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ドゥルーズ=ガタリコミュの【研究】 ジャン=ポール・サルトル

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コミュ内全体

ここでは、無神論的実存主義の哲学者・作家・劇作家のジャン=ポール・サルトルを取り上げます。

◆ジル・ドゥルーズとの繋がり
クレーヌ・バルネとの『対話』(邦訳『ドゥルーズの思想』で、ドゥルーズは「サルトルはわれわれの<戸外>、まさに裏庭の涼風だった。」とし、「ソルボンヌのすべての確率の中で、彼こそがわれわれに再び零からやり直す力を与えてくれる唯一の組み合わせだった。」としている。ドゥルーズにとって、サルトルは「模範でも、方法でも、手本でも」なかったし、「実存主義にも現象学にも魅力を感じていなかった」が、「知性の状況を不思議なほどに変えた一知性」であったという。(田村毅訳、21〜22頁)

◆ジャン=ポール・サルトル
1905〜1980
フランスの哲学者・作家・劇作家。
パリで生まれる。海軍技術将校であった父を幼いときに亡くし、母方の祖父のもとで育つ。
高等師範学校で哲学を学ぶ。シモーヌ・ド・ボーヴォワールと出会い、生涯の伴侶とする。
小説『吐き気(邦題『嘔吐』)』と、哲学論文『存在と無』によって、無神論的実存主義の代表的作家・哲学者となる。
「共産主義者と平和」以降、マルクス主義に接近し、『弁証法的理性批判』によって、自身の実存主義をマルクス主義に寄生する思想と位置づける。
自伝『言葉』を発表後、1964年にノーベル文学賞に指名されるが、辞退をする。

コメント(34)

ジャン=ポール・サルトル著、平井啓之・竹内芳郎訳『哲学論文集 想像力・自我の超越・情緒論粗描』(人文書院、サルトル全集第23巻、1957)

※サルトルの初期哲学論文集。「想像力」は、デカルト以来のイマージュ論を批判し、感覚的意識内容を根底とするものでも、それに還元されるものでもなく、それ自体が意識であることを主張するものである。「自我の超越」は、フッサールの現象学における指向性(意識は、つねになにものかについての意識であるということ)の概念に注目し、無としての自我を明らかにしたもので、後の『存在と無』の理論的基盤となるものである。「情緒論粗描」は、情緒の実存的意味を探求した論考。
ジャン=ポール・サルトル著、平井啓之訳『想像力の問題 想像力の現象学的心理学』(人文書院、サルトル全集第12巻、1955)

※サルトルによると、意識内容だけでは知覚とイマージュを分別するのに充分ではなく、意識の志向が異なるとし、現象学的な想像力論を打ちたてようとする。
ジャン=ポール・サルトル著、白井浩司訳『嘔吐』(人文書院、サルトル全集第6巻、1951)

※アントワーヌ・ロカンタンは、マロニエの樹を見て、それが属性を失い、存在の裸形を剥き出しにするのを感じ、嘔吐を覚える。嘔吐とは、もの(即自存在)を意識(対自存在)が見たときに感じる実存感覚のことである。では、この存在の不快感から抜け出す道はあるのか。ロカンタンが見出したのは、ジャズのレコードのサキソフォンの調べ(芸術による無化作用)である。これにヒントを得たロカンタンは、『嘔吐』を書くことで、自身を浄化しようとする。
ただし、サルトルは、さらに別の解法があることを後の人生で示した。それは、アンガージュマン(政治参加)の道である。
ジャン=ポール・サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無 現象学的存在論の試み I』(人文書院、サルトル全集第18巻、1956)
ジャン=ポール・サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無 現象学的存在論の試み III』(人文書院、サルトル全集第20巻、1960)

