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セルフラーニングコミュの分からないところが分からない子の指導は?

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コミュ内全体

 中2のN君は読書として「日本のわらい話」を読んでいます。

 その中に「身なげ」という短い話があります。わずか2ページの話です。

 両国橋で毎晩のように身投げがあります。番人が見張りをします。すると
 あやしい人影があらわれて、橋のらんかんを、くぐろうとします。
 それっとばかり、番人は走り寄り、うしろから、むんずと、かかえこんでいいました。
「やいやい。まい晩、身なげをするやつは、おまえだろう。」

 さて、この話しの面白いところがNくんには全く分からないようです。
「これは笑い話なんだけども,この話しのどこが笑えるところなの?説明してごらん」
 と僕は問いかけました。

 適当に答えているうちに,この「毎晩身投げをする奴はお前だろう」というところを読み上げました。

 笑い話のおちは一番最後にあります。よくわからなくても一番最後の行がポイントになるのです。

 それで
「確かにそこが面白いところだ。では,この『毎晩身投げをする奴はお前だろう』の何が面白いの?」
 と僕は訊ねました。

 それに対して,あれやこれや言うのですが,まったくピントが合いません。

 そうこうするうちに 15分ほども立ったでしょうか。

 小学生も目の前にいます。そのぼくらの会話を聞いていたの小学生の一人Sくんが,「『身投げ』って何?」とぼくに尋ねました。

 僕は,そのとき「しまった」と思いました。僕にとって「身投げ」というのはよく知っている言葉です。その言葉の意味を知らない,ということもあるということを,うっかりしていました。

 Nくんは言葉のひとつ一つの意味は分かっているが,状況を思い浮かべることができないから理解できないんだ,と思って,何度も似たような問いかけをしていたのです。

 それでN君に「身投げって何か知っている?」と尋ねました。

 すると「知らない」というのです。

 この短い文の中で「身なげ」を知らないで,この文の意味がわかるはずがありません。

 それで,「それでは辞書を引きなさい」といいました。

 小学生もそのときには,ぼくらの会話に関心をもっているので,さっさと辞書を引いて納得したようです。辞書引きも小学生が速い。

 Nくんも辞書を引き,意味は分かったようです。でも,すぐには,おもしろさが分からないようです。

 でも,しばらくすると何とか納得したようでした。

 さて,
 「まい晩、身なげをするやつは、おまえだろう。」
 の意味がよく分からない。ぼくに何度問われても分からない。15分もです。そして,その中の「身投げ」という意味が分からないのです。

 そこで,なぜ「身投げって何だろう」と疑問に思わなかったのでしょうか。ぼくにはそれが分かりません。

 何が分からないのか,まったく分からないのでしょうね。身投げの意味が分からないから,分からないんだ,ということが分かれば,辞書を引けばいいのです。

 小学生のSくんは「身投げって何?」と言いました。その言葉がネックになっているのが分かったのでしょう。そこまでくれば解決は早い。

 でも,何がネックになっているのか分からない子は,道を開いていくことができません。

 そういう,何が分からないのか分からない子の指導をどうすればいいのか,ぼくの課題です。みなさんなら,どうしますか?
 

コメント(5)

Yojiさん。

毎回、深い話題をありがとうございます。

何が分からないかが分かれば問題の半分以上は解決になるでしょうが、自分の分からないことが何かが分からないばかりが、何かが分からないから見えないものが沢山あることにすら気付かないのだということを知らない子供が沢山いるようです。

だから、彼らはそのことでは悩まない。

悩んでも不思議ではない状況にあることに気がつかない。
スルーすべきではないこともスルーする習慣がつくと案外平気なんでしょうね。

内田樹さんの本にあったと思うのですが、言葉の意味って教えられないって言うんですよ。だって、その言葉の意味を説明する辞書の言葉の意味が分からなければその言葉の意味は分からない。説明の言葉の意味が「分かる」とするとそれは周りの言葉の意味が支えてくれて分かるのであって、その言葉単独で分かるわけではないのですよね。で、その支えている言葉の意味が分かるのもその言葉の意味を支えている周りの言葉があるから。その言葉もほかの言葉によって支えられている。結局、支えあっているだけ。それを「分かる」というのだと思います。

