかりと認め、それを助長することを意識できるとよいのではないかと思います。

 ないものねだりや、隣の柿を望むような生き方に振り回されなければ、みんな幸せになれるかな…なんてのんきに考えています。これも少し年の所為?

 KIRIKOさんもンチャさんも子育て真っ盛り、一生懸命な親御さんからは一生懸命に生きる子どもが育ちますよ。
クリスさん

>>幸い私は最後の子どもが、脳性マヒで

 脳性麻痺を「幸い」と書ききれるのが,さすがですね。信仰のなせる技でしょうか。

 その中から得るところは大きいのでしょう。しかし,凡人のぼくはできれば避けたいと思ってしまいます。



 ぼくもクリスさんと同じで,社会に出てからのこの子達の姿に関心があります。

 実は,昨日も卒業生の訪問がありました。紆余曲折しながらもきちんと生きているのをうれしく思いました。

 別のトピで,「本物の学力,テスト用の学力」を取り上げました。社会に出てからのために「本物の学力」を身につけさせたい,しかし,塾をしていると「テスト用の学力」も無視できない。
 
 
 Yojiさん

 何が幸いかといいますと、人間にとって一番大切なものを見せてもらったからなのです。命です。命は普通の生活の中ではなかなか意識できません。

 私はあまり強い人間ではなかったので、16ヶ月で私の子どもはなくなりました。でもそこで様々な戦いをしておられる仲間とお知り合いになりその壮絶さに驚くとともに、日常では味わえない尊い命をたくさん見せていただきました。

 これは私の仕事に大きな力になっています。人をいつくしむ力が与えられたということです。

 この子が亡くなるまでは日々の命との戦いの中で周りが見えませんでしたが、亡くなった後、多くの人は何でもないことにとてつもない勢力をついやして消耗しているんだと思うことが多々ありました。

 本当に大切なものさえ守れればいいと思える時、自分の心の中から捨てられるものが多く見つかったのも幸いでした。

 人生に起こる出来ごとに無駄や、意味のないものは一つもありません。
 クリスさん

 別のトピで,Tommyさんが「加藤諦三ホームページ」を紹介されました。
http://www.kato-lab.net/

 そこをのぞくと次のようなのがありました。


□ 「やさしい人」(PHP文庫)を出版しました。

一緒にいるだけで心が安らぐ人がいる。
何をしてくれているというわけではないが、癒される。それが本当にやさしい人である。
やさしい人は、いっぱい涙を流す。
猫が死んでも、泣いている。
やさしい人は、花に水をあげるときにも、「もし自分が花なら水を欲しいだろうな」と思って水をあげる。
(以下,略)


 別のトピで,書きましたが,ぼくはねこの死で命について考えさせられました。(すみません,ねこと人間を同列に扱って。ただ,ぼくにとっては同列です)

 ねこの死を前にして慟哭しました。
 ぼくはそれまで自分を冷たい人間だと思っていました。というより何に対しても冷静で見ていられると思っていたのです。それが完全に崩れました。あのときの感情を抑えることはできませんでした。

 ねこの死を何度も経験するなかでやさしくなってきたように感じます。加藤諦三氏が書いているように,ほかのものにもやさしくなれる。
 ハブが出ても,このハブも生きているんだよな,何とか共生できないかな,と考えてしまう。それまでは,平気で殺していたのに・・・

 とりとめのない話になってしまいました。
 
 Yojiさん

 加藤諦三さんのホームページを紹介して下さりありがとうございました。拝見しました。私も若いころからよく読みました。そしてたくさんの励ましを頂きました。

 『「ねばり」と「もろさ」の心理学』という本もし手に入ったら読んでみて下さい。塾の指導者にとても役に立つと思います。

 ピグマリオンなのにすみません。

 
クリスさん

『「ねばり」と「もろさ」の心理学』ですね。

 ぜひ読んでみたいと思います。
加藤諦三著「ねばりともろさの心理学」を読みました。

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

希望を持つことがいかに大切かは、セリグマンの本の次のような解説で分かる。
 精神病の施設である。一階は迅速に退院することを期待出来る階である。三階は慢性的で絶望的な患者の住む階である。内装工事で三階のある婦人の患者がー階に移された。やがて病棟のスタッフを驚かせるような反応をするようになった。しかし内装が終って三階に戻るとやがて絶望して死んだ。 (はじめに)


( よく分かります。希望があるから前に進めるのです。絶望するともう前に進めない。 
 ぼくも生徒たちを三階に連れ戻すようなことをしていないか反省しなければいけないな )

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

 セリグマンの『Helplessness』という本の中に次のような実験が出ている。乳離れしてすぐの鼠を三つのグループに分ける。一つは逃避可能なショックを受けたグループと、もうーつは逃避不可能なショックを受けたグループ、それにショックを受けないグループ。 鼠が成長してから新しくテストをする。逃避可能なショックを受けた鼠とショックを受けない鼠はたやすくショックから逃げ出せた。しかし乳離れしてすぐ逃避不可能なショックを受けた鼠は無気力であった。つまり逃避に失敗した。原文を書くと次のようになる。
They failed to escape.
逃げられたのに逃げなかった鼠である。(p28)