※本書は、マルティン・ハイデッガーの『存在と時間』に影響を受けているが、明らかな差異が存在する。
サルトルの『存在と無』に出てくるのは、即自存在(もの)と、対自存在(意識=無)であり、ハイデッガーにおける存在者だけである。ハイデッガーにあるような存在者を支える存在などというものはサルトルにはなく、人間存在=対自存在は、偶然的で根拠がないものとされる。
そして、フッサールの現象学における意識の志向性概念に着目し、意識はつねに何ものかについての意識であるとし、この対自存在をつねに未来に投企し、積極的に現実に関わろうとする行動主義的なものとして捉えるのである。
対自存在の疎外態は、対他存在であり、他者のまなざしによって「もの」にされてしまった状態である。サルトルは、この対他存在の乗り越えを図ろうとする。
ジャン=ポール・サルトル著、伊吹武彦訳『実存主義とは何か 実存主義はヒューマニズムである』(人文書院、サルトル全集第13巻、1955)

※『嘔吐』と『存在と無』によって、ジャーナリズムより実存主義者と呼ばれるようになったサルトルが、実存主義者というレッテルを引き受け、積極的に無神論的実存主義者として発言するようになった転機となる講演を収める。
この講演は、1945年パリのクラブ・マントナンで行われた「実存主義はヒューマニズムであるか」であり、単行本化されるにあたり「実存主義はヒューマニズムである」に改題された。
実存主義とは、実存が本質に先立つことをいい、われわれはまず先に、ただ単に実存するだけである。諸個人の人生は、諸個人の責任を持った選択によって為され、それによって諸個人の本質が決まる。つまり、人間は自由であり、責任をもった選択と決断によって、積極的に前向きにチャレンジしようとする実存主義は、ヒューマニズムである。この実存主義には、キリスト教的実存主義者と、無神論的実存主義者がおり、キルケゴールやヤスパースはキリスト教的実存主義者であり、ニーチェやハイデッカー、そしてサルトルは無神論的実存主義者である。
サルトルのこの本は、ハイデッガーの反感を買い、『ヒューマニズムについて』を書くことになる。ハイデッガーは、実存主義者ではない。ただ、現象学をつかって基礎的存在論をつくろうとしただけで、実存論はそのための手段に過ぎなかった。また、ハイデッガーの存在は、哲学用語による神であり、神自身がその位置につく余地を残している。そして、ハイデッガーは人間中心主義者ではなく、存在中心主義者である。
ジャン=ポール・サルトル著、伊吹武彦・白井浩司・窪田啓作・中村真一郎訳『水いらず』(新潮文庫、1971)

※サルトル初期の短編小説集。性の問題を粘液的なイメージ(即自的イメージ)として描いた「水いらず」、スペイン内乱を舞台に限界状況下での選択の問題を扱った「壁」、自己欺瞞の問題を扱った「部屋」、拒絶と犯罪による自由を描いた「エロストラート」、支配階級の欺瞞的な精神構造を描いた「一指導者の幼年時代」を収録。
ジャン=ポール・サルトル著、生田耕作・鈴木道彦・白井健三郎・小林正・清水徹・渡辺明正・中村真一郎・窪田啓作・佐藤朔・清水徹・鈴木道彦・海老坂武・野田又夫訳『シチュアシオンI』(人文書院、サルトル全集第11巻、1965)

※シチュアシオン(状況)に応じて発表されたサルトルの多面的な評論集。第1巻は、主として文学論集である。
「フォークナーの『サートリス』」「ジョン・ドス・パトス論」「ポール・ニザン著『陰謀』」「フッサールの現象学の根本理念」「フランソワ・モーリヤック氏と自由」「ヴラジミール・ナポコフ『誤解』」「ドニ・ド・ルージョモン『愛と西欧』」「フォークナーにおける時間性」「ジャン・ジロドゥー氏とアリストテレス哲学」「『異邦人』解説」「アミナダブ」「新しい神秘家」「往きと復り」「人と物」「縛られた人間」「デカルトと自由」。
このうち「フランソワ・モーリヤック氏と自由」は、小説の中の登場人物=語り手は、神のように全知全能であってはならず、状況内での存在であることを忘れてはならないとして、フランソワ・モーリヤックを批判したもので、その後の文学に対して想像力の足かせとして機能した評論である。「『異邦人』解説」は、不条理の作家アルベール・カミュを評価したものだが、一方本人の意に沿わない実存主義作家として認知される誤解もここから生じた。「アミナダブ」はモーリス・ブランショ論、「新しい神秘家」はジョルジュ・バタイユ批判、「人と物」はフランシス・ポンジュ論である。
ジャン=ポール・サルトル著、白井健三郎・小林正・渡辺一夫・佐藤朔・渡辺明正・吉村正一郎・生田耕作・多田道太郎・矢内原伊作・鈴木道彦・海老坂武・瀧口修造訳『シチュアシオン III』(人文書院、サルトル全集第10巻、1964)