若者が四字熟語やことわざの意味を間違えて覚えている、という話題がTVなどで取り上げられるのですが、言葉の意味というものの本質にかかわる問題だと思うのですね。
言葉ってある程度のところで意味を推測して「分かったことにする」のです。で、この分かる過程で手抜きをしたり、周りの人も誤解していたりして不自然感がなければそのまま行ってしまうのでしょう。
言葉の意味の理解においては、最後には推測が入り、一人一人その理解にはズレがあるのですから、ある程度は仕方ない、というか、それでよいのだと思うのです。それで言葉が変わって行くし、言葉は使われる中で変わるということは、言葉が生きている証拠だと思うのです。

そこで、「身投げ」に戻ると・・
「橋から身投げする」という言葉を初めて聞いたとしても、私たちの世代なら意味が推測できます。
昔は自殺の手段としてはポピュラーでしたから、
昔は、飛び込むべき列車などもなく、プロパンガスもなく、まして硫化水素発生の装置もない時代では、自殺の手段の総数に対する「身投げ」の割合は高かったのでしょう。今はその割合が低下した。さらに、橋を渡るときに川面を意識しなくなった。歩いて渡ることが少ないので、橋があることすら意識しないことも多い。身投げという言葉の地位低下ですね。

それと、辞書をなぜ引こうとしないかについてですが、これは大人でも知らない言葉に出会ったときに辞書を引く習慣が無い人は多いのではないでしょうか。
知らなくでもストレスを感じない人たち。N君のご両親がそのような大人で無いことを祈ります。知らないままでも平気な人たち。

次に、面白さがなぜ分からないか。
これも「分かる」ということの深さによると思います。
一言で言えば「文化」の違いだと思うのです。
どたばた喜劇なら文化は無関係かもしれませんが、身投げの話は一ひねりしてあると思うのです。その部分を「自分の力」でクリアーして初めて面白いのです。分からない人がその面白さを説明されても、「そんなものか」のレベルでしょう。なぜクリアーできないのかは文化の違いだと思います。世代間で文化が少しずつ違ってきている。
逆にN君が面白いと感じることで、私たちにはぴんとこないこともあるのではないでしょうか。
参考までに。
Yojiさんはご存知でしょうか。以前よく高校入試に出た英語長文のネタ本に「Funny Stories」(確か Oxford Press )というものがありました。そのネタ本を次から次へと読んでみるのですが、私にとってfunnyなのは3分の1もありませんでした。オチが分からないのです。これに似たケースなのでは。
つまり、イギリスと日本では笑いの文化がかなり異なる。
吉本の元社長の木村さんが言ってました。吉本の社長でも、社員の面白さが分かるのは自分より10歳年上から10歳年下までの間のタレントだ、と。
「面白い」ということはそのくらい、その背景にある文化や生活習慣などに裏打ちされるものなのでしょう。
 SSJさん,