( できるという希望が行動を起こさせるのです。できないと思ったら何もできやしない。できないことだけをさせることによって,できないと思う子を育てるのです。自分の能力よりはるかに難しい問題をさせられ,できない経験を多くつむことで,どうせ自分にはできないという気持ちになるのでしょうね。
 問題をきちんと読まないうちに「わからん」や「できない」と言う子が多いです )


 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  


またチャンスというのは諦めていない人にしかつかめない。諦めてしまった人はチャンスが来たということが理解出来ないのである。チャンスがそこにあってもチャンスが見えない。(p29)

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

自分の有効性や価値感や自尊の感情はどこから生まれるかといぅ疑問に対
してセリグマンは次のように答えている。
Not from what he owns, but from long experience watching his own actions change the world. P.98
自分が何を持っているということではなく、自分の行為が世界を変えるという経験をすることで得られると言う。(p47)

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  


困難に直面し、その時点で自分の力で出来る何かをする、そのことが結果を良くする。その体験の積み重ねの中で自分に自信が出来てくる。(p70)


( マイケル マハル著「アイデアのおもちゃ箱」に

「創造的な人は自分が創造的だと思っている」

 というのがあります。詳しくは
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-413.html

 それをもとにして,

「解ける」と思った人が「解ける」
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-160.html

「もてないと思っている人はもてない,もてると思っているひとがもてる」
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-376.html

 ということを書いたことがあります。
その人の能力というよりも,できるんだという気持ちがとても大切だとうことですね。 )
Yojiさんの話を読んで、ボクシングの亀田親子と「かませ犬」のことを思い出しました。

闘犬や、格闘技などのスポーツには「かませ犬」というのあります。
これは、闘犬や選手に「勝つ」という成功体験を積ませ自信をつけさせるために古くから利用されているものです。

かませ犬
http://zokugo-dict.com/06ka/kamaseinu.htm

今マスコミやボクシングをあまり知らない者たちから、「亀田史郎による息子たちの教育法」がメチャクチャに批判されています。

マスコミは最初亀田親子を極端に持ち上げ、視聴率アップに利用しました。その結果亀田親子が天狗になり、いろいろ不始末を起こすようになると、今度は、どシロートの一般人も一緒になって、亀田親子をメチャクチャにたたいています。

亀田興毅メキシコで復帰も、またもや疑惑のマッチメイク
http://www.cyzo.com/2008/07/post_740.html

亀田家最後の希望・和毅にも「虚飾に満ちた過去」
http://www.cyzo.com/2007/10/post_105.html


スポーツでも、勉強でも、ビジネスでも、最初は自分の力量に合ったレベルのものからやってみて成功体験を積み、次第に難易度の高いものへ挑戦していくというのは、人材育成では、基本的なことです。

しかし、亀田親子を批判することによって、そういう手法そのものも批判する者たちが多くなっている事に危機感を感じたので、ここにも書いてみました。

しかし、私としては、亀田兄弟の実力は大変なものだと思います。本当に力がなければ世界ランカーになれないし、もちろん世界チャンピオンなどにはなれないものです。しかも彼らは10代でそういうことをしたのです。

マスコミも世間も彼らのことでは、騒ぎすぎです。


教訓として、私たちも教育に携わる上で、常に学ぶことはもちろん大切だが、周囲の声やマスコミなどに惑わされないようにすることも、とても大切ではないかということです。

周囲の人々やマスコミには、たびたび無責任な発言が見られるように思います。
 ンチャさん

 かませ犬のこと,知らなかったのですが,なんかかわいそうです。

 でも,かませ犬のおかげで,成功体験を積んでやる気を出すということはいえそうです。

 自分の力で勝ち得た成功が自信になり,やる気を起こすのですね。

 亀田兄弟のことはよく知らないのですが,マスコミの勝手さを感じます。
Yojiさん
実際の犬の場合の「かませ犬」は、本当にかわいそうですが、
スポーツの場合の「かませ犬」というのは、あくまでも表現であって、
相手を不当に痛みつけたりするものではありません。

ボクシングなどのスポーツの場合、選手に自信をつけさせると同時に実戦経験を積ませることを目的に、コーチや監督が自分の選手より弱い相手や調子の落ちている相手を探し出して試合をさせることがあります。その相手のことを「かませ犬」と呼んでいるだけで、選手に自信を与える手法としては、別に非難されるべきものではありません。

ただ、亀田兄弟の場合、本人があまりにも天狗になったりしていたことがあるので、「おまえの相手はかませ犬だったんじゃないか」などと悪口を言う者が出てきたわけです。そして、それに便乗して亀田親子を批判し始めた人たちが、「かませ犬」という手法そのものも批判している状況が出てきてしまっているのです。