※第二次世界大戦後の開放下のパリで書かれた「沈黙の共和国」「占領下のパリ」「協力者とは何か」「大戦の終末」、アメリカ滞在記「アメリカの個人主義と画一主義」「アメリカの町々」「植民地的都市ニューヨーク」「アメリカ紹介」、機械論的唯物論と化した現代マルクス主義を批判した「唯物論と革命 I革命の神話 II革命の哲学」、レオポルド・サンゴール編『ニグロ・マダカスカル新詞華集』の序文として書かれた「黒いオルフェ」、アルベルト・ジャコメッティ論「絶対の探求」とアレクサンダー・カルダーのモビールを論じた「カルダーのモビル」を収録。
ジャン=ポール・サルトル著、生島遼一訳『悪魔と神』(新潮文庫、1971)

※サルトル中期の劇作。16世紀ドイツの農民戦争勃発期を背景に、誇大妄想狂の私生児ゲッツ、破戒僧ハインリッヒ、農民の娘ヒルダ、革命的農民ナスチの生き様を描く。ここで全面展開されるのは、善と悪、霊と肉の弁証法的世界であり、最終的にゲッツによる神の死の宣言と、善のために屠殺者と死刑執行人であることを選ぶという実存主義的決断に到達する。
ジャン=ポール・サルトル著、白井浩司・平井啓之訳『聖ジ゜ュネ (上・下)』(新潮文庫、1971)

※サルトル中期の代表作。
サルトルには、実存主義的文学研究の系列があり、初期には『ボードレール』、中期には本書、後期にはギュスターブ・フローベル論『家の馬鹿息子』が書かれている。
哲学の面では、初期には『存在と無』、後期には『弁証法的理性批判』があるが、中期には該当する著作がなく、分量からいっても本書が、哲学面もカバーしていると看做してもいいのではないかと思う。
本書は、ジャン・ジュネの生涯と文学を、実存的に内部から暴き出した大著である。ジュネは捨て子であり、貧乏な百姓から盗みをし、泥棒となり、感化院に入れられるが脱走し、窃盗強盗を行い、さらには男娼となり、物乞いとかっぱらいを繰り返す。獄中において、さらに極悪を目指し、悪を行うのではなく、悪を表現し、人々をして殺人へと煽動するような作品を書こうとする。しかしながら、法規に抵触するようなおそるべき文学作品を書いたがゆえに、フランス大統領による特赦を得て、著作が刊行され、最大級の栄誉を得た。
サルトルは、ジュネの極限の悪の探求が、彼を泥棒から審美家に、さらには作家へと変貌させていたとみる。まず、ジュネは「泥棒」のレッテルを貼られることで、対他存在となるが、疎外態に留まらず、「泥棒」であることを引き受け、さらにはより大きな悪を極めようとする。その結果、存在ではなく、存在のニセモノとしての美に至り、豪奢な美の世界を創造しようとする。サルトルはこのようなジュネの生涯に、実存的な自由への道を見出すのである。
ジャン=ポール・サルトル著、渡辺守章・平井啓之訳『マラメルメ論』(ちくま学芸文庫、1999)

※「マラルメの現実参加 I無神論の遺産相続人 II選ばれし者」と「マラルメ(一八四ニ〜一八九八)」を収録。
マルクス主義的歴史分析と、フロイト的精神分析の成果をも、自身の実存主義的分析のなかに導入し、人間を内部から了解しようとする方向性が読み取れる。
ジャン=ポール・サルトル著、三輪秀彦・吉田秀和・田辺保・白井浩司・佐藤朔・菅野昭正・鈴木道彦・平井啓之・平川祐弘・矢内原伊作・粟津則雄・宇佐見英治訳『シチュアシオン IV』(人文書院、サルトル全集第30巻、1964)