 長いコメントをありがとうございます。

 一通り読みました。

 とても納得しています。これはぼくとSSJさんが同じ文化を共有しているからなのでしょうね。

 いま少し時間がないので,後でじっくり読み返してみます。
 SSJさんのコメントを読んで思ったことを書いてみます。


 まず、ジグソーパズルです。そんなにやったことはないのですが、・・・
 
 最初、ほとんどのピースがはめこまれていないので、何をやったらいいのかまったく分からないので、作業が進みません。

 どこから手をつけていいのか分からないのです。難しすぎるので。

 これと同じで、頭の中の知識がほとんど埋まっていなければ、何をやっていいのか分からない。

 何とかあちこちピースを埋めていくにつれて、空いているところのヒントが多くなります。

 最後に近づくにつれて、このピースはここだ、あれはあそこだと一見して分かって、どんどん作業がはかどります。

 これと同じで、頭の中に知識がたまってくると、足りないところが分かってきて、それを埋めれば知識がつながると分かるので、それを調べようと思うのでしょう。

 だから、何をすればいいのか分かるようになるのでしょう。




 「文化のちがい」というのも大きいですね。

 そういえば、古典を学ぶときに、そのときの文化が分からないとだめだよということが書かれている本を読んだことがあります。

 枕草子にしろ、徒然草にしても、そのときの時代背景が分からないと理解できません。

 言葉だけの問題ではないのですね。

 結婚制度はどうだったとか。衣服はどんなだったとか。
 縁起をかつぐとか。権力関係とか。

 英語にしてもそうですね。

 言葉だけを知っていても理解できないことが多いようです。その国の文化を知らないとまったく理解できません。

 分かるというのは難しいですね。
 
 国語の読解問題の点数があまりにも低い子に、「何がわからなかったのかはっきりしない言葉に丸をつけてみて」と指示したところ、あまりにも普通と思われる言葉に多く丸をつけていて驚いてしまうことがあります。

 わざわざ辞書で調べなくても推測できそうな言葉も使った経験がないとわからないというのが本音だと思います。

 子どもにとって自分が経験したようなお話の場合ちゃんと答えられるので、文章の理解は、個々の体験や感性に大きく影響を受けますね。

 人間としての成熟度が早い子や人間関係が多い子、生活の中で大きな苦しみを通過したことのある子などは微妙な心情が理解しやすいように思います。

 精神的に幼い男子では、中学生といえども、あまり複雑な感情に芽生えていない場合もあり、その子の所為ともいえず、時を待つしか仕方がないですね。

 ただ興味をもって話してあげることで、こんなこともあるのだという知識を与えていく必要は感じます。

 私は高校受験対策として、英語の長文読解を少人数でしていますが、かなり細かく熟読をすると、5・6回で効果が表れてきます。

 国語もこのような指導が効くのではないかとこのごろ思います。ゆっくり昵懇に話すことで実はぼんやりと分かっている言葉や意欲に火をつけることができるのではないかと思うのです。

 人はやはり人と対面して心情を吐露するような機会をもちながら深く自分を掘り下げる必要があるのではないかなあと思います。

 私が学生時代のころは、授業を忘れてとうとうと人生観を語ってくれるような先生がいました。そのような話はとても興味深くみんな引き込まれるように聞いていたという思い出があります。

 生きなければわからないことを生徒伝えていく使命が先生にはあるのはないでしょうか。

 「身投げ」なんてその目的が死につながっているという意識がなかったら、タイガースの優勝時に道頓堀川に飛び込むのと同じイメージしかもてないかもしれませんね。

 やはり辞書を引かなければいけませんね。

 
 クリスさん

 ありがとうございます。

 「分からない言葉を○で囲む」というのはおもしろい方法ですね。ぼくも試してみます。

>>> 子どもにとって自分が経験したようなお話の場合ちゃんと答えられるので、文章の理解は、個々の体験や感性に大きく影響を受けますね。


 SSJさんの語った「文化の共有」的なものかなと思います。

 「ずっこけ三人組」も読ませますが,こちらの方が「わらい話」より理解しやすいようです。

 「わらい話」は,江戸時代のものが多いので,子どもの経験とはかけ離れていて,分かりにくいのでしょう。

 でも,そのあたりの生活も推測して文の読める子になってもらいたいです。

 このコミュのどこかで,小学生でも大学入試の国語の問題を解ける,というのがありました。123さんのコメントだったでしょうか。

 何か分かるような気がします。

 わらい話を読んでも,まったく理解できない中学生がいますが,それが分かる小学生がいます。

 自分の経験したことがなくても,それを推測する力,というのがあるような気がするのです。

 それができない生徒は,やはりいろいろ経験させることが必要ですね。

 授業をそっちのけにして,自分の体験談を語るのも大切でしょう。

 共感力の強い人は,自分の経験はなくても相手の話で経験しているような気持ちになれるのでしょうね。

 共感できない人には,経験してもらう。でも,悲しいことを経験するのを期待するのもおかしいですね。

>>> 「身投げ」が「タイガースの優勝時に道頓堀川の飛び込み」か,

考えもしなかったので笑ってしまいましたが,分からない人にはそういう結びつきがあっても不思議ではないですね。

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