しかし、いくら力が落ちてきている相手とはいえ、世界ランカー相手にそう簡単に勝てるものではありません。それに亀田兄弟はまだ10代に過ぎなかったのです。また、亀田興毅は19歳の時に世界チャンピオンにもなっています。

話題性に富んでいる彼らをたたいてニュースにし、金にしようなどと考えるマスコミの存在に大きな疑問を持っているのです。マスコミは、10代の彼らをたたきすぎです。

亀田親子の問題は、日本のマスコミと付和雷同しやすい大衆の典型的な悪い例を提示しているように思います。

私としては、マスコミなど周囲の雑音に惑わされず、自分たちの道を突き進んでもらいたいと、亀田親子には望んでいます。亀田兄弟の父親亀田史郎は、典型的な親ばかだと思います。そして、三兄弟は、その父親をとても尊敬しているのです。

亀田三兄弟
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E7%94%B0%E8%A6%AA%E5%AD%90
ンチャさん

 「かませ犬」については,よく分かりました。結果的にそうなったにしても,それぞれに自分の力を出してがんばっているのですね。


 さて,話はそれるのですが,ンチャさんは亀田三兄弟について詳しいようですね。

 マスコミのたたき方はよくないと思います。

 ただ,ぼくは最初のころから,亀田三兄弟は,品格に欠けるなあ,と思ってあまりいい感じはしませんでした。
 だから,最初のころから関心がほとんどなく,勝ったニュースを見ても特によかったとも思っていませんでした。
 スポーツマンも,人気や力だけでなく,もっと品格があっていいのではないかと思いますが,どうでしょうか。

 以前,「日本人の品格」を読みました。武士道が語られていました。ぼくは武士道の品格を日本人が取り戻すのは必要なことだと感じていますが,どう思われますか。
 日本人の品格 ではなく

国家の品格 (新潮新書) 藤原 正彦 著

 でした。



私自身が、高校時代ボクシングをやっていたこともあって、亀田三兄弟については最初から注目していました。
父親の方もいい意味で「ボクシングバカ」で、子どもたちに幼い頃から友達とも遊ぶ時間がないほどボクシング付けの生活をさせていました。
子育ての仕方としても、注目していたわけです。

ただ、最初の頃は純粋にボクシングをやっていたのですが、マスコミから注目されたりして大きな金が動くようになってから、おかしくなり出し品格を失っていきました。

彼らのパフォーマンスが注目を集めるほどTBSの視聴率が上がるので、彼らはTBSの視聴率を上げるための「商品」として、直接ボクシングと関係ない面でも、いろんなパフォーマンスを演じるようになっていきました。

そして、ボクシング史上最も偉大なチャンピオンと言われているカシアス・クレイ(後にモハメド・アリと改名)のまねをしていろいろホラを吹いたり相手の悪口を言って挑発したりもするようになりましたが、最後には反則までやってしまいました。

モハメド・アリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA

日本で生まれたスポーツと、欧米で生まれたスポーツの大きな違いの一つは、日本のスポーツは、たとえ格闘技であっても「道」が付くことです。

柔道に、剣道、弓道、空手道といった感じで、ただ単に相手をやっつけることを目的とせず、そこに、人としての生き方や哲学のようなものが付いています。

しかし、欧米で生まれたスポーツ特に格闘技にはそういう「道」のようなものはありません。ボクシングもそうで、最も偉大なチャンピオンと言われていたカシアス・クレイでも、試合前から対戦相手をものすごくけなし「チキンヤロー、10秒で倒してやるぜ」などと大ボラを吹くことも多かったので「ほら吹きクレイ」と呼ばれるほどでした。
一度タイトルマッチの前に「アリがホラを吹きすぎてのどが痛いこと以外は、二人とも体調は絶好調です。」と放送されたこともありました。


K−1は日本で生まれたスポーツですが、アメリカ人のボブ・サップがやはり亀田兄弟のように試合前から相手をけなしたりいろんなパフォーマンスをしたりしていました。しかし、亀田兄弟のように批判されることはなく、人気さえありました。
亀田兄弟が若いということもあるかもしれませんが、10代の若者をそこまでたたく必要があるのかという気持ちはまだあります。


「品格を日本人が取り戻すのは必要なことだ」ということには大賛成です。
今後亀田兄弟品格が備わってきたらとてもいいですね。
ンチャさん,とてもよく理解できました。ありがとうございます。

 ひとつは西欧と日本との違い。
 日本では,「道」を求める。

 そして,もうひとつ,やはりマスコミですね。とにかく視聴率を追っかけて,視聴率の上がるパフォーマンスを強化していたったというわけでしょう。

 日本の「道」を求める姿勢,これからも残していきたいです。

 亀田兄弟に品格が備わること,ぼくも願っています。

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