※「見知らぬ男の肖像」「芸術家と彼の意識」「ねずみと人間」「生きているジード」「アルベール・カミュに答える」「アルベール・カミュ」「ポール・ニザン」「メルロー・ポンティ」「ヴェネツィアの幽閉者」「ジャコメッティの絵画」「特権を持たぬ画家」「マッソン」「指と指ならざるもの」「カプチン修道女の土間」「ヴェネツィア、わが窓から」を収録。
「アルベール・カミュに答える」は、カミュの『反抗的人間』を巡って起きた論争のサルトル側の見解を述べたものである。「アルベール・カミュ」と「メルロー・ポンティ」は、論争で違う道を歩んだかつての友人に対する追悼文である。
ジャン=ポール・サルトル著、海老坂武・山内昶・広田正敏・白井健三郎訳『シチュアシオン VI』(人文書院、サルトル全集第22巻、1966)

※マルクス主義の問題を扱った評論集。
「冒険家の肖像」「チトー主義論」「今の世はデモクラシーなのか」「『希望の終わり』序文」「共産主義者と平和」を収録。
「共産主義者と平和」以降、サルトルはマルクス主義に急接近する。
ジャン=ポール・サルトル著、白井健三郎・村上光彦・鈴木道彦・白井浩司・渡辺守章・杉捷夫・海老坂武訳『シチュアシオン VII』(人文書院、サルトル全集第32巻、1966)

※マルクス主義の問題を扱う。
「ルフォールに答える」「<カナパ>作戦」「改良主義と物神」「ピエール・ナヴィルへの回答」「スターリンの亡霊」「警察が芝居の幕をあける時」「文化の非武装化」「『イヴァンの少年時代』」を収録。
ジャン=ポール・サルトル著、永戸多喜雄訳『アルトナの幽閉者』(人文書院、サルトル全集第24巻、1961)

※サルトル後期の劇作。
本作は、第二次世界大戦とドイツを舞台とする物語に仮託しながら、アルジェリア戦争とフランスにおける戦争の連帯責任問題を鋭くえぐる。
アルトナの造船業者の息子フランツは、戦争からの帰還後、部屋に閉じこもり、罪の意識に苦悩する。そして、録音機を前に、来るべき世紀に宛てて、自分の時代の戦争責任について語り始める。
ジャン=ポール・サルトル著、平井啓之訳『方法の問題 弁証法的理性批判序説』(人文書院、サルトル全集第25巻、1962)

※サルトルは、現在のマルクス主義は、当代唯一の哲学であるが、動脈硬化(例:スターリン主義など)を起こし、停滞していると考え、マルクス主義のなかに無神論的実存主義が寄生することで、再度生きられた哲学として復活させることができるとする。本書は、マルクス主義と実存主義の綜合を図るサルトルの大著『弁証法的理性批判』の序説である。
ジャン=ポール・サルトル著、竹内芳郎・矢内原伊作訳『弁証法的理性批判I 第一巻 実践的総体の理論』(人文書院、サルトル全集第26巻、1962)
ジャン=ポール・サルトル著、竹内芳郎・森本和夫訳『弁証法的理性批判II 第一巻 実践的総体の理論』(人文書院、サルトル全集第27巻、1965)
ジャン=ポール・サルトル著、平井啓之・足立和弘訳『弁証法的理性批判III 第一巻 実践的総体の理論』(人文書院、サルトル全集第28巻、1973)

※メルロ=ポンティの『弁証法の冒険』によって、官僚主義化した公認マルクス主義も、サルトルの思想も、ともに弁証法を失ったウルトラ・ボルシェヴィズムであると断罪されたサルトルが、唯物弁証法と無神論的実存主義との融合を図り、新たな理論を打ち立てようとした大作。
サルトルによると、マルクス主義は階級闘争の問題が乗り越えられていないがゆえに、依然として現代の乗り越え不可能な唯一の哲学であり、実存主義はそのマルクス主義のなかに寄生する一思想に過ぎないが、官僚主義化し、硬直した現代マルクス主義を、再度人間的で生きられたものにするために必要な思想であるとして、プラクシス(実践作用)を軸とする歴史的人間の哲学を目指す。
サルトルは、スターリン主義などの現代マルクス主義は、実践的惰性態という疎外態に陥っているとし、プラクシスによって造られた実践的惰性態を再度、プラクシスによって乗り越えようとする。
ここで、サルトルが使っている実践的惰性態は、レヴィ=ストロースでは構造と呼ばれていることに注意したい。サルトルによって、実践的惰性態は諸個人のプラクシスによって改変可能とされたが、レヴィ=ストロースはその諸個人を規定しているのが構造であり、容易に変えられるものではないとする。こうして、レヴィ=ストロースは『野生の思考(パンセ・ソヴァージュ)』を書くことになる。
ジャン=ポール・サルトル著、白井浩司・永井旦訳『言葉』(人文書院、サルトル全集第29巻、1967)

※サルトルの自伝。
年少時に父親を亡くしたサルトルは、超自我を持たなかった。このことは、一切を自身の責任において決断し、選択する実存主義の下地をつくった。
また、母方の祖父のもとで育ったサルトルは、いわば幼年期のジュネのように、自分の所有物というものを持たず、借り物のような視線で周りを見ていた。
ジャン=ポール・サルトル著、海老坂武・永井旦・浦野衣子・伊藤力司・加藤晴久・広田昌義・三保元・山本顕一・古屋健三訳『シチュアシオンVIII』(人文書院、サルトル全集第36巻、1974)

※Iヴェトナム〜ラッセル法廷「もはや対話は可能ではない」「あるアメリカ人の手紙」「グロスフォーゲル氏に答える」「犯罪」「共和国大統領への手紙」「共和国大統領の返書」「サルトルよりド・ゴールへ」「怒らざる十二人の男たち」「ラッセル法廷」「ニュルンベルクからストックホルムへ」「ジェノサイド」、IIフランスの問題「アリバイ」「恫喝を拒否しよう」「左翼の終焉か回復か」「衝撃の還流」「レイモン・アロンの城塞」「一九六八年五月の新しい思想」「共産党員は革命を恐れる」「良きド・ゴール主義は存在しない」「高等中学校での『壁』」「してやられた若者たち」「大衆、自然発生性、党」「ブルジョワの十字砲火を浴びるブラジル人民」「ジェスマル事件」「第三世界は郊外に始まる」「真実のすべて」「反乱の兵士を支援する」「第一回ランス人民法廷」、IIIイスラエルとアラブ世界「インタヴュー」「イスラエル、左翼、アラブ諸国」、IV知識人の問題「知識人の擁護」「人民の友」を収録。
ジャン=ポール・サルトル著、海老坂武・鈴木道彦・平井啓之・松浪信三郎・粟津則夫・加藤晴久・高橋允昭訳『シチュアシオンIX』(人文書院、サルトル全集第37巻、1974)

※I自己に関する考察「作家の声」「作家とその言語」「人間科学について」「サルトル、サルトルを語る」、II小文集「バルミーロ・トリアッティ」「普遍的単独者」「マラルメ(一八四ニ〜一八九八)」「聖ゲオギウスと龍」「寒い国から来た社会主義」「私−お前−彼」「共存在」、III精神分析的対話を巡って「テープ・レコーダーの男」「精神分析的対話」「J−B・ポンタリスからサルトルへの回答」「ベルナール・パンゴーからサルトルへの回答」を収録。
アレクサンドル・アストリュック+ミッシェル・コンタ監督作品(フランス国立視聴覚センター配給)、ピエール=アンドレ・ブータン+ギイ・スリグマン製作、ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール他出演、海老坂武訳『サルトル−自身を語る』(人文書院、1977)

※同名のドキュメンタリー映画のテキスト。
ジャン=ポール・サルトル著、佐藤朔・岩崎力・松浪信三郎・平岡篤頼・古屋健三訳『知識人の擁護』(人文書院、人文選書1、1967)

※ジャン=ポール・サルトルは、昭和41年九月十八日に来日して、約一ヶ月滞在した。このとき、慶応義塾大学で行われた講演「知識人の位置」(九月二十日)、日比谷公会堂で行われた講演「知識人の役割」(九月二十二日)、京都会館で行われた講演「作家は知識人か」(九月二十七日)を収録する。
ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+大江健三郎+坂本義和+鶴見俊輔+日高六郎+加藤周一+平井啓之+鈴木道彦+海老坂武+白井浩司共著『サルトルとの対話』(人文書院、人文選書7、1967)

※日本滞在中に行われた対談を収録。
「知識人、核問題をめぐって」(岩波書店『世界』主催、同誌1966年12月号に掲載、参加者ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+大江健三郎+坂本義和+鶴見俊輔+日高六郎+加藤周一、1966年10月12日に実施。)
「私の文学と思想」(河出書房『文芸』主催、同誌1966年12月号に掲載、参加者ジャン=ポール・サルトル+シモーヌ・ド・ボーヴォワール+平井啓之+鈴木道彦+海老坂武+白井浩司、1966年10月14日ホテル・オークラにて実施。)
「西欧と日本」(1966年10月14日NHKテレビにて放映、参加者ジャン=ポール・サルトル+加藤周一+白井浩司、1966年10月4日NHK大阪にて収録。)
「ベトナムに平和を・市民連合」主催で、1966年10月15日に読売ホールで開かれた討論集会「ベトナム戦争と反戦の原理」でのサルトルの発言も収録。
ジャン=ポール・サルトル他著、鈴木道彦・海老坂武・永井旦他訳『サルトル対談集I』(人文書院、人文選書16、1969)

※現代文学に関する対談を収録。「神話の創造者」「フランス人の見たアメリカの小説家」「実存主義と文学」「『悪魔と神』をめぐって」「演劇を語る」「『ネクラソフ』をめぐって」「演劇は政治的現実に近づくことができるか」「帰還者の沈黙」「『アルトナの幽閉者』はわれわれすべてに関係がある」「ものと観客」「演劇と行動」「演劇の神話と現実」「言語の構造」「暴力の時代における文学の全体」「芸術創造と人間学」「チェコスロヴァキアのサルトルI」「チェコスロヴァキアのサルトルII」「『言葉』について」「ではサルトルはだれのために書くか」「裏切者にあらず」「リアリズムと虚構」
ジャン=ポール・サルトル他著、鈴木道彦・海老坂武・永井旦他訳『サルトル対談集II』(人文書院、人文選書17、1970)

※「哲学教育と哲学の意味について」「構造主義について」「人間科学について」「作家とその言語」「サルトルは朝鮮動乱をどう見るか」「ウィーン諸国民平和大会での発言」「私がウィーンで見たもの、それは平和だ」「狂犬病にかかった動物たち」「歴史に反逆する武器・水素爆弾」「ヘルシンキ世界平和集会での発言」「文化の非武装化」「思想における平和共存と対決」「人間は生きるへきもの」「プダペスト反乱をめぐって」「アルジェリア戦士との連帯」「若者とアルジェリア戦争」「何故アメリカ行きを拒否するのか」「犯罪」「ジェノサイド」「アラブ人とユダヤ人」「中近東戦争について」「<脱政治化>の神話に抗議する」「恫喝を拒否しよう」「左翼の終焉か、回復か?」「知識人の任務」「ボリビアの理論家」「知識人と革命」を収録。
ジャン=ポール・サルトル+フィリップ・ガヴィ+ピエール・ヴィクトール著、鈴木道彦・海老坂武訳『反逆は正しいI 自由についての討論』(人文書院、1975)
ジャン=ポール・サルトル+フィリップ・ガヴィ+ピエール・ヴィクトール著、鈴木道彦・海老坂武訳『反逆は正しいII 自由についての討論』(人文書院、1975)

※サルトルが最晩年に行った「リベラシオン」の記者フィリップ・ガヴィ、毛派活動家ピエール・ヴィクトールとの討議。「反逆は正しい」とは、中国語の「造反有理」のことであり、先進資本主義国での革命の可能性が探求される。
晩年のサルトルは、視力の衰えのため、重要な著作(『弁証法的理性批判』や『家の馬鹿息子』など)を未完に終わらせている。反面、長編対談をこなし、この対談では極左に接近していた。(ボーヴォワールや、旧友のレイモン・アロンは、この対談を読んで、マオイストの若者によってサルトルの思考がジャックされたと受け取った。)
ジャン=ポール・サルトル著、安藤信也訳『ユダヤ人』(岩波新書、1956)

※原題は「ユダヤ人問題についての考察」。サルトルは、「もしユダヤ人がいなかったら、反ユダヤ主義者は、それに代わるものを作り上げただろう。」とし、「他の国においては、それが黒人であったり、黄色人種であったりする」として、差別を糾弾している。
キルケゴール生誕百五十周年記念ユネスコ主催国際討議『生けるキルケゴール』(人文書院、1967)

※国際シンポジウムの記録。
ジャン=ポール・サルトル、松浪信三郎訳「普遍的単独者」
ガブリエル・マルセル、安井源治訳「キルケゴールと私の思想」
カール・ヤスパース、安井源治訳「キルケゴール」
ジャンヌ・エルシュ、松浪信三郎訳「<瞬間>」
エンツォ・パツィ、谷口龍男・竹田正純訳「生けるキルケゴールと歴史の真の意味」
リュシアン・ゴルトマン、松浪信三郎訳「ルカーチとキルケゴール」
ジャン・ボツレ、川原栄峰訳「ハイデッガーのテキスト紹介」
マルティン・ハイデッガー、川原栄峰訳「哲学の終わりと思惟の使命」
ジャン・ヴァール、高橋允昭訳「閉会の辞」

「キルケゴール記念座談会」高橋允昭訳
ニールス・トゥルストルップ、高橋允昭訳「セーレン・キルケゴール ヘーゲル風の哲学史家」
ヴァルター・ビーメル著、岩波哲男訳『サルトル』(理想社、ロロロ伝記叢書、1967)

※写真で構成されたサルトルの伝記。サルトルを人間の自由、実存の自由のために闘い行動する思想家として捉えようとしている。

ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.6-7

〈サルトル〉
 サルトルは私にとってすべてでした。驚異的な現象でした。フランスがナチの占頷下にあった間、精 神の領域におけるひとつの存在の仕方だったのです。彼が自分の芝居を占頷下で上演させたことを非難 する人々は、彼の作品を読んだことがない人たちです。『繩』の上演は、ヴェルディがオーストリア人 の前で自分の作品を演じさせたのに匹敵します。イタリア人ならば誰でもそれを理解し、ブラボーと叫 びました。彼等はそれがレジスタンスの行為だったことを知っていたわけです。サルトルの置かれた立 場はまったく同じです。
 『存在と無』は爆弾のようでした。『繩』が直接的なレジスタンスの行為だったのと違い、『存在と無』 は読むものの心を奪う作品でした。偉大な、新しい思想の著作だったのです。出版された時に読みまし たが、何というショックだったでしょう。ミシェル・トゥルニエと一緒に買いにいったこと、一気に読 み上げたことを覚えています。サルトルは私たちの世代の人間を捕えてはなしませんでした。彼は小説 も戯曲も書きましたから、皆が小説や戯曲を書きたがりました。誰もがまねをしたか、あるいは、嫉妬 し、いらだっていました。私個人は彼に魅了されていました。私にとっては、決して失われることのな いサルトルの新しさ、永遠の新しさが存在するのです。
 このことは、ベルクソンでも同じです。いつまでも失われることのない新しさをモこに見出すことな しに、偉大な作家を読み取ることは不可能です。今日サルトルあるいはベルクソンが時代遅れのように 扱われるとすれば、それはこの二人がその時代に生み出していた新しさを現在の読者が見過ごしている からです。もしも、ある作家の、時代に先駆けた新しさを再認識できなければ、それはその作家が秘め る永遠の新しさを感知しそこなうことにもなります。このふたつのことは切っても切り離せないわけで す。永久なるものを見失ってしまう、そうなると後はもう模倣者たちの支配です。そしてこの模倣者た ちこそが、真っ先に、本家を過去のものとして葬ってしまうのです。

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SARTRE. Sartre a ete tout pour moi. Sartre a ete quelque
chose de phenomenal. Pendant l'Occupation, c'etait une
maniere d'exister dans le domaine spirituel. Les gens qui
lui reprochent d'avoir fait jouer ses pieces sous
l'Occupation, c'est qu'ils ne les ont pas lues. Faire jouer
a <<les Mouches>>, il faudrait comparer ca avec Verdi se
faisant jouer devant les Autrichiens. Tous les Italiens
comprenaient et criaient bravo. Ils savaient que c'etait un
acte de resistance. C'est exactement la meme situation pour
Sartre.
 …

「マルキシスムもまた競争相手の理論を吸収し、消化して、開かれたままでいなければならなかったにちがいない。ところが人も知るように実際につくり出されたのは、百の理論の代りに二つの革命的イデオロジーにすぎなかった。ブルードン主義者は、一八七〇年以前の労働者インターナショナルでは多数を占めていたが、パリ・コンミューンの失敗によっておしつぶされた。マルキシスムは敵対者に打勝ったが、その勝利は、マルキシスムがのり越えながらそのなかに含んでいたヘーゲル的否定の力によるものではなく、純粋に単純に二律背反の一方の項を押えた外力によるものであった。その光栄のない勝利がマルキシスムにとってどういう代価を意味したかは、何度いってもいい過ぎない。すなわち矛盾する相手が欠けたときに、マルキシスムは生命を失った。もしマルキシスムが最もよい状態にあり、絶えず戦い、征服するために自己を変革し、敵の武器を奪って己れのものにしていたとすれば、それは精神そのものとなっていたであろう。しかし、作家貴族がマルキシスムから千里もはなれたところで抽象的な精神性の番人になっている間に、マルキシスムは教会になったのである。」

サルトル『文学とは何か』(1947)第三章「誰のために書くか」(『シチュアシオン2』人文書院p141.加藤周一訳)より

『シチュアシオン』 Situations(1947–65年)
『文学とは何か』 Qu' est-ce que la littérature?(1948年)


http://6305.teacup.com/mappen/bbs/9190
《レーニンやロシア革命の巨大なる成果は、客観的存在(つまり、客観的利益)に合致した階級意識を鍛えあげ、その結果、階級が両極に分かれるのを資本主義の国々に承認せしめたことであった。ところが、レーニン主義のこの偉大なる切断は、『国家』資本主義が社会主義そのものの中に甦ることを妨げなかったし、また同じく古典的資本主義が、まことに文字通りもぐらのように土を掘りかえす仕事を続けながらたえず切断の切断を実現して、このレーニン主義の切断を回避することをも妨げなかった。じじつ、(資本主義によっても、公式の社会主義によっても、同じく統制されることのない)革命的諸要素は、こうした切断の切断によって遥か彼方の周辺や飛び地に吐きだされてしまい、このためんに古典的資本主義にとっては、新しく認められた階級の種々の地区を自分の公理系の中に統合することが可能となったからである。レーニン主義と古典的資本主義とが対立する場合には、選択が残されているのは、もはや次の新旧二つの公理系の間においてでしかない。すなわち、<社会主義『国家』の、早くも飽和してテロルの様相をもった厳格な新しい公理系>と、<資本主義『国家』の、柔軟で決して飽和されることのないだけにそれだけ危険な、古い厚顔無恥の公理系>との間においてでしかない。しかし、じつは、最も直接的なる問題は、産業社会が次のものなしですますことが可能であるかどうかを知ることではない。つまり、剰余価値物なしで、剰余生産物なしで、すますことが可能であるかどうかを知ることではない。こうした問いの答えが否であることは明らかであるが、同時にまた、こうしたことばで提起された問題は問題が適切な仕方で提起されていないということも明らかである。また、最も直接的なる問題は、党や『国家』の中に具体化された階級意識が客観的な階級利益を裏切ることがあるか、ないか、を知ることでもない。「この客観的な階級利益といわれるものは、一種の自発性を潜在的に具えたものとされているが、この自発性は、この階級利益を代表すると主張する種々の決定機関によって窒息させられているからである」。『弁証法的理性批判』におけるサルトルの分析によれば、階級の自発性というものは存在せず、ただ『集団』の自発性のみが存在するにすぎないということであるが、この分析はわれわれには極めて正当であるように思われる》(「アンチ・オイディプス・第三章・第十節・資本主義の表象」)

絵は『図解雑学サルトル』より



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ドゥルーズがサルトルについて語った言葉は素晴らしいですね。

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